お子ちゃまパニック
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 12 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月28日〜01月05日
リプレイ公開日:2005年01月06日
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●オープニング
「おはよー」
陽も高く昇った頃、ギルドの扉を押し開けて姿を見せた青年に、中にいた女冒険者は呆れた風に溜息をついた。
「おはようって、もうお昼じゃないの」
しかも、と彼女は眦を吊り上げる。
「お酒くさ〜い! お目付け役がいないからって、羽目を外しすぎなんじゃないの!?」
対する青年はへらへらと笑うと、厚かましく水を要求する。冒険者でもないのにギルドに居坐っている青年は、いつのまにか彼らの友として受け入れられているようであった。
「ま、たまに羽目を外すくらいいいだろ。いつも、ヒューに見張られて息が詰まってるんだから」
水を注いだグラスを青年の前に置いて、彼女は眉を寄せる。
「そんな事言って‥‥。ヒューがいないと困るのはアレクでしょ」
「俺は困らないね。あと10日は自由の身だーーッッ!!」
「よし、んじゃあ、今夜はぱぁっと飲み明かすか!」
大きく腕を振り上げ、体を伸ばしたアレクに掛けられる誘いの声。
嬉しそうに応じたアレクに、再度溜息を落とした女冒険者が、あらと声を上げる。
「ヒュー、あなた、あと10日は戻らないんじゃ‥‥」
戸口に立つ影に声を掛けた次の瞬間、彼女の小さな口から絶叫が漏れた。
何事かと身構えた冒険者と、その前に呼ばれた銀髪従者の名に身を竦ませたアレクとが、よろけながら室内へと入って来た影にあんぐりと口を開ける。
「ヒュー‥‥お前‥‥」
上擦った声で尋ねたのは、銀髪青年の主。
「いつのまに子供なんて作ったんだ!?」
「馬鹿ですか、あなたは」
即座に返った冷たい答えに落ち込むアレクの肩を慰めるように叩いて、冒険者の1人が問う。
右手に赤子を抱き、左手で2つか3つの子供の手を引いている姿を見て、自分も彼の子だと思った‥‥なんて事はおくびにも出さずに。
「どうしたんだ? その子供達は」
困惑と疲労とを滲ませて、ヒューは語った。
「それが、ここから西へ2日ほど歩いた所でご婦人に押し付‥‥いえ、お預かりしたのです」
それわ、もしかして「この子、あなたの子ですから」とゆーやつではなかろうか。
その場の誰もが同じ事を考えたようだ。
静まり返った室内に、重い沈黙が落ちる。
「い、いや、俺はお前を信じているぞ、ヒュー! それで?」
ばんばんと肩を叩き、先を促す冒険者に気圧されつつ、ヒューは話を続けた。
「街道沿いに林があって、休憩しようと立ち寄ったのですが、そこで」
「子供を連れたご婦人が現れた、と」
はい、と頷いたヒューに、何とか復活を果たしたアレクが不機嫌そうに尋ねる。
「お前、国元に戻ったんじゃなかったのか? なんで西に向かう必要がある」
「貴方が賭けで拵えた借金を返済に行く途中だったんです」
ぐうの音も出ないアレクは放っておいて、冒険者達は顔を見合わせた。
「見ず知らずの他人に子供を預けるなんて只事じゃないな」
勿論、ヒューの子ではないという前提つきだが。
「例えば、金目当てにどこかの金持ちの子供を拐って来たとか?」
子供達が手に余って、通りがかりの男に押しつけたとも考えられない事はない。だが、その可能性はヒューによって否定された。
「その方は身なりも良く品のあるご婦人で、とても生活に困っているようには見えませんでした」
しばし考え込む素振りを見せて、ヒューは地名らしい言葉を口にした。
「早口で、よく聞き取れなかったのですが、この子達をそこまで連れて行ってくれとおっしゃっていたと思います。頻りに背後を気にしていて、すぐに走り去ってしまわれましたから、確認は出来なかったのですが」
「ここから東に3日ほど行った辺りに、そんな名前の村があるわよ」
この子達は、その村に縁があるのだろうか。
自然と集中した視線に居心地の悪さを感じたのか、赤ん坊がむずかり出した。途端に、ヒューが慌てふためき、助けを求めるように周囲を見回す。
「ど‥‥どうすれば‥‥」
赤ん坊を抱えておろおろするヒューを見かねて、女性陣から助けの手が差し出される。顔を真っ赤にして泣き叫んでいた赤ん坊の姿は、すぐに彼女達に囲まれて見えなくなった。
「ここに戻るまでの世話は?」
「‥‥キャメロットまで行くという娘さんが‥‥」
口元を手で覆い、視線を泳がせた銀髪青年に、赤子を囲む輪から抜け出した女冒険者がくすりと笑う。
「子守は得意だと思っていたけど?」
「‥‥ここまで小さな子供は範囲外です」
憮然とした顔の主を見遣って、ヒューはギルドの受付係へと向き直った。
「というわけですので、その村まで、この子達を連れていくという依頼を出させて頂きます。彼らを預かったのは私ですから、当然、村までご一緒致しますが‥‥」
彼の言葉を遮るように、きゃあと悲鳴があがる。
それまでヒューの手を握って大人しくしていた子供が、女冒険者のローブの裾を捲りあげたのだ。
「こらっ!」
伸ばされたヒューの腕をかいくぐり、きゃっきゃと歓声をあげながら駆けだす子供を追いかけて、ギルドの中で騒々しい鬼ごっこが始まった。
「ヒュー、彼らを無事に身内の元へと送り届けろ」
彼は見た。
微笑みを浮かべて激励する主の額に青筋が浮かんでいるのを。
椅子が倒れ、タンガードが転がる賑やかな音を聞きながら、銀髪青年は途方に暮れた。
●リプレイ本文
●子守りは体力
覚束ない手つきで泣き叫ぶ赤ん坊を抱え、笠原直人(ea3938)は途方に暮れていた。
赤子連れの行程で無理は出来ない。数時間おきに休憩を入れ、十分に休んで歩き出したかと思えば子供が駄々を捏ねる。この調子では、目的の村に着くまで何日かかるのだろうか。
村まで、キャメロットから東へ3日だ。
その3日の距離が果てしなく遠くに感じられる。
「ぜーちゃ、レイにーちゃ、今度はあーさーおーごっこすりゅの〜っっ!!」
「ぜー」と名乗った少年が、レイジュ・カザミ(ea0448)に肩車され、遊士天狼(ea3385)の提案に大喜びする姿も、別世界の絵物語を見ているようだ。
顔を真っ赤にして泣き続けている赤ん坊の声だけが、現実の重さを伴って直人を責め立てる。何が気に入らないのか、それとも何かを訴えかけているのか、直人には分からない。どうしようもなく、ただ赤ん坊の顔を眺め続けるだけだ。
「ナオトッ!」
その声に、体が硬直するのは条件反射だった。
「何してるの!? 赤ちゃん、泣いてるじゃない!」
赤ん坊を引ったくって、ネフティス・ネト・アメン(ea2834)は直人を睨み付ける。
「もう! 少しだけならって思った私が馬鹿だったわ! はいはい、もう大丈夫でちゅよ〜?」
直人の言い訳に耳を貸さず、ネティは小さな体をぽんぽんと優しく叩く。だが、赤子は泣きやむ気配を見せない。
「貸してみろ」
拾って来た薪を下ろし、軽く服を叩いてサリトリア・エリシオン(ea0479)が腕を差し出した。しかし、されでも赤子は泣き止まない。
「お腹がすいているのかしら? サリ、お乳は出ないの?」
真剣な顔で尋ねられて、サリは一瞬言葉を失った。
「‥‥いや‥‥私は‥‥神に仕えし身で‥‥独り身で‥‥」
歯切れの悪いサリの言葉に、心底残念そうにネティが溜息をつく。
「いや、だから‥‥落胆されても‥‥」
自分が悪いわけでもないのにと釈然としないサリの肩を叩いて、乱れた息を整えていたレイジュが静かに首を振る。
こういう場合、ムキになっても良い事はない。経験上、彼はそれを知っていた。ほら、とレイジュは視線を巡らせる。身近な例がそこにある。彼の瞳がそう語っていた。
「ヒューってば、アレク一筋って顔して結構やるわねぇ〜。こンの、スケベ野郎っ♪ 見直したわーッ!」
レムリィ・リセルナート(ea6870)に背中をどつかれて噎せ返っているヒューの姿に、サリはなるほど、と納得した。
某教師の自称愛弟子相手に、生真面目なヒューがどこまで頑張れるのか。下手に反応を返すと、余計に遊ばれる事だろう。
「悪かったわねぇ、アレクと怪しい仲だなんて噂流しちゃって」
「‥‥あの噂の元は貴女だったのですか‥‥」
ああ、やっぱり。
一部始終を見ていたティアイエル・エルトファーム(ea0324)と、シャーリー・ウィンディバンク(ea6972)が息を吐き出した。これで、しばらくヒューはレムリィのおもちゃ決定である。
「あたし思うんだぁ」
「何を?」
「今回の件、アレクとヒューの立場が逆だったらもっと面白かったかもって」
「‥‥確かに」
同意したシャーリーの声が聞こえたのか、ヒューが眉を寄せた。
「怖い事を言わないで下さい。この子達をあの方が預かったとしたら、きっとキャメロットに辿り着く前に行き倒れてます」
うんうん。
その場にいた誰もが納得して頷いたその時に、馬の嘶きが聞こえた。身構えた彼らの目に、駆けて来る2頭の馬が映る。
「あれ?」
最初に警戒を解いたのは、ティオだった。
遠目に見えた人影に覚えがあったのだ。
「おおっ、ジェイムスぼっちゃま、キャロル嬢ちゃま! ご無事でしたか!」
見知った男が連れて来た見知らぬ男は、馬から転げ落ちるように下りると、「ぜー」と赤子を交互に見て泣き崩れた。
●寝かしつけるのも大変です
子供達の素性は分かった。
しかし、状況は芳しくはなさそうだ。家令の話からすると、商人の屋敷周辺にならず者達が潜んでいる可能性が大きい。子供達が狙われる事も有り得るし、それ以上に気がかりなのは‥‥。
「この子達の両親、無事だといいけど」
むずかるキャロルの目の前で指を振りながら、レムリィがぽつり呟く。先ほどから赤子は泣き通しだ。「泣くな」と言ってみても、それで泣き止むはずもなく。
「どうしたのかな? どこか痛いとか、辛いとか?」
さすがのレムリィも意思疎通が出来ない赤子相手には調子が狂うようだ。
「もしかすると、眠いのかも‥‥って! ジェイくん、何してるのかなぁ?」
「えくすかりばーをさがしてるの!」
どうやら、未だにあーさーおーごっこは続いているようだ。衣の裾を押さえて、ティオはまーりーん役のレイジュを睨み付ける。
「お‥‥王よ、テントの中から聖剣の気配が致しますぞ!」
「そ、そうよ! 太陽神のお告げでは、聖剣は夢の世界にあるそうよ?」
ジェイから王妃役を賜ったネティが慌ててレイジュの援護にまわる。まーりーんと王妃、2人掛かりの説得に、ジェイはあっさりと乗せられた。ごそごそとテントに潜り込んだジェイを、シャーリーがすかさず毛布で包み込む。
移動の疲れもあったのだろう。やがて、ジェイはシャーリーに添い寝されている内に眠ってしまった。
後は、ぐずり続けるキャロルだけだ。
小刻みに体を揺らすサリの腕の中を覗き込んで、何を思ったか天が歌い始めた。
「ねんねん、ねんねんよ。坊やはよい子だ、ねんねんよ〜」
ゆったりとした曲調の歌に、赤子の泣き声が小さくなる。
「ジャパンの子守歌みたいね」
小声で囁いたネティにくすりと笑って、ティオはオカリナを取り出した。天が歌う子守歌の旋律に合わせて温かな音色が流れ出す。
「ねんねして、は〜やくおおきくなぁれ〜、おおきくなったらきれいなねぇちゃんいっぱいと〜」
幼気な少年の口から流れた歌詞に、ぴぃいとオカリナが音程を外した。
「‥‥普通の子守歌と何かが違うように聞こえるのは僕だけじゃないよね」
あたふたとメロディに戻ろうとするティオを気の毒に思いつつも傾ぐ体を止められないレイジュ。シャーリーは、ただ天を仰ぐのみだ。
大人達の動揺を余所に、赤子は何も知らぬ気に眠りの縁に沈みかけていた。天の問題発言を含んだ子守歌にストップをかけると、再び泣き出すかもしれない。止めるべきか止めざるべきか、二者択一の狭間で揺れる彼らの耳に、深刻な響きを含んだ声が届いた。
「間違ってるぞ、天。その子は女の子だから、はべらすのは綺麗なお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃん‥‥」
げふ、と。
後頭部と鳩尾に入った一撃に小さな呻きを漏らして、声の主である直人が崩れ落ちた。彼を沈めたのは、シャーリーの杖とネティの肘。
遠のいていく意識の片隅で、直人は故郷で聞いた言葉を思い浮かべる。
−女は弱し、されど母は強し−
「‥‥弱くなんて‥‥ないじゃないか‥‥」
残念。
土の上に指でそう書き残して、直人は力尽きた。
●襲撃
ぱち、と薪が弾ける音がした。
いつの間にかうたた寝をしていたらしい。サリは周囲に異変がない事を確かめると、傍らのテントを覗き込んだ。ぐっすりと寝入っている子供達に微笑んで、サリは大きく息をついた。
「眠っていると天使のようですね」
背後から掛けられた声に、そうだなと相槌を打つ。
「叔父さんが言ってた事が本当だったんだって、ようやく分かりました」
疲れた様子のシャーリーを見遣って、サリは苦笑した。走り回る天とジェイとを毛布を持って追いかけていた彼女が、息も絶え絶えに呟いた言葉を思い出したのだ。
『子供のパワーって侮れないですね、叔父さん‥‥』
「でも、可愛いよね」
眠っていたとばかり思っていた男が、笑み含みに囁く。ジェイが寝付くまで遊び相手になっていたレイジュだ。
「もう少し、眠っていてもいいですよ? 私達が起きてますから」
にっこり微笑まれて、レイジュは立てた膝に顔を埋めた。
「? どうかしました?」
「んーん。ただ、感動してるだけ」
シャーリーとサリに後光が差して見えるのは何故だろう。
答え。常日頃が非日常だから。ちょっと違うけど。
自分で答えを出して、レイジュは眠っているジェイと天の様子を確かめた。彼が一緒に寝かせた人形はそのままに、2人の位置が入れ替わっている。
苦笑して、毛布を直そうとしたレイジュの動きが止まった。
眠っていた天も目を開く。
「ティオ、ネティ。囲まれてる」
「はい」
キャロルを抱えていたレムリィの低い声に、2人はいつでも動けるように身構える。そっと家令を揺り起こして、ティオはレムリィからキャロルを受け取った。
「折角、懐いてくれたのに」
溜息をついて、レムリィは恨めしそうに焚き火の向こうに広がる闇を見据えた。ここで戦っている姿なんか見られたら、また泣かれるかもしれない。
この怒りと口惜しさ、どこへぶつけてやろうか。
「当然、囲んでる連中よね。ヒュー、キャロル達を頼んだわよ!」
「分かりました!」
きびきびと動き出した仲間達を確認して、レムリィはGパニッシャー構える。
「先に謝っておくわ。手加減出来そうにないの。ごめんなさいね。こんな時に来る貴方達が悪いのよ。Gのように、貴方達も制裁を受けて頂戴ね」
直後、火が消えた。
木々の合間から襲いかかって来る者達に向けて、シャーリーがアイスチャクラを放つ。不穏な気配に眠っていたキャロルがけたたましく泣き出す。
子供達を守りつつ、じりじりと後退して行く彼らの防御は完璧だった。だが、防戦一方では限界もある。
と、襲って来たならず者達は判断した。
「奴らはガキを抱えて自分達からは動けねぇ! 数も俺達のが上だ。構うこたぁねぇ、押せ!」
頭らしき者の檄に、男達は一斉に攻撃を仕掛ける。
その一瞬を逃さずに、レイジュは背に庇っていたジェイを抱え上げた。
「王、大丈夫だからね。泣いちゃ駄目だよ!」
小声で囁いたレイジュに、ジェイはしゃくり上げる寸前で彼の首にしがみつき、泣くのを堪える。ジェイを抱えたまま、レイジュは身を倒した。キャロルを抱いたティオも、レイジュとは反対へと転がる。
斬りかかった相手が消えて驚いたのはならず者達だ。
まさか、これほどまでに素早く躱されるとは思っていなかったのだろう。
虚を突かれ、慌てて振り返った彼らの前に、小さな影が降り立った。
「あのねぇ」
舌ったらずな声が、その影から聞こえた。
「ガキを捕まえろ!」
何本もの腕が影へと伸ばされる。子供は怯えて動けない様だ。
子供さえ捕まえてしまえば、後の連中に用は無い。彼らが自分達の勝利を確信したその時に、
「おっちゃん達、おやすみなさいなのぉ〜♪」
場違いな程に明るく少年の言葉が響く。
その言葉が意味する所を察するより先に、彼らの意識は急速に遠のいていたのであった。
●また会う日まで
天の春花の術に掛かったならず者達を捕らえるのは容易い事だった。
「そういえば、僕、キャロルを抱っこしてないや」
ヒューの背中で眠り込んだ天の頬っぺを突っついて、レイジュが思い出したように呟く。
「1度、赤ちゃんを抱っこしてみたかったんだけどなぁ」
依頼金とは別に家令から渡された謝礼を手の上で転がしながら、彼らは女中に手を引かれ、屋敷の中へ入って行くジェイとキャロルの姿を思い出していた。
別れを惜しむように泣くキャロルの声が、何度も何度も振り返っていたジェイの目が忘れられない。
「また、いつでも会えるわよ。今度は、遊びに行けばいいじゃない。ね?」
自身に言い聞かせているかのようなネティの言葉に頷いて、彼らは遠くなった屋敷をもう1度だけ振り返った。