【黙示録】死せしものの宴
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■イベントシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:32人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月25日〜05月25日
リプレイ公開日:2009年06月04日
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●オープニング
●狂い
まったく、と忌々しそうに舌打ちして、彼女は眼下に群れる冒険者達を見下ろした。
折角、お膳立てしたものが水の泡ではないか。
このままグリフォンを駆って、やつらを狩ってやりたい衝動を抑えながら、彼女は寸でのところで思い留まった。計画が狂った原因はやつらが作ったものだが、そう「した」のはやつらではない。
「‥‥いつか見ているがいい」
心の中、何千、何万回繰り返したか分からない想像で己を宥めながら、彼女はグリフォンの手綱を引いた。
●消滅せし者
突然に現れたデビルの軍勢に、後方の小さな救護所を護っていた冒険者達はすぐに己らが置かれた状況が不利である事を悟った。
戦線が拡大した為に、傷の手当てや簡単な補給を受けられるべく設けられた簡易の救護所だ。ろくに武器も無ければ、戦える者も少ない。何よりも、今は戦いで負った傷が深く、本隊の救護所まで運ぶこともままならない怪我人がいる。
「誰か! 本隊に連絡を! 至急、 救援を請うんだ!」
飛んだ指示に応え、無茶を承知で駆け出した冒険者の姿が揺らいだかと思うと、彼は一羽の黒い小鳥に姿を変えた。
「伝令に出るなら、その姿の方が早く着けるんじゃなくて?」
くすくすと笑いながら姿を現したのは、体の線がはっきりと分かるきわどいドレスに身を包んだ女。
「途中で怖い獣に襲われたり、間違って仲間に撃ち落とされたりしないようにね」
小さな簡易救護所をぐるりと囲んだのは、死人の群れだ。腐り、骨と化した者達の中で、女は異彩を放っていた。
「あら? 思っていたよりも少ないのね。つまらないわ」
震えながらも負傷者を護ろうとする少女冒険者へと腕を伸ばす。聖なる母への祈りを呟いた少女を鼻で笑って、女はその柔らかな頬を手でなぞった。
「無駄よ、お嬢さん。どうせあなたに出来る事は怪我したお馬鹿さん達を癒すぐらいよねぇ?」
もう片方の手で、少女が固く握り締める手を力づくで開かせる。
銀色の十字架が、地獄の大地へと落ちる。
「まあ、綺麗な目ね。私、綺麗なものは好きよ。踏みにじってやりたくなるの」
鋭く磨き抜かれた爪が、少女の目もとへと当てられた。
「このっ! デビルめっ!」
救護所の護りについていた数人が、それぞれの武器を手に一斉に女への攻撃を開始した。しかし、少女には当たらぬよう細心の注意を払った攻撃は、女まで届かなかった。
腐った腕がぼとりと落ち、骨を砕かれてもなお、死人の壁が冒険者達を阻む。
「ちくしょうっ!」
戦線はディーテ城砦や荒野、ゲヘナへと集中し、後方への襲撃は格段に減った。万が一の為の準備もして、安全を確保したと思っていたのが油断に繋がったのか。歯ぎしりする冒険者達を嘲笑いながら、女は少女の瞳に爪を近づけた。
恐怖のあまり声も出せず、だが負けはしないと、震えながらも気丈に女を睨みつける少女に、満足そうに笑む。
「素敵。心の強い子なのね。気に入ったわ。だから」
見る間に少女は小鳥へと変わっていく。少女だった名残は、羽根の色が着ていた服の緑色をしている事だけだろうか。
「バラバラにしてあげようかとも思ったけど、気に入ったから止めるわ。私の小鳥さん」
何かを訴えるように必死に鳴き続ける小鳥を鷲掴みにして、囀る嘴を指で押さえる。
「すこーし、静かにしていて頂戴。ここの冒険者達を全部片付けたら、綺麗な籠を用意してあげるわ」
それでも、小鳥は女の手の内で藻掻いた。
細い爪で、嘴で、女に抵抗する。
「悪い子ね。あんまりおいたが過ぎると‥‥」
愛しむように小鳥を撫でていた手にぎゅっと力が籠もる。か細い声で一声鳴いて、小鳥はかくりと首を折り、力を失って地面へと落ちた。
「折角、可愛がってあげようと思ったのに。あなたが悪いのよ?」
「アンドロアルフェス」
不意にかかった声に、女はびくりと体を震わせた。
死人が空けた道をゆったりと歩いて来るのは、緑色の甲冑を身に纏った騎士だった。兜を脱ぐと、艶やかな黒髪がさらりと肩から背へと流れる。
「遊んでいないで与えられた仕事をなさい。何の為に甦ったと思っているの」
「分かっておりますわ、ムールムール様」
ムールムールと呼ばれた女騎士に恭しく頭を下げたアンドロアルフェスは、ぎらつく目を救護所内の冒険者達に向けた。
「私にとっても、冒険者は憎い敵でございます。この体を貫いた剣の痛み、倍にして返してやらねば気が済みませぬ」
「その為にも、1匹でも多く冒険者を屠りなさい。後方の巣を全部潰せたなら、お前の望み通り、地上へ、イギリスへ出してあげる」
薔薇薫る園で最後に見た光景。
勝ち誇った冒険者と、そして1匹の小鳥。
自分が消えていくにつれて、人の姿を取り戻していった、あの憎々しい白い花。
「心得てございます。必ずや、ご期待通りの成果を上げてみせましょう」
鷹揚に頷いて、ムールムールは簡易救護所を取り囲む死人を見回した。
「多少減っても、補充は出来るでしょう」
それも、より強い死人が。
薄い笑みと共にムールムールが呟いた言葉が何を意味していたのか、救護所の中の冒険者達が知る事はなかった。
●リプレイ本文
●異変
その異変に、彼らが気付き始めたのは、ほぼ同時だったようだ。
だが、真実の確認と、対処の為に彼らが動き出すよりも、デビルの動きの方が少しばかり早かった。
「小鳥‥‥このような場所で?」
視界を過った小さな小鳥の姿に怪訝そうに眉を寄せたエスリン・マッカレル(ea9669)は、次の瞬間、息を飲んだ。
羽根と鋭い爪を持ったデビルが、彼女の目の前で小鳥の体を引き裂いたのだ。
「なんとむごい‥‥」
地獄で行われて来た残虐で凄惨な日常の一部‥‥いや、それにも満たない、デビル達にとっては当たり前の行動。それは分っている。どころか、もっと残酷な場面を幾度も見て来た。
いい加減、感覚も麻痺して来ていたはずなのに、小さく愛らしい小鳥の死はエスリンの目に鮮明に焼き付いた。こみ上げて来る怒りと悲しみに声を震わせたエスリンは、ふと疑問に思った。
地獄で小鳥など、今まで見かける事はなかった。では、あれは何だったのだろう? そこまで考えて、凍りついた。過去の記憶がふいに蘇って来たのだ。
「まさか」
浮かんだ考えを即座に打ち消し、それでも消えぬ不安に彼女はティターニアの向きを変えた。
同じ頃、後方の各救護所を回っていたやフィーネ・オレアリス(eb3529)、アレーナ・オレアリス(eb3532)、シェリル・オレアリス(eb4803)も救護所の異変に気づいていた。
「ねえ、たしか、この辺りでしたわよね? アレーナ」
簡易救護所だったらしい跡は残っている。けれど、そこに人の気配はない。
「移動でもしたか」
閑散とした救護所跡地に残された椀や薬、食材。打ち捨てられたようなその状況から考えて、ただそこから移動しただけ、ではなさそうだ。
「ママン」
救護所の様子を確認してまわっていた娘達がシェリルの側に戻って来た。その表情からは笑みが消えている。彼女達も、何かを感じ取っているのだろう。それでも、シェリルは娘達に油断しないで、と注意を促す。冒険者である前に母親として。
こくりと頷いた娘達に微笑みかけて、シェリルは呪を唱えた。彼女が感知出来る範囲には悪魔も不死者もいない。しかし、この状態は何かがおかしい。
「フィーネ、アレーナ、別の救護所へ向かいましょう。何だか胸が騒ぐわ」
険しい表情の彼女達が無人の救護所を後にしてから数刻後、地獄に設置された監視台から異変を知らせる合図が発せられる事となった。
●共に戦う者
前線の状況を考えると仕方のない事だが、物資不足はきつい。
ろくに食事も出来ず、怪我をしても薬もない。そんな状態では士気は下がる。
そう判断して、伏見鎮葉(ec5421)は後方から物資を運んで来る事を決断した。戦いが激化している今、一番近い味方の陣へ向かうだけでもかなりの危険が伴う。1人で行動するのは危険だ。共に行くのはシャロン・シェフィールド(ec4984)とジルベール・ダリエ(ec5609)、琉瑞香(ec3981)の4人‥‥だったが、カイ・ローン(ea3054)も彼らの護衛を買って出てくれた。
「ありがとうございます」
シャロンの言葉にカイはいや、と首を振った。
「遊撃の悪魔もいるし、後方でも護衛は必要だ」
厳しい状況は誰もが身をもって分かっている事だ。前線ではチームで行動したり、共同で動く事も多い。その分、何かあった時にはフォローも期待出来るし、癒し手もいるので危険の真っ只中とはいえ、離れて動くよりは安全な部分がある。
「‥‥んだけどねぇ」
鎮葉の外套を掴んで、決意を込めた眼差しで見上げているラルフィリア・ラドリィ(eb5357)に、シャロンは困ったように笑って、その頭に手を置く。
「ラルフィちゃん、気持ちはありがたいのですが‥‥」
「‥‥いく」
頬が真っ赤になる程力んで短く答えたラルフィリアに、ジルベールは明るく笑いかけた。
「そっか。ほな、期待しとるで?」
こくん。
頭がそのまま落ちるのではないかという勢いで頷いたラルフィリアに、彼らの間に漲っていた緊張が良い具合に解れたのだった。
●女デビル、襲撃
イリアス・ラミュウズ(eb4890)は、目の前で起きている光景に戦慄を覚えた。
簡易救護所を回って、治療の手が足りなければ癒し、薬を分けていた彼は、数個目の救護所で遭遇したのだ。体の線も顕わなドレスと、孔雀の羽根をあしらった帽子という、その場には不似合いな姿をした女に。
何者かと誰何する必要もなかった。
ついと手が上げられると同時に、救護所で治療に当たっていた仲間達が次々と小鳥に変わっていく。
「な‥‥なんだ‥‥? これは‥‥」
何が起きているのか。
イリアスが唖然としたのは一瞬の事。
けれど、その一瞬の間に、小鳥に姿を変えられた仲間達はバタバタと羽根を動かして飛び立っていく。中には仲間同士、ぶつかり合う者もいる。彼らも、あまりの事に我を失ってしまったのだろう。
「待て、落ち着くんだ! 無闇に動いては‥‥!」
イリアスが引き留めるよりも早く、醜い翼を持ったデビルが、次々に仲間の小鳥達を引き裂いていく。
「おほほ。さあ、今度は狩りの時間よ。一番多く狩れたものにはご褒美をあげるわよ」
笑いながらデビルを煽る女に、イリアスはデュランダルの柄を強く握った。だが、感情のままに動いては、この場にいる者達を救えない。ぎり、と唇を噛む。唇から流れる血と痛みが、仮払いの代償だ。真実の代価はあの女に払わせる。
「動けない者は?」
「こ‥‥この救護所にいたのは、比較的軽傷の人達ばかりで‥‥」
怯えて体が竦んでいるらしい娘を背に庇いつつ、イリアスは小声で指示を出した。
「では、あいつに気付かれないように、どこかに火をつけろ。狼煙の代わりだ。救援が来るまでは、俺が何とかする」
怯えていても冒険者だ。
娘は足音を消し、イリアスの背から女からの死角になる場所を選んで、その場から離れていく。娘を援護するのは、怪我人として治療を受けていた者達だ。中には、既に武器を手にしている者もいる。
「どこまでやれるか分からん。だが、必ず救援が来る。それまで、力を貸してくれ」
力強く頷いた彼らの決意に応えるように頷き返して、イリアスはデュランダルを引き抜いた。
「でぇぇぇぇぇぃっ!」
周囲の雑魚は無視し、最初から女だけを狙って突き込んで行く。
薄笑いを浮かべた女がイリアスに手を伸ばす。
だが、彼が小鳥に変わる事はなかった。
「残念だったな」
上空から舞い降りて来たペガサス、グングニルの手綱を掴むと、そのまま騎乗する。小鳥‥‥仲間達を引き裂いているデビル達に剣を一振りし、弾き飛ばすと、彼は女デビルへと向き直った。
「相手を小鳥に変えるしか能がないのか?」
「生意気な坊やね。私の好みよ。綺麗で、誇り高い。貴方は特別に私の下僕にしてあげようかしら」
ぺろりと赤い舌が唇を舐める。
嫌悪を押し隠して、イリアスは剣を構え直した。片手で手綱を慎重に引く。女デビルの注意を逸らし過ぎては逆に気付かれてしまう可能性がある。
彼の長い戦いが始まった。
●監視台の上から
「よぉ、調子はどうだ」
片手を上げたオラース・カノーヴァ(ea3486)を一瞥すると、オグマ・リゴネメティス(ec3793)は、またすぐに視線を戻した。どこかから合図は出ていないか、異常はないか。少しでも目を離したら、大切な何かを見落としてしまうかのように、じぃと目を凝らしている。
「真面目だな」
肩を竦めたオラースは、オグマとは別の方向、空を見上げて目を細めた。
「今日はいい天気だな。太陽は出ちゃいないが」
「地獄の空はいつも同じです」
ぽそっと落とされた呟きに、オラースは笑いを噛み殺す。素直な娘だ。他人に合わせて適当に頷く事も出来るのに。殺伐した地獄の戦いの中で、ほっと息をつけるのは彼女のように素直な者の側かもしれない。
うむ。
腕を組んで考え込む。
真実を追究する哲学者のように。
ー素直は素直でも、思いこんだら一直線、どこまでも突っ走っていくヤツや、四六時中、難しい事を考えているヤツでは、こうはいかない。真っ正直過ぎて、頭の後ろから光が出てんじゃねぇかと思うヤツも、どうも落ち着かねぇし。
うんうん。
大きく首肯すると、オラースはオグマの頭をぐりぐり撫でた。
「な、なん‥‥あっ!?」
理由も分からず、いきなりぐりぐりされた方は堪ったものではない。思いっきり乱れた髪を直しながら抗議の声を上げかけて、オグマは頭1つ分、背の高いおじさん(だが、実は彼女の方が年上)を、ぐいっと押しのけた。
「煙が上がってます! あの辺りには、確か簡易の救護所があったは‥‥ず! え?」
オグマの言葉が終わるよりも早く、鋭い口笛が響く。ばさばさと羽根の音が聞こえて来ると同時に、オラースが監視台の枠に足を掛けて飛び降りた。
「えっ? えええええっ!?」
大焦りしつつ駆け寄ったオグマの視界を過ぎる大きな影。
「あっ! ズルいです!」
一刻も早く駆けつけたいのは自分も同じだ。1人、先に行ってしまったオラースに後からぶつける文句を頭の中にずらりと並べながら、オグマも監視台の階段を駆け下りる。他の監視台へは、それを担当する仲間から既に合図が送られている。近くにいる仲間達も、すぐに集まって来るはずだ。
多少のデビルの群れならば、即座に倒してしまえる。
その時、オグマはそう考えていた。
●安全地帯はない
「手伝おうか?」
不意にかけられた声に、オイル・ツァーン(ea0018)は「助かる」と短く礼を述べて作業へと戻る。
本来は作業、と言うべきではない行為だ。
だが、それはあまりに数が多すぎて、ついつい流れ作業的になってしまうのだ。
痛みに苦鳴を漏らす男の足に、声を掛けて来た青年、リスター・ストーム(ea6536)が副え木をあてる。男の足と副え木とを一緒に、きつくきつく縛り上げて、オイルは一息ついた。
1人で行うには、別の意味で骨の折れる作業になっていたに違いない。
改めて、オイルはリスターに礼を言う。
「なんの。こういう時って、お互い様だろ? いつか俺が怪我してうんうん唸っている時に、こいつが助けてくれるかもしれないぜ?」
片目を瞑りかけて、リスターは動きを止めた。
突然、固まった青年に、オイルが眉を寄せる。
「あ、いや。すまない。でも、最近、ヤバイんだろ? こーゆーので噂になって、女の子達に誤解されると困るんだよな」
「‥‥‥‥地獄には、さすがにアノ連中はいないと思うが」
その言葉に、リスターはち、ちと舌を鳴らして、指を振る。
「甘いな。最近の女の子の趣味趣向を把握しておかないと、モテないぜ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
ちょっと怖い話になりそうだ。
オイルはわざとらしく嘆息した。怪我人を前にする話でもないし。
「手伝うなら最後まで手伝っていくのか? こいつをこのまま前線においておくわけにはいかない。近くの救護所まで運びたいのだが?」
戦いの度に、傷つき、倒れる者が増えていく。前線では、癒し手の数も追いつかない
怪我人の多くは定期的に後方の本陣との間を行き来しているフロートシップが連れて帰るが、戦いは激化の一方を辿っている。こちらも追いつかないのが現状だ。
「いいよ」
あっさり頷いて、リスターは補給隊が使っていた荷車をどこからか調達して来た。その上に怪我人を乗せて、男2人で荒野を行く。何とも色気のない光景だ。話題もないから、会話もない。
だが、救護所を目前にして、リスターがオイルを止めた。
何事かと振り返ったオイルに、リスターは先ほどまで見せていた掴み所のない笑みをおさめて、真剣な表情でじっと進む先を凝視していた。
「おい、何か匂わないか」
「匂い?」
唐突な言葉に面食らったオイルは、だがすぐに表情を改める。
匂いは分からないが、確かに何かおかしい。体の中がざわつくような、不快な感覚を感じる。長年の勘で、それが危険信号である事を、オイルは知っていた。
「ヤバい気がする」
リスターの中でも警鐘が鳴り響いているようだ。
「戻ろう」
荷車の向きを変えるオイルに、リスターは素直に従う。性格も違う、共通の話題も見つからない2人だが、これに関する判断はぴたりと一致したらしかった。
●後方、本陣
「お疲れ」
後方本陣に再びデビルが入り込まぬようにと、真実の姿を映し出す術を展開していたステラ・デュナミス(eb2099)に声をかけたのは、補給に立ち寄ったという琥龍蒼羅(ea1442)であった。
「これぐらい、どうって事ではありませんわ」
そうにこやかに微笑むステラに、蒼羅はちょんちょんとその肩を突いた。
「はい?」
「俺は? 確認したのか?」
きょとんと、蒼羅の顔を見つめていたステラがころころと笑い出す。
「どうして蒼羅さんを確認する必要があるのですか? 例えデビルが蒼羅さんに化けていても憑いていても、お友達を間違えるなんてしませんわ。‥‥あら?」
笑っていたステラの視線が蒼羅から逸れた。その視線を追って、蒼羅も背後を顧みる。
「あら、小鳥‥‥。こんな所で珍しいわね」
丁度、天馬に乗って陣に戻って来たリリー・ストーム(ea9927)が、懸命に羽根を動かす小鳥にそっと手を伸ばした。
「リリーさん! その小鳥、人です!」
下から叫んだステラに、リリーは驚いたように手の中で震える小鳥とステラとを何度も見比べた。ぴぃぴぃと囀る小鳥が、何かを伝えようとしている事に気付いて、リリーはそっと目を閉じ、小鳥に顔を近づけた。
「大丈夫。あなたの言葉は、私に届きます。だから落ち着いて」
そう囁くと、彼女は小鳥の声にならない声に耳を澄ます。
「‥‥っ! そんな!」
「リリーさん、一体何が!?」
心配そうに見上げてくるステラの傍らにロスヴァイセを着地させて、彼女の手の中に小鳥を預ける。
「簡易救護所が女デビルに襲われたようね。孔雀の羽根をつけた女‥‥。どうやらイリアス君と怪我人の何人かが孤軍奮闘しているみたいよ。だから、すぐに‥‥あら?」
リリーは急かしく歩いて来る天城烈閃(ea0629)とゼルス・ウィンディ(ea1661)の姿に目を眇めた。彼らの後ろから、治療中と思しきファング・ダイモス(ea7482)も駆けて来ている。陣全体が何やら慌ただしくなったようだ。
「リリーさん!」
リリーの姿を認めたリディエール・アンティロープ(eb5977)とアーシャ・イクティノス(eb6702)が駆け寄って来る。彼女達も、どこか慌てた様子だ。
「どうかしたのですか?」
「リスターさんが大至急と情報を届けてくれたんです。どうやら、前線付近の簡易救護所が不死者に襲われているらしい、と」
不死者。
リリーはステラと顔を見合わせた。
小鳥が伝えて来たのは、本陣に程近い救護所だ。
「それだけではないのです」
アーシャに代わって、リディエールが言葉を続ける。
「救護所を回っていたシェリルさん達が戻って来られて、おかしい、と。人の消えた救護所が幾つかあるようです」
不死者と女デビル、同時に攻撃を受けているという事か。
リリーは出陣の準備を整えている烈閃の元へと走った。敵は不死者だけではない事、仲間がまだ戦っている事を手短に語る。
「分かった。手の空いている者は来てくれ! ただし、ここを守る者は残れ。相手は敵を小鳥に変えるデビルと、不死者だ。用心しろ。それから、この小鳥の呪いを解呪してやってくれ。普通の呪いか否かは分からんが、戻せるなら、早く人に戻してやりたい」
そうしている間にも、リリーは再びロスヴァイセの手綱を取っていた。
「リリー」
「私はリスターが伝えて来た救護所に向かいます。この子なら、すぐに着けるわ」
アーシャとリディエールも彼女と同行するようだ。
「じゃあ、俺は小鳥が逃げて来た方へ向かいます!」
まだ巻かれた包帯が痛々しいファングの言葉に、烈閃は苦笑した。
「分かった。だが無理はするな。イリアス達がデビルの数を減らしているはずだが、厄介なのは女デビルだ。小鳥に変えられないようにな」
「俺達もイリアス達の所へ向かう。小鳥に変えられない為に天馬の力が役に立つようだからな」
後ろにステラを乗せた蒼羅が、言葉と共に飛び立っていく。
「あたしもそっちに向かうわ。後よろしくね」
紅千喜(eb0221)の乗ったグリフォンも、蒼羅やファングの後を追うように羽根を羽ばたかせた。
「よし、では俺たちは‥‥」
言いかけた烈閃をゼルスが制する。
見れば、陣の外を睨むように見据え、険しい表情をしている。
「どうした?」
「ここも悠長な事を言っていられなくなったようですよ」
ゼルスが見据えているものは、陣に帰投しようとしている負傷者のようだ。防具を身につけ、武器を腰に帯びた冒険者だ。怪訝そうに見る烈閃に、ゼルスは顔を背けた。僅かに俯いて呟く。
「呼気がない。‥‥彼らも不死者だよ」
「っ!!」
どう見ても死んでいるようには見えない。ただ、怪我をして戻って来た者達、烈閃らの姿を見つけて、今にも片手を上げそうな仲間達だ。動揺する烈閃に、ゼルスは首を振った。彼らは間違いなく不死者だ。そして、その目的は‥‥。
「足止め‥‥ってところか」
テンペストを抜きはなったメグレズ・ファウンテン(eb5451)が、烈閃達を促す。
「数は多くない。そして、デビルの姿は見当たらない。という事は、他の場所への援軍を遅らせる為に送り込まれたってところだろう。ここは私が引き受ける。貴殿らは行け」
淡々と告げるメグレズの体から漲る気迫が伝わって来る。
気迫というよりも、怒り‥‥か。
「分かった。‥‥すまない」
仲間であった者と戦わせる事を詫びた烈閃の言葉に、メグレズは険しい表情で首を振った。
「私は構わない。だが、貴殿らも気をつける事だ。不死者の襲撃とは、もしかすると‥‥」
メグレズが匂わした言葉の意味が分からない烈閃ではない。
「分かっている。では、行くぞ!」
不死者の群れを避けて出陣していった仲間を見送って、メグレズは本陣の救護所に残った者達に指示を出し終えると、陣の外に立った。よろけながら近づいて来る仲間達の前に立ちはだかると、目を閉じて祈りの言葉を唱える。鎮魂の祈りだ。だが、それは一瞬のこと。
彼女は決然と仲間達に向かって剣を構えた。
「貴殿らの無念、必ずや私が晴らしてみせよう。だから、今は聖なる母の御元へ帰るのだ! 飛刃、散華!」
●不死者達
「ち。なんて事だ」
救護所に補給を受け取りに来ていた鎮葉達は、異変を伝える監視台の合図とほぼ同時に戦闘に突入していた。周囲にいた怪我人達が一斉に起き出して、襲って来たのだ。
「やっ!」
不気味な姿になり果てたかつての仲間に向けて、グラビティキャノンを放って吹き飛ばすと、ラルフィリアは後方へと走り下がる。
「おっと」
その体を受け止め、抱き上げて、ジルベールは自分の天馬、ネージュの元へと連れていく。主の意図を察したのか、ネージュはラルフィリアを守るように羽根を広げた。
「ここで待っとくんやで。大丈夫やからな」
こくりと頷いたラルフィリアの頭を1つ撫でて、黒い弓杷を持つ弓を取り出す。ホーリーフィールドを展開しかけて、瑞香は躊躇った。もう、ここで張っても意味のないものかもしれない。それならば‥‥と。
「ごめんなさい‥‥」
悲しげに目を伏せると、呪を唱え直す。
彼女の手から生まれた光の球に、周囲を囲んでいた者が怯む。そこへすかさず、鎮葉が飛び込んでその胸ぐらを掴んだ。
「目ぇ醒ましなさい! 敵は人間じゃないでしょうが!」
だが、押しつけた祈紐から逃れようという素振りは見せるものの、人の心を失ってしまった者に鎮葉の言葉は届かない。
「‥‥っくしょっ!」
何で、こんな風に虚しい戦いばかり強いられなければならないのだろう。
デビルの狡猾さと卑劣さに腸が煮え繰り返る。
言葉が通じないと悟ったシャロンが矢をつがえた。苦しげに眉を寄せ、まだ仲間の姿をしている不死者に向けて放つ。戦いにくい相手に、カイも苦戦を強いられているようだ。
「いったい、どこのどいつだい! こんな悪趣味な事をしてくれるのは!」
鎮葉の叫びにくすくすという笑い声が血の匂いのする風に混じって届く。その声の主を捜して、鎮葉は頭上を見上げた。
「戦‥‥乙女‥‥?」
ネージュに寄り添っていたラルフィリアが呟く。グリフォンに跨り、緑色の鎧に身を包み、長く艶やかな黒髪を靡かせた女の勇壮な姿は、確かに戦乙女と呼ばれる者達に似ている。けれど。
「ったく。デビルってのは緑色が大好きなんだね」
吐き捨てるような鎮葉の言葉にも返って来るのは笑い含みの声。
「お好きなだけ吠えていなさいな。もう一度、彼らの仲間になる前にね」
自分達の不死者化を宣告されて、ラルフィリアはますますネージュに寄り添った。矢を射ていたジルベールが気遣うように振り返るのに、ラルフィリアは頷いて応える。
「大丈夫‥‥。ひどい‥‥怪我、したら‥‥僕が凍らせて守る‥‥」
「そやな。そん時は頼むな」
にこっと笑い返したジルベールの隙をついて、不死者が襲い掛かった。体を反転させて一撃を避けたジルベールの目の前で、剣を振り上げたまま、不死者は固まり、じわじわと石と化す。
「油断大敵、ですね」
「ありがとさん。助かったわ」
息を切らせながらも術を放ったリーマ・アベツ(ec4801)は、更にそこにいた数体の不死者にストーンを放った。こうすれば、不死者は永久に石と化し、甦る事もない。
「‥‥ごめんなさい」
小さな謝罪の言葉は、側にいたジルベールにだけ届いた。
仕方がない。そう割り切ってみても、感情はついていかない。それは、ジルベールも、そこにいる全ての者達も分かっている事だ。
懸命に戦い続ける仲間達を嘲笑いながら空中から見下ろしている女デビルへの防御として、カイは周囲にホーリーフィールドを張った。瑞香も仲間達にレジストデビルをかけて回る。
と、宙を光が駆けた。
グリフォンの手綱を引いたムールムールの周囲をデビルが固める。白銀の槍が、ムールムールを貫く寸前、間近にいたデビルがその間に入った。
「またお会いしましたわね。貴女がデビルの将かしら? 部下を盾にするとは将としては最低ですわ」
純白の鎧を纏ったリリーの手に槍が戻る。
絶命し、消えて行く瞬間の部下の断末魔の叫びも、女デビルの心を動かす事はないらしい。そうしている間にも彼女の周囲にはデビルの壁が出来ていく。
「卑怯な!」
ホーリーアローをつがえ、弦を引き絞っていた烈閃が舌打ちして、弓を下ろした。あれではいくら女デビルを狙ったところで、周囲のデビルを射抜いておしまいだ。
「‥‥将を部下が守るのは当然のこと。そんな些末な事を気にするよりも、自分達の心配をなさい」
気付けば、不死者の数が増えている。どこからか呼び出したのか。
それも、朽ちかけたズゥンビやスカルウォーリアーではない。負傷した姿のままの、冒険者達だ。
「ゲヘナの死者だけでなく、私達も死ねばあなたの駒というわけですか。迂闊に死ねませんねぇ」
アーシャののんびりとした、けれど、どこか憤りの籠もった言葉に、呆然としていた仲間達が我に返る。共に背中を預けて戦った者でも、死してデビルに操られる不死者となっては、もはや救う道は1つしかない。
大切なものを守る為に鍛えた体、高めた力をデビルの為に使われて永遠の苦しみの中を彷徨うより、魂だけでも解放して、聖なる母の御元に還すのだ。
「行くぞ!」
剣を切り結んでも分かる。普通の不死者とは手応えが違う。体の損害を気に留める事のない分、不死者の方が思い切った攻撃を繰り出し、仲間の面影を留めているからこそ躊躇が捨て切れない冒険者達は次第に押され始めた。
不死者の動きを止めた所に、ラルフィリアが氷の棺に閉じこめる。次々と襲って来るこの状況では、それが精一杯の対応だ。
「後で、必ず解放して差し上げますからね」
氷の棺に手を当て、痛ましそうに呟くシェリルの周囲ではフィーネとアレーナがトドメを刺さない程度に不死者達の動きを止めている。
そうして、辺りの不死者達が全て動きを止めて戦いを終わらせた時、上空の女デビルの姿は消えていたのだった。
●アンドロアルフェス
一方、孔雀の羽根をつけた女デビルの現れた救護所にも、かつて冒険者だった不死者が増援として現れていた。
「可哀想な仲間を傷つけるなんて、優しい人間には出来ないわよねぇ?」
駆けつけた冒険者達に嘲笑を浴びせる女デビルの胸に、1本の矢が打ち込まれる。
「黙れ、アンドロアルフェス! 貴様こそ、再び我が矢に貫かれる為に甦ったか!」
凛としたエスリンの声に、アンドロアルフェスと呼ばれた女の顔が憎々しげに歪む。
「また私の邪魔をするつもり? でも、そうは行かないわ。私はイギリスを、リーズの白い花を引き裂いて血で染め上げてやるの。今度こそね」
「そうはさせません!」
気迫をこめて轟乱戟を一閃すると、その衝撃でアンドロアルフェスの周囲の大地が抉れ、彼女の身を包むドレスもずたずたに引き裂かれた。
「あら。女に恥ずかしい格好をさせるのがお好き?」
馬鹿にするような声と同時にまたも衝撃がアンドロアルフェスに降りかかる。
「女と認めてないものを女扱いしろと言われても。なぁ、ファング」
「オラースさん!」
目を吊り上げ、デビルの本性を剥き出しにして上空を見上げたアンドロアルフェスに、オラースは皮肉げに口元を歪める。
「ほら見ろ。どこが女だ」
「おのれ、おのれ人間ども!」
余裕を失ったアンドロアルフェスは憤怒の形相で周囲を見回すと、不死者の動きを制していたステラに目を留め、鋭い爪を振り上げて襲いかかった。
「残念でしたね!」
その時、静かに背後に回り込んでいた千喜が両手に持った剣と刀で、アンドロアルフェスの体を裂いた。
「‥‥あ‥‥」
がくりと膝をついたアンドロアルフェスの体をステラの放ったマグナブローが焼く。聞くに堪えない絶叫が周囲に轟き渡った。
「こ、これで終わると思わぬ事だ‥‥! 我らの王は‥‥」
彼女が発する呪いの言葉も、ずたずたに傷ついた体と共に地獄の大気の中に薄く消えていく。
そして、彼女の消滅と共に小鳥にされていた者達も元の姿を取り戻した。
だが、と活気が戻ると共に、怪我人の治療で大わらわになる救護所の様子を見ながら、蒼羅は浮かない表情で考え込む。
後方にあった簡易救護所のうち、いくつの救護所が潰されたのかまだ全貌が掴めていない。小鳥にされていた冒険者が何人、元の姿に戻ったのかも、何人の仲間が不死者になり、そのうち何人の魂が解放されたのかも。
「今後も、不死者となった冒険者と戦う可能性があるわけか‥‥」
考えるだけで憂鬱になる。
地獄へとやって来るにあたり、冒険者達は自分の持つ最も強力な武具を身につけている者が多い。不死者には生前の力を留めている者も多い。デビルとは別に、そんな彼らと戦う可能性を考えると、アンドロアルフェスを倒した事を喜んでばかりいられない。
何よりも、アンドロアルフェスを操り、仲間達を不死者に変えた女デビルは髪の毛一筋ほどのダメージを受ける事なく、何処ともなく去って行ったと聞く。
「だが、進むしかない」
戻って来た仲間達を迎えながら、蒼羅も決意を新たにした。