嘆きの?花嫁
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 12 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月09日〜02月17日
リプレイ公開日:2005年02月17日
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●オープニング
その日、彼女は村で1番幸せな娘になるはずだった。
豪奢なドレスも身を飾る宝石も無い代わりに、家族や友人達が1目ごとに祝福を縫い込んでくれた衣装と、この季節には少ない花を集め、村の子供達が作ってくれた花束があった。
宴の支度を整える女達の笑い声、酒樽を運び入れる男達には、既に少しばかり酒が入っているようだ。子供達の陽気な歌声に合わせて、調子はずれな歌をがなり立てている。
自分の為に喜んでくれている村の仲間達に感謝しつつ、彼女は自分の姿を見た。
祝福の衣に身を包み、薄く化粧を施された顔。いつもと違う自分に、自然と照れ含みの笑みが浮かぶ。
「なんだか、あたしじゃないみたい」
「何言ってるのよ。どこから見てもあんたじゃないの。普段、もっと私達にこういう姿を見せてくれればいいんだけどねぇ」
友人達との会話も心地よい。
彼女は、穏やかな瞳を外へと向けた。
花婿は、西の村に住む彼の祖父を迎え行っている。
彼が戻ってくれば、一生涯忘れ得ぬ『今日』が始まるのだ。
どきんと高鳴った胸を押さえて、彼女は花婿を想い、空を見上げた。
そんな幸せに満ちた穏やかな待ち時間を断ち切ったのは、傷だらけで駆け込んで来た1人の青年であった。
「たっ大変だっ! 西の村との境にモンスターがっ!」
息も絶え絶えな青年が伝えられたのは、その言葉だけ。
それで、彼女は全てを察する事が出来た。
「あ‥‥あの人は‥‥」
西の村へと向かった花婿。
彼が戻らず、凶事の報だけがやって来たという事は――――。
「ラ‥‥ライザ!」
必死に押し留める友人達の手を押し退けて、彼女は飛び出した。
それまで笑いさざめいていた村人達が、憐れみを含んだ眼差しを向けてくる。中には、彼女の顔を見て泣き出す者もいた。
その日、村で1番幸せになるはずだった娘は、村で1番哀れな女となった。
「‥‥何と申しましょうか」
神妙な顔をして俯いた冒険者達に、依頼人は小さく頷くと目頭を押さえた。
「可哀想に‥‥。娘さんの気持ちは察して余りあるものがございますな」
「そうでしょうねぇ」
は?
そう返って来ると思ってはいなかった冒険者が怪訝そうに顔を上げると、老婦人は重く息を吐き出した。
「花婿の命を奪った者を倒さぬ限り、花嫁は先へ進めません。いつまでも夫になるはずだった男の死に縛られて、新しい1歩を踏み出せなくなってしまう。起きてしまった事は、もはやどうする事も出来ません。ですが、彼女はまだ若い。彼の事を忘れろとは申しませんが、それに捕らわれず、自分の人生を歩んでほしいのです」
力強く語った老婦人は、真正面に座っていた冒険者の手をがしりと掴んだ。
「というわけで、あの子の事をよろしくお願い致します」
「は? 花婿を殺したモンスターを倒すのではないのですか?」
ひらり、と彼の前に依頼の羊皮紙が差し出された。
婦人の話を聞きながら、依頼内容を読んでいた女冒険者だ。
「内容、よく読んでないでしょ」
言われて、彼は素早く依頼内容に目を通した。
「‥‥‥‥‥‥は?」
ほぉ、と息を落とした婦人は指を折って日数を数えた。
「あと7日。葬儀や何やらでライザを拘束できるのはあと7日しかありません。7日を過ぎると、あの子は西の森に居着いたモンスター共に攻撃を仕掛けるでしょう」
「そんな! 危険ですっ!」
依頼内容からして、相手は武装したバグベアが数体に毒を扱うコボルト数体。
花婿の仇討ちの敵として、娘が1人で挑める相手ではない。
「ですから、皆様に依頼を出しました。どうか、ライザと共に花婿の無念を晴らし、ライザが新たな1歩を踏み出せるよう、お力をお貸し下さい」
真摯な老婦人の瞳に力強く頷き返して、冒険者はぐっと拳を握った。
「薄幸の花嫁、悲しみに沈むご婦人の力となるのは、我らの務めです! 必ずや、モンスターを討ち果たし、花嫁さんもお守り致します!」
彼のやる気が高く燃え上がっている‥‥ような気がする。
とりあえず、と女冒険者は手元にあった羊皮紙で男を扇いだ。
「知らないようだから言っておくけど」
ひらひらと動かしていた羊皮紙を一瞬だけ止めて、小さく呟く。
「この薄幸の花嫁、ライザさん、半年前までは私達と同じ冒険者だったから」
さらりと告げた真実は「薄幸の」フィルターをかけられて、さほど仲間達に感銘を与えなかったようだ。
しばし、気の毒な元仲間への同情を口々に述べる冒険者達を見ながら、彼女は思った。
―ま、いっか。どうせ現地で実物に会うんだし。
それまで夢(?)を見る事ぐらい自由だし。
あっさり割り切ると、彼女は依頼状を元の場所へと丁寧に戻したのであった。
●リプレイ本文
●悲運の花嫁
依頼人が用意した部屋で、フィルト・ロードワード(ea0337)は仲間達を見回した。モンスターが現れたという森へ偵察に出た琥龍蒼羅(ea1442)が戻るまでの間、わずかに出来た時間だ。有効に使わねばなるまい。
「ここに来るまで、寡婦となった花嫁について誰も触れなかったな」
フィルトの言葉に、椅子に腰掛けていたシスイ・レイヤード(ea1314)が物憂げに頷く。
「敵討ちを‥‥やりたい‥‥その気持ちは分からないでも‥‥ないんだが‥‥」
触れ難い話題ではあるのだが、花嫁が仇討ちに動く可能性がある以上、彼女の事も知っておくべきだろう。
「しかし、新郎を亡くした新婦の力となるべきは、本来、家族や友人達だろう? それを俺達にあっさりと一任するとは‥‥」
ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)の疑問も尤もだ。
「まあ‥‥1人で特攻を‥‥かけられても‥‥面倒だし」
「愛です!!」
爪を噛んで考え込んだシスイは、耳元に響いた声に思わず腰を浮かした。
「‥‥レジーナ‥‥キミか‥‥」
額に手を当て、溜息をつく。
そんなシスイの様子など目に入ってもいないらしい。レジーナ・フォースター(ea2708)は、指を組み合わせると、やけにキラキラと瞳を光らせてあらぬ彼方へと視線を彷徨わせる。
「嗚呼‥‥人は愛ゆえに哀を知るのかもしれません。愛する人を失ったライザさんの哀しみは、如何ほどのものでしょう! 私なんか、ヒューさんと少しお会い出来ないだけで‥‥しかも、その間に隠し子疑惑とか、某主人との禁断の恋とか変な噂が立ってるし‥‥それはともかく! しばらく会えないだけでも身を切られる程に心が痛むというのに、彼女は‥‥っ」
暴風と共に襲い来る霰の礫の如く撃ち出されるレジーナの言葉を右手で受け止めつつ、アルメリア・バルディア(ea1757)は静かに微笑んだ。
「レジーナさんのおっしゃる通り、最愛の人を失うのは辛い事です。ですが、ライザさんがその悲しみに捕らわれたままというのは、亡くなった方の望む所ではないでしょう」
すっと右手を引けば、愛について語り続けていたレジーナの声が大きく響く。
「その哀しみを乗り越えた時、人はきっと強くなれる! そう、そのはず!」
「‥‥という事ですし」
アルメリアの微笑と力説するレジーナとを見比べて、シスイはくったりと椅子に体を預けた。
「うん‥‥別に‥‥いいんだけどね‥‥」
仲間達の会話を聞いていたフィルトも僅かに肩を竦めると、がたがたと風が吹く度に揺れる窓を開け、外へと目を遣った。新郎と村人達の命を奪ったモンスターは、遠くに霞んで見える森の何処かに今もいる。
「元冒険者、か」
「乙女心に種族の垣根はありませんっ」
燃えに燃えているレジーナと己が危惧する所は微妙にずれているようだ。誤解を正すべく言葉を探るフィルトの傍らから、これまた熱く燃えたジラが拳を握り締めて力説を始めた。
「そう、その通り。勇敢な貴婦人を支えるのは騎士の神聖なる義‥‥務‥‥」
語尾が立ち消えとなったのは、彼の決意表明の最中に扉が開いたからだ。
「あ、‥‥タイミングが悪かったかい?」
気まずそうに頬を掻きながら戸口で佇むのはジェラルディン・ムーア(ea3451)だ。
「1人で森に行こうとしていたんで、こっちに来て貰ったんだけど」
室内に立ち込める熱気に呆気に取られ、目を瞬かせているアルシャ・ルル(ea1812)の傍らに立つ女性に、ジラは力説する姿勢のまま、あんぐりと口を開いた。肩で切り揃えられた赤毛に意志の強い青い瞳。標準的村娘からするとかなり長身の部類に入るだろうが、紛れも無く人間の女性だ。
「ライザさんだよ」
ジェラルディンの紹介に、あら、とレジーナが口元に手を当てる。
「私、てっきりお髭か筋肉の豊かな方だと‥‥」
猫のように軽い足音を立てて、アルシャはフィルトとシスイの元へと歩み寄った。
「ジェラルディンさんと2人で説得して、ここに来て頂いたのですけれど、よろしかったでしょうか?」
「勿論だ」
目元を和らげたフィルトに、アルシャはどこか寂しげな笑みを向ける。
「わたくしも、肉親をモンスターに奪われる悲しみが如何ほどのものか存じておりますから‥‥きっと、ライザさんも分かって下さったのでしょう」
苛立ちも顕わに髪を掻き上げる女性の姿を目で追ったアルシャの髪に何かが触れた。
真っ直ぐな髪をそっと撫でるシスイは無言だ。悲しみを背負ってなお先へと進む彼女に同情めいた言葉も賞賛も不要だと、彼は知っている。ただ黙って髪を撫で続けるシスイに、アルシャはほんの僅か、穏やかな表情を見せた。
「‥‥ライザさん」
フィルトの声に、ライザは顔を上げた。
「我々は貴女が敵とする連中を討つ為にここへと来た。元冒険者ならば、この意味は分かるだろう」
「手出し無用。奴らは私が倒すから」
きっぱりと言い切ったライザは、腰に吊るしたロングソードを叩いてみせる。
「それで、その後に何が残る。復讐の後に残るのは虚しさだけだ」
厳しいフィルトの言葉に、室内にいた者達が動きを止めた。
「どんな事をしても花婿は戻ってはこない。それが区切りと言うのならば、何も言わない。だが、その後に虚無を抱いて生きるだけならば、貴女は復讐の為に手を汚すべきではない」
きつく思えるフィルトの言に何と続けるべきか迷う者達の中、アルシャはライザへと真っ直ぐな視線を向けた。
「わたくしは、冒険者としての貴女を信じます」
強張った室内の雰囲気を解いてしまったアルシャへと微かに頷いて、アルメリアはライザの手を取り、両の手で包み込んだ。
「花婿様を想うライザさんのお気持ちは分かります。ですが、ライザさんが悲しみの中に立ち止まったままでは、花婿様も喜ばれませんよ、きっと。貴女が笑顔で幸せでいらっしゃる事こそが、花婿様の何よりの願いだと思いますから」
ライザは自分を見つめる冒険者達を見返した。
いつかの自分も、こんな真摯な瞳をしていたのだろうか。
「‥‥私は‥‥」
「奴らの巣穴を突き止めた」
彼女が口を開きかけた時、静かに扉が開かれた。
森へと偵察に出ていた蒼羅が戻って来たのだ。
その表情は険しく、真っ直ぐに悲運の花嫁へと向けられていた。
●その先へ
「ここに‥‥ここにいるのですね! 憎むべきモンスターが」
蒼羅が突き止めたモンスターの住処を前に、レジーナは拳を震わせた。
薄桃色の輝きに包まれた彼女は、緊張に表情を硬くしたライザの手を取り、熱く熱く燃え上がる。
「さあ、力をあわせ、共に戦いましょう、そこに愛ある限り!! ええ、戦いますとも」
「おーい‥‥」
ジェラルディンの呼び掛けなど、今のレジーナに届くはずもなく。
「これまでの私が唯のレジーナだとしたら、今の私はスーパーレジーナ2! ウーゼルの心意気、しかと見よ! はいよ、シルバー!」
愛馬の腹を蹴り、コボルトの群れに向かって突進していくレジーナを誰が止められようか。いや、止められまい。
「仕方ないね。あたし達も行こう!」
真っ先に飛び出して行くのはライザだという大方の予測を裏切って、闘志を燃やし、コボルトの一団へと向かったレジーナの後を追って、ジェラルディンがクレイモアを振り回す。コボルトの集団は時間をかけず、一気に叩くというのが彼らの作戦だ。多少の手違いはあっても、同じ結果へと辿り着けばよい。
「レジーナに続くぞ。‥‥風刃よ、切り裂け」
叫ぶと同時に、蒼羅は呪文の詠唱を開始した。放たれたウインドスラッシュに、押し寄せるコボルトの一角が崩れる。そこへ重ねて、装備を外して身軽になったシスイのライトニングサンダーボルトが襲った。
「ちょ‥‥ちょっと! 今の、私にも当たりそうでしたわ!」
手綱を引き、何とか寸前でシスイの一撃を免れたレジーナの非難の声に、シスイは頭を振りつつ息を吐き出した。
「当たっても‥‥恨むな‥‥」
まてーいっ!
聞き捨てならない言葉に反応しかけたレジーナの脇を、ライトニングソードを手に蒼羅が駆け抜ける。次々とコボルトを斬り捨てて行く蒼羅に続き、オーラシールドを展開したフィルトが道を開いていく。
コボルトの集団の向こうには、ライザの花婿や多くの村人の命を奪ったバグベアがいる。
刀を握り直し、蒼羅は立ち塞がるコボルトを睨み据えた。体が薄緑の光に包まれ、左手には再び雷光の剣が作り出される。
「退け。俺は今、少々虫の居所が悪い。‥‥容赦はせんぞ」
蒼羅の気迫に圧されたのか、じりじりと後退していくコボルトを次々になぎ倒し、ジェラルディンはクレイモアを構え直した。厄介なのはコボルトよりもバグベアだ。
一息に間合いを詰めると、ジェラルディンはバグベアの身を守る鎧ごと破壊する勢いでクレイモアを叩き付けた。
衝撃で吹き飛ばされたバグベアを囲み、冒険者達はそれぞれの武器を構えた。
「獣などにはわかるまい!」
鎧を砕かれたバグベアへと切っ先を向けて、ジラは憤りをぶつけた。その鋭い爪の犠牲となった新郎の、襲われた者達全ての怒りを代弁するかのように熱く、激しく語る。
「彼はもう、新婦の為に料理を作る事も、掃除をしてやる事も出来ないのだ! ささやかな幸福の満ちる未来を絶たれた新郎の嘆きが聞えるか!?」
「‥‥逆です‥‥と突っ込んでもよい所でしょうか」
緊迫した空気の中、アルシャはちょこんと首を傾げて傍らのアルメリアに尋ねた。
アルメリアはアルシャに微笑みかけた。片手で結んだ印を解く事なく、にこやかに、上品に同族の少女の問いに答えを返す。
「後で、思う存分に」
ほんの少し、髪の毛の先程、ジラもライトニングサンダーボルトの効果圏内に入れてしまおうかと思った事は微塵も感じさせず、アルメリアはアルシャを下がらせた。バグベアへの牽制の意味を込めて放ったウインドスラッシュがちょっぴりジラの髪を掠め、数本の髪を散らせたのは見なかった事にする。
「どうする」
フィルトの問いに、ライザは彼とバグベアとを見比べる。
防具を砕かれ、冒険者達に囲まれ、後は討ち取るだけとなったバグベアは彼女の敵。ぎゅっとロングソードの柄を握ると、ライザはそれをフィルトへと差し出した。
「あなたの言う通りよ。こいつを倒す事だけしか考えてなかった私には、この先、何もない。でも、こいつを討たなければ、私は先に進めない」
ライザの言わんとする事を察して、フィルトはロングソードを受け取った。
自身の日本刀を鞘へと仕舞い、ライザの剣を構える。
一閃。
弱ったモンスターには、それで十分だった。
「‥‥もう、泣いてもいいんですよ」
倒れたバグベアに背を向けて立ち尽くすライザに、アルシャが声をかける。
「無理に忘れる必要はありません。でも、貴女の花婿様はきっと、貴女が幸せになる事を望んでいると思います。それだけは忘れないで下さい」
同じ悲しみを背負うアルシャには分かっていた。バグベアを討っても、割り切れない感情が彼女の中に渦巻いている事を。荒れ狂う感情の中に留まるか、先へと歩み出すかを決めるのは本人だけだという事も。
「ならば」
1歩前に進み出て、ジラは胸に手を当て、丁寧に礼をとった。
「君の為に卵焼きを焼かせて貰えないだろうか」
「は?」
ライザだけでなく、仲間達もその意味を取りあぐねて顔を見合わせる中で、ジラは真剣な表情で彼女の手を取る。
「自分の傷は自分で癒すしかない。だが、貴女の再起を、俺は信じる」
「そ‥‥そうですね。ええ、そうです。もうこれ以上、貴女と同じ悲しい涙を流す人が出ないように、多くの人を救う為に、もう1度、剣を取ってはいかがでしょうか」
ジラの唐突な言葉をフォローするかのように、慌ててアルメリアが付け足した。
「彼は、貴女はこれから先も1人ではないと、そう言っているのです。‥‥多分」
くすりと、ライザは笑った。
「卵焼きを焼いて、か。‥‥そうね。そうやって、また皆と一緒に過ごしていくのも‥‥いいかもしれないわね」
アルメリアは大きく頷く。ジラの卵焼き発言の真意は彼女には分からないが、それでも彼が言いたい事――冒険者として共に行こうという気持ちはライザに伝わったようだ。
「‥‥今、突っ込んでもよい所なのでしょうか‥‥」
小さなアルシャの呟きに肩を竦めて、シスイは手を開き、泥に汚れた鎖を見つめた。
「なんだい? それは」
尋ねるジェラルディンに何でもないと首を振り、シスイはそれを森の中へと投げ入れたのだった。