【黙示録】アニュス・ディ
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 84 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月19日〜04月29日
リプレイ公開日:2009年04月28日
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●オープニング
●小さい決意
「みんな殺されちゃうんだ」
それは異様な光景だった。
赤毛の少年の前で、大人達が頭を垂れて祈っている。老人も居れば、少年と変わらない位の年の子供もいる。若夫婦は互いに手を握り合い、乳飲み子を連れた母親は泣きながら自分の子供を抱き締める。
「王様も冒険者も、僕達の為に戦っている。けど、勝つために辛い思いをするのが僕達なのは何で? おかしいよ。良い国を作る為に、僕達はみんな殺されちゃうんだ。デビルと誘き寄せる為に集められた、あの騎士様達みたいに」
啜り泣きが聞こえた。
あの騒ぎで、近しい者を亡くした者だろう。
「僕達は、静かに暮らしたいだけなのに。畑を耕して、鶏や牛を飼って、春には冬の終わりのお祭り、秋には恵みに感謝して、ただ普通に暮らしたいだけなんだ。なのに、こんなのはおかしいよ」
拳を握り締めて言葉を奮う少年は、そばかすが散った純朴な農家の子供といった様子だ。どこにでもいる、普通の少年。
けれど、そんな普通の少年の言葉に、大人達は聞き入っていた。
「おじいちゃんのそのまたおじいちゃんの、ずっとずっと前のおじいちゃんが生きていた頃は、そんな暮らしだったんだって。でも、今は違う。なんで?」
戦だ、と誰かが呟いた。
王や貴族のせいだ、と別の誰かが言う。
「取り戻さなくちゃ」
少年の言葉に、怒りにざわめいた場が瞬時に静まりかえった。
「取り戻さなくちゃ。僕達の世界を」
震える声が、少年の言葉を復唱する。
それは、瞬く間に場全体へと広がって行った。
「取り戻さなくちゃ」
「取り戻さなくちゃ」
1つの声は小さくても、全てが集まれば大きな波となってうねり、場を飲み込む。
狂気に取り憑かれたように、一心不乱に同じ言葉を繰り返す大人達に、少年は涙を流した。
「取り戻さなくちゃ。だから、僕達が頑張るしかないんだ」
●焦れる心
これで何件めだろう。
冒険者達が作成した地図に、新しい印を書き込んで、サウザンプトン領主の命を受けた女騎士、ブリジットは溜息をついた。
また1人、死んだ。
遺跡の巨大な岩の上で血を流して。
他の領内の事なので、詳しくは調べる事が出来なかったが、死んだのはまだ幼い子供だったらしい。
小さな子供が自分に刃を突き立てるのは、どれほどの恐怖だっだだろう。
再び溜息が漏れる。
サウザンプトン領内では、ある程度の権限が与えられている。その力を使って、遺跡への出入りを禁じた。それでも、その強制力をかいくぐるようにして死を選ぶ者がいる。他領ではどんな状態なのだろうか‥‥。
気になる事もある。
これまでは、自殺者が出た遺跡に何の関連性もなかった。
住民にとって遺跡の共通点は、生まれた時からある巨大な石の集まりで、子供の遊び場だったり、怪しげなまじないの場だったりするだけだった。
けれど、ここに来て関連が出来た。
「‥‥関連、というものではないか」
頬を歪め、自嘲の笑みを浮かべてブリジットは書き込んだ印を指でなぞる。
まだ乾いていなかったインクが彼女の指を汚したが、そんな事は気にもならなかった。
「2人目、3人目の自殺者が出始めている遺跡‥‥」
それが何を意味するかは分からない。
だが、何か気になる。
前回の調査で分かった理想郷の伝説が残る場所に近い。そして、もう1つ。
「アニュス・ディ‥‥」
領主や貴族の目から隠れて活動をしている謎の集団だ。その集団の正確な姿は分からない。だが、複数の自殺があった遺跡の近隣で集会を開いていたという噂がある。
噂はあくまで噂だ。サウザンプトンに属するブリジットでは、これ以上の情報を得る事は難しい。
「今は、少しでも正確な情報を手に入れる必要がある‥‥か」
領主の許可は既に取ってある。
書き物机に座り直すと、ブリジットは新しい羊皮紙にペンを走らせた。
●調査依頼
「調査依頼、か」
最近、南方の巨石遺跡でおかしな事が起きている。
それがあまりに広い地域に渡っている上、色んな事が起こり過ぎていて情報が錯綜しているらしい。
謎の自殺者、奇妙な集団、王宮騎士であり円卓の騎士見習いであるモードレッドが参加した依頼では、フォモールと名乗る者達が現れ、とある遺跡では、デビルの策略によって遺跡を守って来たスプリガンが殺された。
「本当に、一体何が起こっているのやら」
今回の依頼は、連続して起きる遺跡での自殺と謎の集団の調査だ。
広範囲の出来事で雲を掴むような話だが、どうやら謎の集団に関しては、次の集会が行われるという有力な情報があるらしい。場所は、現在、確認中らしいが。
相変わらず冒険者に対する風当たりはよろしくないが、冒険者とて「冒険者」の名札をつけて動くわけではない。何とかして集会に潜り込むか、その集団についての情報を得られれば、それで僅かでも前進するはずだ。
「‥‥ったく、世の中、いったいどうなっているんだか」
ぼやきながら、冒険者は依頼書を手に取った。
●リプレイ本文
●楽園への道
「すみません‥‥」
襤褸を纏った薄汚れた娘に声を掛けられて、相手は警戒の表情を見せた。髪は乱れて縺れ、所々泥がこびり付いている。襤褸から覗く手足も泥や煤で汚れてはいるが柔らかみを帯びていて、病的なまでの細さはない。
娘の全身を眺めて、肉付きの良い中年の女は嘆息した。
最近、こういう者が増えている。男も女も。
「何だい? 何か用かい」
けれど警戒までは解かないのは、こういう者の中には、己の状況に疲弊して生への渇望から他人のものを奪って凌ぐ輩も多いのだ。
「教えて下さい‥‥。この近くに楽園へ行ける場所があると聞いたのですけれど‥‥」
女はぎょっとした顔で、娘を見返した。年は20に達しているかいないかだろう。幼い頃に病で亡くした子供が生きていたら、きっとこれぐらいになっていたはずだ。
「しっ! お黙りよ! 何があったか知らないけれどね、楽園に行けるなんて夢みたいな事を考えるより、もっとしっかり生きて行く事を考えな!」
「‥‥ですが」
娘の細い手首を掴んで、女は早足で歩き出した。
「いいから、おいで!」
女の自宅らしい、今にも壊れそうな小屋の中へと連れ込まれ、藁の上に布をかけただけの椅子に腰掛けさせられる。少し冷えたヒヨコ豆の入った薄いスープを皿によそい、娘の手に持たせて、女は小声で叱りつけた。
「あんたみたいな若い娘なら、まだまだこの先に良い事だって幸せだって沢山あるはずだ。それを食べたら、この村からすぐに出て行くんだよ!」
その剣幕に圧倒されたのか、娘はぽかんと女を見上げまま動かない。苛立ったのか、女は娘の手に強引に匙を握らせた。
「少しでも腹ん中に何か入ったら、生きていこうって気になるもんだ。おかしな事を考えるんじゃないよ。いいね!?」
こくんと頷き、薄く具も少ないスープを匙を掬って、娘はほんの一瞬、動きを止めた。ちらりと窺い見た女は、やけに外を気にしているようだ。
ー‥‥やはり、この村で間違いはなさそうですね
娘ーーヒルケイプ・リーツ(ec1007)は女の好意に感謝と罪悪感とを覚えながら、スープを口へと運んだ。
●潜入支度
離れた場所から村へと出入りする者達の確認をしながら、タイタス・アローン(ea2220)はブリジットから得た情報を思い返していた。「アニュス・ディ」と名乗る集団の次の集会が行われるとされるこの村の近くにも、遺跡がある。そして、その遺跡では、まだ自殺者は出ていないーー。
「だが、集会後は分かりません。故に、集会で何が行われているのか、どのような話がなされているのかを確認しなければ‥‥」
語りながら振り返ったタイタスは、しきりと足もとを気にするルザリア・レイバーン(ec1621)の様子に、はてと首を傾げた。
「ルザリアさん? 聞いておられましたか?」
「えっ!? あ、ああ、勿論‥‥」
慌てて何度も頷きを返すルザリアに、タイタスの疑問は更に深まる。
「あの、一体何をそんなに焦っておられるのですか」
「え゛?」
言えない。
ルザリアは愛想笑いとも引き攣り笑いとも取れる表情を顔に張り付けたまま凍り付いた。
若き未亡人設定で、久々に着用した質素なドレスの足もとがやけに心許なく感じるだなんて、絶対に言えない。女には女の意地があるのだ。
「でも、本当にその集団が変な事を信じ込んで自ら命を差し出しているのかしら? セトの眷属に操られているのではなく? 何の根拠もないのに、おかしくはないい?」
テティニス・ネト・アメン(ec0212)の呟きを救いの手とばかりに、ルザリアは勢いよく同調してみせた。
「わ、私もそう思うっ‥‥ではなく、そう思います!」
「‥‥今は普通に喋っていいと思うわよ‥‥」
ブリジットに頼んで、その集団に関する情報を出来る限り貰って来た。領地という線引きを越えて活動している集団である為、サウザンプトンに属するブリジットが集める事が出来た事前情報は僅かでしかない。
その情報が事実であるか否か、本当に集団自殺と関係があるのか。それを潜入して調べて来るのがルザリアとヒルケイプだ。
「ともかく、我々は離れた場所で監視しているので、万が一の事があれば合図をして下さい。2人だけで危険な事はしないで下さいよ?」
タイタスに念押しされて、ルザリアは分かったと頷いた。
何とか頬の赤みも引いたようだ。
「じゃない、分かりました」
「‥‥ですからね、今は普通に喋って下さっても結構ですよ」
苦笑したタイタスに、テティも笑って肩を竦めると空を見上げる。
「‥‥アメン神が姿を隠されたわ。何だか嫌な感じね」
いつの間にか広がっていた分厚い雲は、重い灰色をしていた。テティが言うアメン神が、彼女の故国で世をあまねく照らし出す太陽の神だという事をタイタスも知っている。
その神が姿を隠してしまった。
「聖なる母の加護を」
小さく祈りの印を切るタイタスに、ルザリアは軽く笑ってみせた。
●遺跡
転がっている石の高さは自分の肩先ぐらい。以前に関わった遺跡より規模は小さいようだ。
ヒルケイプとルザリアはうまく潜入出来ただろうか。
幾つか転がる石を丁寧に調べて、伏見鎮葉(ec5421)は息を吐き出した。ここに来る前に、複数の自殺者が出たという遺跡も回って来たが、これといった収穫はなかった。あると言えば、まだべったりと血の跡が残っていたぐらいか。
「ああ、そうだ。もう1つあったっけ」
遺跡にまつわる噂。
他愛もないものから、含みのあるものまで。
いつ頃のものかも定かではない頃からあるのだから、噂の1つや2つあったっておかしくはないわけだが。
「お前! そこで何をしている!!」
不意に光を向けられて、鎮葉は手を翳し、目を眇めた。近づいて来ている気配は感じていたから、驚きはしない。
「別に。ただ調べていただけ。最近、この手の遺跡で自殺する人が増えてるって言うから」
翳していた手をひらと振って答えた鎮葉に、松明を掲げた男が激昂する。
「なんだって!? お前、何者だ!? まさか冒険者だとか言うんじゃないよなっ!?」
「だったら何?」
わざと煽るように、鎮葉は腕を組み、笑みを浮かべると首まで傾げみせる。案の定、男は怒って鎮葉に掴み掛かるべく、足を踏み出した。
「‥‥よせ。場を荒らすな」
背後にいたもう1人が男の肩を掴んで止める。
「だが、冒険者がここにいるという事は、また何か企んでいるのかもしれないぞ!」
「たかが女1人に何が出来る。お前も、俺達の気持ちを逆撫でして何が楽しい。村の皆に知らされて、囲まれ、石をぶつけられる前に帰った方が身のためだぞ」
松明の光が遠くて、男の顔までは見えない。けれど、何かが引っ掛かった。
「あら、お生憎。これでも一応は冒険者なんだから、普通の村人に私刑にされる程弱く無いんだけど」
熱り立つ男とは対照的に、もう1つの声は冷静だった。
「だとしても、だ。ただでさえ、目的の為に騎士団を犠牲にしたという冒険者に、この土地の者達は反感を持っている。それを煽る事はないだろう」
ふぅん、と鎮葉は男達に向かって歩き出した。
「お、お前っ! 抵抗する気か!」
「抵抗する程、強いわけぇ? そっちのお兄さんの言う通り帰るのよ。なら、問題はないんでしょ?」
彼らの隣を通り過ぎる時に、男達の顔を覗き込む。特に、後ろにいた男を。
「じゃあね、お兄さん達」
石の中の蝶を持って来るべきだったか。
例え怪しくても、そう簡単に尻尾を出すはずがない。ましてや、あの場に現れたままの姿で現れるはずもない。
鎮葉は軽く唇を噛んだ。
●絶望の先
「アニュス・ディ」と呼ばれる集団の指導者は、年端もいかない少年だった。まだあどけない顔立ちで、声も少年特有の甲高さが耳に残る。
集会に潜り込んだヒルケイプとルザリアは、会場となった納屋の片隅で身を寄せ合って少年の話に耳を傾けていた。
彼が語るのは、絶望。
その絶望を自分達の手で払うしかないのだと言う少年に、大人も子供も熱に浮かされたように同じ言葉を繰り返す。
「では、どうすればいいのですか」
熱気が狂気へと変わる寸前に水を差したのは、黙って話を聞いていたルザリアだ。ほんの少し、緊張で声が震えたのを、彼らは別の解釈をしてくれたらしい。誰かが、彼女の語った嘘の身の上を皆に話す声が聞こえる。
「すみません。私、初めて参加するものですから‥‥。どうすればこの悲しい世界を変えられるか、私には分からないのです」
「昔のね」
とん、と木箱の上から身軽に飛び降りた少年が、ルザリアの元へと歩み寄る。怯えたように、口元に手を当てて一歩下がったヒルケイプに、少年はにっこり笑ってみせて、ルザリアに向き直った。
「昔、王様や貴族がいなかった世界に戻せばいいんだよ」
「王様や、貴族がいなかった世界‥‥?」
うん、と少年は瞳を輝かせ、熱心に語り始める。
「神様が人間を見守っていてくれた世界に。だってそうじゃない。王様だって貴族だって人間だよ? なのに、王様だから、貴族だから、僕達を苦しめるのを許されるのはおかしいだろ? だから、神様にお願いするんだ」
「どう‥‥やって?」
少年の目が僅かに泳いだ。少し戸惑った後、彼は口を開いた。
「んーと。‥‥昔と同じ遣り方‥‥かな」
言葉を選びつつ答えた少年に、ルザリアは困った風を装ってヒルケイプを振り返った。
「‥‥分かりません。私には」
それは、ルザリアにだけ通じる言葉。
口元を押さえた彼女の拳の中にある指輪は、何の反応も示さなかったのだ。
●会話
納屋から出て来た少年は、どこからか戻って来た2人の男と一言、二言、言葉を交わして去って行った。
「何を話していたか、聞こえましたか?」
タイタスの問いに、耳を澄ましていたテティが小さく首を振った。
「声が小さ過ぎて。聞こえたのは「ここには無い」って言葉だけよ」