踊る!? 幽霊屋敷

ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート


担当:桜紫苑

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 29 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月08日〜03月16日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

●騒霊の屋敷
 蝋燭に火が点される。
 揺れる灯りを見つめながら、彼女は不安げな表情でそっと指を組んだ。
「奥様」
 気遣わしそうな家令の声に、夫を亡くしたばかりの若き未亡人は小さく頷く事で応える。夫に代わり、所領を預かる身となった彼女には、この屋敷に刻まれた祖先の記憶や想いを守る義務がある。
「心配する事はありません」
 凛と、彼女は微笑んだ。
 その場にいる者達を安心させるように、努めて明るく。
「もはや、怯える必要はないのです。わたくし達には、これがある」
 彼女の手に握られているのは、小さな羊皮紙だ。彼女達には解読不能な文字が記された羊皮紙は、月道の彼方、遠きジャパンの地に伝わる「魔除けの札」と呼ばれるものだと聞いた。
「魔を退ける力のある札、これさえあれば‥‥」
 言葉の途中、はっと息を呑んだ彼女の表情に緊張と恐怖が過ぎる。
「まさか‥‥そんな‥‥」
 体に感じる微かな振動は「それ」の前触れだ。
「言われた通りに魔除けの札を貼ったというのに、そんな‥‥!」
「危のうございます、奥様! 皆、近くにあるものを守りなさい! 蝋燭の火は消すのです!」
 突如として訪れた大きな揺れに傾いだ主の体を支え、家令は悲鳴をあげて蹲る女中達に次々と指示を出した。最初の衝撃が過ぎれば慣れたもので、女中達はテキパキと家令の指示に従い、体を張って家具や調度類を守ろうとする。
 だが、如何せん、何代も続いた屋敷の家具も調度も、彼女達全員掛かりでも守り切れるものではない。
 スツールの上に置かれていたクッションが見えない手によって宙に投げられ、素焼きの花瓶に活けられていた花が引き抜かれる。階下から響いた派手な音は、恐らく調理場の鍋や火かき棒が踊っているのだろう。
 いつにも増して派手な騒ぎに、家令は主を壁際へと避難させた。
 その途端、壁に掛けられていたタペストリーが風に吹かれたように、ひらひらと舞う。
「ああ、何故こんな事ばかり起こるのでしょう」
 一体、いつからこの屋敷に悪霊が住み着くようになったのだろう。
 夜毎、飛び回る家具や調度に悩まされていては、他の屋敷に移り住む事を考えてもよさそうなものだが、屋敷の女主人はそれを良しとしなかった。
 屋敷も、家具や調度のどれをとっても、彼女の愛した夫が、その血に連なる人々が大切にして来たもの。それを守るのは彼女に託された使命だと考えているのだ。
「きっと、札が足りないのですわ。ジェイムズ、すぐにあの占い師を捜して頂戴。この屋敷を守る為ならば、金など惜しくもない。必ずや、悪霊を追い出し‥‥」
 彼女の言葉の遮ったのは、間近から聞こえた乾いた破壊音。その後に続いた絶叫に、ジェイムズと呼ばれた家令は顔を顰めた。
「あああああっっ! 先々代様が大切にされていた水差しがぁぁぁっ!」
 水差し欠片の傍らに座り込むと、屋敷の女主人は身悶えして嘆き悲しんだ。
「ああ! わたくしは、先々代様に何とお詫びすればよいのでしょう!」
 室内を照らし出す唯一の光、月明かりが硬質な何かに反射して煌めく。はっと、家令は女主人に駆け寄った。彼女の手に握られていた短刀を慌てて取り上げる。
「返して頂戴、ジェイムズ! わたくしは、先々代様に死んでお詫びを!」
 よよと泣き崩れる女主人に、家令は小さく嘆息した。
 これも、毎夜繰り返される光景の1つであった。

●真実と希望
「この札を扱う者を捜し出して頂きたい」
 卓の上に差し出された羊皮紙を覗き込んだ冒険者達に、彼は依頼の内容を告げた。
「冒険者ともなれば、キャメロットのみならず、月道の向こうにある国の情報にも明るいと聞き及びます。その力を、我が主の為にお貸し頂きたい」
 羊皮紙と思い詰めた表情の男とを見比べると、冒険者の1人はそっと羊皮紙に手を伸ばす。
「見た事がないものだな。一体、どこで手に入れたんだ?」
「各地を巡り歩き、人々を導いている占い師から購入しました。屋敷に起こる怪異を鎮める力を持つもので、月道を経て、ジャパンの地から運ばれた「魔除けの札」です」
 ギルドの中にいた何人かが素っ頓狂な声をあげた。
 ここ、キャメロットのギルドにもジャパンに縁のある者は多い。札と男の周囲に集まっていた者達を押し退けるようにして、ジャパン出身の冒険者が札に手を伸ばす。
「これが魔除けの札? そんなはずはなかろう。これはどう見ても羊皮紙だ。ジャパンで一般的に使われている紙とは違う」
「しかも、書かれているのもジャパンの文字ではない。それらしく見せかけてはあるが」
 冒険者達から返って来た反応に、男は頭を抱えて呻いた。
 詳しい事情は分からないが、困っている所を悪い奴に付け込まれたらしい。月道を通った品という触れ込みでは、さぞや高い買い物だっただろう。
 気の毒そうに、冒険者の1人が男の肩に手を置く。
「どうやらアンタのご主人様は偽物を掴まされたらしいな。残念だが、紛い物を扱う連中は多い。その札を売りつけた奴を見つけるのは‥‥」
 その手をがしりと掴んで、男は冒険者に縋り付いた。
「ならば! ならば、尚のこと力を貸して下さい! このままでは、我が主はおしまいです!」
 鬼気迫る男の表情に気圧されて、冒険者は後退る。手を振り解くのは簡単なはずなのに、何故か出来ない。気が付けば、壁際に追いつめられていた。
 見た目上品な紳士が鼻息も荒く、父子ほど年の離れた青年を壁に押しつけている様子は、傍観者達の良からぬ想像を掻き立てたようだ。
 こそこそと囁き交わされる言葉には、何やら意味深な笑いが含まれていたりして。
「ちょ、ちょっと落ち着こう。な? な?」
 冒険者として培われた勘が、彼に危険を告げていた。後ろが壁であるとか、逃げ場がないとか、そんなものじゃない。何か、もっと奥深い危機が迫っている‥‥。
 目を血走らせた男を宥めて、彼は握っていた札をひらひらと振った。
「ほ、ほら。こんな怪しげなものに頼るぐらい困ってたんだろう?」
 札を目にして、男はあぁと天井を仰いだ。
「‥‥その通りです。1枚40Gも出したのに、偽物であったとは‥‥」
 今度は滂沱の涙を流し始めた男に、冒険者達は慌てて話の継ぎ穂を探す。
「そっ、それで、一体何があったと言うんですか? 魔除けの札が必要な事態が起きているなら、それこそ我々の力をお貸し出来るかもしれませんし」
 鼻を1つ啜ると、男は冒険者へと向き直った。幾分乱れた前髪を手で撫でつけて、彼は未だ動揺を宿した声で改めて依頼を告げる。
「これ以上、奥様が怪しげな物に頼って財を減らす前に、我が家に取り憑いた悪霊を退治して下さい」
 懇願する男に、受付嬢はそっと新しい羊皮紙と羽根ペンを差し出した。

●今回の参加者

 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●先制攻撃
 硬質で不規則な音が幾つも重なって石造りの廊下に響く。
 薄く磨かれた角を張った窓から、春に近づいた太陽の光が差し込んでいる。
 なのに、何故だろう? この薄ら寒さは。
 ウォル・レヴィン(ea3827)は、前方へと向けていた視線を逸らして、天井を見上げた。この屋敷が出来てからの年月を物語るかのように、ところどころ漆喰が剥げかかっている。それと、つい最近出来たと思しき傷と。
 軽く頭を振ると、ウォルは再び先を行く仲間の背に視線を戻した。
 現実を逃避しようとして失敗した事を、彼は悟ったのだ。
「なんて言うか‥‥聞きしに勝るな」
 傍らを行くサリトリア・エリシオン(ea0479)が僅かに肩を竦めて同意を示す。その顔に浮かぶ苦笑から、彼女の言葉にしない気持ちが伝わってくるかのようだ。
 覚悟していたとはいえ、ギルドで見たものと同じ札が扉という扉、壁という壁に貼られている光景は、やはり異様だ。
「1枚40Gって言ってたわよね。奥様、一体、どれぐらいのお金を注ぎ込んだのかしら?」
 屋敷に入ってからずっとご機嫌斜めのネフティス・ネト・アメン(ea2834)の呟きに不意打ちを食らって、仲間達は互いの視線をあらぬ方へと飛ばした。
 依頼人とその主に申し訳ないと思うからこそ、敢えて触れなかった話題をあっさりと口にして、占いを生業とする少女は薄布から覗く瞳に怒気を滾らせている。彼女が憤慨する気持ちはよく分かるが、詐欺を働いた偽占い師はここにはいない。
「占いで詐欺なんて、絶対に許せないわ!」
「まあまあ、落ち着いて。もともとの原因を解消する為に僕達は来たんだからサ」
 宥めるようにネティの肩を1つ叩いて、レイジュ・カザミ(ea0448)はこれでもかとばかりに札の貼られた扉に手を掛けた。
「とりあえず、まずは奥様を‥‥」
 言いつつ、扉を開いた途端、彼の顔に走る衝撃。目の前が黄ばんだ何かで覆い尽くされる。
「あら、まあ?」
 あら、まあ‥‥じゃないだろう。
 固唾を呑んだ仲間達の視線を痛い程背中に感じつつ、レイジュは頬の筋肉を無理矢理に動かして笑顔を作った。
 営業スマイルを完成させると、ゆっくりと顔に貼られた札を剥がした。若い未亡人が驚くよりも早く、彼らの傍らを抜けたネティが壁に貼られてあった札をひっぺ返す。
 突然の客の予想外の行為に、未亡人は口元に手を当てた。その大きな瞳がみるみると潤んで来る。
「はじめまして、奥様。荷運びのお手伝いに参りました」
 すかさず、レイジュが彼女の手を取り、優雅な身のこなしでクッションの置かれたスツールへとエスコートする。何が何やら分からないままの未亡人に、ネティは剥がした札を見せて厳かに告げた。
「こんな札より、私に任せて‥‥えーとぉ、任せるがよい、‥‥ぞよ?」
 訂正。
 厳かに告げようとして失敗した。
「あの、貴方達は一体どちら様ですか?」
 未亡人が尋ねるのも無理はない。掴みに失敗した仲間を冷ややかな目で見遣って、サリは頭を抱えている家令を振り返った。
「彼らが奥方の相手をしている間に、屋敷の中を調べたいのだが」
「あ、俺も。ちょっと試したい事もあるからな」
「承知しました‥‥」
 先に立って案内を始めた家令の哀愁を帯びた背中に同情を向けつつ、サリとウォルは未亡人を相手に四苦八苦している仲間を見捨て、居間を後にした。

●誤魔化しと調査と下準備
「う〜む‥‥これは、悪霊祓いの儀式が必要である、ぞよ」
 一心不乱に祈り、時折奇声をあげて「お告げ」を受けるネティを怖々と見ていた奥方は、手にしていた皿を取り落としそうになった。
「おっと、危ない」
 きらりと歯でも輝き出しそうな笑みを浮かべて皿を支えたレイジュが、不安を通り越して恐怖を浮かべた奥方を励ます。
「奥様、美味しいものを食べて、心も体も元気にしてれば悪霊に付け込まれる事はないよ」
「え‥‥ええ、ああ、はい‥‥」
 レイジュお手製の菓子を口に運ぶ奥方の様子を見つつ、彼は祈り続けるネティに小声で尋ねた。
「で? 何か分かった?」
「んー‥‥サンワードを使ったんだけど、駄目みたいね」
 悪霊が暴れるのは夜である。ネティが崇める太陽とて夜に起きた出来事は見通せはしないのだ。
「とにかく、それらしい事言って奥様を納得させないとね。もうすぐ夕方だし、早くしないと、また悪霊が暴れ出すよ」
 頷いて、ネティは一際甲高い奇声を上げた。
「取り憑いた悪霊を祓うには、屋敷を空にする必要がある‥‥ぞよ!」
「屋敷を‥‥空に?」
 ますます不安を掻き立てられたのか、視線をあちこちへと彷徨わせてネティのお告げを繰り返す奥方に、レイジュはおもむろに上着を脱ぎ捨てた。
 きゃっとあがった小さな悲鳴はネティのものだろう。それを無視すると、レイジュは袖を捲り上げて腕についた筋肉を奥方に誇示して見せる。
「大丈夫! この家に取り憑いた悪霊は、キャメロットの英雄たる僕が倒す!」
 手で顔を覆っていたネティが「自称、ね」と呟いたのもきっぱり無視をする。いろんな角度から筋肉をアピールしているレイジュの姿に、既に仕事に取りかかっていたサリは黙って扉を閉めた。
「サリ? 居間を調べるんじゃなかったのか?」
 怪訝そうに尋ねて来るウォルに、口元を微かに歪めた笑みとも顰めっ面とも取れる表情を向けて、素っ気なく告げた。
「‥‥大広間に移ろう」
 傍らを通り過ぎていくサリの後を追いつつ、中で何を見たのだろうとウォルは首を傾げた。
「ポルターガイストは、屋敷、または物に憑くモンスターだそうだ」
 火の気のない、寒々とした広間を見渡して、サリは淡々と告げる。これまでの話からすると、この屋敷に異変が起きたのは、前の主人が亡くなった後の事だ。まず怪しいのは、主の死後、屋敷に増えたもの。だが、それも一概には言えない。屋敷の中に入り込んだポルターガイストが、憑依物を変えている可能性もあるからだ。
「ヤツが何に取り憑いているのか、それが分かれば‥‥。だが、これと言って怪しいものはなさそうだな。‥‥何をしている?」
 羊皮紙とペンを床に置き、その傍らで跪いているウォルの姿に目を留めて、サリは目を瞬かせた。
「悪霊の話も聞いてみたいんだ。これで何らかの意志疎通が図れるといいんだが‥‥。悪霊さん、悪霊さん、応えて下さい」
「そ、そうか。‥‥‥‥頑張ってくれ」
 形ばかりの激励を贈ったサリは、ふと顔を上げた。
 何かが動く気配を感じたような気がしたのだが‥‥。
「気のせいか」
 どこからか風が吹き込んでいるらしい。幾筋か靡いた髪を直しつつ、サリは僅かに揺れるタペストリーを見上げた。

●ポルターガイスト
 藁や古着で巻かれた調度品が部屋の片隅に集められていた。その間に押し込められる形で置かれたチェストには、青ざめた顔の奥方が座っている。
 昼間のうちに、屋敷中の者を総動員して家具や調度品を包んでおいたのだが、この予防策がどこまで有効なのか分からない。しかし、今の今まで、何の予防策も講じていなかった状態よりは格段に安全性が高まっているはずである。
「あの、本当に大丈夫なのでしょうか」
 小刻みに震える手と、辺りが暗くなるにつれて血の気を失っていく奥方の傍らに腰掛けて、ネティは両手で細い手を包み込んだ。
「大丈夫ぞよ。我らを信じて、ここは‥‥って」
 怯えてネティに身を寄せた未亡人を宥めていたネティは、片側にそっと寄り添った熱に気づいた。ゆっくりと首を回し、熱の正体を確かめた彼女を軽い衝撃が襲う。
 ネティの腕に絡んでいた熱の正体、それは。
「‥‥何をしてるの? レイジュさん‥‥」
「ほ‥‥本当は、僕、ちょっぴり幽霊が怖かったりして」
 えへ☆
 小さく舌を出して見せたレイジュに投げつけるべき言葉を、心の中で並べたてる程度で我慢して、ネティは息をついた。彼の言う通り、もはや、いつ悪霊――ポルターガイストが現れてもおかしくない時間になっている。ここで感情に任せて行動しても何の利もない。彼へのお説教は、後のお楽しみにとっておく事に決めて、ネティは広間の中を注意深く見回した。
 布や藁に包まれた家具、調度類は隅に纏められている。屋敷の使用人達は、万が一の事を考えて屋敷から出してあるし、入り口と窓際には装備を整えたサリとウォルが目を光らせている。
「本当に大丈夫ですから。何が起きたって、私達が絶対に守りますから」
 奥方を励ましたネティの言葉が終わるか終わらぬかのうちに、部屋の中でカタカタと断続的に続く小さな音が鳴り始めた。
「やや? ネティの言葉を挑戦と受け取ったかな?」
 ネティにしがみついた状態のレイジュの呟きに、サリとウォルが油断なく身構える。
「ひぃやっ!?」
 途端に、家令の頭を掠めて藁で巻かれた銀の燭台が飛んだ。
 いくらなんでもあんな物が当たれば掠り傷程度ではすまない。
「気を付けろ!」
 ウォルの注意と同時に、アラバスターの小箱がチェストで身を縮込ませている奥方に向かって飛んで来る。
「おっと」
 それを軽々と受け止めて、レイジュは首を竦めたネティに小さくウインクをした。
「ね? 僕が側にいて良かっただろ?」
 続けて襲いかかったインク壺を叩き落とすと、レイジュは腰に下げていたロングソードを抜きはなつ。素早くレイジュの側へと駆け寄ったウォルの体が淡いピンクの光を纏う。
「ありがと、ウォルさん」
「効果が切れた時に備えて、これも持っているといい」
 レイジュの手にシルバーダガーを押し込んで、ウォルは飛来した物体を弾き返した。
「あああっ!? お祖母様の小物入れがっっ!!」
 甲高い悲鳴に、ウォルは慌てて振り落とした物を拾い上げる。古布で幾重にも包んだお陰か、破損は免れたようだ。思わず立ち上がった奥方とネティの背後で、彼女達がそれまで座っていたチェストの蓋が開き、中に入れてあった品々が勢いよく宙に浮かび上がった。
「ちっ」
 小さな舌打ちと共に、レイジュとウォルがそれらを回収すべく手を伸ばす。
「しゅ‥‥主人の形見‥‥っ」
 くるくると宙を回っていた装飾の施された短剣を取ろうとした奥方を、ネティは慌てて押し止めた。そのまま床に転がって、彼女の上に覆い被さる。
 見えざるものの手で引き抜かれた短剣が、彼女が頭を覆っていた薄布を貫いて床へと突き刺さった。
「サリ! まだか!?」
 このままでは埒があかない。ウォルの声に、若干の焦りが混じる。
 飛び回る品々を避けつつ、冷静に観察していたサリの目がすぅと細められた。目の前に飛んで来た包みを受け止めると、それを小脇に抱えてホーリーシンボルを掲げる。
「そこか!」
 荒れ放題の部屋の中、そよとも動かぬタペストリーに向かって、サリはホーリーを放った。白い光に包まれたタペストリーが木が軋むかの悲鳴を上げる。タペストリーが二重に重なっているような幻が彼らの目に映ったのは束の間の事。
「剥がれた! 他の物に取り憑かせるな!」
「任せろ!」
 タペストリーの側にゆらゆらと漂う霧状の何かに向けて、ウォルはシルバーダガーを振り上げた。拡がった霧の腕を躱し、オーラパーワーを付与されたレイジュのロングソードがそれを切り裂いた。
 木枯らしが木々の間を吹き抜けるような悲鳴が響いて、ネティの体にしがみついていた奥方が身を竦ませる。
「逃がさん!」
 再び、サリの体が白い光に包まれた。
 狂ったように飛びまわる家具や調度類を避け、呪文を唱えつつホーリーシンボルを掲げる。放たれたホーリーに、掠れた悲鳴を残して、この屋敷に取り憑いてきた悪霊は霧散した。

●幸せになるために
「もう、悪霊は現れないはずだ」
 あの後、屋敷の中を再度念入りに調査したが、ポルターガイストが潜む痕跡はどこにも見当たらなかった。やはり銀と白の魔法とを中心にした彼らの攻撃に耐えきれず、消滅したのだろう。
 心からの感謝を述べる奥方を優しい目で見て、ウォルは踵を返した。依頼は終わった。もう、出発の時だ。
「あ、ちょっと待って」
 去ろうとする仲間達を掻き分け、頭の薄布を着け直したネティが奥方の前へと飛び出す。
「家宝に拘り過ぎる心が悪霊に付け込まれたの‥‥ぞよ。物は所詮、物。奥様と周囲の人達が幸せに暮らす事こさ、亡くなった方々の願いではないかしら‥‥じゃなくて、願いぞよ」
 占い師ネティの言葉を肯定するように、背後に立つ仲間達も頷いた。ポルターガイストが取り憑いた原因と家宝との因果関係は不明のままだが、未亡人が守らなければならないのは、亡くなった者達の遺品ではなく、自身と所領の人々なのだから。
「では、俺達はこれで」
 去って行く冒険者達の背を見送りながら、奥方は胸元に当てた手をそっと開いた。印章が刻まれた指輪が、朝日を受けて鈍く輝く。
「あの方々の言う通りですね。わたくしは遺された物ばかり守って来ました。‥‥ですが、これからは、皆が幸せになる事を考えますわ」
「奥様‥‥」
 しっかりとした奥方の言葉に、家令は感激に声を詰まらせた。今は亡き主人が聞けば、きっと喜んで下さるに違いないと、墓前への報告を決意したその時に、現在の主人たる未亡人がにっこりと微笑んで彼を振り返った。その細腕に抱えているのは、巨大な壺。
「ほら、ご覧なさい。これが幸せを呼ぶという壺ですのよ。買っておいて良かったわ。もう大丈夫、安心して頂戴ね、ジェイムズ」
 かくりとその場に崩折れた家令を誰が責める事が出来ようか。
 背を向けた屋敷でそんな遣り取りが交わされている事など知る由もない冒険者達は、依頼を完遂した充実感と、かの屋敷の人々の輝かしい未来への祝福とを胸にキャメロットへの帰路についたのであった。

●コミックリプレイ

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