私の王子様

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 94 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月12日〜09月19日

リプレイ公開日:2004年09月21日

●オープニング

 使い込まれた受け付け台から突然に生えた手に、彼らは動きを止めた。
 自分が見たのは信じられないもの。
 普通、木から手は生えない。考えられるものは唯1つ。
 こんな真っ昼間、しかもギルドのど真ん中で、こんなものに遭遇するとは!
 ごくり、唾を飲み込んで、恐る恐る目を動かす。
 もしも、まだ消えていないなら、そして、本当に手が木から生えているなら‥‥。
 彼らの脳裏に様々な状況が過ぎる。
−‥‥確か、今、キャメロットに大きな旅芸人一座が逗留していたよな?
−いや、待て。それよりもそーゆー謎を研究しているウィザード達に売りつけた方が‥‥
 怪しげな密談をかわしながら、ゆっくり、ゆっくりと視界が下がる。
 手は、まだ生えていた。
 ぎゅっと拳を握りしめた、小さな手だ。
 驚きと喜びと安堵が入り混じったどよめきが生まれる。
 嗚呼、怪奇現象って本当にあったんだ。
 子供の頃は信じていた。色んな場所に出没するお化けの話を。
 大人になり、一部のお化けが『モンスター』に類されるものである事を知り、そのモンスター達と戦い、色々な不思議現象を解決して来た彼らは、いつしか幼い頃の純粋な心を忘れていたのだ。
 嗚呼、お化けって本当にいたんだ‥‥。
 じん‥‥と、感動に打ち震える彼らに、か細い声が届く。
「‥‥依頼‥‥」
 お化けが依頼!
 ギルドに属する冒険者達は、異界に住まう者達にも頼りにされているのか!
 奇妙な誇らしさを感じる。
「‥‥届かない‥‥」
 小さな呟きと共に、もう1本の手が突き出された。
 続いて、うんしょ、うんしょと言う掛け声と、小さな頭が。
 「「「‥‥‥‥‥‥‥」」」
 彼らの脳内妄想劇場は幕をおろした。
「‥‥やれやれ」
 一部始終を見ていた濡れた鴉の羽根色の髪をした青年が、わざとらしく息を吐き出すとテーブルに頬杖をつく。その癪にさわる仕草にさえも反応を返す事なく、彼らはただ、自分達を見つめる少年と睨み合っていた。



「依頼」
 椅子を踏み台にした、無表情で無愛想な少年が素っ気なく呟いて革の袋を受け付け台に放り投げる。
 ひくひくと頬が引き攣る大人達を無視して、彼は係りに手を差し出した。
「‥‥‥‥ペン」
「あ‥‥ああ、はい」
 インク壺と羽根ペンを渡すと、少年はぎこちない手つきで依頼に必要な内容を書き綴っていく。幼くとも文字が書けると言う事は、それなりに教育を受けているのであろう。
「えーと、なになに?」
 黒髪の青年が興味深そうに少年の手元を覗き込んだ。
 途端に黙り込んだ青年に、冒険者達は顔を見合わせる。
「おい。どうした? 一体、どんな内容だ?」
「‥‥依頼内容」
 少年が書き上げた依頼を手に取ると、青年はにやりと口元を引き上げた。
「王子様求む」
 その瞬間、ギルドに落ちた沈黙を何と形容すればよいのだろうか。
 依頼を出した少年はと言えば、一仕事終えた満足感からか、額の汗を拭って息をついている。
「ぼ‥‥坊、そそそそそんな‥‥」
 何を動揺しているのか。
 ふるふると震える手を少年に差し出して、男泣きに泣き出したのは丁度少年ぐらいの年の子供がいてもおかしくはない男達。
「坊、早まっちゃあいけない! お前さんはまだまだ育ち盛りだ。今は細っこくて力も無いだろうが、頑張って鍛えて行けば、自分の身どころか好きな子を守れるぐらい強く‥‥」
「‥‥何を誤解している」
 抑揚のない、大人びた口調で少年は大人達を一瞥した。
「依頼をよく読め。『王子様』を募集しているのは我が主だ」
 少年に詰め寄っていた冒険者達の視線が、黒髪の青年へと向かう。
 会心の笑みを浮かべて、青年は続きを読み上げた。
「盗賊に捕らわれる『予定』のお嬢様を『華麗に』助け出す事」
 またもやギルドを沈黙が満たす。
「‥‥あのぉ〜?」
「なんだ?」
 おずおずと手を挙げた冒険者に、少年は首を傾げて先を促した。無愛想な少年も、そういう仕草はやはり子供っぽい。だが、彼らはそれどころではなかった。
「その、捕らわれる『予定』とか『華麗に』とかは何でしょうか‥‥」
「言葉の通りだ」
 一刀両断。
 幾人かの冒険者が空を仰いだ。
「主は15歳。6つの精霊魔法と2つの神聖魔法、闘気魔法を使いこなし、武術は全ての流派を会得していると豪語されているが、実の所、食事用ナイフより重いものを持った事もない」
 淡々と、少年は語る。
「だが、主は自分こそアーサー王と円卓の騎士に続き、戯曲の主人公となるべき者だと思っている。‥‥いるのだが」
 そこで、少年は初めて戸惑いの表情を見せた。眉間に皺を寄せ、彼は不満を顕わにする。
「吟遊詩人の語る姫と王子の恋物語に、自分にも、危機には何を置いても駆け付け、華麗に助け出してくれる王子がいるはずだと言い出された」
 は、と冒険者達は顔を上げた。少年がこれほどに不機嫌そうなのは、主であるお嬢様がまだ見ぬ王子に憧れているからではないのだろうか。つまり、この幼い少年は、主の事を‥‥。
 じんわりと温かくなって来る心のままに、冒険者は少年の肩を励ますように叩いた。
「全く。急に路線を変更されてはこちらも対応が出来ぬではないか。昨日までの最強の勇者が、敵に捕らわれて助けを待つか弱い姫だなんて‥‥」
 ぶつぶつと呟く少年。
 彼の肩を叩いた冒険者の肩を、更に別の冒険者が叩く。
「ともかく、とりいそぎ、『王子』を用意してくれ。主は、我が祖父だけを供に連れて、盗賊が出ると評判の峠へ向かった。祖父は口が達者故、盗賊に捕らわれても相手を丸め込み、ある程度の時間を稼ぐはずだ。主を華麗に救い出し、優雅に去ってくれ」
 冒険者達は互いの顔を見交わした。
 盗賊に自ら捕らわれに行く時点で、その娘の行動力が如何ほどのものか知れようというもの。しかも‥‥。
「‥‥そういう話をどこかで聞いた事があるような、無いような‥‥」
 何やら嫌な予感がする。
「面白そうじゃないか。‥‥ヒュー!」
 心底楽しそうに、黒髪の青年は傍らに控えた銀髪の青年を呼んだ。
「こういう楽しいものを見逃す手はない。俺達もついていくぞ。『王子』とやらの候補がいないなら、お前がなれ」
 主を常に立て、影のように寄り添う忠実な従者が諦めと疲れとを滲ませて、視線を宙に漂わせる。彼の心の内が痛い程に分かった。
 だが、同情の眼差しを向ける冒険者の中から、彼へ救いの手を差し伸べる勇者はまだ現れない。
 当然だろう。
 誰だって、心の準備というものが必要だ。
「では、よろしく頼む。ああ、そうだ。ヴィヴィアン様は「片手で花束を捧げつつ、手の甲に接吻」が王子の礼儀だと思っておられる。そういう風に演出しておいてくれ」

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0245 ブランカ・ボスロ(35歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3668 アンジェリカ・シュエット(15歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4823 デュクス・ディエクエス(22歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4825 ユウタ・ヒロセ(23歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4966 アンドリュー・モーリス(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●王子たる者
 道端の石に乗り上げて、荷馬車が大きく揺れた。
 油断をしていると舌を噛みそうだ。いや、それよりも花が散る方が心配か。
 抱えた花束を確かめると、ヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)は額に落ちて掛かる金色の髪を掻き上げた。
「姫の元へ辿り着く前に散ってしまっては、な」
 ベアトリス・マッドロック(ea3041)の視線に気づいて、彼は不敵な笑みを浮かべた。姫とは、いわずもがな捕らわれのヴィヴィアンお嬢様の事だ。
「いいんだけどね、別に」
 いつもと勝手の違う居心地の悪さに、ベアトリスはヴォルフから目を逸らす。花束に半ば埋もれ掛けたヴォルフの姿が妙にキラキラして見えるのは何故だろう。
「どうかしましたか? ベアトリスさん。顔色が優れないようですけれど」
 心配そうに覗き込む沖田光(ea0029)に、ベアトリスは元気なフリで大口を開けて笑った。いつもと同じの調子と同じ言葉で。
「あっはっはっは! 坊主共に気を遣われるようになっちゃ、アタシもおしまいだよ!」
「そんな‥‥。ベアトリスさんもれっきとした女性なのですから‥‥。女性には敬意を持って接するのが王子の基本です。本に書いてありました」
 光よ、お前もか。
 斜めに傾いだベアトリスを気にも止めず、アンドリュー・モーリス(ea4966)が大きく頷いて光の言葉を肯定、補足する。
「その通りです。女性に敬意を持って接する事と、貴婦人をお助けする事は王子として当然の勤めです。ただし、それだけではいけません。言葉や立ち居振る舞いにいたるまでに求められる上品さ‥‥。本当のエレガントというものを‥‥」
「でもさー、王子様がこんなにいると王子様乱れ撃ちって感じだよね!」
 アンドリューの熱弁を聞いていたのかいないのか。彼が語った王子様的気配の欠片もない、元気いっぱいな声が響く。
「‥‥王子様乱れ撃ち‥‥何故かしら? ちょっと見てみたくないような気がするわ」
 アンジェリカ・シュエット(ea3668)はユウタ・ヒロセ(ea4825)の言葉に、ふ‥‥と視線を宙へ彷徨わせた。無邪気な少年の言葉なのに、何故だろう。聞き逃せない違和感を感じるのは。
「あまり深く追及しない方がよろしいかと」
 気遣ったのか、彼女の隣に座っていた銀髪の青年、ヒューが声をかけて来る。
「分かってるわよ」
 柔らかく笑む事で彼の気遣いに応えたアンジェリカ。結ばれた視線に微笑み合う2人の間に、馬車の揺れを理由にした黒髪の青年、アレクが割り込んだ。
 ‥‥と、同時に、彼の体はデュクス・ディエクエス(ea4823)によって反対側へと押し遣られてしまう。体勢を崩したアレクは、素早く身を捩った光の脇を抜けて馬車の縁に強かに顔をぶつけた。
「大丈夫ですか!?」
 主人を助け起こそうとしたヒューの腕を掴み、デュクスは彼を己の背に庇う。
 戸惑った様子でデュクスを見上げるヒューに、アンジェリカの心臓が跳ねた。
「お前な‥‥」
 体を起こしたアレクを、デュクスは冷ややかな視線で見下ろす。
「俺はヒューを守る」
 やっぱりと呟く声は、最早男達の耳には届かない。
「何だと?」
 この状況は紛れもなく‥‥。
 睨み合うデュクスとアレク。デュクスの小さな背に庇われたヒュー。息を飲んだアンジェリカの目に映る映像ではヒューの衣装が自動的に変換されている。
「‥‥姫を守る王子?」
 ぽつりと漏らした言葉に、ベアトリスが力無い笑い声を上げた。
「またまた。アンジェリカの嬢ちゃんも冗談が‥‥」
「お前の毒牙からヒューを守る王子となれと‥‥の父上から頼まれた」
 父上。
 今、父上と言ったか!?
「父上という事は男性‥‥です‥よ‥‥ね」
 気持ちは分からんでもない‥‥と思うも、ヴォルフは敢えて口を挟まずに傍観を決め込む。下手に突っつけば自分にお鉢が回って来る事を、彼は嫌という程知っていた。
「王子、ですか。私達も、うかうかしていられませんね」
「ええ。その通りです! 一人前の王子様を目指して頑張りましょうね、アンドリューさんっ!」
 誓い合う光とアンドリューの固く握られた手と手の上に自分の手を乗せて、ユウタも話に加わる。
「絶対、お姫様を助け出そうねッ! 僕達、王子様部隊で!」
 王子様部隊。
「それも‥‥嫌よね」
 想像してしまったものを振り払うように頭を振ったアンジェリカは、ぐいと手を掴まれて正気に返った。いつの間にか、ユウタに拉致されて輪の真ん中にいる。
「部隊っていうのも格好悪いよね! じゃあ、王子様戦隊! 決定〜!」
「部隊と戦隊とどこが違うのよ〜っっ!!」
 彼らが盗賊達と遭遇するのは、この数分後の事であった。

●単独任務
 物陰に身を潜めながら、ブランカ・ボスロ(ea0245)は目標と定めた建物へと忍び寄る。仲間達もこちらへ向かっている頃だろう。急がなければ。
 気を引き締めた彼女の目前で茂みが揺れた。
 咄嗟に印を結び、ブランカは口の中で詠唱を始める。そこに潜むのが盗賊であるならば、先手必勝。手間取れば、正面から乗り込む仲間達にも支障が出る。出来るだけ素早く、一気に片をつけなければならない。
 油断なく、ブランカは茂みを掻き分けた。
「見逃してくれッ! もう、俺は嫌だッ!」
「あの娘の世話するぐらいなら、役人に捕まった方がマシだッ!」
 気勢を削がれて立ち尽くすブランカ・ボスロ(24)。
 冷静に見える彼女の、滅多にない呆け顔。
 自分達が珍しい光景に出くわしていると知る由もない2人の男達は、ただひたすら地面に頭を擦りつけて震えるばかりだ。
「‥‥一体‥‥何がどうしたと言うのかしら‥‥」
 ブランカは途方に暮れて、木々の合間に見え隠れする塔を見つめた。

●扉を開け
 当然の事だが、役人達も攻めあぐねている盗賊のアジトともなれば警戒も厳重だ。
 頑丈に組まれた丸太と、物見櫓、そしてそびえ立つ塔とくれば、いっぱしの砦にも匹敵する防御力を持つ。噂によると、強面の盗賊達が数名とその手下としてお零れに預かろうとするチンピラが中で獲物強奪の算段をしているという。
「お‥‥おい、お前達。この扉を開けてはくれまいか。獲物を捕まえてきたぞ」
 震える声とやたらとぎこちない言い回しに、櫓に立つ盗賊達が胡散臭そうに囁き交わす。不穏な気配は外にまで伝わって来る。大きな布を被り、積み荷の振りをして男にクレイモアを突き付けていたデュクスは小さく舌打ちをした。隣で同じように身を潜ませていたユウタが呆れたように呟く。
「お芝居、下手だよね。あのおじさん」
「期待するだけ無駄だった」
 眉を顰めるデュクスを布の上から軽く叩いて、アンドリューが肩を竦める。隠していた弓を取り出すヴォルフもどこか不満げだ。
「女性が王子に憧れるように、男も姫を救い出す王子になりたいと願うもの。‥‥もう少し盛り上がりが欲しかったな」
 どうやら、あっさりと乱闘に突入するのがお気に召さない様子。
「なんで? お姫様を助けに行くのは同じでしょ?」
「お子様には分かるまい」
 食べ物を口いっぱい詰め込んだリスのように頬を膨らませて、ユウタは勢いよく立ち上がった。
「分かるよ! 僕だって格好良くお姫様を助けに‥‥!」
 顔を真っ赤にしてヴォルフに抗議を始めたユウタ目掛けて、櫓から矢の雨が降る。動じる事なく、その全てを叩き落とした冒険者達は、それぞれに得物を構えた。
 その背後、晴れた空を引き裂いて、稲妻が光って落ちる。
「効果ばっちり♪」
 嬉々としたユウタの頭を小突いて、ヴォルフは弦を引き絞った。
「まずは、この扉を開かねばなりません」
 今にも飛び出して行きそうな仲間達の動きを片手で制して、光は体重を感じさせない動きで地面へと降り立った。印を結び、呪を唱えて、固く閉ざされた扉に意識を集中する。
「灼熱の炎よ‥‥。僕の熱き想いに応え、姫へと続く道を開け!」
 優雅に舞った手から放たれたのは、赤く燃え盛る炎。
 ファイヤーボムの一撃で入り口を固める盗賊達をなぎ倒し、光はさらりと艶やかな黒髪を背後へと流した。伏せられた眼差しは潤んだ光を湛え、女性の心を鷲掴みにする王子様の威力を秘めている。
 だが、この状況下で光を見つめる女性は存在しない。
 仲間達はと言えば、光が開けた突破口へと我先にと向かっていく始末。
 ぽむ、とベアトリスは呆然と佇む光の肩に手を置いた。
「‥‥グッドラック」
 それは彼への激励だったのか、はたまた、ただの神聖魔法であったのか。
 真実は聖なる母の御心のうちに。

●両手に王子様
 盗賊達を手際良く縛り上げた彼らが、長い階段の果てに見たものは、長椅子に寝そべってお茶の香りを楽しんでいる捕らわれのお嬢様の姿だった。
「遅かったのね」
 その隣で寛いでいるのは、扉を破る時までは一緒に居たはずのアンジェリカだ。しかも、髪を1つにまとめた凛々しい男姿である。
「‥‥何故、いる」
 小声で尋ねれば、アンジェリカは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「‥‥忘れたの?」
 彼女の手に煌めくホーリーシンボル。
 ヴォルフは呻いた。
「ミミクリーか!」
 高い塔も、羽根を持つ鳥ならば何の苦にもならない。言い様のない敗北感に拳を握る男達。
「わたくしを助けに来て下さったの‥‥?」
 そんな彼らの耳に、か細く頼りなげな声が届いた。
「ずっとお待ち申し上げておりました。‥‥怖かった‥‥」
 よよ、と泣き崩れるお嬢様に、アンドリューが慌てて駆け寄る。
「姫、ご安心を。貴女を捕らえた盗賊達は退治致しました」
 手の甲に口付けようと身を屈めたアンドリューから、その白く小さな手を奪うと、光はどこからともなく取り出した花束を差し出して柔らかく微笑んだ。
「さぞや心細かったでしょう。ですが、もう大丈夫です」
「その花束、見覚えがあるんだが」
 ヴォルフの視線が、声を殺し、ガンガンと壁を叩いて笑い転げているアレクに注がれる。そんなアレクにヒューが必要以上近づかぬよう、服の裾をしっかりと握ったデュクスに、ユウタは不思議そうに問うた。
「デューくん、王子様にならなくていいの?」
 眉間に皺を寄せたデュクスの頭の中、さめざめと嘘泣きする娘の姿が次第に形を変えていく。
「‥‥姫」
 それから後、彼の行動は迅速であった。
 居並ぶ王子達を掻き分けて、恭しく膝をつく。まぁ、と声を上げた「姫」の可憐な笑顔に、デュクスの表情も綻んだ。
「ユウ坊は行かないのかい?」
「うん。僕はいいんだ。お嬢様の事は、サッちゃんにいっぱい聞いたから」
 無邪気に言い切った少年は、一体何を聞かされたのだろうか。最近のお子様は‥‥とひとりごちながら、ベアトリスは煎れて貰った茶を啜ったのであった。
 その頃。
「姐御ぉ、無視せんで下さいよ〜」
「俺達ァ、盗賊から足洗って、姐御についてくと決めたんでサァ」
 ブランカは背後から追いかけてくる濁声を無視して、林の中をただひたすらに進んでいた。離れた場所から魔法を駆使して仲間達を援護した彼女の次なる役目は、この地の領主の元へと赴き、盗賊捕縛の報を入れる事だ。
 だがしかし、どこをどう間違えたのか奇妙なおまけが2つ。
 領主の館はまだまだ遠い。
 ブランカの忍耐がどこまで続くのか。それもやはり聖なる母だけが知る事である。