悪戯ゴブリンを懲らしめて!
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月14日〜06月21日
リプレイ公開日:2004年06月23日
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●オープニング
冒険者が集まる酒場の片隅で、その男は頭を抱え込み、頻りに「困った」を連発していた。
一見すると普通の旅人だが、旅慣れた風ではない。
恐らくはどこかの農夫だろう。
「やれやれ」
通りのよく見える席を陣取り、外を行き交う人々の様子を肴に酒を楽しんでいた青年は溜息を1つ落とすと、粗末なタンカードをテーブルに戻した。
怪訝そうに見る連れに片目を瞑ると、彼は肩を竦めた。
「あんなに辛気くさいのを放っておくと、こちらの酒までまずくなってかなわないよ」
物言いは辛辣だったが、彼が困っている者を見ると放ってはおけない性分である事は熟知している。だから、小さく苦笑して頷くに留めた。
「おい」
テーブルに手をついて、青年は折角頼んだ酒に手もつけていない男の顔を覗き込む。
「なんなんだ、お前。さっきから困ったとしか繰り返さないじゃないか。そんなに深刻な悩み事があるのか」
真っ直ぐに見据えられて、男は面食らったようだった。
だが、すぐに力無く肩を落として青年から目を逸らす。
「だからぁ、何に困っているのかと聞いているんだ」
「あんたにゃ関係ない事ですだよ」
ひくり、と青年の頬が引き攣った。
今、彼の頭の中を怒濤の如く罵詈雑言が駆け抜けているのだろう。連れであるところの銀色の髪をした青年は、エールに口をつけながら思った。
「関係ないだとぅ? お前がそうやって酒場の雰囲気を辛気くさくしてるお陰でだなぁ!」
「だども、あんたにおらの辛さは分からんですだ!」
どん、と男は拳をテーブルに叩き付けた。
一瞬にして、酒場が静まり返る。
「だからと言って、ここで腐ってても、悩みはいつまで経っても解消しない。とっとと話せ」
ひどく尊大な態度ではあるが、一応、あれでも男を心配しているんですよぅ、と連れの青年は心の中で主のフォローを入れる。
男は、青年の態度に気圧されたのか、ぽつりぽつりと語り始めた。
「お‥‥おらの村に、最近ゴブリンが出るだ」
ほー?
そんなもん、珍しくも何ともない。
男の正面の席に座り、頬杖をついた青年のおざなりな相槌にも気づかぬ程、男は深刻そうに言葉を続ける。
「皆、困ってるだ。畑を荒らし、鶏を追い回す。牛や山羊の柵を壊しておら達が慌てるのを大笑いして見てるだ」
「‥‥変わったゴブリンだな」
ゴブリンは人を襲う。自分達よりも力の弱い者達を相手に恫喝し、食料や家畜を奪っていく。
それをせず、笑って見ているだと?
「娘っこや子供が自分の姿を見て悲鳴をあげると余計に面白がって、追いかけまわす。1度、村の若者がそいつを捕まえて、ひどい目にあわせたんですが、全く堪えてないですだ。それどころか、悪戯がますますひどくなって、もう手がつけられんのです」
「‥‥もしかすると、まだ子供なのかもしれませんね」
連れの耳打ちに、青年は頷いた。
好奇心から人里に降り、人々の反応が面白くなってそのまま居着いたと言うところか。
「全く。それなら、どうしてこんな所で腐ってる。ギルドへ行ってゴブリン退治の人を雇えばよかろうが」
それが‥‥と、男は恥ずかしそうに懐に手を突っ込んで財布を取りだした。逆さに降ると、落ちて来るのは数枚のカッパー貨。
「ギルドでゴブリン退治に人を雇うにはちぃと足りませんで‥‥」
「‥‥ギルドに支払う金もないのに、飲・む・な!」
額に青筋を浮かべた主をまあまあと宥めて、連れは男を見た。
「途方に暮れて、酒の力に頼りたい時もありますよね」
「うんにゃ、飲みたかっただけだ」
青年の拳が震えた。
「‥‥うーん‥‥さすがに、これはフォローも出来ませんねぇ」
ポケットをまさぐって、青年はテーブルの上に撒かれたカッパー貨に数枚のシルバー貨を投げ入れた。
「これで、ギルド規定の報酬に達するだろうが。さっさとギルドへ行って来い! ちゃんと状況の説明もするんだぞ!」
不機嫌そうに、自分の席に戻った青年に、連れはくすりと笑う。
それが気に入らなかったのが、青年はますます不機嫌になった。
「別に俺は慈善家じゃない。あんなのが居たら、酒がまずくなる。ただそれだけの事だ」
「というわけで、親切なお方のお陰で皆様にお願いする事が出来ますだ」
純朴そうな男の顔が赤らんでいる。ギルドに依頼を出せた事がよほど嬉しいのだろう。
「そりゃ、カッパー貨数枚じゃなぁ‥‥。お前さんは運が良かったな」
冒険者の1人が大袈裟に天を仰ぐ。
どうやら、この男の村はこれまでギルドに仕事を頼む事もなく、平穏無事に日々の暮らしを営んでいたらしい。
「つまり、今回のゴブリンは近隣の山中に棲んでいるわけでもなさそうだな。‥‥おい、お前の村の近くでゴブリンの被害にあっている村はあるか?」
「へぇ、おらの村から山を2つほど越えた先の村には、ひどい悪さをするゴブリンがいると聞いた事はありますが‥‥」
冒険者達は顔を見合わせた。
今回のゴブリンは、その村を襲っているというゴブリン達からはぐれたのだろう。話からすると、まだ人間達との関係も知らぬ子供のゴブリンだ。
「捕まえて折檻したと言っていたが、それでも出ていかなかったんだな」
「はぁ。何やらムキになったようで、ますます悪戯がひどくなりまして」
自分達の仕事が見えて来たようだ。
その子ゴブリンを捕まえ、村に近づかぬようにする。出来れば、仲間達の元に戻しておきたいところだ。
「ゴブリンとはいえ、まだ子供。殺してしまう事もないだろうしな」
誰かの呟きに、何名かが頷いた。
「しかし、どうすればそいつのおイタを止められる?」
折檻して効かぬのであれば、彼らの力も何の脅しにならないかもしれない。
「なぁに、簡単な事だ。子供のしつけと同じだ。自分がされて嫌な事は、他人にもしないと教えればいい」
さて、どんなお仕置きをしようかと、笑いながら策を練る仲間達を頼もしいんだか不安なんだか分からぬ表情で見ていた者が、ふと気づいたように男に尋ねた。
「そういえば、村の人はそいつを捕まえたんだよね? どうやって? 罠か何か仕掛けたのか?」
男は首を振った。
「うんにゃ。何か珍しいもんがありゃ、奴は自分から寄って来るですだよ」
「‥‥あ、そ‥‥」
がくりと頭を垂れた者の心中を察する事なく、男は頼もしそうに冒険者達を見遣り、上機嫌で笑った。
●リプレイ本文
●子ゴブリン捕獲作戦
村に出没する悪戯好きな子ゴブリンを何とかして欲しい。
そう請われて、村に出向いた冒険者達は唖然とした。
確かに悪戯好きだとは聞いていた。しかし、その悪戯がここまでエスカレートしているとは思ってもいなかったのだ。
「え‥‥えーと」
呆けている仲間達をちらりと見遣り、シャナ・ミルキーウェイ(ea0464)は何とか笑顔を作ってフォローを入れてみた。
「どうやら、子ゴブリンさんには前衛芸術の才能があるような、ないような‥‥」
さすがに無理があると自分でも分かっているのであろう。
言葉のおしまいがもごもごと彼女の口の中へと消えていく。
「どちらにしても、村の人は後片付けが大変だな」
肩を竦めたレオンロート・バルツァー(ea0043)の視線は、村中に縄や枝、葉っぱで奇妙な飾り付けをして通りの真ん中でげらげらと大笑いをしている子ゴブリンに注がれていた。
「本当に悪戯っ子のようですね」
どこからか探し出して来た染料を扉に塗りつけられている家もある。
村人達が根を上げるのも無理はない。彼らの心労を慮って、レイン・シルフィス(ea2182)は表情を曇らせた。
「とにかく、まずはアレを捕まえなくちゃ。作戦通りでいい?」
サヤ・シェルナーグ(ea1894)の問いに、仲間達は頷きで答えを返す。
子ゴブリンに聞かれて警戒されては元も子もない。
それぞれの分担通り、子ゴブリンに気づかれぬように動き出した仲間達の姿を目で追って、ロルベニア・アイオス(ea0839)は握り締めていたオカリナを口元に当てた。
素朴な音色が、風に乗って流れる。
ロルベニアのオカリナの音色に興味を惹かれたのか、子ゴブリンの悪戯が家の中にまで及ばないようにと、堅く閉ざされていた民家の窓や扉が細く開いた。
地面に転がって笑っていた子ゴブリンも、突如として聞こえて来たオカリナに笑うのを止めて、音の元を探す。
ロルベニアの優しい音色に、シャナのオカリナが重なった。時に寄り添い、時に離れて、空で遊ぶ小鳥のように2人の奏でるオカリナは伸びやかに村中へと響いていく。
そろそろと身を起こし、子ゴブリンは首を傾げた。これまでの経緯から、人間に恐怖心を持っていない事は分かっていたから、オカリナを吹く2人に近づいて行くのは予測済みだ。
何の警戒心もなく2人に向かって駆けて来る子ゴブリンの前に立ちはだかり、ルシフェル・クライム(ea0673)は幾分威嚇を込めた表情で見下ろした。
怖がる表情を面白がっていた子ゴブリンにとって、感情のこもっていない威嚇を見せるルシフェルは初めて遭遇するイキモノだった。
じり、と後退る子ゴブリンに、今度は哄笑が浴びせかけられる。
腹を抱えて笑いながら、レオンロートはゆっくりとした足取りで子ゴブリンに近づいた。
初めて出会う相手、初めて感じる気持ち。
訳も分からず、子ゴブリンはルシフェルとレオンロートから逃れようと踵を返した。
「まてまて、もっと遊んでいくがいい」
伸ばされたルシフェルの腕をかいくぐった子ゴブリンに、くすくすと笑いながらサヤが石を投げつける。それは子ゴブリンを掠めて飛んでいく。傍目から見ると楽しそうに遊んでいるようにしか見えないそれも、笑いながら自分に何かを仕掛けて来る人間など知らない子ゴブリンには恐ろしいモノのように感じられた。
何が何だか分からない漠然とした気持ちに混乱しながら逃げた。
だが、人間はどこまでもどこまでも笑いながら追って来る。
「‥‥行くわ」
通りの反対側で待機していたシルビア・シェイニス(ea2997)が一言呟いた。
仲間達が子ゴブリンを追い立てるだけ追い立てて、他の逃げ道を塞いだ事を確認して、シルビアは通りに出る。最後に子ゴブリンを追い込む路地に残った大隈えれーな(ea2929)が、シルビアに向かって自信たっぷりに頷いた。
仕上げの準備は整ったのだ。
一方、子ゴブリンは行く手を遮るように現れた人間に、嗄れた叫びを上げた。
その人間も、笑いながら自分に向かって走り出したのだ。
必死に、逃げ道を探す。
その時だった。
きらりと何かが光って見えた。
それは、笑って追いかけまわしてくる不気味な存在から自分を救ってくれるもののように思えた。「藁にも縋る」心地だったのだろう。
勿論、それも冒険者達の計算の上での作戦だったのだ。
珍しいものに惹かれる子ゴブリンが、嫌な目に遭わされている最中にそれを見つけたとしたら、どのような行動を取るのか。
子ゴブリンは、その光るものに近づく。
それは、宙に伸びたロープの上にあった。
手を伸ばしても届かないそれを取れば、嫌な事から逃れられそうな気がした。
ロープを登り始めた子ゴブリンに、追いかけ回していた者達が互いに目配せをする。
手が、ロープの先に結わえられたそれに届く寸前、突然に真っ直ぐに立っていたロープがぐにゃりと力を失い、地面に向かって落ちた。
当然の如く、子ゴブリンも一緒に。
それでも掴んだキラキラ光るものをしっかと抱き締めて、周囲を囲んだ人間達を見回す子ゴブリンの耳に、最初に興味を惹いた「音」が届いた。
彼が追いかけ回されていた間、ずっと響いていたらしい穏やかで温かな音の連なりに、気を取られた子ゴブリンが、その中に混じる澄んだ音に気づいたかどうか‥‥。
かくりと崩れ落ちた子ゴブリンの体に、えれーながすかさず毛布をかけた。
それを、シルビアがロープで縛り上げる。
「‥‥それ、あなたの仲間の所に着くまで貸しておいてあげます」
銅鏡を子ゴブリンの手に持たせて、えれーなは仲間達を振り返った。
竪琴の音にスリープの魔法を混ぜて奏でていたレインが、ぽろんと最後の弦を弾くと同時に、息を飲んで状況を見守っていた村人達が一斉に通りへと飛び出して来たのだった。
●相容れぬもの
ぱちと弾けた火に新しい薪をくべて、えれーなは毛布とロープでぐるぐる巻きにされた物体を覗き込んだ。
「まだ寝てますか?」
「大丈夫」
言葉少ないロベルニアの返事に、よかったと笑ってえれーなは彼女の隣に腰掛けた。
「目が覚めそうだったら、教えて下さいってレインさんとルシフェルさんが」
今は、眠っている2人を指さすと、小さな頷きが戻って来る。
後1つ、山を越えればゴブリンが出没するという場所につく。それまで、この何も知らない子ゴブリンには大人しく眠って貰っておく必要があった。
「この子、本当に何も知らないんだね。‥‥このまま人との付き合い方を覚えていいゴブリンさんになってくれないかな」
ローブに包まり眠っていたとばかり思っていたサヤの突然の呟きに、えれーなは驚いて立ち上がった。けれど、すぐに静かに座り直す。大きな物音を立てて子ゴブリンを起こしてはいけない。
そぉっと覗くと、子ゴブリンの目は閉ざされたままだ。
「ごめんね。驚かせちゃって」
素直に謝ったサヤに、えれーなは笑って首を振った。
「でも‥‥そうですね。ゴブちゃんがいい子になって、人と一緒に暮らす事が出来たら、きっと他のゴブリンとだって‥‥」
「無理、ね」
少し離れた木に体を預け、目を閉じていたシルビアがえれーなとサヤの希望を否定する。爆ぜた火がシルビアの金色の髪を浮かび上がらせた。
「どうしてですか?」
「人には、人のルールがある。例えば、我々のギルド。ギルドのルールに従って、冒険者は依頼を受け、問題を解決する。‥‥ゴブリンにはゴブリンのルールがあるんですよ」
ロングソードを抱え、たき火を見つめていたレオンロートがシルビアの代わりに答えた。
「ゴブリンを人のルールで縛りつける事が出来るのか。もし、これが逆なら、どうですか?」
自分達はゴブリンのルールに従って生きるのか。
問うたレオンロートに、えれーなは膝を抱え込んだ。
「‥‥そう‥‥ですよね」
えれーなには、2つの故国がある。父の国、母の国、それぞれ風土も習慣も違うけれど、それでもえれーなにとっては、どちらも彼女を受け入れてくれる故郷なのだ。
「えれーな」
腕を伸ばし、わしゃとえれーなの黒髪を撫でて、レオンロートは笑った。昼間、子ゴブリンを追いかけまわしていた笑みとは違う、彼本来の自信に満ちた笑顔だった。
「このゴブリンにとって一番いいのは、仲間の中で暮らす事なんです」
「‥‥はい」
静かに静かに、素朴な音色が響いた。
そっと密やかに、眠る者を更なる眠りの中へ誘い、聞いている者の心にほんのりと暖かな火を灯す、そんな音色。
ロルベニアのオカリナを聞きながら、冒険者達はしばしの安らぎを得た。
●ゴブリンの集落
ゴブリン達が住まうと教わった場所まで、残り山1つ分の短い道程で、冒険者達は互いに打ち解け、親しくなっていた。
初めての冒険に出る者には、先輩からのためになる経験談、依頼の途中で聞いた様々な噂。イギリスに来たばかりのえれーなも、月道の向こうにあるジャパンの話を聞かせて、単調だった子ゴブリン輸送の道程が途端に賑やかになった。
だが、そろそろゴブリンの集落である。気持ちを切り替えたシルビアは、偵察から戻って来たルシフェルの厳しい表情に眉を寄せた。
「妙な事になっているんだが」
ルシフェルは背後を指で示した。
「どうかしたんですか?」
その指し示す先、地面に点々と散らばる様々な欠片。
柄の折れた斧や、血の跡からして一目で戦いの跡だと分かる。
「‥‥誰かが、ここのゴブリンと戦ったんですね」
「え? それじゃあ、この子は‥‥」
馬に積んだ子ゴブリンの毛布に、彼らの視線が集まった。
「この先に、小さなゴブリンの集落があるようだ。そこは‥‥無事のようだった」
誰がゴブリンと戦ったのかは分からないが、集落が無事ならば、この子ゴブリンも仲間の元で暮らせるだろう。親ゴブリンも生きているかもしれない。
安堵の息を漏らして、レインは子ゴフリンを包んだ毛布とロープを解くと、そっと地面に下ろした。
「君は君の世界で生きるのが一番です。‥‥願わくば、再び出会う事がないように‥‥」
やがて、彼がかけたスリープの魔法も覚めるだろう。
集落に戻るも、再び人里を襲うも子ゴブリン次第。
静かに、人とゴブリンの間に敷かれた境界を越える事なく過ごして欲しいと願いながら、彼らは帰還の途についた。