静かな山の奥深く

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月10日〜02月17日

リプレイ公開日:2009年02月17日

●オープニング

●捨て子
 雪が舞う空を見上げ、彼女は小さく身震いをしてショールを掻き合わせた。
「確か、この辺りから聞こえて来たと思うんだけど‥‥」
 夜のうちに積もった柔らかい雪には、何の痕跡もない。せいぜいが、太陽に溶けた雫の跡ぐらいだ。
「マイラ、それはきっと空耳だ。家に戻ろう。風邪をひくぞ」
 夫の声に渋々と頷くと、彼女はもう一度辺りを見回した。
 確かに何もいない。時折、餌を探して顔を出す小動物も、今は巣穴に潜ってしまっているようだ。
「変ね‥‥」
 首を傾げながら、肩を抱いた夫が促すままに歩き出す。

 ‥‥‥ぁ

 ぴたりと、2人の歩みが止まった。
 顔を見合わせる。
「今、何か聞こえなかったか?」
 今度は夫にも聞こえたのだ。

 ‥‥ゃぁ

 二人で耳を澄まし、声の元を探る。村の誰かが飼っている猫が紛れ込んだのだろうか。それならば、早く助けてやらなければ凍えてしまう。
「マイラ、こっちだ。今、何か動いた」
 絡み合った根が小さな洞を作っている場所を覗き込み、マイラは思わず声を上げた。
 そこで弱々しく泣いていたのは、1人の赤ん坊だ。
「赤ん坊が!」
 慌てて抱き上げると、赤ん坊は氷のように冷たかった。
「大変!」
 ショールでくるむと、夫を振り返る。
「捨て子かな? 村で赤ん坊が生まれたって話は聞かないから、多分、余所の村から連れて来られたんだろう」
「ひどいわ! こんな小さな子を森の中に捨てるなんて! 死ねと言っているようなものよ!」
 憤慨する妻を立ち上がらせて、夫はその手を引いた。
「とにかく、家へ戻ろう。早く暖めてやらないと」
 腕の中の頼りない存在を、マイラはぎゅっと抱き締め直した。

●ご立腹
 香草茶のカップを手で包み込んだまま、ぷぅと頬を膨らませた少女に、彼は苦笑した。
 彼の傍らで焼き菓子を頬張っていた少年と顔を見合わせて、軽く肩を竦める。
「本当にもう! お兄様ってば怒りんぼうですわ!」
「それは‥‥お兄さんは君が心配なんじゃないかな」
 だが、ぷんすかと怒っている彼女に、その言葉は逆効果のようだった。
「わたくしは、もう子供ではありませんのよ! お兄様は心配しすぎなのです!」
 粗方の事情は少年から聞いている。
 彼女は、兄が地元へ戻っている隙に、冒険者の依頼についていった。戻って来た彼女は、冒険者からの連絡を受けて仰天し、慌ててキャメロットに駆けつけて来た兄から懇々とお説教を食らい、しばらくの外出禁止を言い渡されたというわけだ。
「お兄さんの気持ちも分かるかな‥‥」
 楽しいはずの年末年始を屋敷の中で過ごした少女は、更に膨れっ面になる。
「まあ! ジェラール様だけはわたくしの味方だと思っておりましたのに!」
「いえいえ、僕はいつだって貴女の味方ですよ、姫」
 小さな手に淑女への礼を落としたジェラールに、つんと顎を反らせる。まだ怒っているんだぞのサインだ。
 微笑ましさに、思わず笑いが漏れる。
「笑い事ではありませんのよ! お兄様だけではなくてヒューまでこんな物を渡して来ましたの!」
 突きつけられた羊皮紙を見れば、そこには「皆に無理を言ってはいけない」から始まり「お菓子ばかり食べてはいけない」「知らない人についていかない」まで延々と幼子への注意事項が綴られている。
 今度は我慢出来なかった。
 ぷ、と吹き出したかと思うと、肩を揺らし、けれど遠慮してか息を詰めるように笑い出したジェラールに、少女‥‥ルクレツィアの機嫌は下降線を辿る。
「ああ‥‥これは申し訳ありません。皆さんから本当に大切にされているのだなと思って」
 それでもまだ笑っている。
 またも頬を膨らませたルクレツィアが外套へと手を伸ばした。その手を遮り、ジェラールは彼女の外套を手に取る。
「僕が。ところで姫、友人から面白い話を聞いたのですが」
 細い肩に外套を掛けながら、世間話のように語り出したのは、山の奥深くで流行っている奇病の噂だ。1週間程寝込んだ後、人が変わったようになってしまうらしい。そして病人は、1人が2人、2人が4人に‥‥とゆっくり増えているのだ。
「‥‥島の皆と同じだわ‥‥」
 ワイト島の人々も、1週間程高熱が続いて寝込んだ。悪い風邪だと思っていたのだが、そうではなかった。
「わたくしは‥‥!」
「分かっていますよ、姫。調べに行きたいのですね」
 ジェラールは考え込んだ。
 彼の独自のルートで得た情報は、恐らく今日、明日中にはギルドへと伝わるだろう。だが。
「‥‥姫、どうなさるおつもりで?」
「お兄様はどこかの綺麗なお姫様が滞在されているから、しばらくキャメロットにはいらっしゃらないわ。ヒューも昨日帰ってしまいましたし」
 やっぱりなー。
 菓子を食べ終えたジミーが、ぴょんと椅子から飛び降りる。
「仕方ねぇなぁ。じゃあ、親分の一の子分の俺が‥‥」
「駄目だよ」
 言葉を遮って、ジェラールはジミーの頭に手を置いた。
「子供がお母さんに心配かけるもんじゃないよ。もう少し大人になるまで、姫の護衛役はおあずけ」
 母親の事を出されては、ジミーも黙るしかない。
「彼の代わりに、私を貴女の騎士に任じて頂けますか。冒険者のようにはいかないでしょうが」

●流行り病
 冒険者ギルドにその依頼が張り出されたのは、夕方の遅い時間だった。
 老人が、息も絶え絶えの様子で持ち込んで来た依頼だ。
「奇病、か」
「病に罹った者は、中身だけ別人になってしまうんだそうよ」
 まだ元気な者も、いつ病に罹るか分からない。その前にと、村人は周囲の村々に通達を出した。だが、周囲からの援助無しでは村は干涸らび、病に苦しむ人々も助からない。
「わしの弟と息子があの村で暮らしておるのです! 村の惨状を伝えて来たのは息子で、まだ病には罹っていないようですが、いつ‥‥。お願いです! 村に入って皆を助けて下さい!」
「俺らは医者じゃねぇぞ‥‥と言ってる場合じゃないな」
 その症状には心当たりがある。
「とにかく村に行ってみるか。病の正体と「原因」を突き止めなきゃいけないだろうから」

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●やっぱり
「ヤコブ! ソニア! ツィアはっ!?」
 彼らの途方に暮れた顔を見れば、かの天然ぽけぽけ娘が「しでかした」事は一目瞭然。乱暴に扉を開けて走り込んだネフティス・ネト・アメン(ea2834)は、そのまま回れ右をした。
 足の鈴が、今日はやけに耳障りに聞こえる。
 門の所でぶつかりそうになったジミー少年の襟首を引っ掴んで叫ぶ。
「ねえ! ツィアがどこへ行ったか知ってるんでしょっ!」
 叫びながらも足は止まらない。
「ちょ、ちょっと姉ちゃんッ!」
「さっさと教えてちょうだい! 追いかけなくちゃいけないんだからッ!」
 その鬼気迫る様子に、ジミーが陥落したのは屋敷の塀が終わる前。一通りの話を聞き終えたネティが「やっぱり」と叫んで再び駆け出したのは、そのすぐ後。
 空のお日様が僅かも動かない、短い時間の出来事だった。

●原因
 ぐるりと周囲を見渡した。
 積もった雪の上に残った跡は、枝から落ちた雫と小動物のものばかり。人らしきものが訪れた形跡はない。
「この辺り、か」
「ええ。村人の話によると「病」が流行る少し前、赤ん坊が捨てられていたそうです」
 険しい表情で答えたレジーナ・フォースター(ea2708)の言葉に、オイル・ツァーン(ea0018)は目を細めた。鋭い眼差しは、真っ白な雪に向けられたままだ。捨てられていた赤ん坊、そして流行り病。
「遺棄されたと考えるのが正しいのか、または別の意図があるのか‥‥」
 呟いて、レジーナはついと手を挙げる。
 指し示す先を察して、オイルは頷いた。
 先行していた彼女は、既に突き止めているのだ。
 この奇妙な病の原因を。
 懐の中を探り、ダガーの感触を確かめて、オイルはレジーナに続いた。

●出来ること
「皆さーん、こちらですぅ」
 僅かな身の回りの品だけを持って集まって来る村人達を招くと、マルキア・セラン(ec5127)は胸に抱え込んでいた鏡をゆっくりと動かす。皆、病の恐怖と周囲と断絶されて疲れ切った様子だが、今のところはまだ「人」のようだ。
ー本当に病気なら‥‥
 つん、と袖を引っ張られて視線を下げ、口元を綻ばせた。
 古布の人形を抱いた幼い少女が大きな瞳でマルキアを見上げていた。
「こんにちはぁ」
 しゃがんで目線を合わせ、笑いかける。釣られたように笑って、少女はマルキアの胸元を指した。
「おねえちゃん、それなあに?」
「鏡ですぅ。ほら、あなたのお顔が映ってますよぉ」
 ね、と差し出すと、少女は鏡に映った自分の姿を不思議そうに撫でた。微笑ましくて、彼女の髪へと手を伸ばしかけ、マルキアはひゅっと息を呑んだ。視界の端に捉えた男の姿が、鏡の世界にはーーない。
「おねえちゃん?」
 強張った気配に気付いたのか、少女が不安げな視線を向けて来た。軽く頭を撫でて、彼女を荷馬車に乗り込む列へと戻し、マルキアは男の姿を追った。気付いた男が、太陽の光を避け、朽ちた桶や廃材が転がる家と家の間を逃げていく。自然と追うマルキアの足も速くなる。
 小さな村だ。逃げ込める場所はさほど多くない。だが。
「っ!」
 振り下ろされた棒を躱し、あばら屋の陰から飛び出して来た男に足払いをかける。体勢を崩した男に鏡を向けると、案の定、何も映らなかった。
「バンパイアになった人は‥‥もう救えないんですか‥‥」
「残念ながら、ね。その鏡に映らなくなっちゃ、魂を解放してやる事しか出来ないんだよ」
 掛けられた声は、鏡の持ち主のもの。マルキアは辛そうに俯いて唇を噛んだ。その肩に手を置いて、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は、緻密な装飾の施された十字架を取り出した。
 ゆらりと体を揺らして立ち上がった男を太刀で牽制すると、ベアトリスを振り返る。
「ありがとよ、マルキアの嬢ちゃん」
 彼女の辛い気持ちは、ベアトリスも分かる。スレイブと呼ばれるバンパイアは、最初からモンスターだったわけではない。バンパイアに噛まれた被害者のなれの果て、元は普通に暮らしていた人間なのだ。
 もう少し早ければ。
 助けられる方法はないのか。
 どうにもならない考えばかりがぐるぐると頭を回り、自分の力の無さを嘆いた事も1度や2度ではない。
「でも、魂を人に戻してやる事は出来るんだよ」
 自分にも言い聞かせるように呟いて、ベアトリスは呪を唱え、術を完成させた。

●複雑‥‥
 急を要すると判断された者達を一番近い教会へと運び込み、とんぼ返りで村へと戻ろうとしていたシャロン・シェフィールド(ec4984)は、雪の積もった原の向こうに動く影を見つけてレオポルドの手綱を引いた。
「あれは‥‥ネティさん?」
 シャロンは苦笑を漏らした。彼女がここにいるという事は、きっとあのお嬢様も近くにいるはずだ。
「ネティさん!」
「シャロン!」
 愛犬、ペフティを追いかけて走っていたネティをレオポルドに引っ張り上げれば、彼女は助かったと荒い息を鎮めるように胸に手を当てた。
「ルクレツィアさんを追って来られたのですか?」
「そうなのよ! 聞いて! ツィアったら‥‥」
 語り出したネティの勢いに、反応を返すのが遅れた。不自然にあいた間に、ネティが不審に思ったのではないかと慌てて相槌を打つ。だが、そんな心配は無用だった。
「あの子ったら、心配ばかりかけるんだから!」
 ぷんぷん怒りながらの言葉を繋ぎ合わせると、ツィアは、最近、王都少年警備隊(自称)に入隊した青年と共に奇病が流行っている村に向かったらしい。その青年が素性の知れないロクデナシっぽい貴族だというジミーの証言が、ネティの怒りに油を注いでいるようだ。
「まるで妹の心配をしているお姉さんのようですね‥‥」
 ぽつりと呟いた途端、思いっきり背中を叩かれた。
「やだ、シャロンったら! 私はまだお姉さんじゃないわっ」
「‥‥は?」
 怒っていたかと思えば、何やら上機嫌に笑っている。ころころと変わるネティの機嫌を訝しみつつも、シャロンは軽く鐙を蹴った。
 よく訓練された馬は、背に乗る人の心の内など知らぬ顔で、力強く走り出したのだった。
 
●哀しい赤子
 バンパイアに通常の武器は効かない。
 魔法か、魔法の力を付与された武器、もしくは銀の武器。
 確認するように胸中で繰り返すのは、目の前で泣き崩れる女とその腕の中でむずかる赤ん坊が、どこにでもいる親子に見えて、剣を握る手が震えてしまうからだ。
「この子が何をしたと言うんですか!」
 両手を広げて妻子を庇おうとする男のやつれた顔は苦悩に満ちている。恐らく、子供が普通の赤ん坊ではないと気付いていたに違いない。そして、村に奇妙な病が流行った理由にも。
「最初に発熱した婦人は、赤ん坊を拾った貴殿らの為に何かと世話を焼いていた」
「それが何の関係が‥‥!」
 レジーナの抜き放った剣が、オーラの力を受けて薄桃色の光を帯びる。
「赤ん坊に手を噛まれ、よほど空腹なのだろうと山羊の乳を分けたらしいな」
「この子が原因だという証拠はあるんですか! 俺もマイラも病には罹っていない! この子が原因なら、真っ先に俺達が倒れているはずじゃないか!」
 表情を消したまま、オイルは視線を逸らした。何と説明すればこの2人は納得するのだろうか。赤ん坊がバンパイアと化しているならば、普通の赤子よりも知恵が働く。「親」となるバンパイアに指示されている場合もある。
「ほら、無いじゃないか! この子が化け物だなんて‥‥」
 声を震わせながら男が言い募ったその時、甲高い悲鳴が上がった。女の胸元に小さな牙を突き立てる赤ん坊を引き剥がすべく、オイルは手を伸ばす。けれど、彼の手が触れる直前に、赤ん坊は女から離れた。
 ぷっくり愛らしい唇から血を滴らせ、赤く不気味に光る目で大人達を見る姿に、レジーナは戦慄いた。
「何故‥‥ッ」
 こんな幼い子を。
「オイルさん、レジーナさん!」
 駆け込んで来たマルキアも、その光景に言葉を失う。
 自失したのは束の間。すぐに彼女は血を流して震える女に気付いた。自分の為すべき事を、瞬時に悟る。剣とダガーを構え、赤ん坊を威嚇しているオイルとレジーナの傍らを駆け抜け、女を助け起こした。
「すぐに浄化して貰えるのですぅ。しっかりして下さいぃ」
 赤ん坊の視線がマルキアと女を捉える。武器を構えた冒険者よりも、怪我人を抱えたマルキアを狙う方が逃げ伸びられる可能性が高いと本能で察したのだろうか。
「マルキア!」
 女を支えながらマルキアは鞘に入ったままの太刀を握り締めた。打撃を与えられなくても、攻撃から女を守る事は出来る。
 だが、衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
 マルキアの目の前で、赤ん坊は黒い光に弾き飛ばされたのだ。
 母を求めるような泣き声は、やがて哀しく消え入った‥‥。

●騎士
 ようやく見つけたルクレツィアは、村に入る手前の森の中にいた。
「ツィアったら! 全くもう!」
 ぎゅうぎゅうと気が済むまで締め上げると、ネティはさくさくと軽い足音を立てて近づいて来る男に冷たい声を投げる。
「で、貴方は何者?」
「僕? 僕は姫の騎士だよ。姫の憂いを除く騎士」
 額にかかった柔らかな前髪を掻き上げ、にっこり愛想良く笑う男の胡散臭さに眉を寄せる。薄茶色の髪と太陽の光を知らぬような白い肌の優男。こーゆー男にロクな奴がいないと思うのは、ネティの偏見だろうか。
 男の様子を観察していたシャロンも、知らず強張っていた体の力を抜いた。「あの時」に出会った男ではない。
「ところで、冒険者にはこんな可愛いお嬢さんもいるんだね。ごつい男ばかりかと思っていたから、敬遠してたんだけど」
 ぞわ、とネティは総毛立った。
「本当、可愛い。僕の好みだよ」
 近づいて来た男に手を取られ、唇を近づけられて、シャロンは固まった。
 ネティが叫んでいる。ツィアは不思議そうに首を傾げている。そして、男は魅惑的な笑みと共に片目を瞑ってみせた。
 全てを理解した時、シャロンは耳まで真っ赤に染めあげて真剣に狼狽えた。