再生の朝

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月28日〜08月02日

リプレイ公開日:2009年08月07日

●オープニング

●憧れ
 初めて王妃様のお姿を拝見した時の事を忘れない。
 お城に下働きとして上がって、すぐのこと。
 下働きの仕事が辛くて、皆に叱られてばかりで、逃げ出したいといつも考えてた。
 偶然、礼拝堂に向かわれる王妃様のお姿を拝見したの。
 ほんの一瞬だったけど。
 でも、私はあの時の事を忘れない。
 太陽の光を纏われたお姿のなんとお美しかったこと。
 天からの御使いだと言われても、私はきっと信じた。
 あの日から、私はいつか王妃様のお側で、王妃様のお役に立ちたいとずっと願ってきたーー。

●すべてなくして
 その日の朝、冒険者ギルドに居合わせた者達は、互いに珍しいものを見たと顔を見合わせた。
 円卓に名を連ねる者の1人、滅多な事では表情を変えないトリスタン・トリストラムが血相を変えてギルドに飛び込んで来たのである。
「依頼だ。娘を1人、すぐに探して欲しい」
 トリスタンの言葉に、受付嬢は首を傾げた。
 気が急いているのか、トリスタンには余裕が無さげだ。
「おいおい、どうしたんだ、トリスタン。いきなり来て娘をすぐに探せって。あ、さてはどこかで可愛い子に一目惚れして、その子の事を探してるとかー?」
 纏う空気の重たさに、思わず茶化した冒険者の言葉は綺麗さっぱりと無視された。
「名はロミー。‥‥冒険者の中には、見知っている者もいるかもしれんな。一度、依頼を出しに来たはずだ。離宮で行われた園遊会の折、王妃様の元へラーンス・ロット卿を案内してほしいとの依頼だったはずだ」
 トリスタンの口から出た言葉に、冒険者達がざわめいた。
 園遊会の夜、王妃の元へ訪れたラーンス・ロットが王の剣、エクスカリバーを奪って逃走したという話は、彼らの耳にもとうに届いている。
 その場に居合わせた円卓の騎士、パーシ・ヴァル卿にもラーンスの逃亡幇助という嫌疑を受け、拘束の後、謹慎という形で自邸に籠っている事も、ボールス・ド・ガニス卿が、嫌疑を受けたもう一人、王妃付きの騎士メリンダの身柄を引き受けた事も。
 今は、ラーンス・ロットの行方を捜し、情報収集の為に残った円卓の騎士や王宮騎士達が奔走しており、ギルドにもその為の依頼がいくつか出されている。
「確か、ロミーって子は王妃様の小間使い見習いだったか」
 そういえば、と冒険者は考えた。
 ラーンスの逃亡幇助で拘束されたパーシ卿とメリンダ。
 では、ラーンスの侵入を手引きした事になる娘は、どうなったのだろう?
 物問いたげな冒険者の視線に気付いたのか、トリスタンは微かに口元を歪め、事情の説明を始めた。
「ロミーがギルドにラーンス卿侵入の手引きを依頼した事は、当然、すぐに我々の知る所となった。彼女も拘束され、王宮騎士による尋問が行われた。彼女はすぐにギルドに依頼に至る事情を語った。メリンダ嬢から頼まれたのだと、それが、今のイギリスの為になり、王の、王妃の為になる事であると教えられたのだと。だが、当然だが、その言葉はすぐには鵜呑みには出来なかった。嘘をついているのではないか、デビルに操られていたのではないかと尋問は続いた」
 そこで、トリスタンは一旦言葉を切った。
 僅かに寄せられた眉が、彼の苦悩を語っていた。
「ロミーは騎士ではない。普通の娘だ。度重なる厳しい尋問、自分の行動が招いた恐ろしい結果に、ただただ怯えて泣いていたらしい。パーシ卿とメリンダ嬢の拘束が解けた際に、彼女の拘束も解かれた。だが、彼女には行き場が無かった」
 え、と冒険者達は顔を上げた。
「あのような事態の後だ。元の通り王妃様付きの小間使い見習いとして働けるはずがない。王妃様は王宮勤めが出切るよう、随分と骨を折って下さったらしいが、結局解雇された」
 それでも、それ以外のお咎めがなかったというのは、通常では考えられない事だ。
 投獄され、処罰を受けても文句は言えなかったであろう。
「彼女はさほど裕福ではない貴族とは名ばかりの地方騎士の子のうちの一人で、伯爵令嬢であるメリンダ嬢のような後ろ盾がなかった。それどころか、家族は家の恥だと彼女の引き取りを拒否した」
「それは‥‥」
 絶句した冒険者に、トリスタンは続ける。
「当然、彼女にも見張りはつけられていた。だが、途方に暮れてふらふらと歩いている彼女を、雑踏の中で見失ったそうだ。手掛かりは、それらしい娘がキャメロットの外へ向かっているのを見たというぐらいだ」
「キャメロットの外へ?」
 という事は、故郷へ帰ろうとしているのだろうか。
「そうだ。何も持たずにな」
 考え込んでいた冒険者は、トリスタンの言葉に顔色を変えた。
「待て。それはいくら何でも無謀だろう!?」
「そうだ。だからすぐに探して欲しいと言っている。キャメロット周辺は比較的安全だが、それでも何も起こらないわけではない。ましてや‥‥」
 トリスタンの言わんとしている事を悟り、冒険者達は表情を険しくして席を立った。

●今回の参加者

 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb8491 姜 珠慧(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

●行方
 キャメロットの街は、いつも人で溢れ返っている。
 そんな雑踏の中で、姿を消してしまった1人の娘の行方を探すのは大変な事だ。
 街の外へ出るのを見たという者ですら、日数がたった今ではどこにいるか分からないのだから。
「何か手掛かりは掴めましたでしょうか?」
「何かわかった?」
 時間通りに待ち合わせた場所へと姿を見せた齋部玲瓏(ec4507)とリース・フォード(ec4979)が同時に問う。
 互いの言葉で収穫がなかった事を悟ったのだろう。
 深い溜息が2人の口から漏れる。
「2人とも、早かったんだな」
 やあと片手を挙げたヴィタリー・チャイカ(ec5023)の顔にも疲労の色が濃く落ちている。彼は円卓の騎士、ボールス・ド・ガニスに預けられたメリンダと面会して来たはずだ。だが、その様子からすると‥‥。
「やっぱり会えなかった?」
 尋ねたリースに、ヴィタリーはいやと首を振った。
「メリンダには会えたんだが」
 メリンダは、ロミーの身に起きた異変を伝えるとひどく驚いていた。自分のせいで巻き込んでしまったと嘆く彼女も、ロミーの行き先に心当たりはなさそうだった。
「下級騎士の娘だからか、下働きから始めた娘だからか、同僚達は冷たくてな」
 それが、ヴィタリーの心を重くさせている。
 メリンダから聞き出したロミーの同僚に面会を求めたのだが、迷惑そうな顔をされて早々に追い返されてしまったのだ。
「ロミーさまがお可哀想です」
 顔を伏せた玲瓏の肩をリースが優しく叩く。
「だから、俺達で早く見つけてあげないとね」
「そうだな」
 同意したヴィタリーの中にも焦りがある。何もかも失ってしまった彼女が、更なる悲劇に襲われる可能性は、時間が経つにつれて大きくなるからだ。
「ごめんなさい。遅れちゃって」
 息を切らせて駆けて来たネフティス・ネト・アメン(ea2834)の肩から飛び立ったヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)が、リースの髪を引っ張った。
「ネティちゃんのサンワードで、ロミーちゃんの向かった方角が分かったのだわ!」
「本当か!?」
 追いついたネティがヴィタリーに頷いた。ぜえぜえと息を吐きつつ、言葉を紡ぐ。
「珠慧に‥‥先に行って‥‥貰ったけど‥‥」
 なかなか息が整わないネティに代わって、ヴァンアーブルが詳細を語る。
「何度か時間をあけて太陽に聞いてみたのだわ。でも、途中から分からなくなったのだわ」
「‥‥という事は、日陰に入ったのかな」
 ネティが指し示す方角を確かめると、ヴィタリーは呪を唱えた。彼の姿がみるみるうちに大鷲へと変化する。そのまま、彼は翼を広げて飛び立つ。
「私も行くのだわ。見つけたらテレパシーで教えるのだわ!」
 言うが早いか、ヴァンアーブルは鷹に飛び乗ってヴィタリーの後を追った。

●救出
「どうやら、街道から外れているらしいね」
「心配です‥‥」
 ヴァンアーブルからの連絡を受けて、リースは馬の進む向きを変えた。先に行った姜珠慧(eb8491)の報告から推測して、近隣の人々が使っている生活道を進む方が近道になるかもしれないと考えての事だ。
「監視役の方がロミーさまを見失った時、ロミーさまは服も靴も、散歩程度の装いだったそうです。そんな姿で街の外に出て、ずっと歩き続けているとしたら‥‥」
 自分が痛みを感じているかのように玲瓏はきゅっと唇を噛み締めた。
 玲瓏の気持ちは分かる。分かるからこそ、下手な慰めの言葉をかけられず、リースは頷く事しか出来なかった。
ーロミーちゃんから返事があったのだわ!!
 ヴァンアーブルから突然のテレパシーが入ったのは、2人がロミーの状態に思いを馳せたその直後。
ーどこか分からないけれど、森の中。何人かの男達がいて、隠れているって言っているのだわ!!
 それは危急を告げる声だ。リースと玲瓏の表情が険しくなる。
 セブンリーグブーツで後を追いかけていたネティは足を止めて、彼女の神、太陽に問うた。この先にある森の位置を。方角と距離は分かっている。その周囲で太陽の光も届かぬ程深い森など、そう多くはないはずだ。
 そして、結果はヴァンアーブルに伝えられ、仲間達へと知らされた。
「わたくしが、きっと一番近い場所にいるはず。待っていて下さいね、ロミーさん」
 珠慧の目の前には、鬱蒼と茂る森がある。あの森であればいい。そうすれば間に合う。更に蘭のスピードを早めた珠慧の視界を過ぎるように、大鷲が舞い降り、人の形を取った。
「ヴィタリーさん!」
 手綱を引いた珠慧に頷いて、ヴィタリーは素早く呪を唱えた。
「奥に人の反応がある。纏まって5つ。少し離れた場所に1つ」
 森を睨み付けるように見て、珠慧は蘭から飛び降りる。木々や繁みが入り組んだ森の中では馬で進むよりも走った方が早い。再び大鷲に姿を変えたヴィタリーの後を追って、珠慧は森の中へと飛び込んだ。
ーロミーちゃんが助けてって言っているのだわ!
 もはや一刻の猶予もない。ヴィタリーと珠慧はただひたすら、人の気配を感じた場所を目指す。
「‥‥だ、この女」
 下卑た笑いが彼らの耳に届いたのは、森に飛び込んでしばらくしてからの事だ。
「薄汚れてるが、お育ちが良さそうじゃねぇか。高く売れるんじゃねぇか」
 ロミーを取り囲む男達の姿が目に入った途端、珠慧の瞼の裏が真っ赤に染まった。
「ロミーさんを離しなさい!」
 叫んだ珠慧に、男の1人が口笛を吹いた。
 また女が飛び込んで来たぜ、ツイている。そんな彼らの思いが嘲笑の中に読み取れた。
「許しません!」
 たおやかに見えるが、珠慧は武道家だ。男達の中に飛び込むと、笑いながら彼女を捕らえようとした男にキツい一撃をお見舞いする。手加減はナシだ。
 か弱い娘に吹っ飛ばされた仲間を見て、他の男達が色めき立つ。ロミーの手を掴んでいた男の後ろに回り込んだヴィタリーは人の姿に戻ると、男の首筋に手刀を打ち込んだ。
 新たな敵の存在に驚いた瞬間、男は、突如として体に走った痺れるような痛みにその場に倒れ込んだ。更に、突然に襲って来る眠気。
 結局、何が起きたのか分からないうちに、男達は縛り上げられ、森に転がされていたのであった。

●祈りの結晶
「大丈夫か?」
 まだ震えている少女を落ち着かせるように肩を叩くと、ヴィタリーは彼女の体を素早く確認した。目立って大きな怪我はなさそうだが、靴擦れとあちこちに出来た擦り傷が痛々しい。
「ほんの少しだけ横になって貰えるかな。痛い所を治してしまおう」
 テスラの宝玉取りだしたヴィタリーを呆然と見上げていたロミーの瞳に、みるみるうちに涙が盛り上がって来た。張りつめていたものが緩んだらしい。
「ヴィタリーさん、ロミーを」
 天幕を用意した珠慧と、近くの泉から水を汲んで来た玲瓏の意図を察して、ヴィタリーはロミーの傍らから退いた。2人に連れられて、天幕の中にロミーが消えると、リースは顎に手を当てて考え込む。
「行く宛がないわけだし‥‥どうするつもりなのかな」
「街道から外れたこんな場所へやって来たというのも、何やら意味深だしな」
 天幕の中にいる本人に聞こえぬようにリースとヴィタリーが言葉を交わす。そんな男2人の間にひょいと顔を突っ込んで、ヴァンアーブルがきっぱりと宣言した。
「ロミーちゃんの立場が良くなるなら、アノ場にいた事をトリスタンのひとに証言するのだわ!」
 聖剣が奪われた時、ヴァンアーブルはロミーと共にいた。2人して王妃を守っていたのだ。
「私が思うに、デビル達は最初から配置されていたのだわ。ラーンス卿について来たのではなく、王宮内に何かが潜んで、一連の事態を操っていると考える方が理に適っているのだわ」
「でも、あの後、王宮内では何の反応もなかったんだよね」
「それよりもまず、ロミーの事だ」
 あの夜の出来事に話題が移りそうになった2人に、ヴィタリーが割って入る。更に、そこへ
「ロミー!」
 所々でサンワードを使い、仲間達を導いていたネティが飛び込んで来た。走り通しの上に、何度も術を使って、彼女もへとへとの様子だったが、天幕を出て来たロミーの姿を見るや否や、彼女に駆け寄り、ぎゅっと抱き締めた。
 言葉にならないネティの気持ちは、ロミーにちゃんと届いたようだ。
 泣き腫らした目から、再び涙が溢れて落ちる。
「さあさあ、そんな所に突っ立っていないで」
 ロミーの手を取ると、リースは完璧なエスコートで用意していた敷布へと彼女を座らせた。
「ずっと大変だったよね。今は持って来る事が出来るものしかないけれど」
 彼女の手に握らせたのは、ラッキークッキーと魔法の冷や水だ。
「俺も、実は用意していたんだが」
 ヴィタリーが差し出したのは饅頭だ。
「今は、これで我慢してくれるか? キャメロットに戻ったら、酒場の女将のエリーゼが作る美味しい料理を食べに行こう」
 不安そうに揺れるロミーに瞳に、リースは片目を瞑ってみせた。
「大丈夫だよ。ロミーの事は僕達からもお願いするから」
「心当たりもありますし」
 玲瓏も安心させるように微笑んだ。
 心当たり。多分、トリスタンの事だろうか。頼まれて否と言うぐらいなら、そもそも依頼を出していないだろうと、ヴィタリーも笑む。
「今は辛い事が多いかもしれないが、永遠に今の状況が続くわけではない。今も多くの冒険者が謎の解明の為に動いている」
 甲斐甲斐しく世話を焼く玲瓏から一口大に割った饅頭を受け取ろうとしていたロミーが動きを止めた。
「だから、それを信じて、少しの間待っていてくれないか」
 冒険者達から注がれる優しい眼差しに、ロミーは顔を伏せた。
 そんな彼女の手に、ヴァンアーブルは小さな結晶を乗せる。
「これは祈りの結晶というものなのだわ。皆の祈りが形になったもの。これをロミーにあげるのだわ。ロミーが幸せになるようにと、私達の祈りも籠めて」
 小さな結晶とヴァンアーブルの手をぎゅっと握り締めて、ロミーは涙を流しながら何度も頷いた。