無垢なる願い
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月22日〜05月29日
リプレイ公開日:2005年05月30日
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●オープニング
小さく鼻歌を口ずさみながらギルドの扉を押し開けたアレクシス・ガーディナーの足取りは、やたらと軽かった。
「アレクってば上機嫌ね。どうしたのかしら?」
「春だからじゃないですか?」
主より先にギルドへとやって来ていた銀髪従者の、身も蓋もない答えに何と返してよいものか分からず、女冒険者は口元を引き攣らせる。
相変わらず、この従者は主を主と思っていないようだ。
「‥‥でも、アレクの事は大事なのよね。素直じゃないんだから」
「何か?」
小声の呟きを耳聡く拾って、依頼報告に目を通していた従者が顔を上げる。
「な、なんでもないわよ! なんでもっ!」
何か言いたそうな彼の視線に気付かないフリをして、彼女はアレクに向かって手を振った。
この気まずい状況を打破するつもりだった彼女は、自分が更なる厄介を呼び込んでしまった事にまだ気付いてはいなかった。
「よ! お、来てたのか」
軽い挨拶は、彼を手招いた女冒険者に。
その後は、彼のお目付役兼従者、ヒューに向けて発せられた言葉である。
「おはようございます。ようやくお目覚めになられましたか」
太陽は西に傾きかけている時間である。
にっこり微笑んで朝の挨拶をするヒューに、女冒険者は椅子から腰を浮かせた。冒険者としての本能が、危険を感じ取ったのだろう。
「ア‥‥アレク、ヒュー? あたし、そろそろ‥‥」
「いくら俺でも、この時間まで寝てるはずないだろうが。ちょーっと、寄る所があってな」
だが、対するアレクはヒューの嫌味を軽く受け流した。やはり、機嫌が良いようだ。語尾が踊っている。
「寄る所? そのようなお話は伺っておりませんが」
「当然だな。ここに来る途中で、呼び止められたんだから。それがさ、聞いてくれよ。この間から探してた品がようやく手に入ったんだ」
あっはっはと笑いながら、アレクは女冒険者の肩を馴れ馴れしく叩いた。
「さ‥‥探していたものって?」
愛想笑いを浮かべて、とりあえず聞いてみる。彼がこういう振り方をして来るのは、話に乗って欲しい時だ。
待ってましたとばかりに、アレクは胸を張った。
「イースターの時、エチゴヤから売り出された福袋があったろ? その中に入っていたまるごとウサ‥‥」
「返してらっしゃい」
即座に、冷たい従者の声が主を打ち据える。
凍り付いたアレクに、女冒険者は心の中で滝涙を流して聖なる母に祈った。これ以上、巻き込まれませんように、と。
「な‥‥何でだ! 折角、苦労して手に入れたのに! 耳があると、女の子にモテるって言‥‥」
「返してらっしゃい」
取りつく島もないとはこの事だ。
視線を依頼報告に戻しながら、ヒューは同じ言葉を繰り返す。
主はと言えば、口をもごもごと動かしながら、反論の言葉を探している。
「い、いいじゃない、まるごとウサギぐらい。防寒具にもなるみたいだし。ね?」
とりあえず、主の方に助け船を出してみる。どうせアレクも意地を張って「返さない」と言い出すのだ。微妙な力関係の主従を丸く収めるには、主に助力してやるのが早い。
‥‥と言うのが、ここ1年に渡る付き合いで学んだ対処法である。
「これから夏に向かうのに?」
「それはっ」
はたと気付けば、周囲の仲間達が遠巻きに見ている。向けられる視線は励ましを含んで生暖かい。励まさなくていいから、助けて欲しいと女冒険者は切に願った。
「だいたい、貴方は‥‥」
そんな彼女の心境など知る由もないヒューが、説教モードに移行しかけて不意に言葉を止めた。
1点を見つめる視線を追って、女冒険者と主も首を巡らせた。
開いた扉の陰に身を縮込ませて、1人の少女が泣きそうな顔でギルドの中を覗き込んでいる。
「どうしたのかしら?」
女冒険者が口を開くよりも早く、ヒューは立ち上がり、少女の傍らに歩み寄っていた。膝をつき、笑いかけて、1言、2言言葉を交わすと、彼は少女の手を取ってギルドの中へと招き入れる。
「ニーナちゃんです」
集まる冒険者達の視線に、ニーナと呼ばれた少女はヒューの後ろに身を隠す。
「彼女は、皆さんにお願いがあるそうです」
「お願い?」
ヒューは、そっとニーナを促した。
「お‥‥お兄ちゃんをさがして‥‥」
辿々しく語られた少女の話は、こうだ。
彼女には、兄がいた。
だが、兄は少し前にいなくなってしまった。
親に聞いても、村の人に聞いても、兄がどこへ行ったのか教えてはくれない。
だから、困った時は助けてくれるというギルドに兄を捜してくれるよう頼みに来たのだ。
「いなくなったお兄ちゃんって言っても、それだけじゃなぁ」
顰めっ面をしたアレクの足を強かに踏みつけて、女冒険者はニーナに尋ねた。
「ニーナちゃん、ここまで1人で来たの?」
ううん、と彼女は頭を振った。
「お父さんと。お父さん、おしごとでおじさんとおはなしししてる」
どうやら、父親が仕事をしている間に、ギルドを探して宿から出て来たらしい。早く宿へ戻さないと父親が心配するだろう。
「お父さん、お兄ちゃんの事を教えてくれないの?」
こくりと頷きが返る。
「お兄ちゃんは元気だよって言うだけ」
冒険者達は顔を見合わせた。
「もしかすると、この子のお兄ちゃんは里子に出されたんじゃ‥‥」
ニーナは幼すぎて、まだ理解が出来ないのだろう。
何と説明すればよいのかと考えを巡らせた時に、ヒューが動いた。
ニーナを女冒険者の手に預け、受け付けへと向かう。
「おい! ヒュー?」
「依頼を出します」
慌てる主を無視して、ヒューは受付嬢から羊皮紙を受け取った。
「待てよ! あの子の兄がいなくなったのは、親も承知している事らしい。つまりは‥‥」
「分かっています。でも、あの子はそれが分かっていない。だから、冒険者を頼ってここまで来たんです。見知らぬキャメロットの街を1人で歩くのはきっと怖かったはずです。それなのに、彼女はここまで来た。ただ、兄に会いたいが為に」
一息に捲し立てたヒューに、アレクが目を見開く。
「お前‥‥」
「兄に会いたいという妹の願いを、叶えてあげたいんです」
必要事項を羊皮紙に書き込んで、ヒューは受付嬢へと渡す。勿論、依頼料も一緒に。
「皆さんに依頼します。ニーナちゃんのお兄さんを探し出して、彼女と会わせてあげて下さい。‥‥そして、どうしてお兄さんが彼女と一緒暮らせないのかも、教えてあげて欲しいのです」
辛そうに目を伏せたヒューに、アレクも冒険者達も、反論する事は出来なかった。
●リプレイ本文
●一緒にお出かけ
「か、か、か〜わいいひ〜よこちゃんはぁ〜♪」
真幌葉京士郎(ea3190)に肩車され、ニーナは上機嫌で自作の歌を歌っている。
京士郎もそれに合わせて歌ってやるから、一層大喜びだ。
「ニーナ、落ちないでくれよ」
心配そうに声を掛けたのは、京士郎とニーナの後ろから付いていく笠原直人(ea3938)である。前へ後ろへ、右に左に、少女の体が揺れる度に、母親のようにオロオロしながら気遣っている。
「大丈夫、大丈夫。心配するなって。なァ、ニーナ」
「らーじょーぶらーじょーぶ」
京士郎の言葉を真似るニーナに、直人は痛む胃を押さえた。この依頼が終わる頃、間違いなく胃を痛めている自信が彼にはあった。
顔を顰めた直人の様子を窺って、カッツェ・ツァーン(ea0037)は気の毒そうに首を振る。
わははと豪傑笑いをしている京士郎のように、状況を楽しめると少しは楽だろうに。
しかし、とカッツェは思う。
ここ数日の観察の結果、彼がそういう性分でない事は明らかであった。
「なんて言うか‥‥生まれつきの苦労性?」
まだ若いのに気の毒な。
「もしくは貧乏くじ引きまくり?」
徹底的に鍛えて、彼を真っ当な道に戻してやりたいと教師の血が騒ぐ。しかし、残念ながら、今は依頼中である。
「‥‥ニーナ、そろそろお馬さんに戻らないか」
敢えてカッツェの言葉に返事を返さず、エスリン・マッカレル(ea9669)は愛馬メイヴの手綱を握り直してニーナに声を掛けた。
「やー」
肩車がいたくお気に召したらしい。ニーナは、京士郎の頭にしがみ付いて離れない。
「心温まる光景よね」
「‥‥そうか?」
ぽつりと感想を漏らしたアンジェリカ・シュエット(ea3668)に、ツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)の口元が僅かに引き攣った。
「そうよ。理解不能?」
「‥‥理解不能‥‥」
あら、とアンジェリカは細い指先を口元に当て、非難めいた視線をツウィクセルへと向けた。
「可愛いじゃないの。モンスターを蹴散らす冒険者が年端もいかない女の子に良いように扱われているの図」
「アンジェリカさん」
そう言えば。
不意に、ツウィクセルは思い出した。
ギルドで揉めていた主従に「いいじゃない。まるごとうさぎさんくらい、着させてあげれば」の一言でアレクを勝利へと導き、喜び勇んでうさぎを着込んだ挙げ句、脱水症状を起こして倒れた彼に「自業自得よね」とにこやかに微笑んでいた彼女を。
「なにかしら?」
振り返ったアンジェリカと目が合って、ツウィクセルは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「皆さん、楽しそうですね」
ふふ、と笑って、滋藤御門(eb0050)が呟く。
御門よ、お前もか。
ルシフェル・クライム(ea0673)は虚空に視線を彷徨わせた。だが、ここは下手な事は言わぬ方がよい。ルシフェルとツウィクセル、2人の男の中に留められた言葉は、永遠に失われて知る術もない。
「と、ところで、ニーナの兄の件だが」
さりげなく、ルシフェルは話題を変えた。
「その場凌ぎに誤魔化しても仕方がない。だが、真実を話しても彼女が理解出来るかどうか‥‥」
「そう‥‥ですね」
暖かな眼差しで仲間達とニーナとを見守っていた御門が表情を視線を足下へと落とす。
「里子、か」
覚えたばかりの単語を繰り返して、ツウィクセルは痛みを堪えるように唇を噛んだ。
●回想
ニーナの兄捜しという依頼を受けた冒険者達にとって、最大の難題は情報の入手方法であった。兄についてではなく、それ以前の問題で、だ。
「ニーナ、犬は好きかしら?」
自身の愛犬を招き、アンジェリカは膝を付いて目線を少女に合わせた。
見知らぬお兄さんお姉さんに囲まれて半泣き状態のニーナの頬を、ボーダーコリーがぺろりと舐める。
「私はアンジェリカ。それから、こっちがアレク。お出かけも一緒よ。仲良くしてね」
「ちょっと待ったーッ!」
泣きかけだった少女が顔を輝かせるよりも早く、ストップがかかる。
「何か?」
「何か、じゃないッ! そいつの名前は一体どーゆー」
きっちり着込んだウサギのせいでのぼせる寸前のアレクシスを一瞥し、アンジェリカは小首を傾げた。
「あら、不満があって? ‥‥ヒューの方が賢そうでよかったかしら? ねぇ?」
飼い主の問いかけに、アレクと名付けられたコリーが律儀に返事を返す。
「そうね。仕方がないわよね。名前なんてそうそう変えるようなものじゃないもの。我慢しましょうね、アレックス」
くぅんと鼻を鳴らしたコリー=アレクに、人間=アレクの方は拳を握り締めて震えるのみだ。
それを無視して、アンジェリカはニーナへと向き直った。
コリーに手を伸ばしたニーナに微笑みかけて、優しく問う。
「ニーナはお兄さんがいなくなって、会いたくて、心配でギルドに来たのよね?」
犬に気を取られ、上の空で頷いた少女に、アンジェリカはゆっくりと言葉を続ける。
「じゃあ、ニーナのお父さんも、急にいなくなっちゃったニーナの事を、同じように心配していないかしら?」
「え?」
何を言われたのか、すぐには理解出来なかったらしい。
目を瞬かせたニーナに、アンジェリカは辛抱強く同じ言葉を繰り返す。
「お父さん?」
「そう、父上だ。ニーナ、父上のいる所は分かるか?」
ぐりぐりと頭を撫でたルシフェルを見上げて、ニーナは不思議そうな顔をした。
「お父さん、おしごとのおはなししてる」
「うむ。それで、父上はどこでお仕事している?」
しばし見つめ合うルシフェルとニーナ。
怯えさせないようにと通常比1.5倍で作ったルシフェルの笑顔も引き攣りかけたその時に、ニーナが口を尖らせた。
「だから、おしごとしているの!」
めっ。
聞き分けのない子供を諭す母の口調で、ニーナがルシフェルを叱りつける。
ぐったりと疲れたように、ルシフェルは京士郎の肩に頭を預けた。
「うーん? これは‥‥もしかしなくても、まずい状況かな」
京士郎の呟きに、御門は力無く笑った。
今頃、父親は居なくなったニーナを必死に捜しているだろう。父親からの兄の話を聞き出すつもりだったが、このままでは最悪の場合、彼らがニーナを拐かした事にされてしまいかねない。
「ニ‥‥ニーナ?」
途方に暮れる仲間達の中、エスリンは膝を屈めてニーナの顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃん、ニーナのお父さんに会いたいんだ。お父さんの所まで案内してくれるか?」
同じ事の繰り返しになるか。それとも?
固唾を呑んで見守る冒険者の前で、ニーナはいとも簡単に頷いた。
「いいよ。でも、アレクも一緒じゃなきゃいや」
「も、勿論よ! お出かけも一緒って言ったでしょ?」
即答するのはアンジェリカ。口を挟もうとするアレクシスを、ツウィクセルが肘鉄の一撃で黙らせる。
「じゃ、いーよ。行こ、アレク!」
主の事情を察したのか、ボーダーコリーは千切れんばかりに尻尾を振り、ニーナのご機嫌を取るかのように嬉しそうに一声鳴いた。
ほっと安堵の息を吐いたのも束の間、この後、彼らを待ち受けていたのは、お約束の展開であったのは言うまでもない。
●お姫様の騎士
「時期が早かっただけ、さ」
ニーナのキャメロット見物に散々付き合わされた挙げ句、拐かし犯に間違えられて、棍棒を持った父親に追いかけ回された事なんて、その後に聞いた「里子」の事情で頭から吹き飛んでしまった。
ツウィクセルは自嘲気味に呟く。
生活に余裕が無くて子供を手放す親など、いくらでもいる。
そうでなくとも、いつか家族も離れて暮らすようになる。働きに出たり、新しい家族を作ったり、理由は様々だが、いつまでも兄妹が共にある方が稀なのだ。
「そりゃ、そうだけどね」
彼の呟きに、何か感じる所があったのだろうか。
カッツェがツウィクセルの隣に並んで相槌を打つ。
「でも、ニーナちゃんはまだ小さいから、それが分からないんだよね」
「ともかく。理由も分からずに離れ離れという状況に納得出来る者はいないだろう。幼い子供であれば尚更だ」
ニーナの姿に故郷に残した妹が重なって見えて、ツウィクセルは小さく舌打ちした。遣る瀬なさを誤魔化すように、彼は足下の小石を蹴飛ばす。
「兄が暮らす村まで後少し。それまでに何か考えておかねばならないな」
エスリンも、幼い少女を傷つけない対応に頭を悩ませているようだ。
「僕は‥‥」
言いかけた御門が不意に黙った。
「今、何か聞こえませんでしたか?」
「いや?」
怪訝そうに振り返ったエスリンに、御門は硬い表情で周囲を見回すと印を結び、小さく詠唱を始める。やがて、彼は目を開いた。
「この先にある木立の合間に、数人の気配を感じます」
「木立?」
見れば、街道沿いに林と呼ぶには貧相な木立がある。
行商人達が休息でもしているのだろうか。
だが、もう少し行けば村がある。わざわざそこで休息を取るだろうか。
「気になりますね。一応、様子を見て来ます」
ミミクリーを使い、隼へと姿を変えたアンジェリカが空へと舞い上がる。
「おっきい鳥さん!」
「おー、そーだなァ」
アンジェリカが姿を変えた所は見ていなかったのだろう。大喜びするニーナを肩から下ろして、腕に抱え直した。途端に、ニーナが彼の腕からぴょんと飛び降りる。
「あっ、ニーナ!」
慌てて伸ばした京士郎の手を掻い潜って、ニーナはアレクの首にしがみつき無邪気に笑う。冒険者の間に走った緊張など微塵も感じていないようだ。
「やれやれ‥‥ニーナ姫様のエスコートはハードだな」
吐息混じりの京士郎の言葉に、仲間達も苦笑する。
張りつめた緊張が解れ、普段の調子が戻って来た。
「この界隈を縄張りにしている盗賊のようね。私達をねらっているみたいよ」
偵察から戻ったアンジェリカが姿を元に戻しながら報告をするや否や、クルスソードを抜きはなったルシフェルが駆け出す。その後に続いたのは直人だ。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
武具を構えた仲間達の姿を見せぬようにカッツェが自身の体で壁を作り、そんな彼女達を中心に、防御の陣を作る。
いつでも先行したルシフェルと直人の援護に飛び出して行けるよう、京士郎とツウィクセルが前面に出る。
「ま、田舎のチンピラどもが相手だ。手助けなんざルシフェルと直人に失礼ってもんだ」
京士郎の軽口の通り、いくらも経たないうちにルシフェルと直人が戻って来た。
もちろん無傷で、幾分物足りなさそうに。
●絆
兄と再会したニーナの喜び様は、同行した冒険者達の想像以上のものであった。
「あのね、こっちがきょーちゃん、つーちゃん、るーくん」
「‥‥るーくん‥‥」
ルシフェルが何度目か分からぬ溜息と共に、暮れ行く空を見上げる。慰めるように、京士郎がその肩を叩いた。
「カッツェお姉ちゃん、アンジェリカお姉ちゃん、エスリンお姉ちゃん、御門お姉ちゃん」
「あの、いえ、僕はおと‥‥」
なんで女性陣はまともに覚えているのか。
しかも、何故、その中に御門が入っているのか。
釈然としないものを感じつつ、冒険者達は愛想笑いを浮かべ続けた。
「でね、こっちがアレクとにゃおと!」
「‥‥ペットと同列?」
気の毒そうに、カッツェは直人を振り返った。やはり、ここは再教育をして不幸体質を矯正するべきか。真剣に悩んだ彼女の耳に、弾んだニーナの声が飛び込んで来る。
「お兄ちゃん、皆といっしょにお父さんとお母さんのところにかえろ?」
「ニーナ!」
兄の困惑した様子に、エスリンは思わず声を上げていた。
兄もまだ幼い。家族と離れる時には悩み、悲しんだろう。それでも、家族の為に一番良いと判断して、彼はここに来たに違いない。
「お兄ちゃんはここで立派な大人になる為に頑張っている。ニーナも、お兄ちゃんを応援してあげよう?」
エスリンの言葉に、ニーナは嫌々をする。
「いつも会う事は出来ないかも知れんが、ニーナが兄上を大事に思い、兄上がニーナを大事に思う限り、心は繋がっている。分かるか?」
小さな手でルシフェルをばしばし叩くと、本格的に泣き出してしまう。
途方に暮れたルシフェルに、御門が首を振る。
兄を捜し求める気持ちも、妹を案ずる心も、御門にはよく分かっている。どちらも、彼自身に覚えのある感情だ。
大声で泣き続けるニーナを抱き上げて、京士郎は真っ赤になった頬を突っついた。
「そんなに泣いてたら、兄さんだって悲しむぞ。ここに来る時、兄さんに会えるって、ニーナは凄く楽しみだったろ? もう会えないわけじゃないんだ。今度、兄さんに会う時を楽しみに待っていよう」
「そうだよ。だから、それまでお兄さんにニーナの笑った顔を覚えていて貰おう? 笑って、さよならしよう?」
「また会いに来ましょう? お父様のお許しを得て、ね」
カッツェやアンジェリカがニーナを説得するのを見つつ、ルシフェルはどうして良いか分からずに立ち尽くす少年の隣に並ぶ。
「私にも義妹がいるから、妹を悲しませたくない気持ちは分かるつもりだ。‥‥貴殿も兄ならば、妹を安心させてやれ」
戸惑いながらも彼は妹の側へと歩み寄った。
「‥‥これ、家を出る時に母さんがくれたんだ」
妹の手に、手作りらしいペンダントを握らせる。
「これは兄ちゃんの代わりだ。お前にやる」
恐らく、彼には母が持たせてくれたペンダントしか持たないのだろう。
自分も兄に何かを渡そうと、ニーナは服のあちこちを叩いた。だが、幼い少女は何も持っていない。
「ニーナちゃん、これ」
そんなニーナの手に、御門はそっとコマドリのペンダントを滑り込ませた。
見上げて来るニーナに微笑みながら頷いて、御門は京士郎から彼女を受け取った。静かに地面に立たせてやり、その背を押す。
おずおずとペンダントを差し出すニーナを見つめ、彼は幼い兄妹の絆が断ち切れる事がないよう祈った。