【初夏の園遊会】招かれざる客
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 47 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月06日〜07月09日
リプレイ公開日:2009年07月14日
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●オープニング
●誤算
手応えはあったのか無かったのか。
去っていく背中を見つめて、彼女は小さく肩を竦めてみせた。
「ウォルフリード‥‥思っていたよりも慎重なのね」
しばし考え込んで、彼女は踵を返した。円卓の騎士ボールスの弟子であり、リヴァイアサン戦で功績を挙げた彼ならば、事は簡単に運ぶと踏んだのだが、どうやらそうも行かないらしい。
「さて、どうしましょうね? 1人で行かせると不審に思うでしょうし」
あの手この手でようやく口説き落とした相手だ。ここで不審に思われては、今までの苦労が水の泡となる。頬に手を当て、数歩。彼女はウォルに代わるに足る者達に思い当たって小さく笑みを浮かべた。
「そうね。きっと彼らなら、彼も信用してくれるはず」
そうと決まれば、早速、手配をせねば。
もう時間はあまりないのだから。
●奇妙な依頼
「こんにちは」
ギルドの扉を押し開けて、ひょっこり顔を出したのは、王妃付きの小間使い見習いとして王宮に勤めているロミーという少女だった。
最初の頃は、冒険者に対して荒くれ者の印象を持っていたらしく、びくびく怯えていたが、2度に渡って仕事を手伝って貰った事がきっかけとなり、その認識は改まったようだ。
「あの、依頼を受けて頂きたいのですけれど」
そして、とうとう、たった1人で依頼を出しに来るまでになったのだ。
「なんか‥‥猫が懐いてくれた気分だぜ」
「うんうん」
妙な感激の仕方をする冒険者を不思議そうに眺めると、彼女はお金の入った革袋と羊皮紙を受付嬢へと手渡す。
「依頼の内容は‥‥。ねぇ、ちょっとこれって‥‥」
羊皮紙に目を通した受付嬢の声が上擦った。
ロミーは、真剣な表情で頷きを返す。
「皆様にしかお願い出来ない事なのです。どうかよろしくお願い致します」
動揺する受付嬢から羊皮紙をひったくった冒険者も息をのんだ。
そこに書かれてある依頼内容。
それは、1人の男性を、誰にも気付かれぬようにキャメロット郊外にある離宮の中へと案内すること。しかも、その日は‥‥。
誰からともなく、壁に貼られた羊皮紙を見る。
その日、その離宮では、リヴァイアサンとの長く苦しい戦いを勝利へと導いた者達ーー円卓の騎士や王宮騎士、そして冒険者達を招き、慰労を兼ねた無礼講の園遊会が開かれる事になっていた。
冒険者達の視線に気付いたのだろう。
ロミーは、はいと大きく頷いて、壁に貼られた園遊会の案内へと歩み寄った。
「この園遊会、王妃様が王様に開いて下さるようにとお願いされたものなのです。王様は高波の被害を受けた方々への救済や、色々な方々とのお話し合いでお忙しくて、皆様の慰労会までは手が回らないでしょうから、と王妃様御自らご指示をお出しになって、準備が進められているのです」
誇らしげに胸を張って語るロミーに、冒険者達は笑んだ。
彼女は、本当に王妃様の事を尊敬しているようだ。
「それで、この園遊会に誰を忍び込ませようとしているんだ? あんたが来たって事は、王妃様の客なんじゃないのか? なら、こっそり侵入するみたいな真似をしなくても‥‥」
途端に、彼女は表情を曇らせた。
「そうなのですが‥‥でも、あまり他の方々と顔を合わせたくないお方のようで‥‥。あの、これは他の人に見せたり無くしたりしないで下さいね」
そう念押しして、彼女はもう1枚の羊皮紙を取り出した。それはどうやら、園遊会が行われる離宮の見取り図のようだった。確かに、これが世に出回ったら大事だ。
「私は、お仕事がありますのでお手伝いは出来ませんが、夜の宴が始まったら、まず、ここに置いてある鍵を使って、使用人専用の門の鍵を開けて下さい。鍵は中からしか開きません。この門を使う人達は、皆、仕事に追われていると思いますので、多分、誰にも見咎められないと思います」
「‥‥多分、か」
申し訳なさそうに、ロミーは項垂れた。
「無礼講の園遊会と言いましても、王様も王妃様もお出ましになる宴です。当然、警備は厳しいものになると思われます。あの‥‥円卓の騎士のパーシ・ヴァル卿が警備を請け負っておられるとも伺いましたし」
誰かが奇妙な唸り声を上げる。パーシ卿が警備を請け負っているとなると、その隙をついて‥‥というのはとても難しい事になるだろう。
「あ、でも! この地図に記された通りに厨房と穀物倉の間を通って、植え込みを抜けると奥の庭に通じる小道に出られます。奥の庭は、王様や王妃様のお部屋に近い場所で、宴の席から向かう場合は警備の方々に止められてしまいますが、この小道はメリンダ様が警備の担当なのです! ですから‥‥」
「見逃して貰えるわけか。それで、案内する男とはどこで落ち合う事になっている?」
「離宮の近くにある狩猟小屋です」
もう一度、改めて依頼状を見直す。
狩猟小屋で落ち合った男を連れ、夜の宴が始まったら、使用人専用の門の鍵をあけ、使用人が主に使う領域、しかも、人があまり通りそうにない場所‥‥壁と壁の間などを抜け、奥の庭まで連れていく。
「奥の庭ではメリンダ様が待っておられるはずです。真夜中までに辿り着いて下さいね。お帰りは、メリンダ様が状況をを見て伯爵様の馬車で外までお連れ下さるそうです」
「真夜中?」
冒険者は眉を顰めた。
真夜中となると、宴席は別にして、さすがに王と王妃は自室に引き上げている時間だろう。そんな時間に王や王妃の部屋に近い奥の庭に何の用があるというのか。
けれどロミーは怪訝そうな冒険者達の様子に気付かぬ様子で、ぺこりと頭を下げる。
「そのお客様にとって、とても大切なご用なのだそうです。ですから皆様、どうぞよろしくお願い致します」
●噂
王妃が発案したという園遊会が行われる離宮では、大急ぎでその準備が進められていた。
いつでも、王や王妃が滞在出来るようにと全ての調度は整えられているが、園遊会となるとまた状況は違って来る。バタバタと慌ただしい離宮の使用人達の間で、いつからか1つの噂が流れるようになっていた。
曰く、離宮の近くの森の中で、キャメロット城や大教会のある方角を見つめて思案に耽っている男性がいるーーというものである。
無精髭を生やし、質素な狩人のような出で立ちをしているが、その雰囲気から騎士ではないかと言う者がいたり、中には、2年前に騒動を起こした責任から、自らに謹慎を課したイギリス最高の騎士、ラーンス・ロット卿ではないかと言う者まで現れた。
だが、それを直接確かめた者はいない。
噂はあくまで噂に過ぎず、噂話に花を咲かせる者達は、真相を確かめるよりも先にやらねばならない事が山積みだったからである。
●リプレイ本文
●不安
待ち合わせ場所に指定された狩猟小屋の扉を前に、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)は大きく深呼吸した。
この中で彼女らを待っている人物を連れて、園遊会で賑わう離宮、しかも王と王妃の私室に近い奥庭まで案内しなければならないのである。考えれば考える程、なにやらモヤモヤした気持ちが心の内に渦巻く。
もしかすると、自分達はとんでもない事を引き受けてしまったのかもしれない。
小屋の扉を開ける事も躊躇われる程に、ネティは迷っていた。
「俺が開けようか?」
見かねたリース・フォード(ec4979)の申し出に、ネティは引き攣り笑顔で首を振った。
「ううん。大丈夫よ。さあ、鬼が出るか紗が出るか!」
「ネティさま、それは「鬼が出るか蛇が出るか」が正しいかと‥‥」
律儀に訂正する齋部玲瓏(ec4507)の肩に手を置いて、ジルベール・ダリエ(ec5609)は、そっと首を振った。
「あれは彼女なりの気合いの入れ方なんやろ。そっとしといてやり‥‥」
「はあ‥‥」
分かったような、分からないような。
首を傾げた玲瓏に、リースとジルベールは互いの顔を見合わせて苦笑した。
彼らにも、ネティの緊張の理由は分かっていた。最近、この辺りで流れている噂を聞いては、彼らも落ち着いてなどいられない。
案内すべき者が何を考えているのか。それを見極めるまでは、迂闊な事は出来ない。例え、依頼人の意向に背く事になっても。リースの決意は、無意識に握り締められた拳に現れていた。
「蝶は?」
「今の所、反応はないね」
石の中でぴくりとも動かない蝶の姿を確認して、ジルベールとリースは頷き合った。
どんな状況になっても対応出来るように、少し離れた場所に立っていたアリオス・エルスリード(ea0439)にも緊張が漂う。
「い、行くわよ」
ゆっくりと、ネティは扉を開いた。
●園遊会にて
ー聞こえるのかしらだわ
園遊会のざわめきの中、酒を断っていたオイル・ツァーン(ea0018)の耳に小さな声が届く。
いや、違う。正確には耳にではない。
ー聞こえている
心の中で答えると、声の主、ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)が笑った気配が伝わって来た。通じるかどうか、確認の為に声をかけて来たのだろうか。彼女は今、ロミーと共に王妃の近くに待機しているはずだ。
ー王妃の様子はどうだ?
当たり障りなく、名前も知らない相手の会話に相槌を打つ振りをしながら、オイルは問うた。彼らが案内するのが本当に王妃の客ならば、人目を避ける必要はないはずだ。だが、ロミーの依頼は誰にも気付かれずに客を奥庭へと案内する事。胡散臭いと感じるのはオイルだけではないはずだ。
客の訪問を、王妃は知っているのか、いないのか。
王と共に園遊会に出席している王妃の様子を、オイルは知りたかった。
ーそうねぇ。ちょっと落ち着きがないみたいなのだわ
そわそわしているのか。となると、王妃も客の訪れを知っているのだろう。
ー聞いているのかしらだわっ!?
考え込んだオイルに、ヴァンアーブルの心話の声が大きくなる。
ーき、聞こえている
びくりと驚いた彼を、誰も不審に思わなかっただろうか。注意深く周囲を見渡しながら、オイルは静かに席を立った。宴も3日目、しかも最後の夜となると強かに酔っている者達も多く、彼1人が姿を消した所で誰も気付かないかもしれない。
だが、油断は出来ない。
何しろ、この宴の警備を担当しているのは、あの円卓の騎士、パーシ・ヴァル卿なのだから。
ーそろそろ鍵を開ける時間なのだわ。会場を抜け出せるのかしらだわ
ーうまくいけば、な。
パーシ卿が指揮を執る警備の目を欺く為に、一応、道具を用意して来た。姿を消す為の指輪、念のために透明人間の飴も服の内側に忍ばせてある。
ー珠慧さんも動き出したのだわ。後はよろしくなのだわ
ーわかった
そこで、ヴァンアーブルとの会話は途切れた。次に連絡があるのは、恐らく、「外」の仲間達が到着した時だろう。
手の中に指輪を握り込んで、オイルは素知らぬ顔を装って警備の騎士の前を通り過ぎた。
●湖の騎士
小屋の中の男の姿を見た瞬間、ネティは思わず声を上げてしまった。
それは、共にいた者達も同様だ。
「ま‥‥あ、ご立派になられましたね」
何とか言葉を紡いだ玲瓏も、自分の発言のおかしさに、その後を続けられない。
立派になったというのは、ある意味正しい。
玲瓏が知る青年は、無精髭に質素な身なりの男だったのだから。
だが、今、目の前にいるのは髭を剃り、髪を整えて威儀を正した正装の騎士だ。それも、ヴァンアーブルが持っていた肖像画の青年に酷似した‥‥。
「ふぅん、あの裏肖像画も、まったくの偽物ってわけやないんやね」
「‥‥ジルベール」
呑気な感想を漏らしたジルベールに、リースも苦笑いをせざるを得ない。だが。
「ラーンス・ロット卿」
青年の名を正しく呼び、リースは静かに佇む彼に問いかけた。
「我々は貴方を案内する役目を引き受けた。だが、その前に、お聞きしたい事がある。貴方は、何の為に離宮に赴かれるのか」
凛と立っていた青年の表情に、一瞬だけ迷いが走ったように見えたのは、ネティの見間違いではないだろう。
「何か‥‥気になる事でもあるの?」
「ご心配がおありですか? 私どもでお力になれる事でしたら‥‥」
ネティと玲瓏の言葉に、ラーンスと呼ばれた青年は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「‥‥まだ迷っているだけだ。あの御方にお会いして、再び騎士としての誇りを取り戻す‥‥それが、許される事なのかと」
冒険者達は顔を見合わせた。
彼は、何を言っているのだろう。
「ま、とりあえず、ここ出よか。そろそろ移動せえへんかったら、中にいる皆との連携が取れへんし、な?」
仲間達と青年との会話を聞いていたアリオスも頷く。
青年から悪意は感じない。
ーだからと言って、そのまま信じられるというわけではないが。
青年の立ち居振る舞い、身のこなしには一分の隙もない。円卓の第一位というのは伊達ではなさそうだ。油断は出来ない。
小屋を後にする仲間達と青年から僅かに距離を置きつつ、アリオスは青年の行動を観察し続けた。
●事情
「まあ。酔ってしまわれたのですか。大丈夫ですか?」
近づいて来る見廻りの騎士の気配に、姜珠慧(eb8491)は咄嗟にオイルの腕を引いた。普通の少女ならばいざ知らず、武術の心得がある珠慧に力一杯引っ張られては、さすがのオイルも地面に懐くしか出来ない。
何だか、既視感があるのは気のせいだろうか。
「珠慧‥‥」
「まあ、吐き気がしますの? それは大変ですわね。どこか目立たぬ所に参りましょう」
今度は急激に引き起こされる。
そうして騎士をやり過ごしながら、珠慧は園遊会の合間にメリンダから聞いた話を小声で語った。
「王妃様が最高の蜂蜜を探しておられたのは、この園遊会の為だったそうです。最高の蜂蜜がどこにあるのかを調べているうちに、メリンダさんはあの男性の噂をお聞きになって、もしやと思われたとか」
「もしや‥‥とは?」
珠慧は頷いた。
仲間達が何を懸念しているのか、珠慧も知っている。
「地獄への道が開き、デビルの動きが活発になっている今こそ、あの方にお帰り頂くべきだとメリンダさんは考えておられます。ですが、色々と複雑な事情がおありのようで‥‥」
ああ、とオイルは息をついた。
その辺りの事情は、広く知れ渡っている話だ。
「わたくしも存じ上げておりますけれど、あの方ご自身も、世捨て人のような状態でしたし。まずは騎士の誇りを取り戻して頂ければ‥‥との事でしたわ」
●迷い
その頃、迷路のように入り組んだ道ならぬ道を進む者達も、オイルや珠慧と同様の話をしていた。
青年‥‥ラーンスは、騎士として生きる為に戻って来たはずだった。だが、戻って来た彼に、キャメロットは、王宮は居心地の良い場所ではなくなってしまっていた。いつしか、彼は各地を放浪し始め、荒んだ生活を送るうちに、騎士としての己を見失ったのだ。
イギリスを襲った危機に駆けつける事すら出来ない自分自身に絶望していた時に、王妃からの使いとしてやって来たメリンダから誘いを受けた。
「彼女の話に心が動いた。もう一度、騎士として働けるのであれば、今度こそ命の最後の一滴、魂の全てをかけてこの国を、世界を守れるのだと」
だが、彼には負い目があった。
今更、どのような顔をして王に会えばいいのかと悩む彼に、彼女は「ならば」と告げたのだという。
「自分が王妃様にお願いをする、と。王妃様ならば、王の代理として騎士叙任の式を執り行えるのだから、もう一度、騎士になればいいと」
それは彼にとって、魅力的な申し出であった。
叙任の式が形式だけのものだとしても、騎士の精神を取り戻す為に必要な事に思えた。
「だが、私はまだ迷っている。私は王妃様にも多大なご迷惑をおかけした。あの方を未だ悪く言う者達がいるのは、私の愚かさのせいだ。なのに、また王妃様にご無理をお願いしてもいいものだろうか‥‥と」
それまで黙って話を聞いていたジルベールが、不意に青年の腕を掴んだ。
抵抗する様子も見せず、青年はその場で動きを止めた。
「もうすぐ奥の庭に続く小道や。その前に、綺麗にしとこか。煤や蜘蛛の巣やらで、エエ男が台無しやで」
ジルベールの言葉にくすりと笑って、玲瓏が手布を手に背伸びをして青年の頬を拭いた。
「確かに、貴婦人にお会いする格好じゃないね。折角、正装したのに、これじゃあんまりだ」
服についた泥を払い、皺を伸ばしてリースは彼の背を押した。
美しく剪定された小道が見える。壁と壁の間の細道には、アリオスが静かに立ち、彼を待っていた。
「ね、ラーンスさん、占い師として1つだけ言わせてね。どんなに強い人でも、折れた心を1人で治すのは難しいの。でも、きっかけはいつか必ず巡って来るものなのよ。夜の終わりに、太陽神が姿を現して下さるように、ね」
●混沌
奥庭に佇む影に、思わず足を止めたしまった王妃を促すように、メリンダが囁く。
「王妃様、どうか」
ヴァンアーブルを肩に乗せたロミーの、燭台を持つ手も震えている。その髪を軽く引くと、ロミーはヴァンアーブルにぎこちなく笑った。
「大丈夫。イギリスの‥‥王様と王妃様の為だもの」
自分に言い聞かせるように呟いて、ロミーは王妃の足下を照らすべく燭台を掲げた。
ロミーの呟きを聞いていた王妃も、心を決めたようだ。
ゆっくりと、影に向かって歩み寄る。
「‥‥ラーンス・ロット‥‥卿ですか」
「は。ラーンス・ロット、御前に」
跪き、頭を垂れた男に、胸元に抱えた剣を持つ手に知らず力が入る。この場から去ってしまいたいとさえ思う。王妃の胸に去来するのは、跪く男との様々な記憶だ。信頼を寄せ、若い娘が「円卓の騎士」に抱くような憧れを抱き、そして、それをデビルに利用されて、大それた事件を起こしてしまった。
王を悲しませてしまった。
もしかすると、今、自分がしようとしている事は、再び王を裏切る事になるのではないのか。
メリンダから話を持ちかけられて以来、ずっと心の中で葛藤していた。
王を裏切る事になるかもしれない。会うのが怖い。でも、もう一度、彼に「円卓」へと戻って来て欲しい。
国務長官として内政に追われる身のケイが、円卓の騎士として危険な任につくほどに、イギリスは今、危うい所にいる。王城の奥で暮らす彼女にまで怖ろしい噂が聞こえて来る程に。
「王妃様」
静かな声に、王妃は我に返る。
男へと視線を戻すと、彼は真摯な表情で彼女を見上げていた。
「この2年の間、私はずっと逃げておりました。イギリスの為、王の為、民の為に戻ると決意したにも関わらず、人々の、‥‥王の疑惑の眼差しに耐えきれず、身を隠し、各地を放浪致しました。デビルの襲撃に仲間が苦しんでいると知っても、駆けつける事さえ出来ませんでした。ですが、もうそんな事は‥‥」
ぐ、と彼の拳が握り締められる。
「王妃様、無理を承知でお願い致します。私が騎士の誇りを取り戻す為に‥‥どうか、私をもう一度、騎士にして頂けませんか」
本来ならば、騎士叙任は王の手で行われる。
だが、今、彼を再び円卓に戻す事を良しとしない者達は多い。そんな者達の意見を無視した形で叙任を受けたならば、王に対する反感も増えるかもしれない。何より、王自身が‥‥。
王妃は彼を見た。
薄明かりの下でも分かる。曇りない、揺るぎない視線。
彼の決意。
頷いて、王妃はしっかりと抱えていた剣を、両手で捧げ持った。
「聖なる母よ、我が夫に代わり、この者の忠心を認め、剣の誓いを執り行います事をご照覧下さい」
そして、彼女は剣の柄を握り、彼の右肩に当てる。
「ラーンス・ロット。貴方を騎士に任じます」
「有り難くお受け致します」
深く頭を下げ、彼は剣に恭順の口づけをすべく手を伸ばした。
その瞬間だった。
ざわりとした気配に、ヴァンアーブルは総毛立った。
「王妃様、こちらへ!」
手を掴んだメリンダが、王妃を廊下へと連れ戻すと、ロミーとヴァンアーブルに彼女の身を預ける。
「王妃様をお守りして下さい!」
「メリンダ、王の剣が!」
いつ現れたのか。
庭には無数のデビルが蠢いていた。おぞましさに震えながらも、王妃はそこに残してしまった剣を案じてロミーの手を解き、駆け戻ろうとする。
「剣はわたくしが取り戻して参ります!」
言い置き、メリンダは腰に履いていた細剣を抜き放ち、庭へと駆け戻った。
『皆、緊急事態なのだわ! 王妃様と王様の剣を!』
ヴァンアーブルの心話の緊急連絡を受けて、離れた場所に身を潜めていたアリオスとジルベールが飛び出す。
しかし、その僅か一瞬の間に、事態は彼らの想像を越えた展開を見せ、混沌と化していたのだった。