【黙示録】闇よりもなお

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月03日〜05月13日

リプレイ公開日:2009年05月08日

●オープニング

●闇よりもなお
 埃の積もった机の上に広げた羊皮紙には、イギリスの‥‥特に南方の地図が描かれていた。簡素な地図だが欲しい情報はしっかりと書き込まれていた。
 似たものを見た事がある。
 あれは、南の方でおかしな動きがあると報告に来た者が持っていた地図だ。冒険者が作ったものを写したと言っていた。
「‥‥多いですね」
 その地図には、冒険者が調べあげた数の倍近い印が書き込まれている。これでは、どこに絞ればいいのか検討すらつかない。目を眇めつつ、彼は記憶を辿る。「彼」を誘い込める場所はどこだろう?
 月灯りだけでも問題なく薄くつけられた印を探す事が出来るのは、己の体の中に流れる半分の血のせい。
 地図を読む許可は主から貰ってあるが、「彼」にはなるぺく知られたくない。
「‥‥熱心ね」
 掛けられた声に振り返る。声の主は分かっていた。主の部下の1人だ。
「そんなに一生懸命、何を探しているのかしらね、この子は」
 くすり、薄い唇が笑みを刻む。
 白い腕が伸ばされて、しなやかに首に巻き付いて来た。
「ふふ。警戒なんてしなくてもいいのよ。アナタが何をしようとしているのか、アタシには分かるもの。‥‥アタシもね、最近、あの御方の側近面をしているアイツがうっとおしくて堪らないの」
 華奢な指先が頬を撫でる。
「だからね、良い事を教えてあげるわ。その代わり、アイツを片付けて頂戴」
「一応、お味方ですよ?」
 女の指先が頬からこめかみへと動き、銀の髪を掻き上げていく。恐らく赤みを増しているだろう瞳を覗き込みながら、女は酷薄な言葉を紡ぐ。
「アタシ達に味方なんて言葉を使うのは愚かよ。人間どもの考え方なんて、早く捨ててしまいなさいな」
 冷たい炎が踊るような瞳に見据えられて、生唾を呑む。くすくす笑いながら、女は指先を頬へと戻し、そのまま唇の端をゆっくりとなぞった。
「アタシを差し置いて、あの御方に取り入ろうなんて許せない。アタシはあの方の一番の部下でありたいの」
 だから、「彼」を排除しようというのか。
 いや、やろうとしている事は自分も同じか。
「だから、ね」
 女は指先を羊皮紙の上に落とした。
 そこにあるのは、1つの印。
「‥‥あの方に取り入ろうとしているのは私も同じですよ」
 あら、と女は軽く目を見開いてみせた。
「アナタはアイツとは違うじゃないの。アナタはあの御方の所有物。そうではなくて?」
「その通りです」
 小さく一礼すると、女は唇に指を当て、満足そうに頷いた。
「ね? だから、アタシはアナタを疎ましく思ったりはしないのよ。だって、あの御方の持ち物ですもの。アタシの主にして、偉大なる魔王であられるアスタロト様の、ね」

●遠くより
 その日、冒険者ギルドに届いた依頼は、またも南方の遺跡で起きた事件だった。
「北かと思えば今度は南か。まったく忙しいもんだ」
 ぼやきながら、冒険者は依頼の内容に目を通す。
 それは名前も知らぬような小さな村の外れにある洞窟で、見知らぬ者達が何人も死んでいるという村人からの調査依頼だ。最近、南方での冒険者への風当たりは厳しい。そんな事すらも知らない、辺鄙な場所らしい。
 村の助祭様に頼んで書いて貰ったという依頼状は、助祭が書いたにしても辿々しい。おそらく、助祭も教会から委任された村人なのだろう。聖書がある程度読めて、文書が書ければ十分だと、適当に人選されるというのは珍しい事ではない。辺鄙な場所にある少人数の村にまで修行を積んだ僧を派遣出来る程、教会も人が多いわけではないのだ。
 だから、特別な儀式や聖なる母の力を必要とする場合には正式な僧のいる近くの村や町にまで出掛けなければならない。
「そんなど田舎で、余所者が何人も死にに来る?」
 依頼書によると、洞窟の中で死んでいたのは全く知らない男女数人だったそうだ。身元が分かるものは何も持たず、手にした短刀で互いの喉を掻き切り、折り重なるようにして死んでいたのだという。
 善良な村人は、それでも彼らを手厚く葬ってやったらしい。
 だが、それから数日も経たぬ内に、また数人の男女が同じようにして死んだのだという。
「ちょっと引っ掛かるな」
 幸せが約束された世界を願い、遺跡で自殺を図るという「アニュス・デイ」という集団の活動が活発になって来ている。
 この名も知らぬ村の洞窟も、何かの遺跡なのかもしれない。
「たいしたものは用意出来ませんが、眠る場所と質素な食事をお出しする事ぐらいは出来ます‥‥か。最近のあの辺りにしては、偉く友好的だ」
 苦笑して、冒険者は依頼状を手に受付台へと向かった。
 何人もの自殺者が連続して出ている洞窟とやらは気になる。ちょっと遠いが調べるだけでもしておいた方がいいだろう。
「てわけで、これ、ヨロシク」

●眠り
 血の匂いだ。
 冷たい海の中をたゆたうように深く深く沈む意識の片隅で、本能が警鐘を鳴らす。
 嗅ぎ慣れた匂い。
 だが、聞き慣れた断末魔の代わりに耳障りなか細い声が神経を逆撫でする。
 助けて、だと?
 図々しいにも程がある。
 永劫にも似た眠りを強いた奴らが称えた神の名を唱えながら、助けを乞うのか。
 ‥‥いや、違う。
 奴らの神に助けを乞うているのか。
 この場所で、「何の為の」助けを?
 ぽつりと頬に落ちてきた生温かい雫は、我が身の滅びを願っての事か。
 しかし、奴らの力で出来るのは精々が血の雫を垂らすぐらいだ。その程度では、永きに渡る眠りの間に生じた綻びを広げる事も出来まい。
 不快そうに眉を寄せ、膝を抱えて体を丸め込む。
 もっと深くに沈めば、忌々しい声も聞こえては来ないだろう。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec5421 伏見 鎮葉(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●見えぬ影
 アニュス・ディという集団は本拠地を持たない。どこかの村に現れたかと思えば、また別の村に現れる。中心になっているのはまだあどけなさの残る少年だ。先の‥‥騎士団の壊滅事件の折に、追従していた父が巻き添えになったらしい。少年の父は騎士でも何でもない、騎士達の雑用をこなす下働きのような立場だったという。
「それがどうして、あんな集団の中心になっているのかしらね」
「さあな」
 いらっと爪を噛んだ伏見鎮葉(ec5421)の後を、リンドブルムの手綱を持ちつつのんびりついて行っていたオラース・カノーヴァ(ea3486)が答える。
 冬の厳しさが嘘のように、ぽかぽかと暖かい。こんな日には嫌な出来事を全て忘れてのんびり昼寝でもしたいところだ。
「アニュス・ディの連中のほとんどは、ごくごく普通の一般人ね。それが、いつの間にか甘い毒酒に酔わされて、自分の命まで捧げてしまう」
 その毒酒は誰が持ち込んだものなのか。
 鎮葉の脳裏に過ぎる男の姿。決定的な証拠はないけれど、直感が告げている。
「あの」事件を知っていたデビル。地獄で一瞬だけ交わした言葉が耳に残っている。
「俺は実際に集会ってやつを見ていないから何とも言えないが。‥‥だが、冒険者を悪者にした一件からそいつが絡んでいるとなると、かなり周到に準備していた事になるな」
 不愉快そうにオラースは口元を歪めた。
 冒険者と知られた途端、まるでモンスターに対するかのような憎悪を向けられたのだ。そんな事をして自分達に何の得もないのだと知らしめる為に、わざと鎮葉が煽ったのだが、知人から知人へ、村から村へ伝えられた事柄と、見知らぬ男女の言葉とではどちらが信用されるかと言えば、言わずもがな。
「ま、こうなりゃ実際に奴らの化けの皮を剥いでしまうしかないんじゃねぇの」
「そういう事ね」
 アニュス・ディの足跡を辿りながら、遺跡の再調査も行った。相変わらず、遺跡には好きな女の名前を刻んでいる馬鹿な落書きや、眉唾もののお呪いが多かったけれど。
「とにかく、皆と合流しようか。依頼のあった村に、何か手掛かりがあるといいんだけど」

●癒しの為に
 鎮葉とオラースが村を目指していた頃、 ヒルケイプ・リーツ(ec1007)は洞窟の前で戦いていた。
「え、えっと、お聞きしてもいいですか?」
「何かしら?」
 緩やかに波打つ金色の髪。上品な雰囲気を纏った少女騎士が手にしているものに、ヒルケイプの視線は釘付けだ。
「それは一体‥‥?」
「見て分からない? 新巻鮭よ」
 いや、分かる。分かるんだけれど‥‥と、ヒルケイプは続ける言葉を探す時間を稼ぐ為に曖昧に笑う。
「心配しなくても大丈夫です。私は、ただこれでスープを作るだけですから」
 にっこり微笑んだミシェル・コクトー(ec4318)は大振りの鮭を宙へと放り投げると、戦乙女の剣を抜き放った。ばっさり、ざっくり、いつの間にか切り身になった鮭が用意されていた鍋の中に収まる。
「やっぱり、こちらの方が早いですわね。切れ味も良いですし」
ー‥‥い‥‥戦乙女の剣‥‥って‥‥
 ごくり生唾を呑んだヒルケイプを気に留めた様子もなく、ミシェルは手早く鍋に他の材料を放り込むとスープを作り始めた。
「それよりも、ネティさんが「見た」方々の状況や、村の人達の話からすると「彼ら」がやって来るのは夜中でしょうから、今のうちに出来る事をやっておきましょう」
「え、あ! そうですねっ!」
 繊細な容貌のミシェルの豪快料理に目を奪われていたヒルケイプも、慌てて自分の荷を解き始めた。
 疲れた心を癒すには甘いものを。
 温かな鮭スープと甘いもので、この洞窟で死ぬ為にやって来る人達の心を少しでも癒す事が出来たならば。
 よし、と気合いを入れ直して、ヒルケイプはスープを煮込んでいるミシェルに声を掛けた。
「ミシェルさん、私、ちょっと森の木とお話しして来ます!」
「分かりましたわ。でも、気をつけてくださいね」
 了解と大きく手を振ると、ヒルケイプは走り出した。この洞窟までの道すがら、遠くからでも確認出来た大きな木へと向かって。

●洞窟
「こ、ここで亡くなっていたのよね」
 ライトの光に浮かび上がったのは、洞窟の一番奥まった所にあった巨大な岩だ。まだ生々しく残る血の跡が、その時の様子を克明に物語っているから、ちょっとばかり腰が引けてしまう。なのに。
「ええ。最初は男2人に女2人。互いに手に持った短剣で喉を掻き切って、あの岩の上に折り重なるようにして死んでいたそうです」
 きっちり状況を説明してくれるファング・ダイモス(ea7482)の好意が有り難いのやら有り難くないのやら‥‥。
 項垂れたネフティス・ネト・アメン(ea2834)の肩を叩いて苦笑したのはアリオス・エルスリード(ea0439)だ。恐らく、ネティにほんの少しだけ同情してくれたのだろう。ほんの少しだけ。
「で、未来見で見えたのも、ここなんだな?」
 ええ、見えましたとも。血飛沫と折り重なって倒れて行く人の姿が。
 ちょっと現実逃避したくなったネティには、まだ安息の時は訪れない。
「それで、この下に何があるのか分かりましたか?」
 基本的に彼らは優しい。女性に対する敬意も払ってくれるし、気遣ってくれる。だが、冒険者の仕事は別物だ。矢継ぎ早に尋ねて来るファングに、ネティはがくりと膝をついた。
「これこれ皆さん。ネティさんが困っていますよ。ネティさんも、そこ、血の跡が残ってる場所です」
 ひぃぃぃぃぃっ!?
 飛び退ったネティに、雀尾嵐淡(ec0843)はにこやかに微笑んで見せる。
「すみません。冗談です。ところで、鎮葉さん達も到着されましたから、一度、情報交換の為に集まりませんか。美味しいスープも出来ているようですし」
 ね? と首を傾げた嵐淡の笑顔に何も言えない自分が妙に悔しいネティであった。

●引き留める言葉
 スープはイギリス風に味付けされていた。
 強烈に主張する鮭の塩味と、啜る度に口の中で引っ掛かる鱗とが、ご相伴に預かった者達に戦いを挑んで来る。
「‥‥で、そっちで分かった事は」
 さりげなく口元に手をやり、鱗を取り出しつつ尋ねたオラースに、そんなものを気にする事なく豪快に食していたファングが答えた。
「この洞窟は、恐らく以前は遺跡だったのだと思います。長い年月の間に地震か何かが起きて、上に土砂に積み重なったのではないかと」
 その証拠に、とファングは入り口付近の石を指さす。
「あの辺りの石と中の石は違います。中の石には、文様のようなものが刻まれたものもありましたよ」
 文様は苔生し、風化してはっきりと残ってはいなかったが、明らかに人の手による彫り物だった。
「森の一番大きな木に聞いてきたのですが、木よりも長い時間、ここは洞窟になっていたみたいです」
 ヒルケイプがしょんぼりしているのは、木から有用な情報を聞き出せなかったからか、ミシェルのスープ作りを最後まで見届けなかった後悔からか。
「あの岩の下は、ただ岩盤が続いているだけね。何かが埋まっている感じもなかったし、空間があるって風でもなかったわ」
 スープの中でうまく鱗と身とを分けつつ、ネティが呟く。ただし、と彼女は付け加えた。
「トト神が見せてくれる真実は、魔法の効果を持つものには効かないのよね」
「村で、色々と伺って来ましたが、ここで亡くなられた方が、村を訪れた時に見たという方がいらっしゃいまして、その方のお話によると、とても自ら命を絶つような雰囲気ではなかったそうです。とても安らいだ雰囲気であったと‥‥。あなた方のように」
 立ち上がった嵐淡が、虚空に手を差し伸べた。
 その手の先に立っていたのは、洞窟前で食事中の彼らに驚いた表情を見せる男女数人。
「アニュス・ディの方ですね。ちょっとお話を伺いたいのですが、いいですか」
 いいですか、と尋ねながらも否と言わせない雰囲気なのは何故だろう。
「あ、あの笑顔が曲者なのよっ」
 小声で主張するネティに、鎮葉は口元に指を当てる。その指に嵌った指輪の蝶には何の動きもない。どうやらアイツはいないようだ。
「貴方がたは、今の何が不満なのですか」
 食事と雑談で気持ちが解れた所を見計らったように、嵐淡が問うた。戸惑ったように顔を見合わせると、アニュス・ディの男女のうちの1人が辿々しく語り出した。
「不満‥‥ではなくて、不安‥‥です。このままでは、親も子供も、皆殺されてしまう世界に‥‥なるんじゃないかと‥‥」
「だから、皆さんが何とかするんですか?」
 彼らの中にあるのは絶望だ。不安から生じた絶望。不安を絶望へと育てたのは、アニュス・ディの指導者である少年、そして、その後ろに‥‥。鎮葉は石の中の蝶を凝視する。少しの動きでも見逃さないようにと。
「そうすれば、皆で幸せに暮らせる世界になるんです」
 自信をもってきっぱりと言い切った男に、他の者達も強く頷く。どうやら、アニュス・ディの教義とも呼べない教えを信じ切っているようだ。
「そいつはおかしくないか」
 黙って聞いていたオラースが皮肉げな表情で男を見た。その言葉に、ファングも続ける。
「そうですよ。おかしいです。神は見守る尊き御方。貴方達の死を嘆きこそすれ、救いの手を下されません!」
 2人の反論に絶句したアニュス・ディの者達に、嵐淡は法王の杖を掲げて静かに呪を唱えた。
「どうか、今一度、ゆっくりと考えて下さい。貴方方の犠牲が何をもたらすものなのか。先日、沢山の方々が亡くなって、皆が悲しんだのでしょう? ならば、理解出来るはずです」
 ゆっくりとした囁きが、彼らの心を動かしている。
「例え、貴方方の犠牲で誰も悲しまない世界が来たとしても、貴方方の犠牲を悲しむ人がいるんです。それだけは忘れないで‥‥」
 ヒルケイプが呟く。それは仲間の心をそのまま表す言葉だ。
 そして、その言葉は死の淵へと向かっていたアニュス・ディの者達の心を生の側へと引き留めたのだった。