【栄光のメニュー】可愛く、美味しくね
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月15日〜06月22日
リプレイ公開日:2005年06月24日
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●オープニング
「ま、こんなものかしら」
書き上がった依頼状を一通り見直して、エリーゼは満足そうに頷いた。
グローリーハンドの開店まで、まだ時間がある。受付嬢が依頼を手際よく処理し、壁へと張り出すのを眺めながら、彼女は小さく微笑んだ。
幼さを残した娘が2人、パーティをしたいと予約を入れて来た時には驚いた。
何しろ、グローリーハンドは冒険者酒場と異名を取るくらい、冒険者の出入りが多い。だが、冒険者ではない娘が出入りするのは少々珍しい。全くないとは言わないが、冒険者の数と比較するならば、やはり圧倒的に少ないのだ。
娘達もそれは分かっていたのだろう。
驚いたエリーゼに、それでも彼女達は一生懸命に拙い言葉で訴えたのだった。
「へぇ、グローリーハンドで誕生祝いか」
顔馴染みの冒険者が依頼を読み上げて振り返る。
そう、とエリーゼは大きく頷いた。
「あらゆる苦難に勇敢に立ち向かい、困っている人々を助ける冒険者に憧れている‥‥純粋な娘さん達のお誕生祝い」
怪訝そうな顔をした冒険者に、片目を瞑る。
「冒険者の噂と一緒に、冒険者が出入りしているうちの店の話も流れているらしくてね」
エリーゼは顔を真っ赤にして頼み込んで来た娘達の姿を思い浮かべた。
「なんか、嬉しいよねぇ」
冒険者に憧れる娘達が、キャメロットを訪ねた時に行ってみたい場所はギルドとグローリーハンドなのだと言う。出来るならば、自分もエリーゼのようになりたいと言われた時の面映ゆさったら!
笑みを深くして、エリーゼは冒険者達に語った。
「その子達は今年の誕生日が過ぎたら、1人前の大人として働きに出るんですって。そんな特別な誕生日の祝いは、憧れの冒険者が冒険から戻った時に一息をつく場所でって、ずっと前から決めていたらしくてね」
顔を見合わせた冒険者にも、照れくさそうな表情が浮かんでいる。
「その特別な誕生日、一生忘れられない思い出にしてあげたいねぇ」
「盛大なパーティにするって?」
それもあるけど、とエリーゼは悪戯っぽく口元に指を当てた。
「憧れの冒険者が、自分達の誕生日に新しいメニューを考えてくれたと知ったら、彼女達、きっと卒倒するくらい喜ぶんじゃない?」
ちょっとしたサプライズというわけだ。
「よし、じゃあ、俺達が心を込めて最高級の食材を使い、世にも珍しい料‥‥」
「ちょっと待って」
やる気満々に拳を握った冒険者をエリーゼが止めた。
腕を組み、半眼気味に冒険者を睨みつけているエリーゼに、腰が引けてしまうのは本能が危険を告げるからだろうか。
「月道を通った食材や、滅多に手に入らないようなものを使われたんじゃ、採算に合わないでしょ。いい? 食材はキャメロットで普通に手に入るものか、もしくは周辺の山や森で調達出来るもの「だけ」」
こくこくと頭を上下に振った冒険者に、エリーゼは念のためにと付け足した。
「勿論、モンスターなんか獲って来たら‥‥分かっているわよね?」
冒険者達の頭の振りが大きくなる。
「一応、こちらからの希望を言っておくよ? 可愛い感じの娘さん達だったから、パーティの雰囲気も可愛くしたいね。女の子が好みそうなパーティ料理を何品か、それから、甘い物。美味しいってのは必須条件だね」
美味しくない物を出そうものなら、グローリーハンドの出入りを禁じられるどころではなさそうだ。楽しげに条件を並べているエリーゼに、冒険者達のこめかみに汗が伝った。
「好評なら、うちのメニューに取り入れてあげるのもいいかもね。ま、頑張っとくれ」
●リプレイ本文
●思い出の為に
はふぅと浮かぬ顔で大きな溜息をついたネフティス・ネト・アメン(ea2834)の顔を覗き込むと、ソウェイル・オシラ(eb2287)は大声でサリトリア・エリシオン(ea0479)を呼ばわった。
「サリちゃん、サリちゃん! ネティちゃんが変だよぅ!」
「変ってどういう意味よ!」
抗議の声をあげたネティに苦笑して、サリはソウェイルの肩に手を置く。
「ソウェイル、エリーゼ殿を呼んで来てくれないか。材料について確認したい事がある」
「わかったよ」
足取りも軽く去って行くソウェイルの背を見送りながら、サリは膨れっ面で座り込んでいるネティの名を呼んだ。
「ネティ」
「分かってるわよ」
ソウェイルに心配をかけてしまった。
感じる自己嫌悪や後ろめたさ、それが何に起因するものなのかも全て分かっているサリの碧の瞳に笑いかけると、ネティは自分の頬を叩いた。
「折角のお祝いに暗い顔してちゃ駄目よね」
サリの口元が綻んだ。
こうと決めた後、ネティの行動は素早い。料理は出来ないと言っていたから、店内の飾り付けでもするのだろう。早速、机の上に置かれていた花に手を伸ばす。
「ていっ!」
そこへ飛んで来たのは木のスプーンだ。
「だ〜め! それは、お料理に使うんだから」
「え? え? お料理に?」
花とソウェイルと木のスプーンとを何度も見比べたネティの表情に、サリは思わず笑い出してしまった。
「あー、サリ! 何を笑ってるのよ!」
ぷんと膨れたネティに、サリだけではなく、ソウェイルや料理の下拵えに入っていたアリア・バーンスレイ(ea0445)やリカルド・シャーウッド(ea2198)までもが笑い出す。
「もぅ! 何よ、皆して! そんなに笑わなくていいじゃないの!」
怒るネティ自身も、半分笑っているのだから迫力も何もありはしない。
「楽しそうだな。どうかしたのか?」
麻袋を肩に掛けて戻って来たリィ・フェイラン(ea9093)が、笑い転げる仲間達の様子に面食らったように目を瞬かせた。自分が留守にしていた間に、何が起きたのだろうか。
けれど、すぐに彼女も目元を和らげる。
仲間達の明るい笑顔が、店内を満たす雰囲気が、彼女にとっても心地良かったのだ。
「頼まれていたものを買って来た」
卓の上に麻袋を下ろすと、リィは慎重な手つきで中から品物を取り出す。それは、瑞々しい果物であった。ベリー類や出回り始めたばかりのチェリーまである。
「凄い‥‥。一級品ばかりだよ。これ、全部キャメロットで?」
「少し、郊外まで足を伸ばしてみた」
小瓶に入った蜂蜜を舐めたアリアの問いにさらりと答え、リィは懐かしむような視線を卓の上の果物に向ける。
「私も、独り立ちの時には両親に祝って貰った。家族水入らずのささやかなものだったが、あの日の事は、今も心に強く残っている。‥‥旅立ちの時を迎える2人にとって、この店での宴が良い思い出となるよう、私も出来る限りの事をしてやりたい」
決して大きくはない、抑揚に欠ける喋り。
だが、真摯な声音だった。
「ん。そだね。私も、2人に喜んで貰う為に腕を奮うよ! ね、リカルドさん!」
しばらく荒事が続いていたから、ゆっくりじっくり料理をするのなんて久しぶりな気がする。嬉しくて、嬉しくて、アリアは腕を捲りあげながら満面の笑みをリカルドに向けた。
リカルドも、全てを包み込むかの優しい微笑みでアリアに応えてくれる。
「ええ。‥‥少し手の込んだ料理になってしまいますが、ま、どうにかなるでしょう。アリアも居る事ですし、ね?」
片目を瞑り、小さく拳を握って見せたアリアと頷き合うリカルド。2人の間に流れるのは、互いに想いを寄せ合う者同士の柔らかく暖かな空気だ。
その時、目と目で会話し合う2人の傍ら、盛りつけや店内装飾のデザインをしていたレジーナ・フォースター(ea2708)が、突然に椅子から崩れ落ちた。
「レ、レジーナさんっ!?」
慌てて手を差し伸べたリカルドが動きを止める。
「ああ、なんて幸せそうな2人。それに引き換え、今の私はヒューさんにお会いする事も叶わぬ薄幸の身」
小声で呟かれているのは、どうやら‥‥。
「嗚呼、これはですてぃにー、ですてぃにー、2人は引き裂かれ会えない運命なの? いいえ」
きゅっと手布を噛み締めたレジーナがき、と顔を上げた。
思わず後退るリカルドと、彼の腕にしがみつくアリア。
「いいえ、違うわ。数多の障害は、いつか2人輝く為の試練、ええ、そうよ、きっと!」
崩れ落ちた時と同じく唐突に、レジーナは何事も無かったかのように椅子へと座り直し、羊皮紙に向かう。
「そういえば、何やら1人足りない気がするな」
これも慣れというものであろうか。
レジーナの1人芝居にさほど驚く様子も見せなかったサリがぽつりと呟いた。その視線が何処を見ていたのか、それは定かではない。
●遠き東の国の
悲鳴とも怒声ともつかぬ声が響き渡ったのは、店内がパーティらしく飾りつけられ、料理が良い匂いを漂わせ始めた頃であった。
「今の声は!?」
「裏から聞こえたぞ!」
今日は使う予定に無かった武具を取り上げ、厨房の裏へと駆け込んだ冒険者達は、信じられないものを目撃して硬直した。
いつの間に据え付けられたのだろうか。大きな竈の上に掛けられた大釜の中では白いものが煮立っている。
「よぉ、どうにか間に合いそうだぜ」
汗だくになりながら、それを混ぜていた葛城伊織(ea1182)がきらりと歯を見せる。
「伊織‥‥一体、何を作っているのだ?」
尋ねたサリに、伊織は口元に自慢げな笑みを浮かべて大杓子で白い物体を掬う。
「故郷の坊さんだか誰だかから聞いた料理だ」
「ヨーグルト?」
思いついた料理の名を呟いたネティに、リィは首を捻る。
2人の反応に、大袈裟に指を振って見せると、伊織は白いドロドロとした物体を差し出した。
「とにかく食って見ろって。体に良いんだぜ」
恐る恐る温かいそれを口に含んで、リィとネティは眉を顰めた。食感はヨーグルトっぽい。だが‥‥。
「味がない」
「‥‥少し甘みはあるが‥‥」
非難含みに向けられる視線にも、伊織はめげなかった。
「へん、こりゃあ、こういうモンよ。油っこいモンばかりじゃ体に悪い。見た目は渋いが、素朴で体に優しいジャパンの料理でお嬢さん方をもてなそうじゃないかこんちきしょう!」
それまで黙って成り行きを見守っていたサリが、静かに口を開く。
「伊織、忘れたか」
妙に優しいその口調に、伊織は少しばかり怯んだ様子を見せた。じり、と半歩後退った伊織に、サリは歌うように告げる。
「依頼は『可愛い感じの』料理だぞ」
ぴたりと伊織の動きが止まった。
いくら体に優しくても、依頼内容からずれているのはまずいだろう。
「せ‥‥せっかく、海から海水を担いで来たのに‥‥」
傍らの大きな壺を満たしている液体は、どうやら海水らしい。何に使うのか、とは問わずにサリは続けた。
「それから、ここに勝手に竈なんぞ作った事がバレたら、エリーゼ殿に何と言われるか分からないぞ」
最後の言葉は、サリにしては珍しい程に、にこやかな微笑み付きであった。
「元に戻しておけ」
真っ白に燃え尽きた伊織をネティが突っつく。
「伊織、ねぇ、お花とか飾ってみるのはどうかしら? 見た目、ヨーグルトっぽいし、可愛くなるんじゃないかしら?」
「果物と合わせてみるとか‥‥。そう言えば、蜂蜜が少し残っていたと思うが」
リィとネティの気遣いがやけに心に染みる。
「大丈夫デス。料理の最高の味付けは愛情と言いますから」
仲間を掻き分けたレジーナが、伊織の肩を叩く。どうやら彼を励ましに来たらしい。
「と言うわけで、愛情を吹き込んでみましょう」
ぐらぐらと煮立つ白い物体に向かって、レジーナは心の底からの想いを込めた声を掛けた。
「あいじょぉぉぉぉぉ」
「‥‥なんか、違う物が籠もっている気がするのは私だけ?」
「いや、大丈夫だ。私もそんな気がする」
「あっはっはっは」
強がり半分の乾いた笑いを漏らすと、伊織は、すんと鼻を啜り上げたのだった。
●冒険者の料理
店内に足を踏み入れると同時に、明るい祝いの声が掛けられた。
リボンや布で飾り立てられた店内の様子に、呆然となった少女達へ手を差し出したのはリィだ。卓に着くと、今度は洗練された仕草でソウェイルが椅子を引く。
少女達が腰を下ろした事を確認して、リカルドはゆっくりと卓に歩み寄った。
「お誕生日、おめでとうございます。本日のお料理を担当させて頂きました者を代表致しまして、ご挨拶させて頂きます」
穏やかな物腰の青年の登場に、少女達は目を瞬かせた。
「あの、今日は冒険者の方々がお料理を作って下さると伺っていたのですけれど‥‥」
「はい。冒険者、リカルド・シャーウッドと申します。以後、お見知りおきを」
失礼とも取れる問いにも、リカルドは優しい笑みを崩さない。
「料理だけではありません。店内を飾りつけた者も、お席まで案内した者も、冒険者です」
教えられて、少女達は店内を見渡した。
入り口で祝いの声を掛けてくれた少女、席まで案内してくれた女性、椅子を引いてくれた少年も、皆、憧れの冒険者だというのか。
少女達の頬が一気に赤く染まった。
「あ、あの!」
「今日はお2人が主役。寛いで下さいね」
少女達の前に、スプーンと皿が置かれた。食器類は質素なものだったが、形式だけは貴族の宴席に倣っている。
「まずはスープです。アサリとムール貝をメインにミルク仕立てになっています。パンはフォカッチャ、彼女が心を込めて作った神聖ローマのパンです」
リカルドの説明と同時に、アリアがスープ皿を運ぶ。
こんなに手の込んだスープは初めてなのだろう。少女達はおっかなびっくりスープを口に運んだ。
途端に上がる歓声。
「いかがですか? お味は」
「こんなに美味しいスープは生まれて初めてです!」
「このパンも不思議な感じ‥‥」
皿に添えた野菜やハムをフォカッチャに挟んで差し出すと、少女達は嬉しそうに頬張った。
少女達の様子を眺めるリカルドの口元が自然に綻ぶ。自分が作った料理が喜ばれるのを見ると嬉しいものだ。料理人の幸せを噛み締めていたリカルドに、アリアは拗ねたように小声で囁く。
「リカルドさんのお料理を食べられるなんて、あの子達がちょっと羨ましいかも」
「アリアはいつでも食べられるでしょう?」
絶対にずるいとアリアは思う。
その言葉1つで、どれだけ自分が嬉しくなるのか、舞い上がってしまうのか、彼は分かっているのだろうか。
「‥‥多分、分かってないよね」
「え? 何ですか?」
分かってやっていたら質が悪い。邪気無く聞き返して来るリカルドの足を軽く踏んで、アリアは次の料理の皿を手に取った。
「はい、これはメインのお料理。こっちはマスの香草パイ包み、こっちは卵白にお塩を混ぜたもので包んで焼いたローストビーフ。どっちもリカルドさんの力作だよ」
まるで王様の食べる料理のようだ。
村娘の口には、一生入らないであろう豪華なメニューに2人は声もない。
1口、また1口と、じっくり味わって食べる少女達の姿には、リカルドならずとも笑みが浮かぶ。
「ソウェイル、そろそろ‥‥」
にこにこと微笑みながら、少女達を見守っていたソウェイルを、サリが小声で促す。この次はデザートの出番である。彼女の作った焼き菓子も冷めて、食べ頃だ。
「サリちゃん、俺のも残しておいてね」
皿に盛られた焼き菓子やプディングに視線をやり、念を押すと、ソウェイルも最後の仕上げに取り掛かり始めた。
予め用意しておいた皿には、果物で作った2色のソースで花模様が描かれている。色の濃淡、掠れ、混じり具合、そして本物の花と、皿は2つと同じ物は描けぬ瞬間の絵画のようだった。
「甘いお菓子♪ 美味しいお〜か〜し〜♪」
鼻歌混じりにごそごそと準備を始めたソウェイルに、メイン料理の余韻に浸っていた少女達も何事かと覗き込む。
「じゃ、行くよ。1回だけだからね、よぉく見ててねっ♪」
卓の上に、リィに買って来て貰った新鮮な果物と果汁とを用意して、ソウェイルはスクロールを取り出した。
みるみるうちに、卓の上に乗せられていた品々が凍っていく。
カチカチに凍らせ過ぎてもならず、かといってすぐに溶けるようでも駄目だ。微妙な具合を見極めながら、伊織が手際良く凍った果実を取り出していく。
瞬く間に出来上がった冷菓を、ソウェイルは丁寧に皿の上へと並べた。
凍らせた果汁はスプーンで削り、中央へ。
凍り漬けのベリー類でその冷菓を囲み、天辺にミントの葉を乗せると、恭しく少女達の前へと置く。
この季節、こんな事が出来るのは水の精霊魔法を修めた者、スクロールを持つ冒険者ぐらいだ。
まさに、冒険者の作る特別な料理である。
「こんな‥‥こんなのって‥‥」
冷菓を口へと運んだ途端、ほろりと零れた涙に、ソウェイルは慌てた。
「ど、どうかした? 冷たい物は嫌い? それとも、ベリーが駄目だったとか?」
「ちげーよ」
言葉にならない少女達に代わって、伊織が応える。
「感極まったって所かな。わかんないなら、まだまだお子様だな」
わしわしと髪の毛を掻き回した伊織の背に、仕返しとばかりに氷を放り込んで、ソウェイルはサリの背後へ逃げ込む。
「あれは放っておくとして」
意味を成さない雄叫びをあげて跳ね回る伊織を視界から追いやって、ネティは少女達の卓へと近づいた。
「私からのお誕生日のプレゼント。これからの2人の未来が輝かしいものでありますように」
それぞれに手渡されたのは、ネティが占った彼女達の未来を示すカード。
その意味するところは‥‥。
「いつか困難に出会っても、前を向いて立ち向かって行けますように。私達も、貴女達に負けないように頑張るから」
冒険者達の暖かなまなざしの中、少女達は何度も何度も頷いた。