【聖杯探索】砦に眠る宝物

ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート


担当:桜紫苑

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月07日〜05月16日

リプレイ公開日:2005年05月16日

●オープニング

●廃墟
 人に忘れ去られ、打ち捨てられた廃墟は哀しい。
 生い茂った雑草を揺らす風に乗せて、物悲しい調べが流れていく。高く、低く、澄んだ音色が奏でるのは鎮魂の祈りだ。
 キャメロットに戻る途上で立ち寄った荒涼たる遺跡に感じたものは、彼自身が奥深くに抱え込んでいる痛みと良く似ていた。
 感情に突き動かされるままに弦を爪弾いていた指先が、ふと止まる。
 ごく自然に、彼は腕を宙に伸ばした。
 声無き声が断末魔の叫びを上げて霧散する。
 いつの間にか、彼の手には細身の剣が握られていた。
 優雅に、彼は手首を返す。
 背後に忍び寄っていたモノが貫かれ、怨嗟の呻きを残して崩れ果てた。
「強いのね、お兄ちゃん」
 木の陰から覗き見していた少女を一瞥して、彼は地面に投げた竪琴を取り上げる。必要最低限の品を詰めた袋を肩に掛けて歩き出した青年に、少女は慌てて駆け寄った。この季節にはまだ早い夏の服と裸足の少女に、彼は歩みを止める。
「お兄ちゃん、お願いがあるの。あの中に隠した宝物を見つけて」
「‥‥宝物?」
 こくりと頷いて、少女は朽ちた砦を指さす。
「あの中に隠したの」
 青年は、僅かに眉を寄せた。
「何故、自分で探さない」
「色んな物をいっぱい隠したの。だから、それをどこに隠したのか分からなくなっちゃったの。エミルの大事な物だったのに、エミルが遠くに行っちゃうようで、怖くて、意地悪しちゃって‥‥」
 それに、と少女は青年の服を握り締めて言い募る。
「あの中には、怖いお姉ちゃんが住んでいるの。あたしは近づけないよ。お兄ちゃんは強いから、怖いお姉ちゃんがいても、大丈夫だよね?」

●円卓
「これは、一体‥‥?」
 その机は、巨大な机であった。ぐるりと円を成したその机は、アーサーが王座につきし時より、キャメロットの城と、キャメロットの街と、そしてイギリス王国とその民たちを見守ってきた座であった。
 その名は円卓。勇敢にして礼節を知る騎士たちが座る、王国の礎。そしてそれを囲むのは、アーサー・ペンドラゴンと16人の騎士。
 すなわち、誉れも高き『円卓の騎士』である。
 その彼らの目に映りしは、円卓の上に浮かぶ質素な、それでいて神々しい輝きを放つ一つの杯。緑の苔むした石の丘に浮かぶそれは、蜃気楼のごとく揺らめき、騎士たちの心を魅了する。
「‥‥『聖杯』じゃよ」
 重々しい声の主は、マーリンと呼ばれる一人の老爺。老爺はゆっくりと王の隣に立ち、その正体を告げた。
「かのジーザスの血を受けた、神の力と威光を体現する伝説‥‥それが今、見出されることを望んでおる」
「何故?」
「‥‥世の乱れゆえに。神の王国の降臨を、それに至る勇者を望むゆえ‥‥それすなわち、神の国への道」
 老爺の言葉が進むにつれ、その幻影は姿を消していた。‥‥いや、それは騎士たちの心に宿ったのであろうか。
 アーサーは円卓の騎士たちを見回し、マーリンのうなずきに、力強く号令を発する。
「親愛なる円卓の騎士たちよ。これぞ、神よりの誉れ。我々だけでは手は足りぬ‥‥国中に伝えるのだ。栄光の時が来たことを!」

●布告
「‥‥しばらく見ないうちに、キャメロットも変わったものだ」
 冒険者ギルドの前の通りを、1匹のウサギが駆け抜けていく。それを追いかける者達の眼は真剣そのものだ。何のまじないか、中にはウサギを模した布飾りを頭につけている者もいる。
 しばし、その光景を眺めていた青年は小さく吐息を漏らすとギルドの扉を押し開けた。
「いらっしゃい! エッグは手に入っ‥‥」
 途端に、受付台にいた娘が絶句する。娘の様子に、周囲にいた冒険者達も開け放たれた扉へと目を遣り、息を呑む。
 そんな反応を気にする事なく、彼は受付台へと歩み寄った。
「アーサー王から布告が出された。冒険者達は、ただちにドーチェスター、メイドンカースルの地へと向かうように、と」
「は、はい」
 顔を赤らめて自分を見上げて来る娘から依頼状を受け取ると、彼は羊皮紙の上、滑らかに羽根ペンを走らせる。
「依頼は、メイドンカースルの遺跡において『聖杯』へと繋がる手掛かりを探す事だ。だが、現在、かの地にはアンデットなどのモンスターが大量に発生し、徘徊している」
「そのモンスター達を排除し、遺跡で『聖杯』の手掛かりを得よ‥‥という事ですね?」
 表情を改め、内容を確認した娘に、彼は頷いた。その動きに合わせて、蜂蜜色をした髪が肩から流れ落ちる。
「『遺跡』と言っても、メイドンカースルは広い。闇雲に探し回るだけでは駄目だ」
 青年は、付き従っていた少年へと視線を向けた。騎士として叙任を受けたばかりであろうか。鎧に着られている感の強い少年は、冒険者達にぎこちなく一礼した。
「彼は、ドーチェスターの出身だ。メイドンカースルについても詳しい」
 視線で促され、少年騎士はとつとつと語り出した。
「探索を行う砦の遺跡は、僕の遊び場所だった所なので、皆さんをご案内する役目を仰せつかりました」
 砦の遺跡?
 説明を求めるように見た受付の娘に、青年は少年の言葉を補う。
「今回は、メイドンカースルにある『遺跡』の1つに的を絞る。最近、モンスターが住み着いたという噂がある遺跡だが、使われていた当時のままに、壺や衣装箱が残されているらしい」
「はい。小さい頃は、エヴァと2人で宝探しごっこをしました。色んな物を隠して、見つけ合いっこしてたんです。隠す所は沢山ありましたから」
 エヴァ、と繰り返した受付の娘に、少年騎士は小さく苦笑した。
「幼なじみです。何年も前に死んでしまいましたけど」
「ご‥‥ごめんなさい、私、いけない事を聞いてしまいました」
 無言で首を振って、少年は砦の構造の説明を始める。
「砦は一番上に物見の小塔があります。その下は3階建てで、1階には台所や広間になっています。2階、3階は小部屋ばかりでした」
 考え込んだ冒険者達に、少年は「でも」と付け足した。
「今思うとおかしいんです。外から見ると、物見の小塔は2つあるのに、中からは1つの塔にしか行けなくて。他にも、僕とエヴァは広間の暖炉の中に、地下に続く道を見つけましたし、窓が半分に切れた部屋とかもありました」
「窓が半分?」
 問うた冒険者に、少年は宙に窓を描いてみせる。
「漆喰の壁が窓を半分に隔ててるんです。何度か壁の反対側を見ようとしたんですけど、結局確かめられませんでした」
 入れない小塔、壁で半分にされた窓。
 確かに、何かがありそうだ。
 依頼を受けるか否か、議論を交わす冒険者達でギルドの中が賑やかになる。
 そんな騒然とした室内に、青年の凛とした声が響く。
「今回は特別に馬車が使用出来るよう、手筈を整えてある。依頼を受ける者は、支度を整え、時間に遅れないよう集まってくれ。報酬は‥‥」
 ふと言葉を切って、青年は少年騎士を見た。
「依頼を完遂した場合、別途、成功報酬を用意しよう。以上だ」
 告げるべき事だけを告げて、青年は踵を返した。息を呑む程の美貌は、何物もを拒絶しているかのように冷たい。
「あ、待って下さい!」
 そんな彼の気配に気圧されながらも、受付の娘は自分の仕事を果たすべく声を掛ける。
「依頼状に出すお名前は?」
 足を止め、青年は背後をちらりと振り返ると、淡々と己の名を告げた。
「トリスタン・トリストラム。‥‥行くぞ、エミル」

●今回の参加者

 ea1182 葛城 伊織(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1254 ガフガート・スペラニアス(64歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea1281 セクスアリス・ブレアー(37歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4818 ステラマリス・ディエクエス(36歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4825 ユウタ・ヒロセ(23歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9784 パルシア・プリズム(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●到着
「これが、その砦じゃな? 昔と変わった所などはあるかの?」
 ガフガート・スペラニアス(ea1254)の問いかけに、案内人のエミルは我に返った。
「どうした?」
 彼の反応の遅さに、ガフガートが怪訝な顔をする。慌てて、エミルは首を振ってみせる。
 とてもではないが言えない。
 噂に聞こえた冒険者達が疲れ切って放心している姿が珍しくて、ついつい見入ってしまっただなんて。
「やぁねぇ、始まる前からこれじゃ、先が思い遣られるわね」
 腰に手を宛てたセクスアリス・ブレアー(ea1281)の言葉も尤もである。勇敢な冒険者達が、キャメロットからメイドンカースルまで、馬車を使っての移動に疲れ果てたなどとは、あまり聞えのよいものではない。
「‥‥誰が作った原因なのやら」
 はぁ、と息を吐いてエスリン・マッカレル(ea9669)は気の毒そうに広瀬和政(ea4127)を見た。
 無表情に見えるが、本当は彼が憔悴しきっている事をエスリンは知っている。
「あ、お父さん、荷物よろしくね〜」
 憔悴の一因は、彼の息子であるユウタ・ヒロセ(ea4825)だ。そもそも、ユウタが広瀬の浮気現場を目撃した事が全ての始まりでもあった。驚いて「お母さんに言いつけてやるぅ」と走り去った息子に、内心動揺しながらも平静を装った広瀬。だがしかし、事態は彼ら親子の間だけでは収まらなかったのだ。
「浮気」の言葉に敏感に反応したステラマリス・ディエクエス(ea4818)のひたひたと波が押し寄せるが如き静かな怒りに、移動の馬車の中は非常に気まずい空気に包まれる事となった。
 依頼人、トリスタンは寡黙に我関せずを決め込んでいたし、そのトリスタンの「美形キラキラオーラ」とやらにやられた葛城伊織(ea1182)は、しばらく人間に戻れなかったしで、ともかくとても疲れる道行であったのだ。
「これなら、馬車でない方がましだったやも‥‥」
 肩を落としたエスリンの傍らで、パルシア・プリズム(ea9784)は眩しげに2つの塔がそびえる砦を見上げた。移動の疲れなど微塵も感じさせないその様子に、エスリンは恨めしそうに彼女を見た。
「よく平気な顔をしていられるな」
「私、イギリスの言葉、分からないもの」
 けろりと答えたパルシアに、エスリンの口元が引き攣る。
 確かに、言葉が分からないパルシアは、仲間との会話にもエスリンのようにゲルマン語が分かる者を介する必要がある。だが、そういう問題だろうか。
 悩み出した生真面目なエスリンを放置して、パルシアは1歩下がって砦の全景を見回した。
 砦としては小さな部類に入るのではないだろうか。
 蔦の絡まる石造りの建物は、森に埋没してしまっているようにも見える。広大なメイドンカースルの遺跡群の中でも、さほど重要とは思えないこの砦に、一体何が隠されているというのだろう。
 歩幅で砦の大きさを測っているユウタをちらりと見遣って、パルシアはエミルと何やら話し込んでいるガフガートに歩み寄った。

●エヴァ
 両手の指だけでは足りない。
 歩数で砦の外周を測っていたユウタは途方に暮れていた。
「むぅ〜」
 考え込んだ彼の視界に過ぎる姿。
 ぴん、と閃いた。
「そうだ! トリスタンくんの指も貸して貰おう! ト‥‥」
 声をかけようとして気付く。トリスタンが巡らせた視線の先、鬱蒼と生い茂る森の木々の合間からこちらを覗いている少女に。
「あれ? あの子、なんでこんな所にいるんだろ」
 不思議に思ったら、まずは確かめる。彼の行動は、いつも本能と好奇心の赴くままに。単純明快だ。
「ねぇ! 君、どうしてこんな所にいるの?」
 邪気が介入する余地の無い眩いばかりの笑みに、少女はおずおずと顔を出した。
「僕、ユウタ・ヒロセ。君は?」
「‥‥エヴァ」
 どこかで聞いた事がある名前だなと思ったものの、これまでの13年の人生で出会った無数のお姉さん達の誰かと同じなのだろうと結論づけて、ユウタはエヴァへと手を差し伸べる。
「僕達が何してるのか気になる? なら、一緒においでよ」
「でも、怖いお姉さんがいるの」
 そんな人、いたっけ?
 仲間達の姿を思い出し、ユウタは光り輝く笑顔を炸裂させた。
「大丈夫だよ、皆、優しいし! 怖いお姉さんなんていないよ!」
 怖々、ユウタの手を取るエヴァ。
 そんな微笑ましい2人を見ていたトリスタンに、柔らかな声が掛けられる。
「仲良くなってしまったようですね」
「‥‥見えるのか?」
 くすり、とステラマリスは笑った。
「なんとなく程度ですけれど」
 そうかと呟いたトリスタンに、ステラマリスは真摯な声色に改めて尋ねる。道中、ずっと気になっていた事だ。
 出発前、彼は聖杯について語ったが、それが全てとはどうしても思えなかった。
「私も、詳しい事は知らないが、マーリンは神の王国へと至る‥‥と。だが」
 言い淀んだトリスタンに、ステラマリスはセクスアリスと顔を見合わせた。
「ジーザスは人の犯した罪の身代わりとなった。罪穢れを清める為に流された血を受けた杯が聖杯だ。つまり‥‥」
「聖杯には人の罪を清める力があるって事? それなら、罪を清められた人々の国‥‥神の王国に至るというのも頷けるわね」
 でも、とセクスアリスは顎に手を当てて首を傾げる。
「それなら、なんで聖杯は隠されているのかしら? 皆の罪を清めて、神の王国を築ける力があるなら、その力を出し惜しみなんてしないで、この世を一気に清めてくれればいいのに」
 セクスアリスの言葉に、ステラマリスは僅かに苦笑したようだった。
「神の御心は、我々人には計り知れないものなのでしょう。‥‥ガフガートさんの支度が整ったようですわ。砦の中で、その御心に少しでも触れる事が出来ますように」
 見れば、エミルから一通りの説明を受けたガフガートが彼女達を手招いていた。その隣りでは、何やらパルシアとユウタがじゃれ合っている。
「では、神の御心の手掛かりを探しに、はりきって行きましょお!」
 えいっと腕を振り上げ、気合いを入れたセクスアリスの後を、ステラマリスは苦笑を深めて追った。

●探険
 砦の中は、エミルの説明通り、不思議な造りをしていた。
 地下室の壁で見つけた隠し扉を開けた時には、何ら変哲もない石造りの廊下が現れて失望したのだが、やはり、どこか普通とは違うようだ。
「この砦は一体何の目的で作られたのだろう?」
「そんな事、分かりゃしないわよ。作った本人にでも聞かないと」
 先ほどから同じ部屋ばかり覗いているように思える。調べた部屋ごとにエスリンが印をつけていなければ、自分達の居場所も分からなくなっていたかもしれない。
 2つ前の部屋で手に入れた十字架のネックレスを指先で玩びながら、セクスアリスは肩を竦めた。案内役のエミルも、未踏区域に入った時点で彼女達と同じ探索者となっている。
「私達、ちゃんと外に出られるのでしょうか」
 ステラマリスの呟きに抱えていた不安を打ち抜かれ、自然と足が止まる。
「いざとなったら、アースダイブを使えばいい事よ」
 手に入れた旅芸人御用達のジャグラーセットを試していたパルシアの肩を、エスリンは気の毒そうに叩いた。
「そんな事を言ってると、またユウタ殿に怒られるぞ」
 探険は、外に出るまでが探険なんだよッ!? とか何とか、涙を浮かべて力説しそうである。
「‥‥それもそうね」
 それに、とセクスアリスもゲルマン語で会話に参加する。
「壁の向こうにモンスターがいたらどうするのよ? 1人になるのは危険よ」
 轟音と振動が彼女達を襲ったのはその時であった。
 廊下の奥の壁が崩れ、もうもうと埃が舞い上がる。その中から顔を出した男に、ユウタがあっと叫んだ。
「あれ? お父さん達がいるよ!」
『怖いお姉ちゃん!』
 背に隠れたエヴァを問い質す暇もなかった。
「お父さん、後ろ!」

●謎の小部屋
「うーむ。さすがに向こう側は見えんようじゃ」
 部屋を分断する壁は、どうやら後から付け足された物らしい。そこかしこに生じている隙間を覗き込んでいたガフガートに、伊織は壁を叩きながら慰めの言葉を掛けた。
「ま、仕方ねぇや。そう簡単に見られたんじゃあ、これを作った奴らも甲斐がねぇし」
 名残惜しげに身を起こすガフガートから視線を戻して、広瀬はトリスタンに問うた。
「貴様、まだ何か隠しているな」
 僅かに目を細めたトリスタンの表情を見据えて、言葉を続ける。
「聖杯の手掛かりを得るだけならば、王からの依頼料で十分のはず。私財を投じてまで、この砦に拘る理由は何だ?」
「理由は、貴殿の息子が既に見つけている」
「ユウタが?」
 喉の奥で笑って、トリスタンは広瀬を見た。
「良い息子ではないか」
 嫌味か、とは尋ねなかった。
 出発の時から今まで、ユウタに振り回されていた自分を、トリスタンは見ていたはずだ。だが、彼の言葉には負の感情は篭められてはいなかった。それよりもむしろ‥‥。
「見つけたぜ!」
 広瀬の考えを中断したのは、伊織の声だった。
 勢いよく振り返った伊織が、真正面から目を合わせる事となったトリスタンに呻いて視線を逸らす。
「‥‥いい加減、慣れたらどうじゃ?」
 呆れ口調のガフガートに、伊織は自棄っぱちに叫ぶ。
「い、今のは油断していただけでぃ! それより、ガフガートの親父、ここだ。一発ガツンとやってくれ!」
「任せい! どぅおりゃぁぁぁぁ!!」
 雄叫びと共に、ガフガートは自分の体ほどもあるジャイアントソードを壁に向けて振り下ろした。伊織が示した箇所への直撃こそ適わなかったが、俄造りの壁には、それで十分だった。
「出来れば思い出は大切にしてやりたかったがっ!」
 走った亀裂に埋め込むかのように、ガフガートは剣の柄を突き出す。
「思い出の場所を傷物にしちまってすまねぇ、エミル‥‥。だが、俺の予想が正しければ‥‥」
 視界が晴れるのを待って、伊織は崩れた壁の間を抜けた。
「なんだ? この部屋は。武器庫か?」
 伊織に続いて壁の穴を抜けた広瀬が呟くのも当然だ。
 そこには、剣や弓、槍などの武具が所狭しと並べられていたのだ。
「多分、こっちは入れない方の塔だぜ」
 伊織は注意深く辺りを探る。何かの仕掛けがあってもおかしくはない。だが、仕掛けよりも奇妙な事にトリスタンが気付いた。
「入り口が潰されているな」
 その指摘の通り、入り口らしき場所が漆喰で塗り潰されている。これでは、いくら武器があったとしても、いざという時に使えまい。
「本当に、奇妙な砦じゃのぅ」
 ガフガートは、もう1度、ジャイアントソードを構えた。
 轟音と共に、壁ごと塗り固められた漆喰が崩れ落ちる。
「あれ? お父さん達がいるよ!」
 何故、地下へと向かったはずのユウタの声がするのかと思うより先に、広瀬は、刀を掲げていた。襲いかかって来た何かを受け流し、刀を引き抜く。
「アンデットか!」
 ちっ、と舌打ちした伊織の声が、緊迫した空間に響いた。

●誓い
 レイスを消滅させ、周囲を見回す余裕が出来た冒険者達が見つけたのは、破れたスクロールだった。
 仲間達が聖杯へと繋がる発見に沸く中、何気なく視線を巡らせたガフガートは、自分が壊した壁に目を留めた。何かが光ったような気がしたのだ。
「どうしたの?」
 尋ねるユウタに、ガフガートは黙って指さす。
 部屋を分割していた壁と床の間に空いた隙間だ。
「何かが挟まっておる」
 壁の一部が壊れた事により、露出したのだろう。手を差し込もうとするが、ガフガートの鍛えられたぶ厚い手は入らない。
「むぅ。‥‥無理か。何やら剣の柄のようじゃが」
『あ』
 ユウタの耳に、エヴァの小さな声が聞こえた。
「あれなの? よぉし、待ってて!」
 ガフガートを押し退けて、ユウタは隙間に手を入れた。しかし、後少しの所で届かない。
「おじさん! 壁を壊して!」
「うむ!」
 再び、ガフガートのジャイアントソードが閃き、壁が崩れ落ちる。
 予告もなく放たれた一撃に驚いたのは、スクロールに意識を奪われていた者達だ。
 咳き込んだパルシアの足下に吹き飛ばされて来た小箱から、何かの欠片が転がり出た。
「これは何かしら? 紋章のようなものが刻まれているのだけれど」
「貸してみろ」
 パルシアから欠片を受け取ったトリスタンが眉を寄せる。
「何の紋章だ?」
 尋ねる伊織に、セクスアリスとエスリンもその手元を覗き込む。
「この紋章は、ゴルロイス公のものだと記憶しているが‥‥」
「ゴルロイス公って、あれでしょ? 王様のお父さんと争った人。でも、なんでその人の紋章がここにあるのかしらん? しかも、聖杯の事が書かれたスクロールと一緒に」
 スクロールから拾えた言葉は、「聖杯」と聖書の一節と思しき「主よ、罪を犯しました」だけだ。後は、ばらばらのスクロールを元の通りに並べ直してみないと分からない。
「どうやら、まだまだこの遺跡には何かありそうだな。だが、ともかく、この欠片とスクロールは王の元に持ち帰ろう」
 淡々と告げたトリスタンは、瓦礫から這い出て来たガフガートが握る短剣に目を留めた。その瞬間、彼が浮かべた笑みに、セクスアリスとエスリンの頬に血が上る。伊織の言葉を借りると、確かに彼は心臓に悪い何かを持っているようだ。
 そんな一部の事情を察する事なく、ガフガートは差し出されたステラマリスの手の上に、そっと短剣を置いた。
 マントの裾で短剣の汚れを拭い、ステラマリスはそれをエミルに握らせる。目を見開いたエミルに、ユウタが部屋の片隅に佇むエヴァの言葉を伝えた。
「エヴァちゃんが、エミルくんに返したかったものだって」
「‥‥この剣は、騎士になると決めた時に、叔父から貰ったものなんです」
「きっと、その剣がエミルくんを遠くに連れて行ってしまうと思ったのね、エヴァちゃん」
 呆然と短剣を見つめるエミルに、セクスアリスがそっと囁く。彼女には分かってしまったのだ。ユウタの「返す」という言葉が何を示しているのかに。
 彼の幼なじみが抱いていた想いに。
 ああ、そうかとエスリンも頷いた。
「それを返すという事は、エヴァ殿もエミル殿が立派な騎士となる事を望んでいるのだな」
 長い時間を経て戻って来た誓いの短剣を抱き締めて、エミルは今は亡き幼なじみに新たな誓いを立てる。
「エヴァ‥‥約束するよ。僕は絶対に、この剣に恥じない騎士になるから」
 ふわりと宙に浮かんだエヴァが幸せそうに笑っているのを、ユウタは見た。
「エミルくん、手を出して!」
 手に手が重ねられた事に、きっとエミルは気付いていない。
 けれど、エヴァの気持ちは届いたはずだ。
 輪郭が薄くなっていくエヴァの姿を見送るユウタの肩に、白い手が置かれる。
 見上げたステラマリスの微笑に、ユウタは晴れ晴れとした笑みを返した。

●コミックリプレイ

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