【黙示録】ゲヘナ攻防

■イベントシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:46人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月28日〜04月28日

リプレイ公開日:2009年05月08日

●オープニング

 遙か上空から見下ろした丘は相変わらず瘴気に満ち、儀式の炎は勢いこそ失ったものの、燃え続けている。
 丘に入り込んだ冒険者達が、何とかして炎を鎮めようと苦心しているというが、まだ炎を消し去るには至っていない。つまり、再び主となる者が現れたならば、ゲヘナの力は盛り返すのだ。
「いかが致しましょう?」
 追いつくのがやっとといった体で、ひいひいと無様な声をあげながら問うて来た部下を一睨して、再び丘へと視線を戻す。
「‥‥あの虫どもは何をしている?」
 騎獣に何かを背負わせ、列を組んで進んでいるように見える冒険者達を顎で示すと、部下はああと不愉快そうに口を曲げた。
「あれは忌々しい神の力が宿ったものを運んでおるらしいですな。あとは、奴らの食い物や武器や‥‥」
「神の力が宿ったもの?」
 琥珀の瞳を細めて、彼女はしばし考え込んだ。
「ええ、そうです。それでゲヘナの炎を鎮めるのだとか何とか‥‥。はっ、一体どれだけの品が必要になるのやら。全く愚かしい。まあもっとも、虫どもが考えつくのはその程度でしょうな」
 手綱を引き、更に上空へと駆け上がる。
 丘の上では瘴気にあてられながらも、歌い踊る冒険者の姿がある。
 祈りを捧げる者も多い。
「ああして歌い、踊り、祈れば炎が鎮まると信じているのですからな。救いようがないとはこの事です」
「‥‥多少は効果がある。それ故に、ゲヘナの力が弱まっているのだ」
 彼女の言葉に、冒険者達の行動を馬鹿にしていた部下が空中でひれ伏さんばかりに体を折り曲げた。
「も、申し訳ありません! 過ぎた事を申しました!!」
 そんな部下になど目もくれず、彼女はゆっくりと丘の上を旋回した。
 ゴーレムグライダーやらフロートシップやら言う目障りなものもたまに飛んではいるが、あのように大きな物は1つの小さな物を見つけにくい。例え見つかったとしても、見過ごす事だろう。何故ならば‥‥。
 ふ、と薄い唇に笑みを浮かべて、彼女は体を折り曲げたままの部下を振り返った。
「通達。我らはこれより荒野の側から丘の頂上までの経路を制圧する。バアル様が、ゲヘナの新たな主となる為に‥‥な」
「は、はっ! ただちに! して、あちらの虫どもはいかが致しましょう?」
 巣山へと餌を持ち帰る蟻のように、荷を背負い、身を潜めるようにして頂上へと神の力が宿った品を運ぶ者達に、彼女は侮蔑に満ちた視線を向けた。
「捨て置くがいい。どうせ大した力にはなりはしない。あやつらを排除する手を割くのも惜しい。あやつらが品を運ぶ前に、我らが頂上を制圧し、バアル様が新たな主となっていれば何の問題もなかろう。ああ、そうだ。儀式の為に新たな魂を狩って来る必要もあるのか‥‥。まあいい、これはどうとでもなろう。魂ならば、ほれ、あそこにあれほど沢山揃っているのだからな」
「さ、さようでございます!」
 彼女の言葉に激しく同意を示して、部下は飛び去って行った。
 すぐに、彼女が指揮する軍勢が丘の麓へと集まって来るだろう。
 無駄な努力を愚かと切り捨てる主は、思惑通り丘へとやって来てくれるだろうか。
「少しは楽しめるか。‥‥持ち堪えてくれねば、我が策は成らぬ。頼んだぞ、冒険者よ」
 ふふふ‥‥。
 地獄の空に、妖艶な笑い声が響いた。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ 天城 烈閃(ea0629)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ ルーウィン・ルクレール(ea1364)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ ケイ・ロードライト(ea2499)/ レジーナ・フォースター(ea2708)/ カイ・ローン(ea3054)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ 尾花 満(ea5322)/ キサラ・ブレンファード(ea5796)/ フレイア・ヴォルフ(ea6557)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ ルメリア・アドミナル(ea8594)/ 水鳥 八雲(ea8794)/ ミュール・マードリック(ea9285)/ リリー・ストーム(ea9927)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ ステラ・デュナミス(eb2099)/ リースフィア・エルスリード(eb2745)/ 磯城弥 魁厳(eb5249)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ 宿奈 芳純(eb5475)/ 乱 雪華(eb5818)/ アーシャ・イクティノス(eb6702)/ クァイ・エーフォメンス(eb7692)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ セイル・ファースト(eb8642)/ 雀尾 嵐淡(ec0843)/ ヒルケイプ・リーツ(ec1007)/ 王 冬華(ec1223)/ 春咲 花音(ec2108)/ マロース・フィリオネル(ec3138)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793)/ 琉 瑞香(ec3981)/ 九烏 飛鳥(ec3984)/ 元 馬祖(ec4154)/ リーマ・アベツ(ec4801)/ シャロン・シェフィールド(ec4984)/ 伏見 鎮葉(ec5421)/ 妙道院 孔宣(ec5511)/ ソペリエ・メハイエ(ec5570)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

●誘惑
 そう、苦しいの‥‥。
 体を失ってもなお身を焼き続ける業火にのたうち、目の前で奪われた愛し子を想って泣き続ける彼女に、華奢な手が伸ばされた。
 可哀想に。でも、もう貴女は救われる事はないのよ。
 優しく涙を拭いながら、残酷な言葉を突きつける。
 どうして貴女がこんな目に遭わなくてはならないのかしらね。他の人間はこの地獄にやって来ても生きているのに。地上へ、光の満ちた世界に戻るというのに。
 身悶えし、一層激しく泣き出した彼女をそっと胸に抱いて、女は蜜のような言葉を囁いた。
 悔しいわね。貴女はこんなに苦しい思いをしているのに。ねえ、彼らに貴女の苦しみを教えてあげたいと‥‥思わない?

●嵐の前
 ゲヘナ。
 そう呼ばれる地獄の丘は緊張に満ちていた。
 丘の頂上で行われる鎮魂と再生を祈る儀式は、かつておぞましく夥しい犠牲のもとに力を得ていたモレクの魔力の源である魂を浄化しようというものだ。
「だから、邪魔されたくないよなぁ」
 頂上までの補給路付近でペガサスによるホーリーフィールドを展開していたジルベール・ダリエ(ec5609)がぽつりと呟いた。
 デビルに対抗する手段ではなく、死者を悼む為の儀式だから、戦いや憎悪や、そんな負の感情を近づけたくはなかった。手首に結んだ祈紐をつんと突っついて、同意を求めるように「なぁ?」と話しかける。
 これを結んでくれた人の、少し赤くなった顔を思い出しながら。
「あ、ご苦労さん〜」
 ジルベールの姿に手を挙げて労いの言葉をかけたのは、九烏飛鳥(ec3984)だ。補給路での護衛として、下から聖別された品々を運んで来た補給隊と一緒にやって来たらしい。
「飛鳥さんもお疲れさん。そっちはどうやった?」
「静かなもんやったよ。どっかからはドンパチしとる音が聞こえてきとったけど。‥‥でも、なんで、こっち攻撃きぃひんのやろ。うちらは補給立断たれるだけでも負け確定やのに」
 飛鳥の言う通りだ。
 今は冒険者で溢れているが、丘が完全に支配下に入ったというわけではない。彼らの体を蝕む瘴気は未だにどこからともなく発生し続けているし、奪還を狙って襲って来るデビルも多い。なのに、大きな荷物を引いて動きも鈍い補給隊には、どういうわけか攻撃がない。補給隊が冒険者達の補給物資だけでなく、ゲヘナの炎を消す為の聖別された品々を運んでいる事はデビルとて知っているだろうに。
「‥‥何や、別の狙いでもあるんかいな」
「うーん‥‥」
 今、丘を攻めて来ているデビル達は、何故か補給路と儀式の場を狙っては来ない。
 まさか犠牲になった人々に敬意を表している‥‥わけではないだろうから、何か思惑があっての事と考えるべきだろう。
「皆に気ぃつけるよう言うとくべきかな」
 ぽりと頭を掻いて、ジルベールは防衛の布陣を敷き、情報を集め、各員に指示を出している天城烈閃(ea0629)の元へと向かう。様々な情報や不穏な言葉が行き交う本陣の動きは目まぐるし過ぎて、時に殺気立っていて、あまり長居したい場所ではない。
「補給路か。確かにおかしいとは思うのだが」
 むぅと眉を寄せて、烈閃は意見を求めるようにオラース・カノーヴァ(ea3486)を見た。肩を竦めて見せたオラースも、恐らく烈閃と似た見解を持っているのだろう。次々と指示を仰ぐ者が待っている。1つの案件に割ける時間はさほどない。烈閃は決断を下した。
「おかしいとは思うが、攻撃がないのであれば好都合。補給路の確保はこれまでと同じでいい。だが油断だけはしないように」
「りょーかい」
 片目を瞑ったジルベールに笑み返し、烈閃は次の指示を待つ者へと向き直った。本陣から出るジルベールに、さりげなくオラースも並んだ。
「上で頑張っている連中は俺達が守ってやらなきゃな」
 頂上に何かあればすぐに駆けつけられ、二重三重と張り巡らせた陣を突破された時には、最後の防衛線となる場所。しかも、どれほどの激戦になっても、祈りの場への影響を極力押さえる事が出来る場所。ここに本陣の設営を決めたのはオラースだ。
 この場に至るまでの経路は細かく調査済みであり、襲撃を受けそうな場所は全て把握済みである。
「ここからなら、空から来る奴らの動きもある程度察知出来る。奴らが何を考えているかは分からん。分からんなら、その分、俺達が今以上の守りを固めればいい」
「そうやね。‥‥んん?」
 足を止めたジルベールの視線の先には、唇を噛み締め、握り締めた拳を見つめているレジーナ・フォースター(ea2708)の姿がある。何やら思い詰めてそうな彼女を放ってはおけないと、歩み寄ろうとしたジルベールの肩をオラースが掴んだ。
「オラースさん?」
「まあ、あれはあっちに任せておけばいいだろ」
 ほら、と顎をしゃくった先に、鋭い視線をレジーナへと向けるミュール・マードリック(ea9285)とキサラ・ブレンファード(ea5796)がいた。
「だ、大丈夫なん?」
「気にしなくも大丈夫です。あれは、シスコンとツンデレの競演。ちょっと大変そうだけど」
 大丈夫大丈夫と明るく請け負って、水鳥八雲(ea8794)は2人の背を押した。
「それより、食べられるうちに食べときましょう。あっちに暖かい食事を用意しましたから」
 補給隊が到着した事によって、調理に必要な物も届いたようだ。
「材料は、今朝、丘の麓で見つけて来た謎の小動物です。私、狩りは得意なんですよ」
 ふふふ。
 にんまり笑った八雲に、オラースがごくりと喉を鳴らす。
「ちなみに‥‥。料理は出来るのか?」
「大丈夫です。戦場での工作活動は得意ですから」
 そっとその場を離れようとしたジルベールの襟をしっかと掴んで、八雲は邪気のない笑顔を見せた。
「いっぱい食べて、力をつけて下さいねっ☆」
 本陣の片隅で起きた阿鼻叫喚の修羅場などまるっきり知らぬげに、ミュールは迷いの中にいるレジーナの肩へと手を伸ばしかけ、止めた。慰めや励ましの言葉など、彼女には必要ないのだ。
「‥‥お前は既に答えを持っているはずだ」
 ゆっくりと顔を上げたレジーナに、短く言葉を続ける。
「その手は何の為にある?」
 ぴくりとキサラの眉が動く。背後へ視線を流した彼女の様子にミュールも小さく息を吐いた。
「来たか」
「にい‥‥ミュールさん、キサラさん」
 突き出された手が、2人の手をしっかと握る。薄白い光を纏ったレジーナの瞳には、もう迷いはなかった。
「お互い健闘を」
 言葉にせずとも伝わり合う心を感じつつ、彼らは互いに為すべき事をする為に動き出した。

●異変
 ペガサスを駆り、上空からの警戒に当たっていたシャロン・シェフィールド(ec4984)は、息を呑んだ。
 先ほどまでは、いつもと変わらぬ光景が広がっていたはずだ。
 時折、どこかの小隊がデビルの軍勢と交戦し、その位置と規模、戦いの状況を即座に伝える。その繰り返しに、知らぬ間に気が緩んでいたのだろうか。
 いや、違う。
「シャロンさん!」
 近くを哨戒中だったリースフィア・エルスリード(eb2745)も、この異変に気付いたようだ。
「皆さんに連絡を! 私は出来るだけ敵を引きつけておきます! アイオーン!」
 ペガサスの守護を受け、自身を鼓舞して、リースフィアは眼下を黒く埋め尽くす敵軍へと向かって降下していく。
「分かりました!」
 このような時の為に、連絡手段は確保してある。だが、その前にと、シャロンは弓の弦を引き絞った。放たれた矢が、槍を奮うリースフィアへと手を伸ばした敵を射抜く。
「すぐに戻ります。それまでご無事で!」
 シャロンの声がリースフィアに届いたかどうか。そんな事を確認している暇はない。エーリアルの馬首を巡らせて、シャロンは状況を陣に伝えるべく飛び立った。
 同時刻、丘の反対側では敵の進軍に備え、土嚢を積み、防衛の塁を築いていたベアータ・レジーネス(eb1422)も異常に気付いていた。
「え‥‥? 嘘‥‥」
 慌てて呪を唱え、土嚢よりも高い氷の壁を築く。
「下がってて!」
 聞こえた高い声に、数歩、後退る。ベアータが築いていた土塁が、見る間に硬度を増し、石化していく。駆けつけたリーマ・アベツ(ec4801)と共に、次々に壁を築きながら、ベアータは冷静に状況を分析していた。
 壁を作り続けても、このままでは魔力の無駄使いになりかねない。ベアータの考えが正しければ、恐らくこの軍勢は‥‥。
「リーマさん、ここはこれでしばらく持ちます。それよりも!」
 ベアータの言葉に含まれた意味を、リーマは正確に読み取ったようだ。大きく頷くと、荷の中から空飛ぶ絨毯を取り出した。
「この調子じゃ、多分他にも湧いてるでしょうね」
「恐らく。お願いします」
 了解の意味を込めて、大きく頷いたリーマが絨毯に乗って飛び去ると同時に、ベアータは上空を旋回していたリンドブルムを呼んだ。吐き出す息で壁の向こうの敵を薙ぎ倒し、ベアータを背に乗せて大きく翼をはためかせた。
「リンドブルム、出来るだけここで数を減らしたいんです。奴らの上を、出来るだけ低く飛んで下さい」
 危険な行為だと分かっていたが、今はそんな事を言っている場合ではない。頂上で行われている儀式を中断させるわけにはいかないのだ。リンドブルムを信じて、ベアータは素早く呪を唱えた。

●丘に眠りしは
「アシュレーさん、これは!」
 急降下してきたグリフォンに仲間の姿を認めたヒルケイプ・リーツ(ec1007)が、シュルツの手綱を引いて空中で動きを止めた。上空からやって来たのは、丘の周辺を偵察していたアシュレー・ウォルサム(ea0244)だ。
「かなりの数だよ。それがいきなり現れたんだ。‥‥いきなり、だよ」
 早口で告げるアシュレーの表情は険しい。
 これだけの数が進軍して来るのであれば、前もって察知出来たはずだ。なのに、突然現れたのだ。丘を取り囲む程の軍勢が。
「一体、どういう事なんだろう‥‥」
「でも、蝶は」
 ヒルケイプが左の手をアシュレーへと見えるように翳す。彼女の細い指に嵌った指輪の中にゆっくりと羽根を動かす蝶がいる。
「どうして‥‥」
 考え込んだアシュレーの脳裏に、ひらめくものがあった。
ーゲヘナの丘って浮かばれない魂が集まっているんですよね‥‥。それがいきなりレイスとかになったら‥‥
 そう言って笑いながらも頭を振っていたのはアーシャ・イクティノス(eb6702)だ。
 そして、軍勢に対して反応が鈍い石の中の蝶。
 突然に湧いて出た軍勢。
「もしかして!」
「アシュレーさん!?」
 鐙でグリフォンに合図を送り、アシュレーはヒルケイプを振り返る。
「各隊への連絡網に乗せて、皆に知らせて欲しい。敵は、ゲヘナに眠る死者達を甦らせているんだ!」
 飛び去るグリフォンの影を見つめたまま、ヒルケイプは告げられた言葉に呆然となった。ゲヘナに眠る死者。それは、何千、何万という歳月の中で、この丘に捧げられた犠牲者の事だろうか。
 そうだ、この丘はーーー。
 シュルツの手綱を持つ手が震えた。
 この丘は、何十、何百万という犠牲者の上に存在している。ふとした拍子に、繁みの奥から骨が現れるなんて事はざらにある。
 もしも、もしも、それらの屍が、魂が自分達の敵として現れたらどうなるのだろう?
「‥‥いえ、今はそんな心配をしている場合じゃありませんっ」
 ともかく、皆に伝えなければならない。ヒルケイプは牽制の矢を放ちつつ、仲間への連絡を受け持つ者との合流場所を目指した。
 丘の陣容を確認して回っていたオルステッド・ブライオン(ea2449)も、この異変に気付き、いち早く行動に移した1人だった。ゲヘナは未だに敵の影響が色濃く残っている。尽きぬ瘴気が、祈りを捧げ、祝福を受けた品を使っても消えぬ炎がその証だ。
 ゲヘナが生み出す魔力はデビルに取っても捨てるには惜しい力に違いない。
 それ故に、バァルは何度も軍勢を送り込んで来るのだ。
 刻々と変わる丘での勢力図を正確に掴み、手薄な所を補強すべくペガサスに騎乗し、見回っていた彼が見たのは、堆く積まれた骨の山が動き出す様だった。
ー‥‥しばらく夢に見そうだ‥‥
 口元を手で押さえると、飛行をセントアリシアに任せて矢筒から矢を取り出す。この矢があの骨の集団にどこまで通用するか分からないが、接近戦に持ち込む前に威嚇しておいた方がいいだろう。
 破魔弓から放たれた矢を骨の集団の真ん中に打ち込むと、素早く槍に持ち替える。
「少々危険だが、頼むぞ、セントアリシア」
 応えるように嘶いたペガサスと共に、オルステッドは骸骨の群れへと猛攻をかけた。

●死人襲撃
 甦った死者は、冒険者達が敷いた陣の内側にも現れた。
「皆、落ち着いて!」
 地面から突然に腕が突き出たら、誰だって驚く。
 混乱状態に陥った仲間達の中には、体の半分が腐り落ちたズゥンビに足を掴まれ、のし掛かられ、肩を食い千切られかけた者もいる。今、自分が立っている場所の安全さえも分からない状態だ。
 そんな中で、元馬祖(ec4154)は明王の教典で己の耐性を上げ、空飛ぶ絨毯を使って負傷者を運び出す事に専念していた。どんなに鍛えられた者でも、不安を抱く。地面から現れた死者に驚いた後では、混乱するなという方が難しい。
「この人を救護所へ連れて行ったら、すぐ戻るから!」
 救いを求めて手を伸ばして来る仲間も怪我を負っている。けれど、絨毯に乗せた者の方が重傷を負っている。必ず戻って来ると繰り返しても、裾を放そうとしない仲間に困り果てていた所に、救援が訪れた。
「鏡月!」
 振り下ろした剣で死人の体を切り裂き、傷を負った仲間を背に庇うと、妙道院孔宣(ec5511)は絨毯の上で困惑の表情を浮かべていた少女に向かって叫んだ。
「ここは私が引き受けます。あなたは早く救護所へ!」
「わ、分かった。‥‥けど」
 混乱した仲間を纏め、怪我人を抱えて死人に対抗するのは、あまりに大変過ぎる。そんな心配が伝わったのだろうか、孔宣は自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。
「心配無用。私は1人ではありません」
 孔宣の言葉の通り、間近から弓弦を鳴らす音が響く。
 グリフォンに乗った乱雪華(eb5818)が鳴弦の弓で死人の動きを抑制した所に、軍馬に乗ったメグレズ・ファウンテン(eb5451)が駆け付ける。
「飛刃、散華!」
 動きの鈍った死人など、メグレズの敵ではない。
 次々と死体へと戻っていく死人に、雪華は嫌悪も顕わに眉間に皺を寄せながら、馬祖を促した。
「さあ、早くお行きなさい。ですが気をつけて。この調子では、救護所も安全とは限らないですから」
 救護所は、雪華の言う通りの惨状だった。
 突然現れて、怪我人や病人達を襲い始めたズゥンビや骸骨達に、一時は現場以上の混乱に陥っていた。だがしかし、雀尾嵐淡(ec0843)の落ち着いた
指示とソペリエ・メハイエ(ec5570)やマロース・フィリオネル(ec3138)の活躍で、すでに落ち着きを取り戻している。
 オグマ・リゴネメティス(ec3793)がウェザーコントロールで吹かせた風が、魔除けの風鉾を揺らせば、死人は近づく事も出来ない。
 救護所を囲むようにして集まって来る死人達に、嵐淡はやれやれと溜息をついた。
 オグマがウェザーコントロールで風を吹かせている間は、救護所の中には入って来られないだろうが、これはあまりにも‥‥
「精神衛生上、よろしくない」
「そ、そういう問題?」
 運ばれて来た負傷者に応急手当をしていたマロースは、嵐淡の言葉に突っ込むと、周囲を囲む死人達へと視線をやった。
「あー‥‥これは確かに‥‥そう、かも‥‥です」
 でろでろと腐りかけた死人や、顎の骨をガタガタ鳴らす骸骨に、真っ赤な瞳をぎらつかせ、泣き叫ぶ女。
「美女というのが、また迫力があってよろしい」
「だから、そういう問題?」
 傍目には余裕があるように見えなくもない嵐淡とマロースの会話だが、実際はそうではなかった。続々と集まって来る死人達は、この救護所を守っている者達だけで片付けられる許容数を遙かに超えている。
「まだ持ちそうか? オグマ」
「もう少しならば」
 それまでに、何とか打開策を見出しておかねばならない。何が起こるか分からないのだから、魔力も温存しておくべきだろう。
「怪我人、運んできました」
 ペガサスの羽ばたきと共に、死人の群れを気にする素振りもなく舞い降りて来た琉瑞香(ec3981)は、連れて来た怪我人をマロースへと預けると、手の上に光の球を作り出した。
 それを無造作に死人の群れへと投げ込む。
 群れが割れて、少しだけ救護所の領域が広がったのを確認すると、瑞香は再びペガサスの背に乗った。
「まだ怪我人がいます。連れて来ます」
「了解した。こちらも、何とか手立てを考えて、現状を打破する」
 嵐淡の言葉に、瑞香は首を傾げてみせた。
「‥‥その必要はないと思いますが?」
「え?」
 上空高く舞い上がった瑞香の言葉の意味は、すぐに分かった。孤軍奮闘に近かったソベリエが歓喜の声を上げる。フレイア・ヴォルフ(ea6557)と尾花満(ea5322)が乗る軍馬が死人の中へと斬り込み、包囲網を突破して来たのだ。
「待たせちゃったかい?」
 真紅の髪を掻き上げ、余裕の笑顔を見せたフレイアに、嵐淡は「いや」と笑み返す。その間にも、満は周囲にわらわらと群がって来る死人達を片っ端から斬り捨てていた。
「そーゆーのは後でいいから!」
「分かってるって」
 やあねぇ。
 場に合わぬ艶やかな流し目に、満は半ば諦めたような、どこか達観した僧のような表情で了承の頷きを返した。この辺りは気心の知れた相手の呼吸の妙だ。示し合わせる様子もないのに、見事な連携で瞬く間に死人達を再び眠りの中へと落としていく。
「でも、おかしいね。これだけの数のアンデットが勝手に甦って、勝手にあたし達を襲って来るはずがない。‥‥リリー!」
 上空に向かって叫ぶフレイア。その声に呼応するように、真っ白いペガサスに乗った、純白の戦乙女が救護所の真上に姿を見せる。
「どこかに操っている奴がいるはずなんだ。上から探せるかい!?」
「色んな所で同じ事が起きています。難しいかもしれませんが‥‥」
 しばし考え込む素振りを見せて、リリー・ストーム(ea9927)は背後を振り返る。死人の姿に遮られて確認は出来ないが、そこには本陣がある。信頼し、深い絆で結ばれ合った夫も、動いているはずだ。
「分かりました。出来る限りの事をしてみます」
 
● 
「ふむ」
 各所を経由して集まった報告をテレパシーで受け取って、宿奈芳純(eb5475)は状況が楽観視出来るものでない事を悟った。
 考え込んだ彼の様子を見て何かを悟ったのだろう。ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が立ち上がる。本陣を突破されては、頂上で行われている儀式に影響がでる。幾重にも敷いた陣が押され気味なのは、どこからか湧き出て来るアンデットのせいだ。
「余の周囲に集まるのだ。時間に限りはあるが、皆ならば、この包囲を突破出来よう。その後は頂上までの経路を確保 、儀式を守るのだ!」
「分かりました!」
 既に気力が漲った状態のファング・ダイモス(ea7482)が、聖なる母の恩恵を受けるべくヤングヴラドの傍らで膝をつき、頭を垂れる。それに倣って、ケイ・ロードライト(ea2499)やカイ・ローン(ea3054)も膝をついた。
「あ、その前にいいですか?」
 片手を挙げて、アーシャが仲間達の注意を集めた。息を切らした様子と、剣に付着した様々なものから、彼女が死人達の包囲を突破して本陣に戻って来たという事は想像に難くない。
「頂上にいるシェアトさんの話によると、儀式の場にアンデット達は現れていません。奴らが湧いてるのは、ここから下、です」
 ここ。
 つまり本陣から麓まで埋め尽くしている死人達を倒せば済む話か。
「よかった‥‥」
 儀式に集中している者達の防御という任は必要なしと知って安堵しかけたヤングヴラドは、はたと我に返った。
「って、安心している場合ではないのであーるっ!!」
 一体、どれだけの死人を相手にしなければならないのか。考えただけで眩暈がする。そんなヤングヴラドの耳に、ファングの快活な笑い声が届いた。
「はは、なーんだ。じゃあ簡単な話じゃないですか」
「簡単なって、本当に分かっているのであるか、ファングどの」
 勿論、とファングは手にしたテンペストを顔の高さに掲げた。
「これで、斬って斬って斬りまくればいい話です。魂は上の人達が何とかしてくれるでしょう?」
「そう、だな。呪われた肉体から解放してやれば、魂は光の世界にだって戻れるだろう」
 ファングの言葉に同意したカイに大きく頷いて、ケイは「しかし」と口ひげを指先で整えつつ、無鉄砲気味な若者達に釘を刺した。
「頑張り過ぎて戦場を広げる事だけは勘弁して下さいよ。ここを抜かれると後が無いのですからな」
「ああっ、もう! 余は知らんぞっ! ほれっ、聖なる母の祝福を受ける者は早く来るのである!!」
 ぷんぷんと怒ってみせながらも、祝福を祈る気満々のヤングヴラドに、仲間達は困ったような、照れたような複雑な笑みを交わして彼の元へと駆け寄ったのだった。
「あれはあれで良いとして。頂上までの道すがらにデビルはおろか死人の姿も見えぬのは、少々解せぬ事です」
 宿奈の呟きに答えたのは、傍らで情報を整理していたステラ・デュナミス(eb2099)だ。
「鎮魂と浄化の祈りでアンデットが近づけないとか? どちらにしても、祈りの場の近くで戦いたくなかったし、私としては有り難いわね。アンデットの群れぐらい、キツイのを一発行きましょう」
「その通りです。禍々しいゲヘナの瘴気ごと吹き飛ばしてしまいましょう。さて、雷土と嵐、どちらから参りましょうか」
 更に怖い事を言い出したのはルメリア・アドミナル(ea8594)。どうやら、こちらもやる気満々のようだ。
「そ、その微笑みが何か怖いんですけどぉ‥‥?」
 頬を引き攣らせたクァイ・エーフォメンス(eb7692)の脳裏に、2人の通った後に築かれる屍の山の図が浮かんだ。
「あ、でも、もとから屍ですよね。う〜ん?」
 額に指を当てて悩み始めたクァイを、セイル・ファースト(eb8642)が呼ぶ。
 彼の周囲には、春咲花音(ec2108)や磯城弥魁厳(eb5249)、伏見鎮葉(ec5421)の姿もある。
「頂上の儀式がデビルにとって不利益をもたらすものだという事は、ヤツらだって知っているはずだ。なのに、狙って来ないのは宿奈の言う通り、おかしい」
「それって、デビルが何か企んでいるって事?」
 鎮葉の問いに、セイルは分からないと首を振った。
「だが、ここまで報告された中で、デビルは1匹も発見されていない」
 それまで、うんざりする程にあった襲撃が、アンデットの出現と共にぴたりと姿を見せなくなっている。
「無駄足になるかもしれない。けど、何かあった時が怖い」
 頂上での儀式を穢されては、今までの皆の祈りが、願いが、救われかけている魂が全て無に帰する。
「だから」
「分かりました。では、参りましょう、魁厳さんっ」
 拳を握って明るく答えたのは花音だ。皆まで言うなとセイルの言葉を遮って、魁厳の手を取ると全速力で駆け出した。
「うーん‥‥。あれは、きっと忘れてるよね、あの子。自分がセブンリーグブーツを履いたままだってこと」
「ま、まあ、いいんじゃないですか? 魁厳さんも草履履いてましたし」
 でも、どう見ても引き摺られてるよね‥‥。
 鎮葉とクァイ、女2人が乾いた笑いを交わし合っている隣で、奈にも見なかった事にした男達が真剣な表情で語り合う。
「すっ飛んで行った2人は鎮葉とクァイに護衛を任せるとして、とにもかくにも先の戦からデビルの動きが妙なのが気になる」
「「ちょっと待ったー!」」
 意義あり、と再度話し合いに戻った鎮葉がセイルへと抗議を申し立てた。
「馬を持ってるクァイはいいとして、私は徒歩だよ、徒、歩」
 あれに追いつけるかと言い募る鎮葉に、今度はクァイが頬を膨らませる。
「追いつけるか否かの問題ではなくて、私は仲間の盾として‥‥」
「だからだ」
 ゼルス・ウィンディ(ea1661)とルーウィン・ルクレール(ea1364)を伴った烈閃が彼らの元へと歩み寄って来る。
「ここから先にアンデットが現れないという事は、そういった命令の類か、もしくはデビルの監視があるからと考えるのが妥当です。つまり、頂上で行われている儀式を、デビルが何らかの目的があって見逃していると考えるべきなのではないでしょうか」
 丘の頂上へと視線を向けて、ゼルスは言葉を続けた。
「だとしたら‥‥。アンデットの群れは私達が退けます。お2人は花音さんや魁厳さんと共に、デビルの真の目的を探って欲しいのです。それが、儀式を行っている方々の安全を守る事に繋がるような気がするのです」
「ゼルス‥‥」
 真剣に言い募るゼルスに、鎮葉も表情を改めた。真の敵はアンデットではない。その裏に隠れているデビルこそが真の敵。そして、彼らの狙いは‥‥。
「私達1人1人の力など小さなものです。それでも、もう二度と人々の魂をゲヘナの犠牲にするわけにはいきません」
「‥‥分かった」
 短く答えると、鎮葉は俯いたまま踵を返した。その後をクァイが追う。
「芳純、シェアトには連絡がつくか」
 烈閃の問いに、宿奈は頷いた。ぎりぎりだが、何とか思念の届く範囲だ。
「では、鎮葉達の事を伝えておいてくれ。ここから先で何が起きても、彼らと連絡を密に取るようにと。それから陸堂、本陣を囲んでいるアレを頼めるか」
「分かった」
 呼ばれて、陸堂明士郎(eb0712)は立ち上がった。目に見えている範囲だけでも40、いや50はいるか。まだまだ湧いて出て来るであろう死人達を相手に、怯むどころか不敵な笑みを浮かべている。
「王、手を貸して貰えるか」
「勿論よ!」
 待ってましたとばかりに剣と鉄扇を取り出した王冬華(ec1223)に苦笑しつつ、烈閃はもう1人を振り返る。
「オラース、生きているか」
「‥‥何とかな」
 戦う前に殺られるかと思ったぜ。
 冷や汗を拭って手を挙げた男の顔色は悪い。
「陸堂達が突破口を開いたら、そこを突いて下の救援に向かってくれるか」
「やってみよう」
 男達は互いに頷き合った。
 そこからの動きは早かった。
 振り下ろされた陸堂の野太刀が髑髏の武者を切り裂いたのを合図に、冬華が飛び出す。鉄扇がズゥンビの頭を胴体から切り離すと、陸堂は野太刀を振り上げた。鬨の声を上げつつ、彼の指揮する一団が手当たり次第に死人を倒していく。
 本陣と救護所との間を埋めていた死人達は聖なる母の祝福を受けたファングやカイの猛攻で既に駆逐されつつある。
 宣告通りに情け容赦ないアイスブリザードやライトニングサンダーボルトで群がる死人達を一掃していくステラやルメリアの姿に、逃げ惑う死人達を逃さぬよう進路を塞ぎ、片っ端から片付けていたケイは、女は怒らせてはいけないと改めて心に刻んだのであった。

●女騎士
 優しい祈りの歌と明るい音楽が流れる中、シェアト・レフロージュ(ea3869)はそっと儀式の輪から抜け出した。
 宿奈からの連絡通りであれば、この近くにデビルの動きを探る仲間達がいるはずだ。
 儀式の行われている頂上から少し下った辺りを、ぐるりと歩いてみる。だが、異常らしきものは見当たらない。本陣から下は死人で埋め尽くされているというが、嘘のような静けさだ。
「本陣まで戻ってみましょうか‥‥」
 集まっているのがアンデットであるならば、自分の歌で奏でる曲で正気を呼び戻す事が出来るかもしれない。
 丘に捧げられた魂が、徐々に浄化されているように。
 本陣へと続く道を選んだシェアトは、次の瞬間、強い力によって地面に倒された。
 いや、違う。
 誰かの強い腕に抱えられて地面に転がったのだ。
「魁厳‥‥さん?」
 シェアトを抱えたまま、魁厳はちっと舌打ちをした。
「空の上じゃ、椿も使えやしねぇ」
 気がつけば、シェアトの周囲には花音や鎮葉、クァイの姿もあった。彼らが見つめる先へと視線を移すと、そこには純白の天馬に乗ったリリーと対峙するグリフォンの女騎士の姿があった。
「また、お会いしましたね」
 リリーの言葉に、女騎士は無言のままでグリフォンの手綱を引く。
「また、何もおっしゃらずに行かれますの?」
「‥‥お前達は」
 兜の中から、少しくぐもった声が漏れる。
「お前達は期待通りの働きをしてくれた。礼だけは言っておこう」
 嘲る響きを持つ言葉は、含み笑いと共に遠ざかっていった。
 悔しさに唇を噛む冒険者達を残して。