【黙示録】先手必勝
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 75 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月14日〜02月24日
リプレイ公開日:2009年02月22日
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●オープニング
●地獄の奥深く
ケルベロスが倒れ、冒険者の侵入を許してり此方、地獄は何やら慌しい。
門が突破された今、次の要となるのはこのディーテ砦だ。仕方がない事だが、部下達が浮き足立つ様は見苦しい。
そして、それは部下達だけではないから始末が悪い。
「勇猛なるモレク‥‥」
名を聞くだけで気の弱い者達が奮えあがる剛将は、ケルベロスを倒した冒険者を迎え撃ち、身を八つ裂きにして、地獄の大地にその血を注がんと意気込んでいる。
「付き合わされる方はたまったものじゃないな」
ぼやいた所で何が変わるでもないが、彼は独りごちた。
「オレイ様、そのような事は」
恐る恐る声をかけてくる者をふんと鼻を鳴らして一瞥し、彼は手にしていた杯を放り投げる。
かしゃんと壊れる音がして、残っていた酒が撒き散らされる。床を這う赤い液体は、否応なしにこれから始まる殺戮を予感させ、彼の心を逸らせた。しかし。
「‥‥向かって来る敵を刃で斬り伏せる事ばかりが戦いではない」
立ち上がると、彼はゆるりと首を巡らせた。
「モレク殿にお伝えせよ。このオレイ、刃よりも多くの敵を屠ってご覧にいれるとな」
●先手必勝
デビルが何かを探している。
それは、地獄の門が開いた頃から囁かれて来た噂だ。
探し物は「冠」と呼ばれるものだとも言われるが、その形状も何にも、はっきりとしたことは分かってはいない。
噂はあくまで噂なのだ。
だが、デビルが何かを探しているというのは間違いない。
「デビルの群れの目撃情報が多い場所がある」
ここしばらく、北へ北へと向かうデビル達とは明らかに別の動きが確認されるようになった。数的には少ないが、なにか意思のようなものが背後に流れているような気がするのだ。
北へ向かっていた群れが、月道を通って現れた群れと合流し、そのまま共に行動を始めたという報告もあった。
「で、デビルはどこで何をやってるって?」
話の腰を折る形で言葉を挟んだ冒険者を睨みつける。咳払いの後、男は再び口を開いた。
「今度は北ではなく南だ。古い遺跡のある場所に多く現れている。付近の町や村を守護する勇敢なる騎士達が、それぞれに撃退してはいるのだが」
「へえ」
今度は相槌を打つだけで留める。
これまで王宮からの指示に従い、冒険者に協力を仰いでいた地方領主や豪族の騎士達が、個別に対応しているという話は聞く。
田舎騎士達は、単体ならばまだしもデビルの群れと戦った経験のない者が多い。それが、何の混乱も見せずにデビル達を撃退しているというのだ。
どこかで秘密特訓でも受けたのか、それとも優秀な指導者でもついたのか、詳しい事情までは分からない。
「我々とて馬鹿ではない。デビルの出現した場所、襲われた場所などの情報を集めた。その結果、デビル達の次なる出現地を予測する事が出来るようになったのだ!」
本当だろうか。
冒険者達は互いに眉を寄せて顔を見合わせた。
デビルの出現地の情報などは、ギルドにも随時入ってきている。
実際に群れと対峙した冒険者からの報告書もある。
奇妙な動きをするデビル達がいるのは確かだ。だが、ギルドでさえも判断材料が足りず、慎重に成り行きを観察しているにも関わらず、彼らは予測できるという。
「次にデビルがどこに現れるか予測出来る? 本当に?」
疑り深く尋ねた冒険者に、男は侮蔑の籠もった視線を向けた。
「当然だ。情報を集め、分析すれば自ずと法則性が見えてくる。それによって、我々は13回連続でデビルを出現地点で撃破した」
しかし、と男は続ける。
「次の予測によると、デビルは我らの先手必勝の完璧なる防御に対して手段を講じてくるはずだ。恐らく、大群を投入してくるだろう。そこで、冒険者の力を借りたい」
戦力不足を補えという事か。
苦々しい気持ちを飲み下して、冒険者は頷いた。
男の言葉は色々と鼻につくが、百発百中と豪語する出現地点の予測には興味がある。
「分かった。俺達はアンタ達の予測とやらに従って、襲って来るデビルを撃退すればいいんだな?」
男が提示した依頼内容は単純だ。
だが、それ以上の収穫も期待出来るかもしれない。
頷いて、冒険者は差し出された書類にサインを入れた。
●リプレイ本文
●疑念
戦の準備で周囲は慌ただしい。
物々しい騎士の装備は時代掛かっていて、とても実戦で使えるような代物には見えない。それに何と言えばよいのだろうか。騎士達には「無駄」が多すぎる。剣を帯びるにしても、何人もの従僕が騎士を取り囲み、作法に則った遣り方で恭しく剣を捧げ、剣帯をつけて‥‥と、時間が掛かる。
同じ騎士でも王宮騎士やデビルとの戦いを繰り返している北海沿岸の騎士達は、このような「おままごと」に興じたりはしないだろう。
重たい甲冑を身につけ、嬉々としている騎士達に物憂い視線を投げて、ルザリア・レイバーン(ec1621)は傍らのディーネ・ノート(ea1542)に軽く肩を竦めてみせた。
「信じ難いな。‥‥あれでデビルを撃退したなどど」
「ううーん」
ディーネはと言えば、どこから突っ込んでいいのか悩んでいる様子だ。
本当に、デビルを倒したのか。13回も連続してデビルの動きを読んで。
「‥‥出現予測時間は、先だからいいと思うけど、まだまだかかりそうね」
石段に座り込んでがくりと項垂れ、ディーネは大きく息を吐き出した。すぐにでも戦えるよう、常に準備を怠らない冒険者の感覚からすると、彼らには付き合い切れない。信じられない事に、騎士の傍には食事と簡易テーブルとが用意されているのだ。甲冑を身につけている途中に、食事の時間が入るらしい。
「雑談がてらに‥‥」
ぽつりと漏らされた呟きに、膝に押しつけていた顔を上げる。少し赤くなった額を軽く撫でて、ルザリアは続けた。
「色々と話を聞いた。ここの者達はデビルを軽んじているような気がする」
攻め立てると、デビルは呆気なく逃げ出すのだという。キツネやウサギよりも簡単に、彼らの剣にかかり、絶叫して消えていく。故に、デビル恐るるに足らず、と彼らは豪語する。中央の騎士達はデビル如きに手こずって不甲斐ない‥‥と。
「それって」
ディーネが眉を寄せるのと、黄桜喜八(eb5347)の苛立った声が聞こえるのとはほぼ同時だった。
「だから何度も言ってんだろ」
数人の従士に囲まれて、喜八はうんざりしたように頭を振る。
「オイラはアンタらの親分の依頼を受けた冒険者だって」
「うそをつけ!」
喜八は、シータ・ラーダシュトラ(eb3389)と顔を見合わせた。従士達の反応は珍しくもない。この国では河童は珍しい。王都キャメロットでさえも、未だに驚かれる事もあるぐらいだ。こんな田舎にあってはさもありなん。
「喜八殿、シータ殿」
「よお」
軽く手を挙げて、喜八は彼女らの元へと歩み寄る。警戒心も顕わに剣を構える従士達など気にも留めていない。彼らの剣は、喜八にしてみれば児戯に等しいものだと見抜いているのだろう。
「見抜くもなにも‥‥あんなんでよくデビルと戦えたな」
「喜八殿もそう思われるか」
あはは、とシータは笑った。笑うしかなかった。だから、もう分かっていた。
「やっぱり、ほーそく性‥‥はないんだね」
●思惑
空木怜(ec1783)は険しい表情のまま、デビルが現れるという遺跡と騎士団の陣容を見下ろしていた。彼が立つ丘も、遺跡の一部らしいが、巨大な石が転がっているだけで、特別の気配は感じられない。
「依頼人が嘘をついている‥‥わけではなさそうだ。となると」
「出現予測にはデビルが関わっている可能性が大、ね」
巨石の上から声が降って来る。気配を隠そうともしていなかったから、彼女の事には気付いていた。共に依頼を受けた伏見鎮葉(ec5421)だ。
「でも、裏があるとして、わざわざ敵に先手を打たせるというのはどういう目的なのかしら」
それは、怜も気になるところだ。
遺跡周辺には、近隣の騎士団から掻き集められた騎士達が天幕を張り、騎士や従士が多く行き交っている。これだけの人数を集められるのであれば、わざわざギルドに援護要請を出す必要も無いように思える。依頼人は、騎士団の力を信じている。たった8人の冒険者の力を侮っているフシも見受けられる。
なのに、なぜ。
「人手を掻き集めて一網打尽‥‥って言ってもねぇ。こんなハリボテの騎士なんて何百人集まっても大した影響はないと思うんだけど」
歯に衣を着せない鎮葉の言葉に怜は口元を引き上げる事で応えた。
「ここまで勝ちを譲った以上、それを補う戦果を狙ってくるはず。‥‥操りでもして戦力を取り込み‥‥って言ってもねぇ。以下略」
大仰に溜息をついて見せると、鎮葉は石から飛び降りて怜の隣に立った。
眼下では、騎士団の関係者が相変わらずわらわらと動いている。無駄ばかりの大騒ぎだ。
「ま、あとは敵の出方を見るしかないのかもね」
「‥‥そうだな。このままという事はないだろうからな」
●罠
罠の有無を確認する為、アクア・ミストレイ(ec3682)は陣の周囲を調べていた。
万が一に備えて天馬の力を借り、気配を消して誰にも気付かれぬように秘やかに。デビルが出現すると予測された遺跡には、罠らしきものは何も仕掛けられていない。
「騎士団の陣が穴だらけなのは仕方がない事だとしても、こうまで何もないと逆に怪しいなぁ」
誰の思惑で、この場所に集められているのだろう。仲間達同様、アクアもそう思わずにはいられない。
厚い雲の合間から差した太陽に、目を細めた。デビルが現れると予測された時間まで、あと僅かだ。何が起きるか分からないのだ。気を引き締めて行かねばならない。
と、その時だった。
「‥‥? 何だ?」
陣が騒がしくなった。怒声が聞こえる。何かが打ち付けられる音も、馬のいななきも。
「アリアさん!」
駆けて来たラミア・リュミスヴェルン(ec0557)に、異変が起きた事を察して、アリアも地を蹴った。
「デビルか!?」
「違います! 騎士団の方々が‥‥っ!」
アリアと同様に陣の確認をしていたラミアの話では、騎士団に急使が訪れた直後、突然に諍いが起きたのだという。
「とにかく、皆を落ち着かせ‥‥‥‥っ!!」
はっと息を呑んで、アリアが足を止める。その背中に強かに額をぶつけて、ラミアは怪訝そうに彼を見上げた。
「どうかしましたか、アリアさん?」
身構えたアリアの視線を辿り、ラミアの表情も強張った。彼らの行く手を阻むように現れた数体のデビルが迫ってくるのが見えたのだ。
「‥‥なるほど」
クロスブレードに手をかけ、アリアは呟く。
このタイミングで現れたとなると、デビルは騎士団の諍いとも無関係ではなさそうだ。だが、何の為に?
「ともかく、このデビル達を片付けてしまおうか。話はそれからだ」
「はい!」
頷いて、ラミアもダガーを抜きはなった。
●狂乱
陣は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「皆! 同士討ちはデビルの思う壺だよ!」
シータの叫びにも、騎士達は耳を貸さない。人の剣に、人が傷ついて倒れていく。見境いない攻撃は、デビルよりも質が悪かった。振り下ろされる剣を止めても、別の剣が振り下ろされ、鎧の隙間から肉を断つ。
「ねえ! 駄目だってば!」
人間、それも味方相手に本気を出すわけにはいかない。
何故、こんな事になったのか。
立派な鎧を着た騎士が従士の耳打ちを受けた途端、逆上して隊長に斬りかかった。シータに分かっているのはそれだけだ。
「ガマの助! 皆を止めるんだ!」
喜八が召喚したガマも、騎士達を驚かせはしたものの、食い止められたのは下敷きにした一部の者達だけ。ディーネの魔法も、全ての者の動きを止めるには足りない。相手が人だから、味方だからと加減をすればするだけ混乱を招く。
「おのれ、おのれ、おのれーっ!」
血を流しながら、隊長が狂ったように味方に向かって剣を突き立てていく。悪鬼さながらの姿に、ディーネは泣きそうに顔を歪めて術を放った。
氷の棺が、隊長の動きを止める。
だが、その棺を、無数の槍と剣が襲う。
「やめて、やめてー!」
簡単に壊れはしないが、これだけの衝撃を受ければただでは済まない。
何よりも、狂気へと駆り立てる人の悪意が恐ろしかった。
「ディーネ殿!」
ディーネの手を取って、ルザリアは駆け出した。降る矢を叩き落とし、ディーネを庇うように盾を翳して陣を走り抜ける。彼女達を援護したのは、怜と鎮葉だ。
「これが、デビルの狙い? ‥‥にしては、おかしな感じね」
「本当の狙いかどうかは分からん!」
攻撃を防ぎながら周囲を探った限りでは、デビルの数が少ないようだ。それも、既にほとんどの反応が消えている。陣の外回りにはアクアとラミアがいたはずだ。彼らが討ったのだろうと見当をつけて、怜は仲間達と合流すべく指示を出したのだった。
●嘲笑
「はずれたか‥‥」
小さく肩を竦めて、彼は混乱に背を向けた。
だが、手は打ってある。芽吹いた種は、急速に育ち、やがてその鋭い棘で更なる血を流す事だろう。
ふと足を止め、遺跡を一瞥する。
人の手で流された血が大地に染みていた。折り重なるように倒れ伏した屍と、苦痛に呻く者の怨嗟の声。
遙か昔に祈りの場であった場所が、穢されていく。
彼は嘲笑った。