【聖人探索】ウィンチェスターの聖女
|
■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:7〜11lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月05日〜09月11日
リプレイ公開日:2005年09月13日
|
●オープニング
●発端
――それはオクスフォード候の乱の開戦前まで遡る。
「王、ご報告が」
メレアガンス候との戦端が開かれる直前のアーサー王を、宮廷図書館長エリファス・ウッドマンが呼び止めた。
軍議などで多忙のただ中にあるアーサー王への報告。火急を要し、且つ重要な内容だと踏んだアーサーは、人払いをして彼を自室へと招いた。
「聖杯に関する文献調査の結果が盗まれただと!?」
「王妃様の誘拐未遂と同時期に‥‥確認したところ、盗まれたのは解読の終わった『聖人』と『聖壁』の所在の部分で、全てではありません」
エリファスはメイドンカースルで円卓の騎士と冒険者達が手に入れた石版の欠片やスクロール片の解読を進めており、もうすぐ全ての解読が終わるというところだった。
「二度に渡るグィネヴィアの誘拐未遂は、私達の目を引き付ける囮だったという事か‥‥」
「一概にそうとは言い切れませんが、王妃様の誘拐を知っており、それに乗じたのは事実です。他のものに一切手を付けていないところを見ると、メレアガンス候の手の者ではなく専門家の仕業でしょう」
「メレアガンス候の裏に控えるモルゴースの手の者の仕業という事か‥‥」
しかし、メレアガンス候との開戦が間近に迫った今、アーサーは円卓の騎士を調査に割く事ができず、エリファスには引き続き文献の解読を進め、キャメロット城の警備を強化する手段しか講じられなかった。
――そして、メレアガンス候をその手で処刑し、オクスフォードの街を取り戻した今、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。
●来訪者
気怠い午後のこと。
依頼を受けて出ていく者、依頼の報告に戻って来た者と、いつもと変わらぬ喧騒がギルドを満たしていた。知らぬ者には慌しく、けれど慣れた者には普段通りの変わらぬ午後に、彼女はやって来た。
「ねえ! ここってギルドよねっ!?」
そんな声と共に、ばんっと開けられたドアが勢い余って跳ね返り、声の主を直撃する。
「おい。生きてるか?」
額を押さえてしゃがみ込んだ娘へ、近くにいた冒険者が気遣わしそうに声をかけた。
と、すっと伸びた手が、冒険者の襟首を掴む。
「ここって冒険者ギルドよねっ!? あってるわよねっ!?」
額にこぶを作り、涙目になった娘の勢いに圧されて、冒険者はこくこくと頷いた。途端に、娘の体から力が抜ける。心細い子猫が鳴くような声でしゃくりを上げ始めた娘に、慌てたのは冒険者だ。
いつのまにか、周囲に人が集まって来ている。
これでは、まるで自分が泣かせたみたいではないか。
「なんだ? 一体」
声を掛けてしまったのが不運なのか!? 不運なのか、自分ッ!
激しく自問自答しながら、冒険者は手布でべそをかく娘の顔を拭いてやった。
「ほら、もう泣くなよ。ギルドに用があったんだろ?」
はっと、娘は顔を上げた。
再び、冒険者の襟に手が伸びる。
「そーよ! そうだったのよ! モニカ様を助けてーーッ!!!」
ゆさゆさと揺さぶられ、耳元で甲高い声で叫ばれて、冒険者はこめかみに指を押し当てた。
―‥‥やっぱ、声掛けたのがマズかったんだろうなァ‥‥
●聖人探索
アンジェリカと名乗った娘の話によると、ウィンチェスターで聖女と呼ばれている修道女を何者かが襲ったという。修道女の機転で、彼女だけは逃れる事が出来たらしいのだが‥‥。
「で、襲って来たのはどんな奴だったんだ?」
「死ぬ程混乱してる時に、そんなの見てるわけないでしよ! あたし、素人よッ」
ごもっとも。
乾いた笑いで応えた冒険者達の前で、アンジェリカはしゅんと萎れた。
「あたし、一緒に逃げましょうって言ったの。でも、王に庇護を求めなさいって、そうすれば皆が助かるんだって言われて‥‥」
眦に盛り上がった透明な玉が、今にも零れ落ちそうだ。娘の心情を思い、冒険者達は互いの顔を見合わせた。
「それで、キャメロットまで来たんだな。お前、よく頑張ったぞ」
慰めようと、娘の頭に伸ばした手がすかっと気持ちよく宙を切った。
「それがね、キャメロットに来たのはいいけど、あたしが王に謁見出来るはずもなかったのよ。ちょっと考えれば分かることだったんだけど、かーなーり、混乱していたみたい」
てへっと、アンジェリカは舌を出して照れた様子を見せる。ころころとよく表情を変える娘だ。
「でも、冒険者ギルドがある事を思い出して、ここまで来たのよ」
すかって前のめりになり、そのまま倒れこんだ仲間に哀れみの視線を投げると、女冒険者はアンジェリカに尋ねた。
「モニカが何故襲われたのか、心当たりはある?」
「全く無いわ。モニカ様は、そりゃあ優しくて、優雅で、何でも出来て、しかも美人さんで、誰からも好かれていた聖女様なのよ〜」
修道女の姿を頭に思い浮かべているのだろうか。ほややんと幸せそうなアンジェリカに、冒険者達が苦笑しかけたその時。
「聖女だと?」
背後から聞こえた声に、冒険者はぎくりと体を強張らせた。聞き覚えのある声。しかし、急に振り向いてはいけない。心の準備をして、ゆっくりと振り返る。
「‥‥トリス、タン殿」
銀の鎧に深紅のマント。円卓の騎士として現れた彼に、冒険者は礼を失しない程度に空いた間を取り繕い、ついでに敬称もつけた。正装であっても無くても、彼が綺羅綺羅しいのは変わらない。油断していると、そのキラキラが刺さるらしいから要注意だ。
「どうやら、我々は先を越されたらしいな」
怪訝そうに尋ね返そうとした冒険者を手で制し、トリスタンは書きかけの依頼状を取り上げた。
「この依頼は私が出す」
言うや否や、彼は手早く依頼状を完成させ、最後に己の名を署名した。
「ちょっ、何よアンタ、いきなり!」
トリスタンに掴みかからんとするアンジェリカを押し留め、冒険者も疑問混じりの視線を彼に投げる。
「聖杯に繋がる手掛かりを持つ聖人を捜し出せという王の勅命だ」
「その修道女が、聖人だと?」
わからんと首を振り、トリスタンは娘に向き直った。
「お前も、モニカとやらを早く助け出せる方がよかろう?」
冒険者はアンジェリカと顔を見合わせる。
「王より馬車の使用が許可されている。1日は短縮出来るだろう。どうする?」
「乗った!」
返った即答に、苦笑と共に体の力を抜きかけた冒険者は、続くアンジェリカの言葉に、またもや焦ることとなった。
「ただし、あたしも連れていく事! じゃなきゃ、譲れないわ。あんた達も、ウィンチェスターに詳しい者がいた方が何かと便利でしょ!」
高い位置にあるトリスタンの顔を睨みつけて、アンジェリカが宣言する。一歩も退く気はないようだ。
「‥‥いいだろう」
これにはトリスタンも折れるしかないか。
「お疲れサン」
労いを込めて肩を叩いた冒険者に、トリスタンは呟いた。
「おかしいとは思わないか」
聞きなおした冒険者に向けて、彼は小声で続ける。
「何故、修道女は王の庇護を求めろと言ったのか。彼女を逃がすだけならば、王でなくともよかったはずだ」
「襲ってきたのが聖杯の手がかりを狙っている奴らと知ったからじゃないのか」
返ったのは否定。
「相手を確かめる暇もなく、とあの娘は言った。修道女も相手の目的を知らなかったと考えるのが妥当だろう」
「だったら、何故?」
その問いに応えず、トリスタンは目を細めた。ほんの少し、面白がっているような表情に見えたのは彼の見間違いではないようだった。
●リプレイ本文
●聖人の噂
ウィンチェスターに到着する直前、トリスタンが彼らと別れた理由はすぐに分かった。
が、それにしても、とアルヴィン・アトウッド(ea5541)は思う。
「目立ち過ぎだ」
眉間に皺を寄せたアルヴィンに、ステラ・デュナミス(eb2099)は大騒ぎする人々に囲まれた馬上の騎士を横目に見て苦笑する。
「動きやすくなるから、いいんじゃないの?」
興奮した人々が口にするのは、トリスタンがウィンチェスターにやって来た理由だ。いわく、アーサー王の命で「聖人」を探していると。
「この街に聖人がいたなんて、知らなかったぜ」
「聖人ってぐらいだからなぁ。俺が思うに、例えば聖堂の‥‥」
口々に交わされる会話の中に、様々な情報が溢れている。いちいち尋ねて回らずとも、自然に彼らの耳に入ってくる。あとは、玉石混淆の情報の中から必要なものを選り分け、信憑性のあるものに調査を絞ればいい。
街の人々が噂をしているのだから、彼ら、冒険者が「聖女」について調べても、さほど目立つまい。何食わぬ顔をして、聖人話に盛り上がる輪に加わればいいのだ。
「皆との待ち合わせまで、まだ時間があるけど、あなたはどうするの?」
「自警団に行こうと思う。モニカを襲撃した者に関して、何か情報があるかもしれない」
ステラの眉が上がる。
モニカを襲った者がこの街に留まっているとは考えにくい。そう考える彼女にとっても、襲撃者の情報は気になるところだ。
「犯人がウィンチェスターの人だったとすると、情報は出て来ないかもしれないわよ? あ、でも」
ステラは人で溢れた通りを眺めた。
「紛れ込むのも簡単よね」
ウィンチェスターは古い街である。それなりに大きく、また立派な聖堂もある。商いに訪れた者や巡礼、物見遊山の旅行者と、人の出入りも激しい。
「小さな手がかりが1つでもあれば、そこから追える」
自信をちらりと覗かせ、人混みに紛れていくアルヴィンの背を見送りつつ、ステラは焼き菓子の匂いに、ふらふらと引き寄せられている遊士天狼(ea3385)の襟首を掴んだ。
「じゃあ、私達は私達で調べましょうか。ねぇ、天くん?」
目で必死に訴えかけてくる天を引きずって、アルヴィンと逆方向へと歩き出す。
「お仕事に一段落ついたら、お菓子、一緒に食べましょうね」
途端に、目を輝かせた天に微笑みかけると、ステラは素早く頭を切り換えたのだった。
●修道院
アンジェリカがモニカと共に暮らしていた修道院は、聖堂の近くにあった。小さいが、それなりに風格のある女子修道院である。
どうしても確かめたいと言うアンジェリカを連れて、真幌葉京士郎(ea3190)とヴォルフガング・リヒトホーフェン(ea3143)は事件の現場となった修道院を訪れていた。
「人1人連れ攫われたと言うのに、やけに静かだな」
中から聞こえて来るのは、祈りの言葉と神への讃美。ヴォルフは京士郎と顔を見合わせた。
「俗世から離れているとはいえ、おかしくはないか?」
感じた違和感に目を細め、ヴォルフは修道院を見つめた。
「ねぇ、おかしいの」
アンジェの傍らにぴったりと付き添っていたネフティス・ネト・アメン(ea2834)が2人のもとへとやって来ると、そう囁いた。
「おかしいって何が?」
栗花落永萌(ea4200)が注意深く周囲の気配を探っている様子に、彼ではなくネティが異変を伝えに来た意味を考える。
「アンジェがね、知っている人が誰もいないって言うの」
早口で告げるネティの顔が青い。
「知っている人がいない? だが、彼女はここで暮らしていたんだろう?」
尋ねた京士郎に、ネティは頷き、そして頭を振った。
「けど、誰も知らないって言うの!」
同じ頃、宿に戻ったサリトリア・エリシオン(ea0479)は、トリスタンと向かい合っていた。
「街では大層噂になっておられたようだな」
苦笑いを口元に浮かべて、サリは表情に乏しい男の顔を真正面に見る。
「かの聖女がいなくなった事に、街の誰もが気付いていない。モニカ殿らしき女性を見かけたという者もいない」
彼女が何を言わんとしているのか、彼も気付いたようだ。僅かに眉が寄る。
「モニカ殿の不在が伏せられている。何者かに」
いつの間にか、サリは拳を握っていた。気付いて、ゆっくりと手を開く。
「我が母なる神に祈りを捧げる神聖な場が、賊に利用されている可能性が高い。そのような神を恐れぬ所業は許してはおけない」
「‥‥修道院には誰が行っている?」
抑揚のない声で問われて、サリは同行した仲間とアンジェの名を告げた。
「修道院の状況は、そのうち彼らが携えて戻るだろう。‥‥トリスタン殿」
呼ばれて、何事かを考え込んでいた男が顔をあげる。
「まずはモニカ殿を救い出さねばならない。彼女が真の聖人であるかどうかは、その後の話。それで宜しいか?」
彼の答えを確かに聞いて、サリは踵を返した。
事態は緊急を要する。トリスタンが聖人を訪ねてやって来たという話は、賊にも伝わっているだろう。彼らが動くとしたら、今夜だ。
仲間が集めた情報を基に、早急に作戦を練る必要があった。
●覆い隠された真実
自警団を訪ねたアルヴィンは、モニカ襲撃から今日までウィンチェスターで起きた事件について簡単に報告した。酔っぱらいの喧嘩にスリと、人が多いと事件も多い。しかし、大きな事件は何も起きてはいない。
ステラと天の調査も、アルヴィンと同様の結果に終わったようだ。
「徹底しているわね。でも、修道院の中がまるごと入れ替わっているなら、考えられる事だわ」
ステラの呟きに、部屋に集った者達が頷く。
街の人々との繋がりが深い修道院も、修道女達の出入りが全くないわけではない。別の修道院へ出かけた、病で寝込んだ‥‥修道女達の不在など、いくらでも誤魔化せる。
「モニカ以外の修道女も人質になっている可能性がある。やはり騒ぎを起こすのは危険だろう」
アルヴィンに反論したのは、サリであった。
「間近で戦闘が起きれば、それこそ危険が及ぶ。敵の目を我らに引きつけ、その間にモニカ殿を助け出せばいい」
「しかし、敵が何人いるかわからんだろう」
より安全にモニカ達を救い出す為に議論を交わす仲間から視線を外すと、京士郎は部屋の隅で膝を抱えているアンジェの元へと歩み寄り、その隣に腰を下ろした。
「そんな辛そうな顔してると、運が逃げちまうぞ?」
モニカを救い出す為に冒険者と共にウィンチェスターに戻って来てみれば、「家」である修道院がまるごと別のものになっていたのだ。彼女が受けた衝撃はいかほどのものか。
応えず、顔を伏せたアンジェに、京士郎は「それにしても」と灯りの届かぬ天井を見上げた。
「聖人か。王は10人の話を同時に聞く耳を所望されるのかな」
「‥‥なんですか、それは」
落ち込みに好奇心が勝ったようだ。膝に埋めていた顔が京士郎に向く。
「1回で10人の謁見が済む。となると、今までの10倍の仕事が出来るな」
「‥‥王様が過労死するって」
くすくすと笑い出したアンジェに、京士郎も笑むと、大きな手を彼女の頭に乗せた。
「俺達が必ず救い出す。安心しな」
彼女の頭が小さく揺れる。
もう一言、言葉を贈ろうと口を開きかけて、京士郎は不意に聞こえて来た怪音に動きを止めた。例えるならば、猫が発する威嚇音を間延びさせたような、そんな音だ。
「‥‥天‥‥」
いつの間にか彼らの隣にやって来ていた天が、手を止める。
「戦いに、備えてるのか? って、なんだそれ」
今まで、遭遇した事のない光景である。
戦闘を前にして、天が得物(?)を磨いている‥‥。呆然として尋ねた京士郎に、天はにこぱっと笑った。
「とと様が言ってたの。『嘘付いたら手裏剣100個のーます』って。だから、手裏剣の代わり、準備してりゅの」
ほほう?
天の手元を覗き込んだ京士郎は顎に手を当てた。そのこめかみに冷たい汗が伝う。
「これを100個飲まされたら、一生嘘をつくなんて考えなくなるだろうな」
天の前では決して嘘はつくまい。
京士郎はそう心に誓った。
●突入
ネティがテレスコープで確認した結果、アンジェがモニカと暮らしていた宿房の棟に、何人か見張りがいるようだ。恐らく、モニカ達はそこに捕らわれているのだろう。
分かった、とサリは頷き、ヴォルフと天に合図を送る。
彼らが音も立てずに壁を乗り越えたのを確認して、サリは永萌と視線を交わした。ステラとアルヴィンもそれぞれに動き出している。
「ここを動かないで下さいね」
顔を強張らせているアンジェに念を押すと、永萌は息を吐いた。手の中に握り込んだ武具を再度確かめて立ち上がる。
「トリスタン様と騎士の皆さんが周囲を固めてくれています。何かあったら、彼らに助けを求めること」
宿に残るのはどうしても嫌だと言い張ったアンジェを仕方なく連れて来たものの、ここに置いておくのは心配だ。ネティがついているから最悪の事態は免れるだろうが、それでも永萌に不安が残る。
「‥‥我々も行こう」
サリの声にも緊張が混ざっている。
打ち合わせ通りに事が進んでいるならば、そろそろ潜入したヴォルフと天が宿房に辿りつく頃だ。すぅと息を吸い込んで、サリは駆けだした。
閉ざされた扉を蹴破り、中へと雪崩れ込む。
きゃあと女の悲鳴があがる。同時に、乱暴な男の怒鳴り声が聞こえた。
薄暗い礼拝堂の様子を素早く確認して、サリは襲いかかって来る男の剣をガディスシールドで受ける。直後、レイピアが閃き、男はくぐもった声を洩らして倒れ込んだ。
「てめぇ!」
剣を構え、突進してくる別の男が唐突に倒れる。男の足下を掬った氷の円盤を放った永萌が、鋭い声で隅に固まった修道女達を牽制した。
「怪我をしたくなければ、そこから動かない事です。よろしいですか? 我々は3人だけではありません。それがどういう事かお分かりですね?」
その言葉は嘘ではないが、真実でもない。
彼らの仲間達は、別の場所でそれぞれに動いているのだから。
「‥‥天が聞いたら、おおいに悩みそうだ」
大人ってズルイ。深い溜息と共に呟かれた京士郎の言葉が、静かになった礼拝堂に空しく響いた。
正面から攻め込まれ、浮き足だったのは修道院の中にたむろしていた男達だ。たった3人に仲間が倒されている。このままでは、自分達も危ないと判断して、彼らは我先に裏口へと走った。しかし。
「仲間を見捨てるつもりか?」
目に見えない刃が、彼らに襲いかかった。苦鳴をあげて転がる仲間の姿に、彼らは混乱の極致に達した。彼らの目に映っているのは、裏口の扉だけ。見えぬ刃を放った者が近くにいるという事も、敵が潜んでいるかもしれないと考える余裕も失って、扉へと殺到する。
開いた扉の向こうには、静かなウィンチェスターの街並みが広がっていた。
安堵した彼らは、そこに至ってようやく、扉の前に佇む影に気付いた。
「だ‥‥誰だ!?」
「いきなり襲撃なんて、レディの扱い方がなっていないわね。あなた達には、礼儀というものを知って貰いましょうか」
若い女性の声だ。
怪訝に思う間もなく、彼らの頭上に大量の水が降り注いだ。たかが水、されど水。一気に落ちて来た水の固まりに、彼らは押し潰された蛙のように地面に張り付いたのだった。
「まずは、頭を下げる事からね」
「‥‥少し手加減しろ」
笑み含んだステラの言葉に、陰から姿を現したアルヴィンが額を押さえた。彼の衣服も、ステラの躾の余波でびしょ濡れだ。
「あら。これぐらいで丁度いいのよ」
やれやれと肩を竦めて、アルヴィンは気絶した男達を乱暴に転がした。
「‥‥その辺りにいるゴロツキと変わらないようだが‥‥。まあ、いい。とりあえず、こいつらの処分はトリスタンに任せよう」
駆け寄って来る騎士の姿を見ながら、彼はそうひとりごちた。
●モニカ
宿房は静まり返っていた。
見張りは、春花の術で眠り込んでいる。
「それは本当ですか?」
ヴォルフの声に、彼女は小さく、だがはっきりと頷いた。年の頃はヴォルフと変わらぬぐらいか。上品な顔立ちと柔らかな物腰は、道中、アンジェが自慢しまくったとおりである。
「聖壁は確かにこの街にあります。しかし、聖壁はごく普通の壁画。それが意味を持つのは、絵の中に秘められた言葉を読み解ける者だけなのです。そして、それはこの世に1人だけとなってしまいました」
アンジェとトリスタンと共に来た冒険者だと告げた途端に、彼女は抱えていた秘密を語り始めた。まるで、伝えられるうちに全てを語っておこうとするかのように。
「それでは、貴女がその最後の1人というわけですか」
疑問を投げようとしたヴォルフは、外が騒がしくなった事に気付いて腰を上げた。
「モニカさまーッ」
聞こえて来る声は、アンジェのものだ。
恐らく、ネティの制止を振り切って突入したのだろう。
「やはり暴走したか」
苦笑したヴォルフの袖を、震える手でモニカが引く。振り返ったヴォルフに、モニカは真っ青な顔で懇願した。
「あの子を‥‥あの子を早く安全な所へ。お願いします!」
その首筋には、鋭利なナイフが突きつけられている。
どこに潜んでいたのか、厳つい男がモニカの真後ろにいた。咄嗟にヴォルフが動きを止めたのと同時に、アンジェが房の中へと飛び込んで来る。
「モニカ様! モニカ様を離しなさい!」
「来てはいけません!」
モニカを助けようとしたアンジェと、アンジェを制止するモニカ、そしてモニカを拘束した男。狭い房の中で揉み合ったのは一瞬だった。
聞こえた悲鳴は誰のものだったのか。
気が付いた時には、モニカも男の姿もどこにもなく、呆けたように床にへたり込んだアンジェと血痕が残されているだけだった。
●お告げ
ゴロツキ達は金で雇われただけだった。修道女も「留守を守る」為に他の修道院から呼ばれた者達だ。この修道院に入り込んだ「敵」は、あの男1人のようだ。
「王の庇護、か」
ぽつりと呟いた永萌に、京士郎は口元を歪める。
我が身を犠牲にしてアンジェを守ったモニカ。
そして、モニカが語った聖壁の伝承。
これらが何を意味しているのか、彼らは既に答えを持っていた。
「あたしね、アンジェの前だったから言わなかったんだけど」
永萌と京士郎の隣で沈み込んでいたネティが唐突に語り始める。
「モニカさんと聖杯、それからアーサー王で占ったの。そしたらね、何もないの。モニカさんは聖杯にも、王様にも関わる事はないってお告げだと思う」
それは、つまり‥‥。
彼らは、無言でステラとサリに慰められながら大泣きしている少女に視線を向けた。