まぼろしのスープ
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月22日〜03月01日
リプレイ公開日:2005年03月02日
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●オープニング
「邪魔をする」
短い言葉と共に扉を開けた少年の姿に、壁に貼られた依頼を物色していた冒険者達のうち、数名が嫌そうな顔をした。
この少年が持ち込む依頼にはロクなものがない。
それが、彼らの共通な認識である。
「心配するな」
そんな彼らの心境を察したのか、年の割りに聡いと評される少年は、にこりともせずに続けた。
「今日はお嬢様とは無関係だ」
そう。
これが持ち込む厄介な依頼は、全て暴走お嬢様絡みのもの。かの世間知らずなお嬢様の為に、一対何人の冒険者がヒドイ目に遭った事やら‥‥。だが、今日はお嬢様絡みではないらしい。
興味をひかれて、冒険者達は少年の周囲へと集まった。
足りない身長を補って椅子の上に立つと、少年は受付嬢が差し出す羊皮紙に子供とは思えぬ程に整った字を綴っていく。
「えーと、なになに? ‥‥食材集め?」
サフィーア、と冒険者は少年の名を呟くと呆れたように頭を振った。
「こんなものをギルドに依頼するなよな。それこそ、お屋敷の下働きにでもやらせりゃ済むだろう?」
「‥‥完成していない依頼状を読んで判断するのは愚かだ」
このガキ‥‥。
ぐっと拳を握り締めた冒険者を宥めて、他の冒険者が少年が綴る依頼状の続きを読み上げる。
「調達食材は、スクリーマー、ポイゾン・トード、バ‥‥バイパー‥‥‥‥‥‥」
「グランドスパイダを忘れているぞ」
言葉を失った冒険者に補足して、少年は何でもない事のようにけろりとモンスターの名を告げた。
「ああ、そうだ。出来ればエレクトリックイールとクレイジェルも捕獲してくれ」
しんと静まり返ったギルド内を怪訝そうに見回す少年に、何とか我に返った冒険者が頬を引き攣らせて尋ねる。恐らく、その場にいる誰もが抱いている疑問を。
「サフィーア‥‥依頼の一番最初に『食材集め』と書いてあるんだが?」
「そうだ」
あっさりと肯定を返し、少年は冒険者達を振り返った。
「実はな、先日、屋敷で保管してある書の中に、誰も食した事のない、不思議な効力をもつスープの作り方が記された巻物を見つけてな。ぜひとも試してみたくなったのだ」
察するに、否、察せずとも分かる。
そのスープの作り方とやらに記されていた食材がモンスターだったのだろう。
「屋敷の下働きでは調達出来ぬと思い、ここへ来たのだが。‥‥何か間違っていただろうか」
最初から間違っているよ!
‥‥という罵声は、とりあえず心の内で浴びせかけて、冒険者達は表面上、にこやかな笑みを作った。
「ともかく、そのモンスターどもを捕獲してくればいいんだな?」
「うむ。ここから南に3日ほど行った所に丁度良さげな湿地帯がある。あそこなら、何かいそうだと思うのだが」
何か言ってやりたいが、これも一応は依頼人。
喉まで出掛かった言葉を飲み込んで、彼らは受付嬢が差し出す書類にサインをした。
「では、よろしく頼む。‥‥そうそう。食材は鮮度が命。その辺りにも気を遣って欲しい」
額に青筋が浮かぶ。
心の中で「依頼人」という言葉を呪文のように繰り返して、彼らは頷いた。
「ついでに、私ではモンスターを捌けぬのでな。スープを作る際には手伝って貰おう」
「ええ、ええ、それぐらいのサービスはしますよ、それぐらいのサービスは。でも、1つ聞かせて欲しいんですがね」
頭痛を堪えて額を押さえた冒険者に、少年は首を傾げる。
10歳やそこらの子供の癖に、子供らしさの全くない少年の目を真っ直ぐに見ると、冒険者は腰に手を当てて尋ねた。
「モンスターを使って作るスープの不思議な効力ってのは、何だ?」
ギルド中が息を飲んだ気配が伝わってくる。
尋ねた冒険者を見上げると、少年は、受付嬢から渡された香草茶のカップにゆっくりと口元を近づけた。
「サフィーア?」
「‥‥効能はいくつかある」
少年は声を低めて呟いた。
「‥‥髪の薄くなった御仁には、豊かな髪の毛を。女人であれば、より艶やかな髪になる」
え? と反応を返した者、数人。
「肌艶もよくなり、体が引き締まり、異性にとって『魅力的』に見えるようになるとか」
つまり、それは男も女も永遠に憧れてやまない理想の体型を手に入れる事が出来るという事だろうか?
「僅かな期間でどんな相手からもモテモテに‥‥」
「よーし、分かったっ! 任せておけッ! 皆、そうと決まれば早速作戦を立てて出発するぞッ!」
そこまで聞けば十分だ。気合いの入った冒険者達は、依頼人を残して鼻息も荒くギルドから出て行く。
「‥‥‥‥‥‥‥‥なるらしい」
もはや、誰も聞いてはいない言葉をぽつりと落とすと、少年は少し冷めた香草茶をずずっと啜った。
●リプレイ本文
●頑張れ、自分
振り上げた腕がひらりと宙に舞った。
鬱蒼と広がる林を前に、早くもげんなりとした表情を見せる仲間達へと向けて、自称『白馬の騎士』、ローランド・ユーク(ea8761)の励ましが飛ぶ。なお、白馬の騎士と言ってはいるが、馬は金貸しに預けているらしく、この場には存在しない。
「さあ、気合いを入れるよう! 皆、手を出してくれ」
腕を差し出すと、ローランドは口元を引き上げて仲間達を見た。彼の意図を悟った遊士天狼(ea3385)が大はしゃぎで小さな手をローランドの手の上に重ねる。
「ほら、皆も。どうした? 元気が無いぞ? さアさア、思い浮かべてみろ、すらりと伸びる脚線美、さらさら艶々の長い髪、丘陵の如き腹筋を! このスープが完成した暁には、もう怪しげな民間療法だの魔女の言い伝えだのに頼る必要は無くなるんだ!」
「そのスープ自体が怪しげなのだが‥‥」
気炎を上げるローランドから一定の距離を置いて立っていたエスリン・マッカレル(ea9669)が、視線を逸らしながら呟く。エスリンの言葉に賛同して頷いたのはカッツェ・ツァーン(ea0037)だ。
彼女自身、依頼に胡散臭いものを感じていたらしい。冒険者として培った勘というやつかもしれない。
「そんな都合のいいスープがあるかなぁ? なんか、材料的にもいやんな感じだし」
『怪物を食材としたスープアルか』
依頼人も、と小さく付け足したカッツェは、耳に届いた操群雷(ea7553)の独り言に目を剥いた。
『ナツカシイ‥‥。母がよく作っテくれた海老の甘辛煮‥‥その正体がカブトムシの幼虫と知ったアノ日の衝撃から、今のワタシは始まタアルヨ』
うっと口元を押さえたカッツェを、エスリンが怪訝な顔をして気遣う。幸か不幸か、今、この場に群雷の華国語を理解出来るのはカッツェ1人だったようだ。世の中、知らない方がよい事もあるのだと、蒼白になったカッツェはしみじみ悟った。
「では、食材を手に入れたら、各自ここへ戻って来る事。‥‥そういえば」
と、サリトリア・エリシオン(ea0479)が言葉を切る。彼女達を送り出した依頼人は、食材の保存と輸送に関して何と言っていたのか。無愛想な依頼人の顔を思い出しつつ、サリは口元に手を当てて考え込む。多少、原型を留めてなくてもよいかと問うたのは彼女だが、依頼人の回答を聞く前に、大はしゃぎした天に連行されたのだった。
サリが。
「食材は鮮度を保ってお持ち帰りしろと言うのが依頼人の意向だ。ついでに、スープは俺達もお相伴に与る事が出来るようだぞ」
あぁ‥‥と、溜息のような声がサリュ・エーシア(ea3542)から漏れた。楽しげにも見える真幌葉京士郎(ea3190)の言葉が、彼女をますます憂鬱にしたのだ。
「私、絶対に味見はしないわ! ええ、しませんとも!」
ネックレスの十字架を握り締めて、サリュは誓いを立てた。
●食材探し
湿った枯れ葉と何かが複雑に擦れ合う音と、群雷の上機嫌な鼻歌を聞きつつ、エスリンは仲間との合流地点を目指した。めぼしい岩陰や日の当たらぬ場所を槍で突っつくのも忘れない。依頼された食材の中にあるクレイジェルは、土とほぼ同化して見えるので、こうして探るのが一番確実だ。
ただし、下手に立ち止まったりすると、巣穴に群雷のソニックブームを放ち、思っていたよりも簡単捕獲出来たグランドスパイダの硬い毛に覆われた体が圧し掛かって来るので、注意が必要であったが。
「操大人」
「ハイ、何アルか?」
茂みの奥に槍を突き入れつつ、エスリンは尋ねた。イギリスの言葉が喋れない群雷に合わせ、ゆっくりとしたゲルマン語で疑問を口にする。
「依頼人が作るスープだが、本当にこんなモンスターを使‥‥」
がさりと揺れた茂みに、エスリンは咄嗟に身構えた。湿地に住まうモンスターの大半は冬眠しているとはいえ、何が襲って来るか分からない。だが、彼女はすぐに緊張を解いた。
「カッツェ殿、サリュ殿‥‥」
木々の合間から姿を見せたカッツェとサリュは、群雷が引き擦る巨大な蜘蛛をなるべく視界に入れないように、どこかぎこちない動きでエスリンへと歩み寄ると、手にした袋の口を緩めて中身を見せる。
「ちょっとうるさかったので、コアギュレイトしちゃったの」
にこやかに告げるのは、サリュだ。
この極彩色のキノコにさほどの害はない。張り巡らせた菌糸に踏み入る者が現れると、周囲に轟き渡る叫びをあげるぐらいだ。この毒々しい色で無毒、生食も可能というのは反則だと思うが。
「‥‥これを最初に口にした人は勇気があるよねぇ」
「それは感心する事なの?」
無事に与えられた任務を果たし、尚かつ、余計なモノに出会わなかったカッツェの呟きに、サリュも苦笑して軽口で返す。彼女自身、おぞましいモノを見ずに済んだ事に安堵しているのだろう。
なお、彼女達の背後でひっくり返っている黄色と黒の縞々な巨大蜘蛛は意識して無視、存在しない物として扱われている。
「あとは、合流地点で皆を待つだけ。簡単な依頼だったよね」
残る仲間達とて、食材をそのまま持ち帰って来る事はあるまい。袋なり何なりに入れてくるハズ。予想していた最悪の事態は免れたと、カッツェは緊張を解すようにうんと大きく腕を広げた。
その時である。
彼女の視界を、影が過ぎったのは。
モンスター、ではなかろう。筋肉質な長身には見覚えがある。
強張る筋を必死に動かしながら、カッツェとサリュはその影へと視線を巡らせた。
「ね‥‥ねぇ、あれ、ローランドさんだよね?」
彼が勢いよく頭上で振り回したハルバードを突きつけたのは、1本の木。
不思議そうに見つめる仲間達の視線を気にするでなく、ローランドは不敵に笑った。
「ここだ、ああ、そうだ。間違いない。1週間、何も食べてない俺が、食い物の臭いを間違えるはずがねぇ! いくぜ、ハルバードスマッシュ! うぃずらぁぁぁぁぶッ!!」
テンションの高い叫びと共に、ハルバードの一撃が木を貫く。
「な‥‥にごとだ? これは」
ローランドの行動に無関心を装っていたエスリンも、さすがに呆気にとられて呟いた。にかっと爽やかに白い歯を見せると、ローランドは倒れた木を親指で指し示す。
衝撃で舞い上がった埃や木片がおさまり、クリアになっていく視界に目を凝らしたサリュは、次の瞬間、ひっと息を呑んだ。
出会いたくなかったものが、見たくなかったものが、ソコにいた。
静かな眠りを邪魔されて、鎌首をもたげ、攻撃心も顕わなその姿に、1歩、後退る。
「おお、美味そうだ」
歓声を上げると、ローランドは無造作にハルバードをエスリンへと投げ渡す。その手に握られたのは、何やら長い布のようなもの。
「食材は鮮度が大事だからな。殺傷能力が高い武器では無用の傷がつく」
きりりと、その布を捩ると、ローランドはおもむろにバイパーヘと打ち付けた。
「打つべし! 打つべし!」
しかし、バイパーも大人しく攻撃を待っているはずもなく。目にも止まらぬ速さで襲いかかるバイパーを、ローランドの武器が弾く。
弾き飛ばされたバイパーの真正面にいたのは‥‥。
「きゃあああっ!! コアギュレイトコアギュレイトコアギュレイトーーーッッッ!!!」
常におっとりして上品な雰囲気を漂わせているサリュも、バイパーと間近でご対面という事態には冷静ではいられなかったらしい。
固まって土の上へと落ちたバイパーに溜息をついたエスリンの真横で、群雷とローランドはぽんと手を打った。
「「なるほど。これで鮮度が保たれる」アルナ」
顔を見合わせ、再び深く息を吐き出したエスリンとカッツェは、離れた所でこの騒ぎを眺めている人影に気づいて苦笑を投げた。
「‥‥そっちの首尾はどうだった?」
「え? ああ、こっちはばっちりだ」
手に提げた布袋を掲げて見せて、京士郎は軽く片目を瞑ってみせる。
「前に、友人がコイツを捕獲する依頼を受けててな。コツを聞いておいたんだ。ま、俺の勇姿を見せられなかったのは残念だが」
「びりびり痺れりゅいー男なの〜」
無邪気に付け足した天の口を慌てて塞いで、京士郎は話を逸らした。
「こいつの方も、無事任務完了だぞ。ほら、まだ生きてる」
袋の中に手を入れた天が、何かを取り出す。
それを目にした途端に、エスリンの顔が強張った。迸りかけた絶叫を何とか飲み込んで、少しずつ天との距離を離していく。
挙動不審なエスリンを気にもせず、天は誇らしげに手に持った蛙を彼女の眼前に突きつけた。
「蛙さん、ねんねしてりゅの。いい子なの」
「ぃ‥‥やぁぁぁっ」
分かりたくもなかったが、サリュの気持ちが分かってしまった。
呆れて溜息をついた事を心の中で謝りつつ、エスリンは全速力でその場を駆け去ったのだった。
「エスリンの奴、どうしたんだ?」
「‥‥さあ?」
額に手を当てて、カッツェは頭を振った。教職についたとはいえ、この生理的嫌悪感を理解しない者に説明するのは無意味だ。
「ところで、天」
不意に真面目顔を作って、京士郎はポイズントードに春花の術を掛け直していた天に向き直った。
「今回の依頼には女性が多い。故に、ちょっとした気遣いも必要となる」
こくんと頷いた天に、京士郎は声を潜めて耳元で囁いた。
「バイパーを弾き落としたローランドの武器‥‥あれが男物の下着だと言うのは黙っておこう。花も恥じらう乙女達にはちょっとばかし刺激がきつすぎるからな」
そっと、サリは足音を立てずにその場を離れた。
常に冷静沈着な彼女の顔に、僅かな動揺が見え隠れする。
「私は何も聞いていない。聞いていない‥‥」
呪文のように唱えつつ横を通り過ぎていくサリの姿に、群雷は、はてと首を傾げたのであった。
●幻のスープ
揃えた材料を一瞥して、少年はただ頷いただけだった。
相変わらず愛想も何もない子供だ。
だが、教師となり、様々な生徒と接する機会が増えたカッツェは忍耐を鍛えられている。にっこり笑って、彼女は手近に置いてあった袋をサフィーアへと差し出した。
「さ、材料は集めたよ。で? これからどうす‥‥」
もぞりと、彼女の手元で何かが動いた。
笑みを浮かべたままのカッツェの顔がみるみる青くなっていく。
袋に入れる事が出来る大きさの食材を思い浮かべ、そのうち、動き出す可能性のあるものを考えて、そこで彼女の思考は停止した。
放り投げたい。
だが、そうすると恐らく被害は2倍増し。
けれど、手元で蠢くこの感触をいつまでも味わうのはもっと嫌。
「あー、はいはい、ワタシに任せるアルヨ」
待っていましたとばかりに手を差し出した群雷は、内なる葛藤を表にも出せずに硬直したままのカッツェから袋を受け取ると、中から長い体をくねらせるエレクトリックイールを取り出した。
自分が持っていたそれがバイパーでは無かった事に安堵の息を吐き出したカッツェは、群雷の手に閃いた刃物の煌めきに一瞬心を奪われた。が。
「ん〜‥‥たまらないアルネ、この筋肉の痙攣具合」
鰻には背開き派と腹開き派がいるが、群雷は前者であるらしい。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
問題なのは、嬉々としてモンスターの調理にかかっている群雷の言動だ。
「おォ、お腹、真白アルヨ。綺麗アルネ」
ポイズントードの腹を切り裂くと、中から腸をわし掴みにし、満足げに笑む。
彼の言葉は、ゲルマン語と故国の華国語が混じり始めていた。言葉を気にしている場合じゃないらしい。彼が手にした包丁が、すぱすぱとモンスターを『調理』していく。
「ちょ‥‥ちょっと、いいの?」
青ざめ、思わず少年の背に隠れたカッツェの問いに、依頼人は鷹揚に頷いた。
「問題ない。腸は抜いた方がいいだろう」
「天もお手伝いすりゅのぉ〜っ」
狂気に憑かれた錬金術師のように手を休めずに調理する群雷の隣りで、天は身の丈ほどもある蜘蛛をすぱすぱどっかーんと切り刻む。
彼らが捌いた材料は大鍋に入れられ、依頼人が用意していた香草の類と共に煮詰められていく。
「‥‥この香草類も怪しげだな。これで合っているのか?」
鍋を掻き混ぜながら尋ねたサリに、依頼人は手元の書を見ながら頷く。
「集められるものは全て集めた。クレイジェル以外はな」
視線を別方向に泳がせたのはサリだ。結局、クレイジェルだけは見つからず終いだった。湿地にいたとしても、あの騒ぎだ。警戒して身を潜めたに違いない。そうなれば、地面に擬態しているジェルを見つけ出すのは至難だ。
「‥‥仕方がないか」
「サリ」
諦めて、ぐつぐつと煮立ち始めた大鍋を掻き回すサリに声が掛けられた。ちらりと背後を見ると、やけに神妙な顔をした京士郎が彼女を見つめている。
「何か用か?」
「‥‥最近、気になっていたんだ。宗旨替えでもしたのかと。‥‥そうか、そういう事か」
サリは眉根を寄せた。
京士郎の言葉に、小気味よく包丁を動かしていた群雷の手も止まる。
離れて見守っていた者達の動きも止まった。
「どういう意味だ?」
「なに、安心しろ。これ以上の追及はすまい」
ぽんぽんと、黒い法衣に包まれた肩を叩く手は温かい。
怪訝に思いつつ、大鍋に突き入れた大杓子を掻き回した瞬間、それはサリの頭の中に閃いた。
「ちょっと待て! 貴様、何を思い違いしている!」
「いやいや、皆まで語るな」
「待てと言うに! 人の話を聞け!」
誤解が新たな疑惑を招く光景を遠い世界の出来事のように見つめながら、サリュは傍らに立つ少年に尋ねた。
「‥‥そういえば、サフィーアさん、このスープの効能って確かなの?」
無言で、少年はサリュへと書を差し出す。古びた羊皮紙に、彼女達が集めて来た食材とその調理法、そして効能が記されてある。
「‥‥それで、本当に食べられるのよね?」
「最初に言ったと思うが」
ぐつぐつと煮詰まり、怪しげで異様な異臭を立ち上らせ始めた鍋を見つめて、少年は抑揚のない声でサリュの問いに答える。
「これは、誰も食した事のないスープだ」
その時、彼らの周囲から音が消えた‥‥。