愛を勝ち取れ!

ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート


担当:桜紫苑

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月29日〜09月03日

リプレイ公開日:2005年09月06日

●オープニング

●それは突然に
 キャメロットの大通りは、いつも人で溢れている。
 オクスフォード候の乱の折には、不安な顔をして足早に歩み去って行く者も多かったが、今は以前の通りに楽しげに笑い合い、立ち止まって長話をしている。平和が戻ったと実感する光景だ。
 そんな長閑な大通りの様子を眺めながらギルドへと向かっていた冒険者達は、人々の流れの中に1人の男を見つけて「あ」と声を上げた。
 長い金色の髪を無造作に束ねた旅装、手に持つのは竪琴。一見すると吟遊詩人のような出で立ちの青年を、彼らはよく見知っていた。
「おーい、トリスタ‥じゃない。トリ‥‥」
 こんな人混みで彼の本名を呼ぶとどんな騒ぎになるのか、冒険者は分かっていた。言い直しかけたその時、1人の娘が走りより、青年に抱きついた。
「うあっ!?」
「ぅきゃっ!?」
 思わず怪しげな奇声を上げてしまったのは冒険者だ。だが、
「この人よ! この人があたしの恋人なんだから!」
 娘が叫んだ次の言葉に、彼らは同時に絶叫する。
「「なんだ「ですってぇぇぇぇぇ!?」」」
 途中で重なった声に、冒険者達は振り返った。
 彼らの背後でワナワナと震えているのは1人の男。短く刈られた髪の色は茶色、がっしりと鍛え上げられた体と、精悍な顔つきの青年だ。
「そ、それ、本当なの? デイジー!?」
 上擦って、青年の声がひっくり返っている。しかも、何故だか彼の手は冒険者の肩を掴んで揺さぶっていたりする。
「本当よッ! あ、あたしが嘘を言うとでも思っているのッ!」
「信じない! 信じないわよ、そんな事! アタシが街を出る時に約束したじゃない! アタシが1人前になって戻って来たら結婚しましょうって。忘れたの? デイジー!」
「そんなの、とっくに忘れてるわよッ」
 きーっ、と青年は懐から取り出した手布を噛んだ。
 ド修羅場である。
 何故に、自分達は巻き込まれているのであろう。
 ついでに、青年が妙に女性っぽく感じるのは気のせいだろうか。
 冒険者達は、ゆさゆさと揺さぶられながら青い空を見上げた。
「言ったでしょ! レオの何倍も素敵な人だって! ほら、あたしの言う通りじゃない!」
 デイジーと呼ばれた娘は、トリスの腕を取り、青年に見せつけるように体を寄せる。トリスはと言えば、表情を変える事なく、腕にしがみついた娘を見ている。
「なによなによ! そんな女みたいな男ーーーっっっ!!」
「あんたには言われたくないわよッ!」
 くねくねと体をくねらせる青年に、娘が怒鳴りつけた。
 往来のド真ん中で始まった痴話喧嘩に、周囲の者達も興味をひかれたのか集まり始めている。これはまずいと冒険者は思った。
 巻き込まれているのか、当事者なのか判断がつかないが、約1名は間違いなく有名人である。ただでさえ目立つ容貌の彼の正体に気付く者が出て来ないとも限らない。
 頭の中で考えを巡らせ、冒険者は背後の青年と娘とを取りなすように声を掛けた。
「な、なぁ、こんな所で言い合ってたら、皆の邪魔に‥‥」
「いいわよ、分かったわよ! こうなったら、アンタ! デイジーを賭けてアタシと決闘しなさいよ!」
 のぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
 両手を頬に押し当て、冒険者達が再び絶叫する。
「ま‥‥待てッ! はやまるな!」
「‥‥いいだろう」
 あっさりと頷いたトリスに、今度は凍り付く。極寒の地で、体の節々が凍り付いた人間のように、不自然な動きで彼らはトリスを振り返った。
「ト・ト・ト‥‥トリスサン?」
「彼女を奪い返したくば、私に勝つ事だ」

●彼の決意
 その後、何がどうなったのか。居合わせた冒険者達はよく覚えてはいないと言う。気が付けば、彼らはレオと呼ばれた青年を伴ってギルドへとやって来ていた。
「冒険者の力を借りる必要なんてないわよ。あんな細い、女みたいな男、アタシ1人でも十分よ」
 無知って強い。
 がっくりと肩を落として、冒険者は首を振った。
 彼の正体をばらすわけにはいかないが、到底、この男が勝てる相手ではない。
「いや、あいつはあんたより‥‥」
「彼も冒険者なのよ」
 横合いから救いの手が差し伸べられた。誰かから事情を聞いたのだろう。彼らの卓につくと、女冒険者はレオに向かって諭すように話しかけた。
「だから弱そうに見えても体を鍛えているの」
「あら、アタシだって体は鍛えているわよ。これでも、一座の花形なのよ」
 一座、と繰り返した冒険者に、レオは自慢げに胸を張る。
「そう。知らない? テラックスって劇団なの」
 テラックス。確か、冒険物、勇者物、恋愛物、なんでもござれの男だけの劇団だ。勿論、捕らわれのお姫様も悲恋に流される薄幸の美少女も男が演じる。劇団名は「terror(恐怖)」から来ているともっぱらの評判で‥‥。
「あ、そうそう。今度の演目はオクスフォード候の乱でね、アタシ、アン王女役を頂いたのよ♪」
−‥‥泣くかな‥‥アン王女
−きっと泣くんじゃないか。さすがに‥‥
 先の乱で、兄王の為に冒険者達と共に戦った勇敢な王女の姿を思い出して、彼らは互いに顔を逸らし合う。
「それは置いといて。アタシ達は女役になった時の為に、普段から言葉遣いや仕草を女らしくするのね。それと同じで、男役になった時、女役を軽々と抱き上げなくちゃいけないから、常に体を鍛えているの。だから、大丈夫よ」
 全然大丈夫じゃありません。
 きっぱりと言い切って、女冒険者はレオに畳みかける。
「お芝居の稽古と実戦とでは違うのよ? 体を鍛えているだけじゃ駄目なの。いい? 決闘するという事は、トリスと戦うって事なのよ? 冒険者と戦うってどういう事か、本当に分かってる?」
 言葉に詰まったレオに、彼女は続けた。
「どうしてもトリスに勝ちたいなら、あたし達が特訓してあげる。武器の使い方から、トリス攻略の方法‥‥これは、ちょっと自信ないけど、でも、彼がどんな戦い方をするのか、偵察したり、模擬戦で分析したりぐらい出来るわ」
 女冒険者は、同意を求めるように仲間達を見回す。
「決闘してまで彼女を取り返したいレオを助けてあげましょう! ‥‥ところで、レオ、1つ聞いていいかしら?」
 首を傾げたレオに、彼女は躊躇いがちに続けた。
「あなたって、生まれる性別を間違えたって思っている人?」
「違いますっ!」

●彼女の嘆き
「レオは、幼なじみで‥‥男らしくて、いつも私を守ってくれました。彼の言う通り、結婚の約束もしてたんです。1人前の役者になるまで帰らないけど、戻ったら結婚しようって。なのに‥‥」
 酒場の片隅で、デイジーは声を詰まらせる。
「なのに、戻って来たレオは女の人みたいになってしまっていて!!」
 わっと泣き伏したデイジーに、トリスは小さく息を吐いた。
 オクスフォード候の乱が終息し、気ままな旅に出ようと思った途端にこれである。だが、このまま彼女を放り出す事など出来ない。
 レオという男も真剣だった。
 本気の戦いには本気をもって応えるべきであろう。だが、どうしたものか。
 思案しつつ、トリスはエールを口元に運んだ。
 温くなったエールは、気の抜けた味がした。

●今回の参加者

 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4825 ユウタ・ヒロセ(23歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0117 ヴルーロウ・ライヴェン(23歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●縺れた糸
「トリス‥‥殿、何も事態をややこしくなさらずとも‥‥」
 開口一番、思わず漏れた言葉にエスリン・マッカレル(ea9669)は慌てて口を押さえた。そんな事を言うつもりは更々なかったが、涼しい顔をしているトリスを見た途端、ぽろりと本音が零れ落ちたのだ。
 そろりとトリスを窺い見ると、言われた当の本人は全く気にしていない様子。
 ほっと安堵しながらも、エスリンの心に自身も理解し難い憤りが沸き起こって来る。
「デ‥‥デイジー殿はいずこにッ!?」
 苛立ちを誤魔化すように尋ねると、トリスの後からやって来た娘が驚いて素っ頓狂な声を上げた。突然、名を呼ばれてびっくりしたのだろうが、それにしても驚きすぎのような気がする。
 内心、首を傾げて、エスリンは彼女に笑いかけた。多少、取り繕った笑顔になったが仕方ない。
「すまないが、少々付き合って貰えるだろうか。貴女と話がしたい」
「あ、はい」
 素直に頷いたデイジーに、エスリンは痛ましそうな視線を向けた。だが、何も言わずに、柔らかな草の生えた斜面に腰を下ろした。エスリンの隣りに、デイジーもすとんと座り込む。
「ねーねー、デイジーちゃんがお話ししている間、僕に稽古をつけてよ、トリス君!」
 ぐいとトリスの袖を引いたのは、大人の葛藤など無縁のユウタ・ヒロセ(ea4825)。
 瞳を輝かせ、自分を見上げる少年に、トリスは小さく息を吐いた。
「‥‥いいだろう」
 わぁい、と無邪気に喜ぶユウタを前に、誰が気付いただろう。彼が、実はトリスの戦い方を偵察するという使命を受けてやって来た間者である事に。
「んじゃ、行っくよー♪」
 が、しかし。
 練習用の木剣をぶんぶんと振り回し、トリスを急かす姿は非常に楽しそうだ。
―‥‥あれは役目を忘れているな‥‥間違いなく
 ふふ、と遠くを見る目をして笑ったエスリンに、デイジーが首を傾げる。
―私まで役目を忘れてどうする
 咳払いを1つ。エスリンはデイジーへと向き直った。
「デイジー殿。レオ殿とトリス殿が決闘する前に、貴女にお聞きしたい事がある」
「何でしょう?」
 真正面に見たデイジーの目の下に大隈が居座っている。あの時、通りでレオと言い争っていた彼女とは別人のように生気がない。
 かん、と乾いた音がした。
 ユウタが渾身の力を込めて打ち込んだ剣を、トリスが軽く弾き返したのだ。
「ユウタ殿は子供ゆえ、大人程の威力はもたない。だが、彼も実戦を幾つも経験して来た1人前の冒険者だ。その打ち込みをああまで簡単に弾くとは」
 分かっていた事だが、改めて知る。荒事など無縁に見える彼が、本当は国有数の騎士であることを。
「デイジー殿」
「はい?」
 彼女の言葉を待っていたデイジーに視線を戻し、エスリンは表情を改めた。
「トリス殿は強い‥‥。確実にレオ殿は負け、貴女を諦めることになる」
 デイジーの顔が強張る。
 硬いエスリンの声が冗談でも脅しでもないと言外に告げていた。
「レオは‥‥勝てないんですか」
「勝てません。トリス殿と戦って勝てる相手など、私が知る限り、そう多くはない」
 彼が忠誠を誓った御方と、彼と同じ場に名を連ねる者達ぐらい‥‥とは、さすがに言えやしないが。エスリンは、青ざめたデイジーの顔を覗き込んだ。
「本当に、それでいいのか? 貴女は、本気で彼を諦めるおつもりか?」
 尋ねたエスリンに口を開きかけて、止める。
 弱々しく振られた首は、彼女の心の現れか。
 けれど、思い悩むデイジーの追い詰められた表情に、エスリンはそれ以上尋ねる言葉を持たなかった。

●力無くば‥‥
 人気のない広場に、荒い息遣いが響く。
 ややあって、息1つも乱してはいない厳しい声が飛ぶ。
「もう降参か!」
 苦しげな喘鳴を漏らしていた男は、ぶんと頭を打ち振った。
「そ‥‥んな、わけ‥‥ないでしょ!」
「当然だよな!」
 必死に息を整えている所に、容赦ない一撃が浴びせかけられる。咄嗟に身を躱したものの、足が縺れてバランスを崩し、男は石畳の上に倒れ込んでしまった。
「体勢を崩したなら、すぐに立て直せ! 相手がその隙を見逃してくれると思うか!?」
 すぐさま飛んで来た怒声に、よろけながらも立ち上がる。
 その様子を見て、ヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)は、ふんと鼻を鳴らした。根性と体力は認めてやってもいい、と。
 彼、女言葉で喋る役者のレオは、最初は頑として冒険者の手助けを拒んでいた。
 少し力を込めれば腕の1本や2本、簡単に折れそうな優男を相手にするのに、冒険者の力を借りるまでもないと鼻息も荒く意気込んでいたのだ。
 しかし、今、彼は‥‥。
 木剣を手にしたまま、腕を組んで見下ろして来る男を悔しげに睨みつけると、レオは剣の柄を握り締めた。舞台稽古で剣はよく使うし、少しばかり自信があったのだ。
 客も、仲間達も彼の剣技には華があると、真に迫ると誉めてくれていたから。だが、目の前の男には全く通用しなかった。
 青を基調とした衣装を纏い、「旋律のヴルー」と名乗った男には。
 剣を構える様子も見せないヴルーに、レオは立ち上がりざま、斬りかかった。腕を組んだ状態のヴルーが剣を構えるまでの時間がレオに与えられた好機、そう判断したのだ。
 が、彼は再び石畳の上に倒れ伏すこととなった。
 何が起きたのか、瞬時には判断出来なかった。気が付くと、彼の眼前には木剣の切っ先が突きつけられていた。
「どうした! これが精一杯か? お前、俺の事もアイツと同じひょろっとした兄ちゃんだと思っていたんじゃないのか!」
 怒鳴りつけられて、レオは言葉に詰まった。
 確かに、言った。
 自分より細い腕をした青年に剣を教わらなくても、あのトリスという男と戦えると思ったのだ。それがどうだ。レオは何度も地面に叩き付けられて、肩で息をせねばならぬほど。かたや、ヴルーは汗を掻きこそすれ、余裕の表情を浮かべたままである。
「アンタなんかにっ!」
 怒りに任せて、レオは剣を突きだした。これが練習であることは、頭から消え失せていた。本気で、ヴルーの胸を刺し貫くつもりだった。
「そんな剣じゃ、アイツには勝てないぞ」
 至近距離からの攻撃にも動じず、ヴルーはふわりと身体を反転させる。空を切った剣に、勢い余ってレオは蹈鞴を踏んだ。
「いいか。これが現実だ。お前の剣は俺を掠める事もしない。直接剣を交えた事はないが、アイツは強い。俺に一撃も入れられないお前には勝ち目はない」
 血が滲む程に唇を噛み締めたレオに、ヴルーは口元を僅かばかり引き上げた。
「お前はアイツに勝ちたいか。勝って、デイジーを取り戻す覚悟はあるか」
「当たり前でしょ!」
 レオの鼻先を、銀色の髪が掠める。はっと顔を上げれば、ヴルーはすたすたと歩み去っていた。
「ちょ‥‥ちょっとアンタ!」
 広場の隅に用意していた水筒に口を当て、喉を潤しているヴルーに代わり、それまで黙って彼らの様子を眺めていた広瀬和政(ea4127)がすらりと太刀を抜き放つ。
「次は私が相手だ」
 広瀬から感じたのは、ヴルーとは違う気迫。それは、殺気にも似ていた。
「憎い敵だと思い、掛かってくるがいい!」
 気迫に圧されて、レオは後退る。そこへ飛ぶのは水筒を片手に汗を拭っていたヴルーの叱咤。
「怖じるな! 戦場では怖じ気づいた時点で負けだぞ!」
 鋭い刃の一撃に、彼の髪が数本、宙に舞った。レオの背筋に冷たい汗が伝う。
「貴様の女を想う気持ちはその程度か!」
 次々と繰り出される剣撃を躱すのが精一杯だ。
 いや、とレオは混乱した頭で考えた。
 躱しているのではない、ギリギリ避けられるように手加減して貰っているのだ。
 力の差は歴然としていた。
 ヴルーと、そして広瀬と剣を交えてみて、ようやく気付いた。彼らと自分では、差がありすぎる。
 剣圧を受けかねて後ろへと倒れ込み、拳を地面を打ち付けるレオを、広瀬は冷たく見下ろした。
「そんな動きでは女を渡すわけにはいかんぞ!」
「アタシがアンタ達に敵わないのはよく分かったわよ!」
 自棄を起こしたように、レオが喚く。
 広瀬の眉間に皺が寄った。
「ほう? では、あの女を諦めるのか」
 悔しげに歪んだ顔を広瀬に向けると、レオは視線を忙しなく動かした。まるで歯が立たないこの2人をして強いと言わしめる相手と戦って勝てるとは思わない。けれど、彼女を諦めたくもない。
 そんな逡巡が伝わってくるようだった。
「‥‥貴様はテラックスとやらの役者だったな」
 不意に、広瀬が呟く。
「貴様は愛する者の為に戦いに挑む戦士。そうイメージしろ」
 ばさりとマントを翻し、目を見開いたレオに背を向ける。
「花形役者ならば、そのくらい訳はあるまい」
 静かに歩み去っていく広瀬の後ろ姿を、レオはいつまでも見送っていた。
「‥‥ノリノリだな‥‥広瀬‥‥」
 呟くヴルーの声も聞こえぬかのように。

●誇りを胸に
 キャメロットの教会から時を告げる鐘が聞こえて来る。
 約束の時間だ。
 決闘の場所と指定された野原に、トリスは静かに佇んでいた。彼の表情に緊張や気負いなどは見受けられない。憎らしい程に落ち着き払ったトリスの様子に落ち着かないのは、立ち会う冒険者達だ。
「レオ君、まだ来ないね。どうしたんだろ」
 そわそわと周囲を見回すユウタの頭に手を置いて、ヴルーは声に力を込めた。
「心配するな。アイツは必ず来る。必ずな」
 でも、と言い淀んで、ユウタは真っ青な顔をしたデイジーを見た。傍らでエスリンが何事かを話しかけているが、顔色は悪くなるばかりのようだ。
「大人しくしていろ、ユウタ。あの男は‥‥」
 広瀬が言いかけたその時に、
「待たせたわねっ」
 凛とした声が響き渡った。
 会心の笑みを浮かべ、そちらを見たヴルーが顎が落ちる程にあんぐりと口を開けた。
 同時に顔を上げたエスリンとデイジーも唖然としている。
「おお、勇敢なる戦士達よ! いざ、我と共に命をかけて戦わん!」
 太陽を背に、勇ましく立つのは鎧姿の戦士。長い髪を1つに束ね、薄化粧の施されたその姿は、つい先日、冒険者達と共に戦った兄思いの某王女を彷彿とさせ‥‥。
「デイジー! これが今のアタシ、劇団テラックスの花形、レオよ!」
「わぁっ! すごーい!! 格好いいよ、レオ君!!」
 大見得をきったレオに、ユウタが素直に手を叩き、賛辞を述べる。だが、大人達の反応はまるっきり反対であった。
「‥‥そー来たか」
 ヴルーは、青筋を浮かべて苦虫を噛み潰したような顔をしている広瀬を見る。昨日の彼の言葉が、別の意味でレオのやる気を増大させたのは間違いない。
 ちらりとトリスを見れば、さすがの彼も驚いたらしく、目を見開いたままで固まっている。
「気持ちは分かるぜ、トリス‥‥」
 もしも、ごつい男が知人の女性に扮して現れたら、自分も同じ反応を返しただろうから。
 深く同情して、ヴルーは腕を組んで何度も頷いた。
「デ‥‥デイジー殿、お気を確かに!」
 ふらりと立ちくらみを起こしたデイジーをエスリンが支える。そこへ、レオの声が降る。
「デイジー、アタシは、花形になったの。1人前の役者になったのよ! それを今、アナタの前で証明してあげるわ! 見てらっしゃい。アタシは勇敢なるお姫様。愛する者の為に戦いに挑むのよ!」
「‥‥違う。何かが違う‥‥」
 ずきずきと痛み出したこめかみを押さえて、エスリンは頭を振った。
 呆気にとられている冒険者など、最早、レオの目には映ってはいなかった。彼の視線の先には、愛する者を奪う敵の姿しかない。
「でぇぇぇやぁぁぁっ!」
 気合いを込め、木剣を振り上げて飛び掛かって来たレオを、トリスは溜息をついて躱した。すかさず、レオは剣をなぎ払う。ヴルーと広瀬の特訓の成果か、剣撃は鋭さを増している。
 木と木がぶつかり合う重い音が響いた。
 レオの剣を受けたトリスが、素早く手首を返す。
「あ!」
 柄を握り直すも間に合わない。あっという間に、レオの木剣は弾き飛ばされた。剣の行方を追ったレオの目が、敵から逸れた時、勝負は決していた。
 表情も変えずに、その喉元へと剣先を突きつけようとしたトリスに、デイジーはエスリンの手を払い、駆け出す。
「やめてー!」
 にやりと笑んで、ヴルーは片手を上げた。
「そこまで! 勝負あった!」

●愛の勝利
「ごめんね、レオ。レオはレオなのに、あたし‥‥」
「ううん、いいのよ、デイジー。アタシの方こそごめんなさい」
 互いに手を取り合い、見つめ合うデイジーとレオ。2人の間にあった蟠りは霧散したようだ。
「これで丸く収まったな」
 トリスの肩を叩き、労ったヴルーの言葉に頷くと、エスリンは突然に顔を伏せた。
「? どうした? エスリン」
 怪訝そうに尋ねたヴルーは、次の瞬間、ぎょっとして動きを止める。
「と‥‥ところで、トリス殿。決闘に勝った場合、本当にデイジー殿を‥‥その‥‥こっ恋人に‥‥」
 伏せた表情は分からなかったが、エスリンの耳も首筋も、赤く染まっていたのだ。込み入った事を尋ねるのが気恥ずかしいのかと穏便な解釈を選択したヴルーの耳に、次なる暴言が飛び込んで来る。
「トリス君! やっぱりトリス君は皆が言うように女たらしだったんだね!?」
 息子の突然の爆弾発言に、トリスの隣にいた広瀬の顔から血の気が引いた。父の動揺に気付かぬまま、純粋天然少年の追撃はなおも続く。
「でも大丈夫だよ! 若い時の修羅場は買ってでもしろってお母さんが‥‥わわっ!?」
 きらきらと目を輝かせ、トリスを見上げていたユウタの身体が宙に浮いた。
 猫の子を摘み上げるようにその襟首を掴んだトリスが、無邪気な少年を父親に返品する。
「‥‥貴殿も、いろいろとあったのだな」
「ユ〜ウ〜タ〜」
 小脇に抱えた息子の頭を拳骨でぐりぐりする広瀬からデイジーとレオに視線を移すと、ヴルーは吐息を吐き出した。
「やっぱり愛ってのはいいよなぁ。‥‥俺も会いたくなってきたぜ」
 誰に、とは問わない。
 まだ赤い顔のほてりを手で押さえて鎮めながら、エスリンも傍らの親子喧嘩に背を向けて頷いた。
「‥‥素直に受け入れられない光景ではあるがな」
 せめてレオが普通の格好ならば、と声には出さず、彼らはしっかと抱き合うデイジーとレオを生暖かく見守ったのであった。

●コミックリプレイ

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