【黙示録】古に続く扉
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 7 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月15日〜02月25日
リプレイ公開日:2009年02月23日
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●オープニング
●地獄の奥深く
ケルベロスが倒れ、冒険者の侵入を許してり此方、地獄は何やら慌しい。
門が突破された今、次の要となるのはこのディーテ砦だ。仕方がない事だが、部下達が浮き足立つ様は見苦しい。
そして、それは部下達だけではないから始末が悪い。
「勇猛なるモレク‥‥」
名を聞くだけで気の弱い者達が奮えあがる剛将は、ケルベロスを倒した冒険者を迎え撃ち、身を八つ裂きにして、地獄の大地にその血を注がんと意気込んでいる。
「付き合わされる方はたまったものじゃないな」
ぼやいた所で何が変わるでもないが、彼は独りごちた。
「オレイ様、そのような事は」
恐る恐る声をかけてくる者をふんと鼻を鳴らして一瞥し、彼は手にしていた杯を放り投げる。
かしゃんと壊れる音がして、残っていた酒が撒き散らされる。床を這う赤い液体は、否応なしにこれから始まる殺戮を予感させ、彼の心を逸らせた。しかし。
「‥‥向かって来る敵を刃で斬り伏せる事ばかりが戦いではない」
立ち上がると、彼はゆるりと首を巡らせた。
「モレク殿にお伝えせよ。このオレイ、刃よりも多くの敵を屠ってご覧にいれるとな」
●動向
デビルが何かを探している。
それは、地獄の門が開いた頃から囁かれて来た噂だ。
探し物は「冠」と呼ばれるものだとも言われるが、その形状も何にも、はっきりとしたことは分かってはいない。
噂はあくまで噂なのだ。
だが、デビルが何かを探しているというのは間違いない。
「デビルの群れの目撃情報が多い場所がある」
ここしばらく、北へ北へと向かうデビル達とは明らかに別の動きが確認されるようになった。数的には少ないが、なにか意思のようなものが背後に流れているような気がするのだ。
北へ向かっていた群れが、月道を通って現れた群れと合流し、そのまま共に行動を始めたという報告もあった。
「で、デビルはどこで何をやってるって?」
話の腰を折る形で言葉を挟んだ冒険者を睨みつける。咳払いの後、男は再び口を開いた。
「今度は北ではなく南だ。古い遺跡のある場所に多く現れている。付近の町や村を守護する勇敢なる騎士達が、それぞれに撃退してはいるのだが」
「へえ」
今度は相槌を打つだけで留める。
これまで王宮からの指示に従い、冒険者に協力を仰いでいた地方領主や豪族の騎士達が、個別に対応しているという話は聞く。
田舎騎士達は、単体ならばまだしもデビルの群れと戦った経験のない者が多い。それが、何の混乱も見せずにデビル達を撃退しているというのだ。
どこかで秘密特訓でも受けたのか、それとも優秀な指導者でもついたのか、詳しい事情までは分からない。
「我々とて馬鹿ではない。デビルの出現した場所、襲われた場所などの情報を集めた。その結果、デビル達の次なる出現地を予測する事が出来るようになったのだ!」
本当だろうか。
冒険者達は互いに眉を寄せて顔を見合わせた。
●遺跡
カツンと硬質な靴音を鳴らしてギルドへと入って来た男の姿に、その場にいた者達は一瞬、言葉を失った。
さらりと流れる金の髪、古の芸術家が魂を込めて刻んだ彫刻のように整った容貌。
「この世のものとは思われない」と称される美形の騎士。
このイギリスの王、アーサーの元に集う円卓の騎士が1人、名をトリスタン・トリストラムと言う。
だがしかし、彼はずっとキャメロットを離れていた。デビルが北へと向かっているとギルドに依頼を出す事はあっても、自身はサウザンプトン領内の一角、ビューロウに滞在し続けていたはずだ。その理由は‥‥。
「女に捕まっていたと聞いたが‥‥」
突然に現れたトリスタンに、冒険者が呆然としつつ声をかける。
ぴたり。
止まった靴音に己の失言を悟った冒険者は、慌てて周囲を見回した。
呆れたような、同情するような視線が彼に注がれたが、救いの手はどこからも伸びない。
「ーーーーー先ほどの話だが」
「えっ!? え?」
妙に裏返って上擦った声で問い直す彼に、トリスタンは淡々と続けた。
「先ほどの男の依頼だ。デビルが遺跡を調べていると」
「あ、ああっ」
貼りだされたばかりの依頼書へと目をやる。
何かを探しているらしいデビルが、南方の遺跡に多く見られるようになった。その情報を分析した結果、次の出現地点を予測出来るようになったので、デビル退治に協力しろという内容だ。
「デビルが現れた遺跡の調査を依頼する。そして、その地方の遺跡や隠された宝に関する伝承がないかも調べて欲しい」
トリスタンが言わんとする事を察して、冒険者が表情を改めた。
「デビルが探しているものーーーーか?」
分からない、とトリスタンは小さく首を振る。様々な噂はあるが、漠然とした話ばかりで、実際の所は何も分かっていない。手掛かりは少しでも多い方がいい。
彼はそう考えているのだろう。
「確かに、気になるわな。分かった。遺跡周辺に住んでる連中に片っ端から聞き込んでいけば、面白い話の1つや2つ、聞けるかもしれないしな」
ドンと胸を叩いた冒険者に、安請け合いを非難するような視線が集まったーー。
●リプレイ本文
●雨宿り
ぼぉ、とエスリン・マッカレル(ea9669)は木の下から降り止まぬ雨を見つめていた。心ここに在らずな様子は、常に騎士らしくある事を心がけている彼女らしくない。彼女が物思いに耽る理由に心当たりがなくもない姜珠慧(eb8491)は、彼女と並んで一緒に雨を眺めていた。
どちらにしても、雨が止むまで何も出来ないのだ。
ほんの少しぐらい、感傷に浸ってもいいだろう。
「ほら、これをお飲み。体が温まるよ」
声を掛けられて、珠慧はゆるゆると顔を動かした。
雨宿りしていた老婦人が、温かい湯の入ったカップを差し出していた。茶とは呼べないが、仄かに香草が薫る。
「ありがとうございます」
2つのカップを受け取って、エスリンにも渡してやる。ふと見ると、隣の木の下には老婦人の他にも男がいた。石を集めて竈を作ったのは彼なのだろう。
その男にも軽く頭を下げ、珠慧はカップに口をつけた。
じわりと温かさが染みて来る。
「お嬢ちゃん達、ここら辺じゃ見かけない顔だね。どこへ行くんだい?」
「この近くにある遺跡の事を調べているんです」
遺跡?
老婦人は首を傾げた。
代わりに男が口を開く。
「あれの事じゃないか? 石の庭」
「ああ、あれ」
巨大な石が転がっていても、それを遺跡として認識している人は少ない。生まれた時からそこに存在するものだ。毎日目に入ってくる風景、生活の場として深く考える事もない。
「子供の頃はよく遊んだねぇ。あそこで遊んじゃいけないって言われてたけど、駄目だと言われると余計にやりたくなるんだ」
老婦人は笑った。くすりと、子供のような無邪気な顔で。
「遊んではいけない‥‥とは、何か理由があっての事ですか?」
尋ねたエスリンをちらりと見る。これまでにも、もう何度も繰り返して来た問いだ。大抵、返る答えも決まっていたが。
「危ないからって母親は言っていたよ。私も、この子が小さい頃には同じ事を言ってたね」
くすりと笑う老婦人の隣で、男も笑う。
どうやら親子のようだ。
「でも、お嬢ちゃん達も物好きだね。あそこは、この間、デビルが現れたって言うから、今は子供達も近づかないんだよ」
曖昧に返してカップの湯を飲み干す。
その「デビルが現れた」遺跡を中心に巡っているのだーーとは、言わなかった。
●遺跡
くしゅん、と小さくくしゃみをして、テティニス・ネト・アメン(ec0212)は外套の襟を掻き合わせた。
この国は、故郷よりも太陽が遠い。
彼女の故郷において、太陽は世界をあまねく照らし出す神だ。神はいつも東から昇って西に沈み、永遠に変わる事なく人の世を導いてくれる。だから、それが季節の常なのだと教えられても、分厚く灰色の雲に太陽の姿が長く隠されてしまう「冬」には違和感を感じてならない。
「石の遺跡だと言うから、てっきりファラオのお墓だと思っていたのだけれど」
身の丈の何倍もある巨大な石に手を当てて、テティは途方に暮れた。
確かに大きいけれど、確かに人の手で配置されたような気がしないでもないけれど、
「‥‥普通の岩とどう違うの?」
故郷の遺跡は人の手で造り上げられたものだ。けれど、この岩は、長い年月の間に自然に転がった物にしか見えない。
「‥‥‥‥‥‥何の為の遺跡か、だなんて、知っている人がいるのかしら」
ぺちぺちと石の表面を叩いてみる。
周囲には、苔が生えていたり、草に埋もれていたりする石もごろごろしている。それほど長い時間、ここに「普通に」ある石の事を特別なものとして見ている人がどれほどいるのか。
一目で長生きしていると分かる長老にも話を聞いてはみたけれど。
「‥‥耄碌し‥‥‥‥いいえ、そんな事を言っては駄目。長く生きて来られた方には敬意を払わなければ‥‥」
息子の嫁扱いされて、涙ぐまれて、しかも手を放してくれなくて、ちょっと大変な目に遭ったのだ。
ともかく、とテティは周囲を見回した。
石の原は静かで、何の気配もない。冷たい風が揺らした草の葉ずれの音だけが響いている。
地元の騎士団にデビルが退治された時のものであろう。踏みにじられた跡がところどころにあるだけ。
「何故、デビルはここに現れたのかしら。大切な伝承があるようには見えないのだけど‥‥」
この辺りで一番長生きをしている人でさえも、石の謂われについて語った事はなかったらしい。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
いけないいなけい。
テティは首を振った。
ついうっかり思い出して、ムカついてしまった。
長く生きている人には敬意を。
軽く頭を振り、呪文のように心のうちで唱えて、テティは石から離れた。
●語り継がれること
お年寄りに、息子の嫁と間違われるのは初めてではない。
沖田光(ea0029)はにっこり笑って、皺だらけの手に手を添えた。経験値の差というものは大きい。
「おじいさんのお嫁さんに間違われるなんて、僕も光栄で‥‥」
「何言ってんのさ! 図々しい! 年を取ると目も悪くなっちまうんだね! この人の、どこをどう見たらアンタん所の嫁に見えるんだよ! ああ、アンタ‥‥帰って来てくれたんだね。アタシはずぅぅっと待ってたんだよ」
涙ぐんで、頬を胸に寄せる老婆に、光は笑顔のままで固まった。
硬直したのをどう受け取ったのか、老婆は枯れ枝のような手を伸ばして光の体を撫でさする。
「うんうん。この手触り、間違いないよ」
「えっと、その‥‥」
ようやく我に返った光が、老婆の手を柔らかく掴もうとしたその直前に、
「この泥棒猫ーっ!」
伸びた別の手が老婆を乱暴にひっぺがえした。
「人の男を取ろうなんて、あんたには100年早いんだよ!」
途端に始まる取っ組み合い。
止めようにも、下手に腕を掴んだらぽきりと折れてしまいそうで、怖くて介入出来ない。
「あの、どうか落ち着いて下さい」
おろおろと声を掛ける光の姿に、離れた場所で香草茶を啜る女達がうんうん満足そうに頷いた。
「今度の介護人さんは人気者だねぇ」
「いい男だから、マーテルさん達も気合いが入るってもんだ」
ええっ!?
「僕は介護人じゃありません! というか、何を暢気をお茶を飲んでるんですか? 早くこの人達を止めないと‥‥!」
引っ掻いて、殴り合って、女同士のド修羅場を演じている老婆達に、光は途方に暮れる。付き添いの女達は止めに入る気配がない。かと言って、このままでは大怪我をしかねない。
遺跡と伝承についての話を聞きに来ただけなのに、どうしてこんな事になったのだろう。
嘆きながら、光は老婆達の間に割って入った。
●カタチ
「なるほど」
顔に引っ掻き傷を作った光からの報告の後、エスリンと珠慧は深く息を吐き出した。
げに恐ろしきは女の争い。
冒険者ーーしかも、名の通った志士である光をこれほどまでにボロボロに出来る相手など、滅多にいない。
「お気の毒に‥‥と申し上げてよいのでしょうか」
しみじみとした珠慧の言葉に、光は項垂れた。
遺跡の石に好きな子の名前を刻んだとか、昔、こっそりへそくりを隠したとか、そんな話は沢山聞かされたが、本来の目的のデビルと、デビルの探し物に関わる情報は得られなかった。
良い話といえば、嫁扱いから亭主扱いになった事ぐらいか。
ーそれも微妙‥‥。
落ち込みながらも、光は懐から羊皮紙を取り出して仲間達の前に広げた。それは、調べた遺跡の場所とデビルが出現した日時、その近辺で聞いた話とを書き留めたものだ。
「‥‥ここ。初恋の女の子と手を握った場所」
「‥‥こっち。近所の子と一緒に秘密基地を作ったって」
それぞれに聞き込んで来た情報を纏めて、4人はほぼ同時に溜息をついた。
少しぐらいはデビルの情報が得られるかと思っていたのに、何なのだろう。この昔の思い出地図は。
「馬鹿馬鹿しい。何が両思いになるおまじないだ。石に名前を刻んだだけで想いが通じるなら、いくらでもやっている」
吐き捨てたエスリンに、珠慧もうんうんと頷いた。
「巫山戯ているわよね。夜中、皆で手を繋いで「船、船」と唱えると空を飛ぶ船が現れるんですってよ」
「これもよくある話ね。「言う事をきかない子供は石の魔物が攫いにやって来る」。私も、昔、妹によく‥‥」
ん?
これまた同時に、4人は眉を寄せた。何かが、引っ掛かる。
まじまじと羊皮紙を覗き込んだ珠慧が、地図を指でなぞる。
「‥‥デビルの進路‥‥西へ西へと向かっているように見えますね」
彼女の指摘通り、時期はばらばらだが、出現位置をしめす印は西に向かう程多くなっている。そして。
「噂も同じ形で分布している‥‥?」
ほのぼの思い出話は東側に多く、怪しい噂話は西側に多い。これは、何を意味しているのだろうか。
引き裂かれた恋人達の幽霊が出る話。
謎物体(空飛ぶ船含む)を召喚する話。
悪い子供を攫いに来る魔物の話。
デビルの出現地点と同様に、それらは西へ行く程増えているのだ。
そういえば‥‥と、テティも羊皮紙を取り出した。
「まだデビルが現れていない遺跡の場所を調べていたの」
2枚の地図を照らし合わせて、彼らは息を呑んだ。
海岸線に沿って分布する遺跡群。それらもまた、西に多く確認されていたのだった。
●雨上がり
積んだ石を蹴り崩す。
雨宿りの木の下には、もう誰もいない。老婦人も自分の家に戻って行った。彼女の心から、息子の存在など跡形もなく消えているだろう。
「残るは、遺跡を調べていた者達の記憶だけ‥‥」
ほんの少し毒水を混ぜるだけで、人の世は面白いぐらいに狂っていく。
それを、彼は見ているだけでいい。
そう、見ているだけでーーー