駆け落ちのススメ

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月04日〜06月11日

リプレイ公開日:2005年06月15日

●オープニング

●路地裏
 キャメロットの街は、今日も賑やかである。
 威勢の良い声を張り上げて商品を売り込む商売人、笑い声を弾ませながら路地を駆ける子供達、道端で延々と語らうご婦人方、田舎から出て来たばかりらしい旅人‥‥。
 そんな喧噪を一瞥して、青年は大通りから1本外れた裏の通りへと足を踏み入れた。
 質素な上着の上にマントを羽織っただけの軽装である。旅人ではなさそうだ。
 人で賑わう通りを外れると、街の雰囲気はがらりと変わる。
 猥雑だが、懐かしさを感じる路地裏を黙々と歩いていた青年が、ふと歩みを止めた。
 遠くから聞こえてくる明るいざわめきに怒声が混じっている。
 それはどんどんと近づいて来て、やがて彼の後ろでぴたりと止まった。
「おい、兄ちゃん」
 ドスを効かせたダミ声に動じる事なく、青年は背後へと視線を投げた。
 彼の退路を阻むように立つのは、体格が良く人相の悪い数人の男達。
「こっちに女が来なかったか」
「‥‥知らないな」
 愛想の欠片もない返答に、男達の怒気が増した。
「隠すとテメェの為にならねぇぞ」
「知らないものを隠しようがない」
 きっぱりと言い捨てた青年に、男は忌々しそうに舌打ちをすると仲間達に指示を出す。
「まだこの辺りにいるはずだ! 徹底的に探せ!」
 荒々しい足音が乱れて幾つも響く。
 気配が完全に消えるのを確認して、彼は再び歩き出した。
 薄暗い路地の片隅に重ねて打ち捨てられた木箱の傍らまで歩み寄ると、彼は口を開く。
「何故、追われている」
 木箱の陰で震えていた娘が、怯えたように青年を見上げていた。
「私は‥‥」

●依頼
「というわけだ。秘密裏に彼女をキャメロットから西へ3日の場所まで送り届けて欲しい」
 ギルドへとやって来たトリスと名乗る青年の話を聞き終えた冒険者達は、彼の背後で身を竦めている娘へと一斉に視線を動かした。
 柔らかそうな栗色の髪、目鼻立ちは整っており美人の部類に入るだろう。いかにも育ちの良さそうな、大人しそうな娘だ。
「つまり、このお嬢さんの駆け落ちの手助けをしろと?」
「そうだ」
 彼が連れて来た娘は、とある豪商の娘であった。
 名をリーラと言う。
 事の始まりは、彼女が1人の男と出会った事から始まった。
 隊商の一員として各地を回っているロビンという名の青年と彼女は、一目で恋に落ちた。だが、その時には既に親の決めた相手との縁談話が進んでいて、彼女達は決心せざるを得ない状況に陥ったのだ。
「私が家を出る準備をしている事に両親が気付いて、結婚が早まったんです」
 項垂れるリーラを、女冒険者が慌てて慰めた。
「親は用心棒を雇い、彼女が家から出ないように監視させた」
「それが、追って来た連中ってわけか」
「彼女からの依頼は、ロビンと落ち合うまでの協力だ。私は請ける。他に請ける者はいるか?」
 世間知らずの彼女だけでは、到底、追っ手からは逃れられない。
 そんな彼らの葛藤を知らぬ顔で、トリスは話を進めた。
「少々調べたのだが、追っ手は彼女と共に逃げた者の情報を掴んでいるようだ」
 空白の時間の後、驚愕とも非難とも取れる叫びがギルドの中に響き渡る。
「ちょっと待て!? なら、隊商が待ち伏せされる可能性もあるって事か!?」
 冒険者達の動揺を気にするでもなく、平然とトリスは告げた。
「駆け落ちの相手は、長い金髪の細っこい男‥‥だそうだ」
「わ‥‥私のロビンは黒髪です」
 再び、沈黙。
 次に冒険者達に訪れたのは脱力感。
「なんだ‥‥。驚かすなよ」
 追っ手は、路地裏で目撃されたトリスを娘の駆け落ちの相手だと思ったらしい。やれやれと椅子に座り直した冒険者達に、トリスは口元を僅かに引き上げた。
「この誤解は利用出来る。出発当日、私が囮になって追っ手の目を引けば、時間稼ぎになるだろう。勿論、私1人では無理だろうが」
 その先は冒険者同士の相談になりそうだと判断した女冒険者がリーラを受付へと案内する。正式な手続きを経て、彼女の頼みはギルドの正式な依頼として受理されるのだ。
「しかし、そよ風にも倒れそうなお嬢さんなのに、親に逆らって逃避行。結構勇気があるもんだ」
「‥‥Omnia vincit Amor‥‥」
「え?」
 しみじみと呟いた冒険者に、青年が聞き慣れない言葉を紡いだ。
 聞き返した冒険者に、トリスは軽く頭を振って席を立つと、リーラと短く言葉を交わして共にギルドを出る。
 残された冒険者は怪訝そうに首を傾げるばかりだ。
「ラテン語です。『恋は万物を打ち負かす』‥‥約束された安寧な生活よりも、苦難に満ちていても好きな人と共に生きる事を選んだ彼女を見てそう思ったのでしょうね」
 トリスの呟きを拾っていた法衣の女冒険者は、微笑みながら2人が出て行った扉を見つめた。

●今回の参加者

 ea4825 ユウタ・ヒロセ(23歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5699 カルノ・ラッセル(27歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea7398 エクリア・マリフェンス(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0606 キッシュ・カーラネーミ(32歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb1903 ロイエンブラウ・メーベルナッハ(25歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●内緒
 大きな黒目がちの瞳が、遊び道具を追う子犬のように1点を見つめている。
 その視線の先にいるのは、トリスと名乗る冒険者だ。
「どうかしたのですか? ユウタさん」
「んー」
 滋藤御門(eb0050)の問いかけにも、ユウタ・ヒロセ(ea4825)は空返事を返すばかりである。
 挙動不審なユウタも気になるが、今は依頼の最中。しかも、脱出決行日だ。首を傾げつつも、御門が打ち合わせの輪の中に戻ろうとした、その時。
「あああっ!?」
 素っ頓狂な声をあげたユウタに、御門は前のめりにつんのめった。
「な‥‥何でしょうか」
「分かった! 偉そうな鎧着てないけど、君、トリス‥‥むぐっ?」
 大声を上げたユウタの口を手で塞ぎ、トリスは溜息をつく。カルノ・ラッセル(ea5699)が微笑みながら、その肩を叩いた。
「分かっています。内緒なんですよね」
「ねぇ、内緒って何なの〜?」
 どことなく哀れみの篭ったカルノの眼差し。
 口を開きかけたトリスは、怪訝そうに見上げるガブリエル・シヴァレイド(eb0379)に首を振って話し合いに戻る。
「他に問題がないようならば、我々は行動に移る」
 解消されなかった疑問に唇を尖らせたが、ガブリエルは素直に薄布を頭から被った。リーラの服をまとい、金色の髪を隠すと、もう1人のリーラの出来上がりだ。
 準備が整った事を確認して、御門は静かにリーラへと歩み寄る。
「リーラさん、僕達はここでお別れですですが、どうかお幸せに‥‥」
 深々と頭を下げると、御門は踵を返し、先に出たガブリエル達の後を追ったのだった。

●彼女の決意
 囮班が行動を開始して数時間。
 連絡を待つ護衛班には、僅かばかり苛ついた雰囲気が漂い始めていた。
「大丈夫、心配しないで」
 落ち着きのないリーラを宥めるように手を握り締め、エクリア・マリフェンス(ea7398)は外の様子を窺っているロイエンブラウ・メーベルナッハ(eb1903)を見た。
 視線を感じたのか、ロイエンブラウがゆっくりと振り返る。
「そう、大丈夫だ。‥‥だが、ここを出る前に聞かせて欲しい」
 真っ直ぐにリーラを見据えて、感情を排除した抑揚のない声で問うた。
「恋人というのは、信用するに足る男なのか」
 戸惑った様子のリーラを気にも留めず、ロイエンブラウは続けた。
「その男と共に生きるならば、今まで通りの生活は出来なくなる。それが現実だ。その覚悟と、生活の目処はあるのか」
「ロイエンブラウさん!」
 今、リーラに現実を突きつけるのは酷だ。彼女の両親とて、娘の幸せを願えばこそ、良い暮らしが出来る相手との結婚話を進めたのだろう。しかし、リーラは安定した生活よりも想い人を選んだ。その決意を揺るがすかの問いに、ステラ・デュナミス(eb2099)は慌ててロイエンブラウを止める。
「リーラ、私は聞きたい」
「わ‥‥私には、これからの生活は想像も出来ません」
 エクリアの手を握り返しながら、リーラはか細い声で答えた。彼女の心中を慮ったステラが、そっとその肩に手を置く。
「何が幸せかなんて、分からないものよ。なら、後悔しないように納得のいく道を進むのがいいと私は思うから‥‥」
 静かなステラの声は、萎縮してしまったリーラの背を押し出す力を持っていた。ゆっくりと顔を上げて、リーラは青い瞳を真っ直ぐに見返す。
「どんな暮らしが待っていても、ロビンが居てくれるなら平気です。不器用だけど、優しい人なんです」
 表情を変えないロイエンブラウに、リーラはなおも言い募った。
「私、力仕事は出来ませんけれど、お裁縫や文字の読み書きは出来ます。それでロビンと一緒に暮らして行きます!」
「‥‥ロイエンブラウ?」
 机に頬杖をつき、黙って成り行きを眺めていたキッシュ・カーラネーミ(eb0606)が、どこか戯けた声で仲間達の間へ割って入った。
「愛の逃避行、いいじゃない。恋する女は最強なのよ」
 きっぱり言い放ったキッシュに、ステラとエクリアが顔を見合わせる。
「若いうちは、そういう想いに身を任せるのもいいものよ‥‥って、そこで突っ込まないのよ?」
 まだ何も言ってません。
 ぶんぶんと頭を振ったステラとエクリアを一睨みして、キッシュは立ち上がった。
「リーラの覚悟を、あたしは応援するわ」
 仲間達から援護を受け、真摯な瞳で見つめてくるリーラに、ロイエンブラウは目元を和らげた。先ほどまでの厳しい表情とは打って変わった優しい笑みに、リーラは頬を上気させて見惚れてしまう。
「‥‥そうか。ならば、私も異存はない」
 物言いは相変わらず素っ気なかったが、声は温かい。
「全く、素直じゃないんだから」
「みんなーっ!」
 苦笑いしたキッシュがロイエンブラウの肩に手を伸ばすのと、扉が勢いよく開くのは同時だった。
「ユ、ユウタくん?」
 今まで息も潜めて来たのは何の為だったのか、とか。
 あわや攻撃する所だった、とか。
 深く考えてはいけないと、エクリアは引き攣った顔に無理矢理笑みを浮かべた。
「囮に引っ掛かったのね?」
 少し屈んで尋ねたステラに、ユウタは元気よく頷いてゴールド貨を自慢そうに見せる。
「奮発したものね、彼らも」
 肩を竦めながらも、キッシュは手早く支度を整えた。今を逃す手はない。
「さ、行きましょう」
 冒険者達に促されたリーラの手を掴み、ユウタはじぃと彼女を見上げた。
「リーラちゃん、ロビン君ってどんな人? 『顔に騙されて勢いで結婚したけど、カイショウナシのゴクツブシで苦労する』って、前にお母さんが言ってたよ」
 幼いながらにリーラを心配しているのであろうか。
 キッシュとロイエンブラウは苦笑混じりに視線を交わす。
「心配しなくていいわよ。リーラはちゃんと考えているから」
 元気よく跳ねた黒髪を一撫でして、キッシュは少年を安心させるように片目を瞑った。

●惑乱
 リーラの実家に雇われた者達は、追いつきそうで追いつかない距離を保つ囮班に焦れているに違いない。
 囮班が絶妙とも言える距離を保てるのは、シフールの利点を目一杯に活かしたカルノの活躍があるからに他ならない。
「そろそろ動きますね」
 淹れて貰った香草茶を啜りながら、カルノはつい先ほど覗いて来た追っ手の様子を仲間達に告げる。
「リーラは無事にキャメロットを出たのだな?」
「ええ、ユウタくんはそう言ってました」
 頷いたカルノに、トリスは決断した。
「連中は十分に引きつけた。そろそろ決着をつけてもよかろう」
 その言葉に、小躍りして喜んだガブリエルのずれた覆いをよいしょと引っ張りあげて、カルノは「では」と羽根を広げる。
「ユウタくんと一緒に、もう一稼ぎして来ましょうか」
 上機嫌に飛び去って行ったカルノを、御門はにこにこと微笑んで見送った。
「嬉しそうですね」
「嬉しいなの〜」
 はい、とガブリエルと一頻り笑い合うと、御門はトリスに尋ねる。
「それでは、どう致しましょうか?」
 その問いに、トリスは眉を顰めた。これからの展開は、少し考えれば分かる事だ。カルノ達の誘導でやって来る追っ手を痛めつけ過ぎない程度に倒せばいい。その為に必要な事は冒険者であれば承知しているはずだ。
 だがしかし、続く御門の問いはトリスの予想外のものであった。
「追っ手が近づいた時、何とお呼びしましょう? さすがに本名を呼ぶ訳にも参りませんし‥‥。お嬢様とお坊ちゃま、もしくはご主人様とか旦那様とか‥‥。ご希望はありますか? トリスさん?」
 駆け落ちをしたリーラとその恋人に雇われた用心棒という役所を己に振った御門にとって、これは大事な事だ。自分の呼び掛け1つで、彼らが囮であるとばれるのは何としても避けたい。
「私、お嬢様がいい〜」
「では、ガブリエルさんは『お嬢様』で。トリスさんは『お坊ちゃま』でよろしいですか?」
 待てど返らぬ答えに、御門はそれを「了承」と受け取った。
「それでは、お嬢様、よろしくお願い致します」
「任せてなの〜♪」
 印を結んだガブリエルが小さく詠唱を始める。その詠唱が終わると同時に、彼らの周囲は深い霧に包まれた。
「ややや? こんな昼間に霧とは奇っ怪な」
 いち早く異変に気付いたシフールの言葉に、リーダー格の男が顎をしゃくった。
「おい、様子を見て来い」
「私より強そうな貴方が行けばいいじゃないですか」
 そっぽを向いたシフールの青年に、男は顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「やかましいっ! ちっこい方が目立たなくていいんだよ! 分かったら、さっさと行って来‥‥なんだ?」
 差し出された2本に手に、男の顔が引き攣った。
 期待に輝く瞳が、男を見ている。
「お駄賃!」
 あっけらかんと告げた少年に、男は口をぱくぱくとさせる。
「お‥‥おま‥‥お前ら‥‥」
「最近、エチゴヤに入荷した犬を飼うのにお金を貯めているんですよ」
 何でもない事のように微笑んだシフールの青年に、青くなったり赤くなったりを繰り返していた男は、渋々と懐を探り、彼らの手の上にカッパー貨を乗せる。
 だが、彼らは手を引っ込めようとはしなかった。
「私、視力もいいですから」
 だめ押しの一言に、男はがくりと項垂れてカッパー貨をゴールド貨へと変える。
「毎度〜! じゃ、見て来るねっ!」
 途端に駆けだした少年と、上空へ舞い上がった青年とを見送って、男は髪を掻き毟った。
「あー。います、いますよう」
「ほんとだー」
 だが、霧の向こうから声が聞こえるや否や、彼はすぐさま配下の男達に指示を出し、自分も駆けだしていく。
「きーをーつーけーてー」
 妙に間延びした声と同時に、男の足下に雷が落ちた。
「あー、あぶないよー」
 頬を掠めたのは、透明な剣。
 そこにいるのは敵だ。男はそう判断した。探している娘がいるかどうかなど、もはや関係はなかった。逆上した男が弓を引く。放たれた矢は、見当違いの場所へと飛んでいったかに思えた。しかし。
「きゃっ?」
 突如、目の前に現れた矢に、ガブリエルは思わず目を瞑った。
 だが、覚悟した痛みは訪れなかった。
 その代わりに、頬を擽る柔らかな感触。
 恐る恐る目を開けたガブリエルは、それがトリスの細い金の髪である事を知った。どきんと跳ねた心臓に戸惑う暇もなく、彼女の体は地面へと転がされる。
「ご無事ですかー? お嬢様、お坊ちゃまー?」
「‥‥その呼び方をやめろ」
 細剣を抜き放ったトリスは、ガブリエルを背に庇いながら、闇雲に繰り出される男達の攻撃を躱していった。

●危機と機転と危険
 一方、本物のリーラを連れ、待ち合わせの場所へと向かった者達にも危険が迫っていた。
「数は5つ、まっすぐこちらへ向かって来ます」
 休憩に立ち寄った泉のほとりで、エクリアが緊張した声で告げる。キャメロットを出発してより後、数時間おきに行ってきたブレスセンサーが、初めて怪しい気配を感じ取ったのだ。
「また旅人‥‥という可能性は?」
 リーラにフードを被せながら、ステラが尋ねる。
 踊り子の衣装を身につけたリーラは慎み深い良家の子女には見えない。だが、万が一の事がある。
「そこまでは分かりません。でも、皆、大柄な者達です」
 警戒しつつ、エクリアは竪琴を手に取った。泉のほとりに腰をおろし、弦を爪弾く。リーラの手を握り、ステラもその近くに座った。ロイエンブラウも腰の刀を確かめて、静かに目を閉じる。
「おい、お前達、どこへ行く」
 やがて、乱暴な足音と共に姿を現した男達は、彼女達に無遠慮な視線を向けて尋ねた。傲慢な物言いだ。
「どこへって、気の向くままに旅を続けているんだもの。目的地なんてあって無いようなものよ」
 艶めいた笑みを浮かべ、髪を掻き上げて答えたキッシュの言葉を聞いているのかいないのか、男達はそれぞれに寛ぐ女達の元へと歩み寄り、その顎を掴んだ。
「髪が銀。違う」
「こっちの女もエルフだ」
 さも不快そうに、キッシュがエクリアの顎を掴んだ男の手を払い除ける。
「ちょっと! 何をするの!」
「うるさい。俺達はとある御仁に頼まれて娘を探している。そっちの女はどうだ」
 リーラのフードに男が手を伸ばす。身を竦ませたリーラを抱き込んだのは、ロイエンブラウであった。
「この子は私の妹だ。誰を探しているかは知らんが、手出しするというなら承知せぬぞ」
 冷たく青い瞳が男を射抜く。
 気圧されたように、男は後退った。
「言っておくけど、その子は強いわよ?」
 淡々としたキッシュの言葉に、男はロイエンブラウとその腕の中の娘とに何度か視線を走らせる。
「お前達は全員、エルフなのか」
「そうよ。その子は人見知りが強いから裏方なんだけど、彼女の妹ですもの。エルフに決まってるじゃない」
 そうか、と男は目で仲間達に合図を送った。
 リーラを抱き締めるロイエンブラウの手に力が籠もった。
 背後に回した手でいつでも印を結べるように備えながら、ステラは顎を掴んだままの男の手首を握る。
「俺達は、両親から頼まれてリーラという名の栗色の髪の娘を探している。どこかで見かけたならば、キャメロットまで連れて来てくれ。謝礼は弾む」
 リーラの父の名を告げて、男達はあっさりと去っていった。
 どうやら、囮班がばれたわけでも、彼女達に気付いたわけでもなかったようだ。
「こんな所にまで網を張っているというわけですね」
 魔法で脅す必要はなかったと、ほっと息をついたステラが呟く。危地を脱した途端、体から力が抜ける。
「ご苦労様よね。‥‥ところで、ロイエンブラウ? いつまで抱き締めているの?」
「‥‥役得というやつだな」
 ぴき、とキッシュの笑顔が凍り付く。
 慌てたステラが、リーラの体をロイエンブラウから引き離す。
「ロロロロイエンブラウさん? 確か、貴女も女性で‥‥」
「愛の前に性別など関係ない」
 あっさり、きっぱり言い切ったロイエンブラウに、事情の分からぬ箱入り娘を除いた者達の顔から一気に血の気が引いたのであった。

●門出に祝福を
 約束の場所で待っていた恋人と共に、リーラは新しい世界へと旅立った。
 去っていく隊商に降り続けていた手を下ろすと、ステラは届く事のない呟きを風に乗せる。
「私達に出来るのは逃げる手助けぐらい。これからは逃げるのではなく、幸せを掴み取ってね」
 エクリアの竪琴が祝福の曲を奏でる。やがてその澄んだ透明な音色は周囲の空気に溶け込み、彼女達の祈りと共に世界に溶け込んでいった‥‥。