いつか来る日

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月20日〜06月25日

リプレイ公開日:2009年06月28日

●オープニング

●いつか
 お気に入りの外套を羽織って、太陽が沈む少し前に散歩をするのが大好き。お供はチャールズ2世とジミー。そして、散歩の終わりにはジェラールの家でお茶をして、屋敷まで送ってもらう。
 それが、キャメロット近郊に住まうサウザンプトン領主の従妹、ルクレツィア・ガーディナーの日課だ。
 そんな彼女は、最近、散歩の途中で出会った男女と親しくなった。女の年の頃はルクレツィアと大差ない。男は兄やヒューと同じぐらい。でも、彼らは兄妹ではなかった。
「結婚‥‥ですか?」
 はい、とはにかんだ微笑みを見せる娘を、男は優しい眼差しで見守っていた。
 結婚という言葉は勿論知っている。ワイトで島の人達の結婚のお祝いをした事もある。だから、こういう時、どう言えばいいのか、彼女は知っていた。
「それは、おめでとうございます。どうぞお幸せに」
 ありがとうと微笑む2人が眩しくて、ほんの少しだけ羨ましくなった。
 同じ年頃の娘が、あんなに嬉しそうで幸せそうなのだ。結婚は、とても素晴らしい事に違いない。でも、兄に話せば、きっと何のかんので反対される事は分かっていた。
「それは‥‥そうでしょうねぇ。兄上の気持ちは、僕もよく分かりますよ、姫」
 香草茶のカップを手渡しながら、ジェラールはそんな事を言う。
 ジェラールに分かって自分に分からないのは悔しい。頬を膨らませると、ジェラールは困ったように笑って、彼女の前に焼き菓子の皿を差し出した。
「物で釣られたりはしませんわ」
 ぷいと横を向きながらも、菓子は気になる様子。
 笑みを深くしながら、ジェラールは彼女の前の席に座った。
「兄上も私も、姫に幸せになって欲しいのです。それも、この世界の誰よりも幸せに」
 菓子を小皿に取り分け、彼女に渡す。見上げて来る赤い瞳の少女に膝をついて、彼は続けた。
「だから、反対するのですよ。姫を世界の誰よりも幸せにしてくれる相手かどうか、見極めるまではね」
「そんなものですの?」
 そんなものなのです。
 納得したような、納得出来ていないような、そんなルクレツィアに、チャールズ2世と戯れていたジミーがいらぬ口を出す。
「そーゆー事言ってると、嫁き遅れってのになるんだぜ。母ちゃんが言ってた」
「ジミー、君はね‥‥」
 こんこんと始まったお説教を横目で見つつ、ルクレッィアは幸せそうな2人の事を思い出していた。
 男の両親の墓参りの後、娘の両親が暮らす村へ行って、結婚式を挙げる。親に報告し、祝福を受けるのは欠かせない手順なのだとジェラールが教えてくれた。
「‥‥いつか‥‥」
 自分も面倒な手順を踏んで、結婚する日が来るのだろうか。
 ワイトの父は会ってくれるだろうか。兄はジェラールの言う通り、機嫌が悪くなるのだろうか。想像する事さえも難しい未来。でも、いつか、あの娘のように幸せそうに笑って、結婚する日が来るのかもしれない。
 ワイトで見た結婚式のように、皆で幸せそうに笑って。

●珍しくなくなった依頼
 まずいな、と1枚の依頼を見た冒険者が呟いた。
 依頼に書かれている内容を、彼の持つ経験と知識とに照らし合わせると、最悪の答えが導き出されてくる。
「このパターンだと、大抵は‥‥」
「バンパイアか」
 別の冒険者の渋い呟きに、彼は頷いた。
「高熱を発する者の続発。伝染性だからと患者を隔離しているが、変死者まで出始めたらしい」
 健康だったものが、ある日突然、死んでしまった。首には小さな傷跡が残されていたという。
「火葬してくれていればいいんだが」
「隔離された病人も、バンパイア化している者も出ているだろうな」
 彼らが行く頃には、村全体がバンパイアの巣窟になっているかもしれない。そう想像して、ぞっとする。最近、またバンパイアの被害が増え始めている。ポーツマス領主だった女とウィンチェスターを占拠したバンパイアは滅び、彼らの王たる人物は目覚める事なく、人と共存している。
 にもかかわらず、こうして被害が出るのは何故だ?
 スレイブが1匹でも残っていれば、ねずみ算式にスレイブが増えるのだが、ここのところ、スレイブの起こす事件にしては手の込んでいるものもある。
「まさか、またぞろノーブルが動き出している‥‥とか」
 それはともかく、被害は最小限に食い止めなければならない。
「まずは、村に行って被害者の選別だな。まだバンパイア化していない者は何としても助けなければ。バンパイア化してしまった者はせめて魂だけでも解放してやらにゃ‥‥」
「この村は‥‥」
 突然聞こえた声に、冒険者達は驚いて振り返った。
 外套のフードから零れる髪は蜂蜜色。
 見開かれた瞳の色は赤。
「この村がバンパイアに襲われているのですか?」
 詰め寄って来る少女に圧倒されながら、冒険者は肯定を返す。
「そんな‥‥!」
 口元を押さえて、少女は走り去った。
 残され、首を捻った冒険者達が少女の動揺の意味を知るのは、もう少し先の話である。

●決意
「旅支度でどちらへ?」
 こっそりと屋敷を抜け出したルクレツィアを待っていたのは、ジェラールであった。
「わたくし、あの方々を追いかけなければなりませんの。あの方々は幸せな「結婚」をするのですもの」
 ぐ、と拳を握り締める少女から、荷物を取り上げると、ジェラールはそれを肩に担いだ。
「屋敷の人達が心配するのでは?」
「今回は、ちゃんと理由を書いておきましたわ。それから、路銀も用意しましたし、携帯のお食事や毛布もエチゴヤさんから買って参りました」
 どうやら、色々と知恵をつけたらしい。旅支度も万全のようだ。
 やれやれとジェラールは息をついた。
「村の事は冒険者の皆様にお任せしておけば大丈夫ですわ。ですから‥‥」
「本当を言うと、姫には首を突っ込んで欲しくないんですよ。お命じ下されば、彼らより先に事態を収拾してきますよ?」
 ふるふると、彼女は首を振った。
「わたくし、冒険者の皆様を信じておりますもの。もし手伝って下さるのでしたら、わたくしと一緒に、あの方々を探して下さいな。冒険者の皆様が村を救うまで、どこかで待っているようにお伝えしなくては」
「それが姫のお望みとあらば」
 恭しくルクレツィアの手を取り、額を当てる。いつもの飄々とした表情が消えて、ルクレツィアと同じ赤い瞳が妖しく煌めいた事に、ルクレツィアが気付く事はなかった。

 姫と姫のお望みは、必ずやお守り致します。
 アレの思う通りにはさせません。絶対にーーーー。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●捕獲部隊
 愛犬ペフティが追うツィアの匂いを辿りながら、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)は森の中を駆けていた。
「ネティさん!」
 天馬のエーリアルを駆り、上空から夜間の旅人を捜していたシャロン・シェフィールド(ec4984)の焦りを浮かべた表情が、状況を物語っている。
「この先は森が多くて、視界が確保出来ません!」
 バンパイア絡みの事件が起きて、大人しくしている娘ではない。だから、依頼を受けた直後に屋敷へと向かったのだが、一足遅かった。屋敷に残されていた「ちょっとお出かけしてきます。心配しないで下さいね」という脳天気な置き手紙を、ネティは思わず握りつぶしかけてしまった。
「全くあの子ったら!」
「でも、今回はお1人ではないと思います。ジェラールさんも一緒でしょう」
 エーリアルから降りたシャロンの言葉に、ネティは爪を噛んだ。
 ジェラール。
 あの男も胡散臭い。人の好い青年だが、謎が多すぎる。
「そう言えば、昼間、色々と占ってましたよね? 何か分かりましたか?」
 尋ねられて、ネティは首を振った。
「何かが見えた気がするんだけど、はっきりとは。ぐちゃぐちゃに色んな色が混ざり合ったみたいな感じ」
 言葉の組み合わせ方が悪かったのかもしれない。また明日、再挑戦しよう。ネティがそう決意したその時に、森の奥から「わおん」鳴く愛犬の声が聞こえた。

●用意された悲劇
 小さく首を振ったベアトリス・マッドロック(ea3041)に、オイル・ツァーン(ea0018)は瞬きで応える。
 ルクレツィアの保護に回ったネティやシャロンとは別に、問題の村へと先行したオイルとベアトリスは、まず隔離されているという高熱を出した者達の元へと向かった。そこに寝かされていたのは、子供から年寄りまでの数人だ。
 完全にバンパイア化をした者を救う手立てはない。まだ望みがあると信じて、容態を確認したのだが結果は‥‥。自分があまりに無力で、情けなくなる。
 項垂れたベアトリスの腕を軽く叩き促して、オイルは外へと出た。
 ベアトリスが被害者を診ている間に、彼は彼でこの村を襲った悲劇の原因を探っていたのだ。
「最初の被害者が出てから、かなりの時間が経っている」
 そう切り出したオイルに、ベアトリスの表情が強張った。時間が経つにつれて、被害者は増えていく。小さな村など、瞬く間にバンパイアの村と化していてもおかしくはない。
「色々マズかったかねぇ」
 夜はバンパイアの時間だ。たった2人でバンパイアに囲まれるのは不利だ。
 だが、オイルはそんなベアトリスの心配に首を振った。
「時間が経っている割に、被害者は少ない」
「でも、今日も変死者が出たって言ってなかったかい?」
 頷いて、オイルは確認した遺体の状況を語る。
 その男の首には小さな傷跡が2つあった。しかし、それは牙の跡というよりも、何か別の、先の尖った物で突かれた跡に近かった。
「その傷が深いものなら、普通に死ぬだろうな」
「ちょいとお待ち。なら、大量の出血が‥‥」
 言いかけて、ベアトリスは口を噤んだ。この村に、スレイブと化した者達が潜んでいるのは間違いない。そこまで考えて、彼女は巨大な体を震わせた。あまり想像したくない光景を思い浮かべてしまったのだ。
「でも、一体、何で?」
 口元に手を当てて、オイルは考え込んだ。
 今までのバンパイア事件とはどこかが違う。背後の隔離された者達の小屋にはスレイブとなった者がいる。人間の血の匂いを感じて、今頃、彼らは渇きに喘いでいるかもしれない。
 なのに、襲って来る気配はない。
 知性などない、本能だけのスレイブが‥‥である。
 気持ちが悪い。
 断片的な考えと情報が頭の中で渦を巻いているようだ。何か、大切な事を見落としているような気もする。
「くっ」
 ぐしゃりと、オイルは髪を掻き乱した。らしくない彼の行動に、ベアトリスも心配そうに彼を見た。
「‥‥話は夜が明けてからだな。明日にはツィアを捕まえて、ネティ達も合流出来‥‥‥‥」
 不意に閃いた考えに、目を見開く。
 明日にはツィアが来る。
 彼女はバンパイアの事件をずっと追いかけていた。野宿や旅の知識も無いのに、飛び出して行ってしまう程に。
「ベアトリス」
「何だい?」
 宿として用意された教会に戻ろうとしていた彼女の腕を掴んで、オイルは短く問うた。
「まだ、走れるか?」

●交差する思惑
「何度言ったら分かるの、この子は!」
 お説教モードに入ったネティを止められる者は誰もいない。ツィアの兄たる某領主でさえ、この状態のネティには反論を控え、大人しく嵐が通り過ぎるのを待つのだ。しかし、今日は勇者がいた。
「いや、姫は友人を心配し‥‥」
「ジェラールさんもジェラールさんですッ! ツィアが友人を心配しているなら、まず落ち着かせて、こういう事の専門家である私達に相談して来るのが正しい選択じゃありませんかっ!?」
「‥‥ご、ごもっともです」
 ツィアとジェラール、2人並べて一緒にお説教するネティの姿に、シャロンは乾いた笑いを浮かべるしか出来ない。焦りと怒りが安堵と怒りに変わったのだ。今は思う存分、お説教させておこう。その方が2人にも堪える‥‥と考えていたシャロンは、こちらに片目を瞑って来るジェラールに、口元を引き攣らせた。
ールクレツィアさんはともかく、あの方は全然堪えてなさそうですね‥‥。
 条件反射で赤らんだ頬を隠すように、シャロンはあらぬ方へと視線を向ける。
 その瞬間、風に紛れて投げつけられたダガーが、シャロンを掠めて背後の木に突き刺さった。
「シャロン!?」
 慌てて駆け寄ろうとするネティを手で制する。ジェラールの悪戯に動揺していなければ、ダガーは確実にシャロンを貫いていた。脅しでも何でもない。明確な殺意の籠もった一撃だった。
「「姫」を護る役目はお願い出来ますね? 「騎士」様?」
「勿論」
 弓に矢をつがえて引き絞る。狙いを定めた先は、森の奥だ。
「や、やめて!」
「撃たないでくれ!」
 ジェラールに庇われていたツィアが、弾かれたように顔を上げる。
「‥‥ツィアのお友達?」
 彼女が追いかけていた友人がいるのだとしたら、迂闊に攻撃出来ない。躊躇うシャロンとネティの耳に、低い、押し殺した笑い声が聞こえた。深い闇に覆われた森の奥から、ロープで縛られた2人の男女の姿が現れる。そして、そのロープを持つのは、外套で頭から爪先まですっぽりと覆った人物。
 外套から覗く手と体つきから男だと分かる。
「あなたは‥‥」
 既視感に、シャロンは目を細めた。
 姿を見たわけでもない。声を聞いたわけでも。だが、冒険者としての直感が警鐘を鳴らす。
「あの時の方ですね? 何故、ツィアさんを狙っているのですか?」
「デビルに与する人間がいるのだ。バンパイアの手下となる人間がいてもおかしくはあるまい!」
 ロープを持つ手に、漆黒の鞭が絡みつく。その瞬間を逃さずに、シャロンは矢を放った。鎧の僅かな隙間さえも狙い打つ技量で、矢は正確に細いロープを射抜いた。倒れ込みそうになる男女をネティの方へと押し遣って、オイルは鞭を持つ手に力を入れる。じりじりと詰まって来る間合いに、男は自由になる手で腰に下げた剣を抜き放った。
 咄嗟に鞭を緩め、後ろへと下がる。
 動きに遅れた髪が数本、宙に舞った。
「バンパイア騒ぎを起こして嬢ちゃんを呼び寄せる計画だったのかい? にしちゃ、お粗末だったね」
 男女を助け起こしながら、ベアトリスが呆れ顔で肩を竦める。だが、オイルの鞭から自由になった男は、彼女の揶揄にも動じる事はなかった。
「可能であれば」
 外套の下からくぐもった声が漏れる。
「お連れしろとは言われたが、それだけだ。私の役目は‥‥果たした」
 男は笑っていた。
 冒険者達を嘲るような笑い声を響かせて、身を翻す。
「逃がすか! ‥‥っ!?」
 後を追おうとしたオイルが息を呑んだ。いつの間に集まったのか。虚ろな表情で立ち尽くす男女が、彼の行く手を阻んでいる。
「あ‥‥ああっ!? ジェス? ジェス!?」
「知り合いかい?」
 取り乱した女は、何度も強く頷いた。当然だとネティが呟く。
「この村、この人の故郷だって言っ‥‥」
 力無く呟いていたネティの瞳が見開かれた。咄嗟にツィアを振り返る。
 必死に呼びかける女の声など聞こえぬ様子で、村人達はゆらゆらと彼女の前に立ち、おもむろに跪いた。王に傅く家臣のように。
「な‥‥何ですの‥‥? 何が‥‥」
「姫」
 苦り切った顔で、ジェラールはツィアの体をシャロンへと預ける。頷いて、シャロンはツィアを連れてその場を離れた。ベアトリスも混乱した様子の男女を連れて彼女達の後を追う。
 残されたのは、オイルとネティとジェラール、そして数人のスレイブ達だ。
「‥‥やられた、か」
 ぽりと頭を掻くと、ジェラールは冷たい目をして跪いたままのスレイブを見下ろす。
「どういう事なのよ? 一体、何が「やられた」の? そもそも貴方は何者なの!?」
 興奮気味に一気に捲し立てたネティを、ジェラールは真っ直ぐに見据えた。
 赤く濡れたように輝く瞳、男にしては白過ぎる肌。そして、彼は笑った。自嘲めいた笑み。けれど、それで全てが顕わとなった。
「言ったはずだよ? 姫を護る騎士だと。僕はあの方の望みを叶える為に存在しているんだ」
 子供の面倒を見て、ご近所の奥様方から夕飯のお裾分けを貰ってにこにこ笑っている青年は、ほんの少しの仕草でがらりと雰囲気を変えた。
「こいつらをどうするかは、君達が決めるといい。その鞭で葬ってもいいし、火をつけて焼き尽くしてもいい。アイツに良いように使われた連中なんて、八つ裂きにしてやりたいけどね。‥‥お望みとあらば、しばらく眠らせる事も出来る。墓の中にでも放り込んでおけば、呼ぶまで目覚めないよ」
 冷酷で傲慢な、誇り高いバンパイアの貴族の顔で言い放つ男に、オイルは漆黒の鞭を握り締めた。