実りの秋に
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月09日〜11月14日
リプレイ公開日:2004年11月17日
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●オープニング
「なんだと?」
目の前に座る依頼人達に鋭く尋ね返した男の肩を周囲の仲間達が押さえた。
気持ちは分かるが、相手は依頼人だ。納得出来ぬと顔に男を宥めつつ、別の冒険者が幾分穏やかな口調で問う。
「申し訳ありません。よく聞き取れなかったので、もう1度お聞かせ頂けませんか?」
「仕方ねェなァ」
ひくりと、冒険者の頬が痙攣した。
「だァからァ、冬が来る前ェに色々と準備しとかにゃならんダ」
いの一番に激高した男の肩が震える。
「栗、ドングリだろ? 雪が降る前にめぼしい木の選定もしときたいしナ」
「ブタも放しとかにゃ」
この時期は忙しいのだと、彼らは口々に訴えかける。
「ネコの手も借りたいダよ」
「‥‥猫、ですか」
ここまで来ると、怒りを通り越して脱力してしまう。彼らは、一体ココに何をしに来たのだろう。
「1つ、お伺いしてもいいですか? ここがどこだかお分かりですか?」
「おかしナ事を言うだべな。ここはギルドっちゅーモンだ」
息を吐き出し、彼は前髪を掻き上げた。にこやかな作り笑いを浮かべ、再度、問う。
「『冒険者』のギルドだという事もご承知ですよね?」
何を言い出すのだとでも言わんばかりの‥‥多分に非難を含んだ‥‥視線を浴びて、それでも彼は笑顔を崩さなかった。
「当たり前ダ」
「そして、貴方達は何を依頼されたのでしょう?」
「森仕事」
悪びれずに、いや、それどころか胸を張って答えた依頼人に、冒険者達から溜息が漏れる。
「ギルドはエエと言うたダ」
「さ、受けるか受けないンか」
こんな依頼でも通るのか、ギルド。
それは、その場に居合わせた者達の共通の呟きであった。
そんな中、呆れ顔で依頼書に目を通していた1人の女冒険者が、ふいに表情を改めた。
「‥‥私、受けてもいいわ」
途端にざわめく冒険者達。
「正気か!?」
「依頼の内容は分かっているのか!?」
問い質して来る仲間達に、女はぱんと羊皮紙を弾いた。
「よーく見てみなさい。仕事の内容の所」
言われて、彼らは1文字1文字、丁寧に綴られた内容を読み上げて行く。目の前の依頼人が書いたのではない。彼らが口頭で告げる内容を、ギルドの担当者が書き写したのだ。
「栗、ドングリ、キノコ、その他食べられる木の実集め、樹皮剥ぎ、薪作り、豚の放牧‥‥」
どれもこれも冒険者の仕事とは思えないものばかりだ。
「‥‥モンスター退治及び森に住み着いた野盗の追放」
ぴたりと、冒険者達の動きが止まった。
依頼人は、さも当然と言った風に頷いている。
「この時期の森は食料が豊富だから、冬眠前の獣やモンスターが徘徊していてもおかしくはないわ。それに、深い森は野盗達にとっても格好の住処よ」
依頼受諾の手続きを行っている女が続けた。
「つまり、この依頼は森が雪に覆われる前に不安要素を取り除いてくれというものなのよ」
そういう事ならば話は別だ。冒険者達の顔も真剣味が増す。
「森ン中で悪さすると、守り主様が懲らしめてくれるだがよ、モンスター共も野盗もそれが分かってッから、無茶はしねェんだ」
「でも、貴方達は不安よね」
無茶はしないと言っても、いつ、自分達に襲いかかって来るか分からない相手が居ると思うと、おちおち木の実拾いにも行けやしないのだろう。
「その守り主様というのは何だ?」
尋ねた男に、依頼主の1人が両手を大きく広げて見せた。
「こーんな、こーんなでっけぇ木だべ。おらの親父のそのまた親父の、その親父の親父のじいちゃんの時代から森を守ってくれてるだがよ」
「不用意に火ば使うと、お仕置きされるだよ」
なるほど、と冒険者達は「守り主」の情報を頭に刻む。
「‥‥分かった。モンスターと野盗は俺達に任せてくれ」
自信に溢れた笑顔を依頼者に向けた冒険者に、依頼人は不満げに口を尖らせた。
「んだども、ちゃんと森仕事もやって貰わにゃ困るだべさ」
●リプレイ本文
●冬支度
冬支度を始めた森の中は、どこか物寂しい静けさに満ちている。
生命力に溢れた季節が過ぎ、葉を落とした木々を見上げてオイル・ツァーン(ea0018)は慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。
「やはり森は落ち着く」
硬い樹皮に手を当てる。
次の季節、豊かな緑を茂らせる為のしばしの休息に入った木々の鼓動を感じ取ろうとしているかのように。
「この時分は故郷の山も忙しかったよ。森仕事は慣れてるんだけど、守り主様とやらはどこにいなさるんだろうねぇ。不用意に傷でもつけちまったら大変だ。場所ぐらいは把握しとかないとね」
ラディス・レイオール(ea2698)らと仕事の分担について話し合っていたベアトリス・マッドロック(ea3041)が、不意に呟く。依頼主の話では、100年はゆうに越した巨木らしいが、それだけでは分からない。幹の太さが二抱えもある木など、そこら中にある。この広い森で一番大きな木を探すというのも大変そうだ。
「そうですね。守り主はやはり最大限の敬意を払うべきでしょう。誤って樹皮を剥いだり、傷を入れたりしては依頼主である村の方々にも申し訳が立ちませんし」
慎重に意見を述べたラディスに、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)が息を吐いて髪を掻き上げた。
「ラディス殿の言う通りだ。森の主と崇められている存在‥‥、何をおいても先に挨拶に伺いたいものだが」
「しかし、「お仕置き」とは、随分と直接的手段に訴える守り主だな」
苦笑気味に肩を竦めたオイルに、ルクスも微苦笑で応える。
「森の主って、もしかしてトレントじゃないかしら? あたし聞いた事があるわ。そういう伝説」
レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)の言葉に、シャーリー・ウィンディバンク(ea6972)がぽんと手を打った。
「なるほど! 普通の木にお仕置きなんて出来ませんけど、モンスターなら考えられますね」
「どちらにしても」
主様談義に流れかけた話題に咳払いして、ベアトリスは年若い仲間達の注意を自分に向ける。どこにいるか分からない守り主も気になるが、それよりも早く仕事に掛からねばならない。
「この季節は日が暮れるのも早い。さっさと片付けようかね」
「そうですね。依頼主の皆さんが安心して冬を越えられるように、精一杯お手伝いさせて頂きましょう」
純粋な好意で張り切っている栗花落永萌(ea4200)の背後に光が差して見えるのは目の錯覚か。思わず目を擦ってしまったレヴィに、永萌は小さく首を傾げて見せた。
「何か?」
「う? あ、いや‥‥うん、何でもない」
レヴィは笑って誤魔化して、手と首とを同時に振った。挙動不審な彼女の様子に、永萌はますます怪訝そうな顔になる。
「‥‥森仕事は初めてでな。分からない事が多い。何をすれば良いのか指示を出して貰えればありがたい」
溜息混じりのアレス・メルリード(ea0454)からの助け船に、レヴィは1も2もなく飛びついた。
「そそそ、そうなんだぁ? じゃあ、力仕事はお任せしちゃっていい?」
「あ、ああ」
がしりとレヴィに腕を掴まれたアレスの姿を見て、ラディスはにっこり笑顔で仲間達を見回した。
「というわけで、アレスさんには薪を割って頂く事に致しましょう」
アレ、と指差された先を辿って、アレスの動きが止まる。
十分に乾燥していないと木は割れない。冬に備えて村人達が集めていたのだろう。雨露をしのぐ為の覆いを掛けられた木の山は、とてもではないがアレス1人の手に負える量ではなかった。
「‥‥誰か手を‥‥」
「わっ、私はッ」
順々に仲間達の上を巡っていくアレスの視線に、シャーリーは慌てて首を振る。
「森仕事には慣れていませんし、野盗とモンスターの警戒を‥‥ほら、やっぱり、世の中分業というものが」
アレスとて女性に薪を割れというつもりはなかった。だがしかし、シャーリーはぶんぶんと頭を振りつつ後退って行く。
「森仕事が嫌と言うわけじゃないんです。ただ、却って皆さんの迷惑に‥‥って!!」
ぐらり、シャーリーの体が揺れたかと思うと、その体が消えた。
「シャーリーさん!?」
そこには、突如として口を開けた穴。それは枯れ葉に覆われて、シャーリーが踏み抜くまで誰1人として気づいていなかった。
「‥‥ほらね」
落ちる寸前に咄嗟に縁を掴んだシャーリーのどこか拗ねたような表情に、アレスは吹き出すのを堪えつつ手を差し伸べる。
「大丈夫か? ゆっくり上がって‥‥って、下ッ!」
鋭い声に、シャーリーは、はっと足下を見た。自分の足に迫る毛むくじゃらのそれが目に映ったのは一瞬。アレスの手に全てを預け、シャーリーは片手で素早く印を結んだ。
放たれたアイスチャクラで、それは穴の底へと落ちて行く。
「来るぞ!」
シャーリーを引き上げたアレスの声に、永萌がアイスチャクラを穴へ目掛けて放つ。
逃げ場を無くしたソレは、程なく沈黙した。
「グランドスパイダの巣穴だったようです」
「‥‥確かに、これでは村人達も安心して仕事をする事が出来ませんね」
大きく息をついたシャーリーの肩を叩いて永萌は仲間達を振り返った。
「やはり、ここはベアトリスさんの言う通り、すぐに連絡が取れるように笛を持っておくのもよいかもしれません」
ラディスも頷く。
いざと言う時に、互いの位置を確認出来ないのは危険だ。ベアトリスが差し出した笛を手に取ると、彼らはめいめいに首や腰帯に吊して身につける。
「さァ、呼び子を持ったら散った散った! さっさと片付けないと雪が降り出しちまうよ!」
手を鳴らして、ベアトリスは年若い仲間達を追い立てた。「雪が降る」はオーバーだが、このままで何もしないうちに日が暮れてしまいそうだった。
●森の恵み
熟れた実に手を伸ばし、その1つ1つを丁寧に摘む。
瑞々しい赤い実は、太陽の光を受けて宝石のように輝いていた。寒くなり、実はほとんどが落ちてはいたが、ここに在るだけでも十分に冬の備えとなるであろう。
「どの木にも、少し実を残しておいて欲しい。森の恵みで生きるならば、森に生かされている事、森を生かす事を忘れてはならない‥‥」
オイルの言葉に首を傾げた仲間達に、黙ってきのこを探していたルクスが立ち上がり、独り言のように呟く。
「森は、人間に恵みを与える。木の実は空腹を満たし、枝は薪となって寒さをしのぐ暖を与えてくれる。森は当たり前のようにそこにあるけれど、私達はその恵みを当然と思ってはいけない」
言いつつ、彼女は手にした棒をコナラの木に投げつける。鈍い音が響いたかと思うと、次の瞬間、ぱらぱらと雨が降るかのように小さなドングリが地面へと落ちて来た。
「豚達をここへ。彼らにも森の恵みを」
「はい。さぁ、皆、お腹いっぱい食べておいで」
ラディスと永萌に誘導された豚達が、無心にドングリを食む姿に微笑ましさを感じつつ、レヴィは再び赤い実に手を伸ばす。
晩秋の静けさに満ちた森に、いくつもの絶叫が響いたのは彼女の指先が実を摘んだ直後。
手から零れた実が地面に落ちる前に、彼らは森の中を駆けだしていた。
●守り主
「なんて事!」
枯草に燃え広がった火に、シャーリーは悲鳴に似た声をあげた。
聞こえた叫びに駆けつけてみれば、足に太い蔓を巻き付けた数人の男達が腰を抜かして後退りをし、その側には野ウサギや小鳩が数匹転がっている。
男達の足を捕らえた蔓の先を辿っていけば、予想通りに風もないのに揺れる巨大な樹が。
印を結び、ウォーターボムを放とうとしたシャーリーの足を、ゴツゴツした男の手が掴む。
「た‥‥助けてくれよ!」
「離して下さい!! 火を消さなくちゃ大変な事になりますよ!」
こうしている内にも火は広がっていく。シャーリーの中に焦りが生まれる。首から下げた笛を思いっきり吹き鳴らし、音に驚いた男の隙をついて、その手を蹴り上げる。
「ごめんなさい。でも、急がないと」
枯れた草から周囲の木々へと燃え移っていく火に向かい、再度印を結ぼうとした彼女の手が何かに絡め取られた。蔓に腕を取られ、宙へとぶら下げられる。どうやら、守り主‥‥トレントに、彼女も森を荒らす者と認識されたようだ。
「待って下さい! 火を消させて下さい!」
彼女の必死の訴えも、怒り狂ったトレントには届かない。
「シャーリーさん!」
駆けつけたアレスが振り上げるノーマルソードが、シャーリーを捕らえる蔓の寸前で止まった。小さく舌打ちして、彼は剣をナイフへと持ち替える。
狙う蔓をかわし、トレントの本体へとナイフを投げつける。樹を掠めたナイフに、シャーリーを拘束していた蔓が緩み、彼女の体が落ちた。
「‥‥大丈夫か?」
真下へと走り込んでいたオイルが彼女の体を受け止める。頷いた少女に、オイルは安堵の表情を見せた。
「貴様らッ! 何モンだっ!」
そこに至り、ようやく正気に戻って怒声をあげた男達に、額を押さえて首を振ったルクスがコアギュレイトをかける。
「今がどういう状態か分からない愚か者。しばらくはそこで大人しくしていろ」
「トレントは俺達が引き受けます。皆さんは火を」
永萌のアイスチャクラが蔓の攻撃を弾く。勿論、と永萌は静かに付け足した。
「主様は傷つけませんから、安心して下さい」
詠唱を始めたラディスの体が、薄く青い光に包まれて行く。まるで空気中の水分が彼の手に引き寄せられているかのように、清らかな水がそこに出現した。燃え広がっていく火の上に落とされる水の固まり。
休む事なく、ラディスは再び呪を唱える。幾度も幾度も、持てる魔力の限界まで彼は水を作り続ける。
「ちっ、森の中の戦闘は初めてじゃないが‥‥やりにくい事に変わりはないな」
木々が障害となって、うまく間合いが取れない。
その上、トレント本体を傷つけぬように加減をしなければならない。いつも以上のやりにくさを感じながらも、アレスは襲い掛かる蔓を剣で防ぎ、消火活動を続ける仲間達を守る。
「主殿、怒りを鎮めて下さい。我々はあなたの敵ではない」
呼びかけ続けるルクスの声と、消えていく火の気配とに、巨木の攻撃は鈍くなっていき、やがて、それまでの激しい敵意が嘘のように動きを止めたのだった。
「‥‥全く。自分達のしでかした事が分かっているのかい?」
野盗達にリカバーをかけてやりながら、ベアトリスの説教が続く。
さすがの野盗達も、逆らう気力は無いようだ。
「お兄さん達の有り余る力を他の人の為に使ってあげれば、こんな目に遭わなくて済んだと思うのよね、私」
聞いてる?
項垂れた男の頭をつんと突っついて、レヴィが溜息をつく。
「これに懲りたら、真っ当に働きなさいよね。そうすれば寒い冬を男同士で寄り添って過ごさずに済むのよ? 分かった?」
「勤勉に働きゃ、主は必ず恵みを下さるさ。今までの事を悔いて、もう1度出直す事を考えな」
「更正の第一歩として、まずはあたし達が集めた木の実をドンちゃんの籠に移すのを手伝ってよね」
レヴィとベアトリスの説教波状攻撃にぐうの音も出ない野盗達に肩を竦めてルクスは背を預けていた巨木を見上げた。
「その前に、折角だから森の恵みを皆で味わいたいものだな。酒などを酌み交わして」
「いいですね。‥‥お付き合いしますよ」
ルクスの言葉に肯定を返した永萌の顔に穏やかで深い笑みが浮かぶ。
互いに顔を見交わして、彼らは未だ騒々しく騒いでいる仲間達の元へと歩み寄った。