襲われた馬車

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月26日〜08月02日

リプレイ公開日:2004年08月03日

●オープニング

 空には重い雲が垂れ込めている。
 今にも雨が降り出しそうな空に、浮き立つ心地を感じる者は少ないだろう。
 ギルドに集った冒険者達が何とはなく憂鬱な気分を抱えていたその時、乱暴に開け放った扉に体を預け、そのまま男が倒れ込んで来た。
「おい! 大丈夫か!?」
 近くにいた冒険者が駆け寄る。
 男の服はボロボロで、血と泥とにまみれていた。何があったのか一目瞭然だ。
 気付け薬の代わりに酒を口に流し込むと、男は僅かに噎せた。
「‥‥‥‥」
 男が口を開く。だが、言葉にはならない。
 冒険者は軽く男の背を撫でた。
「ほら、落ち着け」
「‥‥お前」
 冒険者達と談笑していた1人の青年が、目を眇めて膝をついた。
「あ? こいつを知っているのか?」
 青年の姿を認めて、男は腕を伸ばした。乾いた血で汚れた手が青年の上衣の裾を掴む。
「モ‥‥ンスターに‥‥」
 途切れ途切れのその一言に、ギルドの中の空気が変わった。誰もが、男の言葉を聞き逃さないように耳を澄ませた。
「モンスターに襲われたのか!? それで、ヒューや他の連中は!?」
 胸ぐらを掴んで揺さぶりかねない勢いの青年の手を、冒険者が止める。重傷を負っている男に余分な負担はかけられない。
「や‥‥まの中、岩が転がって来て‥‥馬車が‥‥」
 咳き込んだ男の背を撫でながら、彼を支えていた冒険者が青年を見上げた。男がうまく語れない分、彼を知っているらしい青年に説明を求めるのは当然の事だ。
 長く息を吐き出して、青年は傷ついた男を顎でしゃくった。
「そいつは、馬車の御者だ。いつもは荷を運んでいるが、たまに人を乗せて行く。それで小銭を稼いでいるんだ」
 青年は、苛々と前髪を掻き上げた。
「俺の従者が、数日前にこいつを雇って所用に出かけた」
 ああ、と誰かが声をあげた。
「確か、自分がいなくても、あまり羽目を外さないようにとか言い置いてたよな!」
 じろりと青年は声の主を睨んで、言葉を続ける。
「今日か明日には帰って来るはずだったんだが‥‥どうやら、面倒に巻き込まれたようだな」
 ギルドの中を見回して、彼は良く響く声で告げた。
「依頼だ! 依頼主は俺。依頼内容は、この男が襲われた場所まで行き、俺の従者を捜し出す事だ」
「‥‥ヒューが無事とは限らないだろう?」
 こんな事を言うのは何だが、と前置いて、冒険者の1人が言いにくそうに尋ねる。だが、返ったのは自信に満ちた笑みだった。
「この男が、ギルドに来た。こいつは本来はごく普通の農民でな。畑仕事に使えなくなった馬で、農作業の合間に荷を運ぶようになった。モンスターに襲われて混乱したこいつに、ギルドに助けを求める事を考えつくとは思えない」
 なるほど、と冒険者達は頷いた。
 怪我をしていないのならば別だが、自身が大怪我を負っている。通りすがりの誰かに助けを求めて保護を受けたとしても、ギルドへ向かう事までを思いつけるほどに余裕があったとは考えにくい。
「つまり、彼にギルドへ行くように指示を出したのはヒューだと‥‥?」
 ああと頷き、青年は腕を組むと、応急手当を受けている男を見下ろす。
「そうだな?」
「へ‥‥へぇ‥‥。旦那の‥‥おっしゃる通りで‥‥」
 手当を受けて落ち着いたのか、男は彼らの身に降りかかった災厄を語り出した。
「銀色の髪の旦那と‥‥キャメロットへ行くという母子を乗せて‥‥後、山1つ越えたらキャメロットが見えるという所まで来た時に‥‥」
「岩が転がって、馬車をひっくり返したというわけだ」
 山1つ越えたらキャメロットが見える、という事は‥‥。呟いた冒険者は、頭の中で向かうべき場所を素早く計算する。
 続く男の状況説明を、彼らはしっかりと頭の中に刻みつけた。
 一通り、彼が語り終わると、青年は懐から革袋を取り出した。
「依頼料だ。‥‥依頼内容は先ほどの通り。それから‥‥今回は、俺も同行させて貰う」



 もうすぐ雨が降る。
 子供の体を抱き締めて、ヒューは空を見上げた。
 ギルドへと向かうように指示を出した御者の男は、無事にキャメロットに辿り着いただろうか。
 辿り着いたならば、彼の主人が自分の身に起きた異変に気づき、何らかの手を打ってくれるはずだ。
 投げ出された時、強かに打ち付けた体が痛む。
 襲って来たオーガは、まだ彼らの事を探しているだろうか。それとも、荷だけで満足して去っただろうか。
 傷つき、怯えた母子と見つけた洞窟に隠れ、彼の主人が差し伸べてくれる救援を待ってはいるが、母子はそろそろ限界だ。恐怖と痛みと空腹に叫びだしそうな彼女達を宥めている彼自身、今、オーガに襲われても、彼女達を守りきれるかどうか分からない。
 もうすぐ、雨が降る。
 雨が、オーガの動きをどれほど鈍らせてくれるだろうか。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0514 ディスタ・クオンタム(35歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3472 世羅 美鈴(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●案じる者達
 昼前だというのに、このまま夜が来るのではないかと思うほどに辺りは暗い。
 悪い視界に、まとわりつくような湿気、そして焦りとが、山道を行く彼らを苛立たせていた。
「本当にこっちで合っているのか? 街道から外れているぞ?」
「失礼ね。太陽神のお告げを疑うの?」
「2人とも‥‥」
 険悪な雰囲気で睨み合うネフティス・ネト・アメン(ea2834)と今回の依頼主でもある青年、アレクシスの間に割り入って、セリア・アストライア(ea0364)は長く息を吐き出した。これで何度目の仲裁だろう。
「信じられないって言うなら、もう1度、太陽神にお伺いを立ててあげるわよ!」
 腕を振り上げて勢い込むネフティスの肩にそっと手を置くと、セリアはその目を見つめて口を開いた。
「落ち着いて。彼も貴女の太陽神のお告げを信じていないわけではないと思います」
 再度、サンワードを行使すべく金貨を握り締めた手を、セリアは自分の手で包み込む。
「本当は心配でたまらないのに、平気な風を装っているのです。分かってあげて」
「セリアさん‥‥」
 静かな笑みを浮かべたセリアの顔を見上げて、ネフティスは黒目がちな瞳を潤ませた。ネフティスとてヒューが心配なのだ。いつも一緒にいたアレクはもっと‥‥。
 ネフティスは納得した。
 だから、彼は自分に突っかかって来たのだ、と。
「アレク‥‥怖かったのね。可哀想に」
「‥‥おい。今、何を考えた?」
「いいの! 言わなくても分かるんだから!」
 ネフティスはぶんぶんと頭を振った。可哀想なアレクを慰めるべく、彼女が更に言葉を続けようとしたその時、セリアがさらりと、とんでもない事を言い出した。
「それに、ヒューさんだけではなく、縁の深いご婦人とお子様がご一緒なのですから、アレクさんが血相を変えるのも無理はありません」
 憂い顔で睫を伏せたセリアの言葉に、一行の歩みが止まる。
「水くさいです! それならそうと、どうして言ってくれないのですか!」
 がしりと手を掴んだ世羅美鈴(ea3472)の涙声に、気の毒そうな冒険者の視線に、アレクの表情がみるみる強張る。
「美鈴さん、言い出せなかったアレクさんの気持ちも汲んであげて下さいね」
 美鈴の目元をそっと拭ったセリアに、アレクは話が彼を置き去りにしてどこか遠くへと走り出した事を悟った。
「ちょ‥‥ちょっと待て! 俺とその母子は無関係‥‥」
「よいのですよ。もう、隠さなくても」
 嬉しそうに肩を叩いたレジーナ・フォースター(ea2708)に、アレクは恨めしそうに呻く。そんな彼の様子を気にも留めず、レジーナは頬に手を当て、どこか熱っぽい眼差しで空を見上げた。
「その気持ちは痛い程に分かりますもの。でも、安心して。ヒューさんは、私が見つけだしてみせます。あなたの大切な人も」
 ぐっと握る拳に力を込めて、レジーナは念を集中させた。彼女の体が淡い色に包まれる。
「私とヒューさんの仲ですもの。必ず、見つけだす事が出来ます!」
 気合い一発、握った拳を天に突き上げたレジーナに、アレクは近くの木で体を支えた。
 オーラエリベイションで気力を満たした彼女とは逆に、体中の力が根こそぎ奪われたらしい。
 更に念を集中している様子のレジーナに期待を込め、固唾を呑んで見守る仲間達の視線の中、彼女はゆっくりと地面に膝をついた。
「そ、んな‥‥私とヒューさんの絆って、こんなものだったのですか‥‥」
 落胆を顕わにするレジーナに、慌てて美鈴が駆け寄る。気落ちする彼女を見ていられなくなったのだ。
「悲しまないで下さい。近くにいないだけかもしれませんし‥‥」
「ヒューさん、『レジーナさん、いつもお綺麗ですね』って言ってくれるのに‥‥」
 しくしくめそめそ。
 痛ましそうに、揺れるレジーナの肩を見つめていた美鈴の隣で、ネフティスが首を傾げた。
「ヒューってば、私にも『可愛いですね』とか『元気ですね』って言ってるのよね」
 冷たい吹雪に翻弄されている旅人のような表情で凍りついたレジーナが地面に崩れ落ちる気配を感じながらも、仲間達は目を逸らし合った。まだヒュー達を見つけていないし、モンスターに出会ってもいない。今から疲れてしまうわけにはいかないのだ。
「御者の話から察するに、馬車が襲われたのはこの上の街道だな」
「そうだな。この痕跡からして間違いはなかろう」
 何事も無かったかのように、地形と情報とを照らし合わせて、オイル・ツァーン(ea0018)とヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)は周囲を見渡した。
「だが、ヒューが近くに留まっているとは思えない。助けが来る前にモンスターに見つかってしまうからな」
 周囲をきっぱり無視して話し込むオイルとヴォルフに歩み寄ると、ディスタ・クオンタム(ea0514)は軽く彼らの肩を叩く。思わず振り返った2人に、ディスタは額に手を当てつつ、背後を指し示した。
 睨み付ける仲間の目が「一蓮托生」という言葉を突き付けて来る。この場で無関係を装う事など、最初から無理な話だったのだ。
 たらり、と2人の背筋に冷たい汗が伝う。
「ああっ! もう、どうでもいいから、さっさと見つけてくれ! ヒューとその母子を連れて、無事にキャメロットに戻れたならば、依頼料とは別に1Gずつ払うぞ!」
「あら、気前がいいのね」
 驚いたネフティスに、鳴滝静慈(ea2998)は口元を歪めた。
「ヒューがいない方が出費が嵩むんだ。恐らく‥‥な」
 アレクとの賭けに勝った事があるネフティスは、静慈の推察に大きく頷いたのであった。

●痕跡を辿って
 先導していたオイルが手を挙げた事に気づいて、ヴォルフは足を止めた。オイルが手に取った枝の先が折れている。枝の高さはヴォルフの肩辺りだ。
「人が通ったんだな。しかも、つい最近だ」
「ああ」
 御者もあれだけの怪我をしていたのだ。彼らも無傷ではあるまい。血の匂いをモンスターが嗅ぎつけるよりも先に彼らを見つけなければならない。
 オイルの山岳知識とヴォルフの経験とを総動員させて、彼らは僅かな手掛かり手繰り寄せ、ヒュー達の足取りを追った。
「モンスターも近くにいるかもしれない。注意して過ぎる事はなかろう。油断するな」
 静慈の言葉に、彼らは気を引き締める。
 馬車の残骸はどれが誰の足跡か分からない程に踏み荒らされていた。残骸を漁ったと思しき跡もあった。モンスターが、獲物を諦めてはいないとすれば、この周辺を徘徊している可能性がある。
「ええ、その通りです」
 低く、鋭く、セリアが声を発した。
 彼女の目が、木陰に揺れる異形の姿を見つけたのだ。
 だが、モンスター‥‥頭に角を持つ恐ろしげな姿のオーガは、まだ彼らに気づいていないようだ。
「先に行って下さい。ここは私達が」
 見交わされる視線。
「分かった。無事に再会出来る事を祈っている」
 気配を殺して、静慈と共に何人かが身を翻した。折れた枝の先が示す方角へと駆け去って行く彼らとは反対へと、セリア達が走る。
「足場を凍らせる! 離れていてくれ!」
 短く告げて、ディスタは印を結んだ。
 彼らの気配にオーガも気づいたようだ。探し求めた獲物の姿に狂喜する姿がディスタの目に映る。
「ヒューさん達が見つかっていません。普通に足止めするだけでは足りないかもしれません!」
 セリアの叫びに頷いて、美鈴が飛び出した。
「ここは、絶対に通さないよ!」
 アイスブリザードに動きを封じられたオーガが体勢を崩した所へ、美鈴の刀が振り下ろされる。彼女の全ての力を乗せた刀は、深くオーガの体を切り裂いた。
 一太刀浴びせて飛び退った美鈴の脇のぎりぎりを掠めて、ディスタの放ったウォーターボムが襲う。その直後、凍った足場を利用して体を滑らせた美鈴が、オーガの懐へと飛び込んで真横に薙ぎ払った。
「離れて!」
 息の合った2人の連続攻撃に弱ったオーガの頭上、何本もの木が倒れ込む。
 ディスタと美鈴の攻撃している間に、セリアが周囲の木を切り倒していたのだ。
「やった!」
 トドメを刺すには至らなかったが、これでしばらくは動けないだろう。
「さあ、皆の後を追いましょう」
 びくりとも動かない木の山を確認して、セリアは踵を返した。

●発見、そして
 ようやく見つけた洞窟の中、彼らはいた。
 短刀を手に身構える銀の髪の青年と、恐怖に顔を引き攣らせる母子の姿に、誰からともなく安堵の息が漏れる。
「見つけましたよ、ヒューさん!」
 強張りの解けぬヒューへと抱きついたレジーナの声を合図としたように、少年が大声を上げて泣き出した。張りつめていた緊張の糸が切れたのだろう。
 泣き止む事の出来ない少年をしばし見つめていた静慈は、無言で洞窟の中へ入ると、少年へと腕を伸ばした。
 びくりと大きく震えた少年の頭に手を添えて、少しぎこちない手つきで撫でる。
「君は勇敢だ」
 泣く事を忘れて、少年は静慈を見上げた。
「ここにいる誰よりも、な。よく辛抱した」
 静慈の手の温かさに、少年の顔が再びぐしゃりと歪む。だが、今度は泣くまいと必死に堪えている様子だ。
「本当に、勇敢だ」
 恐怖で極限状態にあった少年の心を、静慈の労りが救ったのだった。
「ヒューさん!」
 ヴォルフが携帯食を煮て作った食事を口に運ぶヒューの手をぐいと掴んで、レジーナは彼ににじり寄った。
 合流を果たしたディスタのリカバーポーションを衰弱の激しかった母子に使い、ヒューの傷は静慈のリカバーで応急手当を施し、彼らはようやく緊張を解く事が出来たはずなのだが‥‥。
「体を治すには、まずは食べなきゃいけません! キャメロットに着いたら、美味しいものを食べに行きましょう!」
「賛成〜♪ 美鈴さんもセリアさんも一緒に行きましょ!」
 呆気に取られているヒューを後目に、ネフティスが同意を示して手を挙げる。
「そうですね」
 にこにこと邪気無く微笑むセリアと、一応は気を遣って遠慮がちにレジーナを見る美鈴の様子に、静慈とオイルは顔を見合わせて苦笑した。
「ちょ‥‥ちょっと! 私はヒューさんと‥‥」
「よーし、分かった! 景気づけに皆で美味いものを食うぞ!」
 半ば自棄っぱちのように叫んだアレクに、歓声と悲鳴が上がる。
「勿論、あんた達も一緒な」
 少年に自分の分の保存食を渡してやりながら、ディスタは微かに口元を引き上げた。
 騒ぎは、キャメロットに着いても収まりそうにはなかった。