テーラー家やぎ祭り・やぎグッズを守れ!
|
■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 44 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月12日〜10月19日
リプレイ公開日:2004年10月19日
|
●オープニング
「報酬は、ほれ、この通り」
身なりの良い老紳士が放り投げた革袋は、どさりと重い音を立てて卓の上へと落ちた。
紳士らしからぬ乱暴さに、何人かの冒険者の眉が寄る。
「仕事は簡単なものじゃ。エチゴヤから納入される品を、無事に我が主家にまで運んでくれれば良いのじゃからな。簡単な仕事にこの報酬。楽なもんじゃのう、冒険者というものは」
明らかに蔑んだ物言いに、今度はギルドにいた全ての者達が不快な表情を浮べた。
依頼者の中には失礼な奴もいれば馬鹿もいる。それは分かっていたけれど、こんな時にはやはり腹が立つというもの。
「品は、期日通りにエチゴヤから納入される。今年の収穫への感謝を捧げる祭りに重要な役割を持つ品ゆえ、間違いなく届けるのじゃぞ」
そもそも、と男は蓄えられた髭を撫でつけながら、冒険者達を前に語りだす。
「我がブライアンテーラー家は、山羊と馬とで財を成し、信頼を受けて土地を預かるにまでなった家。毎年行われる感謝の祭りには、自分達を支え、育ててくれる者達と、今年も恵みを運んでくれた山羊と馬への2重の感謝が込められておる。また、現当主は‥‥」
くどくどと続く男のお家自慢を聞き流して、冒険者達は依頼書に書かれた内容に目を通す。
確かに、エチゴヤから届く品を、キャメロットから東から3日ばかり行った村にあるブライアンテーラー家の祭り会場まで運ぶ事となっている。だが。
「‥‥何か引っ掛かるよな」
自分は受けるつもりはないのに、首だけは突っ込みたがる黒髪の青年が難しい顔をして腕を組んだ。毎度の事で、嗜めるのも諦めたらしい銀髪の青年が、主の言葉に首を傾げる。
「何の変哲もない輸送依頼のようですが、何か気になる事でも?」
「何の変哲もないから気になるんだ。こんな依頼に、あんな多額の報酬を出してどうする」
卓に放り出された革袋に、銀髪の青年はああと頷いた。
金持ちが多額の報酬を払うのは当然かもしれない。だが、金を持つ者ほど、対価に関して敏感になるもの。中には、金の価値を知らぬ者もいるが、大抵は金額に見合った仕事を要求してくる。
「ただの輸送なら、わざわざギルドに依頼しなくても、エチゴヤに頼んでおけばいいだろ。人を雇うなりなんなりして祭りの会場まで納入してくれるはずだ」
銀髪の青年は、微かに眉根を寄せて主の顔を覗き込んだ。
「敢えてギルドに依頼を出したと言う事は‥‥」
「この依頼、何か裏があるな」
きっぱりと言い切った主の顔に浮かぶ楽しげな表情に、銀髪の青年は溜息を漏らしたのだった。
「で? 俺達はそいつらが運んで来る荷を奪えばいいってわけか?」
人相の悪い男達を前に、彼は大仰に頷いた。
「ただの輸送依頼故、冒険者どもも油断しているはず。そこを一気に襲うのじゃ」
転がった酒瓶を蹴飛ばして、彼は男達の前に革袋を投げる。
「‥‥その荷の中身は何だ?」
「エチゴヤに特注したものでな。陶器で作られたやぎのカップとやぎの刺繍が施された布袋などなど、ブライアンテーラー家の感謝の祭りに必要不可欠な品ばかりじゃ」
にんまりと男は笑った。
「エチゴヤの特注品だけあってな、品は良いぞ。しかも数量限定の、関係者のみに配られる値打ち物」
闇のルートで売り捌けば、それなりの金になるはず。
なるほど、と男達の真ん中で座っていた体格の良い男が立ち上がった。
「エチゴヤではなく、冒険者に任せたのはそういう事か」
怪訝そうな周囲の男達に、その男は性質の悪い笑みを浮かべる。
「納入途中の品を奪われたとあっては、エチゴヤも必死に探すだろうが。あいつらは表も裏も流通に詳しい。奪った品を売り捌いてもすぐに足がつく。だが、一旦納入した品、しかも冒険者が輸送を請け負った品だと、そこまで真剣に探す事もなかろう。荷を奪われた責任は、全て冒険者にあるんだからな」
納得がいったのか、周囲の男達から感嘆の声があがる。
「分かったか、お前達。なら、とっとと準備しろ。キャメロットからブライアンテーラーの祭り会場までは岩山を幾つも越える事になる。罠を仕込む場所にゃ苦労はせんだろうが」
●リプレイ本文
●やぎグッズ
キャメロットを出て2度目の野営。
熾した火を囲み、煎れた香草茶を飲みながら疲れた1日を振り返って息をつく。それも2度目。
「何だか‥‥妙に疲れるんですが」
不意に落とされた沖田光(ea0029)の言葉に、仲間達はそれぞれに深く深く頷いた。
「キャメロットを出てすぐはドンキーでしたね。その後は、ジャイアントラットが大群で襲って来て、道の真ん中に落とし穴があって‥‥」
細い指を折りつつ数えるのはカルノ・ラッセル(ea5699)。辟易とするほどのトラブルばかりが続いている。一部、人為的なものもあったが、労力と時間を取られる以外にさほど問題は無かった。
「何なんだ、一体。盗賊にでも狙われているのか?」
「‥‥でも」
イグニス・ヴァリアント(ea4202)の呟きに、カルノは考え込んだままで羽根を広げた。ふわふわと、イグニスの傍らまで流れて行く。
「ああ、分かってる。盗賊に狙われているなら、そんな大事な情報を依頼人が提示しないわけがない」
かなり感じの悪い依頼人ではあったが、彼も荷が大事なはずだ。盗賊に狙われているのであれば、イグニスの言う通り、事前に彼らに告げているはずだ。
「何か‥‥裏があるんじゃないかな」
「裏?」
カップの中で揺れる茶に視線を落としたアシュレー・ウォルサム(ea0244)に、彼の肩の上で焼き菓子の欠片を頬張っていたカファール・ナイトレイド(ea0509)は首を傾げる。
「アシュりん、裏ってなに?」
口の端についた菓子の粉を拭ってやりながら、アシュレーは穏やかな笑みをカファに向けた。
「俺達が依頼を受けてから今まで、普通じゃ考えられない程にトラブルに遭遇したよね?」
うん、と素直に頷いたカファとは別の声が、彼らの傍らから掛かった。
「それは‥‥このブツを狙っている奴が俺達をつけ回しているって事か」
毛布に包まって仮眠を取っていたルクス・ウィンディード(ea0393)がむくりと体を起こす。
「そういう可能性もあるって事ですよ」
「‥‥それで、アレか」
昨夜の騒ぎを思い出して、ルクスはうんざりと息を吐き出した。
「寝る暇、なかったもんねぇ」
彼と同じく、昨夜の不寝番だったティアイエル・エルトファーム(ea0324)も荷台の上で頬杖をつく。不寝番とは言え、大抵、少しぐらいは体を休める時間があるものだ。しかし、昨日はそれどころではなかったのだ。
「ご苦労様でした」
夜通し雑魚を相手にした後に1日の行程を乗り切ったルクスとティオに労いの言葉を掛け、不破真人(ea2023)は仲間達を見回す。
「ですが、後ろに誰かいるとなると、今夜も襲撃があるかもしれませんね」
「大丈夫だよ! 今夜の当番はおいらと光りんだから、光りんが居眠りしたらほっぺた、むにってしてあげる!」
あははと笑って見せて、光はすぐに表情を改めた。彼の視線は、荷台に積んである荷物に注がれている。どんな襲撃にも壊れぬようにと守り通した大事な荷だ。
そこには、依頼主から頼まれたからというだけではなく、光自身の個人的な思い入れも少し‥‥いや、多分に含まれていたが。
「だって、噂に聞くテーラー家のやぎグッズ‥‥しかも、新作ですよ? 白やぎさんも、黒やぎさんも可愛くて可愛くて‥‥」
「えーとぉ、積み荷はぁ陶器のやぎカップとぉ〜、やぎ刺繍入り布袋とぉ」
ほぉ、とうっとり溜息をついた光を無視して、カファはアシュレーの膝の上に座ると、壊れ物の梱包を確認する際にエチゴヤから渡された品物のリストを読み上げる。
「それからぁ、でかいせいふく?」
聞き慣れぬ言葉に、真人が首を傾げてカファの手元に羊皮紙を覗き込んだ。
「‥‥インクが滲んでるね。何て書かれてあるか読めないよ」
「手ふき布‥‥ジャパンで言う所の手ぬぐいですよ。勿論、やぎ刺繍入りです」
夢見心地に光が補足を入れる。
「いやはや‥‥何とも面白いブツばかりだな」
1個欲しいぐらいだと、毛布を引き上げつつルクスが苦笑した。
「ま、どうでもいいが、俺は今夜こそ寝させて貰うぜ。昨日からあれだけ丁寧に相手をしてやっているんだ。もう、来ないんじゃねぇの?」
「そうだといいんだけど」
今宵の不寝番の1人、アシュレーはそう答えて、静かに燃える火を見つめた。
●恐るべし
今日ぐらいは静かな夜をという彼らのささやかな願いは、真夜中を過ぎる頃に打ち砕かれた。
荒々しい足音と、金属の触れ合う音、そして怒声とが静寂が満ちていた森に響き渡る。
「どうやら今回はご本人達の登場のようですね」
眠い目を擦りながら、カルノが空から舞い降りる。
「度重なる失敗に痺れを切らしたって所でしょうか。四方を囲まれたようですよ」
漏れた欠伸を手で隠して、不機嫌そうなルクスの頭に乗ると、彼はぱたりと体を倒す。
「片づければ、後はご馳走が待つお祭り会場へ行くだけです。頑張って下さいねぇ」
「って‥‥おい、冗談じゃないぞ」
すーすーと自分の頭の上で寝息を立て始めたカルノに、ルクスは悪態を吐きながらも得物を手に取った。頭が重いが仕方がない。
カルノを落とさないように気をつけて、彼は押し寄せる男達へと向かって行く。
「ごく普通の盗賊のようだな」
何人かを昏倒させたイグニスが、その戦い方、指示系統からそう断を下す。倒れ伏した男達は、戦いに特化した兵士ではないようだ。魔法を使って来る様子もない。
「という事は、だ」
素早くアシュレーと見交わし、イグニスは盗賊の攻撃にバランスを崩したふりをした。
「おっと‥‥」
「わ‥‥」
ぶつかった拍子に、イグニスとアシュレーの懐から転がり出たのは、夜目にも輝く黄金の固まり。
目敏い盗賊は、歓声を上げると、イグニスとアシュレーを押しのけて、その輝きへと手を伸ばす。
薄く笑んで、イグニスは理性を無くし、我先にと群がった男達の喉元へと静かに刃を突きつけた。
「残念だったな」
弦を引き絞ったアシュレーも、その矢の先を真っ直ぐ男達に向けている。
目の前の宝に我を忘れていた盗賊達の手から剣が落ちた。
それを合図に、不利を悟った残りの盗賊達が逃走を図る。と、その時。
「ねぇ、おじちゃん達〜、あんな食べられもしない固い物をどうして盗ろうとしたの〜?」
暗い森の中、どこからともなく響く子供の声。盗賊達の恐怖は頂点に達した。もはや言葉とは言い難い、意味不明な叫びを撒き散らして駆け出した男達は、次の瞬間、動く事すら出来ず立ち竦んだ。
鋭い光が走ったかと思うと、男達の行く手を阻むように木々が倒れたのだ。
「全く。騒がしいですよ、貴方達」
雷を放った当の本人は、ルクスの頭上で半分夢の中である。
「ねー、カルりん‥‥もうちょっとでおいらもビリビリするトコロだったんだけど‥‥」
「細かい事を気にしてはいけません」
「お前ら‥‥」
見た目はお人形のような羽根妖精が2人、ほのぼのと交わす会話の中味は少々物騒で。その止まり木にされたルクスにはいい迷惑で。
捕らえた者達の武装を手早く解いていたアシュレーは、そんな彼らの様子にくすくすと笑いを零す。
「楽しそうだね」
「本当に。僕達も早く終わらせようよ。‥‥とりあえず、これでよしっと」
解けないようにロープを結ぶと、真人は軽く手を叩いて額に浮き出た汗を拭った。
ぶらんと木の枝に吊された盗賊達は、最早諦めてしまったらしい。その口から漏れるのは苦痛の呻きだけで、先ほどまでの威勢はない。
「‥‥しかし‥‥なんて縛り方だ」
どこで覚えて来たんだと呆れるルクスに、真人は照れたように俯く。
「そ、そうだね。自分でやってて何だけど‥‥」
その頬が僅かに染まっているのは、赤々と燃える松明のせいだけではあるまい。
「まぁ、これで懲りてくれればいいんだけどね」
落とした愚者の石を回収しながら、アシュレーは肩を竦めた。
この姿が人の目に晒される事になれば、彼らは笑い者になる。よほど鈍感か恥知らずで無ければ、この土地で盗賊を続ける事も出来なくなるだろう。
「恥辱にまみれて地獄へ堕ちるがいい」
盗賊達に指を突きつけた真人の宣告。
「でも、その前にぃ」
道端の草を毟ったティオがにっこりと笑う。
あまりに無邪気なその笑顔に、逆に恐怖を感じたのか、盗賊達は不自由な体を捩らせて往生際悪く暴れ始めた。
「だめだめ。おじさん達、ちゃんとお仕置きは受けないと♪」
もう、十分罰は受けているんじゃなかろうか。
恥ずかしい格好で縛られ、アチコチを葉っぱで擽られ、笑わされ続ける盗賊達の哀れな姿に、光は小さく笑って首を振った。
●やぎ祭り
その後は至って順調に、彼らは祭りが行われるブライアンテーラー村へと到着した。
村は、どこか騒然としていた。
祭りの賑やかさだけではないようだ。心なしか、青ざめた顔で右往左往している者が多いような気がする。
「‥‥荷物を届けたら依頼は完了です」
さほど強い敵では無かったが、妙に疲れている。今は、一刻も早く、ゆっくりと休みたいものだと彼らは依頼主を探すべく、村へと足を踏み入れた。
「ティオ、お金よりめぇめぇさんのグッズの方がいい」
「そうですね。僕も、この新作は欲しいのですけれど‥‥」
ティオと光の会話に、イグニスが苦笑する。
「でもまぁ、得意先対象の数量限定の品だと言うしな」
ふ、とイグニスは虚空へと視線をさまよわせた。
「‥‥つまり、それだけレア度が高く、マニアに高値で取り引きされる事になるんだろう」
しょぼんと肩を落としたティオを慰めるように、カファは村の入り口で貰ったマスカレードをつけて彼女の周囲を回る。
「でもでも、これもめぇめぇさんだよね! ね?」
やぎと馬への感謝の気持ちを込めた祭りらしく、配られていたマスカレードもそれにふさわしい形をしている。笑みを漏らしてティオがカファの頭を撫でたその時、前を行く光の歩みが止まった。彼の荷物が、手から離れて地面に落ちる。
「光りん?」
光の視線の先を辿った真人の顔が、瞬時に赤く染まる。
「どうしたの?」
「だっ駄目! 君達は見ちゃ駄目だよ!」
覗き込もうとしたティオの目を覆い、カファの襟首を引っ掴んで、真人は来た道を引き返して行く。
「おいおい、外はまずいだろ。外は」
「そういう問題でもないでしょう」
冷静なのはイグニスとカルノだ。
温かく見守る彼らの前で、どこかで見た事のある人影が振り返った。鋭い眼差しが射抜いたのは光だ。じり、と影がにじり寄る。
「え? ええっ? 僕にそーゆー趣味はっっ!! て言うか、僕は男です! 男ですから、どうか‥‥」
慌てふためいて後退る光。
だが、その人影が飛び掛かったのは、彼自身ではなかった。
「こ‥‥これは、噂の絵姿!! 寄越すのにゃっ!」
「は? はいぃぃ?? どうしてこれをご存知なのですか!?」
荷から落ちた絵姿を奪い取る影。
光は既に冷静な判断力を失ってしまっているらしい。
‥‥と、ルクスは判断した。
高笑いと絵姿と獲物と共に去って行く影と、今までの光景は見なかった事にしよう。心に固く決意した彼は、何事もなかったかのように仲間達を振り返る。
「んじゃま、俺らも遊んでいくか?」
「その前に、仕事を片づけてしまわないと」
ぱたぱたと忙しなく羽根を動かしながら、カルノは周囲を見回した。恥ずかしい格好で縛られて、その上、ティオに色々と張り紙までされてしまった哀れな盗賊達を、そろそろ助けてやらねばならない。
「ちゃんと、1つ残らず報告しなければなりませんからね。1つ残らず‥‥ね」
ふふふ、とカルノは楽しげに笑う。
ティオによる擽りの刑は、思わぬ収穫を彼らにもたらしていた。
耐え難い笑い地獄から逃れる為、盗賊達はこちらが尋ねる前に、この一件の黒幕と目的を洗いざらい白状していたのだ。
「気の毒に‥‥」
ぽつり漏らしたアシュレーの呟きは、一体誰に宛てたものだっただろう。
何人かの悲劇を内包した祭りの夜は、やがて静かにふけていったのだった。