幼き心を守れ! 勇者の闘い!!

■ショートシナリオ&
コミックリプレイ


担当:桜紫苑

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 57 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月13日〜03月21日

リプレイ公開日:2005年03月22日

●オープニング

●勇者の伝説
 山にワルいヤツらがいる。
 そう言ったのは一番年上のパーシーだった。
 昔、セイギのミカタに倒されたワルいヤツらが生き返って猟師のアントンおじさんを殺しちゃったんだ。
 震え、泣き出す年下の子供達を見渡して、彼は続けた。
「ヤツらが生き返ったなら、また村でひどい事をするよ。絶対」
 大きくなった泣き声の合唱に、慌てて彼らの親が飛んで来る。山で亡くなった猟師には身よりがない。村全体で彼の魂を聖なる母の御元へと送り出す為の準備に追われている最中の事だ。
「パーシー、ニーナ、何をしているの? こんなにうるさくしていちゃ、アントンおじさんだって驚いて飛び起きてしまうわ」
 一間しかない家の中を覗き込んだ母親の服の裾に飛びついて、幼い少女は涙で顔をくしゃくしゃにしてしゃくりをあげるのみだ。
「パーシー、ニーナ? 一体どうしたって言うの? ミミィ達をこんなに泣かせて」
「ワルいヤツらが戻って来るんだよ、母さん。だから、早く何とかしなくちゃ」
「え? ええ?」
 思わず問い返した母親を、家の中で幼い子供達を宥めていた金髪の少女が振り返る。
「大丈夫よ、アニー小母さん。心配しないで。だって、悪い奴らは勇者様達が倒してくださるもの」
 きっぱりと言い切って、少女は泣き止まぬ子供達の涙を拭った。
「だから、あなた達も泣かないのよ。悪い奴らがやって来たなら、勇者様達のお名前を呼べばいいの。そうすれば、勇者様は必ず助けに来て下さるわ」
 母親は困惑した。
 猟師は、山で足を踏み外し、打ち所が悪くて亡くなったのだ。子供達が言うような「悪い奴」の仕業ではない。しかし‥‥。
「いい? 悪い奴が来た時は、大きな声で勇者様のお名前を呼ぶのよ」
「ワルいヤツなんか、セイギのミカタがやっつけてくれるさ!」
 年長の2人、パーシーとニーナを中心にみるみる団結していく子供達の姿に、母親は途方に暮れたように頬に手を当て、吐息をついた。
「どうしましょう‥‥?」

●子供達の為に
 差し出された羊皮紙には細かな文字がびっちりと書き込まれていた。羊皮紙とてタダではない。僅かな余白も無駄にすまいと、記入者が頑張ったらしい。
「かつて、私達の村を拠点にし、モンスターを使って悪事を働いていた者達を、5人組の勇者様が倒して下さいました」
「へぇ、ほぉ?」
 横合いから差し出された手に羊皮紙を渡すと、冒険者は目の前の女性に笑顔を向ける。
「それで?」
 頬引き攣らせて問うた冒険者に、少女のような容貌をした女性は両の手を軽く合わせ、はにかんだ微笑みを返す。
「子供達の夢を壊しては可哀想だと思うんです。私も、幼い頃、凛々しい勇者様の活躍のお話に胸をときめかせた経験がありますから、あの子達の気持ちはよく分かるんです。それに‥‥」
 あの日以来、子供達の様子がおかしいのだと、彼女は言った。
 村の外に出る事が無くなり、家の中でさえ、存在するはずのない敵を警戒してか、ピリピリとしている。
「ずっと気を張りつめてるんじゃ、すぐに参ってしまうだろうな」
 それでは子供達が可哀想だ。
 誰かの呟きに、依頼人と向き合っていた冒険者は肩を落とした。
「で、村ぐるみで一芝居打つわけだ」
「はい。でも、村には肝心の勇者様と悪者の役をやれる者がいなくて」
 必要となるのは5人組みだったという勇者、そしてモンスターを操る3人の悪者の計8人になる。
「えーと、3人の悪者、村を占拠せよと引き連れたモンスターに命ずる。村人、果敢に刃向かえど、幼子を奪われ、ついには膝を屈するなり。ただ幼子達のみが正しき者の勝利を信じて救いを願う」
 依頼を受ける、受けないは、きちんと話を聞いてからでも遅くはない。読み上げられていく内容を、脳裏に思い浮かべながら聞きいる冒険者達。
「悪者、勝利を誇りしその時に、颯爽と現れたる5人の若者達」
 5人組ならば、頭数を合わせればいいだけである。これは問題ない。
「悪者の企みを打ち砕かんと高らかに宣す。彼らの姿を覆い隠す霧が晴れた後、そこに立つは戦神の如き勇者なり。轟音と共に立ちこめた煙の中、それぞれに名乗りを上げた勇者の呼吸、まさに1つとならん」
 冒険者達の眉間に皺が寄った。
「無数に襲い来るモンスターを蹴散らし、捕らわれた幼子を救い出した勇者に、悪者、力の全てをもって立ちはだからん。互いの力と力をぶつけ合い、死闘、太陽が沈むまで続けり。勇者、最後の力を振り絞り、5人の力を1つに集め、ついには悪者を倒せり‥‥なんだ? こりゃ‥‥」
 悪者退治という事ならば、冒険者ギルドでは珍しくもない話だ。この勇者譚は、かつての冒険者の逸話が誇大化されたものかもしれない。
 ‥‥かもしれないのだが。
「なんで、いきなり武装してんだよ」
「モンスターの群れを前に、いちいち名乗るか? 普通‥‥」
「5人の力を1つに集めって何だよ、これ」
 次々と入る突っ込みの嵐の中、依頼人の女性は彼らに同意するように大きく頷いた。
「ですから、村の人では無理なんです」
 祭りの芝居レベルでは子供達の目は誤魔化せない。架空の敵の襲撃に怯え、勇者を待ち望む子供達の為にも、ここは忠実に伝説を再現する必要がある。
「村人も最大限の協力をしてくれます。例えば、村の男達は、動物の皮や角で変装して手下のモンスター役をやりますし、女達も悲鳴をあげたり、逃げたり。あ、後、色々な下準備も行います。まず、裏山から襲って来る悪者と手下の為に、村の柵を外し、広場までの道を空けておきますでしょ」
 それから、と依頼人は1本ずつ指を折る。
「勇者が登場する場所として、収税倉庫をご用意致しますのよ。村で一番大きな建物ですし、広場に面しておりますから、何かと都合がよろしいかと思いまして。モンスターの変装などの衣装は、村の女達が作りますし」
 依頼人は楽しげだ。
「子供達の為」というのは嘘ではないようだが、村をあげての娯楽にしようというのも見え見えである。
「それから、勇者様が登場する時に起こる爆煙は、色を混ぜた石灰を袋に入れて投げたらどうかという事になりましたのよ」
「‥‥爆煙?」
 羊皮紙を見返した冒険者に、はい、と依頼人は声を弾ませた。
「赤色は赤土を、緑だと黴なんかを混ぜたりすればいいのではないかと、皆で話し合っている所ですの」
「‥‥それは‥‥ちょっと嫌かも‥‥」
 羊皮紙を読む限り、武装した勇者は爆煙の中から現れる。つまり、土やら黴やらが混じった石灰を大量に投げつけられるわけだ。
 名案だと思いこんでいる依頼人に、冒険者達は額を押さえた。

●異変
 村へと続く山道は、間近に迫った「芝居」の為に整えられていた。
 悪者と結構な数のモンスターが村へと雪崩れ込むのだ。それなりに整備しておかねば、当日、怪我人が出かねない。
「よーし、ここはこれでいいべ」
 自分の仕事の成果に満足しながら辺りを見回した男は、木々の向こうを過ぎる影に気づいて苦笑を浮かべた。
「気の早い奴もおるべだな。おーい、モンスターの格好すんのは、まだ早いでよ」
 彼の呼びかけに、影はゆっくりと振り返る。
 下顎から出た牙に不気味な色の肌。ゴブリンと呼ばれるモンスターに、それはよく似ていた。
「よく出来てるべな。だども、ゴブリンはこんなに大きく無かんべ? どうせなら、もっと体格のいいモンスターに‥‥」
 おかしいと気づく前に、彼は振り上げられた腕に吹き飛ばされていたのだった。

●今回の参加者

 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2634 クロノ・ストール(32歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3143 ヴォルフガング・リヒトホーフェン(37歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●予感
 大人達の様子がおかしい。
 何だか忙しそうで、声を掛けてみても、誰もまともに取り合ってはくれないのだ。
 ミミィの手を固く握りしめて、パーシーは唇をぎゅっと結んだ。自分が怖がっていては、ミミィ達が不安に思う。
 勇者の伝説を信じていても、服に零した香草茶がじわじわと染みていくように心の中に広がる疑いの雲。
 何の疑問も持たずに勇者を信じていられたらよかったのに。溜息をついて、パーシーは顔を上げた。変な奴らが収税倉庫の前に立っている。数は5人。全員、頭から足まで隠れてしまうようなフード付きのマントを着ていた。
 睨み付ける視線に気づいたのか、中の1人が振り返った。
 フードから覗いた白くて細い顎、そして、そいつは笑った。
 パーシーは、咄嗟に身を翻した。ミミィの手を引っ張り、一目散に駆け出す。
 何も考えられなかった。
 怖くて怖くて、ただ、それだけだった。
 だから、彼は気づかなかった。
 彼の背を見送ったフードの中から漏れたのが、優しい声だった事に。

●舞台裏
 毒々しい赤に彩られた唇から放たれたのは、明るい調子の戒めの言葉だった。
「打ち合わせ通りにやれば、勇者側でうまくやってくれるけど、皆、怪我しないように自分で気を付けてね」
 思っていたよりも体の線を浮き上がらせている黒の衣装の裾を気にしつつ、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)は腕を振り上げた。それが、「祭り」の始まりを告げる合図だ。
 集っていた者達も手を振り上げ、足を踏みならしてレヴィの言葉に応えている。熱い気迫が周囲に満ちていた。
「嗚呼‥‥」
 期待以上の反応が返った事に、レヴィは思わず感激して天を仰ぐ。
「今、あたし達は1つになっているのねっ」
 イベントを成功させようとする村人の心と、レヴィ達冒険者の心は1つとなった。もはや怖いものなど何もない。彼らの目には、この先にある感動のフィナーレが早くも映っていたに違いない。
「じゃ、しゅっぱーつ!!」
 レヴィの号令に、仮装モンスターの群れはゆっくりと山道を下り始めた。
「ほら、アンタも何をぼさっと突っ立ってるんだい? 準備が出来たんなら、並んどいで!」
 そんな中、どうしてよいのか分からず、周囲を見回しているホブゴブリンの仮装をした男に気づいて、ベアトリス・マッドロック(ea3041)はその背中を軽く叩いた。
 ゴテゴテと角や棘の飾りをつけ、目のまわりを黒く縁取ったベアトリスの指示に素直に従い、仮装モンスターの列の最後尾に並ぶ男を見送ると、ベアトリスはやれやれと溜息をつく。
「しかし、なんか‥‥ちょっと異様な光景だねェ」
 愛用の帽子を着用するかどうかをギリギリまで悩んでいたヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)が、その呟きにぴたりと動きを止める。
「ん? 何だい? どうかしたかい?」
『アナタも人の事は言えません、絶対に』
 しかし、彼はそれを声に出すという愚は冒さなかった。適当に笑って誤魔化すと、帽子を木の枝に引っ掛ける。残念だが、帽子は今回の役に合わないと判断したのだ。
 何しろ、彼の役は『妹を守る為に悪に身を堕した勇者』なのだ。元仲間達と戦わなければならない悲しみ、悪にその身を染めた自嘲、そして諦め。葛藤する男に、余計な装飾は不必要だと彼は考えた。
「全てを捨てた男だからな‥‥」
「何1人で陶酔してんだい!? おいてくよ、ヴォルフの坊主!」
 自分の出した「役」への答えに満足してほくそ笑んだヴォルフに、情け容赦ない声が飛んだ。悪の女王の喝に、寸前まで格好よくキメていた男は、とほほと肩を落としたのだった。

●伝説の再来
 突然に、それは村を襲った。
 聞こえて来た悲鳴に、ニーナの手を振りきってパーシーは外へと飛び出す。
「来た。やっぱり来た‥‥ヤツらだ」
 怯えて、ミミィが彼にしがみつく。ニーナも、他の子供達を背後に庇いながら、恐る恐る顔を出す。
 彼らの前に、悪夢のような光景が広がっていた。
 逃げ惑う大人達と、恐ろしい姿のモンスター達。
「おにいちゃん‥‥」
 しゃくり上げながら、しがみつく手に力をこめたミミィを引き寄せるのが精一杯だった。いつか来ると分かっていたモノが来た。分かっていた事、想像していた光景。だが、現実に遭遇したのは、想像していたものと絶対的な違いがあった。
 それは恐怖だ。
 生まれて初めて感じる恐怖に、足が竦んで動けなくなったパーシーに、モンスターの間を抜けて黒づくめの女が歩み寄って来る。
 ついと伸ばした手が、パーシーの顎を捉えても、彼は動けなかった。女を睨み付けるのが精一杯だ。
「おやおや。生意気そうな子供だこと。でも、こっちの子は‥‥なかなか素直そうでいいじゃない?」
 顎を取られていた手が外されたかと思うと、女はパーシーの足にしがみついたまま、泣く事も忘れて彼女を見上げていたミミィの襟首を掴んだ。
 女の腕に抱き上げられたミミィの姿に、パーシーは我に返った。反射的に、女へと掴み掛かる。
「ミミィを返せーっ」
 その手を阻んだのは、金色の髪をした男だった。
「怪我をしたくなければ、大人しくしている事だ」
 男の後ろから、モンスター達を引き連れた女が現れる。角や棘が生えたその女は、モンスターどもの女王なのだろう。
「くくくくっ! この村は、もはや妾達のもの、貴様らも大人しく妾に従うがよいぞ! おーっほほほほほほほ」
 怯えて大人達が姿を現さない広場を見渡し、悪の女王は高らかに笑った。
「そ、その通りですわ、クイーン・オーグラー様。この生意気な子供達は、このダークネス・ウィッチにお任せ下さいまし」
 ダークネス・ウィッチと名乗った女が、恭しい態度でミミィを悪の女王、クイーン・オーグラーに渡す。このままでは、ミミィは奴らに食べられてしまうに違いない。
 恐怖も忘れて、パーシーは悪の女王に向かって突進しようとした。
 だが、その額を押さえた金髪の男の手のせいで、1歩も前へと進めない。
「ちくしょー! お前達なんか怖くないぞ! セイギのミカタがきっとお前達を倒すんだからな!」
「このクイーン・オーグラーに逆らうとは愚かな子供め! 貴様らに助けなど来るものか。皆の者、やっておしまい!」
 パーシーの背後で悲鳴があがった。ニーナの声だ。
 悪の女王の命令で、モンスターの群れがニーナ達を捕らえるべく動き出したのだ。
 と、そこへ‥‥。
「そうはさせない!」
 広場に満ちた悪しき気配を切り裂く声が響いた。
 声の主を探して振り仰ぐと、青い空を背にし、収税倉庫の屋根に立つ影が5つ。
「行くぞ、皆!」
 誰何するよりも早く、その影が動いた。何処からともなく巻き起こった5色の煙の中、赤い鎧と赤いマントを身に纏ったミリランシェル・ガブリエル(ea1782)が拳を握り締め、名乗りを上げると屋根から飛び降りる。
「烈火の勇者! ブレイブ・スカーレット!」
 彼女から数瞬遅れて地上に降り立ったのはクロノ・ストール(ea2634)だった。肩に薄く積もった石灰をマントを翻す事で払い落とし、静かに己の名を告げる。
「蒼き空の騎士、ブレイブ・ブルー」
 続いて、黒い影が屋根を蹴った。空中で1回転し、猫のように身軽に着地した影はクリムゾン・コスタクルス(ea3075)。彼女の勇者名は‥‥。
「闇を切り裂く刃! ブレイブ・ブラック!」
 次々と現れる勇者達に、動揺したモンスター達がじりと後退する。
 そんなモンスター達を高みから見下ろして、アルメリア・バルディア(ea1757)はそっと指を組んで目を閉じた。
「祈りの声に誘われて、風司る天使、ブレイブ・グリーン推参‥‥」
 宙を舞う羽根の軽やかさでアルメリアが仲間達に並ぶと同時に、舌ったらずな幼い声が広場中に元気よく響く。
「天翔る幼き影、ぶれーぶまるべりー!!」
 桑の実のような濃い紫色のマントとマフラーを靡かせ、仲間達の前に降り立った遊士天狼(ea3385)が小さな手で素早く印を結んでポーズを決める。
 全員揃った所で、彼らはびしりと動きを合わせた。
「勇者戦士団、ブレイブ・ファイブ!!」
 再び、彼らの背後で5色の煙が派手に舞う。
 その後、芝居は打ち合わせ通りに進んだ。
 まずは雑魚モンスター達とそれぞれの技を駆使して戦う。倒されていく部下の姿に、ダークネス・ウィッチは「魔の竪琴」を掻き鳴らし、勇者達を苦しめるのだ。
「ああっ! 頭が割れるッッ」
 耳を塞ぎ、片膝をついたクリムゾンの傍らでは、天が頭を抱えてごろごろと転がっている。
「ふふ。耳を塞いでも無駄よ」
 積極的に攻撃を仕掛けるダークネス・ウィッチとは対照的に、静かに勇者の前に立ちはだかったのは、ヴォルフだった。その姿に、アルメリアが息を呑む。
「あ‥‥あなたは‥‥」
 彼らの様子に気づいたクロノが、それまでの冷静さをかなぐり捨て、感情を剥き出しにしてヴォルフへと詰め寄った。
「貴様っ! どうして!」
「お前達の知るヴォルフガングは既に死んだ。ここにいるのは、悪の飼い犬だ」
 アルメリアとクロノから顔を逸らし、自嘲気味に呟くヴォルフ。
 この3人が過去に何らかの関係があった事を思わせる場面だ。子供達には分からないだろうが、隠れて観劇しているお母さん達には伝わったはずだ。
「たとえ貴方が相手でも、子供達も仲間も守り抜きます」
 頭に巻いていたリボンをするりと解き、アルメリアはヴォルフと対峙した。
 建物の陰に隠れていたお母さん方が身を乗り出した様子に、ベアトリスは苦笑を漏らす。
「皆、若いねェ‥‥おんや?」
 ミミィを膝の上に乗せ、すっかり見物モードに移行していたベアトリスの眉が寄った。
 モンスターを殴り飛ばしているモンスターがいる。村人の中で諍いでもあったのかと考えたベアトリスは、次の瞬間、それがそんなに生やさしい話ではない事に気づいた。
 ホブゴブリンの姿をしたそいつが、近くにいたモンスター達を手当たり次第襲い始めたのだ。
「‥‥っ!」
 警告を発しようとして、ベアトリスは思い止まった。警告に、村人達が恐慌を来す可能性がある。
 どうやらホブゴブリンの動きに、勇者と悪の幹部も気づいたようだ。
 狂ったように突進していくホブゴブリンの前方には子供達がいる。
 恐ろしい咆吼をあげるホブゴブリンから小さな子供達を庇ったニーナを丸太のように太い腕が襲った。
 咄嗟に、ヴォルフは地面を蹴った。ニーナの体を抱えて転がったヴォルフの頭上を、ホブゴブリンの腕が凄まじい勢いで過ぎっていく。
 一方、ニーナという壁を失った子供達は、ホブゴブリンと真正面から向き合う事となり、竦み上がった。
 動けない子供達に迫るホブゴブリンの足下に、何かが突き刺さる。
 歩みを止めたホブゴブリンの前に、小さな影が躍り出た。
「皆は、このぶれいぶ・まるべりーが守りゅのっ!」
 白い歯を見せて、爽やかに笑ってみせたのはぶれいぶ・まるべりー‥‥天だ。
 袖口から手の中に滑り落とした手裏剣を素早く投げつける。芝居用の木製の手裏剣だったが、それでも幾ばくかの打撃を与えるはずだ。
 天の攻撃にホブゴブリンが怯んだ僅かの間に、レヴィはクリムゾンと視線を交わした。
「子供達が恐怖の心を持つ限り、あたし達の力は増すのよ」
 広場中に響き渡れと高らかに笑って声を張り上げたレヴィに、クリムゾンも負けじと言い返す。
「こんな事でやられてたまるか! あたいら力を合わせれば無敵なんだ!」
「そうだ。後は、勇気だけだ!」
 よろめくように立ち上がったミリーの言葉に、恐怖に震えていたニーナが「あ」と声を上げた。
「そうだわ! 皆、勇者様のお名前を呼ぶのよ!」
 以前聞いた話を思い出して、子供達は口々に「ブレイブ・ファイブ」の名を呼び始める。
 始まった幼い声援に、クロノは口元を微かに緩めた。
「祈りある所、正義の輝きあり! 皆、力を!」
 勇者の名を呼ぶ子供達の声が大きくなり、1つに纏まっていく。顔を真っ赤にして、力の限り勇者達を呼ぶ幼い声に、ミリー達の心にも高ぶるものが生まれた。
「受けてみよ! 真っ赤に燃える正義の心! バーニング・ディバイト!!」
 ミリーのニードルホイップが、ホブゴブリンを打ち据える。それと同時に、風上から近づいた天が春花の術でその動きを完全に止めた。
 後は、トドメをさすだけだ。
 淡いピンク色の光に包まれたクロノが剣を構え、眠りに落ちたホブゴブリンの体を貫く。
「魂の輝きある限り、私は負けない! 蒼き閃光ッ、ブルーフィニッシュ!」
 地響きを立てて倒れたホブゴブリンが動かなくなった事を確認して、クロノがベアトリスを見た。小さく笑うと、悪の女王はしがみついていたミミィを地面に下ろし、禍々しく飾り立てたクラブを振り回して部下達に命ずる。
「ええい、引き上げるのじゃ!」
「おのれ、ブレイブ・ファイブ! 覚えてらっしゃい!」
 その声を合図に、レヴィとヴォルフもそれぞれに動き出す。
 レヴィはダークネス・ウィッチとして捨て台詞を残し、ヴォルフは何も言わず、ただ子供達と勇者を見つめて踵を返す。
 ヴォルフの後ろ姿を見送るアルメリアの肩に、クロノの手が置かれる。伝えたい言葉があるのに言えないもどかしさを抱えたアルメリアと、そんな彼女を見守るクロノと。
 後の展開を広場の隅で覗き見している奥様方の想像力に委ね、勇者の物語は締めの時間を迎えていた。
「あんた達に正義を信じる心がある限り、あたい達はどんな強敵にも立ち向かっていけるのさ」
 周囲を取り囲んだ子供達の真摯な眼差しを受け止めて、クリムゾンは声に力を込めた。その言葉は芝居の台詞などではない。彼女自身がこの芝居を通して感じた、正直な気持ちだ。
「そう。あんた達の心が、私達に勇気を与えてくれたのよ。ありがとう」
 小さい子達を守る為に頑張ったパーシーを抱き締め、その柔らかい頬に頬ずりをして、ミリーも礼を述べた。
 芝居が成功し、紛れ込んでいたモンスターを気づかれる事なく倒す事が出来たのは、思っていた以上に子供達が「勇気」を持っていたからだ。
 照れたようにジタバタと暴れるパーシーをもう1度抱き締めて、ミリーは仲間達を振り返った。
「さあ、そろそろ行くわよ。クイーン・オーグラー達を追わなければ」
 去って行く勇者達の背に、子供達はその名を声の限りに叫んだ。

 戦いが1つ終わり、勇者は去った。だが、その姿は彼らの心の中で永遠に輝き続けるだろう。
(完)

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