【聖杯戦争】忠節の行方

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月01日〜08月06日

リプレイ公開日:2005年08月09日

●オープニング

●敬愛と忠誠と
 残った配下の騎士達にそれぞれ指示を出すと、辺りは急に静かになった。
 遠くに聞えるのは槌の音か。
 土塁を積み、杭を打って作る即席の陣。
 これを失った時、彼女は全てを無くす。
「爺‥‥」
 彼女を逃がす為、我が身を犠牲とした老騎士に呼びかけて、彼女は膝を抱え込んだ。
 もう、後がない。
 円卓の騎士を引き入れると大見得をきって飛び出して来たのだ。それを果たせず、兵も失った彼女が、今更どの面を下げてあの方のもとに戻れようか。
 オクスフォード侯の軍には戻る気もない。
「いいえ、まだ終わったわけではないわ。次こそは、必ずや武勲を立てて戻ります」
 そうすれば、あの方は笑ってくれるだろうか。ずっと、その憂いを晴らして差し上げたいと思って来た。その為にならば、どんな苦難も乗り越えてみせると誓ったのだ。
「お覚悟を、トリスタン卿‥‥。私の、唯1人の主の為に、貴方を討ち取らせて頂きます」
 一際高く、槌の音が響く。
 彼女の指示通りならば、何重にも積まれた土嚢と、間に差し込まれた杭とで城壁の代わりが出来る。相手の攻撃を阻むと同時に攻撃も出来る壁だ。
「後はここへ彼らを誘い込むだけ‥‥」
 彼らを呼び込む為の餌も、ちゃんと用意してある。
 瞳に暗い炎を宿しながら、彼女は立ち上がった。
 彼女と、彼女を主と仰ぐ騎士は、持てる全てを賭けた戦いに挑もうとしていた。

●追撃依頼
「彼女は、今回の事件について何か知っているはずだ」
 冒険者を前に、トリスタンが淡々と語る。
「さもなくば、でまかせにも「王妃誘拐」など言い出すはずがない」
 彼女がトリスタンに相談をもちかけたのは、オクスフォード侯の軍勢がキャメロットに迫る前。真偽の程も定かでない噂が流れていた頃だ。
 くわえて、彼女がキャメロット城に入り込めたのは、オクスフォード侯に連なる貴族達の口添えと紹介があったから。確かに、彼女が侯の動きと企みを知っていたと考えてもおかしくはない。
 しかし、ここで疑問が残る。
 城の女官として入り込みながら、彼女は何故、王や王妃に危害を加えなかったのか。その機会はあったはずだ。
「彼女を捕らえ、未だ見えぬものを明らかにする。そして、敵の戦力を潰す事。それが今回の依頼だ」
 冒険者は力強く頷いた。
 イギリス全土を巻き込んだ争いは一触即発の状態だ。大きな衝突が起きれば、互いの軍の進退を賭けた戦いになるたろう。だが、各地に散った部隊を潰しておかねば、後で厄介な存在になる可能性もある。
「ダーラの部隊は、先日まで駐留していた場所と本隊との間にいると考えられる。早急に、彼女達の居場所を特定し、ダーラの身柄を確保、部隊を殲滅して欲しい」
 それだけを言い終えると、トリスタンは慌しくギルドを出た。
 この情勢下、円卓の騎士達も忙しいようだ。
「んじゃあ、作戦は俺達だけで練るか」
 うし、と気合を入れた冒険者が卓の上を片付け始める。何事かと仲間達が見守る中、彼は瞬く間にタンガードや小皿を使って地図を作り上げる。
「このゴブレットがキャメロットな。んでもって、このタンガード一帯がオクスフォード軍本隊が駐留していると思われる場所だ。で、こっちの小皿がこの間の陣、この豆が周囲の村」
 ゴブレット寄りに置いた皿の周囲に豆を散らして、彼は仲間達を見た。
「お前達がダーラなら、どうする? 食糧調達を考えてどこかの村の周囲を占拠するか? それとも、なるべく人目につかないような場所で戦力を整え、防御を固めて敵を待ち受けるか?」

●今回の参加者

 ea1182 葛城 伊織(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4200 栗花落 永萌(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●断ち切れた跡
 這いつくばり、地面に顔を擦りつけるようにしても、そこに刻まれた跡を追うのは困難だった。小一時間も粘ってみたが、どれが探している跡なのか判別がつかない。
「ち。やっぱり駄目か」
 小さく罵り声をあげて体を起こした葛城伊織(ea1182)に、リィ・フェイラン(ea9093)も溜息をついて頭を振った。
「折角、エスリンに韋駄天になる靴を借りてきたのによ」
「仕方がない」
 素っ気なく返されたリィの言葉にも、苛立ちが混じる。
 女官としてキャメロット城に入り込み、円卓の騎士を取り込もうとしたダーラとその部下達。彼女を女官として推薦した繋がりを辿っていけば、イギリスに戦乱を招いたオクスフォード侯メレアガンスに行き着く。行動に不明な点が多い彼女を追って数日が経つ。その間に、アーサー王と冒険者の軍はオクスフォード侯の軍を圧倒し、大勢は決した。
 しかし‥‥。
「一旦、皆の元へ戻ろう。ここで得られる情報は、もはや何もない」
 淡々と言い切ったリィに、伊織は悔しそうに拳を手の平に打ち付けた。彼自身が火を放った陣の跡には何も残ってはいない。逃げ去った者達の痕跡も、その後の騒動で行き来した軍の馬蹄の跡や逃げ出した民の足跡で消されてしまっている。
「仕方ねぇ」
 リィと同じ台詞を呟いて、伊織はゆっくりと立ち上がった。

●誘い
 村人達の間に流れている真偽の程も確かではない情報に、冒険者達は得体の知れない違和感を感じていた。耳に入って来るのは、混乱時において起きてもおかしくはない事ばかり。だが、中に混じる小さな異物。
「この先の村が、黒ずくめの数人組に襲われたそうですよ」
「‥‥またか」
 栗花落永萌(ea4200)の報告に、広瀬和政(ea4127)が呆れたように息を吐き出す。
「これで幾つめだ。随分となめられたものだ」
「全くです」
 戦いに怯えながらも、住んでいる場所を離れられない人々の身を案じ、声を掛けて回っていた永萌が「黒ずくめ」の話を聞いたのは何度目のことか。彼らを陥れる為の偽情報かとも考えたが、王も侯爵も関係なく、日々を生きて行くので精一杯な人々が口を揃えて、嘘をつく可能性は低い。何故ならば‥‥
「奴らは村から食料を調達していたはず。ならば、それ以上に補給線があるとは考えにくい。つまり、今回も村から徴収しているとみて間違いないだろう」
 村人達が、敵に味方する理由がないからだ。
 それが、彼らの追う者達ではなく、オクスフォード軍の残党であっても同じのはずだ。
「誘われてるって思った方がいいのかしら?」
 そう尋ねるステラ・デュナミス(eb2099)の視線に、考え込んでいたユリアル・カートライト(ea1249)が多分と頷く。
「念のため、植物達にも聞いてみたのですけれど、曖昧なんですよね。場所によっては「黒ずくめ」を見たという子もいましたけど」
 黒ずくめの者達が存在するという事だけは確かなようだ。
「トリスタン殿の名前を出せば、奴らから接触して来るのである!」
 自信満々に叫んだリデト・ユリースト(ea5913)に、滋藤御門(eb0050)はその髪を梳いていた手を止めた。
「どうしてですか?」
「ダーラ殿は、トリスタン卿を狙っておられた。恐らく、まだ諦めてはいない」
 補足したエスリン・マッカレル(ea9669)に、御門は手の中の小さな仲間に視線を戻した。
「そういえば兄から伺っておりました。トリスタン様に裏切りを勧めたとか‥‥」
「そうなのである!」
 胸を張ると、リデトはふわり羽根を広げた。
 傍らで黙って話を聞いているトリスタンの肩に降りると、その薄い金色の髪を引く。
「でも、奴らの挑発に乗ってはいけないのである」
「分かっている」
 口数の少ない男の顔をじぃと見つめて、御門はぽんと手を打った。
「ああ! 雰囲気が違っていたので、別の方かと思いました。先日は失礼致しました。トリスさん」
「トリスさん?」
 はてはて?
 何の事か分からず、答えを求め、トリスタンの顔を覗き込んだリデトは見た。
 長い髪に隠されたその下で、トリスタンが困ったような表情を浮かべているのを。
「‥‥珍しいものを見てしまったのである‥‥」
 呆然と呟かれたリデトの言葉を聞き流して、イェーガー・ラタイン(ea6382)はトリスタンの前へと歩み寄り、膝をついた。
「トリスタンさん、俺、この間、聞いたんです。オクスフォード侯はいつからか人が変わったって。ダーラって人は、その事も知っているのでしょうか」
「恐らくは」
 イェーガーは、表情を引き締めた。
 拳に力を篭めて、彼はまっすぐにトリスタンを見る。
「先行して偵察します。俺は、ダーラさんに顔を知られていません。ステラさんの言う通り、黒ずくめがダーラさんの流した情報なら、この先に何かあるはずです。それを探って来ます」
「お1人で行かれる気ですか?」
 永萌の静かな問いに、イェーガーは生真面目な返事を返す。
「噂を確認するのに全員で動いていたら、時間が掛かります。俺1人なら、どうとでもなりますし」
 真っ先に彼に賛同したのは、ステラだった。
「確かに、全員で動くのは効率が悪いわよね。それに、待ち構えている所へ馬鹿正直に乗り込んで行くのもどうかと思うし。イェーガーさんに偵察をお願いした方がいいんじゃないかしら?」
「そうですね」
 仲間達の同意を得て、イェーガーは立ち上がった。
 決意に満ちた瞳を仲間達に向け、繋いであった馬の手綱を取る。
「お気を付けて」
 見上げて来る御門に微笑みながら頷きを返して、彼はそのまま馬を走らせた。
「さて、我々はこれからどうしましょうか。イェーガーさんや伊織さんが戻るのを待ちますか?」
 裾の土を払って立ち上がったユリアルに、エスリンが片眉を跳ね上げる。含みのあるその表情に、ユリアルは動きを止め、怪訝そうに彼女を見た。
「ダーラ殿はまだトリスタン殿を狙っている。リデト殿もおっしゃっていたが、トリスタン殿の名を出せば、あちらから接触して来るかもしれない」
 トリスタンに目礼して、エスリンはわざとらしい程の大声をあげる。
「皆、いつまでもこんな所で休んでいてどうする! 即刻、宿を探すべきだ!」
 道行く人々は、無関心に通り過ぎて行くだけだ。騎士や冒険者が休息を取っている姿など、彼らにとって珍しくもない光景なのだろう。
 エスリンは、更に声を張り上げた。
「こんな道端で休息など、円卓の騎士であるトリスタン卿に失礼だと思わないのか!?」
 彼らを取り巻く気配が瞬時に変化した。
 通り過ぎようとしていた人々が足を止める。
「トリスタン卿?」
「円卓の騎士!?」
 会心の笑みをエスリンが浮かべたその時に、ユリアルが小声で鋭く告げた。
「皆、荷物を! すぐに移動しましょう」
 ステラが手早く広げていた荷物を片付け驢馬の背に積む。
「トリスタン様、どうか王へお取り次ぎを‥‥」
「家を壊されて‥‥」
 戦乱に巻き込まれた窮状を円卓の騎士に訴えるべく、必死の形相で押し寄せてくる村人達を永萌と広瀬が押し止める。だが、それもそう長くは保つまい。
「トリスタン様、皆様、今のうちに早く!」
 御門に急かされ、彼らは何とか村人に囲まれる前に脱出が出来た。飛ぶ気力もなくなったリデトが、トリスタンの頭上でげんなりと息を吐く。
「トリスタン殿の名前は、効果覿面だったのである‥‥」
「狙いとは大分違った所に‥‥ね」
 疲れを滲ませているのは、呟いたステラだけではない。縋って来る村人達を蹴散らすわけにもいかず、丁重にお断りしながら、掴んで来る手を外しながら道を空けたユリアルや永萌達も同様だ。広瀬に至っては、左目の下に新しい傷が出来ている。
「痛いの痛いのとんでいけー」
 ふらりと広瀬の頭の上に飛び移り、リデトはリカバーの詠唱の後に、ジャパン出身だという誰かが使っていたまじないの言葉を唱えた。
「済まない。私が軽率だった」
 そんな仲間達に、エスリンは心底済まなさそうに謝罪する。村人の反応は、彼女の予想を遙かに越えていたのだ。
「トリスタン様がトリスさんなのは、こういう事が起きるからなのですか?」
 尋ねた御門に返ったのは沈黙という名の肯定であった。

●この一時に
 その夜、合流地点と定めていた廃村に集った冒険者達は、伊織やリィ、そして先行したイェーガーからの報告を受けた後、しばしの休息を取る事となった。
「‥‥っくしょう! あいつら、ぜってぇ許せねェ!」
 快活な彼らしくなく、戻って来てから‥‥いや、出立してからこちら、伊織はずっと憤ったままだ。
「王の首すげ替えてぇからって、自分の国の民百姓を傷つけやがって! あんな凄ぇ爺さんにつまんねぇ戦いさせやがって!」
 キャメロットからの早馬で届いた羊皮紙を読み返していたトリスタンが顔を上げる。
「忠誠を誓った者の為とはいえ、アンデッドまで軍勢として使う連中に国の未来を委ねる気にはならないわね。誰かに踊らされているなら尚更のことよ」
「ああ、そういえばイェーガーさんがおっしゃってましたね。オクスフォード侯は人が変わったと。踊らされているという噂とやはり関係があるのでしょうか」
 地面に横になっていたユリアルが、ステラの話に身を起こす。ユリアルに水筒を渡すと、イェーガーは無言で首を振った。メレアガンスの内情は、状況からの憶測がほとんどで何が真実なのかまで伝わっては来ない。だからこそ、彼はメレアガンスが反乱に至った理由を知りたいと思う。もう、この世にはいない彼の心情を。
「ダーラさんが何かを知っているかもしれません。だから、俺は彼女に聞きたい」
「俺も聞きたい! なんで、こんな民百姓の事を考えずに馬鹿な事をやらかす主に忠誠を誓うのか。自分を主と扇ぐ奴らに馬鹿やらせるのか!」
「まあまあ、落ち着いて下さい」
 ユリアルの取りなしに、伊織はぶんと首を振った。
「落ち着いていられるかよ! あんな‥‥っ!」
「情に振り回されるな」
 静かな声が響いた。
 声の主に身構えてしまうのは、伊織が彼を苦手としているからだ。
「ふ、振り回されて何が悪いよ! 俺は人間だ。人を物みたいに扱う連中みたいにゃなれねぇし、なりたくもねぇ!」
「情を持つなとは言わない。だが、感情のままに動けば、いざという時に冷静な判断が出来なくなる。敵に付け込まれる事にもなる」
 ぐっと言葉に詰まった伊織の肩を、永萌が叩いた。
「彼の言う事にも一理あります。ですが、ここで怒っていても仕方ありません。彼女達を起こしてしまいますしね‥‥」
 永萌は視線を巡らせた。火から離れた場所で寄り添い合って眠るのは、エスリンとリィ、そして御門の女の子組。
「‥‥ちょっと待てや。こら、御‥‥」
「まあまあ、いいじゃないですか。あまり違和感もありませんし」
 違和感がなければよいのか?
 てか、一応、あれも立派な成人男子だぞ。
 あっさり言い切った永萌に黙り込んでしまったのは、伊織とユリアルとイェーガー、そしてトリスタン。
「‥‥微妙だけどね」
 男どもの反応に溜息をついて、ステラは空を見上げた。
 その頃、広瀬はその空を浮遊していた。
 夜ならば、昼間では見えないものが見えるはずと、イェーガーが絞り込んだ場所を上空から確認しているのだ。
「やはりな。あの人数で陣を張れば、1つや2つの篝火では足りぬはず」
「じゃあ、あの火が集まっている所がダーラ殿の陣なのであるな?」
 うむ、と広瀬は頷いた。
「村は、もう少し西寄りにある。間違いないだろう。‥‥しかし、このようなものを使う事になろうとはな」
 大凧の角度を調整しつつ、広瀬は苦笑した。万が一に備えて準備していたものだが、本当に使う事になるとは思わなかったのだ。
「だが、仕方があるまい。こんな物でも使わねば、空からの確認は出来んのだからな」
「そうなのである。では、トリスタン殿に知らせて来るのである!」
 分かったと応えかけて、はたと広瀬は気付いた。
 今、誰かの声がしなかっただろうか。
 ここは上空。凧に乗っているのは自分1人。声を掛けて来る者などいない。そう、羽根でも生えた者か、魔法を使う者でもいれば話は‥‥。
「‥‥‥‥」
 ふ、と風に流される凧の上で、広瀬は自嘲の笑みを浮かべた。

●過信の隙
 夜が明けると共に、再びイェーガーが広瀬が上空より探った場所へ偵察に出た。今度は場所と大体の距離が分かっている。
 すぐに戻って来た彼の手引きで、彼らはダーラの陣へと辿り着いた。
「あの土嚢は、陣全体を取り囲むように積まれています。まずはあれを突破しないといけませんね」
「裏側もですか? どこか守りが薄くなっている所ぐらいあるのでは?」
 注意深く陣を観察していたユリアルに、イェーガーは難しい顔をする。
「一応、周囲を確認してみたのですが、出入り口となっている部分を除いて、どこも同じようにしっかりと枠組みが組まれ、土嚢が積まれているみたいです」
 内側がどうなっているのか分かりませんが。
 付け足されたイェーガーの言葉に、伊織とリィは頷き合った。
「そういう事なら、俺達に任せとけ。こういうのは得意でな」
「ならば、私達は派手に行きましょ。ユリアルさん、敵の数は分かる?」
 ステラに問われて、ユリアルは印を結ぶと呪を唱えた。淡い光に包まれた彼の唇が小さく数を読み上げる。
「‥‥31、32。土嚢周辺に哨戒が多く出ているようですね。我々を待ち構えているみたいです」
 だが、ここまで来て後に退くつもりはない。
 互いに目を見交わして、彼らはそれぞれに動き始めた。
「聞こえているか! 貴様らの招きに応じてやったのだ! 相応のもてなしをして貰おうか!」
 刀を抜きはなった広瀬の大音声に、即座に陣内から反応が返る。飛来した矢をかわすように、広瀬は後ろへと飛び退る。
「ふん。貴様らのもてなしはこの程度か」
 冷笑を浮かべた広瀬に、更なる矢が浴びせかけられた。その隙に、ユリアルとトリスタンが正面の入り口へと向かう。だが、そう簡単には近づく事は出来なかった。
 2人に迫る無数の矢を阻んだのは、透明な壁。
「残念ね。あなた達の攻撃程度じゃ、この盾は破れないわよ」
 自在に形を変える水の盾に苛ついたのか、陣内からの攻撃が一層激しくなった。
「無駄な努力よ。水が重く粘る事を知りなさいな」
「ステラ殿、前衛の方々の防御をお願いする!」
 弓に矢をつがえて、エスリンは弦を引き絞る。だが、すぐに彼女は舌打ちをした。
「駄目だ。土嚢を何とかしなければ、いくら矢を打ち込んでも同じ事だ」
「はい」
 彼女と同じく、矢を放ちかけていたイェーガーも唇を噛んだ。
 手が無い。だが、このままでは敵の目を引きつけている広瀬達が危険だ。ステラの水の壁も、敵の矢が尽きるまではいくらなんでも保たない。
 永萌も、構えていた弓を下ろして眉を寄せた。
 その足下に流れ矢が突き刺さる。
 矢を拾い上げると、永萌は強固な砦と化した陣を見遣った。敵の矢は、土嚢と土嚢の間の僅かな隙間から放たれているようだ。敵の矢は、鏃が細く鋭くなるように手を加えられている。そうしなければ、矢も通過しないという事か。そんな隙間を狙ったとして当たるとも限らない。
「かと言って、土嚢を射抜けるはずも‥‥あ!」
 閃いた考えに、永萌は周囲を見回した。クリスタルソードを手に、後衛の彼らを守っていた御門に声を掛ける。
「御門さん! 手伝って下さい! 敵の矢を集めて下さい!」
「はい?」
 いきなりの指示に戸惑う御門を後目に、永萌は周囲に落ちている矢を拾い集めた。その中から使える物だけを選定する。
「何をしているんだ!?」
「火矢です。鏃に布を巻いて、火をつけます。崩す事は出来ないでしょうが、それなりの打撃を与える事が出来ます!」
 裂いた布を手早く巻き付ける永萌に倣って、御門も矢を手に取った。
「でも、何故、敵の矢なんですか!?」
 土嚢に阻まれると分かっていても、前衛の援護は止めるわけにはいかない。矢をつがえて相手を威嚇しながら、イェーガーが尋ねる。
「加工してあるんですよ、敵の矢。土嚢の隙間を通す為でしょうが、少し軽くなっているんです」
 渡された矢は、布を巻いて通常の矢と同じ程度。手にしっくりと来る重さだ。
「後は油と火打ち石を」
 荷物へと手を伸ばした永萌の傍らを何かが通り過ぎる。
 次の瞬間、重い音を立ててトリスタンの馬から荷が落ちた。
「その中にあるのを使えと言っているのである。‥‥たぶん」
 リデトが示したのは、木に突き刺さるダガーと落ちた荷と。
「トリスタンさん‥‥」
 アナタの視線はどちら向き?
「少しでもずれていたら、危なかったですよね、永萌さん」
「衝撃を与えたら中で油の壺が割れてしまいますよね‥‥」
「そんな事より、早く!」
 思わず作業の手を止めてしまった永萌、イェーガー、御門にエスリンの声に我に返った。鏃に巻いた布を油で浸し、御門が持つ松明で火をつける。
 燃え上がった矢を弓につがえ、永萌は土塁に狙いを定めた。空気が震える音がして、放たれた火矢が3本、彼らの攻撃を阻んでいた土嚢に突き刺さる。中は土が詰まっていても、袋は麻。矢の火は、土嚢へと燃え移った。
「やったのである!」
 歓声を上げて飛びついて来たリデトに笑いかけて、永萌は次の矢を弓につがえた。
 イェーガーもエスリンも、火矢に切り替えている。
 砦のように堅固に築かれていた陣が、土嚢に燃え移った火で揺らぎ始めたのだった。
 その知らせは、すぐに陣の奥で指示を出していたダーラの元にも伝えられた。
「土嚢の火は、木枠も燃え移りかねない勢いです!」
 駆け込んで来た騎士を、ダーラは一喝する。彼女の表情には、まだ余裕がある。
「慌てるな! 落ち着いて対処するよう、皆に伝えるように。土嚢の一部が燃えたところで、この陣の全てがすぐに灰となるわけではない。その前に奴らの力が尽きる方が先であろうよ」
 粗末な鎧に身を包んだ騎士が言い淀んだ。苛ついたように、ダーラが彼へと振り返る。
「他にまだ何かあるの? ならば報告して、さっさと自分の部署へ戻りなさい!」
「風の向きが不利です。奴らは風上、こちらは風下。風下は危険です。こんな風に」
 尋ねる事も出来なかった。体から力が抜け、瞼が落ちて来る。
 床に倒れたダーラと数人の騎士達を見下ろして、騎士は兜を脱いだ。短い黒髪、自信に満ち、飄々とした表情。伊織だ。
 ダーラの傍らに跪き、彼は手早く彼女の体を縛り上げた。舌をかみ切らぬよう、猿轡も噛ませておく。
「な? 危険だって言ったろ? リィ! そっちは大丈夫か」
「こちらも大丈夫だ」
 伊織の春花の術で眠りこけたダーラの側近を一纏めに縛り、リィは外へと視線を向ける。陣内で起きた異変に気付く事なく、未だ矢を放ち続ける騎士達。その土嚢を組んで作られた壁の向こうには、仲間達がいる。
 リィは息を吸い込んだ。
「聞け! お前達の主、ダーラは我らが捕らえた! 主の為を思うならば、武器を捨てよ!」
 突然の宣言に、騎士達は動きを止めた。半信半疑の目を向けてくる彼らの前に、伊織が乱暴にダーラの体を突き出す。
「ダーラ様!」
「武器を捨てろ!」
 陣内にいた全ての騎士達が、武器を捨てて集まってくる。未だ目覚めないダーラをいたましそうに見つめて、1人の騎士が1歩、伊織の前へと歩み出た。
「我が主に対して、あまりのなさりよう。どうかその縄をお解き下さい。我々は逆らいはしません」
 いや、と伊織は首を振った。
「これは、ダーラの命を守る為のもんだ。舌を噛みきられちゃ、おしめぇだからな」
「それより、門を開け。外の人達を中に入れるんだ」
 リィの指示に、何人かが渋々と立ち上がる。門を閉ざしている閂を抜き、ゆっくりと取っ手を回して、縄を巻き取っていく。閉ざされていた門が、開かれた。

●来るべき世界に
「舌を噛んでも、私がすぐに治すのである。だから‥‥」
「無駄な事はしないでね?」
 念を押して、ステラはダーラの猿轡を外した。万が一の事態に備えて、リデトは彼女の頭の上に陣取って見張っている。
「ダーラさん、あなたはただの間者ではなかったのですね。‥‥聞かせて下さい。あなたがおっしゃった高貴な方とはどなたですか?」
 傍らに膝をつき、覗き込むようにして尋ねたユリアルに、ダーラはそっぽを向いた。どうやら話すつもりはないらしい。
「困りましたね。私達は貴女にお聞きしたい事がたくさんあるのに」
 微苦笑を浮かべて、ユリアルは仲間達を振り返った。捕らえた騎士を縛り上げていたイェーガーがその手を止め、ぽつりと呟くように胸に抱えていた疑問を口にする。
「領民に慕われていたオクスフォード侯爵が、どうしてこんな争いを起こしたのでしょう。まるでデビルに憑かれたとしか思えません。‥‥貴女は、侯爵が変わってしまった理由をご存知なのですか?」
「‥‥それを今更聞いてどうする。メレアガンスはアーサーに殺されたのだろう?」
 冷たく返った答えに、イェーガーは息を呑んだ。
「侯爵が亡くなられたと知って、それでも貴女は‥‥」
「別に、あんな‥‥女に逆上せた愚かな男がどうなろうと私の知った事ではない。まあ、「憑かれた」というのも、あながち間違ってはいないがな」
 嘲りを含んだ物言いに反論しかけた者達を制すると、広瀬はダーラへと歩み寄った。腕を組み、冷たく見下ろしてくる広瀬に、ダーラは怯んだ様子を見せる。
「貴様の主はオクスフォード侯ではないな? 侯爵の部下であれば、とうに主の元へと戻り、王の軍と戦っていたはずだ」
「では、ダーラさんの主とは一体?」
 見上げる御門に、広瀬は片頬に苦い笑いを刻んだ。
「さて。候に繋がる者か、それともこの機会を利用しただけの者か‥‥」
「どちらにしても、ダーラ殿、貴女は間違っている!」
 黙々と騎士達を縛り上げていたエスリンが、我慢出来ないとばかりに声を荒げた。
「我ら騎士は民を守る事が本分! 主がそれを忘れ、道を過ったのであれば、命を賭してでも正すのが真の忠誠というものだ!」
「黙れ!」
 エスリンの糾弾に、ダーラは即座に反応を返した。
 敵意の籠もった瞳でエスリンを見据えると、それまでの憤りを一気に捲し立てる。
「道を過ったのはお前達ではないか! 不義の子を王と戴き、正当な権利さえも奪われた者を踏みにじったのはお前達だ!」
「‥‥不義の子とおっしゃいますが、それだけの理由で戦を仕掛けるのはいかがなものでしょうか。罪無き多くの者を傷つるのが、正しいのですか」
 硬い口調で問いつめた永萌に、ダーラは怒りも顕わに叫んだ。
「それだけ? それだけの理由だと!? よくもそのような事が言えるものだな! 不義の子が‥‥アーサーの存在そのものが不幸を招いたというのに!」
 肩で息をし、唇を戦慄かせるダーラの姿に、冒険者達は顔を見合わせた。
 彼女の憤りが何に端を発しているのか、その言葉からは掴み切れない。しかし、彼らには彼女が取った手段がどうしても正しいとは思えなかった。
「それでも、もっと他の手段があったのではないでしょうか。多くの血を流して、幸せになれるとは僕には思えません」
 御門の言葉にびくりと体を揺らしたダーラの顔を、リデトは逆さに覗き込んだ。
「私もそう思うのである。辛い目にあったなら、そんな辛い気持ちがどこかへ行ってしまうぐらい幸せになればいいのである。皆で、美味しいお菓子を食べられるようにすればいいのである。そうすれば、主とやらもきっと‥‥」
 ダーラの頭上からリデトを下ろす。
 突然のトリスタンの行動に、リデトは唇を尖らせた。
「トリスタン殿! トリスタン殿もそう思うのである? 一緒にお菓子を食べられる世界なら、アーサー王もトリスタン殿や円卓の騎士の皆も味方なのである!」
「‥‥人の心は、そう簡単にはいかない。例え表面上は和やかに同じテーブルについたとしても、人に憎しみや妬み、負の心がある限り、テーブルの下で争いは起きる」
 ならば、とステラはトリスタンを見た。ダーラを拘束していたステラの手は、いつの間にか彼女の肩に置かれている。
「それならば、王が目指される神の国は? 聖杯を探せという布告が出された時、それが神の国に至る道だと聞いたわ。この世に神の王国が実現したなら、リデトさんの言ったような「皆でお菓子を美味しく食べられる」幸せな世界になるの?」
 冒険者達だけではなく、ダーラとその部下たる騎士達の視線も注がれる中、彼はゆっくりと口を開いた。
「誰も神の王国を見た者はいない。それがどのような国なのか、私にも分からない。だが‥‥、慈愛と許しとを説いたジーザスの血を受けし聖杯が導く世界なのだ。全ての罪人が許され、傷ついた者が癒される世界だと信じよう」
 その場に満ちていた戦いの残滓、荒々しさと憤りとがない交ぜとなった気配が、波が引くように静かに治まっていく。
 抗う事をやめたダーラの元へと歩み寄ると、リィは片膝をついた。
「貴女は、生きなければならない。身を挺して貴女を守ろうとした、かの老騎士とここにいる騎士達の為にも、貴女は生き続ける義務があるはずだ。いつか、イギリスが神の王国へと辿り着くその日まで、彼らと共に」
 顔を上げたダーラに、伊織が白い歯を見せて親指を立てる。
「あの爺さん、生きてるってさ」
 唇を噛み締めると、ダーラは項垂れた。嗚咽を漏らす彼女を抱き寄せると、ステラはその背を宥めるように優しく撫でた。