哀しみの森
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 36 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月15日〜05月24日
リプレイ公開日:2005年05月25日
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●オープニング
●ポーツマスからの依頼
海に面した港町、ポーツマス。
そこは領民思いの領主と、領主に深い信頼を寄せる領民達が、深い深い傷を抱えて生きる街。
人々の心は領主の下に。領主の心は人々の上に。
互いが互いを思いやり、強い信頼関係をもって傷跡を乗り越え、新しい道を歩み始めている街である。
「んで、そのご領主様から、また依頼か」
羊皮紙を弾いて、冒険者の1人が呟く。
「噂を聞くと、ベイリアルの私兵集団はいっぱしの騎士団にひけを取らないらしいぜ。それが何故、俺達に依頼してくるんだよ。優秀な飼い犬にやらせりゃいいじゃん」
そんな風に言わないの、と受付嬢は冒険者を嗜めた。どんな依頼であっても、ギルドとして正式に受理したものである。完遂せねば冒険者の信頼に関わるというものだ。
「先の空飛ぶ悪魔を退治した事で、ご領主様の冒険者に対する評価が上がったのよ、きっと。それに、今回の依頼はその私兵集団からご領主様にギルドへ依頼を出して欲しいとお願いしたものらしいわ」
キャメロットから離れている事もあって、ポーツマスの噂はあまり聞えて来ない。
例えば、ポーツマスの対岸に「悪魔の島」と呼ばれ、恐れられている島があるとか。
領主の私兵集団が、ポーツマスの治安を預かっているとか。
その程度である。
「依頼。冒険者は我が守護騎士団長、ウィリアム・カーナンズに協力し、領民に危害を加えている危険人物を排除せよ」
私兵集団は、かの地では「守護騎士団」と呼ばれているようだ。
騎士団と言っても、正式に騎士としての叙任を受けた者達かどうか怪しい事だが。
胡散臭そうに顔を顰めて、冒険者は続きを読み上げる。
「危険人物とは、ポーツマスの西にある『暗き森』と呼ばれる森に住み着き、周囲の人々の生活に欠かせない森を占有している男。立ち入る者を脅し、時には傷つける凶悪なエルフである。騎士団の呼びかけにも応じず、森に居座るこの男を、強制退去させる手伝いをして欲しいっと」
読み上げた男は、どうする? と仲間を見回した。
「俺はやってみるか。滅多に立ち入らない街を見ておくのもよかろう。その「守護騎士団」とやらもどれほどの物か興味があるしな」
「ポーツマスに到着した後は、街の人に「守護騎士団」の詰め所を聞けば分かるとの事です。そこで、ウィリアム・カーナンズさんと合流して下さいね」
●危険人物
繁みが小さく揺れた。
薬草を調合していた手を止めて、彼はふ、と微笑んだ。相手を驚かせないようにゆっくりと振り返り、気配を消して繁みへと近付く。
「いらっしゃい」
声を掛けた途端に、2つの影が飛び上がった。
まだ幼い子供達だ。
笑みを深くして、彼は小さなお客様をテーブルへと案内した。
「こんな所に来ていたら、お母さんが心配するよ」
「お母さんが言ってたの。守護の人達が来てくれるから大丈夫って。あのね、だからね‥‥」
勧めた椅子に座らずに、少女は勢い込んで語りだした。少女なりに真剣なのはその表情から察せられる。
「だから、カイは‥‥」
「心配しなくてもいいんだよ。私は大丈夫だから。‥‥でも、それを伝えに来てくれたんだね」
膝をつき、幼い子供達に視線を合わせると、カイと呼ばれた青年は「ありがとう」と呟く。彼の身を案じてくれるのは、もはやこの子達だけだ。心の底からの礼を述べて、彼は子供達の手に薬を握らせた。
「いいかい? これはお腹が痛い時の薬。こっちは、咳が止まらない時の薬だよ。一緒に作り方を書いた羊皮紙を入れてあるから、私がいなくなった後、薬が無くなったら君達が皆に作ってあげるんだ。いいね?」
こくんと、子供達は泣きそうな顔で頷いた。
幼いながらに分かっているのだ。
これが、恐らく永遠の別れになる事を。
殊更明るく笑って、カイは子供達の背を押した。
「さ、もうお戻り。いっぱいご飯を食べて、たくさん寝て、健やかに暮らすんだよ」
可愛い子供達。
自分と、エリスが夢見た幸せな家庭には、可愛い子供が必要不可欠だった。
しかし、それは永遠に失われてしまった。
エリスと一緒に。
何度も何度も振り返りながら去って行く子供達に手を振って見送ると、カイは沈んだ顔で鉢を取った。中には乾燥させた木の根や実。すりこぎを握る指先に力を篭めつつ、彼はそれを粉にしていく。
『そんなものを作ってどうするのよ』
在りし日のエリスの幻が、彼に語りかける。
「‥‥必要なんだよ、これが」
『どうせなら、もっと違うものを作ればいいのに。例えば、メイスンのお婆ちゃんの腰に効く薬とか』
いつだって、彼女は他人の事を案じていた。彼女の薬は、多くの人を救ってきたのだ。なのに。
「善意なんて何の役にも立ちはしないんだよ、エリス。君も、もう分かっているはずだ」
彼女が助けて来た人々が、手のひらを返すように彼女の排除を叫んだ。
彼が駆けつけた時には、既に彼女は冷たくなっていた。彼女のお腹に芽生えた命と一緒に、カイの手の届かぬ世界へと旅立ってしまったのだ。カイを、唯1人残して。
「でも、すぐに追いつくよ、エリス」
守護の者が来る。
森に棲む悪いエルフを退治する為に。この森を、恵み豊かな森を取り戻す為に。
「だけど、そう簡単には渡さない。それぐらいは許されるよね」
●リプレイ本文
●拒む森
新緑の季節を迎えた森は、数多の誘惑に満ちている。
瑞々しく甘い香りに引き寄せられそうになるのを耐えて、カファール・ナイトレイド(ea0509)は目を瞑って、一気に枝の合間を潜り抜けた。
甘やかな誘いを断った「理性」に、ぐぅと音を立ててお腹が抗議する。
「‥‥我慢、我慢‥‥」
押さえたお腹に言い聞かせ、目の前に迫る縄をするりと躱す。枝と枝の間に隠すように張られた縄は、この森を侵入者から守る為のものだろう。
「どうして、こんなにいっぱい罠を仕掛けてるのかな? ‥‥美味しいもの、独り占めしたいのかな?」
浮かんだ疑問に首を捻ると、また1つ、罠を躱す。
「それとも、森の動物を捕まえようとしてるのかな? でも、この罠じゃ、大人しか掛からないよ。‥‥あれ?」
目の端に過ぎった小さな影を追って、カファは後ろを振り返った。
動物ではない。赤茶けた髪をした子供だ。
「何してるんだろ? あの子‥‥っっっ!!!」
方向転換しようとしたカファは、襲って来た衝撃に悲鳴を上げた。木にぶつかったのだと気付いても、もう遅い。木の葉が落ちるようにふわふわと宙を漂った後、カファは真っ逆様に地面へと落ちた。
●温度差
愛想良く世間話を交わしていた者が、突然に黙り込むと、そそくさと立ち去っていく。
これで何人目だろうか。
ユリアル・カートライト(ea1249)とユーウィン・アグライア(ea5603)は互いを見交わして溜息をついた。
森を占拠しているエルフの話を聞こうとした途端に、村人はユリアル達から目を逸らし、気まずそうに背を向ける。
「これは、私達が思っていた以上に根が深いのかもしれません」
居心地悪そうに身動いで、ユーウィンは足下に視線を落とした。こんなに警戒されていては、森のエルフの話を聞くどころではない。仲間と合流し、出直して来た方がよいのではないか。
「あの、カイの事を調べている方‥‥ですか?」
どこか怯えを滲ませた声が掛けられたのは、彼女がそんな風に思った時だった。
青白い顔をした娘が、2人を見つめていた。握り締められた手が小さく震えているのを見ない振りをして、ユリアルは穏やかに尋ね返す。
「カイというのは、どなたですか?」
答えは分かっている。だが、敢えて尋ねた。
「森に住んでいるエルフです」
「何か知ってるの!?」
ユリアルに代わり、ユーウィンが勢い込んで娘に歩み寄る。背の高い彼女に圧倒され、後退りながらも、娘は頷いた。
「カイは薬師なんです。村の人達に、作った薬を分けてくれて‥‥」
「そんな人が、どうして森を占拠した悪いエルフだと言われるの? おかしいじゃない」
娘は、意を決したように顔を上げた。
「それは、エリスが‥‥」
「やめろ!」
遠巻きに見ていた村人の中から、1人の男が飛び出して来て乱暴に娘の肩を掴んだ。ユーウィン達から引き離すかのように、男は娘の体を引く。
「何を考えてるんだ! こんな余所者に!」
「ちょっと、乱暴はやめて!」
男の手から娘を奪い返し、ユーウィンは彼女の体を庇うように抱え込む。なおも腕を伸ばした男の前に立ったのは、静かな笑みを浮かべたユリアルであった。
「駄目ですよ、暴力は」
優しげに見えても、幾つもの修羅場を越えて来た冒険者だ。気圧されて、男がじりと後退る。
「ね、話して。薬師だというカイとこの村の人達の間に、何があったの?」
問われて、娘は唇を戦慄かせながら語り始めた。
その頃、アルノール・フォルモードレ(ea2939)は村の外れにある通りを1人で歩いていた。
微かに香って来るのは、甘い香り。
「アンズかなぁ? そういえば、そろそろ実が熟す時期だし」
アンズの種は咳に良く効く薬になるし、油を絞れば軟膏にもなる。薬草師としての好奇心が、一時、彼の頭の中から仕事を忘れさせた。
香りの元を探して視線を彷徨わせたアルノールは、その直後、勢いよく駆け込んで来た小さな影と正面衝突してしまうのであった。
●溝
「どうやら守護騎士団とやらは、随分とここの人達に信頼されているみたいだねぇ」
詰所を尋ねた時の反応を思い出して、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は肩を竦めた。ウィリアムに招かれたと告げただけで、彼女達までもが尊敬の籠もった眼差しで見られたのだ。
「それなら、カイと村人の仲裁をすればいいのにな」
アルノールが連れて来た子供達の傍らに膝をついて、メディクス・ディエクエス(ea4820)は、小さなその頭を撫でた。
「そうすれば、お前達も遠慮無くカイの所に遊びに行けるのに」
ユリアルとユーウィンが聞き込んで来た「原因」を考えれば、その程度で解消出来るとは思えなかったが、少しでも子供達に安心させてやりたかった。
「でも、すっごい偶然。僕がぶつかったこの子達がカイの友達で、しかもカイの作った薬を持っているなんて」
ぶつかった弾みで転がった包みから咳止めの作り方が出て来た時には、驚いた。
それが、件のエルフが書き付けた物だと知った時には、運命だと思った。
だから、思わず子供達をナン‥‥いや、仲間達の元に連れて来てしまったのだ。我ながら大胆だったと、アルノールは密かに思っている。
子供達はと言えば、黙り込んだままだ。彼らも、カイと村の大人達の諍いに心を傷めているのだろう。
メディクスは、一瞬、痛ましそうに眉を寄せると、すぐに何でもない風を装って声をかけた。
「お前達、カイの事、好きか?」
おそるおそる顔を上げた子供達に、新しい羊皮紙とペンを差し出す。
「手紙、書こう。お兄ちゃん、これからカイに会いに行くんだ。お前達の気持ちを、カイに届けてやる」
「でも‥‥」
んん?
わざとらしく、メディクスは聞き返した。
「そうか、文字が書けないのか。なら、お兄ちゃんが代わりに書いてやるよ。お兄ちゃんも、イギリス語は得意じゃないから、字が下手‥‥」
「書けるよ! カイが教えてくれたんだから!」
ペンを奪い取った子供に、口元を綻ばせる。
カイという青年は子供好きのようだ。ならば、自分の子が出来たと知った時には、どれほど喜んだだろう。それを思うと胸が痛む。
滲む文字に四苦八苦している子供達にアドバイスしながら、メディクスは表情を曇らせた。
「遣る瀬ないねぇ。‥‥おや?」
呟いたベアトリスは、目の前を過ぎった影に声を上げる。
「カファちゃん、どうしたんだい?」
開け放たれた窓から入って来たカファの体のあちこちに擦り傷が出来ている。むんずと小さな体を掴むと、ベアトリスはじぃと怪我の状態を確認した。
「手当ては済んでいるようだね」
「うん。カイりんがお薬つけてくれた。‥‥あれ?」
見覚えがある赤茶の髪に、カファの目が丸くなる。彼女の驚きように、栗花落永萌(ea4200)がこれまでの経緯を掻い摘んで説明する。
「カイりんが悪い人じゃないのは、おいらもよぉく知ってるもん」
えへんと胸を張ったカファに「そうですね」と相槌を打つと、永萌は言葉を切った。
「‥‥大体の事情は分かりましたが、まだ足りませんね」
そう呟いて、永萌は席を立つ。
「団長の所へ行くんだったら、あたしも付き合うよ。ちょいと挨拶もしときたいからね」
彼の行動を読んだかのように、ベアトリスが片目を瞑る。
「まったく、敵いませんね」
肩を竦めて、永萌は苦笑を漏らしたのだった。
●明日を生きる為に
カファの先導で、彼らは森へと足を踏み入れた。
罠に注意しつつ、急ぎ足で先へと進むのは、必ずカイを助けると子供達と約束したアルノールとメディクスだ。
一方、足取りが重いのは、ポーツマスの人々が抱える傷について聞かされた永萌とベアトリスである。
「‥‥どんな事情があろうとも、自分の哀しみだけに捕らわれていてはいけない。そのカイというエルフも、村人達も」
アレクサンドル・リュース(eb1600)の呟きに憂いが混じる。
「頭で分かっていても、心が納得しない。どちらの事情も分かるから、手を拱いている。人という生き物は、どうしてこうも不器用なのでしょう」
永萌が笑ったのは、村人の不安が理解出来たからだ。
「昔、ポーツマスはモンスターの大群に襲われたそうです。大勢の人々が犠牲になったと聞きました。皆、その時の哀しみと恐怖とを忘れていないのですよ。だからと言って、ハーフエルフを宿した女性を殺してよいわけではありませんが」
「何の禍を受けていなくても、ハーフエルフというだけで忌み嫌う。人は異質なものを厭うから」
他人事のように語るアレクサンドルに、ユーウィンは胸を押さえた。異端を嫌う人の心は、彼らがどうこう出来る問題ではない。全ての人の心から偏見が消えない限り、またどこかで同じ事が繰り返されるのだ。
「カーナンズ団長が私達に依頼した理由が分かったよ。カイ君を庇えば、村人の心にしこりが残る。かと言って、エリス君を死なせてしまった村人を支持するわけにもいかない。ここを守っている守護騎士団は、どちらにつくわけにもいかなかったんだよね‥‥」
でもね、とユーウィンは静まり返る森に向かって声を張り上げた。
「確かに世界はそんなに優しくなくて、善意は届かない事が多い。でも、このまんまじゃ、エリス君のしてきた事が無駄になってしまう! 彼女が生きて来た証も否定されちゃうよ!」
さら、と風が木々を揺らす。
流れた風が吹き抜けた先に、森に溶け込むようにして1人の青年が佇んでいた。
「カイりん」
羽根を広げたカファを手で制止して、カイは厳しい表情で冒険者達を見据える。
「帰って下さい。貴方達には関係のない事です」
「子供達から手紙を預かって来たんだ。お前の事を心配していた」
丸めた羊皮紙を示して、メディクスが1歩、前へと出る。だが、カイは辛そうに頭を振るだけだ。
「彼らの気持ちを聞いてもやらないのか?」
「私に、そんな資格なんてない‥‥」
「そんなの!」
絞り出すような呟きに、アルノールは思わず声をあげた。彼は、どれほど子供達に慕われているのか気付いていないのだろうか。
「あ‥‥あなたがいなくなってしまったら、あの子達は‥‥! あんなに、あなたの作った薬を誇らしそうに語ってた子達は‥‥! 自分の薬を頼ってくれる人達を途中で見捨てるなんて、最低の行いですっ! 同じ薬草師として僕は恥ずかしい‥‥あ‥‥あなたを軽蔑しますよ!?」
一息に言い切り、真っ赤な顔で息をつくアルノールの肩に手を置いて、メディクスはカイに子供達からの手紙を差し出す。
「読むだけでいいんだ」
メディクスの手に握られた手紙を見つめ、カイは唇を噛んだ。
「彼らに、元気で幸せに暮らすようにと伝えて下さい」
「メディクスさん!」
カイの手に握られた小瓶に気付いて、永萌が鋭く叫ぶ。駆け寄って小瓶を叩き落とすも、遅かった。
「毒か!」
メディクスが懐を探るよりも早く、ホーリーシンボルを手繰ったベアトリスが呪を唱える。
「世話が焼ける坊主だねぇ」
「馬鹿っ!」
地面に突っ伏すカイに、罵声が浴びせかけられた。
ユーウィンが、カイの襟を掴みあげて乱暴に揺さぶる。
「どうして、どうしてこんな事をするのよ! 今、エリス君と子供と同じ所へ行って、君はどんな事を話せるの!?」
どうして、と泣きじゃくりながら繰り返すユーウィンに、永萌は静かに微笑んで頷いた。永萌の声なき言葉に、ユーウィンは手の甲で目を擦って彼に場を譲る。
「これはキャメロットから持参したお酒です。よろしかったら、どうぞ」
「‥‥私は、許せなかったんです!」
発泡酒を差し出して膝をついた永萌を見ようともせずに、カイは地面を殴りつけた。
彼の感じている絶望と哀しみとに、誰もが声を失ったその時。
「そういえば、樹海海老って知ってます?」
「樹海海老?」
いきなり、全く関係のない事を問われ、カイは面食らってアルノールを見上げた。
「昔、聞いた事があって。どんな薬効があるのかなって気になってたんですけど」
「いえ、私も聞いた事は‥‥」
そっか、残念。
何食わぬ顔であっさりと引き下がったアルノールに、ベアトリスが真剣な顔で考え込んだ。
「樹海海老? そいつは初耳だねぇ。世の中、まだまだ知らない事が山とあるもんだ。出来るなら、死ぬまでに1つでも多くの物を見ておきたいもんだよ」
呆気に取られた様子のカイに、永萌も澄ました顔で同意してみせる。
「まぁ、そういう事ですよ。だから、とりあえず、カイさん‥‥、寝覚めが悪いので死なないで頂けますか」
おい。
一斉に入った仲間達の突っ込みを気に留める事なく自分を見つめる永萌に、カイの表情が緩んだ。肩を震わせ、小さく笑い出す。
泣きながら笑い続けるカイを見守る仲間達に背を向けて、アレクサンドルは1人、その場を離れた。
「あ、アレクサンドルさん」
邪魔が入らぬよう、そして、万が一の時にはカイを止める為に、待機していたユリアルとウィリアムが彼の姿を見つけて声を掛ける。
「どうなりました?」
「‥‥終わった。心配するな」
安堵の息を吐くユリアルに労いの言葉をかけて、アレクサンドルはウィリアムへと向き直った。
カイが極論を選ぶ事はもうないだろう。ならば、後は、仕上げをするだけだ。
「カーナンズ団長、頼みがある」
●後を託して
「夜分遅くに申し訳ない。だが、カイと村人達、両者の和解を取り持つ事が出来るのは貴女だけだと判断した」
ポーツマス領主、エレクトラはアレクサンドルを無表情に見つめていた。眉ひとつ動かさぬ彼女から、その心の内を窺い知る事は出来ない。事情は一通り説明した。だが、まだ足りぬのか。
アレクサンドルは再度、口を開く。
「ポーツマスの人々が異質なるものを忌む事情も聞いた。しかし、だからと言って人を死なせてよいはずがない。遺された家族の哀しみのどちらがより深いかなど、比べられるものでもない」
握り込まれた拳に力が籠もる。
愛する家族を喪った痛みは、何年経とうが和らぐ事がない。心の奥深くに刻まれた傷は、幸せだった頃を思い出す度に血を流し、じくじくと痛む。
それは、アレクサンドル自身も抱えている痛みだ。
「‥‥分かりました」
沈黙の後、エレクトラは頷いた。
「では!」
顔を輝かせたアレクサンドルに、エレクトラは困ったように微笑む。
「ですが、禍根は簡単に消えぬもの。ほとぼりがさめるまで、その方は私がお預かり致しましょう」
ほっそりとした手が挙げられた。
「お客様をご案内して」
短い指示に、彼らを案内して来た男がカイを連れて広間を出て行く。
「ご安心下さい。何も考えず、ゆっくりと休めるように致します故」
その様子を目で追っていたアレクサンドルは、慈愛に満ちた彼女の微笑みにようやっと肩の力を抜いたのだった。