モンスター達の宴
|
■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月20日〜07月27日
リプレイ公開日:2004年07月28日
|
●オープニング
「何をしているんだ?」
尋ねた青年に、ギルドの扉を開く事を躊躇していた男が飛び上がった。
「用があるなら、入ればよかろう?」
「ぅえっ!? ああ、はあ‥‥」
いきなり声を掛けられて驚いたのか、それとも後ろ暗い所があるのか、応える男の言葉ははっきりとしない。
青年は怪訝な顔をした。
かたや、男はおろおろと扉と青年の顔を交互に見ている。
「一体どうしたんだ? 何かギルドに用があったんじゃないのか?」
悪党には見えない。
幾分、小狡そうな顔立ちはしているが。
−‥‥もっとも、ギルドで悪事を働こうなどという馬鹿はそうそういないだろうが。
頭の中を過ぎった幾つかの考えのうち、まず可能性の低いものを消去する。
−冒険者志願‥‥というわけでも無さそうだな。
男の体は、お世辞にも逞しいとは言えない。そのままポキリと折れそうな体に、申し訳程度に肉がついている。冒険者の中には細身の者も、まだ幼い者もいるが、彼らには何物にも負けないという自信と、体中から漲る覇気がある。
この男には、そのどちらも感じない。
何を思い立ったのか、突然に冒険者を志す者もいないではないので、一概には言えないが。
「‥‥あぁっ! もぅ!! こんな時にヒューがいれば‥‥」
がしがしと頭を掻くと、彼は盛大に息を吐き出した。
常に、彼の傍らで影のように付き従っている銀髪の従者は、所用で遠出している。当たり前過ぎて、普段は感じる事もない彼の有り難みを改めて思い知る。
彼ならば、人当たりの良い笑顔で男に話しかけ、世間話の傍ら、するすると情報を引き出してしまうだろうに。
だが、青年にそんな器用な真似は出来ない。
ぎろりと睨み付けると、男が怯えたように後退る。
「‥‥話せ」
「は?」
青年から感じる不機嫌な気配と高圧的な態度に、男はますます萎縮し、逃げ場を探して周囲を見回す。
「いいから、話せと言っている」
銀髪の従者が見たら、溜息をついて頭を振ったに違いない。
逃げをうつ男の襟首をむんずと掴んだ主の姿に。
「つまり、お前の経営する酒場にモンスターが出没する、と」
気迫負けした。
話すだけ話して解放して貰おうと、男はへこへこと頭を下げつつ、青年の顔色を窺う。
尊大な態度で腕を組んだ青年は、何事かを考えるように呟いていた。
「爪が長く、尾のない毛むくじゃら‥‥グレムリンだな」
「はぁ、そんな名前のモンスターでしたか」
男の返事に、青年の眉がぴくりと動く。
青年のそんな小さな動きにも敏感に反応して、男は竦み上がる。
「えっ、あ、いや‥‥その‥‥」
「ともかく、だ。店のビールの減り具合がおかしいと気づいて、夜中に盗人を待ち受けていたら、グレムリンが数匹、店の中で酒盛りをしていた‥‥と。それで、どうしてギルドの前で迷っていた? モンスターを退治して欲しいなら、躊躇う必要もないだろうが」
尋ねて、青年は動きを止めた。
男がギルドに依頼を出すのを躊躇う理由に、1つ思い当たったのだ。
「もしかして、お前、依頼料‥‥」
「実はですね、このまま放っておいて、『モンスターも虜になる美味いビール』とか煽りをつけて、店の宣伝に出来ないかなぁとか考えまして‥‥」
ぷちり。
何かが切れた音がした。
だが、辺りを見回しても、音の出所は分からない。
「それで、モンスターを退治して貰うのと、このままモンスターを放っておくのと、どっちが儲けになるのか、ギルドの前で散々迷っていたというわけで‥‥」
ぶちり。
今度は、はっきりと音が聞こえた。
青年の手の中で、彼が持っていた白い手袋が見るも無惨に引き千切られていたのだ。
「だ‥‥旦那?」
「馬鹿か! 貴様はッ!」
再び、男の襟首を掴むと、青年は乱暴にギルドの扉を開けた。
「そんな事で悩む暇があるなら、さっさとギルドへの依頼を出せッ!」
●リプレイ本文
●待ち時間
「私には理解しかねる」
いつでも店内に飛び込めるように準備万端整えたソルティナ・スッラ(ea0368)に同意を示して、アンジェリカ・シュエット(ea3668)も溜息をつく。
「私も話を聞いて眩暈がしたわ」
アンジェリカには、グレムリンで一儲け‥‥と考える店主の思考は到底理解出来るものではなかった。
彼女にとって、悪魔とは滅ぼすべきもの。悪魔と酒を飲む等とは考えたくもない。
「モンスターが来ると知ったら、逆に客足が遠のくと思うのですが」
「世の中には、色んな奴らがいるんだな。これが」
暗がりで何やら考え込んでいたジェームス・モンド(ea3731)が、作戦前から疲れ切った様子の2人の会話に加わった。
「ま、気にしないこった。主義主張の違う奴らにいちいち目くじらを立てていたら、身が持たんぞ」
「‥‥しかし」
ギルドからやって来た冒険者達が持ち場につく直前まで、モンスターによる宣伝効果に未練たらたらだった店主の姿は、モンドの言う「主義主張」以前に、根本的に何かが違うような気がする。
納得出来ない彼女達に、モンドは軽く笑った。
「つまり、金儲けが1番って奴にとっちゃ、常識とか道徳とかは1カッパーの値打ちも無いものだ。後回しになるのは当然当然。当たり前だの‥‥っと、今、いい文句が浮かびかけたんだが‥‥」
腕を組み、ぶつぶつ呟くモンドに、ソルティナとアンジェリカは顔を見合わせる。そんな店の為に宣伝文句を考えていると言う彼も、彼女達には今イチ理解出来ない存在であった。
「理解出来ないと言えば、あれもどうかと思うのだが」
アンジェリカの憂いを帯びた視線を辿り、ソルティナもああ、と頬を引き攣らせた。暗闇に慣れた目には、灯りが無くとも店内の様子が分かる。客の帰った酒場の真ん中で気持ち良さそうに眠っているのは、ネイラ・ドルゴース(ea5153)。
空になった酒樽に半ば抱きついた格好のネイラは、あろう事か半裸である。店主にジャパンに伝わる神話をもっともらしく聞かせて、客を巻き込んでの酒宴を繰り広げた結果がこれだ。
「彼女に年頃の娘だという自覚はあるのだろうか」
苦笑を頬に浮べて、ソルティナは肩を竦める。
2人がほぼ同時に深い溜息を漏らした頃、裏口にまわった者達もネイラの状態に額を押さえていた。
「そう言えば、聞かれたんですよね。彼女に」
栗花落永萌(ea4200)がぽつりと呟く。
作戦が始まる前、ネイラが尋ねて来た伝承の大筋は合っていたから、とりあえず頷いたのだが‥‥。
「‥‥本当にやるとは」
同じジャパン出身の琥龍蒼羅(ea1442)も、目を闇に彷徨わせた。
「とりあえず」
何とも言えぬ沈黙を破ったのは、裏口で待機していたゼファー・ハノーヴァー(ea0664)だ。顔には出さずに動揺しているジャパン出身者の間から店内を覗き込み、しばし考えを巡らせる様子を見せると、ゼファーは落ち着き払った声で短く告げた。
「弁償はネイラ個人付けという事で」
ぴくり、と蒼羅の眉が動く。彼が敢えて目に入れないようにしていた現実を、作戦という理由をつけて後回しにしようとしていた問題を、ゼファーに突きつけられた気がしたのだ。
「そう、です‥‥ね」
永萌も複雑そうな表情を浮かべている。
彼らが先送りした現実。
それは、飲み尽くされて転がる酒樽と、ネイラが上に乗って踊ったが為に壊れた机の残骸であった。
●白い世界で
息を潜めて気配を消して、どれくらいの時間、彼らはそこで待っていたのか。
一向に現れないモンスターに、自分達の存在を気付かれたのかと不安に思い始めた頃、暗闇に目と耳を澄ませていたアンジェリカがふと顔を上げる。
「‥‥来た」
言うや否や、彼女は詠唱を始め、小さな黒い猫に姿を変えて足音もなく店内へと滑り込んだ。
「来たようだな」
出入り口を確認していたリュウガ・ダグラス(ea2578)が小声で囁く。
「相手はグレムリンだが、気を抜かずにちゃっちゃと片付けちゃいましょう」
「そうだな」
懐の中に用意した小袋を確認して、ゼファーは小さく笑った。
「どうかしたか?」
「‥‥これを使わないで済めばよいのだが」
怪訝そうに尋ねたリュウガに、ゼファーが小袋を示す。
「掃除が大変だ」
笑いを堪えて肩を揺らすと、リュウガはすぐに表情を引き締めた。窓から差し込む月の光の中に、小さな子猫の姿がはっきりと見えたのだ。
子猫は、夢中で酒樽に首を突っ込んでいるグレムリンの傍らにまで近づいた。
樽の横には、ネイラが横たわっている。
1匹、2匹、3匹‥‥。
くるりと店内を見回し、グレムリンの数を確認すると、子猫はネイラの手を4回叩いた。すると、熟睡していたはずのネイラの手が、4本の指を立てて持ち上がる。
グレムリン達は気付かずに、機嫌よく酒を飲み続けていた。
転がっていた杯を一気に呷り、ぷはぁと美味そうに息を吐くもの。きぃきぃとけたたましい叫びをあげるもの。まるで‥‥
「そこらの酔っ払いと変わらんな」
呟いたモンドに、ソルティナがちらりと横目で見た。
「仲間意識でも感じたか?」
「シツレイな。俺はあそこまで酔いどれたりしないぞ」
どうだか。
心の内で突っ込みながら、ソルティナは時間を計り、自身にオーラエリベイションをかける。アンジェリカが元の姿に戻った時が、突入のタイミングだ。
黒い子猫が、一旦、彼らの隠れている間近まで戻る。ぐにゃりと崩れた子猫の姿が人の形を取り始めると、ソルティナとモンドは店内へと飛び込んだ。
同時に、倒れ伏していたネイラが跳ね起きて手近にいたグレムリンに掴みかかった。
数拍ずれて、裏口の扉が乱暴に開く。
「ホーリーフィールドを張った! だが、6分しかもたない。気をつけろ!」
飛び込んで来たリュウガと永萌の姿に、逃げ出そうとしていたグレムリン達が、身の危険を感じて攻撃に転じる。襲い掛かって来る爪を避け、オーラソードを掛けたソルティナの剣が1匹のグレムリンを貫いた。
「ソルティナさん、避けて!」
永萌の声に、ソルティナは咄嗟に身を伏せた。その背後、彼女を飛び掛ろうとしていたグレムリンが氷の円盤に吹き飛ばされる。永萌のアイスチャクラだ。
「今よ! トドメを!」
近くまで転がって来たグレムリンに、詠唱を終えたアンジェリカがビカムワースを放つ。すかさず、リュウガのブラックホーリーがグレムリンを襲った。
「おい、気をつけろ! 奴ら、姿を消すぞ!」
全体の状況を見つめていたモンドが、不利に陥ったグレムリンの変化に気付いて仲間達に注意を促した。姿を消されては厄介だ。ホーリーフィールドも、後幾らももたないだろう。
「任せろ!」
こうなれば後始末が大変だなんて言ってはいられない。
ゼファーが投げつけた小袋から辺り一面に粉が飛び散り、店内が白く染まる。
巻き添えを食らって咳き込む仲間達の中、口元を覆ったソルティナが素早く裏口の扉を塞ぎ、白い粉を被ったグレムリンを切った。
「これで何匹だ!?」
「3匹! 後は‥‥!」
振り返った栄萌の目の前、白い粉が舞って、扉がひとりでに開いた。樽か何かの陰に隠れ、目印の粉を被らなかったグレムリンがいたようだ。しかし、それも彼らの作戦のうち。
「行きました!」
開け放たれた扉の向こうに立つのは、片手に刀を提げた蒼羅だ。青白い月を背に立った彼の刀が、何もない宙を切り裂くかのように素早く振り下ろされた。
手応えはない。
だが、彼の耳は途切れた音を確かに聞き取っていた。
蒼羅の口から、小さな呟きが漏れる。その体が緑色の光に包まれた次の瞬間に、突如として起きた風が竜巻となって巻き上がった。
「よっ‥‥と」
モンドは酒樽を地面にどすんと据えると、竜巻が立つ空を見上げる。
数を数える間もなく、やがて大きな音と共にモンドが片手をついていた樽を衝撃が襲う。
「ご苦労さん」
薄い笑みを唇に乗せた蒼羅に親指を立てて、彼は樽に蓋をした。
●グレムリンビールと宣伝効果
「おねーさん、こっちにもビール」
「はーい‥‥って、何であたいがこんな事を‥‥」
「自業自得だな」
なみなみとビールを注いだ杯を手に、客の間をすり抜けたネイラのぼやきに、ゼファーが素知らぬ顔で返す。客は、店の真ん中に置かれた樽入りグレムリンを一目見ようと大騒ぎで、彼女達の会話を聞く者もいない。
「作戦だったろ! 何であたいだけが!」
予定外に脆かった為に机は壊れてしまったが、酒盛りも店の真ん中での囮行動も、彼女の考えたグレムリンを誘き寄せる罠だった。弁償させられるのは理不尽だと、ネイラは訴えたのだが‥‥。
「諦めなさい」
アンジェリカの素っ気無い一言に、両手にビールを持ったまま、ネイラはがくりと項垂れた。
「おねーさん、ビールまだあ?」
「はあい、ただ今」
ぱたぱたと走り去ったネイラを見送って、樽入りグレムリンの見張りを交替した永萌が口元に苦笑を浮べてソルティナの隣りへと腰を降ろす。
「忙しそうですね、彼女」
「仕方がありませんね。でも、これからどうします? あれ」
ソルティナの指す「あれ」が何であるのか問い直す必要などない。
「ビールに漬けてあるから、しばらくは大人しくしていると思うが‥‥」
「処分するべきね。悪魔を放置しておくなんて、絶対に反対よ」
きっぱりと言い切ったアンジェリカに、リュウガも頷く。
「一応はモンスターだしな」
「でも、店主が承知しないかもしれない」
ゼファーが視線で促した先には、笑いが止まらない様子の店主。
彼女が店の宣伝にと提案した「グレムリンビール」の名は、即座に採用された。だが、グレムリンの始末に関して、彼は言葉を濁したのだ。
グレムリンとの戦いを絶妙な口調で語り、客を沸かせるモンドに店で働かないかと持ちかけた店主の姿を、側で見ていた永萌もゼファーに同意する。
「しかし、このままと言うわけにはいきません。‥‥店でグレムリンが酒盛りしていた事は事実。自分の目で確かめた客が噂をばら撒くでしょうから、後はグレムリンの看板を作るとか、置物を置くとかして対処して頂くべきかと」
珍しく饒舌になっているのは、ビールの効用か。
そうだな、とリュウガは杯を置くと立ち上がった。
ネイラは処分に反対していたが、グレムリンは結構したたかなモンスターだ。簡単に手懐けられるものではない。
「我々とて、いつまでも見張っていられるほど暇ではない。今日いっぱいが限度だな」
結論を出した蒼羅に、仲間達は了解の意とお疲れ様を込めて杯を掲げ合った。