【黙示録】目覚めしもの

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:8 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月16日〜05月26日

リプレイ公開日:2009年05月21日

●オープニング

●呟き
 最奥の岩の上に静かに降り立ち、彼は吐き捨てるように呟いた。
「最後の最後で生にしがみついたか。使えない奴らだ」
 だが、と彼は靴先で岩を突く。硬い音が洞窟内に微かに木霊する。
「ここまで綻んでいるならば‥‥後一押しというところか」
 自ら望んだ贄でなくとも、構うまい。
 血は血に変わりないのだから。

●再度の依頼
「また、あの村からの依頼?」
 洞窟での自殺を思い留まらせて帰って来たばかりだというのに、その洞窟に関わる依頼が再び届いていた。冒険者が驚くのも無理はない。
 彼らが村を去った後すぐに、何かが起きて、村人が慌てて速シフール便を使ったらしい。
「今度は一体何なんだ?」
 アニュス・ディと呼ばれる集団からやって来た数人の男女は、絶望に満ちた世界を救う為に自分達を犠牲にしようとしていた。
 それは間違っていると教え諭して、彼らは命を絶つ事を止めた。それだけでは駄目だったのか?
 冒険者は素早く依頼状に目を通した。
「‥‥今度はデビルだと?」
 彼らが去ったすぐ後に、洞窟にデビルが現れたのだと村人は綴っていた。
 それも、相当数のようだ。
「確認出来たデビルは、外見の特徴からしてインプやグレムリン、アガチオン‥‥それほど厄介な相手ではないが、団体となると話は別だな」
 そのデビル達が、あの狭い洞窟の中でひしめいているという。自殺者が思い留まった次はデビルだ。村人達も動揺している事だろう。
「狭い洞窟にデビルうじゃうじゃか。依頼状によると、洞窟から出て来た何匹かが村人を連れ去ろうとしたらしい。その時は、村の助祭が聖水をかけて追い払ったようだが」
 かの村の助祭は教会から正式に任じられた者でない為、それ以上の働きは期待出来ない。
 村人と助祭が前以上に必死になって助けを求めているのが、殴り書かれた依頼からも分かる。
「しかし、洞窟の中で戦闘は危険だぞ。狭いと言っても、壁が押し迫っているとか天井が低いというわけではないが、あの洞窟は‥‥」
 洞窟は、もともとは何かの遺跡だったらしい。地震か何かが起きて、遺跡の柱が崩れるか何かし、その上に土やら岩やらが積み重なって洞窟となったと推測される。岩盤は固いが、その上に堆積したものは脆く、崩れる危険もある。
「だが、デビルが現れ、村人に危険が及んでいる以上、放っておくわけにもいくまい」
 内部と周囲の調査は済んでいる場所だ。
 状況判断さえ誤らなければ、さほど難しい依頼ではない。
 ーーーーーそう、ただのデビル退治の依頼であるならばーーーーー。

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec5421 伏見 鎮葉(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●防御
 かん、と小気味良い槌の音を響かせて、ファング・ダイモス(ea7482)は額の汗を拭った。問題の洞窟ーー遺跡の近くは特に頑丈な仕掛けを施した。これならば、万が一の時には村人が避難する時間が稼げるだろう。
「ま、こんなものですか」
 ある程度、形になった村の防御壁の強度を確認して、満足そうに頷いたファングに遠慮がちな声が掛けられる。
 振り返ると、村の娘が2人、布を被せた籠を手にして俯きながら立っていた。
「お、お腹が空いたんじゃないかと思って」
「こっちは飲み物っ」
 それぞれに籠をファングの腕に押し入れると、娘達は顔を上げる事もなく走り去って行く。
「あっ、‥‥りがとうって、言わせて貰えないぐらい嫌われてるんですかね。やっぱり。顔を上げてもくれなかったし」
 溜息をついたファングに、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は堪えきれないと笑いを爆発させた。
「ベアトリスさん?」
 何故笑われているのか分からなくて、ファングは困惑の表情を見せた。
「まったく。そんなんじゃ女の子にモテやしないよ?」
 ぐさりと突き刺さる一言にファングが怯んだ隙に、ぺちんとその肩を叩く。
「ま、1つだけ教えてやれるとしたら「これ」だね。年頃の娘の前でこんな格好してたら、恥ずかしくて顔も上げられないのは当然だろ」
「あ」
 途中で暑くなって、上だけ脱いだのだ。慌てて上着を探すファングに、ベアトリスは肩を竦めて、彼が作った柵に寄り掛かった。
 ジャイアントである彼女が体を預けてもびくともしない。頑丈な柵だ。
「いい出来だ。村に侵入するデビルもある程度防げそうだね」
「ある程度、ですけどね。もう少し、手が打てると思っていたのですが」
 ファングが自嘲めいた笑みを浮かべたのは、彼が手配したもう1つの策が成果を上げなかったからだ。
「モードレッド卿の伝手を頼って、この地を治める方に協力を依頼したのですが‥‥」
 返って来た答えは聞かなくとも分かった。ベアトリスが相談を持ちかけた教会の答えも同じだったからだ。
「仕方がないさ。全部に手を回していたんじゃ、ご領主様も教会も堪ったもんじゃない」
 そうですね、と力無い相槌を打って、ファングは籠の布を取った。
 娘が焼いたのだろう。香ばしい焼きたてのパンの匂いに、ファングの腹が正直に鳴る。そして、食欲を凌駕する程に沸き上がって来たのは、村をデビルから護りたいという熱い思いだった。
 同じ頃、伏見鎮葉(ec5421)とシャロン・シェフィールド(ec4984)も村の広場へと降り立っていた。
 真っ白い天馬に乗った2人の姿に、子供達が歓声を上げて駆け寄り、大人も物珍しそうに家から出て来る。
 南方において冒険者は微妙な立場に置かれているが、村人の態度は以前と変わらず「村を救いに来てくれた冒険者さん」に対するものだ。
「ここまで歓迎されると、逆に疑ってしまいそうだね」
 はは、と乾いた笑いを空に向けて、鎮葉が呟く。他の村々での冒険者の扱いは、相変わらず侵略者やモンスター並みだ。遠巻きに監視される居心地の悪さを思い出して、シャロンも苦笑する。
「でも、私達を信じて下さっているのですから、その期待に応えたいです」
 迷いもなく真っ直ぐに語るシャロンに、鎮葉はひらと手を振った。
「そーね。じゃあ、ここは任せるから」
 善良そうな村人達はシャロンに任せて、アイツの気配を追う。
 辺鄙な村だ。余所者の出入りは目立つだろう。洞窟での自殺者が相次いでいたのだから、村人も神経質になっていたはずだ。
「‥‥今度は何を企んでるんだろうね?」


●夜半の罠
 作戦決行を真夜中にと定めたのは天城烈閃(ea0629)だった。何よりも村人の安全を優先すべきだが、だからと言って敵が襲って来るのを大人しく待つ必要はない。
 闇の中、息を殺して洞窟を窺う。
 ベアトリスが用意した酒樽でグレムリンが数匹、勝手に酒盛りを始めていた。洞窟の中では、複数の何かが蠢く気配がある。
「どうだい? 烈閃の坊主」
「‥‥今のところ、人の気配はないな」
 洞窟の中に捕らえられた村人はいないという事か。
「助祭の旦那も死に物狂いで頑張ったって言ってたしねぇ」
 冒険者が到着するまでの間、正式な任命を受けていない助祭が、それこそ命がけで村を守っていたのだ。
「でもおかしくない? さっきから姿を見せるのは雑魚ばっかなんだけど」
 指に嵌めた石の中の蝶は、デビルの群れに反応して騒ぎっぱなしだ。これでは中に大物がいたとしても分からない。むぅと眉を寄せた鎮葉の隣で、烈閃が刀に手を掛ける。
「これだけのデビルが何の理由もなく、誰の命令もなく突然に集まったとは考え難い」
 その「誰か」は洞窟の奥に潜んでいるのだろうか。
「禁忌を犯して自ら命を絶たせる事がデビルの策略だとすると、その目的は何だろうねぇ、嬢ちゃん」
「‥‥遺跡は他愛ない伝承が残っていたけど、何もない場所だった。共通しているのは、巨大な石が幾つも並べられ、重ねられた遺跡で‥‥」
 言葉の途中で鎮葉が黙り込む。
 何かが引っ掛かった気がした。
「巨大な石の遺跡‥‥、崩れて洞窟と化した遺跡‥‥」
 下等なデビルがひしめく洞窟は、さほど広くはない。だからこそ、自分達は戦いの手段を慎重に選んだのだ。出来る限り、血を流さぬようにと。
「何故、村人が襲われたんだろう?」
 他の遺跡では、アニュス・ディの連中が自ら命を絶つだけだったのに。
「‥‥まさか」
 烈閃は、自分達が辿った道を振り返った。
 鎮葉の言わんとしている事に気付いたのだ。
「村へ戻るぞ!」
 鎮葉もベアトリスも頷いて、来た道を急ぎ足に戻り始める。足音を消した早足が、やがて全力疾走へと変わるのに、そう時間は掛からなかった。

●襲撃
 避難場所へと集まる村人を確認して、雀尾嵐淡(ec0843)はシャロンと頷きを交わした。
「大丈夫ですよ。ここはエーリアルが守ってくれています」
 純白の天馬の張った聖なる結界の中で、シャロンは湯に溶かした桜根湯を年寄りを中心に配る。万が一を考え、毒消しと気を落ち着かせる意味を込めての事だ。
 結界の外では、ファングと嵐淡が逃げ遅れている者達を守りつつ、襲って来るデビルを退けていた。
 力のあるデビルはいない。洞窟から出て来た連中だろう。
「でぇぇぇぃっ!!」
 まとめて一刀両断しながら、ファングは周囲を素早く確認した。
 これがいつもの襲撃ならば問題はないが、敵は冒険者が来ている事を知っているはずだ。
「嵐淡さん!」
「今、探っています」
 デビルの群れをホーリーで吹き飛ばして、嵐淡は逃げ遅れた母子を連れて避難所まで駆ける。シャロンの援護射撃を受けて、避難所まであと少し、と言う所で嵐淡は息を呑み、背後を振り返った。
 見張り台の上に降り立った男のつがえた矢が、迷いなく母子に向けて放たれる。シャロンが結界を飛び出すのと、嵐淡が母子を庇うのとはほぼ同時。そして、矢が嵐淡の腕を貫いたのも。
「くぅっ!?」
 痛みと同時に痺れが走り、嵐淡は膝をついた。
「嵐淡さん!?」
「嵐淡!」
 悲鳴のようなシャロンの叫びと、洞窟から駆けつけた仲間達の声が重なる。
「貴様か」
 ぎり、と烈閃の歯が鳴る。
 男を睨み据え、刀を抜きはなった烈閃の腕に手を掛けると、鎮葉は小声で囁いた。
「あいつは目論みが外れたから力押し、なんて可愛げがある奴じゃないよ」
「分かった。だが、人々の心を弄んだ報いは受けて貰う!」
 刀を構えたまま小走りに距離を詰める。男は烈閃や鎮葉らの怒りを嘲笑ったまま、再び弓を構えた。今度は矢をつがえぬままに弓弦を弾く。乾いた音が響くと同時に、男の周囲にいたデビル達が勢いづいた。
「っ!」
 痺れて動かない手を必死に伸ばす嵐淡に気付いて、シャロンが転がっていた法王の杖を握らせた。苦しげな祈りの言葉が彼の口から漏れる。相当に辛いのだろうか。額に脂汗を浮かべながらも術を使おうとする嵐淡の体を支えながら、シャロンも聖なる母に祈りを捧げた。
 だが、デビルの矢によって全身が麻痺した嵐淡には、ホーリーを1度だけ撃つのが精一杯だった。
 エーリアルの張る聖結界に彼を運び入れて、シャロンは結界の外を囲むデビル達へと次々と矢を放つ。 
 狂ったように攻撃して来るデビルの勢いに、防戦一方となった彼らが長い戦いを終わらせたのは朝日が昇る頃であった。

●目覚め
 小賢しい冒険者達は、死骸の穢れが大地に染み込む前に全て片付けてしまった。最後の一押しは奴らにさせるつもりだったが、仕方があるまい。
「来い」
 駆けつけて来た小物達を冷たい目で見回して、彼は手を一閃させた。
 洞窟の壁に飛び散る体液。最後の一匹までもを屠り尽くして、彼は待った。
 岩に染みて行く体液と、それによって撒き散らされる穢れが、綻びから「中」へ染み入る時を。
「‥‥わしの眠りを妨げた覚悟は出来ておるじゃろうな」
 ひんやりとした刃が喉元に当てられて、彼は瞠目した。
「その時」を待っていた彼でさえも気付けなかった。
 いつの間にか、背後に気配がある。研ぎ澄まされた刃のような、野生の獣のような、鋭い気配だ。
「私ではない。祈りは聞こえていなかったのか。血と戦いの気配は。‥‥ここに転がっているのは、私の部下達だ」
 刃を突きつけた気配が、すぅと更に冷えていく。
「つまりお前は敗軍の将というわけじゃな」
 計画は覆された。奴らに敗れたには違いない。喉の奥で笑って肯定する。
 彼の首に一筋の傷を残して、刃が外された。腰に吊した鞘に短剣を戻すと、深く息をつく。
「目覚めてしもうたものは仕方がない。だが、目覚めさせてくれた者達に礼をせねばな」
 何もない闇の中から現れた槍を手に取り、洞窟の外へと向かって歩き出した。
「名を聞いてもいいか」
 問うたオレイに、細身の影が足を止めた。
「スカアハ。昔、親しんだ者達はそう呼んでおったわ」