消えた商人
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 74 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月28日〜01月05日
リプレイ公開日:2005年01月06日
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●オープニング
辺りが暗くなり、家路へと急ぐ者と遊びに繰り出す者とが通りに入り乱れる時刻に、その男はギルドへとやって来た。
中にいた冒険者達の注目を浴びながら、彼は静かに受付へと歩み寄った。
それなりの教育を受けているらしい品のある男だったが、顔色は青く、隠し切れない動揺が表情や仕種に現れている。
「もし」
受付へと掛けた声も震えている。
応対した受付係が、このまま倒れてしまうのではないかと思う程に狼狽えていた。
「どうかしたのですか? 顔色が悪いみたいですし、座られた方がよろしいのでは?」
受付の近くにいた冒険者の1人が、見かねて彼に声をかける。
「いいえ、私は大丈夫です。それよりも、私の主人をお助け下さい!」
縋りついてきた男が腕を掴む力の強さに、相当に切羽詰まっている事が察せられた。
「落ち着いて。まずは詳しく話してください。でなければ、我々も動きようがない」
肩を力強く叩く冒険者をしばし呆けたように見上げていた男は、やがてぽつりぽつりと事情を語り出した。
「私の主人は、ご領主、貴族の方々を相手に交易品などを扱う商人でございます」
「エチゴヤみたいなものか?」
周囲の冒険者からの問いに、男は苦笑を浮かべて頷く。
「エチゴヤさんほど大きくはありませんが、ですが、それなりに裕福であったのは確かです」
それ故に、と男は顔を伏せると幾分くぐもった声で続けた。
「ならず者達に狙われる事となったのでしょう」
ならず者と聞いて、冒険者達は顔を見合わせた。
ここまでの話から、彼の主がならず者達に危害を加えられたのは間違いはないだろう。となると、現在、主が置かれている状況によって、自分達の対応が変わって来る事となる。
「先日、主はお子様方を伴われ、奥様のご実家へと挨拶に向かわれました。ですが、昨日の早朝、屋敷にこんなものが投げ込まれたのです」
男は、懐から薄汚れた羊皮紙を取り出した。
「‥‥主人と奥方を助けたければ、金貨500枚をよこせ‥‥ですか」
ところどころに綴りの間違いがある、乱暴に書き殴られた文字をなんとか解読して、冒険者は息を吐いた。
「主が戻るのは一昨日のはずでしたし、ここしばらく、屋敷の周囲にも怪しい者達がうろついておりましたので、心配になり、私は主を迎えに出る事にしたのです」
書状が投げ込まれてすぐ、彼は馬を走らせたらしい。
「悪戯であるなら、途中の街道で主の一行に出会えるだろうと思っておりました。しかし、キャメロットが見える頃には、これが主の身に降りかかった災いではないかという考えが強くなって、どうすればよいのか分からなくなって‥‥」
「それで、ここへ来たというわけだな」
主の危機。
だが、主の財産を勝手に持ち出す事など出来はしない。
そして、彼はこのような状況に慣れてはいない。
男の縋るような眼差しが、冒険者だけが唯一の頼みだと訴えていた。
「仕方ないわね。で? もう少し詳しい状況を教えてくれる? ご主人は、一昨日戻るはずだったのね? 書状が投げ込まれたのは昨日の朝?」
状況の流れを掴もうと、話を聞いていた女冒険者が卓の上に小さな石を並べた。
「えーと、貴方の村から奥方の実家のある村まではどれくらいかかるの?」
「キャメロットを経由して‥‥徒歩だと5日でしょうか。お坊ちゃまとお嬢ちゃまがご一緒でしたので、もう少しかかると思いますが」
キャメロットに見立てた薄緑の石を挟んで、小さな白石を2つ置く。
「まだキャメロットに辿り着いていないって事も考えられるんじゃないか?」
いえ、と男は冒険者の問いに否定を返した。
「お得意さまとのお約束がございましたので‥‥。遅れる場合は何らかの連絡があるはずです」
「ご主人が捕らえられたと考えると、いつの話かしらね。それによって、調査する場所も決まって来ると思うんだけど」
石と石の間をなぞり、女冒険者が呟く。
キャメロットを越えているのかいないのか、その如何によっても捜査範囲は違って来る。
「書状が投げ込まれたのが昨日の朝。その前に捕らわれていたとするとキャメロットは越えていたんじゃないのか?」
「そうすると、捕らわれたのは帰宅予定だった一昨日以前になる。子供連れで、夜に旅をするとは考えられないからな」
1、2日の遅れは有り得る話だが、客との約束があったとなると、その旨を早馬か何かで連絡してくるはず。
「キャメロットから村まで2日か。馬を使えば、もっと短縮出来るが‥‥」
主夫妻は幼い子供を連れていると言う。大人と違って感情を抑えられない子供は、犯人達にとって邪魔なだけだろう。一刻も早く範囲を特定し、救出に向かわなければ命が危ういかもしれない。
「範囲の特定が出来なくても、虱潰しに当たる事も出来る。ともかく、早急に策を練り、動くぞ」
誰かの低い声が、仲間達の危機感を煽る。
真剣な表情で頷き返した冒険者達を、依頼人の男が祈るように見つめていた。
●リプレイ本文
●単独行動
ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は馬を走らせた。
依頼人を連れ、仲間とは逆へと向う。彼が意図する所は、仲間達が察してくれよう。いや、察してくれるはずだ。
何も告げずに出て来た彼の中に不安がないわけではない。
だが、揺るがす事は出来ても、決して崩れはしない信頼が仲間達との間にはある。信頼が繋ぐ心の絆を信じて、ジラは馬を走らせ続けた。
「一体、どういう事ですかっ! い‥‥依頼は、主一家の保護で‥‥」
少し手綱を緩め、息も絶え絶えな依頼人に並ぶと、ジラは己の推測を語り出した。
この依頼の直前にあった子供を預かるという依頼、その依頼を受けた者達が彼らより半日ほど早く東に向かって出立した事、そして、彼らが預かった子供達が3歳ぐらいの少年と、乳児の女の子であった事を。
「では、ジラルティーデ殿は、そのお子こそが我らのジェイムス坊ちゃんとキャロル嬢ちゃまと‥‥?」
「分からない。だが、俺達の中にもその可能性を示唆する者は多い。だから、確かめに行くんだ」
半日の距離ならば、馬を走らせればすぐに追いつく。
そこから仲間達に合流するまでの時間を計算して、ジラは馬に鞭を当てた。
悠長に道行きを楽しんでいる余裕はなかった。
●捕らわれて
後ろ手に縛られた手を何とか動かして、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)は窓の下桟を掴んだ。
窓を開ける事が出来たらこっちのものだ。
そろそろ見回りが来る時間。奴らに見つかる前に、出来る限りの情報を記した手布を窓の外に落とさなければならない。
「大丈夫ですよ」
部屋の片隅で不安そうに身を寄せている2人を安心させるように声を掛けて、アルメリア・バルディア(ea1757)はレヴィと視線を交わす。
手布は、外で様子を窺っている仲間が必ず見つけてくれるはずだ。
大丈夫、と口の中で繰り返して、アルメリアは縛られた手を動かした。印を結べるぐらいの余裕ありそうだ。万が一の時には、魔法を使える。
「ア‥‥アルメリア〜、奴らは?」
這いずるようにして近づくレヴィに問われ、アルメリアは隙間だらけの壁から目を凝らした。見える範囲には、誰の姿もない。
「今のところ、何の動きもなさそうですけれど‥‥」
捕らえた商人夫妻に、か弱い女が2人増えたところで何も出来まいと高を括っているのだろう。
「ふふん。その油断が命取りになるのよ」
ころんと床を転がって、レヴィはアルメリアの背後へと移動した。不自由な手を動かし、彼女の手首を縛る縄の結び目を探す。
情報を集めるという役目は果たした。後は、次に動くべき時に備えるだけだ。
「盗賊の皆さんも来ないようですし、さしあたっての危険は無さそうですね。外の人達が来るまで、のんびり待ちましょう?」
「‥‥そうね」
ほくわか微笑んだアルメリアに、レヴィはあははと笑って答えた。
和んだ雰囲気に、商人夫妻が少しだけ緊張を解いてくれたのは有り難かったので。
●案ずれど
「あったでござる」
枯れ色の草の間に真新しい布を見つけ、黒畑緑朗(ea6426)は傍らのアシュレー・ウォルサム(ea0244)へと見せた。布を広げると、脅迫状に負けず劣らずの乱れた文字が並んでいる。
「人質救出の依頼は以前にも受けた事があるが‥‥。世に悪は尽きぬという事であろうか」
流し読みした緑朗が息を吐く。予想に違わぬ内容と、思っていたよりも多い敵の数に自然と漏れた呟きに、アシュレーはうんと頷いてから眉を寄せる。
「でも、ちょっとまずいんじゃないかな?」
子供の手習いよりも汚い字は、レヴィ達に字を書く余裕が無い証。
「2人の身に何か起きたのかも‥‥」
廃屋を見上げるアシュレーに、緑朗は口元を引き締めた。中がどのような状況であろうとも、今はレヴィ達を信じて任せるしかないのだ。
「‥‥我らがここで案じても何も変わらぬ。一旦、退くでござるよ」
緑朗とアシュレーが持ち帰った情報に、トール・ウッド(ea1919)は鼻を鳴らした。
「姑息な手を使う奴らだ」
「だけど、これじゃ下手に手出し出来ないじゃないか。めでたい降誕節だってのに、罰当たりな連中だよ」
腹立たしそうに吐き捨てたベアトリス・マッドロック(ea3041)に、アシュレーも同意を示す。
そんな仲間達の会話を聞きながら、沖田光(ea0029)はじっと手布を見つめていた。商人夫妻を捕らえた盗賊と、彼らが追う子供達。離れた場所で2つの事件が同時進行していると考えてもいいだろう。
「奴らが仲間と密に連絡を取り合っているのなら、ベアトリスさんの言う通り、迂闊に動けませんね」
その連絡が途絶えた場合‥‥つまり、彼らが包囲している者達を潰した場合、子供達を追う連中が過激な行動に出るかもしれない。
トールは目を細めた。
「だが、簡単に手出しは出来まい」
呟いたトールの言葉が何を指すのか、察しがついたのであろう。ええ、と光も頷いた。
「ですが、違っている事も考えられます。ジラルティーデさんが戻って来るの待っ‥‥」
言いかけて、くしゅんとくしゃみをした光の額に手を置いて、ベアトリスは子供の悪戯を見つけた母親のように軽く彼を睨んだ。
「ほら、ごらん。この寒い中、そんな格好で地べたを這いずってるから風邪を引くんだよ」
「彼らの痕跡を辿るには仕方がなくて‥‥」
言い訳する光の語尾が口の中に消える。咎められた後ろめたさからではない。段々と近づいて来る蹄の音に気づいたのだ。
それぞれの得物へと手を伸ばし、彼らは息を潜めた。
●奪還
「‥‥合図です」
闇の中を見つめていたアルメリアが不意に呟いた。形だけは縛られている振りをして残しておいた縄を床へと落として扉へと歩み寄る。
「ようやく?」
待ちくたびれちゃった。
レヴィも縄を外し、怯えて身を寄せ合う商人夫妻へと近づいた。
「心配しないで。騒がずに、あたし達の言う通りにしてね」
彼女の言葉が終わらぬうちに、アルメリアが扉を叩いた。扉と一緒に薄い壁と柱が揺れる。
「なんだ!? 騒々しいぞ!」
蝋燭を掲げて扉を開けた盗賊に、レヴィが懇願する。
「この部屋は暗くて怖いの。お願い、灯りだけでも下さい」
「ああ!? お前、自分の置かれている立場が分かっているのか!?」
「分かってるわよ?」
がらりと口調が変わったレヴィは、男が怪訝に思う隙を与えずに印を結び、呪文を唱えた。薄暗闇の中、レヴィの体が茶色い光を纏う。
「お‥‥おま‥‥」
「あの、しばらく黙っていて頂けますか?」
動きが鈍った男に、すかさず、アルメリアがサイレンスをかける。
「反撃開始ね」
男から奪った蝋燭を窓際に置いて、レヴィとアルメリアは頷き合った。階下から何かが壊れる音と男達の怒声が響いたのはその直後の事だった。
「残念だったね。あんた達の期待通りに事は運ばなかったようだよ」
突然の襲撃者が何者か分からぬまま戦斧を振り上げたの動きを手裏剣で封じて、アシュレーが笑う。荒事の場には不似合いな、穏やかな微笑みが男達の恐怖を煽った。
「お主らが攫った御仁のお子は、我らの仲間が保護しておる。もはや、お主らに勝機は無い。観念するがよかろう」
緑朗が構えた刀が、爆ぜる火の煌めきを反射する。
「に‥‥二階の奴らを連れて来い!」
混乱からいち早く立ち直った男が叫んだ。
緑朗の言葉から、彼らが自分達の攫って来た商人夫婦に関わるである者と判断したのだろう。だが、それはジラの逆鱗に触れる事となった。
「幼い子を危険に晒し、今、また何の罪もない者達を盾にするとは‥‥。許し難いッ!」
馬で駆け通しに駆けて来たジラの怒りの一撃が、二階へと上がろうとした男の髪を掠める。空振ったのではなく、わざと外したのだと男が悟ったのは、次の剣撃が鼻先を掠めた時だった。
「ていっ!」
恐怖に竦んだ男目掛けて、階段の上から大きなものが転がり落ちて来る。巻き込まれて無様に転がった男の体を避けると、ジラは顔を上げた。
「上に仲間はいないわよ!」
片目を瞑ったレヴィの傍らに立っていたアルメリアは、軽やかに階段を駆け下りると転がった男達の体を飛び越えて呪を唱えた。
真空の刃が扉へ向かった男達の逃走を阻む。
「大それた事をしでかした割に、意気地が無いのですね」
差し出されたジラの手を取り、ふわりと着地したアルメリアの声に、残っていた男達は逆上した。
「ふん、プライドだけは残っているという事か」
力任せに打ち込んで来る男の戦斧をシールドで受けて、トールは口元を引き上げた。
「だが、この剣、見切れるか!?」
ぐいと相手をシールドで押し返し、振り上げた剣を至近距離から振り下ろす。
鋭い剣先が、皮鎧を切り裂いた。
「‥‥安心しろ、殺しはしない」
へたりと床に崩れ落ち、がたがたと震える男の目の前で、トールは剣を戻す。皮鎧に走った切れ目から、己の服地が見えて、男は自分が命長らえた事を知った。
次々と戦いを放棄していく仲間に、自分達の負けを悟った男が雄叫びをあげる。獣のような咆吼と共に、彼は長剣を振りかざし、開け放たれたままの扉へと向かっていく。
その前に立ったのは、こんこんと咳込む光であった。
「逃げるんですか?」
「どけぇぇっ!!」
渾身の力を込めて振り下ろされた剣を刀で受け止めて、光は軽く後ろへと飛び退った。女性と見紛う優しい顔立ちの青年よりも自分の力が勝ると判断した男が、続けて剣を振り上げる。
「でも、逃がしませんよ。これは、貴方達の行いに対する裁きの炎です」
静かに告げた光の手から放たれた小さな火の玉が、男を弾き飛ばす。勝負は一瞬でついた。
「光の坊主、大丈夫かい?」
再び咳き込んだ光の背を擦ると、ベアトリスはレヴィに連れられて恐る恐ると階段を下りて来た男女に向かって笑いかけた。
「災難だったねぇ。でも、安心しな。あんたらの子供達は、あたし等の仲間がちゃんと守ってる。今頃、村に着いている頃さ。そうだね? ジラの坊主」
ベアトリスの言葉に、男達を手早く縛り上げていたジラが立ち上がる。微笑みながら軽く頭を下げたその姿に、商人夫妻はようやく自分と子供達が助かった事を実感したようだ。
崩れ落ちる夫人を咄嗟に支えて、レヴィは1カ所に纏められた盗賊達を見た。
「念のため、聞いておきたいんだけど、今回の件は誰かに頼まれた事? それとも、おにーさん達が考えた事?」
「畜生ッ! てめぇらのせいで、俺達の計画が水の泡だよッ! どうしてくれる!」
トールに軽く小突かれた男が、忌々しそうに吐き捨てた。
「あーあ、開き直っちゃったみたいだね」
小さく肩を竦めたアシュレーに、緑朗も溜息をついて首を振る。
「自分達が悪事を仕出かしたという自覚も罪の意識もないようでござるな。さて、どうしたものか‥‥」
「どうしようもないだろ。あたしらに出来るのは、こいつらを役人に突き出す事と、聖なる母の教えに目覚めてくれるのを祈るぐらいのもんさ」
改心の素振りも見せない男達を怖々と見つめていた商人は、彼らに奪われていた財布をジラから手渡されて、深々と頭を下げた。
「礼には及ばん。俺達は受けた依頼を果たしただけだ」
素っ気ないトールの言葉に、商人はいいえと彼の手を取る。
「私共だけではなく、子供達まで守って頂いて‥‥。言葉だけでは足りませんが、なにぶん旅の途中ゆえ、手持ちはこれだけしかありません。僅かで申し訳ありませんが、どうぞ受け取って下さい」
トールは目を見開き、握らされた財布を慌てて商人へと戻す。しかし、彼は頑としてそれを受け取らない。
「坊主、それはそのお人の気持ちだよ。有り難く受け取っておおき」
助け船を出したベアトリスに、商人は嬉しそうに大きく頷き、冒険者達へと笑いかけた。