月の魔法

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月19日〜12月26日

リプレイ公開日:2004年12月27日

●オープニング

 満月の夜に村の外れにある泉のほとりで、器に注いだ水に月を映し、大好きな人を想いながら飲み干すと恋が叶う。
 それは、村の女の子達の間で流行っている月の魔法‥‥。






「って!! 年頃の娘が真夜中にウロウロするなんて、とんでもありませんッ!!」
 だんっと叩き付けられた拳に、机の上に置かれていたタンガードが鈍い音を立てて転がる。
 憤懣遣る方ないといった婦人の勢いに押され、悪い事をしているわけでもないのに、思わず謝ってしまいそうになる。
「そんな馬鹿げたまじないを信じるなど、正気の沙汰とは思えません!」
 どうして、と冒険者達の中に疑問が頭をもたげて来る。
 どうして自分達が怒られているのだろう、と。
「ちょっと! 聞いているのですかッッ!?」
「あ‥‥あの、奥様?」
 ぎろりと睨まれて、勇気を出した少女が硬直した。
「なに? あなたも月が恋を叶えてくれるとか思っているクチなの!?」
「あ、いえ‥‥そうではなく‥‥」
 石化したかのように動けなくなった少女を庇い、隣に座っていた男が婦人に語りかける。
「もしも、奥方様が娘さん達の秘密のまじないを止めさせたいのであれば、それは村の中で語り合われるべきではないかと‥‥」
 途端に、婦人の眼差しがきつくなる。
「あなた、もしかしてわたくしを馬鹿にしているのッ!?」
 男の顔に貼り付いていた愛想笑いも引き攣った。彼女の怒りは鉄壁の防具が如く、宥めの言葉も全て弾き返してしまうようだ。
 処置なし、と男が首を振る。
「村の中での話し合いで解決するならば、わざわざキャメロットにまで出て来たりしないわよ! 当然でしょ!」
 叩き付けるような言葉に、少女が首を竦めた。
「それでは、我々に何をしろとおっしゃるのですか? もしや、娘さん達がまじない禁止令に反発して立て籠もっているとか?」
 冗談めかした男に、婦人は一気に爆発しかけ、寸でのところで思い留まった。不機嫌そうに咳払うと、居住まいを正す。
「ふざけている暇はありませんの。わたくしは、藁をも縋る思いでこちらの扉を叩いたのですのよ?」
 打って変わった低い声。激しさがなくなった分、棘が増えたと感じるのは思い過ごしではなさそうだ。
「村の娘達が熱中しているまじないは、わたくしが娘の頃からありました。実際、想いを叶えた者がいるとか、そういう噂も聞いた事があります。ですが、今ッッ! そういう問題ではなくなって来ているのですッッ!」
 再び激高していく婦人を宥めすかし、何とか椅子に落ち着かせると一仕事終えた後のように疲労感が押し寄せて来る。疲れ切った男に替わり、別の冒険者が婦人に尋ねた。
「つまり、冒険者の介入が必要な事件が起きているという事ですね。もうすこし、詳しく話して頂けますか?」
「最初からそう言っているでしょッ」
 言ってません。
 ‥‥などとは、決して口にはせずに、にこやかに微笑んで先を促す。
「わたくし共も、最初は目を瞑っておりましたわ。恋のまじないなどは、どんな娘達も1度はやってみるもの。それは分かっておりましたもの。ですが‥‥」
 婦人の語る内容に、冒険者達の表情に真剣味が増す。
 一通り語り終えた婦人に、顎に手を当てて考え込んでいた冒険者が仲間達の顔を見回した。確かに、ただのまじない騒動ではなさそうだ。
 まじないを行った娘達が衰弱し、死に至る者まで出たとあっては。
「夜、家の外に出る事を禁じてみても、娘達はこっそりと出かけてしまうのです。禁じられる程に、まじないの効果が上がるとでも思っているかのように。娘達を止められぬならば、この忌まわしい事件の原因を探り、それを絶つしかないでしょう!?」
「その通りです」
 原因を幾通りか考えながら、冒険者は相槌を打った。



「お願い、お月様。どうか私の想いを叶えて」
 握り締めた器の中で清水が揺れる。
 ジェーンは怖がって来なかったけれど、自分は違う。怖さよりも恋しい気持ちの方が勝っていた。
「もし‥‥、もしもあの人に想いが通じるなら、私、死んでもいいの。だからお願い、お月様‥‥」
 器の中に浮かぶ月が輝きを増したように思えた。月から滴が落ちるように、微かな黄色い光が水の中に浮かび上がる。
 驚いて空を見上げると、水に映っていた朧な光が自分めがけて近づいて来ていた。
「お月様‥‥」
 光に手を伸ばしかけて、彼女は自分を呼ぶ声に気づいた。
 振り返ると、夢にまでみた「あの人」が微笑みながら歩み寄って来る。
「ああ、お月様、願いを叶えてくれたのね」
 頭上の光ではなく「彼」へと伸ばし、彼女はその場へと崩れ落ちた。
 至福の笑みを浮かべて。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea6591 シーナ・アズフォート(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●勇気の在処
「そろそろ時間かな」
 村人の集まる酒場や井戸の近くで、それとなく噂話に聞き耳を立てていたアシュレー・ウォルサム(ea0244)は西に傾きかけた太陽を見上げて呟いた。
 集められるだけの噂は集めた。
 後は、仲間達の情報と合わせていけばいい。
「アシュレー」
 合流の場所を目指して歩き出した彼の名を小さく呼んで、シーナ・アズフォート(ea6591)が駆け寄って来る。年頃の少女達と接触し、月のまじないの話を聞き込んで来た彼女は、声を潜めてアシュレーに尋ねた。
「ねぇ、何か目星しい情報は手に入った?」
 並んで歩きながら、アシュレーは通り過ぎる村人の表情を注意深く観察する。おかしな噂が流れているからか、彼らにはどことなく落ち着きがない。
「噂はあくまで噂だ。だが、その核には真実があるんだよ」
「という事は、何か掴んだのね」
 笑って、アシュレーはそっちは? と目で尋ねた。悪戯っぽく笑い返して、シーナは正面へ向いた。
「満月の夜にね、泉のほとりで月を映した水を飲むと、月が降りて来て恋を叶えてくれるんだって」
「月が降りて来る‥‥ねぇ」
 恋愛成就のまじないの噂も聞いた。勿論、噂をしている者達はその効果を全く信じてはいなかった。その噂にも核があるはずだ。その核を覆った偽りを剥いでいけば、何が出て来るのだろう。
「おまじないに頼っても恋を叶えたいって女の子達の気持ちは分からなくないなぁ」
 ぽつり零れたシーナの呟きに、アシュレーは考えを中断して苦笑いした。
「‥‥俺には、その気持ちは今イチ掴めないかな」
「そう? 相手に告白するのはすっごく勇気がいるもの。おまじないの効果を借りて、勢いでもつけないと、なかなか踏み出せないものよね」
 想いを伝えたい、両想いになりたい、けれど断られるのは怖い。
 シーナが語る女の子の気持ちは、アシュレーにとって、見えてはいるけれど実際に掴む事が出来ない、それこそ水に浮かんだ月のようなものであった。
「だが、恋する気持ちも好きな人との未来も、生きていてこそだろうに」
 背後から掛けられた声に、シーナは頷いた。
 2人の横に並んだアリアス・サーレク(ea2699)の浮かぬ顔に、シーナとアシュレーは顔を見合わせる。
「どうかしたの?」
 シーナに問われて、アリアスは口の端を僅かに引き上げた。
「予想が的中しそうでね。沖田に確認を取ってからの判断になるだろうが‥‥もし、俺の予想通りなら、次の満月を待っている余裕はない。急がなければ」

●重なる影
「月の道を渡りて、着いた早々の月の依頼とは‥‥。縁とでも言おうか」
「そうですね」
 滋藤柾鷹(ea0858)の言葉を聞きながら、椅子に座っていた沖田光(ea0029)は閉じていた目をゆっくりと開いた。
 仲間達の視線が、光に集中する。
「滋藤さんのおっしゃる通り、この依頼は「月」に関わるもの。月道を通られたばかりの滋藤さんがこの依頼を受けられたのには、僕も奇妙な縁を感じます」
「それで? 我々の予想は当たっているのかしら?」
 先を急かすクレア・クリストファ(ea0941)に、光は微かに頷く事で答えた。
「皆さんのお話を聞いて、事件の全貌は大体見えました」
 組んでいた足を優雅に組み替えて、光は確信に満ちた笑みを浮かべる。
「皆さんの予想通り、犯人はデビル‥‥インキュバスです。ただ、村の娘さん達が信じているおまじないとは無関係ではないかと僕は思います」
「どういう事だい?」
 尋ねるベアトリス・マッドロック(ea3041)に、光はアリアスを見た。
「アリアスさん、おまじないの後、衰弱した娘さん達は何人ですか?」
「‥‥今、昏睡に陥っている娘を含めて3人。うち2人は既に亡くなっている」
 衰弱した娘達についての情報を集めていたアリアスは、苦しげな表情で付け足す。
「まじないを行って、1週間うちに亡くなったそうだ」
「3人、ですよね。まじないは満月の夜に行われる。チャンスは1月に1度です」
「それはつまり、異常は3ヶ月前から始まったという事よね?」
 何かを考えながら言葉を発したクレアに、柾鷹は眉を吊り上げた。
「だが、まじないは昨日今日のものではなかろう? ‥‥そうか」
 柾鷹と同時に、シーナも気づいたようだ。あ、と声を上げる。
「ええ、そうです。おまじないと事件とは、別のもの。もしかすると、恋の成就を願う娘さん達のおまじないに、インキュバスが乗じたのかもしれない」
「奇跡を願う心の隙をつかれたか‥‥」
 アリアスの呟きに、クレアの白磁の頬が憤りで紅潮した。
「卑劣な‥‥」
「ともかく、今は一刻を争う状況だよ。皆、支度を」
 ぱんと手を叩いて仲間達の注意を集めたベアトリスに頷きを返し、彼らは即座に動き始めた。インキュバスの居場所は、昏睡している娘の中に違いない。ならば、後は娘から追い出し、倒すだけである。
「ところで、沖田殿」
「はい、何でしょう?」
 仲間達がそれぞれに動き出すのを見送って、柾鷹が光の傍らへと歩み寄る。
「着流しの時は、そのような座り方はなさらぬよう」
「はい?」
 唐突な言葉に戸惑う光に、柾鷹は溜息を1つ落として肩を叩いたのであった。
 
●断罪
 出入り口を固めた冒険者達が頷きを交わす。
「では、始めよう」
 低い声に、少女はびくりと肩を震わせた。
「メイ‥‥」
 昏々と眠り続ける娘の手をぎゅっと握り締めて、彼女と共にまじないを行うはずだったジェシーは大きく息を吸い込む。
「心配しなさんな。この嬢ちゃんは、あたしが必ず助けてあげるからね」
 淡く白く光る手をジェシーの肩に置き、グッドラックとレジストデビルを掛けた後、ベアトリスは寝台の傍らに膝をついた。手にしたホーリーシンボルを掲げて聖なる母に祈りを捧げつつ、眠るメイの額に手を当てる。そして、彼女に話しかけた。
「苦しいかい? 苦しいだろう?」
 昏睡状態に陥っている娘の体が僅かに震えた。
 それを見逃す事なく、ベアトリスは娘の耳元に囁きかける。一瞬たりとも手を離さずに、静かに強く。
「主の聖なる御手は、あたし達に恵みと救いを与えて下さる。でも、アンタ達には耐え難い苦痛なんじゃないのかい? 我慢せずに、出て来ていいんだよ」
 月のまじないを行ってから、もう1週間近い。既に、奴は彼女の命を吸い尽くして体から出ているかもしれない。頭を掠める考えを振り払い、ベアトリスは祈り続ける。
「あたしは主のご加護を信じてる。さあ、諦めて出ておいで」
 メイの体が痙攣を始める。怯えながらも、彼女の手を握って離す事のないジェシーをいつでも庇えるように、アリアスが彼女達に近づいた。
「気を付けて。‥‥来るわ」
 クレアの鋭い声と同時に、アリアスがメイとジェシーの間にオーラシールドを差し入れた。押されて倒れかけたジェシーの体を受け止め、クレアが一旦下がる。
 蝋燭の明かりに照らし出されたメイの体の上に、靄のようなものが立ち込めている。
「離れたようでござるな」
 鞘を払い、柾鷹は目を細めた。ゆらゆらと漂う靄を見据えると、じりと足を進める。
「メイ殿の体には戻れまい。観念するがよい!」
 振り下ろされた刀に、靄が分断された。
 しかし、それはすぐに元に戻ってしまう。
「霞を切る、でござるか。面白い。だが」
 飛び退った柾鷹の背後から飛び出したシーナのシルバーナイフと、アシュレーのシルバーアローの攻撃が靄を襲う。その一瞬を逃さず、アリアスがメイを抱きかかえて家の外へと飛び出す。
「さあ、どうします? 逃げ場はもうありませんよ」
 冷たく言い放った光の言葉に動揺したのか、漂うばかりだった靄が一番近くにいたシーナへと襲い掛かった。
「見苦しい!」
 シルバーナイフを構え直したシーナの体に触れる直前に、靄が弾き飛ばされる。
 戸口に立つクレアの放ったブラックホーリーだ。
「純情な娘達の魂を啜り、誇り高き月を冒涜した罪は大きい。去れ‥‥なんて生やさしい事は言わない。この地で無に還りなさい」
 シルバーダガーの束の感触を確かめて、クレアは床を蹴った。銀の刃が弧を描くように閃く。
「‥‥処刑法剣三ノ法、双牙聖孤月斬」
 断罪の言葉が、静けさの戻った室内に睦言を囁くように甘く落とされた。

●月の魔法
 昏睡の原因が取り除かれて意識を回復したメイの姿に、冒険者達は安堵の息をついた。
「命を懸けてでも叶えたい想いがあるのは分かる」
 そっとメイの前髪を梳いて、アリアスは穏やかな声で語りかける。
「でも、夜中に家を抜け出す勇気があるのなら、器の月じゃなくて陽の下で彼を見続けるべきじゃないかな? 勿論、想いが必ず叶うとは言えないけどね」
 意識が戻ったとはいえ、メイが受けたダメージは大きい。彼女が少しでも癒されるようにと、アリアスは静かに竪琴を爪弾き始めた。
「彼の言う通りだよ。俺は告白した事がないから、それがどんなに勇気が必要な事か分からない。でも、言わせて貰うよ。おまじないって言うのは、きっかけに過ぎないと思うんだ。あとは、自分次第なんだよ、きっと」
「そうそう。どんなに効果があるおまじないでも、最後の1歩は自分自身で踏み出さなくちゃね。‥‥おまじないに頼りたい気持ちは分かるんだけど」
 メイを励ましたアシュレーの背後から顔を出し片目を瞑ると、シーナはアリアスの奏でる曲に合わせて歌い出した。優しくて、暖かい、2人の心が込められた歌を聞きながら、光はゆっくりとメイの寝台へと近づいた。
「怖い目に遭ったね。‥‥でも、誰かを好きになるという大事な気持ちは無くさないで下さいね」
 それから、と光は小声で付け足す。
「僕も、おまじないをやってみようと思うんです。きっと、この村に伝わるおまじないは効果があると思うから」
 月の綺麗な夜に恋の手助けをしてくれるものの話は、今更言う必要はないだろう。
 ようやく笑顔を見せたメイに、光も笑い返した。
「だが、夜中に娘御が出歩くのは感心せぬな。せめて、窓を開ける程度にするがよかろうて」
 柾鷹の注意に優等生の返事を返したメイと光に、クレアはふ、と微笑んだ。閉じた窓を大きく開き、空に浮かんだ月の光を室内へと導く。
「誇り高き月と崇高なる夜の恩寵を‥‥」