奇妙な依頼

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月16日〜05月22日

リプレイ公開日:2005年05月26日

●オープニング

「ゴブリン?」
 聞き返した冒険者に、2人の村人は大きく頷いた。
 顔を見合わせる冒険者達に、彼らは身振り手振りを交えながら事の次第を説明し始めた。何度も同じ内容を繰り返し、脱線し、どんどんと長くなっていく話を要約すると、村で悪さをしていたゴブリンを2匹捕まえたものの、その処分に困っているとの事。
「モンスター殺して祟られたら困るだよ」
 1人が言えば、もう片方がうんうんと頷いてみせる。
 ならば、自分達は‥‥? 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、冒険者達は曖昧に笑って見せた。
「信じていないだべな? だども、本当に祟るべ。ゴブリンに石をぶつけようとした小僧っ子に、黒い光が飛んで来て頭をコツンとやったんだ!」
「黒い、光ですか?」
 眉を寄せた冒険者の表情に、村人達は慌てて付け足す。
「本当だ! 何人も見ていただ!」
「ああ、いえ。疑っているわけじゃありませんよ? ただ、ちょっと気になって」
 冒険者としての勘が正しいならば、その黒い光は魔法によるものだ。つまり、ゴブリンの周囲には魔法を使う者がいる可能性が高い。だが、村人達の中に魔法に詳しい者がいるようには見えない。
「ともかく、その2匹のゴブリンを処分すればいいんですね? で、今、ゴブリンはどうしているんですか?」
「牛を運ぶ檻に閉じこめているだよ」
 なるほど、と冒険者達は互いに視線を交わす。
 牛などの大きな家畜を運ぶ檻ならば頑丈だろう。
「分かりました。では、我々がその檻ごとゴブリンを‥‥」
「ど‥‥どんな風に処分するだ? 皮を剥ぐか? それとも、首を刎ねるだか?」
 途端に、村人達が身を乗り出して来た。
 期待に輝いた目で、冒険者の答えを待っている。
「あの?」
「首を刎ねるだけじゃ、また生き返るかもしんね」
「そだな。じゃあ、手や足もバラバラにして埋めるだよ、きっと!」
 物騒な方向に話が向かっているような気がする。興奮気味な2人の会話から取り残された冒険者達に、トドメの一言がもたらされた。
「処分する時にゃ、村人全員で見物させて貰うだよ!」
 あまりの言葉に噎せ返る者数名。
 呆けた仲間達に代わり、かろうじて平静を装った冒険者が口元を引き攣らせながらやんわりと釘を刺す。
「そんな血腥いものを見物しようだなんて。しばらくご飯が食べられなくなりますよ」
「いんや、村の連中もモンスターの処分なんて見た事ねェから、楽しみにしているだよ」
 モンスターを殺せば祟ると信じながらも、他人が殺すのならば見てみたいと言う。純朴な村人の、純粋な好奇心だと分かっているから始末に負えない。
「‥‥分かりました。では、村までお伺い致しましょう」
 何名かがその依頼を受けた。嬉しそうにギルドを後にした2人組を苦々しい表情で見送って、彼らは重く息を吐き出す。
「檻に閉じこめているとは言え、モンスターについて何も知らない村に放置しておくのは危険だ。それに、黒い光というのも気になる」
 呟いた冒険者に声を掛けたのは、ギルドの隅に座っていた黒いマントの人物であった。
「あんた達、あたしからの依頼も受けてくれないかい」
 頭を覆ったフードの下から聞こえるのは、若い女の声だ。
「依頼ならば、受け付けを通してからにして貰おうか」
「後でちゃんと手続きをするよ。ギルドの掟はよく知ってるさ。あたしも、元は冒険者だからね」
 聞き取りにくい言葉の端々から、苦しげな息が漏れる。冒険者達は顔を見合わせた。
「おい、具合が良くないなら‥‥」
「いいんだ! それよりも依頼だよ。あの村人達の依頼にあったゴブリンを逃がしておくれ。あんた達なら出来るだろう? 処分すると見せかけて、逃がす事ぐらい‥‥」
 モンスターを逃がせと言う女に、冒険者達が気色ばむ。
「冗談ではない! そんな事を引き受けられるか!」
「あたしだって! あたしだって、あんた達にこんな事を頼みたかァないよ! でも、仕方ないじゃないか! 今のあたしじゃ、ポチとタマを助けられないんだから!」
 激高して叫んだ女の体がぐらりと揺れる。慌てて支えた冒険者の手を振り払って、女は続けた。
「あの子達は、あたしの為に薬草を探して村の近くまで行って捕まったんだ。‥‥見捨てられるもんかい‥‥」
 フードの下から、女は冒険者達を睨み付けた。一瞬だけ覗いた顔は真剣そのものだった。嘘をついている風にはみえない。
「頼むよ。あの子達は、あたしの大事な仲間なんだ」
「断ったら?」
 マントを掴んでいた女の手に力が籠もった。
「そうなったら、あたしは‥‥」

●今回の参加者

 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2698 ラディス・レイオール(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3642 パステル・ブラウゼ(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4818 ステラマリス・ディエクエス(36歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5391 サラ・フォーク(22歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●誓約
 ゴブレット代わりの角に薬湯を注ぐと、ラディス・レイオール(ea2698)は木に凭れ掛かる女を振り返った。ギルドを訪れた時よりも衰弱しているようだ。
 けれど、とラディスは微笑みを浮かべる。
 彼は薬草師。
 病や怪我の症状に応じて、薬草を調合するのが生業である。
「さ、どうぞお飲みになって。少しは楽になりますよ」
 温かい湯気を立てる薬湯に、女は露骨に顔を顰めた。
「発熱されているようなので、解熱作用と発汗作用のある薬草を煎じました」
「ご託はいいよ。飲めばいいんだろ」
 ぐいと飲み干して、女は口元を押さえた。どうやら、かなり苦かったようだ。それでも何の文句も言わないのは、彼女自身、少しでも体調を回復せねばならないと思っているからだろう。
「では、次はこちらです」
 ラディスの手にある角杯から漂う臭気に、女の動きが止まる。
「なななんなんだいっ、それわっ!」
「何‥‥と聞かれましても‥‥。葉を刻んで煮て絞った汁ですが? これは、体にとても良いものなんです。普通にお野菜を食べるよりも、ずっと早く体に吸収されて、それで」
「それを飲めって言うのかい!?」
「はい」
 にっこりと、ラディスは微笑んだ。
 捧げ持った角杯からは湯気。
 その構図だけでも癒されそうな程に清々しい。
 この、飛ぶ鳥も落ちそうな匂いさえ無ければ。
「‥‥飲むのかい?」
「はい」
 出来るだけ、角杯を遠ざけて受け取った女は、嫌々ながらもそれを口に運ぶ。
 と、次の瞬間、彼女はぱたりと倒れ伏した。
「‥‥死んだか」
 一部始終を見ていた広瀬和政(ea4127)がぽつりと呟く。
「これまで、色々とてこずらされたが‥‥。成仏するがいい」
「死んじゃいないよッ!」
 息も絶え絶えに叫んだ女の体が揺れた。いきなり大声をあげたが為に、酸欠を起こしたようだ。
「あらあら」
 それでも、必死に堪えようとした女の襟首を目にも止まらぬ速さで掴み、有無を言わせず膝の上に落としたのは、ステラマリス・ディエクエス(ea4818)だ。
 秘技、母の愛。
 なかなか眠らず、油断すると遊び出す子供を寝かしつける事に長けた母の、一撃必睡の技である。
「いけません。今はお休みにならないと」
 よちよち。
 子供をあやすように、ゆっくりと優しく体を叩いてやる。
 流れるような連続攻撃に、眉間に刻まれた皺も解け、女の表情が和らいでいく。
「‥‥うむ。見事だ」
 すっかり女の敵愾心を取り去ったステラマリスの技に一頻り感心すると、広瀬は「ところで」と切り出した。
「貴様には聞きたい事がある。‥‥サロメ」
「‥‥なにさ」
 不手腐れた風に、サロメと呼ばれた女が応える。
「貴様の正体と、貴様の背後にいる者について、だ」
 不機嫌そうに舌打ちすると、サロメは広瀬の視線から逃れるように体勢を変える。
「‥‥あたしが人間以外の何に見えるって言うのさ」
「人間に見えない事もないけど、ゴブリンの仲間なのよね?」
 サラ・フォーク(ea5391)の肩に座るパステル・ブラウゼ(ea3642)の言葉に、サロメの口元が引き攣った。反論しようと身を起こしかけて、ステラマリスに頭を押さえられる。
「まあまあ、落ち着いてサロメちゃん。パステルちゃんも、広瀬さんも、あんまり苛めちゃ可哀想よ。サロメちゃんは、今、1人なんだから」
 怪訝な顔をしたサロメに、サラはぴんと人差し指を立てて片目を瞑る。
「ほら、ツッコミのいないボケ役なんて、福袋のないお祭りみたいなものじゃない。サロメちゃんが調子でないのは仕方がないわよ」
「‥‥俺には、サラのがキツイと思うんだが‥‥気のせいだろうか」
「いや、多分、気のせいじゃないと思う」
 葉隠紫辰(ea2438)の呟きに、ワケギ・ハルハラ(ea9957)と一緒に驢馬の尻尾を加工していたエスリン・マッカレル(ea9669)も乾いた笑いを漏らすのみだ。
「しかし」
 切りそろえた尻尾の一端を蜜蝋で固めながら、エスリンは表情を改めた。
「貴女の事は広瀬殿から伺っている。サロメ殿、貴女の依頼を受ける前に、ゴブリンを助けた後は悪事に利用せず、あの村にも近づけないと大いなる父に誓って貰いたい」
 さらりと告げられた言葉の裏に篭められた意味に気付いて、サロメは怒りで顔を真っ赤に染める。
「あんたッ! あたしを何だと」
「誓って貰えない場合は、協力は出来ぬ。ゴブリンは射殺して埋める事になる」
 サロメの怒りに動ずる事なく、エスリンは続けた。
「無論、皆も同意見だ」
 悔しげに唇を噛み締めて、サロメはステラマリスの膝の上に頭を戻すと冒険者達に背を向けた。話し合いを拒絶しているかの背に、ただ黙って待つ。
 やがて、彼女は口を開いた。

●一芝居
「なんと!」
 広場の真ん中に据えられた檻を目にするや否や、エスリンは上擦った声をあげる。
「このゴブリンは! 誰か、このゴブリンに触れた者はいるか!?」
 檻に駆け寄ると、2匹のゴブリンを確認して周囲を見回す。ゴブリンの処分を見物すべく集まっていた村人達は、冒険者の突然の言動に戸惑ったように顔を見合わせた。
「ど‥‥どうかしただか?」
 ギルドに依頼を出した村人が、エスリンに尋ねた。
 笑いを噛み殺し、苦労して顰めっ面を作ると、エスリンは重々しく告げる。
「この種は近寄ると危険なのだ。我々でも注意が必要となる」
 ざわ、と村人の輪が動いた。怯えを滲ませた彼らを更に不安に陥れたのは、厳めしく呟かれた広瀬の一言だ。
「鍛えられていない者が近づけば、何が起こってもおかしくはない。‥‥よくも今まで無事だったものだ」
 嘘や冗談など言いそうにない男の独り言にも近い呟きは、やけにはっきりと村人の耳に届いた。
「はっ! 弱気な事を」
 そんなエスリンと広瀬を嘲笑ったのは、紫辰であった。
「ゴブリン如きを恐れていては、冒険者の名折れと言うものだ」
 ずかずかと檻に歩み寄った紫辰に、パステルが小さく息を呑む。
「駄目よ! 迂闊に近づくと危険だわ」
 短く刈り込まれた髪を引っ張って、彼を引き留めようとしたパステルを邪険に振り払って、紫辰はゴブリン達を閉じこめている檻を掴んだ。そのまま乱暴に木の格子を揺さぶる。
「こんなゴブリンどもに何が出来る。臆病風にでも‥‥ぐ‥‥」
 檻を揺らしていた紫辰の動きが止まった。口元に当てられた手からくぐもった声が漏れる。
「紫辰? ねぇ、どうしたの、紫辰!」
 地面に膝をついた紫辰を覗き込んで、パステルは甲高い悲鳴を上げた。
「血! 紫辰、血を吐いてる!」
「何!?」
 紫辰の元に駆け寄ると、広瀬は彼の体を抱え起こした。口元から溢れる血が村人によく見えるように、紫辰の顔を上向ける。
「むぅ、いかん。ゴブリンの祟りを受けたようだ」
「どうしたのじゃ」
 広瀬の声と重なるように、幼くも嗄れているようにも聞こえる不思議な声が響いた。法衣を身に纏ったステラマリスを従えて、ゆっくりと近づいてくる小さな影。髭と帽子に隠されて、その素顔は見えない。
「先生、紫辰殿がゴブリンの祟りを受けてしまったようです」
 恭しく礼を取ったエスリンに、「先生」と呼ばれた男が鷹揚に頷く。
「ステラマリス殿、解呪を」
「分かりました。広瀬さん、紫辰さんをこちらへ」
 紫辰に肩を貸し、広瀬は彼をステラマリスの元まで運んだ。紫辰の頭を膝の上に載せると、ステラマリスは十字架のネックレスを取りだし、祈りを唱える。
「‥‥我ながら、役者には向かんと思うがな‥‥」
 自嘲というよりも、照れ隠しであろう。
 唇を歪めて苦笑を浮かべた紫辰の口元にこびり付いた血を手布で拭い、ステラマリスは微笑んだ。
「このゴブリンが危険だという事は分かった? これから処分するけど、改めて聞くわ。このゴブリン達が何をしたのか教えて」
 サラの問いかけに、村人達は動揺も顕わに互いに囁き交わす。
「何をしたの? それによって、処分の仕方も変えなくちゃいけないの」
 重ねて問うたサラに、ぽつりぽつりと答えが返る。
「うちの鶏の卵を盗んだぞ」
「畑に植えた種芋を掘り起こして食っちまっただ」
 予想はしていたが、出てくる罪状は軽いものばかりだ。命で購う程のものでもない。
「モンスターは殺さなければならない‥‥って言ってもねぇ」
 溜息をついたサラに、パステルは肩を竦めて竪琴を取り出した。
 ぽろんと弾かれた弦が心地よい音色を奏で始める。
 それは、ゴブリンの罪状を歌詞に織り込んだ鎮魂の歌であった。
「さて、始めるかのぅ」
 髭の男がゴブリンの檻に近づく。
「貴様ら、出来るだけ離れていろ」
 広瀬の言葉に、村人達は恐怖に引き攣りつつ、後退った。冒険者達の言動と紫辰の身に降りかかった災いとに、彼らは既に「処分」を見物するどころでは無くなっている。その怯えに輪を掛けたのが、パステルだ。
 歌の中に巧みにゴブリンの処分を恐れる気持ちを練り込んでいく。元より処分する気のない仲間達には無効な呪歌。
「先生」の詠唱が始まると同時に、パステルのメロディーが増幅する恐怖の感情も高まり、広場に輪を作っていた村人が1人、2人と家へと逃げ帰る。
 ゴブリンの体が完全に氷に覆われる頃、広場に残った村人は、村の長と依頼を持ち込んだ者の数人だけとなっていた。
「これで、ゴブリンは氷の棺の中で永遠に眠り続けるじゃろ‥‥」
「おーし、これで依頼終了ねっ」
「先生」の言葉を途中で遮ったサラが、嬉しそうに村長を振り返る。氷漬けのゴブリンの移送準備を始めていた仲間達が、何事かと顔を上げた。
「仕事終わったら宴会よね、村長。宴会!」
 恐怖で腰が抜けている村長は、突然の宣言に目を白黒とさせるだけだ。
「「先生」も、喉が渇いたわよね、お酒飲みたいよねっ」
「い‥‥いや、わしは酒が飲めぬので‥‥」
「硬いこと言いっこなし♪」
 勢いよく背を叩かれ、弾みでずれた付け髭を押さえるワケギを気にも留めず、サラは上機嫌で村長を急かして去って行ったのだった。

●嘘をついたら
 ポチとタマを包んでいた氷の棺が溶ける頃には、サロメの体調も大分良くなっていた。
 用意されていたスープを飲むポチタマの姿は、駆除対象のゴブリンばかり見て来た冒険者の目には新鮮に映る。頭を撫でてみたい衝動をぐっと堪えて、サラは代わりにサロメの肩を叩いた。
「よかったわね、サロメちゃん、相方が戻って。これで心おきなく道を極められるわねっ」
「だから、何の」
 これはこれで良いコンビだと思っても、口には出さない。
 パステルはラディスの作ってくれた酔い覚ましと一緒に、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。が。
「にっが〜いっっっ!」
 あまりの味に、パステルはワケギの肩から滑り落ち、酔い覚ましの熱泉に転がり落ちる寸前で紫辰の手によって救出される。
「‥‥そういや、アンタの質問にまだ答えてなかったね」
 旅装を整えていたサロメが、不意に広瀬を振り返った。
「あたしの背後にいる奴。それって、白の魔法を使うアイツの事だろ」
 広瀬から表情が消える。
「アイツの事は、あたしもよく知らないんだ。‥‥逆らえば、その場で殺されちまいそうに怖い奴だって事ぐらいだよ」
 真剣な顔でそれだけを告げて、サロメは何か言いたそうに自分を見上げて来るワケギの視線に気づき、片方の眉を上げた。
「何さ」
「ゴブリン達を、決して悪事には使わないで下さいね」
 祈るポーズで目を潤ませるワケギの姿に、サロメは口元を押さえて視線を逸らす。
「サロメさん?」
 更に潤み度倍増しで首を傾げたワケギに、更に更にサロメは明後日の方角へ視線を彷徨わせる。
「うんうん。分かるわよ、サロメちゃん。直撃って感じ?」
「うっさい! あたしはもう行くよ! ポチ、タマ! いつまでもがっついてんじゃないよ!」
 訳知り顔で頷いたサラに怒鳴って、サロメは意地汚くスープを啜っていたゴブリンを追い立てて走り去って行った。
「さて」
 サロメとポチタマの姿が見えなくなると、ステラマリスは聖書を取り出した。
 次の瞬間、キャメロットに戻るべく、めいめいに動き出した冒険者達の耳に鈍く重い音が響く。
 それが、ステラマリスが聖書で自身の頭を打つ音だと気付いて、彼らは凍り付いたが如く動きを止める。
「ス‥‥ステラサン? 何をしているデスか?」
 頭を打ち続けるステラマリスに怖々尋ねたのは、サラだ。
 動揺で口調がおかしくなっている。村中の酒を飲み尽くして少々二日酔い気味の頭も、一気に覚醒したようだ。
「せーしょあたっくです。村の人達に嘘をつきましたから」
 何でもないように、爽やかに答えて、ステラマリスはもう1度、強く頭を打った。
 あわわ‥‥。
 青くなって後退るのは、ワケギだ。
 嘘が駄目なら、変装までしてポチタマを処刑したように見せかけた自分はどうなるのだろう?
 その場から離れようとしたワケギの襟を摘むと、紫辰は苦笑を浮かべてステラマリスを振り返った。
「気持ちは分からんでもないが、それを言うならば、ここにいる全員がせーしょあたっくとやらを受けねばなるまい」
「そ、その通り。だが、依頼を完遂する為に必要だった」
 紫辰を援護して、エスリンも取りなす。焦っているように見えるのは、彼女自身、村人を謀った事に後ろ暗い気持ちを感じているからか。
「しかし」
 ステラマリスの手首を掴んで、広瀬はその手が掴んだままの聖書を取り上げた。
「人は、時に分かっていても嘘を吐かねばならない時もある。世の中は、真実だけで成り立っているわけではないからな」
「そうそう。善悪の区別がつかない子供ならともかく、私達はちゃんと分かっているものね」
 ね? とパステルが片目を瞑れば、ラディスもはいと頷く。
「でも、とりあえず「嘘ついたらせーしょあたっく喰らわす」は肝に銘じておきますね」
 邪気ないラディスの言葉に、ステラマリスは最後に1発、自分の頭を聖書で打った。

●有効範囲
「行くよ。ポチ、タマ」
 名残り惜しそうに後ろを振り返るゴブリン達を、サロメはわざとらしい程に大きな声で急かす。
「ったく、餌付けされてるんじゃないよ、お前達」
 言いつつも、サロメには分かっていた。
 餌付けされたのは、自分だ。
 後ろを振り返りたいのも、自分。
 心を占める感傷めいた気持ちを振り払うように、彼女は一層大きく声を張り上げた。
「お前達を使って悪い事はしないって約束しちまったからね。これからは真っ当な手段で金を稼ぐよ!」
 尤も、ゴブリンに善悪の判断はつかない。‥‥というよりも、善悪という概念すらない。
 自分の知らない所でポチとタマが悪い事をするのは仕方がないさと、サロメは別れたばかりの冒険者達に向けて心の中で呟く。
「さて、それじゃあ、とりあえず、悪い金持ちから金を巻き上げに行くよ!」