【噂の館】霧の怪物

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月28日〜07月03日

リプレイ公開日:2004年07月06日

●オープニング

 最近、冒険者の間で囁かれている噂がある。
 どこかの峠に、
 街道から1本離れた道沿いに、
 どこかの山奥‥‥、
 ともかく、場所は定かではないが怪しげな屋敷があるという、そんな噂だ。
「私が聞いた話では、幽霊が出るらしいのよね」
「ああ、俺も聞いた事があるな。霧の濃い日に窓辺に若い女が立つというぞ」
 ここのところ、一仕事終え、酒場に集った冒険者達がエールを片手に語るのは、真偽の程も定かではない謎の屋敷の話。
「本当にあるのかどうかも分からないのに、何を熱心に」
 冒険者が集う酒場に日参するようになった青年は、頬杖をついてぼそりと呟いた。
「本当かどうか分からないから、語らうのが楽しいのですよ」
 銀色の髪の青年は、主の様子に苦笑しつつ、噂話に盛り上がる冒険者達を見た。
「こんな話を聞いたとか、誰かが見たとか、そんな小さな情報が真実かどうかなんて関係ないのです。要は、共に盛り上がる事が出来れば‥‥」
 慈しみに溢れた瞳を向けられて、青年はふいとそっぽを向いた。
 主は自分だというのに、いつまで経っても子供扱いされるのが気にくわない。
 きっと、彼にはそんな自分の不満もきちんと把握しているのだろうけれど。
 膨れっ面でタンカードを口元に運んだ青年の唇に、生ぬるいエールが触れるその寸前に、1人の冒険者が酒場を揺らさんがばかりの力を込めて扉を開いた。
「大変だ!」
 何事かと、皆、動きを止めて扉を開け放った男に注目する。
 渾身の力で叩きつけられた扉が壊れかけているのには、店主以外は誰も気にもしない。
「最近噂になっている例の屋敷に関する依頼が、ギルドに出た!」
 ざわめき‥‥いや、どよめきが酒場に起きた。
 今の今まで、酒の肴にしていた屋敷に関する依頼?
「‥‥幽霊屋敷は本当にあったんだ‥‥」
「気が早い」
 呆然と呟いた少年冒険者の頭をぺちりと叩き、椅子に座り直した男が情報を持って来た男を促す。
「で? どんな依頼だ? 屋敷の幽霊にでも襲われたのか?」
「似ているが違う。とあるモンスター退治の依頼に、例の屋敷が関わっているらしいんだ」
 キャメロットから僅かばかり離れたとある山に、旅人を襲うモンスターが出るという。
 そのモンスターが現れるのは、夜、もしくは厚い雲に太陽が隠された日中。
 ただでさえ、心許なさと不安を感じる道行きに突如として濃い霧がかかる。閉ざされた視界に旅人が不便さを感じる間もなく、そいつは襲って来る。
 襲われた者の話では、それは耳まで裂けた口と、鞭のような尾を持った、大きな鼠に似たモンスターだという。
「クルード‥‥か」
 青年の言葉に、頷いた従者の銀の髪が揺れる。
 クルードは、下級デビルとして認識されているモンスターだ。寒い霧の夜に現れる事が多い。
「しかし、それがどうして屋敷と関わって来るんだ?」
 尋ねた冒険者に、エールで干上がった喉を潤していた男が話を続ける。
「屋敷が関わるのはここからだ。モンスターに襲われた者は、命からがら霧の中を逃げ惑った末に、灯りの灯った一軒の屋敷を見つけたらしい。助けを求めると、中から夫婦らしい男と女と、そして若い娘現れて、手篤く介抱してくれたと言う。そこまではいい。だが、翌日、礼を述べて出立しようとすると、紳士然とした屋敷の主人が途方もない金額を請求して来たそうだ!」
「幽霊も現実的な世の中になったもんだ」
 違うだろ。
 総突っ込みを食らった冒険者が、大袈裟に酒場の隅へと吹き飛ばされる。芝居もあろうが、冒険者数人がかりの突っ込みであるから、半分は本気で飛ばされたようだ。
「そういう事件が何件か続いてな。‥‥中には、夜中、娘の啜り泣きを聞いたという者も出る始末。旅人の訴えを無視出来なくなった地主が調べに出たんだが、目的の屋敷は見つけられず、困ってギルドに依頼を出したんだ」
 興味を惹かれた者達が、自分のタンカードをテーブルに戻して酒場を出る。
 詳しい情報を求めてか、それとも、その依頼を受けるつもりか。
 彼らが向かった先は、冒険者ギルドに間違いないだろう。
「なかなか面白くなって来たな。実在さえも怪しい屋敷とモンスターか」
「依頼、受けられますか?」
 尋ねた銀色の従者に、青年は頭を振った。
「冗談だろ。噂に踊らされるなんて、もうしばらくはごめんだな」
 ようやくの事で噂の中心から逃れ、しばしの自由を手に入れたのだ。青年は人の悪い笑みを浮かべて、従者を見た。
「賭けてみないか? 噂の屋敷が実在するのか否か。その屋敷がモンスターと関わっているのか、それとも、旅人を有料で助けたのか」

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0333 フォーリス・スタング(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0385 クィー・メイフィールド(28歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea4122 レノア・レイスフラウ(18歳・♀・ジプシー・エルフ・イスパニア王国)
 ea4180 ギャブレット・シャローン(40歳・♂・ナイト・パラ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●待機
 空には無数の小さな光。
 けれど、星の瞬きは冒険者達の足下までは照らしてくれない。
 随分と前に沈んだ太陽が残してくれた薄明も、もうすぐ闇に溶け込み、消えてしまうだろう。
 クィー・メイフィールド(ea0385)は傍らのオイル・ツァーン(ea0018)を見上げた。
「なぁ、ホンマにこの辺りでえぇんやろか?」
「モンスターに襲われたという人々の話を総合すると、そうなるな」
 明るいうちにと周囲を探ってみたが怪しい所などない。木が少々入り組んで生えているが、迷路という程でもない。
 答えたオイルの手でちりんと鈴が鳴る。
 モンスター出現予測地点に着いた途端に、いそいそと森の奥へと姿を消したオイルの手には鈴のついた縄で足を一縛りにされた兎が数匹。
 考え込んだクィーの頭をぽんと軽く叩いて、オイルは僅かに歩を早める。
「考えても仕方がない。どこに出現するかはモンスター次第だからな。さ、戻るぞ」
「そうなんやけど‥‥って! 待ってぇな! うち、オイルほど夜目は利かんのやで!」
 クィーとオイルが目指すのは仲間達のいる野営地点だ。そこでは、ルーラス・エルミナス(ea0282)が片手に小さな灯りを掲げながら、少し湿り気を帯びた土の上に簡単な地図を描いていた。
「被害に遭った人達の話では、夜、この近辺から突如として霧が発生し、モンスターが襲って来た‥‥というものが多い」
「突如として発生する霧、か。クルードはミストフィールドに似た現象を起こす事が出来ると言われている。しかも、鼠のような体型は逃走向きだ」
 腕を組んだシャルグ・ザーン(ea0827)の言葉に、ルーラスも頷く。
「霧が発生したら、それだけ視界も悪くなりますし」
 呟きつつ、フォーリス・スタング(ea0333)は視線を傍らへと向ける。
「本当に構わないのですか?」
 その視線に気づいたレノア・レイスフラウ(ea4122)は、心配そうなフォーリスに笑って手を振ってみせた。
「勿論、構わないに決まってるじゃない」
 言うなり、笑った表情が決意に満ちたものへと変わる。ころころとよく表情の変わる娘だ。
「絶対、あの店で一番上等なエールを奢らせてやるんだからッ」
 ぐっと握り締めた拳を振り上げて闘志を燃やすレノアの言葉に、ルーラスははてと首を傾げ、仲間達を見回して彼女の事情を知る者を探す。
「噂の館が実在するか否かで賭けをしているようですよ」
「なるほど。あの2人組か」
 酒場やギルドでよく見かける2人の若者が、そのような事を言っていたとルーラスは思い出した。
「でも、やっぱ、囮になるのって危険だと思うな。おいら」
 ルーラスの隣に座り、地面に描かれた地図を頭に叩き込んでいたギャブレット・シャローン(ea4180)がひどく真面目な顔でレノアを見上げる。
 彼が自分の身を案じているのは分かっていたが、レノアは虚勢混じりに大丈夫と胸を張った。
「まともにぶつかれば、ゴブリンにもボコられる自信あるわよ、あたし」
 胸を張って言う事かなぁ。
 ぽりと頭を掻いたギャブレットに、レノアは続けた。
「でもって、腕自慢な面々が揃ってる。知的で太陽の下じゃなきゃ輝けないあたしはやる事が少ないじゃない?」
 何か言いたそうに口を開き掛けたシャルグを手で制して、レイジュ・カザミ(ea0448)が素早く周囲に視線を走らせる。彼の緊張を察して、仲間達も身構えた。
 先ほどまで晴れ渡っていた空が見えない。
 やがて‥‥
「ぅわぁっ! モンスターだよぉう! モンスターが南に向かって走って行ったよぉっ!!」
 聞こえた悲鳴に、ルーラスは手にしていた蝋燭を地面に落とす。
 訪れた闇の中、彼らは無言で周囲へと散った。

●鼠の首に鈴
 木々の間に、時折、走り抜ける影が見え隠れする。
 鋭い指示の声が、森の中を交差する。
 まずは奴の姿を捉える事が先決だ。暗闇、霧と視界の悪い中で奴を倒すには、その動きをはっきりと掴まなければならないのだから。
「‥‥あと少しで拓けた場所に出る」
 仲間から離れた場所で息を殺して潜んでいたオイルの呟きに、クィーが頷き、街のエチゴヤで買った小瓶を握りしめる。動いた気配に彼女の同意を感じ取り、オイルは時を待った。
 彼らが見つめる木立の中、過ぎった影が向かう先を予測したフォーリスが飛び出して来る。
「位置が分からないと、魔法の範囲が決め難いんですよ‥‥ねっ!」
 片手で印を結んだフォーリスの体が赤く光る。その手から小さな火の球が飛んで弾けた。
「来たで! 巨大鼠ちゃんが罠にかかってんな!」
 爆風で飛ばされ、僅かばかり霧が晴れる。
 炎が照らし出した周囲の中に浮かんだ大きな鼠の影。
 それは、炎が消えるまでの一瞬の事だった。だが、彼らにはそれで十分であった。
 オイルの手から、鈴を付けたロープが飛ぶ。予め作って置いたボーラは、兎への試し射ちの後、更に調整を加えてある。それは、見事にクルードの体に絡みついた。
「やったで!」
 もんどりうって倒れたクルードを、フォーリスが点したランタンの灯りが照らし出す。
「‥‥駄目だッ!」
 ゲルマン語で叫んだオイルの言葉に、倒れたクルードを確認しようと近づいたフォーリスは足を止めた。意味は分からなかったが、切羽詰まった響きから警告であると感じたのだ。
 止めた彼の足の先に鋭く打ち付けられる紐状のもの。
 それがクルードの尾であると気づいたフォーリスは、咄嗟に後ろへと飛び退った。
 後僅かでも先に進んでいたら、彼は足首を絡め取られていたであろう。
「鼠ちゃんが逃げるで!」
 絡まったボーラに取り付けられていた鈴が激しく鳴る。振り払っても、それが放れないと悟ったモンスターは、ボーラを巻き付けたままで再び走り出した。
「待ちや!」
 隠れていた場所から飛び出すと、クィーは手にしていた小瓶を投げつけた。
 陶器の壊れる音がして、辺りにきつい匂いが拡がった。ボーラと匂いをつけたままで森の中へと走り込むクルードを追ったクィーに、フォーリスとオイルも続いた。

●蛍作戦
 森の中に松明の灯りが揺れる。
 ついでに、じゃらじゃらと鳴るのは硬貨特有の響き。
「モンスターと幽霊がグルになってお金を巻き上げている‥‥か」
 硬貨の詰まった革袋を宙へ投げては受け止めてを繰り返していたレイジュは、とほほと肩を落とした。
「何でそういう所にお金が流れて、僕の方には流れて来ないんだ?」
「えらく賑やかだね」
 革袋を指さすレノアの言葉に、レイジュは口元を引き攣らせつつ答えた。
「いや、その‥‥ね? やっぱり多い方がいいと思ってサ」
 有り金全部をアイアン貨に換えて来たと語るレイジュに、ご苦労様ですと形ばかりの労りの言葉を投げる。確かに、モンスターには貨幣の音など聞き分けられないであろうから有効かもしれない。
「‥‥デビルを使っている奴に通用するかどうかは分からないけど」
 レイジュが言った通り、デビルは幽霊(?)とグルになっているのだとしたら、デビルを使役している者が近くにいてもおかしくはない。
 ‥‥とは言うものの、こう暗くては自慢の視力をもってしても探しようがない。
「本当に大丈夫なのか?」
 松明に浮かぶレノアの難しい顔に、緊張していると思ったらしいレイジュが声を掛ける。
「心配しなくてもいいよ。いざと言う時は僕がレノアさんを守るから」
 安心させるように微笑んだレイジュに、レノアは長く息を吐き出した。
「って、言われてもその格好じゃねぇ」
「僕がキミを守る」は、ヲトメにとっては夢見るシチュエーションである。だが、いつでも使えるようにと手にした剣は良しとして、お尻に松明を挟んだレイジュの状態では、情緒も何もあったものではない。
「クルードを誘き寄せるには派手な方がいいし、かと言って手が塞がってちゃ、いざと言う時に戦えないし」
「蛍作戦♪」と、明るく作戦名を告げられて、レノアが溜息を落としたその時に、レイジュの表情が引き締まった。
 彼の耳が、森の中から段々と近づいて来る微かな音を拾ったのだ。
 松明を固定していた縄を切り、レノアの手を取ると、レイジュはわざと硬貨の音を立てながら森の中を走り出した。

●連続攻撃
 来た。
 シャルグは組んでいた腕を解いてジャイアントソードの柄を握った。
 金属の賑やかな音と澄んだ鈴の音が入り混じり、彼らが待機している場所へと近づいて来る。
「ルーラス殿。よろしいか」
「勿論」
 静かに気を高めていたルーラスが、シャルグと、次いでギャブレットの剣にオーラパワーの力を付与し、そのまま油断なく身構える。
 背後や死角からの攻撃に備えたルーラスの真横から、ギャブレットが飛び出した。
 助走をつけて、飛び出して来た影に向かって斬りつけると、反撃を防ぐ壁となったシャルグの背後へと滑り込む。視界の利かない暗闇の中、目の良いギャブレットにも相手の姿を捉える事は難しい。
 ボーラの鈴と、きつい匂いを頼りに、クルードの姿を捉えてはシャルグの背後から飛び出して一撃を加える。
 何度もそんな攻撃を続け、クルードの動きも鈍って来た頃、散っていた仲間達が周囲を囲むように集う。逃走経路を彼らの壁によって阻まれたクルードに向かって、クィーの静かな声が宣告を下した。
「悪魔は死んだらどこ行くんか分からんけど、一応言っとくで。‥‥往生せいや!」
 彼女の言葉と剣がクルードを貫く。
 そして、再度、ルーラスのオーラパワーを付与されたシャルグとギャブレットの剣によってクルードは完全に動きを止めた。
「‥‥館に行った皆の首尾はどないかなぁ? お土産があるとええなぁ」
 突っついて、クルードが動かない事を確認したクィーの呟きと、
「レノアの賭けの結果も気になるよね」
 剣を鞘に仕舞ったギャブレットの言葉に、仲間達から緊張が抜け、再び笑顔が戻ったのであった。