蜂蜜を求めて

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2009年06月24日

●オープニング

●女の子の内緒話
 柔らかく笑う美しい女性。
 誰もが憧れずにはいられない、尊敬する主からの「お願い」に、小間使い見習いロミーは、すっかり舞い上がってしまっていた。
「お、お、王妃様が私に‥‥!」
 うっとりと、彼女はその時の遣り取りを脳内でもう一度繰り返す。ちなみに王妃様に呼ばれたのは1時間以上前のこと。その御前を辞してからずっと、彼女はぽかぽか陽の当たる廊下の柱をぺちぺち叩きながら同じ事を繰り返している。
「‥‥ロミー‥‥どうかしたのですか? 悪いものでも食べました? それとも頭でも打ったのかしら? いえ、熱があるのかもしれませんわね」
 そんな彼女の様子に、通りがかった女騎士が心配そうにその顔を覗き込んだ。
 頬や額に触れる手が冷たくて、上気して逆上せ上がった頬に気持ちがいい。幸せ気分のまま、ロミーはふるふると首を振った。
「いいえ、メリンダ様。ご心配には及びませんわ。ただ、私嬉しくて!」
 ロミーが困っている時、偶然に知り合い、彼女の手助けをしてくれた女騎士は、メリンダ・エルフィンストーンという。風に飛ばされてしまった王妃の手布を探すロミーを手助けした事で、王妃付きの騎士の1人に加えられる事となった伯爵家の令嬢だ。
「そんなに嬉しい事があったのですか?」
 ふふ、と笑ってメリンダはロミーの手を引く。
 メリンダにとって、ロミーはこの宮廷で最初に出来た友人だ。中庭の芝生の上に座って、メリンダはロミーを促した。
「それで、何があったのです? 素敵な殿方に告白でもされたのですか? あ、でもそれならば、わたくしがどんな相手かちゃんと見極めて差し上げますわ」
「ち、違います。そんなんじゃありません!」
 真っ赤になって否定するロミーを宥めながら、メリンダは彼女が浮かれている事情を少しずつ聞き出していく。
 どうやら、彼女はメリンダにとっても主である王妃様から頼まれ事をされたらしい。小間使いとはいえ、まだ見習いのロミーが浮かれて逆上せるのは仕方がない事だろう。
「それで、王妃様から何を頼まれたのですか?」
 首を傾げて尋ねるメリンダに、ロミーは小声でそっと教えてくれた。
 それは‥‥。

●護衛依頼
 グィネヴィア王妃の小間使い見習いロミーを伴って、王妃付きの騎士、メリンダが冒険者ギルドを訪れたのは、通りに家路につく人々が少なくなった頃だった。メリンダの交替時間の関係で遅くなったからと、ギルドの前に豪華な馬車を横付けしての訪問である。
「で、蜂蜜?」
「ええ、蜂蜜です」
 2度目の訪問なのに、まだ慣れないのか、ロミーはメリンダの後ろでおどおどと周囲を見回していた。話を進めるのは、メリンダだ。
「キャメロットから2日程の場所にある小さな村に、とても質の良い蜂蜜を採る名人がいるそうなのです。なので、その蜂蜜を分けて頂けないかとお願いにあがろうと思っているのですが、最近、その村の周辺で良からぬ噂があるそうなのです」
「良からぬ噂‥‥ですか」
 メリンダの話では、村の周囲にモンスターが現れるようになったという。それも、噂を総合するとグレムリンやアガチオン、インプといったデビルの類のようだ。
「村の近くの森に居着いたという男性が、退治して下さるようになったそうなのですが、やはり危険ですし、皆様に村までの護衛をお願いしたいと思って、こちらに伺いました」
 すらすらと言葉を並べて行くメリンダと、その後ろで頷いているロミーとを見比べて、冒険者達は差し出された羊皮紙に目を通した。
 粗方、メリンダの説明の通りだ。
 近くの村までの護衛依頼なのに依頼料が多い事が気になったが、見習いとはいえ、王妃様の小間使いの護衛なら、ごれぐらいは妥当なところなのだろうか。
「それと、当然、わたくしもロミーと共に参ります。事情を説明致しまして、お休みを頂きましたから」
 ああ。
 ぽん、と納得したように冒険者達は手を打った。
 騎士とはいえ、伯爵令嬢の護衛もついているなら、この依頼料はアリだ。
「それでは皆様、よろしくお願い致しますわね」
 冒険者の手にある羊皮紙を取って、受付嬢へと手渡す。受理の印が捺された事を確認して、メリンダはにこやかに爽やかに微笑むとロミーと共にギルドを去って行った。

●今回の参加者

 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb8491 姜 珠慧(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec5511 妙道院 孔宣(38歳・♀・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ec6567 賀茂 慈海(36歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●旅路
 王妃付き小間使い見習いと女騎士の旅は、冒険者が思っていた以上に優雅なものだった。
 小間使い見習いロミーを護衛するメリンダは、腐っても伯爵令嬢。立派な馬車と、そこそこの宿、2人はまるで野遊びに行くかのように楽しげだ。
「ま、いいんだけどね」
 まだ安全圏だし。
 ネフティス・ネト・アメン(ea2834)の呟きに、齋部玲瓏(ec4507)も苦笑を漏らす。
「ですが、もうすぐ村に到着致しますし、そろそろ用心致しませんと」
 玲瓏の言葉に過敏な反応を返したのはロミーだ。これからデビルが出現すると宣言されたようなものだ。怯えるのは当然だろう。
「ロミーさまとメリンダさまはご心配なく‥‥。我々がきちんとお守り申し上げます」
 小刻みに震えるロミーの手に、玲瓏は柔らかな布で包まれた物を握らせた。
「‥‥これは?」
「胡桃入りの焼き菓子です。今少し、旅路を楽しみましょう?」
 そっと布を開くと、乙女心を擽る香ばしい匂いが馬車の中に満ちる。
「珠慧さま、孔宣さまもどうぞ」
 御者台に座る姜珠慧(eb8491)と妙道院孔宣(ec5511)2人にも間仕切りの窓から焼き菓子を渡すと、玲瓏は更に荷物の中から小さな壷を取り出した。
「それは何ですの?」
 興味深そうに尋ねたメリンダに、壷の蓋を開けて差し出す。甘く、どことなく異国を思わせる香りに、メリンダはまあと微笑んだ。
「これはサクラという花から取れる蜜ではありませんか?」
 首を傾げたロミーに、メリンダが説明する。曰く、春に咲くサクラという花をジャパンの人達がとても慈しんでいると。
「ジャパンの人達は、散りゆく花に美しさを感じ、愛おしむそうなのです。‥‥という事であっておりますわよね?」
 メリンダの的確な解説に、玲瓏ははいと頷いた。異国の人が故国の事を知っていてくれるのはやはり嬉しいものだ。持って来てよかったと思いつつ、玲瓏は焼き菓子に蜂蜜を付けて食べる事を進めた。
 焼き菓子に蜂蜜が染み込めば、美味しさはいや増すはず。
 けれど、メリンダは丁寧に壷の蓋を閉めて玲瓏へと戻した。
「あの‥‥」
「わたくし達は、これから王妃様のお使いとして名人の蜂蜜を分けて頂くという任務を仰せつかっております。もし、名人の蜂蜜より異国の蜂蜜の方が美味しいという事になっては、面目が立ちませんから」
 困ったような表情をしたメリンダの言いたい事を察して、分かりましたと壷を下げる。その代わりにと、彼女は別の話題を持ち出した。
「名人の蜂蜜をご所望になっておられる王妃様とは、どのような方なのですか?」
「とてもお美しい方ですわ。気品があって、王様とお並びになっている様子を拝見すると、吟遊詩人が語る英雄とその奥方様のようですのよ」
 主の話を始めた途端、ロミーは違う世界に旅立ってしまった。王妃に心酔し切っているようだ。
「お話を伺っていると、素晴らしい方のようですね。私も、1度お会いしてみたいです」
「あら、それなら」
 何かを言いかけたロミーを、メリンダが静かに制する。あ、と口元に手を当てると、ロミーは玲瓏へと謝った。
「申し訳ありません。今は申し上げる事が出来ないのです‥‥」
 謝るロミーに、玲瓏はふるふると頭を振った。
「分かりました。これ以上はお聞きしませんから、どうぞお気になさらず」
 のんびりまったりと、馬車の中の時間は過ぎて行く。
 その中で、ネティだけは妙に浮かぬ顔だ。楽しくないわけではない。けれど、何かが心の奥に引っかかる。
「ネティさん」
 間仕切りの合間から、珠慧が顔を覗かせた。手綱は孔宣に預けたようだ。
「気分が優れないのであれば、こちらに来ませんか? 風が気持ち良いですよ」
「ん、そうね。ありがとう」
 無言で間をあけてくれた孔宣に礼を言うと、ネティは馬車を降り、2人に挟まれる形で御者台に収まった。道の少し先にこんもりとした緑が見える。あれが噂の森だろうか。
「慈海殿だ‥‥」
 ぽつりと、孔宣が呟いた。彼女の視線を追って、珠慧とネティは道沿いに佇む賀茂慈海(ec6567)の姿を見出した。
 安全な道行きの為に先行し、デビルの類の探査を行っていた彼の表情が険しい事に気付いて、孔宣が傍らの剣を探る。止まった馬車に、中にいた玲瓏も異変を察したようだ。間仕切り越しに頷き合うと、玲瓏はロミーとメリンダを不安にさせないよう、言葉を選びつつ状況を告げた。
「慈海さん」
「村に入る事が出来る道は1本のみ。他は全て塞がれています」
 デビルへのせめてもの対策だろうか。村に続く道を示しながら、慈海は静かに続ける。
「デビルらしき存在が数体、こちらへ向かっています。先ほどまではなりを潜めていたようですが、まるで我らの訪れを待っていたみたいですね」
「え?」
 慈海の言葉を聞き咎めたネティの隣で、剣を手に取った孔宣も頷く。
「前方より近づくデビル確認。我らが狙いであるならば、奴らだけではないやもしれません」
「っ! 待ってて。見てみるから」
 太陽の力を借りたネティが周囲の様子を確認する間に、慈海が仲間への防御を固める。ロミーとメリンダを守るのは玲瓏に任せ、珠慧らは馬車を守るように囲んだ。
「孔宣の言う通りよ。後ろからも近づいて来るのがいるわ」
 下手をすれば囲まれる。青ざめたネティに、
「全て倒せば良いだけのこと」
 あっさりと言い放ち、孔宣は腰に吊していた袋の中から一握りの灰を取り出した。間仕切りに立て掛けておいた漆黒の盾を手に念ずると、灰は彼女にそっくりな姿を取る。
「前へ進みなさい」
 孔宣の言葉に、孔宣と瓜二つの人形が前方のデビルに向かって突撃した。
 灰人形へと群がった数体のデビルは、放たれたホーリーと、孔宣本人の刃によって切り裂かれた。飛び掛かってくるデビル達も、ネティの太陽の宝玉によって焼かれ、珠慧の掌打に弾き飛ばされる。
 だが、デビルの数は増えていくばかりだ。やがて、馬車はデビルに囲まれてしまった。
「ロミーさま、これを」
 メリンダにしがみついて震えるロミーに聖なる釘を持たせると、玲瓏は意を決して馬車の扉を開けた。慈海と頷き合い、懐から取り出した巻物を開く。
 群れの一角が崩れたのは、そのすぐ後の事であった。

●謎の青年
「あなたがあの森に住んでいるという人?」
 問いかけ、見上げたネティから目を逸らして、青年は剣についたデビルの残滓を振り払って鞘へと仕舞う。
 あれほどに群がっていたデビルは、瞬く間に斬り伏せられた。デビルが力尽きると同時にその残骸もゆっくりと消滅していく。
 数多くの戦士を見慣れた冒険者の目にも、青年の力量が群を抜いている事は明らかだ。そして、何よりも‥‥。
 孔宣は青年が参入してからの戦いを思い返し、眉を寄せる。
 仲間達との連携に不備はなかった。増えるデビルに苦戦はしたけれど、確実に敵を倒していた。だが、突如として乱入した青年の短い指示で、自分達の動きが、戦いが格段に変化したのだ。
 それは、青年が戦いに通じた者だからか。
 もしくは、全体を見て指示を出す事に慣れた者か。
 探るような孔宣の目を避けるように、青年は馬車の中のロミー達と言葉を交わす。それから、冒険者達を振り返った。
「案内しよう」
 無精髭を生やした偉丈夫の言葉に、彼らは困惑したように顔を見交わす。
 名人と呼ばれる者は、巣箱がデビルに襲われる事を案じて、巣箱の近くで寝泊まりをしているらしい。
 ガラガラと進む馬車の手綱を取り、巣箱まで案内してくれる青年の姿に感じる既視感は何だろう?
 彼は何者なのだろう。
 考え込む冒険者と、ロミーとメリンダを乗せた馬車は、やがて森に程近い野原に止まった。

●甘い蜂蜜と秘密の会話
「まぁ、凄い!」
 粘土で固められた幾つもの巣箱に珠慧は感嘆の声を上げた。蜂の巣箱を見るのは初めてではないが、これほど沢山並んでいるのは見た事がない。
 王妃の頼みを、名人は快く承諾してくれた。それでは、と蜂を引きつける果物を用意しようとした慈海に、名人は笑って首を振る。
「こいつらに出て行って貰うにゃ、これで十分だよ」
 巣箱に藁を焼いた煙を流し込み、蜂達が巣から出て行った所で巣箱を割るのだ。割れた粘土の中から、蜜蝋で固められた巣箱が現れて、冒険者達も歓声をあげた。
「これが‥‥蜂蜜になるのですか?」
 思わず口をついて出た言葉に、名人はからから笑って巣箱の一部を切り取り、玲瓏に手渡す。綺麗な六角形の巣脾にはぎっしりと蜜が詰まっている。
「蝋を削って絞るんだ。ちょっと待ってな。王妃様の為にとびきりの蜜に仕上げてみせるから」
 蜂蜜作りの過程を興味深そうに眺めているロミーや仲間達から離れた所で佇んでいた青年は、役目を果たしたとばかりに彼らに背を向けた。探していた相手ではなかったが、気になって彼の様子を窺っていたネティは、青年の後を追うメリンダに気付いて怪訝そうに眉を寄せた。
 礼でも言うのだろうか。彼らの行動に気付いた慈海と頷き合って、2人を追いかける。青年はともかく、どこにデビルが潜んでいるか分からない状態の中、メリンダを1人にするわけにはいかない。
「‥‥は辛いお立場に‥‥」
 森の中から聞こえる話し声に、彼らは足を止めた。
「‥‥わせる顔がな‥‥」
 遠くてよく聞き取れなかったが、メリンダは青年に小さな布のようなものを差し出した。遠目にも婦人用と分かる優しい色の布。
「‥‥待ちして‥‥」
 耳の良いネティが集中しても、聞こえて来る会話は途切れ途切れだ。だが、メリンダが青年に必死に何かを訴えかけているのは分かる。差し出された布に手を伸ばし掛けて、青年は躊躇った。
「彼は‥‥何か迷いでもあるのでしょうか」
 仕事柄、人の心に聡い慈海の目には、青年が葛藤している様に見える。そんな青年の手の内に、メリンダはやや強引に布を握らせた。あれほど躊躇っていたのに、青年は、その布をぎゅうと握り締める。
 それは、見ている者までも切なくなる表情だった。