女子のヒ・ミ・ツ。

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2009年03月31日

●オープニング

●深遠
 悔しくて、彼は顔を背けた。
 どうして分からない。
 大切なのは、お前が高貴な血をひいているからでも、お前の身に何かあった時に責められるからでもない。
 お前が、大切なのだ。
「もう‥‥いい」
 絞り出した声は、ひどく歪んでいた。鼻の奥がつんとして、瞳が潤んでくるのが分かる。
「な、なんだ? 泣いているのか?」
 少し慌てたように覗き込んで来る少年の手を払い、彼は足早にその場を去ろうとした。こんなぐちゃぐちゃな気持ちでは、いつものように表情を取り繕う事など出来やしない。そんな情けない姿だけは、絶対に見せたくなかった。
「待て。そんなに酷い事を言ったか?」
「‥‥お前は、何も分かっていない。皆が、‥‥私が、お前を危険な目に遭わせたくないと思う気持ちが」
 絞り出した言葉に、根は素直な少年がくしゃりと顔を歪めた。
 ああ、君にそんな顔はさせたくなかったんだーー。
 目を逸らした彼の肩を、少年は乱暴に揺さぶって来る。
「そんなの! そんなの、僕だって同じだ! 駄目なのか!? 僕じゃ駄目なのか!? トリスを危険な事から守るのは僕じゃ駄目なのか!?」
 癇癪を起こしたみたいに叫んだ少年の言葉に、彼は目を見開いた。
 まさか、まさか、そんな‥‥。
 信じられない気持ちで見つめる彼の頬に、少年の手がゆっくりと伸ばされーーー

●地下
 無言。
 ただただ無言。
 目から脳へと伝わった衝撃が全身を駆けめぐり、最後に再び脳へと戻って来る。
 書き連ねられた文字を情報として認識するまでに、更に少しの時間を要した。そして、それらを理解した途端に、
「なんっじゃこりゃああああああっ!?」
 彼の口から絶叫が迸った。
 ギルドのテーブルに羊皮紙の束を見つけたのが、そもそもの始まりだった。
 誰かが忘れたものかと何気なく捲ってみて、彼は硬直した。
 そこに記されていたのは、某金髪女顔の円卓の騎士と某赤毛の円卓の騎士見習いの、友情を越えた熱い絆の物語だった。王国を守る騎士として強大な敵に向かう前、互いの身を案じてすれ違った後、意味もなく熱烈な抱擁が始まっている。以下、お子様は閲覧不可。
「だ、誰だ! こ、こんなモン、ここに放置したのわっ!」
 動揺も露わにわめき散らした彼の手から羊皮紙の束を取り上げたのは、受付嬢だ。
 ぱらぱらとページを捲って、彼女は「ああ」と納得したように頷いた。
「新刊ね。最近、また流行ってるのよねー」
 あっさりと告げる彼女に、彼は顎を落としかける。
ー流行ってる!? こんなものがっ!?
 彼の心の声が聞こえたかのように、受付嬢はそのまま話を続けた。
「今の萌えは年下攻めらしいわね。昔は議長×レイの定番と、切な系の議長×トリスだったんだけど‥‥」
「す‥‥すみません、名前の間に入る「×」に意味はあるんでせうか‥‥」
 恐る恐る尋ねた彼を、受付嬢はまじまじと見つめる。そうしてにこやかな微笑みと共に、「アナタは知らない方がいいわ」とばっさり斬り捨てた。
 ああ、ワタシの知らない世界‥‥。
「何が知らない方がいいのだ?」
 腐腐腐と彼が現実逃避しかけたのと、怪訝そうな美声が響いたのはほぼ同時。
 彼は、再び固まった。
 ぴきっとぱきっと氷の棺に入れられたが如く、全身体機能、全思考能力とを凍り付かせる。
「一体、何を騒いでいる?」
 問いかけながら、テーブルの上の羊皮紙の上に伸びたのは、剣を扱うとは思えぬ細い指。金色の髪がさらりと流れ、この世のものとは思われぬと称される顔に陰を落とす。
「‥‥‥‥‥」
 羊皮紙に書かれたものに目を通して、彼は黙り込んだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ーこ、怖い‥‥。
 無表情に、彼は羊皮紙の束を握りつぶした。
「‥‥これを誰が作っているのか‥‥知っているか?」 
 低く感情を抑えた声に、さあ、と受付嬢が首を傾げる。
「昔はヒメニョって伝説の記録係がいたんだけど、最近は皆、地下に潜っちゃったみたいネ」
 金髪女顔の円卓の騎士は、すうと息を深く吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出す。
「依頼を。この物語の作者を探し出して欲しい」
「ト、トリス? 落ち着けよ?」
 宥める声に、トリスタン・トリストラムは振り返った。その表情はいつもと何ら変わる事はない。思ったよりも冷静のようだ。
「私は落ち着いているが? このようなものを書いている暇があるならば、デビルの脅威に臆する事なく、勇敢に立ち向かう者達の武勇談を世に広め、今のこの危機を乗り越えて行く方がずっと建設的だと思うが?」
ーお、怒ってるぅ〜‥‥。
ーめっちゃくちゃ怒ってるよねッッ!
 無表情のまま、連々と並べ立てるトリスタン。普段よりも口数が多い時点で、いつもと違う事に、彼自身気付いていないようだ。
「ともかく、この作者を探し出して改心させ、このような本を全て回収、処分する事。以上だ」
 懐から革袋を取り出して受付台に置くと、彼は振り返る事なくギルドを出て行く。
 残された冒険者達の憐れみと同情の眼差しは、しばし彼が消えた扉へと注がれたのであった。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea8086 アリーン・アグラム(19歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec5845 ニノン・サジュマン(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●まずは
 敵を知る。
 戦闘、諜報、その他、冒険者の活動において、それは基本だ。
 依頼を受ける度に情報収集を行うのも、その一環である。敵を知らねば、対処の仕様がないのだから。
 そんなわけで、今回も残された手掛かりから情報を得るべく、彼らは問題の冊子を捲ったわけだが‥‥。
「こっこれは‥‥!」
「え? なになに? 何ですかぁ? 私にも見せてくださいぃ」
 わなわなと手を震わせて絶句したエスリン・マッカレル(ea9669)から冊子を奪い取ったマルキア・セラン(ec5127)の顔色が見る間に変わって来る。青くなっていったエスリンとは対照的に、こちらは真っ赤っ赤だ。
「あわわ‥‥そんな、男性同士で‥‥きゅうぅ」
 ばったり。
 マルキアには刺激が強すぎたらしい。
「おっと、お嬢さんにはまだ早かったか」
 床に倒れ込む寸前でマルキアを支えたのは、鷹峰瀞藍(eb5379)だった。しょうがねぇなぁ、と呟きながら長椅子に寝かせて、ぱたぱたと顔を扇いでやる。なかなかに面倒見の良い男である。
「まあ、ともかくだ」
 わざとらしく咳払って、瀞藍は仲間達を見た。きゃあ、なんて可愛い悲鳴を上げながら冊子を読み耽るアリーン・アグラム(ea8086)とフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)は適応しているから良いとして、心がアケロン河を渡ってったんじゃないだろうかと心配になってくるのはエスリンだ。マルキアが受けたよりも更に激しい衝撃が彼女を襲った事は明らかだ。
「‥‥さもあらん」
 全てを達観した僧のような眼差しで、ギルドの天井を見上げたのはニノン・サジュマン(ec5845)。
「敬愛する円卓の騎士がアレでコレでしかも受けだった日には‥‥」
「いや、待て」
 それは何かが違う。何かどころか全てが違う。
 すぐさまオイル・ツァーン(ea0018)が口を挟む。しかし。
「‥‥ふむ。オイル殿は受けが何かを知っておる、と」
 ぐはっ!
 オイルは致死ダメージを被った!
 ぴんち! しばらく復活は望めない!
「ま、衆道なんざ今に始まった事ではないしな。イギリスではそれが文学になっているだけだろ? オトメ道と言うらしいと聞いたが」
 あっさりさらりと言い切った真幌葉京士郎(ea3190)に、ちょっとばかりオトメ道に足を踏み入れかけた女性陣から感嘆の声が上がる。
「素晴らしい」
 ぱちぱちと拍手まで起きれば、逆に不安になる。あれ? と京士郎は首を傾げた。
「俺、何かおかしな事を言ったか?」
「ああ、いや、気にしなくてもいいんじゃないか。女の子にとって自分の趣味に理解のある男は、家事が出来る男と並んで、常時、婿にしたい男3位内に入ってるって事から察しろよ」
 にんまりと笑った瀞藍に、よく分からないがと頬を掻きつつ、京士郎はやや強引に話を元へと戻す。
「とりあえず、これの作者を探し出せばいいんだろ」
「まあ、そういう事だ」
 簡単じゃないか。
 ぺらり、と京士郎は冊子の最後の頁を捲った。
「ここに書いてある」
 改めて冊子を覗き込んだ冒険者達は、思わずぽんと手を打ったのだった。

●ヲトメ網
 発行者は「仮面ヲトメ隊」。そこまでは分かった。けれど、そここから先が難関だ。「仮面ヲトメ隊」とは何者なのか、1人なのか、複数なのか、その正体が見えて来ない。
「こーゆーのは、まずは流通経路を探ってみればいいのよねっ」
 大物は無理だが、冊子程度の流通に関する事ならば、シフール飛脚を当たるに限る。こっそり秘やかに流通していたとしても、それを運ぶシフール達には何かしらの勘が働くものだ。
「えー? 地下流通本? あー、あれかあ」
 早速「アタリ」を引いたようだ。
「なになに? 何か知ってる?」
 目をキラキラさせながら詰め寄るアリーンに、シフール飛脚の少年はえへんと胸を張った。
「知ってるぞ。有名だからな!」
「‥‥え? 有名?」
 こっちこっち、と少年はアリーンを手招いた。するすると人混みを抜け、エチゴヤの通りから外れた裏道で彼はほらと指さした。
「ここら辺には書物を扱ってる店が多いだろ」
 古い巻物が台の上に乗せられて売られている店や、美々しい装丁が施された聖書を扱う店等、確かに書物を扱う店が多い。
「で、最近、こういう店に、特別な一角が出来てるんだぜ」
「‥‥はい?」
 見れば、薄手の冊子を何冊か手にしてきゃらきゃらと笑いさざめくおぜうさん達が何人もいる。
「これが、キャメロットの新名所ヲトメ道って言うんだぜ!」
 アリーンは衝撃を受けた。京士郎の言っていたオトメ道とは、その手の文学の事だけを差すのではなかったのか。少々、勉強不足だったようだ。ふらふらと、アリーンは娘達が群がる一角へと引き寄せられるように近づいた。
 何やら怪しげな煽りが並び、中には絵師の手によるものらしい美々しい画集まである。
「ううーん‥‥。これはちょっと強敵‥‥かしら?」
 別の経路から作者を探る仲間達の首尾を期待しつつ、アリーンが品定めに熱中するおぜうさん方に混じった頃、羊皮紙の流通経路を探っていたエスリンとフィオナは「仮面ヲトメ隊」について、新たなる事実を突き止めていた。
「なるほどねぇ」
「感心している場合ではあるまい!」
 羊皮紙を大量に買い込む者を探してみれば、羊皮紙を一気買いしていく年頃の娘さんの目撃情報が出るわ出るわ。
 1人や2人どころではない。店の主が人相や特徴を覚え切れぬ程に、何人もの娘が日を空けずにやって来ては大量に羊皮紙を買い占めていくというのだ。中には色や質、厚みにまで拘る者もいるという。
「その理由がオトメ道、と」
 書き手と呼ばれる者達が綴った話を、写し手と呼ばれる者達が次々と書き写す。書き手も写し手も趣味で作成している為、原価に店側の利益を上乗せした低価格に設定されている。それが、キャメロットのオトメ達の密かな娯楽へと発展したのだ。
 アリーンからの連絡で事情を悟ったフィオナは、苛々と爪先で地を叩くエスリンの手の中に「戦利品」を落とすと婀娜っぽく片目を瞑って見せた。
「こうなったら仕方ないわ。最後の手段、ね?」

●囮
「あー、その、京士郎」
 ぽむと京士郎の肩に手を置く。しかし、そんなオイルに情け容赦なくニノンの駄目出しが飛ぶ。
「やり直し。そんなのでヲトメが萌えるわけがなかろう」
 楽しげにテレパシーでそれを伝えるのはフィオナだ。
「し、しかしだな」
「問答無用。さっさと腰に手を回すのじゃ、腰に」
 ずずっと言葉と一緒に香草茶を啜ったのはエスリンとマルキア。女性が好みそうな茶館の片隅で、何故にこのような居心地の悪さを感じねばならないのだろうか。
「‥‥禁断の愛って言っても、結構大変なんですよぉ‥‥」
 ぽつり、マルキアが呟けば、エスリンも苦りきった顔で頷いてみせた。
「デビルの事やら国の事やら、大変な重責を担っておられる円卓の方々にあまりにも失礼だ」
「これが駄目なら本を持って来たら本人と握手出来るって事で回収するってどうかしらん?」
 あの囮に引っ掛かるとは思えないし、というフィオナの提案は、ニノンとエスリンによって却下された。前者は「更なる妄想を招く」で後者は「そのような気苦労をおかけするわけには」という尤もらしい理由からだった。
 と、男達の一挙手一投足を観察していたニノンの指先が、白いクロスの掛かったテーブルを叩く。
「駄目じゃ駄目じゃ。よいか? この手の愛好家は物が2つ‥‥例えば弓と矢があったとして、どちらが受けか攻めかで何時間も語り合える人種じゃ。そのような、触り方では弓と矢にもならんのぅ」
「ゆ、弓と矢にも‥‥」
 エスリンとマルキアの顔から一気に血の気が引いた。見る限り、オイルは頑張っていると思う。あれが弓と矢程にもヲトメ隊の心を動かさぬとなれば、一体どのような事が琴線に触れるというのか。
「ったく、しょうがねぇなあ。それじゃ、俺と交替してみるか? ん?」
 京士郎の腰に回されたオイルの手を瀞藍が掴む。
「ちなみに、俺は一番前でも後ろでも可能だぜ?」
 敢えて何も言うまい。
 オイルと京士郎は無言を通した。ここで一言でも漏らせば、間違いなくニノンの餌じ‥‥いや、演技が崩れる。
 と。
「み、見た? 今の!」
「見たわっ! あれよねっ、あのシチュ! さりげなく俺のモノ宣言っ! 頂きだわっ!」
 どこからか聞こえて来る幾分興奮を含んだ小声の囁き。
「ちなみにシチュとはシチューの略ではないぞ。美味しい状況という事ぢゃ」
「解説はいいですぅ!」
 置いて来たはずの武器を探すエスリンの手を必死で押さえながら、マルキアは店内へと視線を走らせた。それまで男3人、仲良く茶を飲んでいたテーブルには、既に誰もいない。
「さて、素敵なお嬢さん方。ちょっと聞きたい事があるんだが、構わないだろうか?」
 京士郎の言葉が終わると同時に、瀞藍が少女が座っていた椅子を静かに引いて手を差し出す。
 そして、不機嫌な顔のオイルは深く溜息をついた。

●その後
 オトメ道の本屋の看板の上に腰かけて、アリーンはここの存在を教えてくれた少年と興奮気味に歩くおぜうさん達を眺めていた。その光景は、以前と全く変わらない。
「それで、トリスさんの本の在庫をどう処分するかって話になって、マルキアさんの提案でトリスさんのお家に全部送っちゃったんだって」
「‥‥へえ」
 何と相槌を打てばいいのだろう。
 少年は悩んだ。
「トリスさんトコの家令さんが寝込んだみたいだけど、ここは全然変わらないね」
「ああ、いや、一応変わったぞ」
 寝込んだ家令に同情しながら、少年はおぜうさん達が持つ冊子を指さした。
「円卓の騎士を題材にした本の一番最初にさあ、「円卓関係者は見せないように(K.R.T禁)」って注意書きがつくようになったんだあ」
 ふぅん、とアリーンは看板の意匠に肘をついた。
「女のコってたくましいよね」
 そんな女のコ達を微笑ましく見守る彼女の鞄の中にも、1冊の冊子が入っている事はナイショだけど。