【ケンブリッジ奪還】地の底の死闘!?
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月21日〜09月26日
リプレイ公開日:2004年09月29日
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●オープニング
「なに? モンスターがケンブリッジに!?」
円卓を囲むアーサー王は、騎士からの報告に瞳を研ぎ澄ませた。突然の事態に言葉を呑み込んだままの王に、円卓の騎士は、それぞれに口を開く。
「ケンブリッジといえば、学問を広げている町ですな」
「しかし、魔法も騎士道も学んでいる筈だ。何ゆえモンスターの侵入を許したのか?」
「まだ実戦を経験していない者達だ。怖気づいたのだろう」
「しかも、多くの若者がモンスターの襲来に統率が取れるとは思えんな」
「何という事だ! 今月の下旬には学園祭が開催される予定だというのにッ!!」
「ではモンスター討伐に行きますかな? アーサー王」
「それはどうかのぅ?」
円卓の騎士が一斉に腰を上げようとした時。室内に飛び込んで来たのは、老人のような口調であるが、鈴を転がしたような少女の声だ。聞き覚えのある声に、アーサーと円卓の騎士は視線を流す。視界に映ったのは、白の装束を身に纏った、金髪の少女であった。細い華奢な手には、杖が携われている。どこか神秘的な雰囲気を若さの中に漂わしていた。
「何か考えがあるのか?」
「騎士団が動くのは好ましくないじゃろう? キャメロットの民に不安を抱かせるし‥‥もし、これが陽動だったとしたらどうじゃ?」
「では、どうしろと?」
彼女はアーサーの父、ウーゼル・ペンドラゴン時代から相談役として度々助言と共に導いて来たのである。若き王も例外ではない。彼は少女に縋るような視線を向けた。
「冒険者に依頼を出すのじゃ。ギルドに一斉に依頼を出し、彼等に任せるのじゃよ♪ さすれば、騎士団は不意の事態に対処できよう」
こうして冒険者ギルドに依頼が公開された――――
思考が堂々巡りをしている。
緊急事態だというのに、他の皆は凛々しく出立して行ったと言うのに、どうして自分達はこんな(以下略)。
半ば呆然としながら、彼らは急き立てられるようにギルドが用意した馬車に向かう。すぐに準備を整えて出立しなければならない。
目指すは学園都市、ケンブリッジ。
「なのに、どうして私達はこんな格好をしているわけ?」
誰かがぽつりと漏らした言葉が、運命を共にする者の心に鋭く突き刺さる。
「気‥‥気にするなよ」
そう慰めた当人が気にしている様子。
さもあらん。
彼らの格好は、どう見ても「冒険者」のそれではない。今まさに、モンスター達の手から学園都市を守る為の戦いに赴く勇者達‥‥のはずなのに。
「何か変な匂いがします」
心底嫌そうに、女性冒険者が呟いた。
「だが外すなよ? 命に関わるぞ」
変色した布を巻き直しながら注意を促す仲間に、彼女は深く深く溜息を吐き出す。そのまま息を吸い込みそうになって、慌てて呼吸を止めた。体中を覆うのは、ギルドの物置に積まれてあった古布だ。埃と黴の匂いがする布は、臭いわ暑いわで堪ったものではない。清潔第一の女性にとっては耐え難い苦行である。
「地下に繁殖した毒黴より先に、これで倒れてしまいそうです」
布の間から、恨みがましい瞳が仲間を見つめた。
「だから、俺達に言っても仕方がないだろう? 無いよりマシ! そう思おう」
虚空を見据えて、青年がぐっと拳を握り締める。今、自分達が置かれている状況よりも、危機に陥っている学園の生徒達が心配なのか。戦いに向けて、精神が昂揚しているのか。はたまた、現状から逃避しているのか。
布に隠された表情からは窺い知る事が出来ない。
「ともかく、俺達は地下で繁殖している毒黴が学園内に流れ込む前に駆除しなければならない。油断するな。黴とは言え、相手は一応、モンスターだ」
「ええ、そう。‥‥そうよね。でも‥‥」
なるべく匂いや不純物を吸い込まないようにと浅い呼吸を繰り返していた女性が黄昏れて視線を仲間から逸らした。
「どこからどう見ても、お掃除のおじさんやおばさんにしか見えないのよね‥‥」
触れて欲しくなかった事を‥‥。
冒険者達は一様に黙り込んだ。
頭から足下まで、布を巻いた姿は冒険者にはとても見えない。武器は携帯しているが、ギルドで渡されたものと言えば、藁を縛った箒と布を裂いて木ぎれに括り付けた叩きである。
どう考えても、モンスターとの戦いに赴く冒険者ではないのだッ!
「あー‥‥それから、川の水を引いた地下水路にはウォータージェルらしきものが、侵入防止の鉄格子ではメタリックジェル、通路にはクレイジェルが生息しているという噂が以前からあったそうだ。‥‥今、どんな状況になっているのか分からない」
出立前から疲れた気分になるのは何故だろう。
「地下への扉はケンブリッジの外れにある。生徒達の安全を考慮して、各学園に通じる扉は開かない事。また、地下はその時々に拡張された為、迷路状態となっているので注意する事‥‥」
依頼に添えられた資料を淡々と読み上げる仲間の声を聞きながら、彼らは‥‥。
●リプレイ本文
●黴るんるん
「‥‥辺り一面は緑の絨毯で覆い尽くされていた」
牧歌的なフレーズを口ずさんで、サリトリア・エリシオン(ea0479)は額を押さえた。眩暈やら頭痛やらが襲って来るのは、毒黴という外的要因によるものか、精神的打撃によるものか。
もはや、そんな事はどうでもよいように感じる。
「太陽の下か地下かという違いだけで、えらくイメージが違うものですね」
サリトリアと同じく、目の前に広がる光景を呆然と眺めていた夜桜翠漣(ea1749)も、心ここにあらずな感想を述べた。
「えーと、入ったのはここの扉だったよね?」
「ああ。それから、階段を下りて右に折れた」
翠漣が住人から調達して来たランタンの灯りに地図をかざし、額を突き合わせているのはティアイエル・エルトファーム(ea0324)と紅天華(ea0926)だ。揺れる灯火に毒々しく浮かび上がる緑一色の世界は、彼女達の視界に入ってはいないようだ。
「前向きなのか、はたまた‥‥」
「あたし、地下で迷わないように皆を案内するから。頑張るからねッ」
ティオの宣言に、コキコキと首を鳴らし、肩を回していたジェームス・モンド(ea3731)がはたと動きを止める。
「案内?」
「うん。ここの地下って、迷路みたいなんだって。だから、案内。こういうのって何て言うんでしたっけ? あ、そうだ! 気合い充分、黴ルンルン!」
えへんと胸を張ったティオに、モンドは問うべき言葉を失ってただ見つめるのみだ。
「‥‥いやあ、ティオちゃんは可愛いなぁ。おぢさん、何でも言う事聞いてあげるよ‥‥って感じかねぇ?」
モンドの声色を真似たベアトリス・マッドロック(ea3041)の言葉に、天華は冷たい視線をモンドへと向ける。
「ちょっと待て。濡れ衣だ」
「濡れ衣‥‥なのかい?」
意地悪く問い返したベアトリスに、モンドの返答が一瞬だけ遅れる。
「‥‥そうか」
何を納得したのか、天華はティオの肩を押すとさりげなく彼女をモンドから離する。深まっていく誤解に、モンドは緑色の天井を仰いで静かに慟哭した。
「あ、そうだ。あたし、ケンブリッジの学園でお勉強したいの。‥‥モンドさん、どうすれば学園に入れるか、知ってます?」
警戒心など欠片も無い無邪気さで自分の覗き込んで来るティオが、まるで天使に見える。
「それはだな‥‥」
「まずは、嬢ちゃんが何を学びたいか、何をしたいのかを決めるこった。それが決まれば、行きたい学校も決まるだろ? 後は、直接学校に聞けばいいさ」
モンドが口を開くよりも早く、ベアトリスがティオの疑問に答えて彼女の金色の髪をくしゃりと撫でた。己に振られた役を奪われて憮然としたモンドの様子に溜息が零れる。彼の気持ちも分からないではないが、今はこんな事をしている場合ではない。仲間達を制しかけた翠漣は、自分のすぐ後ろで落とされた盛大な溜息に思わず振り返った。
長身の男が、その場で立ち尽くしている。
納得出来ないと、彼は言っていた。
布で覆われた表情が、ではない。
彼の存在全てが納得出来ないと語っている。
「ジラルティーデさん‥‥」
同情の籠もった翠漣の呟きに、ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は疲れたような笑い声を漏らした。翠漣は思う。恐らく、今、この瞬間に、彼のあいでんてぃてぃが危機に曝されているのだろう。
誇り高き騎士でありながら、騎士ならざる自分の姿に。
「心中、お察し申し上げます‥‥」
そんな仲間達の様子を、ただ黙って見つめていたのはサリトリアだった。
「‥‥皆‥‥それほどに現実から目を背けたいのか」
出来る事ならば、自分もあの中に混ざりたい。だが、それが出来ないのは自身が一番良く分かっている。諦めて、彼女は緑色の世界へと足を踏み出した。
1足ごとに舞う緑色の煙。
布覆いが無ければ、肺まで緑色に染まってしまいそうだ。念の為に結び目をきつく縛り直すと、隣りから声が掛かった。
「なんだか‥‥いつも普段着でいられないような気がするのだけれど」
舞い上がる緑の粉を藁箒で振り払っていたブランカ・ボスロ(ea0245)だ。
「激しく同感。早く、普通の格好に戻りたいな」
だが、それは灯りの届かぬ先の先までを埋め尽くしている緑色の物体を片づけた後の事だ。
「ジェルがどこに潜んでいるか分からないからな。気を付けろ」
互いに頷き合い、覚悟を決めて、2人は果てない戦いの中へと身を投じた。
●選択
「まだそんな所をやっているのかい? しかも、何だい? これほど時間を掛けてそれだけ?」
ジラの手から箒を奪って、ベアトリスは手慣れた風に周囲を掃き清める。
「埃が舞わないように、まず水で湿らせておくんだよ。そんな事も知らないのかねぇ、最近の嫁は」
突っ込むだけの気力は既に無かった。
大人しく、言われた通りに箒でなぞれば、今度は別の手が隣から伸びて来る。
「あー、それじゃ駄目だ。貸してみろ、ここは俺が引き受けてやる」
またも箒を奪われて、ジラは思考もまともに回らなくなった頭の隅で考えていた。何故、彼はこれほどまでに手慣れているのであろうかと。
「しまった。ビネガーが切れてしまった」
呟いて、手にしていた水筒を投げ捨てたのは天華。
ころころと水筒が転がった先で小さな水音が響く。どうやら近くに水路があるらしい。
3度ほどウォータージェルの襲撃を受けたのはその為だったのかと、ようやく思いつく。
「皆さん、お疲れのようですね」
どこから襲って来るか分からないジェルを警戒し続けるのにも、黴との無制限勝負を続けるのにも限界がある。疲れ果てた仲間達に声を掛けた翠漣は、返らぬ反応に肩を竦めて作業へと戻った。
誰も、何も喋らない。
ただ、床や壁を擦り続ける音だけが、地下の不気味な静寂に満ちた空間に響き渡る。
無言。更に無言。
体にまとわりついて来るのは、沈黙という重い空気。
「‥‥‥‥」
黙々と作業を続けていたブランカが、突然、何を思ったかすくっと立ち上がった。この沈黙に耐えきれなくなったのか。それとも‥‥。
「ブランカさん?」
ティオが掲げていた松明を奪い取ると、彼女は燃え盛る炎を壁面へと押し当てた。
「焼き払えッ! 薙ぎ払えッ!!」
目を瞬かせたのは一瞬。
ティオは、慌てて自分よりも背の高いブランカの体を背後から羽交い締めにする。
「ブランカさん、ご乱心ですぅぅぅ!!!」
「失礼な! 私は正気よッ!」
縋りつくティオの体を引き剥がして、ブランカは仲間達に向き直る。彼女自身が言うように、乱心したわけではなさそうだ。
「このまま擦り続けていても埒があかないでしょ? うっかり吸い込んでしまったら大変だし。胞子を焼いて無効化してしまった方が良いと思うわ」
「こんな所で火を使ったりして大丈夫かい?」
まだまだ元気なベアトリスは眉を顰めるとモンドと顔を見合わせた。何と言っても、ここは地下である。火を使うのは危険を伴う。
「危険なのは分かっているわ。でも、このままでも同じでしょ?」
「一理ある」
ブランカの言葉に同意を示したのは、しゃがみ込んで床に生えた黴と格闘していたジラだ。
「そうだな。魔力も尽き掛けているし」
震えの止まらぬ自分の手に苦笑して、サリトリアもブランカの案に賛成を示した。この状態で魔力が尽きては、後は己の技だけが頼りとなる。だが、鉛のように重く感じるこの腕では、碌に戦えやしない。
「そうだねぇ」
しばし考え込んで、ベアトリスは頷いた。
不安が消えたわけではないが、仲間達が大丈夫と判断したのだ。それならば、彼女に出来る事は唯1つ。
「分かったよ。じゃあ、皆、こっちにおいで。聖なる母のご加護を祈ってたげるから」
●人生経験
「うむ」
綺麗になった壁面を松明で照らし出して、ジラは満足そうに頷いた。
黴を焼くという案は、2つの効果を彼らにもたらした。
1つは、毒を含んだ胞子が最低限に抑えられた事。
2つめは、黴に隠れて忍び寄っていたジェル達を発見しやすくなった事だ。
お陰で、それ以降、彼らの地下道清掃作戦は驚くほどに捗った。
「素晴らしい。あの惨状がここまで回復するとは‥‥。この場所が造られた当時と同じ、いや、それ以上に磨かれたのではないだろうか」
青黴に覆われていた石、果ては漆喰までを真っ白く磨き上げた自分の努力を誉めてやりたい。まさか自分にこのような才能まであろうとは!
ぼろ布を握り締めて感激に打ち震えたジラは、次の瞬間、はたと正気に返ってふるふると頭を振った。
「いかん、いかん。‥‥いつの間にか身も心も掃除のおにーさんになっていたようだ」
自分は騎士である。
騎士なのだ。
そう言い聞かせたジラの背を、モンドは感嘆を込めて叩いた。
「いやあ、お疲れさん。おぬし、結構やるじゃないか。この分だと、いつでも婿に行けるぞ」
疲労困憊している仲間達の中で、彼とベアトリスだけは妙に元気だ。
尋ねると「年季が違う」との謎な答えが返ってくるだけである。
「婿に行ったら行ったで苦労が多いぞ。お姑さんのお小言はな、モンスターと戦うよりも辛く苦しいもんだ。俺を見てみろ。依頼を終えて帰った途端にガミガミガミガミ言われ続けはやン十年。この間だってな‥‥」
突如として始まったモンドの人生訓話(という名の愚痴)。
いつか分かる日も来ようと、ジラは諦めて彼の話に耳を傾けた。
●運命
どっしりとした腰に手を当てて、ベアトリスは綺麗になった地下通路を鋭い視線で見回した。
「合格」
その一言に、仲間達が一斉に崩れ落ちる。
肝っ玉母さんの厳しい審査に合格した安堵と、ただひたすらに床から壁から天井から、辺り一面を擦り続けた疲労感とで、さしもの冒険者達もすぐには立ち上がれないようだ。
「よく頑張ったねぇ、アンタ達。こんな陰気な地下通路でも綺麗になるのは気持ちがいいよ」
豪快な笑いが、地下の世界に木霊する。
「そぉですねぇ」
辛うじて相槌を打ったのはティオ。道案内とジェル退治を引き受けた彼女の体力は既に尽きかけていた。
「‥‥こ‥‥これで‥‥終わりか‥‥?」
息も絶え絶えなのはサリトリア。
「何だか働いたって感じですね」
額に噴き出した汗を拭って翠漣が微笑むと、床に手をついた天華が顔を上げて口元を歪める。
「寺の修行でも、ここまでしないぞ」
それほどにハードであった。常人よりも体力に自信があった彼女達ですら、遠のく意識の中で故郷の伝説にある蓬莱国が見えた程である。
「お腹すいたよね‥‥そういえば」
ぽつりと漏らしたティオに、彼らははたと互いの顔を見合わせた。
この地下に降りてから、どれぐらいの時間が流れたのであろうか。
最後に食事をしたのはいつだったのか。
何やら嫌な予感が頭を過ぎる。
無事に任務を果たした彼らは、地下に降りたまま戻って来ない彼らを案じてギルドに救出の依頼を出すか否かと大騒ぎをしていたケンブリッジの住人達からお説教を食らう運命である事をまだ知らない。