迷子を探して

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月15日〜09月22日

リプレイ公開日:2004年09月24日

●オープニング

「誰かぁ〜」
「‥‥誰かぁ」
 呼べど叫べど、人影はなく。
「いませんかぁ〜」
「‥‥いませんかぁ」
 しばしの間をあけて、自分の声が戻ってくるばかり。
「ねぇ、カナリー」
「なぁに? ダニー」
 おっとり微笑む姉に、弟は額に手を当てて溜息をついた。
「遊んでないで、そろそろ行こうよ」
 あら、と姉は首を傾げる。
「遊んでいるつもりはなかったのよ? だって‥‥」
 さらり、と彼女の口から零れた言葉に、彼は頭を殴られたかの衝撃を受けた。
「私達、道に迷ってしまったのだもの」
『今日のおやつは林檎のハチミツ煮よ☆』
 輝かんばかりの笑顔といつもと変わらぬ口調。一瞬、ここが自分の家ではないかと錯覚を起こす。だが、1歩後退った足が踏みしめたのは、硬い岩の肌。
「カ‥‥カナリー‥‥」
 喘ぐように姉の名を呟けば、姉はほわほわと笑って彼の顔を覗き込んで来る。
「嘘だよね‥‥」
「あら、ダニーったら。私が嘘をついた事がある?」
 ない。
 物心ついてからこちら、アナタが嘘をついた所を見た記憶はありません。
 ガンガンと鳴る頭の中、馬鹿正直にそんな事を考えてしまう自分は、もはや「現実逃避」というものの中にいるのではなかろうか。
「ダニー? どうかしたの? 怖い? 大丈夫よ。お姉ちゃんが一緒ですもの」
 それが一番怖いのだと、幼い少年はよぉぉく知っている。
「ほら、ご覧なさい。お陽様が沈むわ。だから、あちらが西、そして反対が東なのよ」
 えっへんと胸を張った少女は、弟の手を引いて歩き出した。
「さ、行きましょう。お家はこっちよ」
「‥‥‥‥あっちだよ」
 少女が向かう方角とは真反対へと向かいながら、少年は誓った。
−‥‥絶対、生きて家に戻ってやるッ!
 立ち止まってはいけない。どんなに疲れていても、座り込んではいけない。前に進む力がなくなったとしても、足を前へと出すのだ。
 ずっと以前、村にやって来た冒険者がそう教えてくれた。
 前に進み続けていれば、きっと道は拓けるのだから、と。
 だから、決して諦めない。今、自分が置かれている状況を打破し、森の奥に生えている万病に効く薬草も採って、病の母が待つ家へと戻るのだ。
「ねぇねぇ、カナリー。あそこに咲いているお花、母さんに持って帰ってあげましょうよ」
 この危機感知能力が皆無の姉と一緒に!



 瞳を潤ませて自分を見つめる小動物のような女性。そのまた隣には、円らな瞳で何事かを期待しているかに見える老人。
 2人がかりのうるうる攻撃に、さしもの冒険者も敵うはずがなく。
「お願いしますぅ〜‥‥娘と息子を助けて下さい〜」
「あの子達はまだ幼いのですじゃ。母の為に薬草を採りに行く親孝行な子供達なのですじゃ〜」
 詰め寄られ、手を掴まれて、引け腰になる仲間を冒険者達は生暖かく見守る。自分があの攻撃を受けてはたまらない。数分ともたずに陥落してしまうのは目に見えていたからだ。
 冒険者のプライドにかけて、ここは毅然とした態度で応対をしなければならない。
 例え、相手が雨に濡れ、ふるふると震えているような小動物的な者であったとしても。
「それで、お子さんが森に入ったという事に間違いはありませんね」
 仲間を防波堤にしつつ、彼は尋ねた。
「はい〜‥‥。森の奥にマンドラゴラが生えているという噂を聞いた直後、森へ向かう2人を見た人がいたそうですぅ」
「マンドラゴラ‥‥。本当にマンドラゴラが生えているのですか?」
 勢い込んで尋ねた冒険者に、少女のような母親と少年のような老人はふるふると首を振った。
「そんなものが生えとるなら、とっくに採りに行っとるですじゃよ。あの森の薬草はせいぜいが風邪に効くものや打ち身に効く程度のもの。ついでに言うならば、あの子達に薬草を見分ける力はありませんのじゃぁぁぁ」
「でも、あの子達はあると信じて‥‥。ううう」
 再び泣き出した母親に、防波堤の役を押しつけられた冒険者が慌てて慰める。
「お願いですぅぅぅ〜。あの子達を助けて下さいぃぃぃ」
「わ、わかりました! わかりましたぁぁぁっっ!! だから、もう泣かないで下さいぃぃぃ!!!」
 防波堤の仲間を人身御供に捧げ、子供達の捜索を引き受けた冒険者達はギルドの片隅でこそこそと囁き交わした。
「ともかく、子供達を見つける事が先決だな。その後はどうとでもなる」
「そうだな。相手は子供だし、心細くて泣いて‥‥」
 彼らは口をつぐんだ。
 視線が向かうのは、さめざめと泣いて仲間に迫る母親と老人の姿。
「‥‥言いくるめて‥‥」
 声が震える。
 何やら悪い予感がしてくるのは気のせいか。
「うまく、いけばいいな‥‥」

●今回の参加者

 ea0497 リート・ユヴェール(31歳・♀・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2023 不破 真人(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3642 パステル・ブラウゼ(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4202 イグニス・ヴァリアント(21歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea4818 ステラマリス・ディエクエス(36歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●母の心
 続けて爆ぜた焚き火の音が、彼女の不安に乱れる心を表しているようだ。
 オレンジ色の火の粉が幾つも散っては消える。
 火にかけたスープの鍋を掻き混ぜながら、仲間達が消えた森へ何度も何度も視線を遣るステラマリス・ディエクエス(ea4818)に、イグニス・ヴァリアント(ea4202)は小さく笑った。
「心配性だな」
「心配もします。幼い子供がたった2人で森の中を彷徨っているのですもの」
 溜息と共に伏せられた瞳に、イグニスはすっと目を逸らす。同じ年頃の子がいるという彼女の気持ちは分からないでもない。
「子供って」
 顔を上げたイグニスに、ステラは困ったような、それでいて慈愛に満ちた微笑みを浮かべて肩を竦めて見せる。
「子供って、本当に突拍子ない‥‥」
「そうだな」
 マンドラゴラがどんなものなのか、彼らは知っているのだろうか。大人でさえも、噂程度にしか知らない者も多いのに。
 万病に効く薬だと聞いて、彼らは後先も考えずに飛び出したのだろう。
 ただ、母親を助けたいが為に。
「それでお母さんを心配させてしまうのですもの。本末転倒もいいところね。‥‥でも」
 その後に続く言葉はない。だが、イグニスには、その想いが伝わって来るように感じられた。
「‥‥信じよう」
 何を信じるのか、とは聞かない。
 ステラはただ「ええ」と答えた。
 再び沈黙が落ちる。
 先ほどまでとは違う、思いやりというものを内包した沈黙だ。
「‥‥早く、母親と会わせてやりたい‥‥」
 ぽつり落とされた呟きに頷きかけて、ステラは悪戯っぽい視線をイグニスに投げた。
「そういえば、あのお母さんの気持ちは、貴方が一番よくご存じですものね?」
 宙を泳ぐイグニスの眼差し。依頼人たる子供達の母親と老人に泣き落とされた時の様子が、彼の中に鮮明に蘇る。遠くから生暖かく見守っていた仲間達の視線も。
「そういや、熱く口説かれていたよな。2人掛かりで」
 不意に聞こえた声に、ステラは立ち上がった。
 難しい顔をした五百蔵蛍夜(ea3799)が、口元を微かに歪めて片手を挙げる。
 彼と行動を共にしていたリート・ユヴェール(ea0497)も一緒だ。
「お帰りなさい。‥‥いかがでしたか?」
「駄目だ」
 短く告げた蛍夜に、ステラの表情も曇る。
「ステラさん、地図を」
 手書きの地図に自分達が回った場所を書き込んで、リートは残った空白を指でなぞった。
「アルメリアさん達が何か手掛かりを掴んでくれていると良いのですけれど‥‥」

●痕跡
「あ、待って」
 ふいに立ち止まった不破真人(ea2023)に、星の位置から現在地を照らし合わせていたアルメリア・バルディア(ea1757)が振り返る。
「どうかしましたか?」
 先を歩いていたジェラルディン・ムーア(ea3451)も、真人の元へと歩み寄った。
「ここ、枝が折れてる」
 真人が指し示した先を確認して、アルメリアは表情を引き締める。
「他の方が残した跡でもないよね」
 枝の高さ、向きを注意深く観察していた真人は、しゃがんだままでアルメリアを見上げる。彼らの印は、大人が確認しやすい場所につけられている。こんな低い位置に印を残すはずがない。
「僕‥‥」
 ようやく、子供達に繋がる手掛かりを掴んだのかもしれない。知らず、真人の声が震える。
「僕、皆に知らせて来る!」
 星の位置からすると、拠点と定めた場所までさほど離れてはいない。そして、仲間に一番早く知らせる事が出来るのは自分だ。
 即座に判断を下して、真人は足下も覚束ない森の中を駆け出した。

●保護
 真人の知らせを受け、針の先ほどの手掛かりを追って辿り着いたのは、迷路のように入り組んだ木立の先。不自然に揺れる葉陰に、確かに何かがいる。
 イグニスと目配せを交わし、息を殺して気配を探る。
 子供達だろうか。
 それとも、森に住まう動物かモンスターか。
 万が一に備えて油断なく身構えながら。蛍夜は背後のリートに視線を送った。
 その意を察したリートが、静かに手を挙げる。反対側へと回ったアルメリアとジェラルディンが頷きを返すのを確認して、蛍夜は手近な繁みを掻き分けた。
 踏みつけられた枝が乾いた音を立てる。
 揺れた繁みに、それまで聞こえていた微かな物音が途切れた。
 彼らの気配を察して竦んだのだろうか。それとも?
「おわっ!」
 更に足を進めた蛍夜は、次の瞬間、驚きの声をあげた。
 繁みの中から何かが蛍夜目掛けて突進して来たのだ。
「蛍夜さん!」
 咄嗟に反応したリートがその行く手を遮る。
 しかし、その影は彼女の手をかいぐくったかと思うと、向きを変えた。その勢いに引きずられて体勢を崩したリートは、倒れ込みながらも影の正体を見極めようと目を凝らす。
 小さな影は、確かに人の形をしていた。
「待っ‥‥」
 手を伸ばした先、暗い森の中へと消えて行く影。
 ようやく見つけたのに、このままではまた見失ってしまう。
「待って!」
 だが、再び繁みへと飛び込んだ影は‥‥
「貴方‥‥」
 影は一回りも二回りも大きな影の手により
「‥‥達‥‥」
 摘み上げられて、ジタバタと宙で足掻いていた。
「全く。心配をかけるもんじゃないよ」
「怪我は? どこか痛い所はない?」
 反対側へと回り込んでいたジェラルディンに首根っこを掴まれた2人の子供達を、アルメイアが心配そうに覗き込む。
 思っていたよりも元気そうなその姿に、リートは安堵のあまり体から力が抜けて行くのを感じていた。大きく息を吐き出し、地面に手をついた彼女の肩をイグニスが叩く。
「あなた誰ですか? オーガじゃないの?」
「‥‥誰がオーガか、誰がっ!」
 保護された少女が初めて発した言葉に、アルメリアは苦笑した。真っ暗な森の中で、突如、大きな影に掴み上げられたのだ。モンスターだと思うのも無理はない。
「じゃあ、オーク?」
「‥‥お嬢ちゃん?」
 首を傾げた少女に、ジェラルディンの語尾が微妙に跳ね上がり、リートは息を飲んだ。バトルの予感に、彼女はイグニスを盾にして、じりと後退る。
 そして、リートの予感は違わず‥‥。
「お姉ちゃんを虐めるなッ!」
 叫びと共に、ジェラルディンの腕に鋭い痛みが走る。それまで大人しかった少年が、彼女の腕に思いっきり噛みついたのだ。
「あんたたちぃ〜‥‥」
「お‥‥落ち着いて‥‥。この子達も怖い思いをしたのですから」
 慌ててジェラルディンを宥めると、アルメイアは彼女の腕から抜け出した子供達の前で膝を折った。
「怖がらないで。私達はモンスターではありませんよ?」
 周囲を囲まれた状態で怖がるなと言っても無理だ。それは分かっていたけれど、油断をすればまた逃げられる。アルメイアは思いを言葉に込めた。
「私達はあなた達のお母さんに頼まれて迎えに来たのですよ」
「カナリー、ダニー。お袋さんが心配していた」
 静観していた蛍夜が、彼らの母から聞き出した名を呼ぶと、毛を逆立てた子猫のような気配が僅かばかり和らぐ。
「帰るんだ」
 有無を言わせぬ強いその口調に、少年は蛍夜を睨みつけた。
「いやだ! 僕達はお母さんの薬を見つけるまで帰らないよ!」
「その薬がどんなものなのか、あんた達は知っているの?」
 噛まれた跡を撫で擦って、ジェラルディンが尋ねる。返って来た答えは、自信ありげな肯定だった。
「知ってるよ! 何の病気にも効く薬なんだ!」
「とっても珍しいお薬なんです」
 額に手を当てたイグニスが口を開くより先に、拳に息を吹きかけていたジェラルディンの拳骨が少年の頭に落ちる。突然の出来事に固まってしまった仲間を後目に、ジェラルディンはにっこり微笑んで少年を見下ろした。
「か・え・る・の」
「い・や・だ」
 迫力のある笑顔全開のジェラルディンと、テコでも動かぬといった少年の視線とが真っ向からぶつかりあって火花を散らす。
「‥‥あのな」
 少年の頭をぐしゃりと乱暴に撫でて、イグニスは彼を抱き上げた。
「いいか。前に進み続けるのは結構な事だがな、前ばかり見ていると思わぬ落とし穴に陥る事もある。‥‥母親を助けたいお前達の気持ちは分かるが、その結果、母親を死ぬ程心配させてしまった。‥‥俺の言いたい事は分かるな?」
 どこかぶっきらぼうなイグニスの言葉を引き取ったアルメリアが、微笑みながら懐から取り出した小さな包みを姉に握らせる。子供達を探し歩きながら、彼女達が採取した薬草だ。
「これは、あなた達のお母さんの病気に良く効く薬草です」
「マンドラゴラって言うのは、確かに万能薬だと言われているよ。でもね、この森にマンドラゴラが生えていたとしても、それを見分けるだけの知識があんた達にある?」
 俯いた少年の額をぴんと弾いて、ジェラルディンはその目を覗き込んだ。
「マンドラゴラを見つけたいなら、ちゃんと勉強して、お母さんが心配しなくてすむぐらい強くなってからにおし。でなきゃ、いつまで経っても迷子になるのがオチだからね」

●不安と安堵
「大丈夫。きっと、皆が見つけてくれるから」
 ぎゅっと指を組んで祈り続けているステラの背に、真人は語りかけた。彼自身にも言い聞かせているような響きに、ステラは白い頬に無理矢理に笑みを浮かべて振り返る。
「ええ、きっと大丈夫。きっと‥‥」
 仲間を信じている。
 仲間と一緒に探しに行きたい。
 だが、ここを空けるわけにはいかない。
 心内に抱えた複雑な思いは、ステラも真人も同じだろう。待っているだけの時間は長く、沸き起こる不安は森を覆う闇のように深い。
「真人さん、手が‥‥」
 不安を散らすようにスープの鍋を掻き混ぜた、ステラは眉を寄せた。
 村で貰った小麦粉を練り、乾し果物を混ぜて作った菓子を長時間火で炙り続ける真人の手に、幾つもの火膨れが出来ていたのだ。
「僕は大丈夫。ほら、疲れてる時って甘い物が欲しくなるよね。子供達が少しでも喜んでくれれば、それでいいんだ」
 にっこりと笑って、菓子の焼き色を確かめた真人は、森の中に感じた人の気配に勢いよく顔を上げた。
「よぉ」
 繁みから姿を現した蛍夜が、彼らに向かって軽く手を挙げる。
「子供達は? 見つかりましたか?」
 思わず立ち上がった真人とステラに、蛍夜は皮肉めいた笑みを口の端に乗せて背後のジェラルディンを見遣った。大きな彼女の影に添う小さな2つの影。
 ステラは口元を押さえた。
「よく無事で‥‥!」
 真人も、それ以上は声にならない。
 駆け寄って、ステラは子供達を抱き締めた。
「困った子達ね。お母さんにとって、どんな薬草よりも貴方達の笑顔が何よりのお薬なのに」
 涙混じりの声と暖かな抱擁と。
 ステラに抱き締められて神妙な顔をした子供達に、真人は喉元まで込み上げて来るものを堪えながら、明るく声をかける。
「いい時に戻って来たね。丁度、お菓子が焼けた所なんだ。ステラさんのスープも、美味しく出来てるし。‥‥おいで」