【乙女道】寒カルチャー・マップ
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月12日〜08月17日
リプレイ公開日:2009年08月20日
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●オープニング
●地図を作ろう
差し出された依頼状の内容と署名に、受付嬢はにこにこと目の前で笑う男へと困惑した表情を向けた。
「あ、あのぉ、少々伺ってもよろしいですか?」
笑顔を崩さぬまま「もちろん」と頷いた男に、まずは名前を確認する。
「えーと、依頼人、「乙女道振興会」さん?」
「はい。私は会長を務めております、サリヴァンです。皆を代表致しまして、本日は依頼を出しに参りました」
サリヴァンと名乗った男に、受付嬢は口元を引き攣らせた。
どこからどう見ても、恰幅のよい普通のおじさんである。間違っても、その口から「乙女道」なんて単語が飛び出しそうにない、普通の。
「それで、依頼内容についてですが、乙女道の地図を作成したい‥‥と?」
「はい!」
男は身を乗り出して、受付嬢に迫った。
その迫力に、いつもは冒険者をこき下ろす受付嬢も思わず後退る。
「ぜひとも、冒険者の皆さんに作って頂きたいのです!!」
顔を真っ赤にして興奮気味のサリヴァンが飛ばす唾が届かない場所へと更に後退って、受付嬢は愛想笑いをした。
「そ、そうなんですか。でも、いきなりどうして?」
乙女道。
それは、キャメロットの新名所の1つである。
キャメロットの大通りから1本外れた通り。少し前までは、何の変哲もない、少しうら寂れた通りだったのだが、いつの頃からか若い女性が多く訪れるようになって、雰囲気やら何やらが一変してしまった。
廃業した食堂を改築した新しい店が出来たり、服を貸し出すという、何やら一風変わった商売が行われたりと、以前の姿はもうどこにもない。
そもそもの原因は、最近、巷で若いおぜうさん方に人気の冊子類‥‥だというのが定説となっているが、これも定かではない。
現在、乙女道と呼ばれている通りには比較的書物を扱っている店が多かった。
書物と言っても、一般的には縁のない者が多い。キャメロットの住民はまだしも、地方からやって来たばかりの者達には、字が読めない者もいたし、何よりも羊皮紙に難しい言葉を書き連ねた書物を読むよりも、吟遊詩人が語る物語の方が親しみやすかった。
それ故に、それらの書物を扱う店に出入りするのは、知識を得んとする者達がほとんどで、罷り間違っても若い娘達が出入りする場所ではなかったのだ。
だが。
とある種の冊子が若い娘達の間で爆発的な人気を得た。
最初は秘やかに。
こっそりと回し読みされているだけの冊子だった。
けれど、次第にそれは表に出、いつの間にやら小難しい書物が並ぶ店の一角を占拠してしまう程になったのだ。
そして、その通りはいつしか「乙女道」という名で呼ばれるようになった‥‥。
「お嬢さんはご存じですかな? 乙女道では、近々大規模な催し物が行われるのですよ」
「はあ」
催し物とは一体、何だろう?
そのテの書物には一通りの知識はあるけれど、悲しいかな、ギルドはいついかなる時も困った者達、そして、依頼を求めてやって来る冒険者達に開かれている。交替制で休みを取る事は出来るけれど、それも疲労回復が中心となって遊びに出られる程の余裕はなく、受付係は大抵、冒険者や依頼人からの話で世情を知る事になる。
「裏通りで3日間ぶっ通しで行われる、夏の祭典と称する催しですよ」
裏通り。
それは、乙女道の中でも少し危険な場所だ。
治安云々の問題ではない。
お嬢さん方は「聖地」と呼んでいるが、お城の関係者に知られたら、ちょっと困った事になること請け合いだ。
「裏通りで催し、ですか」
「そう。その為、その前後には若い娘さん達が訪れ、乙女道は人で溢れ返る事になるでしょう」
デビルがどうしたとか、エクスカリバーが、ラーンス卿が、という国の大事に関わる大騒ぎも、若い娘達には興味がない事なのかもしれない。
ーいえ、別の意味で興味はあるかもね‥‥。
腐腐腐と、受付嬢は遠い目をして乾いた笑いを漏らした。
「そこで、我ら「乙女道振興会」は地元の振興の為にも、乙女道に不慣れな娘さん達の為にも、案内の地図を作成する事にしたんです。ただ、我々が作るのでは面白くないという事で、冒険者の皆様にオススメの店をご紹介頂き、地図に記して頂こうと思いましてな」
「‥‥はあ」
だいたい、話は飲み込めて来た。
つまり、このサリヴァンなる男が代表を務める「乙女道振興会」は、乙女道の数ある店の中から、冒険者オススメという太鼓判を押した店を選ばせて大々的に宣伝しようとしているのだ。
「もちろん、店主達には冒険者の皆様方がどの店を選んでも恨みっこなしとの約定を取り交わしております」
「‥‥‥‥」
とうとう黙り込んでしまった受付嬢に、サリヴァンは嬉々として語り続ける。
「地図に記して頂くのは、どのような店だったのか、どこに魅力を感じたのかという具体的な内容と、それから皆様が選んで下さった店を格付けまでして頂ければありがたいかと」
「格付け‥‥ですか?」
はい、とサリヴァンは大きく頷いた。
「ただ店の紹介をするだけでは面白くないと思いましてな。店に格付けをするんです。例えば、何も知らない方々が地図を頼りに飲食店に入る時、この店の格はどの辺り‥‥という目安になるように。最近は面白い店も増えておりましてな。例えば、茶店に入った途端、貴族の姫君気分が味わえる店というものが、もうすぐ開店するようですぞ。店員の立ち居振る舞いの指導には、円卓の騎士のお家に仕えている方をお招きするとか‥‥」
円卓の騎士!?
驚愕する受付嬢に、意味を取り違えたサリヴァンは得意げに胸を張った。
「そうです。乙女道には本格的な店も多いのですよ。それに、最近は娘さん達だけではなく、男の方も多くなりました。女性だけではなく、男性も惹きつける店も増えて来たという証です。これから、どんどん乙女道は発展していきますよ!!」
力説するサリヴァンに、受付嬢はとりあえず相槌を打ちながら、依頼状に受理のハンコを捺した。
後は、冒険者に押しつけ‥‥もとい、任せればいい事なのだから。
●リプレイ本文
●選定中
通りを歩く者達を観察していた真幌葉京士郎(ea3190)は、鉄扇を口元に宛てた。
「ふむ。ここが乙女道か‥‥。活気があって、なかなか良い街並みだ。道行くお嬢さん方の笑顔も眩しい」
目を細めて、そう評価する京士郎に、ニノン・サジュマン(ec5845)が意味ありげな笑みを浮かべ、アンドリュー・カールセン(ea5936)は我が耳を疑った。
「そうか。京士郎にはあれが眩しく見えるのか」
ふ、と目を逸らしたアンドリューに、京士郎は眉を寄せる。
「お前さんには、そうは見えないのか? 見てみろ。あの、楽しそうに頬を紅潮させて笑い合う姿を。デビルだ地獄だと世の中の大騒ぎも忘れちまうぐらい、華やかだろうが」
行き交う娘達が「何」に楽しそうで、頬を紅潮させているのか。かつて、似たような光景を見た事があるアンドリューは、京士郎の言葉に対して、目を伏せるだけに留めた。
「なんだい、京士郎は「乙女道」は初めてなのかい? それなら色々楽しむといいよ。もっとも」
水上銀(eb7679)は不満そうに肩を竦めてみせた。
「今回は表通りだけなんだけどね。あたしは裏の裏まで究めたい所さ」
「‥‥裏?」
銀の一言に反応したのは、アンドリュー。
何かを考え込むように、彼は賑わう通りの向こうへと視線を向ける。そこに、イギリスの王都に犯罪の温床となる可能性を感じ取ったのだろうか。常には感情を見せない彼の表情が僅かに険しくなった。
「裏と申しても、そこいらの裏通りとあまり変わらぬ。じゃが、アンドリュー殿、あまり深入りはせぬことじゃ」
ニノンの笑みが、なんとなく胡散臭いと思うのは、アンドリューの思い過ごしだろうか。
だが、今は確かに与えられた任務を遂行する事が最優先だ。
ーこの先、確認する機会もあるだろう
自分にそう言い聞かせて、アンドリューは仲間達を振り返った。
いつまでも入り口で立ち止まっているわけにはいかない。
「そろそろ行こうか」
アンドリューの言わんとしている事を察したのか、銀が大きく頷く。
「じゃあ、あたし達はこっちへ行くよ。あんた達も適当に楽しんどいで」
「楽しむって‥‥おい、俺達は仕‥‥」
じゃあねぇ〜。
手を振って雑踏の中に紛れていくニノンと銀の姿に、京士郎は盛大な溜息をついた。こうなっては仕方がない。妙齢の女性達の娯楽街へと発展しつつある通りを、京士郎とアンドリューは男2人、連れ立って歩き出す。
だが、異変は数歩も行かないうちに訪れた。
「‥‥京士郎」
「なんだ」
足下へと視線を落としながら、アンドリューは傍らの男に小声で囁いた。答える声も、周囲を慮ってか小さい。
「先ほどから妙な視線を感じるのだが」
あー、と京士郎が視線を逸らすのは、心当たりがあるからだ。この乙女道の存在を知るきっかけとなった依頼を、彼は思い出していた。
「‥‥気にするな。気にしたら負けだ」
「そ、そんなものなのか?」
ジャパンのとある店で働いていたアンドリューは、似た視線を知っていた。知ってはいたが、何だろう。質が違う気がする。
「そんな事より、まずは一軒目だ。お嬢さん方が集まっているあの店にしようか」
京士郎が指さしたのは、見るからに塗り直したばかりの青い壁が鮮やかな店だった。
「小物や装飾品の店のようだな‥‥」
群がる女性達の背後から覗き込んで、京士郎は苦笑する。ジャパンでも欧州でも、女性は可愛い小物が好きだ。この店は、まさにそう言った女性が好みそうな小物類が充実しているらしい。だが。
「‥‥なんだ? これは亀に乗ったじーさん?」
その1つを手に取って、京士郎は首を傾げた。どこか嫌らしい目つきの亀と、釣り竿を肩に担いだ老人をモチーフにした木彫りのそれは、お世辞にも可愛いとは言えない代物だ。けれど、それは何故だか飛ぶように売れて行く。
「これのどこがいいんだ?」
思わず口に出してしまった京士郎に、隣で小物を物色していた娘が笑う。
「あら、ちょっと気持ち悪くて可愛いのがいいんじゃない」
そういう彼女の手に握られていたのは、赤い前掛けをして肩に斧を担いだ小僧が、間抜け面の熊に乗った根付けだ。
「うーーーん。乙女心というものは奥が深い。なぁ、アンド‥‥」
相棒を振り返って、京士郎は絶句した。
店員を呼びつけ、彼は万が一の際に使用する防火槽や桶の設置、緊急避難経路の確認をしていたのである。
「ん? どうかしたか?」
「‥‥いや‥‥何でも‥‥」
確かに客の安全を考えてあるかどうかは、重要だ。重要だが、それって乙女道紹介本に必要な事だろうか? 店内の小物に目もくれず、真剣に点検をしているアンドリューを生温かく見守りつつ、京士郎は懐から取りだした羊皮紙に店の情報と印象とを書き付けた。
●ヲトメの視点
一方、班分けという名目で男性達とは分かれた銀とニノンは、解き放たれた小鳥の如く自由に乙女道で羽ばたいていた。
「いやー、さっきの店は凄かったね。週替わりで販売の目玉を変えて、特設売り場を作っているなんてさ。今まで何度か店の前は通っていたんだけど、外からは普通の店にしか見えなかったから、入った事はなかったんだよ。あんな店まで調べているなんて、やっぱり貴腐人の名は伊達じゃないねぇ」
銀の賞賛に、ニノンは軽く首を振る。その手に握られているのは数冊の冊子だ。タイトルから察するに、冒険者のアイテムリストのようだが。
「なんの、アレはまだまだ前菜程度じゃな」
ぱらぱらと本を捲って、ニノンは妖しくほくそ笑んだ。
「何しろ、ここは表通り故にな」
顔を見合わせて忍び笑いを漏らす2人は、そこが高級料理屋の1室で菓子の箱を意味深に遣り取りする商人と役人のようだ。だが、ここは真っ昼間の天下の往来。けれども、何の違和感もなく、誰からも奇異の目で見られる事はない。
それが、日常的な光景であるが故に。
「ともかく、次の店へ‥‥んん?」
「どうかしたのかい? ニノン腐人」
背後を振り返ったニノンに、怪訝そうに銀が尋ねる。
いや、とニノンは首を傾げながら、再び歩き出した。
「一花殿に似た方とすれ違った気がしたのじゃが‥‥。見間違いであろう」
「でも、彼女も依頼を受けてるだろ? 居ても不思議じゃないよ?」
銀の言葉に、ニノンは奇妙な顔をした。
確かにそうなのだが、何度か依頼を共にした事がある彼女と、先ほどの店とが結びつかなかったのだ。
「む、じゃが、あの店は何気にまにあっくな衣装、それも一流の物を取り扱っておったな」
最近、頓に需要があるのが「メイド服」と呼ばれる衣装だ。貴族の屋敷に仕える者達が着ている制服のようなものだ。そのメイド服を、彼女‥‥常葉一花(ea1123)が愛用しているわけだが。
「自分に馴染みのある物を扱う店から調べてるんじゃないのかい? あ、見えたよ! あたしのおススメの店!」
銀が指さしたのは、格子から柱まで赤く塗られた店だった。
「先日、訪れた時には改装中じゃったが‥‥このような店になったのじゃな」
「そうだよ。「戦国乙女」! ジャパンの着物や小物を扱っている店なんだけどね、他じゃ見られない品揃えなんだよ〜!」
ふにゃんと笑み崩れると、銀は急かすようにニノンの手を引いて中へと入った。
「見てごらんよ! 何から何まで乙女仕様! 花を散らした上に武将の家紋入りの肌着なんて、ジャパンにもないよ」
「武将‥‥。ジャパンにおける円卓の騎士的存在じゃったか」
ちなみに。乙女道におれる「円卓の騎士」は、乙女の憧れを一身に受ける意味合いで使われる事が多い。
「そう! こっち風に麗しく描かれた絵姿がうけたらしくてね。武将関連の品が増えて増えて‥‥。あ、新作が出てる」
武将と漢字と呼ばれるジャパンの文字が描かれたカップを物色する銀は、他の客と同化してしまっている。気持ちは分からないでもない。ジャパンにも武将にも、あまり知識のないニノンでさえ、心がざわめくのだから。
「あ、それ可愛い」
「うむ」
ニノンが手にしたベルトを覗き込んで、銀が身悶えする。
「あー、もうっ! 店ごと買い占めたいぐらいだよ!」
「うむうむ」
気持ちは分からないでもない。というか、分かり過ぎるぐらい分かる。
ニノンとて、あれやこれや、お気に入りの店を丸ごと手に入れたいと何度思った事か。
「それと、気軽にジャパンの衣装を着る事も出来るんだよ。花魁とか忍びとか、こっちじゃ、あまり見ないだろ?」
店の片隅で楽しげに語らうジャパンの衣装を付けた娘達を指さして、銀が囁く。それも人気の一因なのだそうだ。
「折角だから、ニノン腐人、花魁なんてどう? 初めてぽっくりみると、大抵、皆、叫ぶらしいよ」
何と? と尋ねる必要はなかった。
カウンターの上に出された品を見て、娘達が叫んだからだ。
「OH! MY GOD!!」
●夢と現実
待ち合わせの店は、茶館だった。
乙女向けの店が多い中、この茶館は男性客が多い。
その理由は、メイド服に身を包んだ店員達だ。
落ち着いた物静かな雰囲気のメイドから、ちょっぴりドジで舌足らずな喋り方をするメイドまで揃っている。それが、幅広く男性に支持されている理由だろう。
「‥‥疲れたな」
案内された椅子の背もたれに体を預け、京士郎は白く塗られた天井を見上げた。
この店に来る前、彼がいたのも茶や食事を出してくれる店だった。「武家屋」という、「戦国乙女」と同じくジャパンの品を扱いながらも、方向性がまるっきり逆の店だ。重厚なジャパンの伝統にも触れられるが、「サムライ」が優しく乙女達を迎え入れ、給仕をしてくれるという、今いる店と通じる部分も合わせもつ店だ。
そこで、思いの外時間を取られてしまった。
客として訪れていたにも関わらず、店員に間違われ、乙女達に囲まれた挙げ句「一緒に肖像画を描いて貰っていいですかあ?」と、何時間も拘束されてしまったのだ。
「ご主人様、お茶がよろしいですか、それともお食事になさいますか?」
足音もなく静かに歩み寄って来たメイドの言葉に顔を上げて、京士郎はしばし固まった。
知り合いな気がする。
だが、確か、先日は円卓の騎士の屋敷で侍女の仕事をしていたはず。このような店で働いているとは聞いた事がない。
様々な考えが、京士郎の頭の中を駆け巡る。
そんな彼の様子に一花はくすりと笑って、そっと耳打ちした。
「この店のおススメは、メイド達の心の込めた手作り料理です」
彼女の視線を追えば、パンの上、「ご主人様へ」とジャムで書かれた文字とウサギの絵らしきものに、でれでれしながらメイドと語らう男の姿が。
「ですが、厨房で実際に調理をしているのは、エチゴヤのオヤジ似の厳つい男性調理人です」
「‥‥‥‥あの文字とウサギも?」
「文字とウサギも」
にこやかに、一花は答えた。
一時の夢を求めてやって来る男性達が知ったら、夢も希望も打ち砕かれてしまう一言を。
どっと疲れが押し寄せて来て、京士郎はテーブルの上に突っ伏してしまったのだった。
●裏通り
その頃。
「武家屋」で安全面の確認を終わらせ、女性に取り囲まれ、肖像画のモデルにされて動けなくなった京士郎を残して、そっと裏口から抜け出したアンドリューは、「乙女道」の裏通りにいた。
かねてより「危険」と聞き及んでいる場所だ。
ー違法な薬物の取引とか、武器の密売、横流し‥‥
若い女性の好む通りという表の顔に隠れて、そういった行為が行われている可能性があるのではないかと、彼は思っていたのだ。
だがしかし。
「‥‥‥‥ここは、先ほど通ったはず」
裏通りは、華やかで個性的な店が並ぶ表通りとはまるっきり違った様相を呈していた。
複雑に入り組んだ路地。
同じようなボロ屋が居並び、崩れかけた壁が続く細い通りは、まるで異空間に迷い込んでしまったのかと錯覚させる程だ。しかも、1本、裏通りに入っただけのはずなのに、表通りに戻る事が出来ない。
「おかしい」
たまに女性の姿を見掛け、追いかけても、彼女達はまるで幻のようにどこかへと消えて行く。
一体、これはどういう仕掛けだ。
壁に手をつきかけて、アンドリューは足下にある馬車止めに気付いた。
「これは確か‥‥」
表通りから裏通りへと間違って迷い込む者が出ないようにとの配慮で、表と裏の路地の境に設置されたと京士郎が語っていたものに違いない。これを追って行けば、いずれどこかに出るはずだ。
「よし」
大きく頷いて、再び歩き出そうとしたアンドリューは、ふと馬車止めに彫られた文字に気付いて足を止めた。何が書かれてあるのかと目を凝らして、彼はがくりと膝をつく。
ーハ・ズ・レ
彼はいつ、表通りに戻る事が出来るのか。
それは、神のみぞ知るーーーー。