峠のゴブリン

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月21日

リプレイ公開日:2004年06月23日

●オープニング

 冒険者の集まるギルドは、今日もごった返している。
 仕事を探し、貼り出されている依頼の吟味をする冒険者達や、モンスターに悩む一般人が助けを求めにやって来たり、何を勘違いしたのか「僕を冒険者にして下さい!」という幼気な少年までやって来る。
 そんな慌ただしい雰囲気のギルドの扉を、壊さんばかりに開けた男が1人。
「娘が!」
 どこかの地主であろうか。
 着ている物は仕立てのよい服だ。
 だが、頭から爪先まで砂埃にまみれて、冒険から戻って来たばかりの冒険者とさほど変わらない。
「娘がゴブリンにさらわれたんです!」
 男は、近くに居た体格の良い冒険者の襟首を掴むと、口早に告げた。
「そうとしか考えられない!」
「お‥‥落ち着いて下さい。まずは、お話を‥‥」
 宥めにかかった冒険者に、男は大きく頭を振った。
「そんな暇は無いんです! 今すぐ! 今すぐに私共の村へおいで下さい!!!」

 興奮しきった男から何とか聞き出した話は以下の通り。
 彼の17歳になる1人娘が、突如として姿を消した。
 彼の村は、1年程前から近くに住み着いたゴブリンの襲撃を度々受けており、村人にも何人か犠牲が出ている。
 村から出るには、村を縦断している大通りを北か南へと進まねばならない。
 北へ行くとゴブリンの住み着いた峠を通る事となる。たかがゴブリンとはいえ、数が多い。腕に覚えのある者を護衛としてつけない限り、無事には通り抜けられない。
「ですから、我々はどこへ行く場合も、南のルートを使うのです。例え、それが遠回りであろうと、命には代えられませんから」
 鼻を啜り上げて、男は続ける。
「娘は、村のどこを探しても見つかりません。南へ向かう者達の中に、娘を見た者はおりません」
「北は?」
 壁に背を預けた女が尋ねる。
 重ねて来た経験と磨いて来た自分の腕への自信に満ちた女は、哀れな程に憔悴し切った男に冷静な目を向けた。娘が心配な男の気持ちも分からないではないが、感情的になっている彼の言葉の中から使える情報を得なければならない。この依頼を受ける以上は。
「北は、ゴブリンが侵入して来ないように、何重にも柵を‥‥。門も、閉ざしてありますし」
「見張りは? いないのか?」
 別の冒険者が尋ねた。
「それが‥‥怖がって、北の門に近づく者は誰もおりませんから」
 冒険者達の非難めいた視線を受けて、男の語尾が消えそうに小さくなる。
 自分達の村が、ゴブリンやモンスターを相手にしてきた強者達から見れば、無防備にも等しいという事に気づいたのだろう。
「そっ、そこから侵入したゴブリンが、娘を拐かしたに違いないのです! ああ、どうか皆様、娘を救い出して下さい! 娘は、近々隣の地主の元へ嫁ぐ事が決まっているのです!」
 これから幸せになろうとした矢先の不幸である。
 滂沱の涙を流して懇願する男に、同情めいた表情を浮かべた冒険者が彼を気遣うように背を撫でた。
「もう少し、聞きたい事がある」
 先ほど尋ねて来た女が、何事かを考え込んで男に問うた。
「いなくなった娘の他に異常はなかったか? 例えば、無くなったものがあるとか、どこかが壊されていたとか」
 娘の心配ばかりをしていた男は、女の言葉に己の記憶を辿る。
 娘が居なくなったと聞いた時に、確か他にも何か‥‥。
「そう言えば、驢馬が1頭、いなくなっていた‥‥と。下男が所用で出かけたので使用したのだと思っていたのですが。後は、北の門へ向かう柵が壊されていたとか。私自身が見たわけではありませんから、どのように壊されていたのか分かりませんが」
「驢馬‥‥ねぇ」
 話を聞いていた他の冒険者達も、互いの顔を見合った。
 これは、現地に赴いてもう少し詳しく情報を集める必要がありそうだ。どちらにしても、峠を根城にするゴブリン退治も、いずれどこからかは舞い込むであろう仕事だ。
「峠のゴブリン退治も含めて、娘さんを取り戻す‥‥という依頼でよろしいですね?」
 確認する声に、男は何度も頷いた。
 懐から、大きく膨らんだ財布を取り出す。
「依頼料は用意して来ました。どうか、奴らを退治して、娘を救い出して下さい!」



「全く。嫌になっちゃうわ!」
 人気の無い山道を、1頭の驢馬がとぼとぼと進む。
 その上で憤懣遣る方無いと言った風情で頬を膨らませ、悪態をついているのは1人の少女だった。
「あたしは、まだ17歳よ? なのに、となりの地主の後添いなんて冗談じゃないわ!」
 驢馬の引き綱を持った青年は、何かに怯えたように周囲を見渡して小声で少女を窘める。
「お嬢様、どうぞお静かに‥‥。お気持ちは分かりますが、もうすぐゴブリンの巣と言われている峠で‥‥」
「分かっているわよ! だから、逃げるのにこっちを選んだんじゃないの!」
 本当に分かっているのかいないのか。
 少女は、青年を怒鳴りつけてふいと顎を逸らした。
「何よ。お前はあたしがあの男の後添いになればいいって言うのね? あたしと同じ年の娘がいる男の後添いに!」
「そ‥‥そんなわけでは‥‥」
 あたふたと、青年は少女の機嫌を取るように言葉を紡ぐ。
「おれ‥‥私とて、お嬢様がそんな男の所に嫁がれるなんて考えたくもありませんよ!」
「なら、文句言わないの! 山を2つ越えた所に、ゴブリンに襲われた事がないって言う平和な村があるそうよ。そこまで行けば、きっと‥‥」
 晴れて自由の身!
 憧れの新天地!
 若い2人は、薔薇色に輝く未来を思い描き、しばしうっとりと青い空を見上げた。
「さ、そうと決まれば急ぎましょう。でも、ずっと驢馬に揺られててお尻が痛くなっちゃった。ちょっと休憩しましょうよ」
 ゆっくりのんびり逃避行中の若い2人は、ゴブリン共の巣があるという峠まで辿り着くにもまだまだ時間が掛かりそうである。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea2938 ブルー・アンバー(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3084 御堂 力(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●疑惑
 依頼主の村へとやって来た冒険者達は、その光景に僅かばかり目を細めた。
 村を南北に走っている大通りには、明るい笑顔が溢れ、商店の軒先には様々な品が並ぶ。熟れた果物の色艶も申し分ない。
 ゴブリンが出るという噂の北のルートが使えない事を除けば、ごく普通の村だ。しかも、活気に溢れた。
 元気良く通りを駆けて行く子供達の翳りない笑顔に、沖田光(ea0029)の頬も自然に緩む。
「いいですよね、こういうの」
 ふいに、光の脳裏に蘇る光景は、遠く離れた故郷の田舎。子供達の笑顔はどこも同じだ。
 馬の手綱を取り、懐かしそうに周囲を見渡す光の心境を察したのか、御堂力(ea3084)も厳つい容貌を僅かに綻ばせた。
「‥‥良い村だとは思うが」
「おかしいよねぇ」
 難しい顔をしたヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)の呟きに、手慰みに彼の金色の髪の毛で小さな三つ編みを作っていたカファール・ナイトレイド(ea0509)も頷いて見せる。
「おかしい? どうして? いい所じゃない」
 セリア・アストライア(ea0364)の馬から降りるネフティス・ネト・アメン(ea2834)は、差し出されたブルー・アンバー(ea2938)の手に、頬を僅かに紅く染めて俯いた。
「わ‥‥私、1人で降りられます」
「女性を丁重に扱うのは騎士として当然の事。どうぞお気になさらずに」
 微笑みと共にあっさりと返されて、ネフティスはそっとブルーの手に手を重ねた。しゃらしゃらと、腕輪の鈴が言葉少なになった彼女の動揺を現すかのように震える音を立てる。
「そちらの方もどうぞ」
「ありがとうございます」
 こちらは慣れているのか、セリアは優雅にブルーへと手を預けた。
「この村は、峠を根城にしたゴブリンの襲撃に怯えていると聞いた。村人にも何人か犠牲者が出たと」
「でもぉ、警戒心薄いし、楽しそうだし? おかしくない?」
 金の髪を毛先まで綺麗に編んで、満足そうに頷いたカファールは、次の束を手に取って言葉を続ける。
「今だって、村長りんの娘さんがゴブりんにゆーかいされてるんだよ? もうちょっと緊張しててもおかしくないよねー? それに、他に無くなったのが驢馬だけってのも変だと、おいら思うんだ」
 そう言われて見れば確かにおかしい。
「‥‥やはり、少し調べてみる必要がありそうですね」
 周囲を注意深く観察して、セリアは声を潜めた。
 村長の話から、警戒心が薄い村だとは思っていたが、これほどまでに長閑な村だとは思っていなかった。モンスターの襲撃に怯える村は、村人のしぐさや表情に過ぎる不安とかどこかしらに緊張が漂っているものだ。
 なのに、この村にはそんなものはまるっきり感じられない。
「お嬢さんの話も、引っ掛かるよね」
 ジャイアントのヒースクリフ・ムーア(ea0286)は他の者よりも高い位置から見える村の様子から感じた違和感を口に乗せた。
「ここの村の家は窓辺に花を飾っている。ほら、あの家のように。となると、どうなる?」
「そうだなぁ。窓は開かれているし、あんな風に鉢植えを置いていたんじゃ、夜も雨戸は閉められない」
 彼が指さした家の窓に並ぶ鉢植えを見つめ、思い浮かぶ状況を纏めながら口にした光に、ヒースは大きく肯定を示した。
「それじゃあ、17歳の娘さんがゴブリンに出会ったなら、まずどうすると思う?」
 仲間達の顔に浮かぶ表情を、1人1人確かめるように見て、ヒースはゆっくりと告げる。
「悲鳴を上げるよね? でも、誰もお嬢さんがいなくなった事に気づいていなかったんだよね。お嬢さんは悲鳴が聞こえないような場所でゴブリンと出会ったのか、それとも‥‥」
「その辺りも含めて、探ってみましょう。集まるのはここ。時間は‥‥そうですね、太陽が真上に来た時に」
 セリアの言葉に、冒険者達はそれぞれに情報を集めるべく村の中に散った。
 多く人が行き交う大通りに紛れるのは、簡単な事であった。
 人々よりも頭1つ分以上突き出た体を持つ騎士と異国の戦士以外は。

●情報収集
「へぇ、そうなんですかぁ」
 主婦の井戸端会談に違和感なく紛れ込んでいた光は、次々と変わっていく話題に相槌を打ちつつ、目的の情報を得るべく苦心惨憺していた。
 このテのおばさま方の情報網は狭く深い。
 考えようによっては、そこいらの情報屋などよりもよほど事情に詳しい。
−‥‥隣のジョージの話はもう5回は聞きました〜
 しかし、なかなか本題に辿りつけないのも、おばさま方の井戸端会談の特徴である。それでも根気強く、光は村長の娘の話題へと話を向け続けた。
「村長の‥‥メグちゃんねぇ」
「あれは可哀想ねぇ」
 努力の甲斐あってか、ようやく光の欲する方へと話題が向く。
「可哀想って? 結婚が決まったという話は伺っているんですけど!」
「結婚って言っても、自分と同じ年の娘がいる相手よ」
「ええっ!?」
 そんな相手とは聞いていなかった。
 光が知るのは、隣の地主とだけ。
 隣の村に住まう優しげな貴公子が彼女を見初めて妻に望んだのだとばかり思っていた。
「それはメグさんが可哀想です」
「メグちゃんには好いた男がいたって話だし。でも、父親の命令じゃねぇ」
 口々に可哀想にと呟いたおばさまが、がしりと光の肩を掴む。
「あなたは、どんなに父親が薦めても、意に添わぬ相手をお婿さんに迎えちゃ駄目よ? いずれ後悔するのはあなた自身なのだから」
 居合わせた全員が大きく頷く。かつて彼女達自身が通った道なのだろうかと考えて、光ははたと気づいた。
「ですから! 何度も言うんですけど、僕は男! 男ですからねッ!」
 一方、ヒースと力はゴブリンが壊したという北の柵を丹念に調べていた。
「普通、外側から柵を壊して侵入して来た場合、破片は内側に散らばっているはずだ」
 力の言葉に、ヒースは壊れた柵に手を置いて、峠へと続く道を見つめて相槌を打つ。
「これは、どう見ても内側から壊した‥‥と言うよりも、こじ開けた跡だ」
 柵がこれでは、村長の「峠のゴブリンが村に侵入した」という話に信憑性が無くなる。
「しかも、新しい跡だね」
 柵自体は少なくとも数ヶ月から1〜2年は雨風に耐えて来たものだ。だが、壊れされた跡は真新しい。
「足跡も無い。あるのは馬系の動物と人の足跡だけだよ」
 頻繁にゴブリンが襲って来ているならば、周囲に残っているはずの跡がない。代わりに、柵の外へと続いているのは人と動物の足跡。
 これらの状況で考えられるのは唯1つ。ヒースと力は、疲れたように笑い合った。

●峠のゴブリン
「下男が使いに出た時間と、お嬢さんが消えたと発覚した時間は前後していますね。皆さんの予想はほぼ合っているかと思います」
 仕入れた情報を総合し、ブルーはそう結論づけた。それに異論を唱える者はいない。
「世間知らずの無謀なカップルのようですね」
 目的の峠へと辿り着いた仲間達の気持ちを代弁するように、セリアが溜息を落とす。
「むぼーはともかく、おいら、ちょっと偵察して来るね〜☆」
 自分の定位置と定めたヴォルフの金色の頭の上から飛び立って、カファールの小さな体が木々の間に消えていく。ゴブリンに見つかれば危険だが、彼女とて冒険者。しかも、仲間達の随一の素早さを誇る。ゴブリン如きに遅れを取ったりはしないだろう。
「さて、カファール君が戻って来る前に、調べる事を調べておこうかな」
 大股に歩いて来たヒースが、立ち止まり、周囲の景色の中に異変が無いか確認した。
 この峠でゴブリンの一団が悪事を働いているとなると、何かしら跡が残っているはずだ。例えば、荷馬車の破片とか戦った跡とか。
「どこもおかしな所は無い‥‥わよねぇ?」
 地面に近い場所をぐるりと見渡したネフティスは、わけがわからないと肩を竦めた。
「ここしばらく商隊が通っていないのは確かなようですね」
 地面に手を当て、刻まれた轍の跡を調べていたセリアが首を傾げる。轍の中に新しいものはない。
「ゴブリン出没の噂が広まり、人々がこのルートを避けていたのは真実、か」
 何が真実で、何が虚偽かを見極める必要がある。
 ヴォルフは腕を組んだ。
「太陽神のお告げによると、娘さんはお昼頃はこの辺りにいたのよ」
 自分達が辿って来た道程を振り返り、ネフティスは村との距離を感覚的に測った。セリアがその言葉を肯定して頷く。
「その様ですね。見てください。道端の草が踏みにじられている。まだ、新しい跡です」
「ここでゴブリン達に捕まったと考えてもよかろう」
 力の予想は、多分合っている。
「ああ、もう!」
 箱入り娘は、浅はかな逃亡劇の末に、本当にゴブリンに捕まってしまったようだ。光はぐしゃりと髪を掻き回した。
「これだから世間知らずのお嬢様ってば厄介だよね!」
「後はカファールの偵察の結果次第‥‥」
 そのカファールが、猛スピードで彼らの元に戻って来る。ゴブリンに気づかれぬよう偵察に出ていたはずなのに、口に手を当てて、大声で何かを叫んでいる。
「あーのーねー! メグりんと男の人が捕まってたー!」
 そんな大声で叫んでは、気づかれるだろう!
 怒鳴りつけようとしたヴォルフは、カファールが大声で情報を伝えた理由を悟った。
 彼女の後から、手に武器を携えて追って来るゴブリンの姿がある。
「巣に残ってるのはぁ、ちっちゃい子とかでぇ、後はぜーんぶ」
 彼女を追いかけて来ているらしい。
 ショートボウに矢をつがえて、ヴォルフはカファールに迫るゴブリンを射抜いた。
 ブルーも盾と剣を手に、素早く前方へと走り出る。
 後衛に回る者を守れる位置をキープしながら、ブルーは襲い掛かって来たゴブリンを切り捨てた。
「ゴブリン共! 僕達が相手だ!」
 挑発めいたブルーの言葉に、何匹かのゴブリンが彼に向かう。盾を巧みに使いつつ、彼は1匹、また1匹と確実に仕留めていく。
「やれやれ」
 荷物を地面に落とすと、ヒースも剣と盾とを構えた。
 数は多そうだ。持久戦になるならば、体力は温存しておいた方がいい。ゴブリンが振り上げる斧を盾で受け流し、ヒースは赤く染まる空を見上げた。
 太陽が地平に姿を隠してしまうまでには片がつくだろうが。
「ええい! 数が多ければ良いというものではないわッ! 五分厘共め! 我が薩摩示現流の太刀の露と消えるがいい!」
「力さーん、五分の厘にも一分の魂と言ってですねー‥‥あれ?」
 はて? と首を傾げつつ、光はファイヤーボムで襲って来たゴブリンを弾き飛ばす。
「み‥‥みんな、派手なのはいいけどさぁ、間違っておいらの事叩いたら泣いちゃうよ〜?」
 次々とゴブリンを叩きのめしていく仲間達に、引き気味に後退ったカファールに、馬の陰に隠れていたネフティスがちょちょいと手招きをする。
 戦闘は仲間に任せ、力一杯声援を送っていたネフティスの胸元に飛び込んだカファールは、ようやく一息ついた。
「あー、疲れた」
「お疲れ様。はい、お水」
 水筒の水をごくごくと飲んで、人心地ついたカファールは、見て来たゴブリンの巣の状況を克明に語り出す。ゴブリンの集落にしては小さい巣に、略奪品と思われる物が積まれてあった事、そして、縛られたメグが若い男とゴブリンを相手に元気一杯、悪態をついていた事。
「やっぱりねぇ」
 皆が予想していた通りのようだ。
 ネフティスは頬に手を当てて、考え込んだ。
「素直に村に帰ってくれそうにないわよねぇ」
 腕を組み、考え込んだネフティスとカファールの頭上を、セリアのクレイモアが空気を巻きながら過ぎる。
「ちょ‥‥ちょっとセリア! 危ないじゃないッ!」
「ごめんなさい! 頭上注意でよろしくお願いします〜っ!」
 ひょっこりと馬の陰から覗き見ると、群れていたゴブリンのほとんどが仲間達の手によって地面に倒れ伏したようだ。
「私の予見じゃ、もうすぐ戦いは終わるわね。心配する必要も無‥‥」
 ネフティスが予言を語り終わるよりも、ヒースのスマッシュによって最後のゴブリンが倒れる方が先であった。
「‥‥終わっちゃったね」
「‥‥そうね」
 うふふ、とネフティスはカファールの物問いたそうな視線を作り笑顔でかわし、馬の陰から出ると腕を広げ、戦いを終えた仲間達を迎えたのだった。

●依頼完了‥‥?
「さて」
 村へと戻ったヴォルフは、村長の前で言葉を切りだした。
「貴方がギルドに依頼された内容は、ゴブリンに拐かされた娘さんの救出と、ゴブリンの退治だったわけですが」
 ゴブリンを強調するヴォルフの鋭い視線を受けて、村長は流れる冷や汗を拭った。
 まさか、彼も娘が家出していたとは思ってもいなかったのだ。
 それを除いたとしても、ゴブリンによる被害を誇張して申請していたわけで。
「ゴブリンの巣を調べた所、見つかった略奪品はこれだけでした」
「む‥‥村の物以外は、持って行ってくださっても結構ですよ」
 汗だくになりながら、村長は愛想笑いを浮かべた。
「それはどうも」
「そ、それとですね。皆様のおかげで娘の本心が分かりました。世間知らずも諭して頂いたようですし、御礼と言っては何ですが‥‥」
 男は、懐から取り出した袋をヴォルフへと差し出す。
「‥‥口止め料ですか」
「いえ、追加報酬です」
 ヴォルフは額を押さえた。
 これから村長とメグ、そして下男の間に一悶着あるであろう事は目に見えている。それに関わるのは、彼らの任務外だ。
 差し出された金を受け取って、ヴォルフは立ち上がった。
「ギルドには、追加報酬を受けた事も含めて依頼完了の報告を出しておきますよ」
「お‥‥願い致します」
 村長の屋敷の前で旅の支度を整えていた仲間達に、ヴォルフは村長から受け取った金とゴブリンが溜め込んでいた略奪品を投げた。
「追加報酬だ。ゴブリンから奪い返した品は、好きなものを持って行っていい」
「やったぁ!」
 ぴょんと手を叩いて跳び上がったカファールに、難しい顔をしていたヴォルフに笑顔が戻る。
「それで、メグ嬢は‥‥」
「ちゃんと私が世間の怖さをお教え致しましたわ」
 にっこりと微笑み、セリアが応える。彼女に教え諭され、メグ達も少しは世間というものを知ったであろう。
「私も2人の未来を占ってあげたし」
 それはもう、自信たっぷりにネフティスが胸を張る。
「私達の出る幕はありませんでしたよ」
 彼らの逃避行に細工しておこうと思ったのですがとヒースがブルーと顔を見合わせて笑う。男に説教をかまそうと思っていたヴォルフも、セリアとネフティスの2段重ねのフォローが入ったと知ってはその気も失せる。これ以上は彼らに酷というものだ。
「駆け落ちだったんですよね、あの2人」
 受け取った金を手の上で転がしながら、光は汚れのない笑顔を仲間達に向ける。
「ちゃんとお父さんに認められて、幸せになれるといいですよね!」
 純粋な光の心は、世間に荒波と裏側があると知る者達には少々眩しかった。