【黙示録】祈りさえも
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 75 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月19日〜03月29日
リプレイ公開日:2009年03月24日
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●オープニング
●埋火
踏みにじられ、抉れた地面には折れた矢や剣先が散らばっていた。土色が変わった部分は、染み込んだ血の跡か。
折り重なるように倒れていた騎士の体はもうない。
生き残った者達の手で、家族の元に帰されたのだろう。
こおと音を立てて吹き抜ける風が、外套の裾をはためかせる。
生温いそれに混ざる僅かな血の匂いに、彼は笑いを漏らした。
あの日、彼が吹き込んだ囁きは見る間に猜疑心へと成長し、悪意の炎となって彼らを焼き尽くした。
その埋み火は未だに彼らの中に燻り続け、時折、こうして噴き出しては憎しみと怨嗟とを撒き散らす。
「まだ足りない‥‥」
足りない。
だから‥‥ては。
「足りないの?」
足下から聞こえて来た声に頷く。
「じゃあ、皆に伝えとくね。僕に出来る事、他にもある?」
見上げて来る純真な瞳に、彼は微笑んで見せた。
●閉じた扉
その日、キャメロットの冒険者ギルドに持ち込まれた依頼に、冒険者達は顔を顰めた。
南部にある遺跡で、人が数人死んでいるのだという。
誰かに殺された風ではない、らしい。
最初は女が手首を切った。
先日の小競り合いで息子を失った母親だ。
次は短刀で首を突いた男。その次は‥‥。
「これって、自殺が重なっただけじゃないのか?」
誰もが彼のように思った。
自殺だ。大切なものを失い、生きる術を失ったのだ。だから、この先の人生に絶望して命を絶ったのだ‥‥と。
「その先をよく読んでみて」
受付嬢に促されて、冒険者達は先の記述に目を走らせた。
遺跡で見つかった自殺と思しき者達は、全て石の上で発見されている。全員、わざわざ石によじ登って、血を流して死んでいるのだ。
「遺跡を選ぶ気持ちは分からないでもないが、確かに奇妙だな」
人目につかない場所を選んだのだとしても、一番簡単だと思われる首吊りがない。森の中の遺跡などでは、一番に連想しそうなものだが。
それに、と冒険者は続けた。
彼らが見つかった遺跡の位置も気になる。
自殺は連鎖する事もあるという。1人に続いて、2人、3人と誘われるように命を絶つのだそうだ。だが、今回は「連鎖」だけでは説明が出来ない。事件が起きた遺跡は離れた場所にあり、亡くなった者達も、現在の情報上は縁も所縁もない無関係の者達だ。
「こんなに連続して人が死ぬのはおかしいから調べてくれ、か」
署名はブリジット。サウザンプトンの女騎士からの依頼だ。
「最近はサウザンプトン領内だけでなく、人々の雰囲気がおかしいそうだ。村や、騎士達の間で怪我人や、時には死人が出るほどの衝突も起きているらしい。依頼人本人も、何度か領内での諍いの仲裁に出向いたそうだ。サウザンプトン領主の使いという事で丁重には扱われるが、話は聞いて貰えないとある。何かを隠しているような気がする‥‥と」
ふむ、と冒険者達は互いの顔を見合った。
ブリジット自身も調べたらしいが、亡くなった者の家族、友人達から周辺住民までもが口を閉ざし、情報を得る事が出来なかったようだ。
「住民達の中に入って噂を聞き出すのも一苦労って事か」
そういえば、と冒険者の1人が口を開いた。
「最近、南方では冒険者への風当たりがきつくなっているらしいぞ」
冒険者だと名乗っただけで宿どころか村を追い出された者もいるらしい。
一体、南方で何が起きているというのだろうか。
彼らは深く溜息をついたた。
●祈り
Hosanna、と男は呟いた。
鋭い刃先がぷつりと肌を裂く。痛みは感じるが、恐怖はない。目を閉じて、一気に押し込む。生温かいものが手を濡らす。
それが自分の血だと気付いたのは、腹に刺した短刀から手を放した後だ。
Hosanna、繰り返し呟く。
来たりたるものに祝福あれ。
繰り返し繰り返し聞こえて来た声が途絶えたのを知ると、彼はゆっくりと男に近づいた。
石を伝って滴る血を手で受ける。
「まだ足りないんだって。もっともっと必要なんだって」
溜まった生温かい液体を地面に撒き散らし、草葉を赤く染めて、彼は跪いた。
「いっぱいいっぱい集めるから‥‥」
だから、早く僕達を救いに来て。
●リプレイ本文
●埋もれた時間
めぼしい書物を選び出すだけで仲間との約束の期日が来てしまうだろう。
諦めと呆れとが入り交じった溜息を吐き出したルザリア・レイバーン(ec1621)に、ルスト・リカルム(eb4750)は目についた巻物や書物を机の上に積み上げて笑いかけた。
「とにかく、片っ端からやっつけちゃうしかないわ。頑張りましょう?」
笑み返したものの、置かれた書物の量にがくりと肩が落ちる。いにしえを辿る事は嫌いではないが、さすがにこれだけの量となるときつい。渋々と一番上に乗っていた巻物に手を伸ばすと、ルストがぽつりと呟く。
「書物や遺跡の壁で確認出来る歴史は、凄く古いものでも数千年。人はそのもっと昔から生きて、残されない歴史を刻んできたのよね。‥‥人よりももっともっと長く存在している者達の歴史なんて、知っている人がいるのかしらね」
ルストの傍らに置かれているのは聖書。豪奢な装丁のそれは、とても古い時代のもののように思えた。
「ここに書かれてあるのは、神の言葉。神と神に属する者から語られた歴史、デビルとの戦いの記録。でも、この中に書かれていない事だって、きっと沢山あるわよね。それこそ、書物にすれば、この図書館がいくつあっても足りないぐらいの歴史が」
そんな歴史の全てを知るのは不可能だけど、とルストはルザリアに向けて悪戯っぽく片目を瞑ってみせたのだった。
●最後の言葉
しゃらしゃら鳴る鈴の音に合わせて、甘い甘い恋歌が流れていく。大切な想い人へと捧げつくした心なのに、どうして後から後から恋しさが溢れて来るのだろうか。捧げ尽くしてもきりがない心を、それでも彼女は全て貰ってくれるのか。
若い娘なら頬を染めてうっとり聞き惚れるであろう甘ったるい歌詞と、歌う男の容貌、そして柔らかな歌声。
それに合わせて踊るのは、褐色の肌をした異国の舞姫だ。軽やかな足取りとしなやかな手の動きと共に、紗がひらひらと舞う。一足早い春のような2人組の旅芸人達の歌と踊りに、集まっていた村人達はぱらぱらと小銭を投げた。
義務的な感じがするのは、彼らの顔に笑みがないからだろうか。
つまりは、彼らに心を開いてくれていないのだ。
「この村でも、あまり受けないみたいだね」
歌の内容、変えようか。
首を竦めたリース・フォード(ec4979)に、地面に落ちた小銭を大切そうに拾い集めていたテティニス・ネト・アメン(ec0212)は緩く頭を振る。
手の上の、土で汚れた小銭をリースに見せる。幾つかの村を回っても1Gに届くか否かの微々たる額だが、それでも村人達にとっては大切な金だ。自分達の歌と踊りに、何かを感じてくれた証なのだ。
「この国は私の国に比べてラーを遠くに感じるわ。でも遠くとも、ラーの輝きはこの国の雪と氷を溶かす。私達の歌と踊りも、彼らの心に届いているのよ、『カイン』」
そうだね、とリースは微笑んだ。
「俺も変えないでいてくれる方がありがたいかな。愛しい人を想う歌なら、いくらでも歌えると思うからね」
澄ました顔で告げたリースに、おやおやとテティはわざと呆れた振りをして見せる。
「それでね」
楽しげな表情のままで、リースは話を続けた。
「近くでフィーリィが聞いて来た話だけど」
舞に使った紗を畳み、荷物を片付けていたテティに鈴を渡しながら声を潜める。
「血で澱んだ空気を、最後に震わせた音はね‥‥」
●疎外
こんにちは、と明るく声を掛けても応えはない。
そんな状況にはもう慣れてしまった。応えを返さないのに、聞き耳を立てている。街のどこへ行ってもこんな感じだ。
「ただいま戻りました」
宿泊している宿屋の女将に声をかけて、二階にある部屋へと続く階段を上っていく間にも視線を感じる。敵意ではない。だが、好意でもない。恐らく、自分が何者であるのか探っているのだろう。遺跡で自殺者が出た村は警戒心も強い。
遺族に近づこうものなら、必ず誰かの邪魔が入る。遺跡を調べている考古学者だと告げるのは逆効果だった。
「仕方がありませんわね」
部屋の扉を閉めて、御法川沙雪華(eb3387)は頬に手を当てた。傍目には、困り果てている旅の儚げな東洋美人だ。
しかし、彼女が考えていたのは、そんな頼りなげな風情とは真逆の物騒な事。
ほっそりとした指に輝く指輪を撫でながら、沙雪華は微かに口元を綻ばせた。
沙雪華のそんな状況を露知らず、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は同じ村の教会の中でどっかりと腰を据え、司祭を相手に茶を飲みつつ、窓際でまったりのんびりと世間話に花を咲かせていた。
各地の教会を巡る巡礼が教会に保護を求めるのはよくある事だ。
「しかし、この辺りはなんか陰気くさい所だねぇ。話しかけても、適当に相槌を打って逃げるように去っちまう」
憤慨するベアトリスに、司祭は申し訳なさそうに頭を下げた。
「色々と事情がありましてね」
乱暴にカップを机に戻すと、ベアトリスはやれやれと大袈裟に肩を竦める。
「何があったにしろ、挨拶は大きな声で。人と話す時は相手の目を見て。おっ母さんにそう教わらなかったのかねぇ。ああ、そうか。ここの連中は、おっ母さんの教育がなっちゃいないって事だね」
母親を悪く言われて、反発しない者はいない。例に漏れず、司祭もムキになって言い返し始めた。
「母はちゃんと大切な事を教えてくれました。しかし、今は人を信じてはいけない時代です。母の教えの通りに人を信じて、大切な人を失う事になりかねない!」
興奮気味の司祭を宥めすかして、ベアトリスは茶のお代わりを要求した。
司祭も、茶を煎れている間に落ち着くだろう。
さっきよりも詳しい話が聞けるに違いなかった。
●救い給え
待ち合わせの時刻は太陽が天頂に昇った時。
場所は、サウザンプトン領内、ブリジットが用意した隠れ家だ。最初に自殺が起きた遺跡に程近い場所にある。
「それで、首尾はどうだい?」
ベアトリスの言葉に、ルザリアとルストは羊皮紙を机の上に広げた。簡単に記された南部の地図‥‥それは、テティが前回の依頼の際に書き記していたものだった。その上に、青色のインクでいくつかの印が記入されている。自殺者が出た遺跡の印だ。
「ルスト殿と共に文献をあたった」
ルザリアの前置きを受けて、ルストが地図にてんと指を当てる。
「呪術関係に関する記述は、探した範囲内では見つからなかったわ。お呪いの類なら、少し本格的なのがあったけど。例えば、満月の夜にイモリの黒焼きをすり潰して相手に呑ませるとか。ともかく、もっと時間をかけてじっくり1週間でも1ヶ月でも籠もって調べろというなら、何か見つけられるかもしれないわね」
それは勘弁してくれ。
黙って聞いていたルザリアの表情がそう告げている。
よほど、黴くさい図書館での軟禁が堪えたらしい。
「伝承についても調べたが、西側に行くにつれて多く語られている伝承がある。他愛もないものから理想郷に関する話まで、多種多様だ。それに遺跡と、ある伝承とに関する分布を重ねてみた」
テティの地図と同様の印が記されているが、よく見れば違う。まだ、テティの地図に部分にも、多く印がつけられている。
「ともかく膨大な量だったので、ルスト殿と2人で調べてもこの程度だったが、探せばまだあるだろう」
「恐らくは、イギリス全土にね。今は、自殺やデビルの事があるから南側ばかりを調べたわけだけど」
調べ物の報告の後は、実際の村の報告だ。皆の視線が村を回った者達へと向けられる。
「思った以上に余所者を警戒しているね。特に冒険者をね」
ベアトリスの表情に苦いものが混じる。巡礼者を装って司祭に聞いた話では、先日、ひどい争いが起きて、それを煽動したのが冒険者だと言われているらしい。
「あー、やっぱりぃ」
仲間達の報告を聞いていた伏見鎮葉(ec5421)が、あちゃあと天を仰いだ。
彼女自身が集めて来た話にも、いくつかそれを示したわけだが。
「13連勝の後、冒険者が参加した途端にあの惨事だし、同じ頃、遺跡周辺で調べ物をしているのを目撃されているわけだしねぇ」
参ったね。
明るく、軽く零れていく言葉の底に、鎮葉の悔しさが滲む。
「でもまあ、これで分かった事もあるわけだ。ねえ、沙雪華」
沙雪華が静か頷いた。おっとり、おしとやかなジャパン美人は、遺族の家に忍び込んだ挙げ句、フォースリングの力を使って自殺の原因と思われる理由を聞き出すという荒技に及んだのだ。
「血の犠牲は、誰もが幸せに暮らせる理想郷のために必要なのだそうです」
そして。
「石の上で腹を突いた男の最後の息が紡いだ言葉は「Hosanna」‥‥」
リースの言葉を継いで、ベアトリスが皆に分かりやすく言い直した。
「救い給え、って事だ。‥‥そう言えば、司祭が言ってたっけね。最近、救い主を求める者達が増えてるそうだよ。アニュス・デイとか呼ばれている連中が中心になって祈りを捧げているらしいんだけど」
●闇の嘲笑
厳しい表情で、鎮葉は闇を見つめていた。
仲間達は眠りの中だ。
ブリジット‥‥サウザンプトン領主が信用している女騎士の用意した場所だ。確かに危険は少ないだろう。
けれど、鎮葉は眠れなかった。
温い風に髪を靡かせたまま、灯りのない真暗闇に向かって口を開く。
「どうせ見てるんでしょ? 地獄で会った色男さん? 何を考えてこんな事をしているのか知らないけど、でも、私達はもう絶対、アンタ達の思い通りになんて動いてやらないから」
鎮葉の宣言に風が揺れる。
木々を揺らす音が、鎮葉には嘲笑のように聞こえてならなかった。