消えた娘の噂

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月01日〜04月07日

リプレイ公開日:2009年04月12日

●オープニング

●餌の時間
 剥き出しになった首筋に牙を突き立てる。
 滴り落ちてくる温かい血を夢中で吸い取って。
 薄い皮膚の下を巡る液体がこんなに美味だという事を、ずっと知らずにいた。教えて貰うまでは。新しい世界を与えて貰うまでは。
 貪って、貪って。
 最後の血の一滴まで吸い尽くしても足りなければ、また別の血を探せばいい。
 この甘露な液体を持つ者は、世に溢れているのだから。
 牙の間から零れた一雫を追って舌を伸ばした途端に、いきなり髪を掴まれた。
 これほど近くに接近されるまで気付かなかった事に疑問を抱くよりも先に、鷲掴まれた髪を強く引かれた。苦しさよりも恐怖が先に立った。掴んでいた首から手が離れ、2つの傷から血を流す体がゆっくりと地に落ちていく。
「見苦しい」
 吐き捨てられた言葉に体が震えた。
 髪を掴み上げる手の主が何者であるのか、確かめる事すら出来ない。
 ただただ、ガクガクと震えるばかりで指1本、視線も唇さえも自由に動かせなかった。

●噂の真相
 最近、噂が流れている。
 北海のリヴァイアサン、南方でのデビルの動きに紛れてしまっているが、秘やかに、でも消える事なく流れ続けている噂。
『バンパイアが出るらしい』
 真実か否かは分からない。
 何故ならば、バンパイアが出るという噂は、その直後に立ち消えになるのだ。
 何人かの村人が消えるという事件は起きるが、それ以上の被害がない。それまでも、夜逃げしてしまう者、突然に旅に出る者がいなかったわけでもなく、さほど問題にもならなかった。
「だが、今回は違ったわけだ」
 1枚の依頼状を睨み付けて、冒険者は唸った。
 バンパイアというモンスターが存在する以上、被害が起きてギルドに依頼が持ち込まれたのは、過去に何度もある。大抵は、バンパイアに襲われた者が出た、村に被害者が出始めている‥‥等の、緊急を要するものが多かった。
 だがしかし、今回の依頼は少し様子が違う。
 それは、あくまで噂の範囲を出ていない。
 バンパイアが出たらしい。血を吸われたと思われる者は自分の娘ではないかと思う。消えてしまった娘を捜して欲しい。
 消えた娘を捜して欲しい。
 それが依頼人である親の願いだ。大切な娘が消えて、親は気も狂わんばかりだろう。
 けれど、「娘が消えた」が、どうして「パンパイアに襲われた」と繋がるのか。依頼状には肝心な所が抜けている。
 娘が消えた事と、バンパイアの噂を重ね合わせただけなのだろうか。
 それとも、根拠があるのか。
 依頼状の前で考え込んでいた冒険者は、息を吐いた。
「というわけで、今回はお前さんは大人しくしていること」
 ぽん、と手を置いたのは蜂蜜色の髪の上。
 不満そうに唇を尖らせたのは、キャメロットの郊外に住むサウザンプトン領主の従妹、ルクレツィアだ。
 バンパイアに対して並々ならぬ感情を持つ彼女は、冒険者でもないのにバンパイア事件となると顔を出しては従兄に叱られている。
「バンパイアの仕業じゃなくて、娘の失踪事件の可能性が大きい。こんな事件にまで関わらせていたら、俺達が何を言われるか分からない」
「えええー?」
 ぶーぶーと文句を垂れる娘の肩に手を置いて、冒険者はがくりと項垂れた。
「えええ、じゃないんだよ。ともかく、バンパイアに関係があったら、後で教えてやっから。今回は屋敷で大人しくしてろって」
 仕方がありませんわね。
 ぷんぷんと頬を膨らませながらフードを被る娘の姿をほっと安堵しつつ見送ると、同情をこめた眼差しを向けた青年がぺこりと頭を下げる。
 最近、ルクレツィアの周囲で見掛けるようになった青年だ。
 名をジェラールという。
 貴族然とした立ち居振る舞いだが、下町のちびっ子にも大人気。作るお菓子は玄人並みで、子守をさせたら右に出る者がいない。お陰で、キャメロットの奥様の間で人気急上昇中の保育士‥‥いや、余暇をのんびり過ごしている青年貴族だ。
 ちなみに、本人は絵を描く事こそが我が使命と豪語しているが、自称王都少年警備隊の仲間から言わせると、一番下のエミリーがおねしょで描いた絵の方が芸術性が高い‥‥らしい。
「ま、あんたも大変だな」
 子守はルクレツィアを筆頭に生まれたばかりの赤ん坊までを押しつけられている‥‥らしい。
 同情を込めて肩を叩けば、彼はにこりと笑う。
「僕は何もしてませんよ。年上の子が、下の子の面倒を見てくれているだけです。僕はただ、時々喧嘩の仲裁にはいるぐらいかな」
 くすりと笑った青年に、そういえばと尋ねてみた。
「バンパイアが出たーって噂の中にさあ、若い男を見たって話があんの知ってる? 今回の依頼には書かれてなかったけど」
「さあ、噂の全てを知っているわけではないので。でも、その男がどうかしたのかな?」
 いいや、と冒険者は首を振った。
 噂では何もしていないらしい。
 ただ見て、何かを話しかけるだけだ。けれど、冒険者の勘が告げる。何かがおかしい、と。
「とにかく、この依頼を受けて見るかな。娘の足取りも、ある程度まで分かりそうだし、追いかけてみれば、ここ一連の噂の真相に辿り着けるかもしれねえだろう?」
 興味無さげだった青年が、ふいに眉を跳ね上げた。
「足取りが掴める?」
 ああ、と依頼状を彼の目の前に差し出して、冒険者は簡単に説明を始めた。
 村から消えた娘は、人目を避けるようにして隣の村へ向かっていた。隣村に嫁いだ姉を頼ったのだろう。しかし、姉には会わず 、今度は弟が出稼ぎに出ている村へと向かったのではないかと街道の目撃者が語っていたという。夜、女の1人歩きは物騒だと注意したら、にやりと微笑まれたそうだ。だから、旅人の印象に残っているのだろう。
「ふうん、なるほどね」
 気のない風を装って、青年は依頼状を弾いた。
「万が一だよ、この娘がスレイブになっていたとしたら、そろそろ飢えていると思う。気をつけた方がいいよ。最悪の事態を想定しているならね」
 余計な事だけど、と肩を竦めてルクレツィアの後を追いかける青年に、鋭い眼差しを向けると、冒険者は再び依頼状を見た。
 単純な捜索依頼になりそうにもないようだ。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec6135 楠田 富樫(31歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 ec6149 リリン・バーソロミュー(29歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●村の異変
 仲間達と分かれて訪れた依頼人の村に、シャロン・シェフィールド(ec4984)は違和感を抱いたまま、エーリアルの背から降りた。
 冬が終わり、春を迎えようとしている季節。大抵、どこの村も沸き立ち、活気に満ちているものだ。春の訪れを祝い祭りが行われる村もあるぐらいだ。なのに、この村は、村全体が沈み込んでいるといってもおかしくはない。
「あの、申し訳ありません。少しお尋ねしてもいいですか?」
 小さな籠を手に、とぼとぼと歩いていた女性に声を掛けて驚く。
 その女性は泣き腫らしたような瞳をしていた。いや、今も泣いているのだ。
「どうかなさったのですか!?」
 取り出した手布で女性の涙を拭う。ふと見れば、籠の中には咲いたばかりの春の花が丁寧に束ねられて幾つか並べられていた。
「可愛い花束ですね。心が和みます。売り物ですか? よろしければ‥‥」
 笑いかけたシャロンは、そのまま言葉を失ってしまった。
 ほろ、と女性が涙を零したのだ。
「も、申し訳ありません。私は、何かいけない事を申し上げてしまったのでしょうか」
「いいえ‥‥」
 女性は指先で涙を拭うと、小さく頭を振った。
「あなたのせいではありません。ただ、この村では姿を消してしまう者が多くて」
 瞬いて、シャロンはまじまじと女性を見つめた。
 この女性は、今、何と言った。
 姿を消してしまう者が多い? 依頼にあった娘だけではなかったと言うのか?
「消えた者達を悪く言う者もおりました。子が消えて心配する親もおりました。村全体が、とても険悪な雰囲気に包まれておりました。ですが、つい昨日、親切な方が教えて下さいまして」
 考えを走らせながら、女性の話に耳を傾ける。依頼の後で分かった情報や、自分達には知らされなかった情報がまだあるはずだ。
「行方をくらませた者達は、皆、流行病で亡くなったのだと。それ故に、隔離し、遺体は密かに葬られたのだと‥‥ですから、私はこうして弔いの花を‥‥」
 困惑しながら、シャロンは声を詰まらせた女の背を撫でた。
 流行病?
 密かに弔われた?
 そんな話があるならば、キャメロットの冒険者ギルドに伝わっているはずだ。だが、シャロンがギルドを出る直前まで、そんな噂は聞こえて来なかった。
「お辛い事でしたね。‥‥このような時にお尋ねするのは、とても心苦しいのですが、幾つか教えて頂きたい事があるのです」
 シャロンの手に縋るようにして泣いていた女性は、つと顔を上げる。
 村を襲った悲劇を純粋に悲しんでいる彼女に、シャロンは心に引っ掛かりを覚えた幾つかの事を尋ねた。

●待機
 住んでいた村から隣村を目指していたらしい娘が、行き先を変えたのは何故だ。
 娘の足取りを追った彼らが得た結果は、あまり芳しくはなかった。
 目撃情報が無くなったからだ。
 街道を行き来するのは、大抵が昼間だ。夜に街道を行くのは、急を要する旅人や事情のある者、野盗、モンスターの類が多い。最後に娘が目撃されたのは夜。昼間の情報で目新しいものといえば、娘の具合が悪いそうだった‥‥という事ぐらいだ。
 警戒するように周囲を油断なく見渡したオイル・ツァーン(ea0018)に、ベアトリス・マッドロック(ea3041)はぽりと頭を掻いた。
「オイルの坊主。気持ちは分かるけどね、今はそんな怖い顔するのはやめとくれ。折角の香草茶がまずくなる」
 そうよそうよ。
 ふぅと茶を吹いて冷ましていたネフティス・ネト・アメン(ea2834)からも非難の声があがる。女2人に男1人では分が悪い。息を吐き出して、オイルも茶の器へと手を伸ばした。
「そう心配しなくても、ネティの嬢ちゃんの太陽の神様のお告げ通りならそのうち会えるさ」
「‥‥人で無くなっている‥‥わけだ」
 オイルの呟きに、ベアトリスも押し黙る。ネティの未来見は、依頼を受けた娘とバンパイア、そして血という単語で行われた。そして、彼女と出会う未来が見えたという事は、彼女がバンパイアと血に関係している事を意味する。
「でも、そんなに怖いものじゃなかったのよね。どうしてかしら」
 これまでにもバンパイアに関する未来を見て来た。その中には、夥しい血が流れるおぞましい未来も幾つかあったのだ。けれど、今回はとても静かな‥‥というのはおかしいのかもしれないが、穏やかな未来が見えたのだ。
 月明かりの下で湖の畔で佇む娘、そして、振り返ったその口元には一筋の血。
 彼女が人を襲うという暗示かもしれない。だが、ネティには恐怖も嫌悪感も感じなかった。まるで‥‥。
 ふるふると頭を振って、ネティは浮かんだ考えを追い払う。
 今回、ルクレツィアは大人しくキャメロットでお留守番をしているはずだ。愛犬ペフティを預かって貰うという名目付きだ。今頃、預かったペットのお守りをしているであろう彼女を、ペフティはちゃんとお守りしてくれているだろうか。
「そ、そういえば聞いたわよ、オイル。女の子の多いお店でいちゃいちゃしてたってホント?」
 盛大に香草茶を吹き出したオイルの反応に、ネティはあんぐりと口を開けた。
 話題を変える為に、最近聞き込んで来た噂を出してみたのだが、この反応。
「‥‥怪しい‥‥」
 咳き込み続けて反論が出来ないオイルに、ベアトリスとネティは互いに顔を見合わせてにやりと笑う。
 獲物を見つけた肉食獣に出会ったような心地を、オイルはしばし味わう事となった。

●彼女の夢
 ネティが未来見で見た湖の湖面は凪いで、月の姿を綺麗に映していた。
「‥‥ここ、どこかで見た事がある」
 未来の中ではなく、遠い昔、確かに。
「どこで見たのかしら。でも、わたし、確かに知ってるわ」
 合流を果たしたシャロンが、悩むネティの為に集めてきた情報を並べる。この湖に浮かぶ島は曰く付きのようだ。かなり前に、派手なデビルが鳥と一緒に目撃されたという話もあり、また、しばらくモンスターも住み着いていたらしい。今は誰もいないみたいだが、周囲の人々は誰も近づこうとはしないそうだ。
「そーゆー話も、どこかできいたような気がするのよねぇ」
 悩み込んだネティに、注意を促す鋭い声が掛かった。
 湖畔を散策するかのように、1人の娘が歩いて来る。穏やかに、波を追いかけて楽しそうにも見える。
 依頼にあった娘の特徴と一致した事を確認して、彼らは行動を開始した。
「もし、お嬢ちゃん」
 掛けられた声に、顔を上げたのは普通の娘。けれど、ベアトリスが持っていた鏡には、月の揺れる湖面が映っているばかりだ。
「ご両親から捜索の依頼が出ています。もしも‥‥貴女が戻れない事情があるのであれば、伝言を承ります」
 懐に手を入れたままのオイルが放つ殺気に、娘は怖じ気づいたように後退った。
 本来であれば、正体がばれたと知った時点で襲って来てもいいはずだ。だが、娘はそんな様子を見せなかった。ただ、普通の娘のように戸惑い、怯えてみせるだけだ。
「どうしてここに居る」
 強いオイルの言葉に、びくりと肩を揺らす娘。彼女が普通の娘ならば、「そんないい方はないんじゃない」「もう少し優しく聞いてもいいでしょ」と女3人を敵に回し、分の悪い勝負となったであろう。しかし、娘が普通ではないと仲間達も知っている。
「答えろ。どうしてここに居る。何があって、こうなった」
 じりじりと後退っていく娘の背後を、ベアトリスとシャロンが断つ。
「私、あなたの村の人に聞きました。皆、流行病にやられて死んでしまったと。あなたも、亡くなられた1人だと。でも、ご両親は信じてませんでした」
 ゆらり、娘の体が揺れる。
「街道を歩いていたという目撃情報があるのだから、死んではいない。だから、あなたを捜して助けて欲しいと、あなたのお母様に縋りついて頼まれました」
 シャロンの言葉は届いているのかいないのか。
 ぱしゃりと、娘の爪先が水の中の月を1つ消した。
「あんたの体がどんな状態か、あたしにもある程度分かるよ。でも、まだおっ母さんやおっ父さんの事を覚えているなら、元に戻れるかもしれない。おいで。あたしらと一緒に行って、聖なる母にお願いしてみるんだよ!」
「無駄だよ」
 凪いだ湖面のように静かで平坦な声が響く。
 それまで、シャロンやベアトリスの言葉に無反応だった娘が、はっと顔を上げた。
「君達も分かっているだろう? この子の状態を。もう、この子は人には戻れない。聖なる母の祈りは届かない」
 木立の合間から現れた男に、オイルはダガーを抜きは放った。しかし、男は戦意がない事を証するように両手を軽く挙げてみせた。
「あなた‥‥あなたが、村の人に流行病の話をした人ですね。若い男の方だったと‥‥」
 シャロンの言葉に、男はふ、と微笑んだ。
 ゆっくりと男は娘に近づいた。月の明かりでは男の様子ははっきりとは分からない。
 そっと、男は娘の前に首筋を顕わにした。
「ちょっと、あなた!!」
 慌てたネティを片手で制して、男は抱きついて来る娘を、娘の牙を受け入れた。
「いい子だね。僕の血を飲んだら、しばらくは大丈夫だ。飢えとは無縁の優しい夢の世界を漂っておいで」
 満足するまで男の血を啜った娘が、こくんと頷く。
 そして、湖の真ん中にある島へと向かって歩き出した。
「ちょっと! 溺れちゃうわ!」
「大丈夫だよ。死なないから」
 首筋を抑えていた青年が改めて彼らへと向き直る。
 青ざめた月の光が、今度こそはっきりとその姿を浮かび上がらせた。
「ジェ‥‥ジェラール‥‥どうしてあなたが‥‥」
 呆然と呟いたシャロンの手に、騎士の礼‥‥口づけを送って、彼、ジェラールは肩を竦めてみせる。
「どうしてって、そう姫が望んだからだよ。今は、それしか言えないよ。姫もまだ‥‥微睡みの中だから」
 抑えていた首筋から流れていた血は、いつしか止まっていた。
 ゆっくりと、彼は冒険者に背を向けた。
「姫には内緒だよ。僕は姫の騎士、姫も気付かない望みを叶える。ただそれだけなんだ‥‥」