目覚めよ、と呼ぶ声あり

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 48 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月15日〜08月20日

リプレイ公開日:2009年08月24日

●オープニング

●誘う声
 細い腕が宙へと伸びる。月の光を浴びて、それは仄白く輝いて見えた。
ーーさあ、目覚めなさい‥‥
 声が流れる。柔らかく優しく語りかけるように。けれど、その声は決して人の耳には届かない。
ーー泡沫の眠りにつきしものたちよ、地獄の女大公、ムールムールの声が聞こえたならば、その眠りから目覚めるのです。そして‥‥
 囁く声は風に乗り、静かに地上に降り注ぎ、そして大地へと染み込んでいく。
 とろりと甘い、蜜のような毒が。

●目覚めた死者
「お願いだよ! 助けておくれよ!」
 女は、ギルドに駆け込むなり、突然に泣き出してしまった。
 余程怖い目にあったのだろうか。ガダガタ震える女を慰めつつ、冒険者は空いている卓の1つに案内し、受付嬢ともども話を聞く為に腰を下ろした。
「う‥‥うちの人が‥‥いや、前の亭主が‥‥」
 震えながらも、女は語る。
 それは夜にも奇妙な男女の話だった。
 キャメロット郊外の山の中腹にある村に住んでいるという彼女は、1年ほど前に夫を失った。夫を村の外れの墓場に埋葬し、悲しみに暮れながらも日々を過ごしていた彼女は、何かにつけて親身になり、世話を焼いてくれた夫の親友だった男との間にいつしか愛情が芽生えた。
 そして、先日、墓前で報告をした上で、教会で再婚を認められ、結婚したのだという。
 悲劇、というべきか否か。
 事件はその直後に起きた。
 真夜中、戸を叩く音に目を覚ました彼女は夫を起こして、誰何した。けれども返事が返らない。気味が悪いし、物盗りである可能性も高いので、戸が開かぬように閂かけた戸に支え棒をした。
 だが、戸を叩く音は止まらない。
 誰何に応える声もない。
 一体何者だろう。好奇心から、そぉっと窓を開けて覗き見て、彼女達は仰天した。
 家の前に立ち、戸を叩き続けていたのは、1年前に死んだ前夫だったのだ。血の気の失せた青白い肌をして、虚ろに立ち尽くす前夫に、親友に、彼女達は、思わず扉を開いてしまった。
「本当に前のご主人だったのですか?」
「あたしがあの人を間違えるはずないよ!」
 女は叫んで首を振った。
「でも、あの人はあの人じゃない。だって、あの人は死んじまったんだから!」
「けれど、ご主人だった‥‥と」
 首を傾げる受付嬢に、女は体を震わせて十字を切る。
「そうだよ。あの人の‥‥死体だったんだ」
「死体? どうしてそんな事が分かるんだ? あんた達は、そいつが前の亭主で、親友だと判別出来たんだろ? 1年も前の死体なら‥‥痛っ」
 尋ねた冒険者の足を強かに踏みつけて、女冒険者は顔に愛想笑いを張り付けて向き直った。
「その辺りを詳しく教えて頂けませんか? 例えば何かがご主人の姿を借りているとか、そういう可能性も‥‥」
「あの人の死体だよ! だって、目がないんだよ! ぽっかり、穴が開いちまって‥‥」
 思わず想像してしまった女冒険者が、ごくりと生唾を呑む。
「体はあまり腐っちゃいないみたいだけど、でも、隣のばあさんは」
 女は、震えを押さえ込もうとしているかのように腕を体に回した。
「半年前に死んだ隣のばあさんは、腐りかけて戻って来てた。この間死んだばかりの子供は、生きてる時のまんまで‥‥」
「ちょっと待って下さい! 亡くなった方がそんなに!?」
 悲鳴に似た声を上げた受付嬢に、女は頷いた。
「墓場に埋められた全部ってわけじゃない‥‥と思う、けど」
 互いに顔を見合わせた冒険者達は、女の様子を注意深く観察した。嘘をついているようには見えない。
「死人が蘇る‥‥か。家族にとっちゃ、どんな姿でも嬉しいかもしれんな」
 遠くを見つめて呟いた冒険者は、誰か大切な者を亡くした経験があるのだろうか。だが、女は皮肉げに口元を歪めた。
「嬉しいさ。嬉しかったさ、最初は」
「最初は?」
 女の話では、家の中へと入って来た前夫は、しばらく静かに座っているだけだったという。
 ぽっかりと空いた眼窩が気味が悪かったが、それでも、何かれと話しかけた。前夫が死んでからの事、この間、再婚した事、それを墓に報告に行った事、一方的に語りかけ続けた。
 他の死人達も、しばらくはただそこに「いる」だけだったという。
 何も食べない、何も語らない。眠る事もなく、ただじっと。
「気味が悪いと思ったけど、それもすぐに慣れちまったよ。目がない事と冷たくて白い体って以外は、あたしが惚れたあの人のまんまだったからね」
 けれど、ある日突然、それは始まった。
「置物みたいにじっと座っていたのに、いきなり暴れ出したんだよ。まるで化け物みたいに暴れ出して、うちの人の腕を食い千切ろうとしたんだ!!」
 何とか引き剥がして、彼女達は暴れ狂う前夫を家の中に閉じこめた。扉の前に荷を積み、窓という窓を板で打ち付けた。
「うちの人だけじゃない。戻って来た死人達が一斉に暴れ出したんだ。子供が戻って来た家は‥‥子供の母親が食い殺されちまった‥‥って‥‥」
 あまりの事に、誰も声すら出せなかった。
 経験と知識と、今の話から思い浮かぶ言葉は「ズゥンビ」だ。だが、そんな奇妙な行動を取るズゥンビというのはあまり聞いた事がない。
 大抵、ズゥンビは見境なく生きている者を襲う。
 元の家族の所に戻って、しばらくでも大人しくしているという事が有り得るのだろうか。
「その‥‥前のご主人が暴れ出す前に、何か気が付いた事とかありませんでしたか?」
 女は眉を寄せた。
 その時の記憶をたぐり寄せているのだろう。しばらく黙り込んだ後、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「あの日、あたしは夕飯を作って、テーブルの上に並べてた。あの人が食べないのは分かっていたけど、それでも、あの人の分も‥‥。うちの人が、いつもと同じように感謝の祈りを捧げて‥‥。そうしたら、あの人が動いた‥‥。それまでぴくりとも動かなかったのに、何かを探すように首を巡らせて。あたしは驚いたけど、うちの人は言ったんだ。神様の力が働いて、そのうちラザロのように蘇るかもしれないよって。そうしたら、いきなりあの人がうちの人の腕に‥‥!」
 またも激しく震え出した女を抱き締めて、女冒険者は仲間達を見上げた。
 その視線を受けて、仲間達も頷く。
「ともかく、行ってみるしかないか」
「死者達は、家に閉じこめられているんだな?」
「正確な数は分かるか?」
 矢継ぎ早に尋ねる冒険者に、女は首を振った。
「あたしが村を出る時には閉じこめてたけど、その後、どうなったかは分からないよ。うちの人が、皆が無事かどうかも!」
「そうね。ごめんなさいね。あなたも心配よね」
 手早く、女の語った内容を纏めると、受付嬢は依頼状を冒険者達の目の前に突き出した。
「この人の為にも、一刻も早く村と村の墓場の現状確認、村の人達の救出、それから」
 最後の言葉は、女には聞こえないように口の動きだけで伝えられた。
『動き出した死体の始末』
 滔々と並べられる受付嬢の言葉に、ギルドが依頼を受理したと悟ったのだろう。女は覚束ない手で懐を探ると、軽い布袋を取りだす。
「これしかないんだ。でも、お願い。うちの人と皆を助けて‥‥!」

●今回の参加者

 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3441 リト・フェリーユ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb6340 オルフェ・ラディアス(26歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●変貌した母
 怯えて泣く子供を抱き締めて、リト・フェリーユ(ea3441)は不規則に揺れる扉を見つめた。
 オルフェ・ラディアス(eb6340)から貰った聖別された釘は、いつでも使えるようにしてある。だが‥‥。
 腕の中の子供に目を遣ると、リトは唇を噛んだ。
ー月道の向こうの東国では、この時期には亡くなった方の魂が家族の元へ戻って来るって聞いたのに‥‥。
 出来るならば、死体とは言え、この子の目の前で肉親の体が飛び散る様を見せたくはない。祈るような気持ちで、リトは再び扉を見据えた。
ー開けないで。その扉を開けないで‥‥
 子供の体をぎゅっと抱き締めて、リトは小さく囁いた。
「お祈り、しましょう? きっとあなたの声はお母さんに届きます」
 大好きな母を失った悲しみが癒える前に、肉が半分腐り落ちた母親が墓土の下から蘇り、襲い掛かって来たのだ。子供が受けた衝撃は計り知れない。けれど、少しでも。
 リトは微笑んで見せた。
「お母さんは優しかったですか?」
 こくりと頷く子供。腕に巻かれた包帯が痛々しい。ただの傷であればポーションを使えば治せる。だが、母親の姿をしたズゥンビに傷つけられたのだ。万が一の事を考えて、聖なる母の癒しを受けた方がいいだろうと、応急処置だけに留めたのだ。
「では、お母さんが大好きですか?」
 涙を堪えるように鼻を啜りあげて、子供は大きく頷いた。そんな子供の体を、リトはもう一度抱き締めた。
「お母さんも、あなたが大好きです。お母さんも、本当はあなたを傷つけたくないはずです。だから、お母さんがこれ以上苦しまないで済むように、お祈りしてあげて」
 この子の母親を、村人の大事な家族を冒涜し、苦しめる存在から一刻も早く解き放たれますように、と。
 やがて、扉を揺らす音は途絶えた。

●墓場の真ん中で
「やれやれ。久しぶりの里帰りだってのに、何が悲しくて墓荒らしの真似事なんざ、しなくちゃならないのかね」
 ぶつぶつと文句を言いつつ、ジェームス・モンド(ea3731)は、ぽっかりと開いた墓穴を覗き込む。そこに納められていたはずの遺体は骨の一片も残っていない。これで幾つめだろう。
「文句をお言いでないよ! どうせ家に居ても居場所が無くて、隅っこでちっこくなってなきゃならないんだろ!」
 モンドのぼやきをばっさりと切り捨てて、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は墓の1つに祈りを捧げる。どうやら、その墓の住人は目覚めてはいなかったようだ。
「動き出した死人と、眠ったままの死人か。何が違うって言うんだ?」
 聞いて見た所で死体が答えるはずもなし。ベアトリスから冷たい視線を向けられるだけだ。
「そりゃよ、死体が答えるはずがねぇってのは、俺だって分かっているが‥‥」
 不意にモンドの言葉が途切れた。何も言わず、腰の刀を抜き放つ。
「‥‥せめて一太刀で終わらせてやらぁな」
 起き上がり、ぼんやりと周囲を見回している幼い少女だったと思しき骸骨に、モンドは刀を手に素早く駆け寄る。ぽっかりと空いた虚ろな眼窩がモンドの姿を捉える前に、全ては終わっていた。
「ベアトリス!」
「あいよ!」
 からりと崩れ落ちた少女の髑髏に向けて、ベアトリスは祈った。聖なる母が、この少女に安らぎを与えてくれるように、今度こそ、その眠りを邪魔されないように、と。
 少女は眠りへと戻っていった。恐らく、自分に何が起きたか分からないまま。
 それが幸せな事か否かは、彼らには分からなかったが。

●死者
 村の中を一巡して、エルディン・アトワイト(ec0290)はカソックの襟を摘むと、はたはたと手で風を送った。
「いやあ、この季節に神父さんの服は暑すぎます」
「はいはい。でも、誰の目があるか分かりませんから、聖職者さんは聖職者さんらしくきっちりと、ね?」
 エネディンが着崩した襟元をぴしっと直して、オルフェは辺りを見回した。
「確か、この辺りのはずなんですが‥‥」
 依頼人から聞いた、彼女の自宅。
 村に残った現在の夫は避難所にした村の収税倉庫で無事を確認したが、蘇った前夫は今も、自宅の中にいるらしい。
 周囲の家々の窓や扉には外から板が打ち付けてある。それは、中にいる「もの」が外に出て来ないように、村人達のせめてもの防御策だったのだろう。
「オルフェ殿」
 不意に立ち止まったエルディンが深刻な顔をしてオルフェを呼び止めた。
 何か不都合な事でも起きたのだろうか。
 眉を寄せながら、オルフェもエルディンの傍らへ戻り、彼の顔を覗き込んだ。
「何かありましたか? エルディンさん」
「今は、夏‥‥ですね」
「? ええ、そうですね」
 エルディンの視線は板で封じられた家々に注がれている。
「‥‥開けたら、臭い、きつそうです」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 笑顔のまま、オルフェはがしりとエルディンの手を掴むと、すたすたと歩き出す。
「いや、冗談。冗談ですから!」
「冗談に聞こえません。さ、行きますよ」
 一軒の家に近づくと、オルフェは扉の隙間から中を覗き込んだ。近づけば、確かに表現し難い臭いが漂っているようだ。だが、そんな事は言ってはいられない。
「エルディンさん〜、オルフェさん〜」
 避難所に村人達を全員集め終わったマルキア・セラン(ec5127)が2人の姿に気付いて小走りに駆け寄って来る。そのいつもと変わらない様子に、エルディンとオルフェは思わず息を呑んだ。リトが仕掛けたライトニングトラップが村のあちこちにあるはずなのだ。2人も、リトの印を確認しながら進んでいる。
 にも関わらず、マルキアは頓着せず、てってと走り寄る。
「おー、奇跡を見た気分です」
「はい?」
 小首を傾げたマルキアに、オルフェは小さく首を振った。
「お気になさらず」
 マルキアとは、簡単な会話ならばエルディンを通さずに出来る。
 彼女が聞き取れるように、ゆっくり、はっきりとオルフェは尋ねた。
「村の人達の様子はいかがですか?」
「大丈夫ですぅ。ただ、昨日、リトさんが連れて帰って来た子供が不安定で。リトさんの子守歌でさっきやっと寝てくれました〜。ですからぁ」
 しー、とマルキアは指先を口元に宛てた。
「お静かにお願いしますぅ」
「うーん。それは、彼らに言って欲しい‥‥かな?」
 家の中から、何かが壁にぶつかる音がする。
 大人しくしている時間と、暴れ出す時間があるのだと村人が話していた。今は暴れ出す時間なのだろう。家々から何かが壊れる音、扉を叩く音が聞こえて来る。
「依頼人さんのお話だと、神様にお祈りを捧げたり、神様のお名前を呼んだ事に反応していたみたいですけれど〜」
「そうじゃなさそうですね」
 法王の杖を掲げ、エルディンが呪を唱える。吹き飛ばされた死者が家の壁にぶつかって、ぼろぼろと崩れていった。
「ですねぇ」
 頬に手を当てて溜息をつきながら、マルキアは刀を抜く。家に打ち付けられた板を打ち破って、ぞろぞろと死者達が外へと出て来たのだ。唸りのような意味不明の声を漏らしながら、何かを探して彼らはふらふらと歩き出す。
「一体、何を探しているのでしょうか」
 彼らに見向きもせずに、どこかへと向かっていく死者達に、マルキアは視線を巡らせる。彼らを操る者がいるのであれば、どこかでこの様子を見ているのではないかと思ったのだ。
 だが、それらしき影はどこにもない。
「‥‥皆、収税倉庫の方に向かってます」
 緊迫したエルディンの声に、オルフェとマルキアは顔を見合わせた。
「家族?」
「はいぃ。きっとそうですぅ〜」
 だが、そちらへ向かわせるわけにはいかない。
 避難所には、一応は死者が入り込めないよう、いくつかの結界を用意してある。
 しかし、いくらアンデッドであるとはいえ、村人達の前で愛する家族を傷つけるわけにはいかないのだ。
「エルディンさん!」
 取りだした聖なるデーツをエルディンへと投げて、オルフェも刀を抜き放った。エルディンが鳴らす降霊の鈴に、死者達の向きが変わる。じわりじわりと囲まれて、エルディンは顔を顰めた。
「やっぱりフェイスガードをつけておくべきでした」
「‥‥余裕がありますね」
 滑らせるように刃を走らせていたオルフェが苦笑する。だが、マルキアはうんうんとエルディンの言葉に頷いている。
「体に臭いが移ってしまいそうですぅ〜」
 独特の腐臭と、時折発動するトラップで腐肉が焼ける臭いが混じって、耐え難い悪臭に満ちる。
「まあ、確かにそうなんですが。それよりも、私は彼らが何故暴れ出したのか、知りたい所ですね」
「よぉ! 大変そうじゃねぇか」
 突然、場違いな程明るい声を掛けられて、オルフェは一瞬だけ気を散じた。その隙を突いて襲い掛かって来る死者をばっさり袈裟掛けにして、モンドはぞろぞろ集まっている死者の数を数えた。
「ひぃの、ふぅの、みの‥‥とりあえず全部か」
 エルディンが簡単に訳すると、オルフェは厳しい表情で死者を見回した。この村で蘇った死者は、これで全て。刀を握る手に力が入る。早く、彼らを楽にしてやりたかった。
 その気持ちはマルキアも同じだったようだ。
「これで全部。‥‥でしたら」
 群がる死者達の間を走り抜ける。手足や肩を切られた死者達が動きを止めて、ゆっくり頽れた。だが、彼らはアンデッド。それで終わりではない。
「エルディンさん!」
「エルディンの坊主、行くよ!」
 オルフェとベアトリスからほぼ同時に声を掛けられ、降霊の鈴を使って消耗していたエルディンは、はは‥‥と頬を掻く。
「主よ、この操られし魂を御許へ!」
「さ迷える魂よ、天に帰り給え!」
 二人の祈りと共に白い光が弾けた。そして、その光が収まった後には、蘇った死者が壊した家と臭いだけが、村に爪痕として残されたのだった。

●蘇りの理由
「未練‥‥ですか?」
 ストームで臭いを吹き飛ばしたリトは、僅かの間首を傾げると、やがて納得したように頷いた。
「そうかもしれませんね」
 あの夜、執拗に子供のいる家の扉を叩き続けた母親を思い出して、彼女の表情が曇る。
「暴れ出すまで、ただ子供や家族や恋人の側でじっとしていたと言いますから」
 墓場に残された遺体と、消えた遺体を調べているうちに気付いた事だ。この世界に未練を残していそうな者達ばかりが、墓場から消えていたのだ。
「大往生のじいさんは、大人しく墓ン中だ。あの時も起きあがったりしなかった」
「あの時? と、駄目です! そこを踏まないで下さい!」
 問い返したリトは、トラップに足を突っ込みかけたモンドの腕を慌てて引く。
「す‥‥すまねぇな」
「あの時って言うのはね、墓場で新しい墓‥‥蘇った子供に殺されたという母親の墓から、その母親が出て来た時の事さ」
 それと同時に、他の死者達も一斉に動き出したのだ。
「何かに呼ばれてる‥‥って感じがしたねぇ」
 自分達には聞こえない声を探すようにきょろきょろと周囲を見回していた死者の姿を思い出して、ベアトリスは息を吐き出した。
「死者の想いまで利用するなんざ、ひどいヤツもいたもんさ」
 エルディンに通訳されて、話を聞いていたオルフェは自分の手を見つめた。斬るしかなかった死者。それを操っていた者は‥‥。
「デビル‥‥でしょうか」
「だと思いますぅ。聞いたお話では、他の村でも似たような事が起きているようですから。何かのきっかけで、この村の死者達だけが蘇った‥‥というわけではなさそうですぅ」
 マルキアの優しい顔に、一瞬の怒りが過ぎる。
 黒幕の姿は掴めなかったが、それでも、この村の死者達は聖なる母の御許に戻ったのだ。安息を与えられたのだ。
 再び墓を直している村人達の穏やかな表情に、冒険者達は安堵の笑みを浮かべたのだった。