【聖杯戦争】暑い夜の熱い戦い
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:桜紫苑
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月13日〜08月20日
リプレイ公開日:2005年08月23日
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●オープニング
聖杯戦争も一応の終わりを迎えた。
戦後処理で、何やらバタバタしてはいるが、緊迫した状況からは解放された。
‥‥ので、
「何ですか何ですか、その緊張感のなさは!」
ギルドの片隅で魂が半分抜けかけた冒険者もいたりする。
「い〜じゃねぇか〜‥‥ここしばらく、まともに寝てなかったんだしぃ〜」
「なにが「だしぃ〜」ですか! もー!」
オクスフォード侯の軍勢がキャメロットに迫った時には、休む間もなくあちらこちらへと飛び回っていた彼らが凛々しく、頼もしくも見えたのだが、と受付嬢は吐息を漏らした。
「だって、暑いしぃ〜」
「夏なんだから、当たり前じゃないですか」
オクスフォード侯との戦いの折には、暑いなどと一言も漏らす事なく偵察だ、防衛だ、攻撃だと駆け回っていた彼らなので、この状態は彼らなりの気分転換、疲労回復の手段なのかもしれない。
だからといって、だらだらごろごろ隅っこで転がられたのでは、うっとおしくてかなわない。
「そんなに暑いなら、何か涼しくなる方法を考えてみてはいかがですか?」
彼女がそう告げたのは、他意あっての事ではない。
ただ、ちょびっと‥‥そう、ほんの少し、仕事場の室温を上げている人達が出かけてくれると涼しくなるかな、なんて思っただけだ。
「涼しくなる方法ぉ〜? そんなんあったら、最初からやってるぞぉ〜」
ぶーぶーと上がる非難の声に、受付嬢の頬が引き攣る。
「た‥‥とえば、クーリングを使うとか? あ、ほら! 今、祝勝会ってやっているじゃないですか! あの真ん中にクーリングで凍らせた氷の像なんか置くと涼しくて、皆さんに感謝されますよ?」
「めんどくさいぃ〜」
こいつら‥‥。
受付嬢のこめかみに青筋が浮かぶ。涼しくなる方法を提示したら、これだ。いっその事、問答無用で依頼を振り分けて、即刻、出発して貰おうか。
後ろ手に、依頼が書かれた羊皮紙を探る。
誰にどれが当たるか分からないが、それは自業自得。当たったものを責任もって引き受けて貰うから。
にやりと、およそ花も恥じらう乙女らしからぬ笑いを彼女が浮かべたその時に、
「おー、そういえば」
冒険者の1人がむくりと体を起こした。
「確か、前にジャパンから来た奴から、涼しくなる方法ってのを聞いたっけか」
「あ〜?」
卓の縁に背を預け、弛緩しきって眠る猫のようにだらけていた冒険者が、興味を惹かれたのか片目を開ける。話題を振った男は、まるで体に重石をつけているかの動きで、のろのろと卓に肘をついた。そのまま、卓に体重を預けて、彼は無気力な仲間達を見渡す。
「ジャパンでは、暑い夏の夜には墓地とかに行くそうだ」
「‥‥また物好きな‥‥」
ジャパン人の考えがよく分からない。
眉を寄せた仲間に大きく頷いてみせて、男は続ける。
「俺もそう思ったさ。けど、そいつの言う事には、暑い夜を涼しくするのに最適な場所なんだそうだ。何故って‥‥考えても見ろよ。墓地、だぞ? 真っ暗な闇の中、周囲には物言わぬ死者が眠っているばかり‥‥」
潜められた声に、背に冷たいものが走った。体を震わせた仲間達に、男は薄く笑った。
「な? その状況だけでも効果があるだろう? だが、それだけじゃないぞ。ジャパン人は徹底している。その墓地の中を、1人か2人ずつで進むんだ。出口までの間、彼らは様々な恐怖に襲われる。墓地から出る頃、彼らの顔は青ざめ、体はガタガタと震えているという」
「なぜだ?」
状況は確かに薄ら寒い。だが、墓地を歩くだけでそこまでの恐怖を感じるだろうか。
怪訝そうに尋ねた冒険者に、男は更に声を潜める。
「彼らは出会うんだよ、途中で。恨めしそうに自分達を見つめる死者や、奇怪な出来事に」
彼の周囲を取り巻いていた仲間が、生唾を飲んで聞き入っている。
賑やかなはずのギルドも、何故だか静まり返っていた。
「もっとも、その死者や奇怪な出来事ってのは、予め隠れていた脅かし役の仕業なんだけどな」
誰からともなく漏れる失望と安堵の入り混じった吐息。
「とまあ、ジャパンには、暑い夜はぞっとする心地を味わって涼しくなる「肝試し」って習慣があるんだとさ」
「真夜中の墓地で、脅かす者と脅かされる者の攻防か。‥‥面白そうだな」
濡れた手布を瞼の上から取りながら、別の冒険者が呟く。
「‥‥ちょっと、あれだけアンデットと戦っておいて、まだ足りないの?」
受付嬢の言葉を聞き流し、乗り気になった冒険者達が「肝試し」の知識を披露した男を囲んだ。
「で、墓地はどこにする?」
「脅かす者と脅かされる者とに分かれ、互いに競い合うというのはどうだろうか」
次々と提案が出され、あれよの間に「肝試し」の相談がまとまっていく。それまでだれていたとは思えぬ程に、活き活きとしている冒険者に、受付嬢は複雑な表情を見せた。
「よし、これであらかたの案は出たな。名付けて『聖杯戦争お疲れさん肝試し大会』!」
「‥‥それって‥‥どうなの?」
再び、受付嬢の言葉は流された。
「ここから西へ行った所に、色々とあって住人がいなくなった村がある。その村の荒れ果てた墓地で脅かす者と脅かされる者に分かれ、「肝試し」をする。相手を心底驚かせ、怖がらせる事が出来たら脅かす者の勝ち‥‥だが、それだけじゃ面白くないので、個人賞も作るかな」
嬉々として語る冒険者に、受付嬢は溜息をついた。
ここしばらく、色々と大変だったから、こういうイベントで楽しむのも悪くはないだろう。何はともあれ、これでギルドの片隅を占拠していた放心状態の冒険者達が動いてくれる。自分の仕事も捗るだろう。
そう言い聞かせて受付台へと戻ろうとした彼女の腕を、誰かが掴んだ。
「というわけで、参加した者を評価し、大会の判定をするのはこの受付のお姉さんだ!」
「はい?」
拍手と歓声とを浴びせられ、彼女は瞬いた。
状況が把握出来ないまま、話は進んでいく。
「彼女には、墓地の各ポイントでチェックして貰う。異存はないな?」
一気に血の気が引いた。
真夜中の墓地に行くと考えるだけでも背筋が寒くなる。
涼しくなる方法を考えたらどうだと言ったのは自分だが、それとこれとは話が別なはずだ。
「ちょっと待って! 誰がそんな事をするって言ったの!?」
しかし、彼女の抗議は沸き上がった歓声に消されて誰の耳にも届いてはいないようだ。
「無理よ! 絶対、嫌よ! 第一、私には仕事があるのよ!」
「大丈夫。受付の係は君1人じゃないし」
聞こえてるんじゃないの!
叫んでみても、後の祭りであった。
●リプレイ本文
●予感
月のない夜。
瞬く星も雲に隠され、辺りは真の暗闇。
しかし、こんな夜にこそ、何故だかはっきりくっきりと浮かび上がる光景がある。
「こっ‥‥怖くなんてありません。怖くなんて‥‥」
以下、エンドレスに呟いているアルシャ・ルル(ea1812)の瞳は、先ほどから前方に釘付けだ。それ即ち、『暗闇の中、薄く発光しているかのように見える墓石の群』である。
勿論、墓石が発光するはずがないので、アルシャの目に特殊な魔法でも掛けられているのかもしれない。
そして、もう1人、彼女と同じ魔法に掛かっている者がいた。
彼女の意志とは無関係に、ここにいる事を強制されている者。キャメロット冒険者ギルドの受付嬢の1人、ジュディスだ。
「ねぇねぇ!」
不気味に静まり返った墓場を前にして呆けているジュディスの袖を掴んで引っ張るのはユウタ・ヒロセ(ea4825)。
「ゴールに置いてある十字架を取ってくればいいんだって。お姉ちゃん、楽しみだよねっ! 肝試し!」
「天も楽しみなの〜〜〜っっ♪」
うっきうき気分が溢れ出して語尾まで跳ねた遊士天狼(ea3385)とお子様2人、手を取り合って飛び跳ねている様子は微笑ましいが、アルシャもジュディスもそれどころではなさそうだった。
「どうしてそんなに怖がるの? 遺体は魂が現世に還る為の神聖なものよ。それを納めているお墓も同じじゃない」
腰に手を当て、呆れたように息を吐き出したネフティス・ネト・アメン(ea2834)に、アルシャはぷるぷると首を振る。
「遺体が遺体って所でもう駄目よ。しかも、死者の魂が、げ‥‥現世に戻る為って、それじゃズゥン‥‥」
「もー! 罰当たりな事言わないで、ジュディス」
頬を膨らませ、ネティはジュディスを相手に講義を始めた。それは、死は新たな生の始まりであり、生ある時に正しい行いをしていれば死を恐れる必要はないのだという有り難い話である。
が、しかし、今のこの状況下では怪談話以外の何物でもない。
抱き合って震え上がったアルシャとジュディスに、やれやれと頭を振る。
「もう。そんなに怖がるなら大丈夫だって事を私が証明してあげるわよ」
懐から取り出した占いのカードから無造作に1枚引き抜いて、ネティは動きを止めた。
「‥‥どうですか?」
怖々尋ねて手元を覗き込んだアルシャに、青ざめた顔を向ける。彼女の手にあるのは真っ黒なカード。それが意味するのは‥‥。
「わっ、私だって、たまには失敗ぐらいするわよ」
「ねー、何してんのー? 行くよー」
「行くのー!」
取り巻く薄ら寒い空気も何のその、元気いっぱいのお子ちゃま達は言うや否や駆けだして行ったのであった。
●大人の事情
「少しばかり騒々しくする事を許されよ」
胸に手を当て、墓地に眠る死者へと黙祷を捧げたサリトリア・エリシオン(ea0479)は、墓石に肘をつきながら小枝を振り回しているレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)に苦笑を漏らした。
小枝の先には油を染みこませて丸めた布が糸で結びつけられている。
「折角のシチュエーションなのに、小さい男のコしかいないのよね。残念だわ」
こめかみにぴりりと走った痛みを誤魔化して、サリは窘めるようにレヴィの名を呼んだ。しかし、彼女の言葉はレヴィには届かなかったようだ。
「でも! 10年後にはきっとハンサムさんよ! 今からチェック入れておくのも悪くないと思わない!?」
ぐっと拳を握り締めて力説するレヴィに嘆息し、サリはきっちりと着込んだ鎧の襟元を僅かに乱す。
「レヴィ、10年後、あの子達が大きくなった時、我々は幾つだ?」
「んーと、お年頃?」
しまった、とサリは後悔した。
心の底から後悔した。
すっかり頭から抜け落ちていたが、レヴィはエルフ。今、子犬のように走り回っている少年達が大人になる頃、彼女は「ほんの少しだけ年上のお姉さん」になるのだ。
「でも、そうよねぇ‥‥ハンサムさんになっても、あの無邪気さは失わないで欲しいわよねぇ」
幼気な少年達を守らねば!
サリは考えを巡らせた。表情に出てはいないが、内心、かなり焦っていた。だが、ここで咄嗟にレヴィの興味を惹く話題など提供出来ようはずもない。無表情のまま困り果てたその時に、救いの女神が現れた。
「もう! 少しは手伝ってよ! ひ‥‥1人っていうのは気味悪いんだから!」
近くの林から切り出して来た枝を腕いっぱいに抱え、抗議の声を上げた逢莉笛鈴那(ea6065)に、サリはどこかほっとした様子で、手を差し出す。
「ああ、すまない。これで森の中の雰囲気を出せばいいのだな?」
手早く墓石に枝を乗せ、即席の茂みを作り始める。明るければ作り物とすぐに分かってしまう偽装も、暗闇の中では鬱蒼と得体の知れない雰囲気を醸し出す。
「サリさんはデュラハンをやるのよね?」
枝の位置を調節して、鈴那は鎧姿のサリに尋ねた。
「ああ。頭に黒い布を被れば、首の無い騎士に見えるだろう」
「暗い所で出くわしたら、絶対、びっくりすると思うわよ。で、レヴィさんは?」
足下で丸くなっていた小猫を抱き上げて、レヴィはくすりと笑う。
「あたしは、既に仕込み済み。後は、仕上げるだけ。ね、シェリー」
小猫の手を握り、ふよふよと泳がせる。先だけが白くなった猫の手が、躍りでも踊っているかのように揺れた。
「そういう鈴那は何をするのだ?」
鈴那が着用しているのは忍び装束。いつもの依頼時と変わらない。
「これが終われば着替えるわ。私も、かなり自信あるんだけど迷ってるのよね。口を耳まで裂けた風にすると、なんだか笑ってるみたいに見えて、ちょっとイメージが違うかなって。‥‥ところで、1人足りなくない?」
鈴那は気になっていた事を問うた。
先ほどから、何度数え直しても1人足りないような気がしていたのだ。
その問いに顔を見合わせた後、サリとレヴィは互いに目を逸らし合ったのだった。
●まちうけ姫
墓場へ足を踏み入れた彼らが最初に出くわしたもの。
それは、木の棺であった。
墓場に棺、別におかしな取り合わせではない。そう、決しておかしくはない。
しかし、真夜中にぽつんと置かれた棺は怪し過ぎる。
しかも、蓋は開けられているし、周囲にはいくつかの看板が立っていたりする。そっとランタンを近づけて、ネティは絶句した。
打ち付けられた板に書き殴ってあったのは、「王子様求む」「王子様オンリー」「アレク滅殺」の文字。
恐る恐る、振り返る。
ランタンの灯りに照らし出されたのは1人の女性だ。豊かに波打つ金色の髪、胸の上で組まれた指、棺の中で安らかな眠りについているその女性に、ネティは見覚えがあった。
「‥‥レジーナねぇちゃ?」
「寝てるみたいだよ」
怖い物知らずのお子様ずが棺を覗き込む。でも、とアルシャは怖々、棺の縁に手を掛ける。確かに、その女性はレジーナ・フォースター(ea2708)だ。だが、こんな墓場の真ん中で、しかも棺で眠っているのはおかしい。
もしや、レジーナの身に何かあったのではないか。
怖いのも忘れて、アルシャはレジーナを揺さぶった。
「レジーナ様、レジーナ様‥‥大丈夫ですか?」
その声に、ゆっくりとレジーナの瞼が開かれる。焦点の合っていない瞳が、ランタンの柔らかな光に輝く銀色の髪と赤い瞳を映し出した。と、
「‥‥ヒュー様ぁぁぁ〜」
腕を引かれ、棺の中に引きずり込まれてアルシャは悲鳴を上げた。
ぎうと抱き締められ、じたばたと手足を動かして必死で逃れようとする。だが、しっかと巻き付いた腕が放してくれない。
「んふふふふふふふ」
それどころか、ますます力が込められていく。
まるで罠に掛かった小鳥のように、アルシャは為す術なく捕らわれていた。
「ていっ!」
つかつかと歩み寄ると、ネティはレジーナをアルシャから引き剥がした。アルシャの体をユウタに向けて押すと、レジーナはそのまま棺の中に戻す。むふふとくぐもった笑い声を響かせるレジーナに背を向けて、ネティは仲間達に笑いかけた。
「さ、放っておいて、行きましょ!」
●くじけるな、デュラハン
棺の中のまちうけ姫を躱した彼らは、勢いづいて墓場を進む。このままゴールまで何事もなく辿りつけそうな気がしてきた頃、彼らに次なる試練が訪れた。
「‥‥何か、変な音がしない?」
足を止め、耳を澄ます。
何かが軋む音がする。地の底から響いて来るように重く、悲鳴のようにも聞こえる音だ。
「ま、また、私達を驚かせようとしているのよ。誰? 分かってるんだか‥‥ら‥‥」
何でもない振りをして、ネティはランタンを掲げた。オレンジの光に照らし出されて、墓石の影が伸びる。その十字の影が、不自然な形で切り取られていた。確認しようと覗き込んだ少女達の目に映ったのは、鈍い金属の輝き。
ゆっくりと、彼女達は視線を上げた。
黒い籠手が竜の頭部を模した兜を抱えている。籠手から肩当て、肩当てから頭部へと視線を動かして、彼女達は絶叫を放った。
頭があるはずの位置には、何もなかったのだ。そう、何も。
「きゃああああっ!?」
「きゃー♪」
耳をつんざく悲鳴を上げて駆け去る少女達の後を、天もにゃんこのそるちゃを抱えて追いかけていく。天の叫びが楽しげな事に、逃げるので精一杯の少女達は気付いたかどうか。
走り去っていく仲間達の後を追いかけようとして、ユウタは歩みを止めると、ちょんと首を傾げた。
「こういう時はちゃんと反応するのが礼儀なんだよね。えーと‥‥」
しばし考え込み、彼は頭無し鎧騎士に向かってにっこりと笑う。
「きゃーきゃー」
ばいばーい!
元気よく手を振って去っていくユウタに、「それ」はぐっと拳を握ったのだった。
●恐怖、恐怖
「あ、あれよ! ゴールの十字架!」
どこをどう走ったのか分からないが、前へ進むという事はゴールに近づくという事で。ようやく見えたゴールの目印と十字架に駆け寄ろうとしたネティは、何かに躓いてしまった。
彼女の手からランタンが落ち、灯りが消えた。辺りが暗闇に閉ざされて、彼女達の恐怖はいや増していく。
獣の遠吠えが聞こえて来る。
生暖かい風に茂みが揺れて、不気味な気配が取り巻く。
「あ‥‥灯り、灯り‥‥」
半泣き状態で、アルシャは気を高めようとした。混乱しながらも、オーラシールドが灯り代わりになると考えたのだ。けれども、恐怖が集中しようとする彼女の邪魔をする。
と、そこに仄かな灯りが点った。
安堵して、ネティが振り返る。
そして、彼女は真正面から向かい合う事となった。
朧な光の中に浮かび上がったオーガに似た恐ろしい顔をしたものと。
物も言わずに昏倒したネティを余所に、ジャパン風のランタンを手にしていた天が嬉しそうに説明をする。
「これねぇ〜とと様にせーしょあたっくした時のかか様〜♪ 天、この時のかか様がいちばーこわーの‥‥」
腰が抜けてしまったアルシャは、虚ろに笑うばかりだ。
「んでね、とと様は‥‥あ」
不意に灯りが消える。どうやら油切れのようだ。悲鳴を上げる前に、アルシャの足下を何かが通り過ぎた。思わず、天の服を握り締めてしまったアルシャを慰めようと、天が口を開きかけた時に
「‥‥ん」
彼は誰かに名を呼ばれた気がして、後ろを振り返った。
そこに広がるのは、闇。
はて? と首を傾げ、天はアルシャに向き直った。しかし。
「‥‥天狼‥‥」
確かに、名を呼ぶ声が聞こえた。
「ね‥‥ね‥‥姉ちゃ‥‥い‥‥い‥‥いま‥‥」
天とアルシャの脳裏に、ここへ来る前、レヴィから聞かされた話が蘇る。
『その幽霊は、自分の子と同じぐらいの子供を見ると連れてっちゃうの。だから、お名前を呼ばれてもお返事しちゃだめよ?』
「お‥‥お返事しちゃだめです〜っ」
がくがくと震えながら、天の腕を引っ張ったアルシャの目の前を小さな火の玉が浮き沈みしながら通り過ぎる。ひしと抱き合った2人の耳に、今度は啜り泣きが聞こえた。
「ねー、誰か泣いてるよー」
「聞こえないっ、私には何も聞こえないわっ」
ネティを揺さぶっていたユウタもそれに気付いたようだ。ジュディスはといえば、両手で耳を塞いでいやいやと首を振っている。
「でも、聞こえるよ。ねー、起きて、ネティちゃん。泣き声が聞こえない?」
「‥‥ん?」
目を開けた途端に飛び込んで来たのは、墓標の間にぼぉと佇む白い影。ネティは言葉にならない声を発しながら、それを指さした。
釣られたように、仲間達が視線を向ける。
それは女だった。
白いドレスを身に纏い、黒髪が頬に乱れてかかるのを気に留める様子もなく、しくしくと泣いている女。
沈黙が墓場に落ちた。
返らない反応に、女‥‥鈴那は顔を覆った指の隙間からそっと様子を窺う。
墓石の陰に隠れているサリとレヴィも、息を呑んで身を乗り出す。
−やっぱり、あたしだってバレちゃったのかしら?
不安になった鈴那は顔を上げて、ぎょっと後退った。
アルシャの体が淡い桃色に発光していた。その手には、光の剣。
「ちょっ、ちょっとぉ〜っっ!?」
そして、墓場に絶叫が満ちた。
●祭りのあと
「驚愕大賞はアルシャちゃん。最恐で賞は鈴那ちゃん!」
不機嫌そうにジュディスは判定結果を告げた。彼女も判定どころではなかったのだが、お役目は果たさなければならない。
くすんくすんと未だに泣いているアルシャは、レヴィが頭を撫でられながら賞品の香油を受け取っている。
一方、墓場に嵐を呼んだ張本人はと言えば、
「んじゃあ、肝試しはこれでお開き! 皆で冷たいエールでも飲みましょ♪」
賞品に貰った海賊の眼帯をつけて、上機嫌だ。頬にアルシャから食らったネコパンチの跡があるが、そんなのは気にしていない様子である。
とにもかくにも、肝試しは終わった。
賑やかに墓場を去る仲間達の中、ネティだけは難しい顔のまま、自分の手を見つめていた。
「どうかしたのか?」
尋ねたサリに、ネティは頬に手を当てて首を傾げる。
「ゴールの十字架、無くなっているの。‥‥変ね。確かに持って来たのに‥‥」
「じいちゃ、ばぁちゃ、ばいばーい」
口を開きかけたサリの隣で、天が大きく手を振った。
「じいちゃ、ばぁちゃって‥‥」
聞き咎めたレヴィが固まる。
天とユウタが一緒になって、誰もいないはずの墓場に手を振っているのだ。
「は、早く行きましょ」
冷たい物が背筋に伝うのを感じながら、レヴイはサリを急かし、天とユウタの首根っこを掴んで早足に墓場から遠ざかろうとした。ネティとアルシャ、そして鈴那は全速力で駆け去った後だ。
「‥‥そういえば、何かを忘れていないか?」
「ない! 何もないわ!」
慌ただしく冒険者達が去った墓場の中で、ぽつねんと残された棺が1つ。
思い出して貰える時は、はたして来るのであろうか。