女の園
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月28日〜08月04日
リプレイ公開日:2004年08月05日
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●オープニング
「また、かね」
溜息を吐き出すように尋ねた男に、その老人は沈痛な面持ちで「はい」と答えた。これまで、何度、同じ会話を繰り返したのであろうか。男と老人は顔を見合わせると、静かに佇むもう1人の人物を見遣る。
「これでもまだギルドへ依頼を出す事に反対かね?」
「勿論でございますわ、旦那様」
リンネルの髪覆いから覗く髪に白いものが混じる女性は、主人を前にしても主張を変える事がない。厳格で規律正しくある事を最上の美徳として尊ぶメイド頭のマルゴは、きっぱりと言い切った。
「冒険者を屋敷内にいれる等、もってのほかです」
実質、屋敷を取り仕切る彼女の主張は、主人とて無視は出来ない。
「しかしね、マルゴ。コウモリの羽根を持つモンスターに襲われ、怪我をする者も出ている。怯えて両親の元へ帰りたいと望む者も多いし、実際に何人も辞めているのだよ?」
「彼女達を管理するのはわたくしの仕事。当然、存じ上げております」
真っ直ぐに主人を見て、マルゴは微笑んだ。誰も逆らえない、有無を言わさぬ微笑である。この笑みが発現しては、例え全ての実権を握る主人でも覆すのは難しい。
「よろしいですか、旦那様。当家に奉公に上がっているメイドは、行儀見習いを兼ねて親御さんからお預かりしている者達ばかりです。ギルドの冒険者などと素性の知れぬ者を彼女達に近づけるわけには参りません」
娘達の保護者を自認する彼女には、冒険者に対する偏見があるようだと男と老人は同時に溜息をついた。
「モンスターと戦い、あまつさえ依頼に赴く為に野宿をするのですよ!? ああ、なんということでしょう! 信じられないわ!」
身を震わせて、彼女は全身で嫌悪を示す。
「ともかく、たかだか1匹のモンスター程度で冒険者を屋敷内にいれるのは反対でございます。そのような事をせずとも、夜には、わたくしがメイド棟にしっかりと錠をおろしておりますし、窓という窓には格子をはめさせました。ご心配なさらずとも、彼女達の身はわたくしが守ってみせます」
一気に捲し立て、マルゴは鼻息も荒く、主人の居室を後にした。
残された主人と老家令は、互いに見交わして首を振る。
「困ったものでございます。たかが1匹のモンスターと申しますが、我々には対抗する手段がございません」
荘園を持つ領主として自警の為に力自慢を雇ってはいるものの、冒険者と同じく、彼らが屋敷に立ち入る事は彼女が許さない。
娘達が居住するメイド棟は、確かに万全の戸締まりがなされ、彼女が子犬の頃から育てた猟犬が何人たりとも立ち入らないように目を光らせている。だが、それがモンスターに対して如何ほどの効力があるのだろうか。
何人ものメイドが夜中にモンスターと出くわし、怪我をしている実情からしても、それは察せられよう。
「仕方がない。今は、娘達の安全が何よりも優先だ。彼女には内緒でギルドに依頼しよう」
「旦那様‥‥」
それが彼女に知れた時、どのような騒ぎになるのか。
恐ろしさのあまり、老家令の顔がざっと青ざめた。
「欠けたメイドを補充するという名目で、ギルドには考慮して貰おうと思う」
主人の決意に、老家令も腹を括る。
「分かりました。では、新しいメイド達は、わたくしめの妻の叔父のそのまた従兄弟の遠縁という事に致しましょう」
がしり、と彼らは手を握り合った。
「‥‥‥‥‥」
ひらり、と冒険者の手から依頼内容を記した紙がはらりと落ちた。
床に落ちるまでの僅かな時間がとてつもなく長いものに感じられる。
「まあ、受けてしまったものは仕方がないよな」
紙を拾い上げた冒険者が、気の毒そうに硬直した者の肩を叩く。
「頑張れ」
凍り付いたかのように動かなくなった8人の目の前に紙を差し出して、彼は爽やかに激励を述べた。所詮は他人事である。傍観者には、この上なく面白い状況であるに違いない。
笑って済ませられないのは、依頼を受けてしまった者達だ。
差し出された紙に書かれた文字が、8人の冒険者の目に否応なく飛び込んで来る。
赤いインクで大きく記されたその文字は‥‥
「メイド募集。賃金、待遇は詳細は当家規定にて」
●リプレイ本文
●誤魔化し
人生の半分以上をその屋敷に仕えて来たメイド頭のマルゴの何か言いたそうな視線に、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は豪快に笑って見せた。「娘」と呼ばれるのに少々無理があるのは百も承知。だが、無理でも何でも彼女に認めさせねば話は始まらない。
「あっはっは、あたしの顔に何かついてるかい?」
ばちんと片目を瞑ったベアトリスに、マルゴは咳払う。
「べ‥‥別に、何でもありません。次、ジェミィ・モ‥‥」
ばさりと、マルゴが抱えていた紙の束が落ちた。あんぐりと開いた口が、彼女の受けた衝撃を物語っていた。
「なななな‥‥なにかございましてぇ〜?」
ゆったりとしているはずのカートルがぱんぱんに張りつめて、今にもはち切れそうだ。おほほと手を当てた口から零れて来たのは、奇妙に裏返った声。
だがしかし、さすがは年の功。衝撃から素早く立ち直ると、マルゴはリンネンに包まれた娘の頭の天辺から足の先まで、じろじろと眺め回した。
「あなた‥‥本当に女性ですか?」
不信感も顕わに尋ねたマルゴに、ジェミィこと、ジェームス・モンド(ea3731)は、ひっと息を飲む。
「ひどいわぁ〜っ!」
「あああっ! 彼女、これでも気にしているんですよ〜っ!」
よよと泣き崩れたモンドを引き寄せ、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)が抗議の色を目に浮かべてマルゴを見上げた。
−‥‥ちょっと、あんまりくっつかないでよッ
−ここでばれるよりマシだろうがッ
こそこそと交わされる会話と、見えない場所で繰り広げられる攻防に気づいているのは、共に並んでいる仲間達だけだ。
「どうせアタシは女に見えないのよぉ〜」
「ジェミィちゃん、負けちゃ駄目よッ! だって、アタシ達、オンナノコなんですものッ」
がしり、とモンドの手を掴んで葛城伊織(ea1182)が励ましの声を掛ける。どうせ、後で同じように疑惑の目で見られるのだ。ここで一緒に疑いを晴らしておいた方が都合が良い。
良いのは分かるが、何とも寒々しい。
「‥‥美形なお兄さんならまだしも」
ちっと舌打ちしたレヴィの足を踏んづけて、モンドはくすんと啜り上げて見せた。
「そうね、イオリー。アタシ達、オンナノコだもんね」
互いに励まし合う女(?)の友情に、厳しいメイド頭も絆されたはず‥‥と、ちらり横目で伺った伊織は、全てを見通そうとするマルゴの鋭い視線に硬直した。
「イオリー・カツラギ。ジャパンの出身ですか。家令殿にジャパンに親戚がいる話は聞いた事がありませんね」
「それはっ」
蛇に睨まれた蛙の心境で、伊織はごくりと生唾を飲んだ。
「家令さんの奥さんの叔父さんのそのまた従兄弟の奥さんの実家の隣に住んでいた人がジャパンから来た人だったのですわ」
婉然と微笑んで、フォローを入れたラーム・パラシオン(ea4890)に、伊織も大きく首を振って同意する。
「そうそう。そうだったのよね、ラーミャちゃん」
きっぱりと言い切ったラームにマルゴは釈然としない何かを感じながらも、一応、納得したようだ。有無を言わせぬラームの雰囲気に押されたのかも知れないが。
「‥‥この先、大丈夫だろうか」
思わず、天井を振り仰いだサリトリア・エリシオン(ea0479)から漏れた呟きは、隣りに立つヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)にも届かなかった。
●お勤め
長々としたマルゴの話から解放されたと思ったのも束の間、彼女(?)達は、息をつく暇も与えられずに本館へと呼び出された。
新入りに与えられた仕事は、床掃除。
「本当は下働きの人の仕事なのよ」
奉公にあがって1年になるという娘が、こっそりとシーン・オーサカ(ea3777)に耳打ちした。主達の遠縁に当たる彼女達は、日銭を稼ぐ下働きと違う。マルゴの厳しい監視の下で家事から行儀作法までを身につけさせられるのだ。
「汚れが少しでも残っていたらやり直しさせられるわよ。頑張ってね」
誰もが1度は通る道だと、彼女は笑顔でシーンを励ました。
「や‥‥やり直しは嫌やなぁ」
掃除に時間を取られて、本当の目的を果たす事が出来なければ、本末転倒だ。
「んじゃ、手っ取り早く完璧に終わらせよか」
束ねた縄を手に取ると、彼女は機嫌良く床を磨き始めた。
「清らかに気高く夢を咲かそう
信じています 今、この瞬間が奇跡であると」
「あら、素敵な歌ね」
思わず口をついていた歌を褒められて、シーンは嬉しそうに笑う。続きをせがまれて、彼女が息を吸い込んだその時、小さな声と乾いた破壊音が響き渡った。恐る恐る、シーンは視線を巡らせた。
「いかんいかん」
彼女達の目に、砕け散った壷の破片と、飄々と呟きながら身を屈めるラームの姿が映る。
そして、彼の袖に引っかかり、倒れる銀の燭台が‥‥。
「〜〜〜っっ!!」
声にならない悲鳴を上げて、シーンは燭台へと駆け寄った。
「な‥‥何やっとんねん、自分!」
「? 何って掃除だが?」
−余計な手間増やしてどないすねんッ!
小声で噛み付いたシーンに、ラームは悪戯っぽい笑みを浮べてみせる。
「気にするな」
「気にするわッ!」
肩で息をするシーンの肩をぽんと叩いて、ラームは拾い集めた破片をその手の上に落とした。
「さ、これでしばらくの間、彼女の目は別の所に向くだろう。その間に、情報を集めて来るよ」
「来るよってアンタ‥‥」
颯爽と衣の裾をさばいて立ち去るその後ろ姿を見送ったシーンは、背後に迫る不穏な気配を感じて、咄嗟に身構えた。モンスターかと印を結びかけて、口元をひくひくと引き攣らせたマルゴの姿に動きを止める。怒り心頭なマルゴの視線は、彼女の手の中の破片に注がれていた。
「しもた! ラームにしてやられた!」
だがしかし、気づくのが少しばかり遅かった。
聞こえて来るマルゴの説教に肩を竦めると、一部始終を眺めていたベアトリスは飛び散った破片を集めるべく床に膝をついた。
「ジェミィ、手伝っておくれ」
「はーい」
細かな破片を1つも残さないようにと、床に顔を擦りつけて後片づけをしていたモンドの目が、常の視点からでは気づかぬ痕を見つけて光る。ベアトリスの服を軽く引くと、彼は微かな動きでそれを示した。
「‥‥おや。こんなに低い位置にあるんだねぇ」
小動物の爪の跡に見えなくもないが、屋敷を傷つける動物の出入りを、マルゴが許すはずもない。
「まだ新しい傷だな」
ふむ、とベアトリスは考え込んだ。
●捨て身
主に繋がる遠縁の娘達ばかりが寝起きする離れには、マルゴの監視下で厳重な戸締まりがなされていた。頻発するモンスター騒ぎも拍車をかけて、大袈裟な程に扉から窓に至るまで鍵が掛けられている。
「んー‥‥ちょっと厄介ねぇ」
枕を抱えて階段の陰に身を隠していたヴァイエは、階下で揺れる蝋燭の灯りに溜息をついた。
傍らのラームがバイブレーションセンサーでマルゴが部屋にいない事を察していなければ、廊下で彼女と出くわしていただろう。
「わんちゃんの鼻は誤魔化しているけど、万が一、吠えられると困るよねぇ」
「外の犬は、伊織が術をかけて大人しくさせると言っていたが」
昼間は身につけていたポプリは部屋に置いて来た。だが、それで犬の鼻を誤魔化し切れるか不安が残る。そんな彼女に、伊織の作戦を伝えてラームは夜着の裾を摘んだ。
「外からの侵入は、レヴィとシーンが見張っている。異変があれば、何らかの手段で伝えて来るはずだ」
階段の陰から出た所で、彼らは闇と同化するように佇むサリトリアに気づいた。
いつからそこにいたのだろうか。
昼間、メイド達の中に紛れて、目立つ事なく情報を集めていた彼女は、無言で彼らを促すと迷いのない足取りで暗い廊下を進んだ。
「この先に、壁が壊れている場所がある。ほんの少し、板がずれている程度だが。レヴィも、そこが怪しいと睨んでいるようだな」
「レヴィ達はそこで?」
尋ねるヴァイエに、サリトリアは「あぁ」と短く答えた。
「挟み討ちにするんだね」
心得たように頷くラームの言葉に被さるように、静まり返った館の中、悲鳴が轟き渡った。
「来た!」
「何をしているの!」
蝋燭の灯りに照らし出されて、3人は足を止めた。
鬼の形相で彼らを睨んでいるのはマルゴだ。
「私には腕に多少の覚えがある」
こうしている間にも、モンスターが襲って来るかもしれない。サリトリアの声に焦りが滲む。
「あ、あの‥‥マルゴさん、実は‥‥」
抱えた枕をぎゅっと抱き締め、この場を切り抜ける為の言葉を探したヴァイエは、マルゴの背後から迫る影に気づいて目を見開いた。
「こんな時間に出歩くなんて! ご家族からお預かりしている私達の‥‥」
闇の中から伸びた腕が、マルゴを背中から羽交い締めにした。気配を消して忍び寄っていた伊織だ。
「マルゴさんッ! 実は‥‥実は、アタシ、オトコノコなのッ!」
自棄っぱちな伊織の叫びと同時に、マルゴの金切り声が止んだ。訪れた沈黙に、惨劇の予感が走る。
「なんて事を!」
ヴァイエが悲鳴を上げた。
悲愴な決意を込めて、伊織は笑む。
「構うな。‥‥俺の屍を越えていけ!」
彼の魂の安からん事を‥‥。
祈りつつ、サリトリアがヴァイエを促した。まだ、依頼は完了していないのだ。
「奴の犠牲を無駄にするな。行こう!」
背後から聞こえる鈍い音に、あわわ‥‥とヴァイエは指を組み足早にその場を駆け去った。サリトリアの言う通り、彼の犠牲を無にしてはいけないのだと、心の中で自分に言い聞かせながら。
「伊織は‥‥いったか」
「ぅきゃっ!?」
暗闇から突然に声を掛けられ、猫が驚くように飛び上がったヴァイエの口を押さえ、モンドは「静かに」と囁いた。
「騒ぐとモンスターが警戒するだろ」
「‥‥驚かせたのは誰だ」
跳ねた鼓動を宥めるように胸元を押さえたサリトリアが非難めいた言葉を口にする。常は冷静沈着な彼女も、息が止まる程に驚いたに違いない。
「気を付けろ。事がうまく運んでいるなら、そろそろこの辺りに‥‥」
恨みがましい女性2人の視線を、さりげなくもわざとらしく躱して、モンドは周囲の気配を探る。
「‥‥話を逸らすな」
「逸らさないで下さい」
伊織に続いて、モンドの上にも流血雨が降るのかと思われたその瞬間、彼は小さく呟いて身を翻した。暗がりの廊下に慌ただしい靴の音が響く。
「モンスターよーっ! モンスターが出たわーっ」
「皆〜、外に出たらアカンで〜っ」
聞き覚えのある声が、モンスターの出現と警告を告げながら近づいて来る。レヴィとシーンだ。サリトリアは表情を改めた。彼女の目が次第に輪郭を現す影を捉えて鋭く光る。
「インプだ」
相手がモンスターと分かった以上、誰何の必要はない。
ベアトリスが掛けてくれたグッドラックも、彼女の判断力を上げていた。ホーリーシンボルを掲げ、サリトリアは呪を唱えた。
放たれたホーリーが、インプを襲う。
「お疲れさん」
「疲れた〜っ! お酒飲みたい〜っ!」
開口一番のレヴィの台詞に苦笑して、モンドは手にした得物を構えつつインプとの間合いを詰めた。
「‥‥何持ってるの?」
「銀のナイフ。昼間、本館で傷を見つけてな。使えるかもしれんと拝借して来た」
あああ。
レヴィは頭を抱え込んだ。
そういえば、夕食の後、先輩メイドがナイフが足りないと大騒ぎをしていたような?
レヴィの言葉に応えを返さずに、モンドはインプに向けて刃を閃かせた。
しかし、いくら銀とは言え、食事用のナイフである。さほどのダメージは与えられない。斬りつけられ、逆上したインプに、シーンのウォーターボムが炸裂する。
間をおかずに放たれたヴァイエのウォーターボムが、インプの体を廊下の端まで弾き飛ばした。
インプからの反撃はない。
レヴィの唱えたアグラベイションがその動きを封じているのだ。
「これで終わりにさせて貰おう。‥‥これ以上は俺が耐えられん」
何が? と尋ねる必要はない。
カートル姿のモンドは、静かにナイフを振り下ろし、全てを終わらせたのであった。