命がけの宴
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月15日〜12月22日
リプレイ公開日:2004年12月23日
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●オープニング
「邪魔をする」
ギルドの扉が開くと同時に聞こえて来たのは、幼い声。
逆光の中に浮かび上がったその姿を認めた途端に、冒険者の幾人かが顔を露骨に顰めた。
身長と年齢の割には可愛げの欠片もない無愛想な少年に関わると、ロクな事がないのだ。そして、今日も恐らく‥‥。
「我が主、ヴィヴィアンお嬢様が」
そら来た。
この少年の主というのが暴走の限りを尽くすお嬢様であるという事は、ギルドに残された記録を紐解けばすぐに分かるだろう。
この場に居合わせたのが不運と諦めるべきか。
冒険者達の頭の中に、幾つかの選択肢が過ぎる。
それとも、未来ある少年を救うべく説得を試みるべきか。
‥‥どれも無駄な努力となりそうである。
がくりと項垂れた女冒険者が、少年の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「今回は、一体何をやらかしたの? 君のご主人様は」
「まだ、だ」
短く答えた少年に、女冒険者は怪訝な表情で首を傾げる。
それでは、この少年は何をしに来たのだろうか。
「1年の終わりを迎えるにあたり、ヴィヴィアンお嬢様が親しい者、世話になった者達を集めて宴を催される」
まさか、その宴に招待してくれるというのか。
冒険者達は目を見開いた。
「確かに、色々と面倒をみてやったよな」
誰かの呟きに、その場に居た者達がうんうんと頷く。
「気持ちはありがたいけどな、坊主。生憎と俺達は忙しい身で‥‥」
「‥‥お前達を招待するとは一言も言っていない」
本当に可愛げのないガキだ。
冒険者達の口元が痙攣する。しかし、ここで子供相手に怒ってはあまりに大人げないというもの。出来る限りの笑みを浮かべて、改めて少年に問い質す。
「じゃあ、キミは何の用で来たのかなぁ?」
少々わざとらしい猫撫で声になってしまったのは仕方がない。努力の結果なのだから。
「依頼を出しに来たに決まっているではないか」
あからさまに馬鹿にした口調の少年に、怒鳴り飛ばしそうになった何人かが仲間に取り押さえられる。
「依頼? そのお嬢様のパーティの護衛か何か?」
何とか平静を保てた者が問うと、少年はふるふる首を振った。
「違う。‥‥いや、ある意味では当たっているが‥‥」
顎に拳を当て、少年は慎重に言葉を選びながら依頼の内容を告げた。
「我が主、ヴィヴィアンお嬢様は、招待した方々に感謝の気持ちを伝えるにはどうすればよいのかと考えられた。その結果、思い至ったのが宴の料理をご自分の手で作られるという事だった」
そこまで聞いただけなのに、何もおかしな所などないのに、何故だろう。背中に冷たい汗が伝うのは。
「勿論、お嬢様は料理などというものをなさった事は1度たりともない」
やはり‥‥。
無理矢理に笑みを浮かべた顔が青ざめてくる。
「それにも関わらず、お嬢様は無謀にも一流の料理人が挑むようなメニューを提示された。その一例を挙げると、フラミンゴの姿煮、野ウサギの詰め物、猪のロースト、サメの‥‥」
「ちょ‥‥ちょっと待った! 何か、聞いた事もないような料理が混じってないか!?」
焦った冒険者に、少年はけろりと答えた。
「なに、遠い国に古くから伝わる料理だそうだ。王侯貴族が食した料理らしいから安心するがいい」
そういう問題だろうか?
疑問と不安とを顔に貼り付けた冒険者達に、少年は当然、と付け加える。
「材料が手に入らなかった場合は、別のもので代用するらしい。いくら月道があるとは言っても、すぐには無理なものもあるだろうからな。問題はそこではない」
少年は僅かに声を潜めた。
「問題は、お嬢様の料理の腕前だ。この間、皿に盛られた果物の皮を剥こうとして部屋を壊滅させた」
「どうやって‥‥」
「しかも、果物は全て原型を留めぬ程に崩れていた」
その辺りは予想の範囲内だと、冒険者達は心の内で呟く。
「そこで、だ。今回の依頼だが、招待客は、近隣の領主殿やその奥方様など、貴人ばかりだ。気づかれる事なく、お嬢様の料理からお客様を守って欲しい」
「‥‥どうやって‥‥‥‥」
宴席に出された料理が、貴人達の口に入るのを阻止できるのだろうか。宴の場には、お嬢様もいるはずだ。
「料理が運ばれる前に全てすり替える事が出来ればよいのだが、お嬢様は宴席まで料理に付き添われるだろう。すり替える機会があるかどうか。客に解毒の魔法をかけるにしても、魔法が発動する時の様々な事象はすぐに気づかれるだろう」
どうやら、お嬢様は知恵をつけたらしい。
「ともかく、そういう事だからよろしく頼む」
よろしく頼まれても、一体、何をどうすればよいのか。
途方に暮れて、冒険者達は揃って天井へと視線を飛ばしたのであった。
●リプレイ本文
●惨劇の予感
部屋の中からとんでもない音が聞こえて来る。
その尋常ならざる気配に、ごくり生唾を飲んで、シャーリー・ウィンディバンク(ea6972)は依頼人の少年を振り返った。
「ね、ねぇ‥‥もしかして、今?」
「ああ、どうやら料理中のようだな」
事もなげに答えた少年に、冒険者達の体が一歩後退る。
「料理中? 料理してるというより、クマ辺りと格闘しているって感じだが」
「私はモンスターが部屋の中で暴れているのかと‥‥」
こそこそと囁き交わす真幌葉京士郎(ea3190)とヴァージニア・レヴィン(ea2765)の声に、はっと我に返ったサリトリア・エリシオン(ea0479)がふるふる頭を振った。
「ひ‥‥人には得手不得手があるという事だろう」
「得手不得手の問題じゃないと思う」
遠回しな言葉を選んだサリは、すっぱりと切ったレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)に「それはそうだが」と言い淀む。
誰もが入室を躊躇われる破壊音が聞えて来る部屋を前に、彼らは互いの顔を見合わせた。
「なんでぃ! 戦ってるわけじゃあるまいし、料理で人死にが出るかよ! いいか、料理ってもんは‥‥」
言いつつ扉を開けた葛城伊織(ea1182)の頬を掠めて、飛んで来たナイフが壁に突き刺さる。固まった伊織の代わりに、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)が慌てて扉を閉めた。
「おい、準備もなく開けると怪我をするぞ」
「準備って‥‥」
冷静な依頼人に目を向けたジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)が言葉を失う。
少年はヘルムやらメイルやらで完全防備している。確かに、先ほどのように何が飛んで来るか分からない状況では、戦闘準備も必要かもしれない。
だが、とサリが血の気を失った顔で抑揚なく告げる。
「我々が冒険者である事は伏せておくべきだ」
「つまり、いつ凶器が襲い掛かるか分からない場所で無防備でいろ、と」
思っていた以上にこの依頼が大変である事に、彼らは今更ながらに気付いた。
「ヴィヴィ、久しぶりーっ」
だが、ここで二の足を踏んでいては、先に進めない。注意深く扉を開け、中の状態を確認した上で、ネティがヴァージニアを伴い、些か大袈裟な身振りと共に部屋の中へ入り込む。
途端に、破壊音がぴたりと止んだ。
「こんな大きなお屋敷の宴会なんて初めてで、楽しみです」
「サフィーア君、頼んでた事はどうなってる?」
部屋の中で、はしゃいだ振りをするヴァージニアの言葉を聞きながら、レヴィが依頼人に尋ねる。
「手配済みだ。お嬢様にはメインの食材の到着が遅れる事を伝えてある。食材は、既に隣りの部屋に運び入れている」
「分かった‥‥」
全てを承知したように、サリが隣りの部屋へと入る。
今から、彼女はヴィヴィの作る予定の料理と全く同じものを作るのだ。そして、残る者達はヴィヴィの料理をサリが作ったものと擦り替えるタイミングを計り、被害を最小限に食い止める。
「任せとけよ。料理をすると意気込んでるお嬢を止めるのも可哀想だしな。俺が基礎から教えて、簡単なものぐらいは作れるようにしてやるぜ」
「ヴィヴィ! 危ないっ!」
自信満々の伊織は、室内から聞えて来た叫びに僅かに頬を引き攣らせた。
「ねえ、サフィーア君。この際、宴会に出す料理さえマトモなら、厨房の1つや2つ壊滅したっていいよね‥‥?」
改めて確認するレヴィに、背筋が寒くなるのを感じつつ、シャーリーは硬直する伊織に慰めの言葉をかけた。
「大丈夫ですよ。私もお手伝いしますから。あ、でも、私、料理に関しては素人ですから、あまり役に立たないかもしれませんけど」
「伊織、万が一フラミンゴを捌く事になったら、私の手に余る。隙を見て手伝いに来てくれ。勿論、お嬢様には気付かれるなよ」
伊織の両眼からだあと溢れ出した涙には気付かぬ様子で、シャーリーとサリが続ける。
「万が一火事になりそうでしたら、ウォーターボムで消して差し上げますから。あ、でもでも! お嬢様の料理の味見だけは断固としてお断りさせて頂きますからね!」
「あと、サメも大きいと厄介だな。ま、その時はお前を呼びに行けばいいか。頼んだぞ」
ぽいぽいと伊織の肩に乗せられる重荷。
気の毒そうに、京士郎は伊織の背に声を掛けた。
「中に入った奴らは俺が守ってやるから、お前は安心してお嬢さんにつけ」
―中に入った奴らは俺が守ってやるから、お前は安心して人身御供になれ
この時、伊織の耳には京士郎の言葉がこの先の未来を暗示する予言として届いていたのだった。
「少年」
交わされる仲間達の会話を黙って聞いていたジラは、依頼人の少年に語りかけた。
「仕えるお嬢様を殺人者にしたくはなかろう?」
「‥‥いつかは来ると覚悟はしているが」
10にも満たない少年がこうまで達観している事実には涙を禁じえないが、それならそれで彼としても少しは気が楽だ。すまないと心の中で詫びながら、ジラは言葉を続ける。
「作戦決行時、協力しては貰えまいか」
「構わないが、何をすればいい?」
それは、と言い淀んで、ジラは視線を薄暗い天井へと飛ばした。
●命をかけて
「‥‥神のご加護を!」
己が作ったものと同じ料理だとは到底思えない謎の物体から漂って来る匂いに口元を押さえて、サリは小さく祈りの言葉を呟いた。
部屋の中の状態も惨憺たるものだ。
壁に突き刺さるナイフ、床に敷き詰められた器の破片、焦げた天井‥‥。
何よりも、手伝いと称してヴィヴィのフォローにまわった仲間達の疲労困憊ぶり。モンスターと戦い、困難な依頼をやり遂げる彼らが、である。
一体、この部屋で何が起きたというのか。
サリに気付いたネティが小さく笑みを浮かべ、よろめきながら立ち上がった。
「ヴィヴィ、出来上がった料理を運ぶわね」
「ええ、お願い」
凄まじい匂いが立ち上る皿を手に、ネティが部屋を出る。その後は、素早く隣りの部屋に用意されたサリの料理と擦り替えて客間へと運ぶ。これが、彼らの考えた今回の筋書きだ。
擦り替え済みの料理には、それと分かるように目印が付けられる事になっている。
恭しく料理を運んで行く仲間達。
もう、時間はない。
伊織のこめかみに汗が伝う。
残された料理は、伊織とヴィヴィの傍らに並ぶ数皿のみ。そして、最後の皿はヴィヴィ自身が運ぶ。
伊織は覚悟を決めた。
「? 伊織?」
残った皿を手に取ったサリが、脂汗を浮かせ、思いつめた顔をしている伊織に気付いて声を掛けた。その声を合図としたように、伊織は皿を口元へと運ぶ。
「うーまーいーぞぉぉぉぉぉっっ」
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
血走った目と迸る涙に強張った笑みのまま、料理を食い荒らして行く伊織に、ヴィヴィが非難の声を上げた。
だが、その声が聞えぬように、伊織は2皿目に手を伸ばす。
「早く運んで!」
「は、はい!」
ヴィヴィの指示で、サリは手近の皿を取る。
―伊織‥‥お前の犠牲、無駄にはせんっ!
既に意識は無いらしい。だが、食べる事を止めない伊織の姿にくっと唇を噛んで、サリはヴィヴィに続いて部屋を出た。
●捨て身の騎士
残り4皿。
目印のない皿の数を確認して、ジラは柱の陰に隠れているネティへと合図を送った。
ヴィヴィ本人がいる以上、擦り替えは彼女の目を逸らして行うしかない。この時の為に協力を要請した少年の肩を掴む手に力が籠もった。
一方、ジラが仕掛けると察したネティは京士郎の腕を引く。
「ジラが仕掛ける時が勝負よ‥‥って、どうしてそんな格好しているの?」
「ん? どこかおかしいか?」
おかしくはないけれど、とネティは溜息をついた。
いつの間に着替えたのか、京士郎は給仕の衣装を着込んでいる。それは別にいいのだが、ネティの疑問は彼の着こなし方にあった。
「どうして、胸元をそんなにはだける必要があるの?」
「ふ。まだまだお子様だな、ネティ」
長い髪を掻き上げると、耳元に飾られた貴石が煌めく。いつもは刀が握られている手には指輪。これで謎めいた微笑みなんぞを浮べると心を奪われるご婦人方が続出だろう。
もっとも、ネティには理解出来なかったようだが。
「京士郎さん、お小遣いをくれると言われてもついてっちゃ駄目ですよ?」
いざ出陣と気合いを入れた京士郎に、シャーリーが真面目な顔で小さな子供に言い聞かせる言葉を掛ける。絶句した京士郎を気の毒そうに見遣って、レヴィは頭を振った。
「そんな事よりも、皆さん!」
ヴィヴィ達の様子を観察していたヴァージニアが、ネティの疑問もシャーリーの心配も京士郎の衝撃も一蹴して、仲間達に注意を促す。どうやらジラが動くようだ。
「宴の参加者にこの世の地獄を見せちゃいけない」
最後の防波堤となるのは自分しかいない。決意を胸に、京士郎は給仕達に紛れてヴィヴィの料理の到着を待ち望む客がひしめく客間へ入り込んだ。無事に潜入を果たし、仲間達の首尾を確かめるべく背後を振り返った彼が見た物は、
「「「「‥‥‥‥」」」」
ジラと依頼人である少年の熱烈なラヴシーン‥‥であった。
ヴィヴィの手から劇物指定の料理を乗せた皿が滑り落ち、床で乾いた音を立てた。
擦り替える皿が1つ減ったと、白くなった頭の隅でシャーリーは考えた。それもある意味において現実逃避だったのかもしれない。だが、それが却って功を奏する事となった。
「‥‥皆さん、早く擦り替えを」
依頼人と身を寄せ合ったジラが必死に手で合図を送ってくるのを見つめつつ、呟く。
落ち着いた彼女の声に、放心していた仲間達も為すべき任務を思い出したようだ。
幸い、その場にいた全ての者達の視線は、ジラと依頼人に釘付けである。
誰にも気付かれず、彼らは残ったヴィヴィの料理をサリの作った無害な料理へ擦り替える事に成功した。
「‥‥依頼を完遂する為に我が身を犠牲にするなんて‥‥ジラさん、伊織さん、お見事です」
「伊織は密室の出来事だけど、ジラは‥‥」
祈るように指を組み、彼らの献身ぶりに涙さえも浮べたシャーリーに、レヴィが肩を竦める。レヴィの言わんとしている事は察しがついた。この宴に集うのは、噂好きな上流社会の人々である。青年と少年のラヴシーンは彼らの口から口へと伝わり、瞬く間に広まっていくであろう。
「仕方がありませんね」
ふ、と笑いを漏らしたヴァージニアに、頬を赤らめてジラとサフィーアの姿を見つめていたネティがぎょっと身を退いた。笑ったヴァージニアの目が笑っていなかったのだ。
「細かい事は気にしない〜」
ヴァージニアの口から陽気な歌が流れ出す。
「せっかくの楽しい宴、大事なのは今ココに皆が集まって楽しく過ごすこと」
彼女の紡ぐ歌がメロディの魔法だと気付いたのは、冒険者である仲間達だけ。
その時既に、彼らも<些細な>事はどうでもよいという気分になっていた。
「だから細かい事なんか気にしないで、思いっきり楽しみましょう」
歌声が響くにつれて、客達は何事もなかったかのようにそれぞれの会話に戻っていく。
「奥様、こちらのお飲み物はいかがでしょう?」
客の間を回る京士郎も接客を始め、ネティはヴァージニアの歌に合わせて踊りを披露する。拍手に笑い、冒険者達の努力によって擦り替えられた料理に舌鼓を打つ声と、宴はどんどんと賑やかになっていく。
「料理は無事に擦り替え出来たし、依頼完了ね。‥‥‥‥どうしたの? ジラ?」
そんな宴の様子を満足そうに見回したレヴィは、薄暗い通路の隅で背を丸めてしゃがみ込んでいたジラに怪訝そうに声をかけた。
「暗いわね。細かい事は気にしないで、あたし達も宴を楽しみましょ!」
ぽんとジラの背を叩くと、レヴィはサリとシャーリーの腕を取り、上機嫌で宴に混ざっていく。
<些細な>事で済まなかった者を除いて、宴は何の問題もなく進みそうであった。