空飛ぶ敵を討て

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月10日〜04月19日

リプレイ公開日:2005年04月19日

●オープニング

●空からの襲撃
「また、ですか」
 寒々とした石の広間に硬い声が響いた。
 今の時間、天頂を進んでいるはずの恵みの太陽も、この広間を暖めてはくれない。高い位置にある窓から差し込む僅かな光だけが、この部屋に与えられた太陽の恩寵。昼なお暗いこの広間が、周辺地域を取り仕切る領主の在所であった。
「それで、今度は何を持っていかれましたか」
「は、それが、今回は‥‥」
 どこか温かみに欠けた声で尋ねた女の前に跪いた男は、強く唇を噛み締めると主を振り仰いだ。それまで報告を行っていた事務的な口調に、抑え切れない憤りが混じる。
「今回は、生まれたばかりの赤子でございます。いつものように、あの忌々しい鉤爪で引っ掛けて飛び去っていったとか。家畜だけならまだしも、赤子まで奪うとは‥‥!」
「悪魔どもには、家畜も人もただの獲物にすぎません」
 かつんと、小さな靴音を鳴らして、女は壁に掛けられたタペストリーへと歩み寄った。
 そこに織り込まれているのは、彼女が治める領地とその周辺地域の簡素な地図だ。
「どこかの島に巣があるのでしょうが、さりとて全ての島を調べるのは無理というもの」
 そいつは、海の向こうからやって来る。
 そして、獲物を捕らえて海の向こうへと去っていくのだ。
「漁師どもも、沖へ出るのは嫌がりますし」
 丁寧に手入れされた細い指先が、彼女の領地と海を挟んだ向こう側にある島の形をなぞる。
「悪魔の島」と呼ばれるその島に、領民は誰も近付こうとしない。その周辺に散らばる小さな島々でさえも、近付けば呪われると純朴な彼らは信じているのだ。
「しかし、このまま手をこまねいているわけにも参りません」
 彼女は傍らの男を振り返った。
「では、守護の者達を遣わしますか?」
「いえ‥‥。彼らには彼らの役目があります。‥‥そうですね、今回はギルドとやらに頼みましょう」
 女主人の決定に、男は驚いたような表情を浮べた。だが、それも一瞬だけの事。すぐに、畏まって彼女の次の言葉を待つ。
「以前より、冒険者という者達には興味がありましたし。彼らの力を知るのに良い機会です。噂通りならば、あの悪魔を退治してくれるでしょう」
「噂だけの者達ならば、いかが致しましょう?」
 男の問いかけに、美しい女主人は全ての者が見惚れる柔らかな微笑で答えた。
「その時は、改めて守護の者達を動かせばよいだけの事。彼らに余計な負担をかけぬ為にも、腕のたつ者を雇って来ておくれ」

●空飛ぶ敵を討て
 その日、ギルドを訪れたのは身なりのよい男であった。
 立ち居振舞いからしても、それなりの教育を受けた者であると知れる。
 彼はゆっくりと受付台へと歩み寄ると、おもむろに口を開いた。
「腕のたつ者を数人雇いたいのだが、都合はつくだろうか」
 目を瞬かせた受付嬢は、彼女は胸を張って大きく頷く。
「それゃあもう、よりどりみどりですわ、旦那様」
 口先だけのでまかせを言う必要はない。ギルドに登録された冒険者達の冒険譚は彼女もよく知る所である。どんなに危険な依頼も、彼らは恐れる事なく立ち向かい、無事に生還してくる。
「そうか。それは頼もしい事だ。では、早速頼みたいのだが」
 男が語った依頼の内容は、すぐさま依頼状にまとめられてギルドの壁に貼り出された。
「えーと、なになに? 空からやって来る悪魔の退治依頼?」
 空からやって来る悪魔。
 比喩か、それとも本当に悪魔なのか。
 読み進めながら、冒険者は依頼に記された特徴と己の持つモンスターの知識とを照合する。
「鉤爪を持ち、大きな羽根を持つ鳥のようなモンスターか。出没するのは夜中、これまでの被害は鶏数十羽、赤ん坊1人‥‥‥‥牛ぃ!?」
 素っ頓狂な声を上げた冒険者に代わって、別の冒険者が続きを読み上げていく。
「毎夜の如く現れる悪魔に、領民達は困っている。討って貰えるのであれば、我と領民達は最大限の協力を惜しまぬであろう、か。どうやら、依頼人は領主のようだな」
 提示された依頼料金も多い。
 通常の報酬の上に、成功した場合は報奨金も出すとある。
 記された名前は、エレクトラ・ベイリアル。
 エレクトラは女性の名だから、ギルドに訪れた男は彼女の代理人であろう。
「そういや、南の方の港町辺りにベイリアルという領主がいると聞いた事があるな」
「だが、ちょっと遠いな。‥‥どうする?」
 意見を求めた冒険者に、仲間達は肩を竦めてみせた。
「遠くても、困って俺達を頼って来た者を見捨てられるのか?」
 軽く笑い合って、冒険者達は依頼状を手に受付へと向かった。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●ポーツマス
 活気のある街だと、真幌葉京士郎(ea3190)は思った。
 夜な夜な襲来する悪魔に脅かされ、住人達も沈んでいるだろうと思いきや、人々の顔は明るい。時折、強く吹き付ける風の音に怯えたように肩を震わせてはいるが、それでも、彼らの顔には笑顔がある。
「領主が何とかしてくれるそうだ」
 京士郎の考えを見透かしたように、傍らを歩いていたアリオス・エルスリード(ea0439)が呟きを落とす。彼が声をかけた者達から得たのは、現れるモンスターの詳細以外に、このポーツマスの住人達が領主に対して深い信頼を抱いているという事だった。
「随分と領民に好かれているな。ベイリアルという領主は」
 老婆から渡された焼きリンゴを手に、アリオスは小さく笑った。
 予め依頼人に連絡を入れていたクレア・クリストファ(ea0941)のお陰で、ポーツマスの人々は見ず知らずの冒険者にも親切だ。領主が彼ら冒険者の訪れが告知し、最大限の協力を要請してくれたのは、クレアにとっては予想外の効果であっただろう。
 半分に割った焼きリンゴを京士郎に渡して、アリオスは情報収集の結果をぽつり、ぽつりと語る。
「クレアが前もって情報収集を頼んでいたからな、調べるというよりも、確認すると言った方が正しいんだが」
「うむ」
 焼きリンゴを頬張って、京士郎は相槌を打つ。
「奴が出没する時間は真夜中。頻繁に現れる場所には、オイル達が先に向かっている」
「うむうむ」
 だが、とアリオスは息を吐いた。
 ここで合流するはずの者が約1名、戻ってこないのだ。放っていく事も考えたが、そうすると他の者達(特に女性陣)に何を言われるか分かったものではない。
「天は何をしているんだ、一体」
「うむうむうむ?」
 咀嚼をする京士郎に、アリオスは肩を落とした。
「せめて、口の中のものを飲み込んでから話せ」
 頬張ったものを飲み下すと、京士郎は届かなかった言葉を再度告げる。
「天ならほら、あそこで絵描いてるぜ」
「絵ェ?」
 この忙しい時に!
 こめかみを引き攣らせつつ、子供達に囲まれて絵を描いている遊士天狼(ea3385)の元へ歩み寄り、その首根っこを掴み上げる。
「こら、悪戯坊主。お兄さん達を働かせて何をやっている?」
「えっとねー、天ねー、ポーツマスの人達をいじめりゅ悪い奴にめっすりゅの!」
 猫の子のように摘み上げられたまま、天は無邪気に微笑んで質の悪い羊皮紙をアリオスの目の前に差し出した。
「へぇ、なかなか上手いじゃねーか。鳥さんか?」
 ぐしゃりと乱暴に髪を撫でて、幼い絵の出来を誉めてやった京士郎は、次の天の言葉に動きを止める事となった。
「悪い奴なの」
 危うく聞き流す所だったが、彼は絵を指して「悪い奴」と言った。
 と言うことは、とアリオスは周囲の子供達に視線を走らせる。
「でもね、もっと大きいの。爪もこーんなでぇ、サライさんの羊を引っ掛けて飛んでっちゃったの」
 彼らが語っているのは、空から襲ってくるモンスターの事だ。
 まじまじと、アリオスと京士郎は天の描いた絵を見た。
「これを見る限りでは、梟の類ではなさそうだな。可能性としては一番高かったんだが」
 細長い首に、鋭い嘴。この絵が連想する鳥は‥‥。
「そういや、昔、聞いた事がある。デビルの中に、禿鷹の姿をした奴がいると」
 もしも、相手がデビルであるならば、通常攻撃はさほど効果はない。
 慌てて、アリオスは踵を返した。
 作戦に若干の修正が必要だと、彼は感じたのだった。

●決意
「ひどいものですね」
 地面に触れたクレアの声は、憤りと哀しみで微かに震えていた。海を見下ろすこの場所には、以前、鶏小屋があったという。それが怪物に襲われて、一夜のうちに全て失われてしまった。クレアの指先が探り当てた木片は小屋の残骸、ところどころ付着しているのは鶏の羽根だ。
 腰に手をあて、パトリアンナ・ケイジ(ea0353)はふふんと鼻を鳴らす。
「荒らしに荒らしてるようだな。だが、あたしが来たからには、もう好き勝手はさせやしないさ」
「あまり無茶はしない方がいい」
 パティに釘を刺したのは、クレアが領主から借り受けた牛を杭に括り付け直していたオイル・ツァーン(ea0018)だ。括ったロープがすぐ解ける事を確認して、オイルは暗闇に波の音だけを響かせている海に鋭い視線を向けた。
「相手は牛さえも連れ去る力を持つ相手だ。しかも、未だ正体がはっきりしない」
「相手にとって不足はないってもんだ。滾るじゃないか」
 まだ見ぬ強敵に、パティの闘志は燃え上がっているらしい。手のひらに拳を打ち付けた彼女を窘めるように、ガイン・ハイリロード(ea7487)はその肩を叩く。
「どんな化け物が出てくるのか、確かに俺としても楽しみではあるが、だが、天の絵と京士郎の話を聞く限りでは、相手が悪魔である可能性も高い。それなりの準備も整えておいた方がいいだろう」
 力勝負で勝てるモンスターならば、真っ向勝負も可能だ。
 しかし、相手が悪魔ならば、打撃を与えられる手段を用意しておくべきだ。
「でも、相手が何であろうと本当は関係ないんですよね」
 囮の牛の近くで身を隠す場所を確保したルーティ・フィルファニア(ea0340)が、敵の正体に関する議論に発展しかけた仲間達に水を差す。
「勝つ時は勝つ、負ける時はあっという間に負けちゃうんです。そうなったら私なんて、簡単に死んじゃいますね、きっと」
 不吉な事をさらりと告げたルーティに、仲間達は黙り込んだ。
 ルーティは、誰もが分かっているはずの真理を告げたにすぎない。だが、それは同時に誰もが見落としがちになる真理だ。冒険者としての力と自信をつけ、ちょっとやそっとでは負ける気がしない者達は特に。
「ルーティ」
「でも、大丈夫です。今までも大丈夫でした。過信せず、油断せずに、自分の持っている技と力と経験を活かせば、どんな状況でも光は見えるんです」
 ルーティの肩に置いた手に僅かに力を篭めた後、京士郎はその背を軽く叩いてやった。
「ルーティの言う通りだな。‥‥ってなわけで、油断なく行こうぜ。そろそろ、奴さんのおでましの時間だ」

●空飛ぶ敵
 それまで大人しかった牛が暴れ出した。
 己に迫る危険を本能で察しているのだろうか。
 周囲に身を潜めた冒険者達にも緊張が走る。
 牛の鳴き声と波の音に混じる小さな音は、風に揺れる枝のざわめきにも似ていた。次第に大きくなってくるそれに、アリオスは長弓に矢をつがえた。
 まだ悟られるわけにはいかない。十分に引きつけてからだ。
 逸る己を抑え、牛に向かって舞い降りる影に狙いを定める。牛を襲うその瞬間、間近で詠唱に入っているであろうルーティとのタイミングを測りながら、彼は引き絞った弦から指を放した。
 濁った苦鳴と同時に、ルーティがグラビティーキャノンを放つ。
「今だよ!」
 パティの鋭い声を合図に、それぞれが動き出した。
 ミミクリーを使ったクレアの鞭が至近距離から怪物へと振り下ろされる。だが、それは翼に阻まれた。巨大な翼の羽ばたきが巻き起こした風で吹き飛ばされたクレアの傍らから、パティが容赦ない攻撃が浴びせる。
「逃がしゃしないよ! 久々の大物なんだからねぇ!」
 自信に溢れた笑い声を響かせて鞭を振るい続けるパティを、怪物は第一の目標に定めたらしい。向きを変えた鋭い鉤爪がパティを狙う。
 その足に、別の方向から飛んで来た鞭が絡みついた。
「お前にこの空は似合わない。堕ちろ!」
 足を絡め取られて、牛もを掴み去る巨大な鳥もそのままの体勢を保つ事は難しかった。だが、それはすぐに自分の体に取り付いた邪魔者を振り払うべく、大きく身を震わせる。
 鳥に引きずられる形となっても、クレアは鞭から手を放さなかった。
「あの哀しい人達の無念を晴らすわ! 夜駆守護兵団、団長の名にかけて!」
「そう! あまりいい気になるんじゃないッ」
 クレアを引きずりながらも、再び飛び立とうとする鳥に、ガインがオーラショットを放つ。至近距離からのオーラショットに鳥が嗄れた声をあげる。
「ちっとは効いているか!? 無傷なんて言われたら自信無くしちまう‥‥ぜっ!」
 間をあけず、更にもう1発。
 そこへ、戦いの最中でも明るさを失わない陽気な声が響く。
「こっちだこっち! よそ見してんじゃないよッ」
 ガインと入れ替わったパティの鞭が鋭い嘴を捉える。爪と嘴、2つの武器を封じられて、鳥は死にもの狂いで藻掻く。
「そのまま押さえていろ!」
 牛を逃がし終えたオイルが地面を蹴った。両手で握り締めたオーラパワーが付与されたナイフを暴れる鳥に突き立てると、すぐに身を引き離す。
「京士郎!」
「任せろ!」
 投げられた投網に絡まって、鳥は翼を自由に広げる事も出来ず、轟音と共に地面へと落ちた。
「がぁくん、出番なの!」
 天の声と共に、落ちた鳥の上に出現する巨大な大蛙。
 振り落とそうと足掻く鳥を気にするでなく、大ガマはゲコゲコと呑気に喉を鳴らしている。どうやら、忍法で呼び出されたこの使い魔は召喚主に似ているらしい。
「今のうちに、飛べなくしちゃいます!」
 淡い光に包まれたルーティが、石の壁を作り出しては鳥に向けて倒していく。
「がぁくん、ちゃんと押さえてりゅのーっ!」
 振り上げたシルバーダガーを鳥の長く伸びた首の付け根を抉った。
 ガマと石の壁に圧され、反撃の手段を失ったまま攻撃に晒される鳥の姿に、オイルは皮肉げな笑みを口元に浮かべる。
「飛べない鳥、もはやどうする事も出来まい」
 彼の呟きに反応するように、鳥が頭をもたげた。
 だが、それもオーラパワーを乗せた京士郎の一撃の前に力を失い、地面に落ちた。

●領主の館
 真夜中だというのに、広間には煌々と灯りが点されていた。ゆらゆらと揺れる蝋燭の下には、温かな湯気をたてた料理が並ぶ。
「天の天の天の天のぉぉぉぉ!!!」
 その光景見るや否や、料理目掛けて飛びかかろうとした天の襟首を掴んで「めっ」と叱ったガインの耳に、軽やかな笑い声が届いた。
「構いません。これは全て貴方達の為に用意したものなのですから」
 衣擦れと共に、こつりと石の床に小さな音が響く。
 天を摘み上げたままのガインの隣を過ぎる、ほっそりとした影。仄かに薫る花の香り。
「見事な働きであったと伺いました。領民になりかわり、礼を申します」
「なに、あたしらは仕事をしただけさ」
 女性の醸し出す雰囲気に呑まれ、固まった仲間達を後目に、平然と言葉を返したのはパティだ。気負いも飾り気もない彼女の答えに、ポーツマス領主、エレクトラ・ベイリアルは口元を綻ばせた。
「本当に頼もしいこと‥‥。どうぞお座りになって」
 促され、席についた冒険者達の杯に、上等の酒が注がれる。
「有り難く頂こう。だが、その前に聞きたい事がある」
 真っ直ぐに見据えてくるアリオスの視線に、女領主は首を傾げた。
「悪魔の島。昼間、街の人々から聞き居た話では、そう呼ばれている島があるそうだが?」
「今回の奴‥‥アクババとか言う悪魔も、そこから来たのだろうと言っていた。もしそうなら、その島を調査した方がよくないか?」
 次いで尋ねた京士郎に、エレクトラは手元に視線を落とす。
「‥‥元を絶たねば、同じ事が起こるだけだ」
 決して強い言葉ではなかった。だが、静かな口調の中に込められた想いは、被害の実情を見、実際に対峙した者達と同じものだ。
「赤子を奪われた母親に会いました。哀しい人を、これ以上増やしてはいけないわ」
 杯に上品に口をつけていたクレアがぽつりと呟く。半狂乱になって泣き叫んでいた母親の姿が彼女の脳裏から離れない。
 こっそりお酒に手を伸ばした天から杯を取り上げると、オイルも真剣な表情をして領主に向き直る。
「我々の仕事は、あの悪魔を退治する事だ。だが‥‥」
「キャメロットの方々がご存じないかもしれませんが、かつて、この一帯に禍が降りかかりました。私達は、必死の思いで悪夢の元凶を島に封じ込め‥‥」
 オイルの言葉を遮るように語り始めたエレクトラは、ふいに声を詰まらせた。ぴょんと椅子を飛び降りて駆け寄ると、天は俯いた彼女の顔を心配そうに覗き込む。
「それが、私達に出来る最善の方法でした。ですが、本当は今も悪夢の中にいるのかもしれません」
「だーじょーぶなの! エレクトラ姉ちゃ、天、まだまだちっちゃーけど、がんばりゅから!」
 だから、安心して。
 足りない言葉をうるうるの大きな瞳で補った天に、エレクトラは小さく笑み返す。
 ガインは、懐からオカリナを取り出した。
 失われた命、未だ悪夢の中に留まっているというポーツマスの人々への祈りを篭めて、彼はオカリナへと唇を近づける。
 素朴な音色は風に乗り、やがて夜の暗闇の中へと消えていった。