大切な宝物
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月08日〜05月13日
リプレイ公開日:2009年05月10日
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●オープニング
●探し物
「困りましたわ‥‥」
こぎれいな身なりをした少女が1人、キャメロット城の城壁沿いに何かを探しながら歩いていた。
城へと通じる主道からさほど離れていない場所だ。行き交う騎士や馬車からの奇異な視線を浴びせられて、少女は顔を真っ赤にし、泣きそうになりながらも必死になって草を掻き分け、繁みを覗き込んでいた。
「まあ、どうなさいましたの?」
近づいて来た車輪の音が止まり、そんな声を掛けられて、少女は半泣きの顔を上げた。
装飾も豪華な馬車から、1人の貴婦人が顔を覗かせている。御者が慌てて窘めるのにも頓着せず、貴婦人は馬車の扉を開けた。刺繍の施された柔らかな靴が地面に下ろされる。
「あ、あの‥‥」
「あらあら、大変」
手布で目元を拭ってやると、貴婦人は首を傾げるようにして少女の顔を覗き込んだ。しゃらり、と美しい黒髪を飾る宝石細工が澄んだ音色を響かせる。
「メリンダ」
「おじいさま。女の子が泣いておりましたの」
名を呼ぶ嗄れた声に、貴婦人は少女の手を取ったまま馬車を振り返った。
「わたくし、このままこの方を放っておく事は出来ません。騎士として」
その一言で、少女は弾かれたように顔をあげた。
どこからどう見ても大切に育てられ、柔らかで美しい物に囲まれて育ったようなこの貴婦人が、騎士?
驚いた顔で自分を凝視する少女に気付いたのか、貴婦人は茶目っぽく片目を瞑ってみせた。
「ええ。わたくし、これでも騎士ですのよ。メリンダ・エルフィンストーンと申します。以後、お見知りおきを」
「エルフィンストーン‥‥。伯爵家の!?」
慌ててドレスの裾を持ち上げ、頭を下げようとした少女に、メリンダはくすりと笑って、それを止めさせた。
「そのように改まられるのは好きではありませんから、どうか、普通に話して下さいな。‥‥でも、エルフィンストーンをご存じという事は、貴女はお城に勤めておられる方?」
エルフィンストーンは地方に住まう伯爵で、高齢を理由になかなか所領から出て来ない。それ故に、キャメロットでもさほど名は知られていないのだ。
「は、はい。王妃様にお仕え致しております小間使い見習いで‥‥。本日、王様と王妃様がエルフィンストーン伯爵とお会いになられる予定だとは伺っておりました」
畏まってしまった少女の肩に手を引いて、メリンダは「そうなの」と微笑んだ。
「最近、色々と物騒でしょう? ですから、おじいさまに代わって、わたくしがお城にあがり、許されるのであれば王妃様のお側でお護り出来ないかとお願いにあがるのよ」
どこかもかしこも手を抜く事なく磨き上げられた優しげなこの貴婦人が、騎士として王妃様のお側に立つ姿を想像して、少女はうっとりとしながらメリンダを見上げた。
「それで、貴女はどうして、こんな所で泣きそうになっていらしたの?」
は、と我に返って、少女は慌てふためいた。
突然に現れた美しい娘騎士に見惚れてしまって、大切な事を忘れる所だったのだ。
「あ! 私、王妃様の大切なお品を風に飛ばしてしまって‥‥!! どうしましょう!! 早く探さなくては!!」
赤から青へと一気に顔色を変え、再び地面に這いつくばろうとした少女を、メリンダは優しい手つきで制する。
「わたくしに良い提案がございますの。聞いて頂けまして?」
●少女の依頼
手布を探して欲しい、という依頼が冒険者ギルドに届いたのは、太陽が沈みかけた頃だった。
若く美しい貴婦人に伴われてやって来た少女は、おどおどと怯えながらも依頼の羊皮紙を受付へと差し出す。
「お‥‥お願いです。風に飛ばされた手布を‥‥探すのを手伝って下さい。とてもとても大切な手布なのです」
手布と言われても、と困惑しつつ、冒険者達は顔を見合わせた。その気配を感じたのか、途端に泣きそうになる少女の足りない言葉を補うように、貴婦人が話を継いだ。
「キャメロット城の中から風に攫われたそうですから、そう遠くまで飛んではいないと思います。また、その辺りは見回りの兵や行き来する貴族や騎士達が多く利用する道筋で、謁見に訪れる一般の者達は別の道を使いますから、誰かに拾われて持ち去られる可能性は低いでしょう」
流れる水のごとく滔々と語る貴婦人に、「だが」と口を挟む者がいた。
「飛ばされた場所が分かって、一般人に持ち去られる可能性は低いとしても、手布なんざ、いくらでもある。似たようなもので代わりにならないのか?」
その方がギルドに頼むよりも安くつくだろう。
そう提案した冒険者に、少女はぶるぷると首を振った。
「駄目です! あの手布に代わるものなんてありません!!」
「‥‥美しい刺繍が施された手布だそうです。意匠は」
貴婦人は考え込んだ。
「‥‥そうですわね‥‥戦いの勝利し‥‥神の祝福を受ける騎士‥‥でしょうか」
言葉を選びながら答えた貴婦人に、なおも冒険者は疑問をぶつける。
「それって手布って言うのかよ。って言うか、そういうものなら、一般人じゃなくとも誰かに拾われているかもしれないぞ」
「そんな‥‥」
大きな瞳から、ぽろぽろ涙を零し始めた少女に慌てふためく冒険者達を尻目に、貴婦人は彼女の目元を拭い、改めて冒険者へと向き直った。
「誰かに拾われているとしたら、その手布は持ち主の元に戻っているはずです。ですが、まだどこからも届けられておりません。という事は、手布はまだキャメロット城の城壁近くのどこかにあるはずです。木の枝に引っ掛かっているか、繁みの中に落ちているか‥‥。可能性は低いですが、刺繍の意匠に気付かず、誰かが持ち去ったという事も有り得るでしょう。どうか冒険者の皆様、彼女の為にも力を貸して下さい。
美しい貴婦人に膝を折られ、可憐な少女に涙ながらに頭を下げられては断るにも断れない。
「まあ‥‥海辺で1粒の砂粒を探すよりゃ、手掛かりもあるし、何とかやってみるか‥‥」
少女の表情が見る間に明るくなっていったのが、唯一の慰めだ。
深く溜息をついて、冒険者は依頼状を手に受付台へと向かった。
●リプレイ本文
●それぞれの事情
笑顔で彼らを迎え入れてくれたのは、エルフィンストーン伯爵家のメリンダ嬢。お嬢様然とした容貌からは想像もつかないが、歴とした騎士である。
‥‥などと言う事を出されたお茶を頂きながら話していたら、冒険者も同じだと笑われてしまった。
確かに、とゼノヴィア・オレアリス(eb4800)は伯爵家を訪ねた面々を見回して苦笑する。
「わたくし、ギルドに伺うまでは「冒険者」は筋骨隆々とした男性ばかりだと思っておりましたもの」
香草茶のカップの縁を指で撫でながら、メリンダは微笑んだ。
「でも、皆様が協力して下さるならば、きっと見つかりますわね。あの子‥‥ロミーもこれで安心するでしょう」
大切な手布を無くしてしまった少女は、今も時間さえあれば手布を探して回っているという。
「すっかりやつれてしまって‥‥。王妃様にまで心配されてしまったとか」
溜息をついたメリンダに、トゥ(ec2719)が口を開いた。依頼人の少女がそんな状態だと聞けば、今すぐにでも探しにいかなければと、気が急いてしまう。
「それで、あたい達は詳しい話を聞きに来たんだよ。色々と協力もして欲しいし」
「勿論です。わたくしに出来る事なら、何でもするつもりですわ」
では、と身を乗り出したのは姜珠慧(eb8491)だ。
「あの、手布を飛ばしてしまった場所に入れて貰えるのでしょうか? 同じぐらいの布を飛ばしてみると、色々分かる事があるかも‥‥しれません‥‥し‥‥」
言葉がだんだんと小さくなって行くのは、自分のお願いをきくのが伯爵令嬢でも大変な事だという事に気付いたからだ。
手布を飛ばしてしまったのは王城の中。それも、王妃付きの小間使い見習いの少女がいた場所だ。一般人はおろか、登城を許された者達でもなかなか立ち入る事が出来ない場所かもしれない。
案の定、メリンダは困った顔をして頬に手を当てた。
「そうですわね。もう一度試したら、何か手掛かりも見つかるかもしれませんけれど、でも‥‥」
「察するに女の園‥‥」
それも、高貴な花々が咲き誇る園。
ルチア・シビル(ec4683)の端的な言葉に、メリンダは肩を竦めて頷いた。
「そういう事ですわ。‥‥でも、ロミー自身が再現する事は出来るかもしれません」
ぽん、とルチアが手を打つ。
「じゃあ、それである程度の方向とか絞れますわね」
珠慧とルチアが顔を見合わせた。見えて来た可能性と、明るくなった彼女達の表情に嬉しくなって、トゥも小さく手を叩く。
「こらこら、喜ぶ前に、まだまだやる事が沢山あるでしょう? まず」
笑いながら釘を刺したゼノヴィアの言葉を遮るように、バジル・レジスター(ec6406)がぴょんと椅子から飛び降りて、両手を挙げた。
「ばんざーい! これで今月の家賃は大丈夫だぁ〜!」
「「「「「‥‥‥‥」」」」」
黙り込んだ女5人。
中には、そっと目元を拭う者もいる。
「あの、余計な事かもしれませんが、侮辱してしまう事かもしれませんが、もし生活が苦しいのでしたら、当家での住み込みのお仕事がございますから‥‥」
「メリンダさん、どうかお気になさらず」
こほんと咳払って、ゼノヴィアは仲間達を見回した。
「ともかく、ロミーさんに再現をお願いする前に調べる事は調べておきましょう?」
●女の子の常識
メリンダに用意して貰った王宮女官と衛士の制服を身につけ、彼らは繁みの中を一通り確認して回った。
「確かに、ここは一般の人はあまり立ち入らないようですね」
行き交うのは貴族の馬車と城を守る兵士達。たまに街へ出るらしい女官が通るぐらいだ。
繁みを掻き分けながら、珠慧は「でも」と言葉を続ける。
「一般道からそんなに離れていませんから、誰かが持ち去った説も捨て切れませんわ」
「ロミーさんから聞いた話だと、その日はお天気が良くて、気持ちの良い風が吹いていたそうよ」
高くそびえる城壁を見上げながら、ゼノヴィアが呟いた。
「でも、それほど強い風でもなかったみたい。だから、ロミーさんは洗った手布をお日様で乾かそうとしたの」
「大切な手布を洗ったの? 凄い刺繍入りの手布を?」
問うて見上げて来たバジルに、そうよと笑み返す。
「多分、その手布の刺繍は出来上がったばかりだったのよ。だから、軽く水で洗って、こてを当てようとしたのね」
不思議そうな顔をしたバジルに、珠慧が説明を引き継いだ。
「凝った図案だと、どうしても時間が掛かってしまいます。ですから、完成した時には、どこかに皺が出来ていたり、布がよれていたりしてしまうのです」
頷いて、ルチアが付け足す。
「だから、水で洗って、こてを当てる。そうすれば皺も布のよれもマシになるのよね」
「???」
さも当たり前という顔をして説明してくれる女性陣に、バジルは首を捻った。彼女達は、いつの間にこんな事を調べて来たのだろう?
一緒に調査をしていた間、そんな事を調べている様子はなかったのだが‥‥。
「皆、そんなとこまで調べてたんだね」
凄いねぇ、と感心するバジルに、女性陣は弾けたように笑い出した。
「?????」
「んー‥‥そうねぇ。そのうち、あなたにも刺繍の入った手布を贈ってくれるコが現れるといいわね」
んふふ、とバジルの頭を撫でたゼノヴィアに、袖口で口元を隠して頬を染めた珠慧も意味ありげに頷く。
「‥‥よくわからない」
「ま、今はそれでいいのではないかしら」
ぽんと肩を叩いたルチアを、バジルは上目に見た。
「それに、何か変な気がする‥‥」
「何が?」
むぅ、とゼノヴィアに撫でられた頭に手を置くと、胸のうちでもやもやしている疑問を吐き出す。
「僕はいつも、突っ込みを入れる立場なのに、今日は違う」
「それは簡単な事ね」
ルチアは口元を引き上げた。
「ボケる者が1人もいない今回の仲間達の中で、いじられるのはだぁれ?」
無情な真実に気付き、愕然となったバジルを残して、ルチアは更に調査を続けている仲間達の元へと歩み寄った。
●風を追って
「楽しそうだったね。何かあったの?」
息を切らせて駆けて来たトゥに、「後でね」と片目を瞑ると、ゼノヴィアは首尾を尋ねた。
「ばっちり! そろそろロミーの姿が見えるんじゃないかな」
幾重にも囲まれた壁の向こうに微かに覗く塔を指さし、トゥは依頼人の姿をみつけるべくぴょんぴょんと跳びはねる。
やがて、周囲の様子を窺いながら小さな布を振る依頼人の姿が壁の合間に垣間見えた。彼女の手から離れた布が風に舞いながら落ちていく。それは一度、壁の上に落ちる。
だが、あっと思う間もなく再び風に運ばれて、彼らが佇む城壁近くまで飛んで来た。
「なるほど。その日もこんな風に落ちて来たんだね」
トゥは布が落ちたあたりへと歩み寄ると、繁みを慎重に掻き分ける。繁みの中に布はない。となると‥‥。
ゼノヴィアは深緑の葉をつけた枝に手を伸ばした。他の枝が邪魔になってよく見えないが、白い布の端が枝と葉の合間に見え隠れする。
「という事は、その日も木に引っ掛かった可能性が高いというわけですね」
それならば、とルチアは木の1本に手を当てた。ぼぉと茶色の光を帯びた彼女が何をしているのかは一目瞭然だ。
「木が覚えてる。しばらくそこにあったけど、また風に吹かれてあっちの方に飛んでったみたい」
得た情報を総合して伝えたルチアに、今度は自分の番だとトゥが懐から金貨を取り出す。
「あの木から飛んで行った布は、今何処にあるの?」
太陽に翳した金貨が反射する光が、仲間達の目を打つ。その間にも、トゥは太陽から有用な情報を得ていた。
「あっちって、そんなに遠くないみたいだよ」
トゥが指さしたのは、彼らがいる場所から王宮の周囲を警護する衛兵が詰めている詰所の近くだ。だが、迷っている場合ではない。ようやく得た手掛かりなのだ。
「何者だっ!?」
突然に現れた彼らに、当然の如く怒声が浴びせかけられ、何人かの衛兵が飛び出して来る。それを押さえたのは、ゼノヴィアとバジルだった。
「ごめんなさいね。でも、少しだけ見逃して下さらないかしら?」
「僕達、大切なものを探しているんだ。だから、お願い!」
美女と少年のお願いと、枯れ葉や蜘蛛の巣を頭につけ、枝で着けた引っ掻き傷や泥だらけで懸命に何かを探している少女達の姿に、衛兵も力づくで排除する事を躊躇ったようだ。成り行きを見守るように、彼らを遠巻きにする。
「ある。この木が持ってるって!」
ルチアの指さした木に、珠慧は荷の中からロープを取り出した。どうする気かと尋ねる必要もない。ロープの先に石を括り付け、くるくると回し始めた。そのまま軽く放り投げると、それは木の一番太い枝に見事に巻き付いた。
おお、と見物していた衛兵から歓声があがる。大道芸を見ているような彼らの雰囲気に、珠慧はくすりと笑う。
その後は簡単だった。
●笑顔のお礼
「本当に本当にありがとうございます」
ぽろぽろと零しながらも嬉しそうに笑うロミーに、トゥは木の上の方に引っ掛かっていた手布を差し出した。
手布には、戦いに勝利し、神の祝福を受ける騎士の刺繍が入っている。誇らしげな騎士の髪の色は赤だ。
何日も木の上に晒されていたのに、さほどの汚れもない。
何度も何度も振り返って礼を言いつつ、メリンダと共に城へと戻っていく依頼人の姿を見送って、ルチアは大きく腕を伸ばした。
「たまにはこういう依頼もよいものね」
殺伐とした依頼に埋もれがちではあるけれど、戦いとは関係の無いところで困っている人達からの依頼もある。
ロミーの依頼は、それを思い出させてくれたような気がした。
「本当ね。御礼も頂いたし、これで家賃どころかご馳走も食べられそうね?」
揶揄するゼノヴィアの言葉に、バジルが顔を真っ赤にして猛烈に抗議する。じゃれ合う姉弟のような彼らの姿に、仲間達からも笑みが零れる。
不穏な言葉ばかりが飛び交うようになったギルドに舞い込んだ小さな事件は、そんな風にして終わりを告げた。