雪山惨歌 小さな恋の物語
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:桜紫苑
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月03日〜01月11日
リプレイ公開日:2005年01月11日
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●オープニング
●依頼人
「いい加減離せ!」
「い・や・だーッ!」
日も暮れかけた頃、その2人連れは家路を急ぐ人々の波を掻き分けつつ、のろりのろりとキャメロットの通りを進んでいた。彼らの歩みが遅いのには理由がある。
1つは、空の様子と冷え込み具合から夜には雪が降るであろうと予測した人々が、真っ直ぐに家へと向かっている事。
いつもなら、馴染みの店へと繰り出す者達が同じ方向へと歩いているはずだった。なのに、今日に限って、彼らはぶつかって来る人波に逆らって歩かなければならなかったのだ。
2つ目の理由は、ただでさえ歩きにくい状態の中、先へ進もうとする男の足に少年がしがみついているからである。
「だから、どうして俺について来るんだよ!」
「だ・か・ら! ギルドに連れてけって言ってんだよ! あんた、ギルドに出入りしてンだろ!」
そんなこんなで歩く事数十分。いつもの倍以上の時間をかけて、馴染みの扉に辿りついた時、男の息は上がってしまっていた。日頃の鍛え方が足りないと言うなかれ、重石を足につけて水の中を歩くのと同様、いや、相手が「人」である分、彼にはそれ以上の負荷が掛かっていたのだ。
「あら。今日は付録が付いているのね」
だが、そんな彼の苦労は、当人以外知る者もいない。
掛けられる言葉も、労いであろうはずもない。
「‥‥無理矢理ついて来たんだよ。坊主、ほら、お前の行きたがっていたギルドに着いたぞ」
疲れ果て、半ば自棄っぱちとなった男の声に、少年は弾かれたように顔を上げた。ゆっくりと、2度瞬きをして、彼は尋ねた。
「ギルド? 本当にここがギルド?」
「ああ。本当にここがギルドだよ。ほら、あそこでにこにこ笑ってる姉ちゃんが受け付け。で、受け付けた依頼はああやって貼り出される」
男の言葉を反芻しながら、少年の目が受付嬢と壁に貼られた依頼の間を行き来する。それから、ギルド内で談笑したり、依頼内容を吟味している冒険者達を辿って、自分をここまで運んで来た男の顔に戻った。
「どうした? 坊主。満足したか? なら、遅くならないうちに家へ戻れよ」
「‥‥て」
小さくなった声を聞き取ろうと、男は聞き返す素振りを見せて耳を近づけた。その直後、まだ少年の甲高い声が彼の鼓膜を貫く。
「雪の魔物に攫われたあの子を助けてくれよッッ!!」
●回想
春も夏も秋も冬も関係なく、朝、まだ昏いうちから鶏達の世話をするのが彼の仕事の始まりだった。
その日、初雪が降った翌日も、彼は村で一番早くに起き出して仕事に励んでいた。そんな彼の姿を眺めていた少女に気づいたのは、太陽の光が真っ白な世界に差し込んで、積もったばかりの雪を輝かせた時だ。
いつからそこにいたのか。面食らいながらも、彼は少女に声をかけた。
「おはよう」
驚いたように目を見開く少女に、彼は重ねて尋ねる。
「君、どこから来たの?」
「寒くない?」
しかし、返る言葉はない。
ただ、彼女はにこにこと微笑んで彼を見ているだけだった。
次の日も、またその次の日も、少女は現れた。何も喋らずに、ただ、じっと彼の仕事を見ているだけだったが。
「昨日は大分降ったね。足、取られなかった?」
柔らかく笑う少女に、少年も笑み返す。
「でも、気を付けなよ。あの山、魔物が出るんだぞ」
少女は怪訝そうな顔で首を傾げた。
「村の言い伝え。雪が降ると、魔物が現れるんだって。んでもって、山で騒いでたら襲って来るんだ。だから、冬になると、誰もあの山に近づかなくなるんだよ」
雪で覆われた山を見上げた彼を、突然の風が襲う。腕をあげ、顔を庇った彼の視線の先、幾つもの丸い影が過ぎる。
柔らかな雪を吹き上げる地吹雪の中、彼は確かに見た。
白い影に埋もれた少女の姿を。
●いざ、雪山へ
「なるほどな」
ぽん、と男は少年の頭に手を置いた。そのまま、がしがしと髪の毛を掻き回す。大人の足で何日も掛かるキャメロットまでの道程を、まだ幼いこの少年は駆け続けて来たのだろう。恐ろしい魔物に連れ去られた女の子を救いたい、ただその一心で。
自分にも身に覚えのある感情だ。
不意に湧き上がった温かな気持ちに男は無性に嬉しくなった。
「ったく、仕方がないなァ。そんなに頼られちゃ、お兄さん達も手を貸すしかないじゃないか」
「え? えぇっ!? お兄‥‥」
素っ頓狂な声をあげた少年に皆まで言うなと手で制し、彼は続ける。
「なぁに、心配するな。雪の魔物だか何だか知らないが、その子はすぐに助け出してやるからな。さァ、皆、策を練ろうか! 小さい子供に、この時期の山はきつすぎる。一刻も早く救出しなければ!」
同じ卓にいた冒険者達に向かって声を張り上げた男に、仲間達の冷たい視線が集まる。
「ああ、本当なら、すぐにでも出発したいぐらいだ! 可哀想に、その子はきっと、今、この瞬間も怯えて泣いているに違いない!」
興奮した男は、座ったままの仲間達を急かして立ち上がらせた。
「魔物を倒し、哀れな幼い少女を出来る限り早く助け出すんだ!」
「‥‥んーとぉ、じゃあ、行き帰りの日数も含めて10日ってところですかぁ?」
隣から尋ねて来る声に、男は憤った。
「10日!? 言っただろ? 出来るだけ早く助けないと、彼女の命が危ない! 行き帰りを含めて8日だ!」
「じゃあ、8日って事で。依頼料は‥‥依頼人がこんなに小さい坊やだし‥‥いいですよね?」
仲間達から漏れた溜息が、了承の印。
「僕も! 僕も一緒に連れてって! この依頼の条件だよ!」
冒険者達は顔を見合わせた。
依頼人の安全を考えるならば、連れていくべきではない。だが、彼の目は真剣だった。
「‥‥そうだな。男なら、自分の手で助けたいよな。分かった! 一緒に行こう!!」
駄目だ、これは。
頭を振る仲間達を気にする事もなく、男は少年の両肩をがしりと掴んだ。
「はーい、これで依頼は受理されましたァ。確認よろしくですぅ」
期間8日。
依頼料、少なめ。
依頼の条件、依頼人を同行する事。
燃えている男の肩に腕を乗せて、仲間の1人が促した。
「さ、そうと決まれば時間が惜しい。ちゃっちゃと準備して、出発だ。皆も、ちゃんと準備しておけよ。麓の村で装備を揃える時間なんてないぞ」
「‥‥キャメロットのエチゴヤにあるのかしら。対雪山仕様の装備なんて」
ふ、と女冒険者が遠くを見た。
「坊やの話だと、雪が積もっている間は山に入る人いないみたいだし、きっと道も無いわよ。雪を掻き分けて進むとなると、馬とかは使えないわね」
「それに、装備を重くし過ぎると動けなくなる」
仲間達の声が響く。
「山の中腹に炭焼き小屋があるよ。僕、場所知ってる!」
少年からの情報はありがたい。だが、現実はそう簡単ではない。雪に埋もれた道を辿っていくのだ。どれだけの時間が掛かるか分からない。途中、雪の中で夜を明かす可能性もある。
「‥‥ま、まぁ、何とかなるサ」
現実を突きつけられ、青褪めた男は動揺に上擦った声で呟いたのだった。
●リプレイ本文
●雪中行軍
「まぁ‥‥。一面の銀世界ですね」
木々の間を苦労して抜けると、一面に真白い世界が広がっていた。風に乱れた金色の髪を押さえ、深螺藤咲(ea8218)は息を呑んだ。
誰にも踏み荒らされていない雪原に陽の光が降り注ぐ。それは、人が触れる事を許されぬ神聖な庭のように、この世のものとは思えない程に清らかで、まるで‥‥。
「あの世のようですわ‥‥」
「‥‥その喩えはどうかと思いますが」
山の形に白く切り取られた空を見上げて、緋芽佐祐李(ea7197)は溜息をついた。
「呑気な事を‥‥。私達が遭難しかけている事をお忘れですか? このままでは少女を助けるどころか、炭小焼き屋にも辿り着けません」
そんな佐祐李の言葉に、緲殺(ea6033)が声を上げる。
「え? ボク達、迷っていたの?」
「そうなんですよ」
呟きだけをぽつりと落とした辻篆(ea6829)に、木立の間を一際冷たい風が吹き抜けた。
‥‥ように思えた。
「な、何、心配はいらぬ」
動けなくなった仲間達を励ますように、エスリン・マッカレル(ea9669)は、声に力を込める。
「我らが力を合わせれば、このような雪山など! 篆殿、佐祐李殿、山に慣れた貴殿らの‥‥おや?」
先に進んでいたはずの佐祐李の姿が消えている。佐祐李だけではない。今しがたフリーズフィールドにも勝る一撃を放った篆の姿も見当たらない。
こんな雪山ではぐれたら大変だ。すぐに2人を捜し出さねばならないと、エスリンは素早く考えを巡らせた。
まずは、他の仲間と少年の安全を確保し、捜索隊を結成して手分けして2人を捜すのだ。
「暗くなると危険だ。皆、すぐに‥‥」
「この切り株の年輪を見て下さいな」
間近で聞こえた声に、エスリンは声をあげた。
「どうやら、炭焼き小屋はあちらのようだな」
雪の中に埋もれた切り株の傍らに、白い固まりが2つ。
「雪の魔物かッ!?」
咄嗟に弓に手を伸ばしたエスリンを気にも留めず、白い物体は彼女達が抜けて来た木立を指し示す。
「でも、ようやくここまで登って来たのに」
ここに至るまでの道なき道を進んだ時間を思い、殺は小さく首を振った。
「仕方がない。このまま先に進んでも炭焼き小屋はないのだからな」
白い固まり‥‥山羊毛で作られた白い防寒具を身に纏った篆が静かに告げる。二者択一ではない。自分達が取る道は1つしかないのだ、と。
篆の言葉に、デュクス・ディエクエス(ea4823)の肩の上にとまっていたディアッカ・ディアボロス(ea5597)がぽんと手を打った。
「‥‥という事は、もしやこれが俗に言う‥‥」
振り出しに戻るですね。
耳に届いたディアッカの声が、止まった思考の上を滑っていく。
美しく清らかな光景から続くなだらかな斜面が、急に灰色の重たい雲を纏った険しい山に見えて来るのは目の錯覚か。
「ただでさえ時間が無いというのに」
「こうしていても始まりません。先に進みましょう?」
肩を落とした殺に声をかけ、藤咲は大きな荷物を背負ったデュクスを手招くと、セクスアリス・ブレアー(ea1281)から借りたロープをその腰にしっかりと結び着ける。
「こういうのは男性が持つべきですわね。よろしくお願い致しますわ」
言葉なく、けれど素直に頷いたデュクスは、身の丈ほどに積もった雪に頭まで埋まりながらも先へと進み始めた。
●雪の室
エスリンの指示で、岩陰に雪を固めた室を作る。
結局、炭焼き小屋に辿り着く前に夜を迎える事となった。雪山は思っていた以上に難敵だったのだ。
柔らかそうに見える雪は積もると重く、衣服に染みこんでは容赦なく体温を奪って行く。
「篆殿、佐祐李殿? どうしてそれを脱がれる? 防寒具は身につけておられた方がよろしいかと」
「‥‥濡れた服は」
見た目暖かそうな防寒具を脱ぐ2人に首を傾げたエスリンに、篆は淡々と告げる。
「低温で乾かないから、凍るのよ」
慌てて自分達の衣服を確認し始める仲間達を面白そうに一瞥して、セクスアリスは隅っこで膝を抱える少年を自分の側へと引っ張り寄せた。
「坊や、寒くない? お姉さんのマントの中へいらっしゃいな」
ぎゅうと抱き締められて、慌てふためくのはお年頃の少年。そんな初々しい反応に、セクスアリスの悪戯心がむくむくと頭をもたげる。
「ね? 暖かいでしょ?」
体を捕らえる手に一層の力を込めれば、途端にじたばたと暴れ出す。
−楽しい〜♪
そんなセクスアリスのお楽しみを妨害したのは、小さな紳士であった。
「はい、そこまで」
もてる力の全てでセクスアリスの顔を押し返して、ディアッカは彼女を少年から引き離す。
「いいですか? 防寒はいいですけど、幼気な少年の心を惑わせてはいけません」
つまらなさそうに唇を尖らせるセクスアリスと、お説教を始めたディアッカを呆然と見つめる少年の前に、小さな包みが差し出された。
「‥‥ごはん」
「あ‥‥りがと」
一瞬戸惑った表情を見せた少年も、空腹には勝てなかったのか礼を述べて包みを受け取った。
「あー‥‥私もお腹すいたわ〜」
「食糧、持って来てないんですか?」
ぴょんと金髪の上に飛び乗ったディアッカの問いに、セクスアリスは力無く頷く。荷物を必要最小限に絞ったついでに食糧を入れ忘れて来たらしい。
「お姉ちゃん、これ‥‥」
項垂れたセクスアリスに、少年が受け取ったばかりの包みを差し出す。
「坊や!」
感極まったように、セクスアリスは再び少年を力の限り抱き締めた。
「ですから! 過剰な親愛の情は!」
またもや繰り返される大騒ぎに肩を竦めると、佐祐李は拾った枝を組み合わせていた手を止めた。脳裏を過ぎるのは、ディアッカと共に麓の村で聞き込んで来た話だ。
「春、夏、秋と、山は人々に恵みを与えます」
「ん?」
佐祐李の呟きに、防寒具を火に翳し、乾かしていた篆が首を傾げる。
「冬が来ると、山は一時の眠りにつくのだそうです。その眠りを妨げる者を罰するのが雪の魔物」
「だから、村人は山に入るのを止めたのですね。魔物が出ると恐れているだけではなく、山の眠りを守る為に」
火の傍らで目を閉じていた藤咲の言葉に、室の中に沈黙が落ちた。
魔物が山の眠りを守るというのなら、「騒ぐと襲って来る」という話も頷ける。
「ならば、何故、魔物は少女を連れ去ったのだろう?」
誰も、エスリンの疑問に答える事が出来なかった。
●雪の魔物
最初の目的地である炭焼き小屋の近くまで辿り着く頃には、短い冬の太陽が西へと傾きかけていた。
佐祐李の考案した「かんじき」のお陰で楽になったとは言え、道も川も何もかもが雪に閉ざされた山を進むのはやはり困難だった。
「山に入って2日‥‥。女の子が魔物に攫われてからどれぐらいになるのかしら?」
極寒の山中に捕らわれた少女の身が案ぜられる。時間が過ぎれば過ぎるだけ、少女の命は危うくなるのだ。
心配そうなセクスアリスの呟きに、少年は握っていたロープを投げ捨て、列を離れた。居ても立ってもいられなくなったのだろう。
「どこにいるんだよぉぉぉ!」
「そんな大声をあげては‥‥!」
大きな音は雪崩を起こす可能性がある。慌てた佐祐李を押し止め、エスリンは飛び出した少年を追いかけると腕を掴んだ。
「な‥‥雪崩です!」
悲鳴に近いディアッカの叫びが聞こえたのは、その時だった。
モンスターを相手には一歩も退かぬ冒険者とて、自然の力の前では為す術もない。雪崩に巻き込まれては一巻の終わりだ。彼女達は命綱であるロープをきつく握り締めた。
「あ、違います! 雪崩じゃない!」
押し寄せる雪の波は、ただの雪崩ではなかった。
なだらかな斜面を転がって来るのは、無数の丸い固まり。
「ゆ‥‥雪だるま!?」
どんどんと大きくなって迫って来る雪玉に、咄嗟に手を伸ばした武器を構える暇もなかった。
傾斜を転がる勢いで加速した固まりを防ぐので精一杯だ。
そんな中、活路を見出そうと周囲へ目を走らせた藤咲が上擦った声をあげた。
「皆さん、あそこに!」
示す先に、木の陰に佇む幼い少女の姿がある。
隙をついて戦いの輪を抜けると、デュクスは木立へと駆け込み、少女の手を掴むと全速力で駆けだした。
●雪の精霊
「可哀想に、こんなに冷えて‥‥。さ、もっと火の側へいらっしゃい。‥‥あら?」
ようやく辿り着いた小屋の中、少女の手を温めるように包んだ藤咲が、何かに気づいたように顔をあげた。
「何してるの? 彼女に何か言っておあげなさいな」
「喋れないなら、私が気持ちを伝えますから安心して下さい」
そんな藤咲を押しのけるように、セクスアリスが少女の傍らに少年を座らせる。ディアッカは一言も喋らない少女を気遣って、会話の仲介を申し出た。
暖かな火の側の、温かな光景だ。
「不思議な子だね。こんな雪山で何日も過ごして無事だったなんて。‥‥彼女、人間じゃないのかもしれない」
少年に聞かせたくないと声を潜めた殺に、藤咲も同意を示す。
「彼女も雪の魔物‥‥精霊‥‥なのでしょうか?」
もしそうであれば、とエスリンは囲炉裏を囲む少女達を振り返った。
「となると、火の側に置くのはまずいかもしれない‥‥」
雪は溶ける。
魔物が冬にだけ現れるのは、暖かくなれば溶けてしまうからではないのか?
「いけない! その子を火から離して!」
焦ったエスリンの声に、屋根に積んだ雪が落ちる重たい音が重なる。
「しまった! 皆、外へ出て!!」
扉を押さえ、外の気配を伺っていた殺が、顔色を失って叫んだ。
小屋が軋む。断続して響く鈍い音。何かが壁に当たる音だ。
「雪だるまか!?」
武具を手に、外へと飛び出した藤咲と篆に、すかさず雪人形が体当たりをかける。
バーニングソードを付与したスピアを突き出した藤咲も、気合い一発、ショートソードで薙ぎ払ったデュクスのも、雪だるまの不可思議な生態(?)の前に苦戦を余儀なくされた。
雪の中という足場の悪さも、彼らは不利だった。
間合いを詰めても、雪に足を取れ、篆の一撃はだるまの表面を掠める程度だ。
少年と少女を守る者達にも、雪だるまの攻撃は容赦なく浴びせかけられた。
体当たりによる接近戦に、エスリンも弓に矢をつがえる余裕がない。じりじりと追いつめられながら、エスリンは声を張り上げる。
「雪の魔物よ! 願わくば、今しばしの語らいの時を!」
だが、彼女の声もだるま達には届かない。
次々に襲いかかって来るだるまに、セクスアリスが少年を抱き込む。せめて少年と少女を守らねば! 捨て身の覚悟で己の身を盾にする。
不意に、周囲が静まり返った。
衝撃を覚悟し、目を瞑っていた冒険者達は、恐る恐ると目を開いた。
間近に迫る雪だるまの影。
その雪だるまと彼女達との間、両手を広げて立ち塞がっていたのは、先ほどまで佐祐李に守られていた少女。
雪だるまは、少女の前で完全に動きを止めている。
「あなた‥‥」
呆然としたセクスアリスを振り返って、少女は邪気ない笑顔を見せた。
「キミは彼らと同じなんだね?」
尋ねた殺に、答えは返らなかった。
●雪の別れ
お土産の雪兎を抱え、名残惜しそうに雪だるまを突っついていたデュクスは、ゆっくりと周囲に視線を巡らせて、僅かに口元を歪めた。
佐祐李に肩を抱かれて少女の前に立つ少年の気持ちが、デュクスにも痛い程にわかったのだ。
「さ、戻りましょう」
促されて歩き出した少年に、佐祐李が囁く。
「山が貴方を受け入れたから、彼女は笑っているのですよ」
もしも、彼が山を汚す存在であったなら、彼女は決して微笑まなかっただろう。それは山の民である佐祐李の確信に近い推測だ。
揺れる瞳を上げた少年に歩み寄って、デュクスは後ろを指さした。
「‥‥来年」
「また会えるって言いたいんですよ、彼は」
ディアッカが単語だけの言葉を通訳して伝える。軽く額を叩かれて、少年は背後を振り返った。
微笑みを浮かべた少女と、一列に並んだ雪だるまが彼らを見送っている。
冒険者達が見守る中、少年はそろりと手を上げた。
小さく揺れた手が、やがて大きく振られる。彼の顔に浮かんでいた翳りも消えていた。
山と共に生きていく限り、冬の山を守る彼女達もまた彼の側にいてくれる。これが別れではないという事に、彼は気づいたのだろう。
そして。
笑み交わした冒険者達が、行く手に待ち構える現実に気づくのも、あと僅か‥‥。