許されざる者

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月25日〜09月03日

リプレイ公開日:2005年09月04日

●オープニング

 奇妙な依頼が、ギルドに貼り出された。
「荷運び人急募。詳細は依頼主まで」
 それが全文である。
 荷を運ぶだけならば、ギルドに依頼を出す必要もなかろう。出す所を間違えたのか、それとも、何か理由があるのか。
「この依頼の依頼主ってどこにいるんだ? 詳しい話を聞きたいんだが」
 興味を惹かれた冒険者が依頼状を手に受付に尋ねる。
 ああ、と受付嬢は愛想良く彼らの問いに答えた。
「ソレなら、あそこに」
 仮にも依頼主を捕まえてソレと言うか、と心中呟きながら、彼らは受付嬢が指し示す先を見た。
「おー、こっちこっち!」
 さっと目を逸らす。
 見なければ良かった。いや、まだ遅くはない。見なかった事にしよう。
 丁寧に依頼状を畳んで、冒険者は受付嬢へと戻しかけた。しかし、時すでに遅し。
「俺の依頼、受けてくれるんだな! いやあ、嬉しいぜ」
 馴れ馴れしく肩を組んで来たのは、冒険者ギルドに居着いている遊び人、アレクシス・ガーディナー。そのままずるずると引き摺られて彼の卓まで連行された。
 卓には、既に何人かの彼と同じ運命を辿ったらしい冒険者が座っていた。同情の眼差しを向けてくる仲間に肩を竦めて応えると、彼は腕組みする。
「で? 俺達に一体何をさせたいんだ? ただの荷物運びなら、他を当たれよ」
「そんなに急ぐなって。あ、でも急ぎなんだけど」
「「「どっちだッ!」」」
 同時に叫んだ冒険者達に、アレクはからからと笑った。どうやら待っている間に、かなりの量のエールを飲んでいたらしい。ほろ酔いを通り越して、立派な酔っぱらいだ。こんな状態で、ちゃんとした話が聞けるのだろうか。
「まあ、聞けよ。実はな」
 潜められたアレクの声を聞き取ろうと、彼らは顔を近づける。
「樽を1つ、運んで欲しいんだ。サウザンプトンからリーバ‥‥海に面した小さな村まで」
「‥‥本当に荷物運びをしろと?」
 声を荒げかけた冒険者に、アレクは指先を口元に当てた。
「最後まで聞けって。ただ荷物を運ぶだけなら、冒険者に依頼を出すはずがないだろう? まず、樽を監視に見つからないようにサウザンプトンから運び出さなければならない。リーバへ向かう道中も、どこに奴らの目が光っているか分からないからな。出来るだけ目立たないように移動する必要がある」
 更に声を潜めて語られた内容に、冒険者達は眉を寄せる。
「大きな街道はもちろん、寂れた道も注意が必要だ。誰かの目に触れて、それが奴らに伝わると面倒なんでな」
 まだ話が見えない。
 不審に思いながらも、冒険者達はアレクの話に耳を傾けた。
「リーバに着いたら小舟が待っている。リーバのどこで待っているのかは、その時の状況次第ってとこだな。それは、お前達と一緒に行く奴が手筈を整えるだろうから、樽をそこへ運んで、小舟に積み込んでくれ。後は、漕ぎ手がうまくやるだろう」
「アレク。いくつか聞いていいか?」
 片方の眉を器用に上げたアレクに、冒険者は疑問を投げかける。彼の話は肝心な所が抜けている。このままでは、依頼を受けたとしても失敗する可能性もある。
「まず、樽の中身を教えてくれ。俺達は何を運ばされる?」
「‥‥樽の中に入っているのは‥‥人間だ」
 声を上げかけて、アレクに口を押さえられた。
「大声を出すな」
 了承の意味を込めて何度か頷くと、ようやく手が離れた。乱暴に髪を梳くと、彼は意を決したように語り出す。
「樽の中に入るのは、少年だ。10かそこらのな。だが、彼はサウザンプトンの街で生きていく事を許されない子供。捕えられたら、2度と戻っては来ないだろう。だから、捕まる前に逃がす」
「生きていく事を許されないってどうして‥‥」
 アレクは口元を歪めた。
「色んな意味で。それはともかく、大人ならば海岸線から見つからないように海へ出る事も出来るかもしれないが、子供には危険過ぎるんだ。サウザンプトンの教会で、ブリジットという女が待っている。今はそいつが子供を匿っているから、協力してやってくれ」
 頼むと頭を下げられて、冒険者達は顔を見合わせた。
 子供をサウザンプトンから脱出させるという依頼内容は理解した。しかし、まだ聞かねばならない事がある。
「奴ら、とは何なんだ? 何故、そいつらは子供を捕らえようとしている?」
 硬い表情で、アレクは答えた。
「奴らとは、サウザンプトンの治安を維持するという名目で駐留している守護騎士団。異端を狩るのが、奴らの務めだ」

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3264 コルセスカ・ジェニアスレイ(21歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea4200 栗花落 永萌(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●サウザンプトン
 港町、サウザンプトン。
 その一角にある小さな教会に、荷を積んだ車と旅の商人一行が到着したのは、晩夏の太陽が沈みかけた時刻だった。
「あら」
 教会の前、家路に着く子供達を見送っていた修道女は、一行に目を留め、頬に手を当てる。おっとりとした仕草と柔らかな微笑みが印象的な女性であった。
「ご到着は明日のお昼頃かと思っておりましたのよ。あら、まあ、どうしましょう。今から荷の積み下ろしを始めると、ご出発は真夜中ですわ。あらあら‥‥」
 おろおろと一頻り慌てると、修道女は女商人の手をぎゅうと握り締めて、大きく振り揺らす。
「というわけで、今夜は皆様、どうぞお泊りになって」
 何やら勝手に慌てて、勝手に彼らの行動を決定した修道女に呆気に取られる間もなく、彼らは教会の中へと連れ込まれた。

●隠れ家
 引き合わされた少年は普通の子供だった。
「初めまして。俺はウォル。キミの名前を聞いてもいいかな?」
 人懐っこい笑顔を浮べたウォル・レヴィン(ea3827)が膝を折り、視線を合わせて話し掛けると、怯えたように修道女の背後へと隠れてしまう。どうやら人見知りの激しい子供らしい。
「うーん‥‥困ったなぁ」
 ぽりと頭を掻いて、ウォルは苦笑を浮かべながら仲間達を振り返った。
「兄ちゃんより、お姉ちゃんの方がいいか? 綺麗なお姉ちゃんから可愛いお姉ちゃん、ぶっとん‥‥いやいや、元気なお姉ちゃんまで選り取りみどりだけど」
「いーや、お姉ちゃんより格好いいお兄ちゃんだよな、坊主。男と男の話をしようぜ」
 隠れていた少年をひょいと抱え上げて、真幌葉京士郎(ea3190)は少年に向かって片目を瞑ってみせた。
「あっ、格好いいお兄ちゃんならここにもいるって! キミもそう思うだろ?」
 少年を連れて、京士郎とウォルが出ていくと、途端に部屋は静かになる。吐息を1つ落とすと、栗花落永萌(ea4200)は周囲に視線を走らせた。
 窓のない部屋。
 そこは、教会の地下に作られた空間である。階段は祭壇の下に隠されており、いくつも部屋がある所を見ると、ただの貯蔵庫であるとは考えられない。
「よく、使われているのですか」
 尋ねると、修道女はこくりと頷いた。
 もう1つ、吐息を漏らす。
「こちらに伺うまで、我々はあの子がハーフエルフだと思っていました」
「お聞きになってはいなかったのですか?」
 何も。
 そう答えたのはサリトリア・エリシオン(ea0479)だ。
「彼が存在する事が許されない子供だとしか」
「生きるのに誰かの許しがいるなんて、初めて知ったけれど」
 ステラ・デュナミス(eb2099)の言葉に棘が混じる。生命の重さを知る彼女には、あんな小さな子供が生命の危機にさらされている事が許せないのであろう。
「時には、ハーフエルフを匿う事もあります。この町では‥‥いえ、この一帯では、異端な者は忌み嫌われていますから」
「それは、どうして?」
 首を傾げたネフティス・ネト・アメン(ea2834)に修道女は口元を歪めた。
「災いをもたらすから、だそうです」
 沈黙が部屋に落ちる。
 彼女の言葉に込められていたのは、一言で表す事の出来ない重み。それは、この賑やかな港町に滞っている淀みなのだろうか。
「でも」
 重くなった雰囲気を吹き飛ばしたのは、コルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)の静かな決意に満ちた声であった。
「私は生きてはいけない命なんて、どこにもないと信じています。かつて、私が助けて貰ったように‥‥今度は私が彼を助けます。絶対に、彼を無事に逃がしてみせます」
 きっぱりと宣言したコルセスカに、どこか満足げな笑みを浮かべ、永萌は修道女に向き直った。
「それでは、具体的な話に入りましょうか。ブリジットさん」

●気概
 何を言っても名前すら教えてくれない少年に、2人は顔を見合わせて溜息をついた。
 一言も発しない子供が深く傷ついている事は感じ取れるから、あまり強くも出られない。
「なぁ、坊主。いきなり現れた俺達の事が信用出来ないってのは分かるが、いいか、俺達はお前の敵じゃない」
 わしわしと頭を撫でた京士郎の言葉に、ウォルも頷く。
「うん。キミは、無事にリーバまで連れてってやるから」
 屈託ない笑顔のウォルと、大きな温かい手で頭を撫でる京士郎とを見比べて、少年はすぐに顔を伏せてしまった。
「仕方がないな。でも、俺達がキミを守るって事だけは信じてくれよ。絶対の約‥‥束‥‥」
 そんな少年の様子にもめげず、ウォルが誓いを口にしたその時に、2人は扉から感じる圧力に動きを止めた。
―‥‥いる。なんか、いる‥‥
―う、うん。いるみたい‥‥
 そぉっと振り返れば、小さく開いた扉の隙間から覗く金色の髪。
―‥‥いた‥‥
 きぃと扉が軋む。
 粗末な木枠に手を添え、体半分を隠して何か言いたそうにこちらをじぃと見つめているのは、レジーナ・フォースター(ea2708)。
「よ‥‥よぉ、どうした?」
 ぎくしゃくとした動きで片手を上げた京士郎に、地の底から響いて来るような呟きが届く。
「きょーしろーさん、うぉるさん」
 彼女の背後にどろどろと淀んだモノが見えたのは気のせいだろうか? ゴシゴシと目を擦り、ウォルは顔の筋肉を総動員して笑顔を作った。
「そんな所に立ってないで、こっちに入ってくれば?」
「最近、アレクがヒュー様を隠すんですぅ」
 聞いちゃいねぇ。
 なんとか笑顔を維持させたものの、彼らの頭の中は疑問符だらけだ。
「アレクがどうしたって?」
 ここはひとつ大人の余裕をとばかりに、いち早く立ち直った京士郎が尋ねる。しかし、こめかみを伝った汗が、彼の内心の動揺を如実に現していた。
「ここしばらく、ヒュー様がどこを探してもいらっしゃらないんです。ギルドも酒場も桶も、全部全部探したのに‥‥」
「え? ヒューは実家に帰ったんじゃ‥‥」
 今回の依頼人であるアレクから荷車代やら樽代やらをせしめたウォルは、彼との会話を思い出した。残金が無くなったら、もうすぐ戻って来る従者に怒られるとかで、最初は断られたような気がする。
 何気なく漏らしたウォルは、直後、クエイクをくらったかのような衝撃に見舞われる事となった。
「なんで!? どうして!? アレクに愛想尽かしたの!? やっぱりあの2人、デキてたのねぇぇっ!?」
「わぁぁっ!? 落ち着け! レジーナ!」
 慌てた京士郎が助けに入ったものの、激しく揺さぶられたウォルのダメージは思った以上に大きい。気持ち悪そうに床に沈み込んだウォルは、背中を擦る小さな手に気付いて顔を上げた。
 心配そうに覗き込んで来る少年に、青ざめながらも笑いかける。
「ありがとな」
 少年の顔に安堵が浮かぶ。同時に、笑みも。
 気持ち悪さも忘れて、ウォルは少年の小さな頭に手を伸ばした。胸元に引き寄せてやると、彼の服を握り締め、肩を震わせ始める。
 何も言わず、少年の背をそっと撫でやった。
「父に言われた事があります」
 不意に伸ばされた手。
 泣きじゃくる少年の髪を一撫でし、レジーナは先ほどまでと同一人物かと疑うような凛とした声で告げた。
「半端である事が悲しいんじゃない、半端者だと囀る奴がいる世の中が哀しい‥‥と。あなたの今の境遇は、あなたの責任でも何でもない。ただ、強迫観念に駆られた愚かな者達が、あなたを疎んじただけ。だから、あなたは胸を張っていなさい。あなたは、決して1人じゃないでしょう?」
 物問いたそうな視線を向ける京士郎とウォルに、レジーナは苦笑を返した。
「さっき、ブリジットさんが話しているのを聞いたんです。さ、あなた! 男の子なんだから、シャキッとしなさい! 私の父はこうも言いました。『自分の天国に沈まず、地獄で浮かんでいろ』と。この意味が分かるようになったら、あなたも1人前です」
 泣き濡れた瞳でレジーナを見上げる少年に、京士郎とウォルは互いに見合い、笑みを漏らしたのだった。

●商隊
 隣りを歩くブリジットをちらりと見ると、ネティはサリに囁きかけた。
「ほんと、別人みたいよね」
「そうだな。‥‥ブリジット殿が騎士だったとは、昨日は思いもしなかった」
 軽く相槌を打つと、サリはブリジットへと話を振る。略装ながらも防具を身につけ、剣を佩いた姿は昨日のおっとりとした修道女姿からは想像も出来なかった。
「父が、サウザンプトン領主に仕えていたので。正確に言えば、私はまだ騎士ではない」
 なるほどと頷いたネティが、何かを思いついたかのようにぱんと手を叩く。好奇心と悪戯心に満ちた表情で、ブリジットの顔を覗き込む。
「昨日、聞くのを忘れてたんだけど、アレクとはどんな関係? もしかして恋人とかだったりする?」
 ワクワクと返事を待つネティに、ブリジットは盛大に顔を顰めてみせた。
「アレクと? 笑えない冗談はやめてくれ」
 本気で嫌そうなブリジットに、ネティは瞬きを繰り返す。サリは顔を背けて笑いを堪えている。アレク当人がいたらもっと大騒ぎになったろうなと思いつつも、ウォルは口に出さずに荷台に積んだ樽に手を置いた。口元が緩んでいる事にも気付かずに。
「そんな事よりも、守護騎士の動きはどうなんだ」
 我に返ったネティが、わたわたと懐を探って太陽を見た。彼女の問いに太陽は何と答えたのだろうか。それまで笑っていた者達も表情を引き締めて、ネティの言葉を待つ。
「もう少し行った所に巡回の騎士がいるみたいね」
 僅かに緊張した仲間達に、コルセスカは笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。街を抜ける時も、ちゃんと誤魔化せたじゃないですか」
 仲間と自分への信頼。揺らぐ事のない自信が心からの笑みを引き出し、彼女の笑みに冒険者達の肩から余分な力が抜けていく。
「そうね。巡回と言っても団体でやって来るわけではないのよね? なら、大丈夫だわ」
 刺繍が入った上着の襟元を緩めて、ステラは正面を見据えた。
 2つの騎影が、彼らに近づいて来たのはその直後だった。
「何を運んでいる?」
 当然のように尋ねて来た騎士に、ステラは満面の笑みを浮かべて腕を上げる。荷車を止めて、彼女は騎士の元へと歩み寄った。
「ご苦労様です。積み荷はエールや野菜ですわ」
 にこやかに笑うステラへ胡散臭げに鼻を鳴らし、騎士は馬を降りると乱暴に樽を開けた。
「エールです。氷を入れた樽で四方を囲む事で温度を下げ、いつでも冷たいエールを味わえるように致しております。一杯いかがですか?」
 淀みない永萌の説明に、ごくりと騎士の喉が鳴った。
「はい、どうぞ」
 タンカードにエールを満たし、ネティは愛想よく騎士へと差し出す。太陽の下で巡回を続けていた騎士達にとって、冷たいエールは何よりの誘惑だ。ふらふらと手を伸ばし、一気に飲み干す。
「いかがでしょう? 自慢の品ですのよ」
 トドメのようにステラに微笑まれては、騎士達もそれ以上の詮索は出来なかった。

●惑い
「さて、後は小舟を見つけるだけだな、お嬢さん」
 大きく腕を伸ばし、体を解した京士郎に、ブリジットは頷いた。
 街を出る時と、騎士と遭遇した時。危なかったのは、その2度きり。ほとんど危険らしい危険はなかった。
「そろそろ、外に出してあげませんか?」
 コルセスカの視線が荷台の樽に当てられる。道中、中に隠れている少年の事が気が気ではなかったのだ。
「ずっと樽の中でしたから、体も痛いでしょうし」
 周囲の様子を確認し、サリは永萌を振り返った。どうやら危険は無さそうだと判断して、永萌も了承を込めた笑みを浮かべる。
「京士郎さん、ウォルさん、彼を外に。ネティさんは、小舟を探して頂けますか?」
 ほっと安堵の表情を見せて、コルセスカが荷車へと駆け寄る。男2人の手で偽装の樽が取り除かれ、詰め込まれた野菜が放り出される。無造作に投げられた芋やキノコの類を掻き分け、コルセスカは手を差し出した。
「大丈夫ですか? 痛い所とかありませんか?」
 彼女の手を握り返した小さな手の温もりに、コルセスカは泣きそうになった。樽の中に閉じこめられた少年の不安を思うと、胸が痛い。
「お姉ちゃん‥‥お菓子、おいしかったよ」
 疲れは見えるものの、少年は笑っていた。コルセスカに向けて。
 目尻に浮かんだ涙を指で拭い、コルセスカは荷台に乗せてあった自分の荷物から小さな包みを取り出す。
「これ、お舟に乗った後の分です」
 少年が包みを受け取ろうとした時に、鋭い警告の声が上がった。
 離れて警戒していたレジーナだ。
 その向こうから、馬に跨った2人の騎士が近づいて来る。先ほどの騎士のようだ。
「つけられていたのか! ネティさん、舟は!?」
「あそこの岩場の陰!」
 走れない距離ではない。
 咄嗟に判断して、京士郎は走り出した。その後にウォルが続く。
「子供が1人増えているようだが?」
 騎馬の前に立ちはだかったステラに、騎士が尋ねる。馬首を巡らせたもう1人の足下に、永萌のアイスチャクラが突き刺さった。
「ご立派な騎士様が物盗りの真似事ですか? ああ‥‥誘拐かな」
 冷ややかな永萌の言葉に逆上したのは騎士だ。
「貴様ら、バンパネーラの小僧に味方する気か!?」
 放たれた一言に、冒険者達は動きを止めた。
「バンパネーラ?」
 ちらりと窺い見ると、ブリジットが視線を外す。
「そうだ。血を吸い、禍をもたらすバンパネーラの小僧だ。俺達は、あいつを探していたんだ!」
「そうですか‥‥。だから」
 昨夜、言葉を濁したんですね。
 途切れた永萌の言葉を読みとったのか、それとも騎士の言葉に憤ったのか。
 恐らく、両方だろう。
「違う! あの子もあの子の両親も人間だ! それを、お前達が!」
 激昂したブリジットの肩を押さえ、サリはステラと目配せし合うと、素早くワスプ・レイピアを抜き放ち、砂地を蹴る。
 騎士が反応するよりも、彼女のレイピアが馬の足を傷つける方が早い。
 音を立てて倒れた騎士を取り押さえ、縛り上げて永萌は立ち尽くすブリジットを見上げた。
「どうやら、色々と事情がありそうですね」

●船出
「これは船酔いに効果があるんだ。貰っておいてくれ」
 少年の手に船乗りのお守りを握らせ、京士郎は船縁を押して海の中へと入る。
「ここまでよく頑張ったな。これからも、負けるんじゃないぞ」
 励ましに頷いた少年へ片目を瞑ってみせると、ウォルはふと思い出したように声を上げた。
「そういや、名前! 最後に教えといてくれよ!」
 沖へと漕ぎ出していく小舟から身を乗り出して、少年が叫んだ。
「ウォルサム! ウォルだよ、お兄ちゃん!」
 顔を見合わせた京士郎とウォルはどちらからともなく笑い出す。
 その時、仲間達が戸惑いの中にある事を、彼らはまだ知らなかった‥‥。